(解説)
はい。ここは難しい部分だと思います。
ナターシャは、身体の方は次第に落ち着きを取り戻して来流のでしたが、晴れやかな気分にはなれないのですね。。
彼女は、妻帯者のアナトーリと駆け落ちをしようとして失敗、結果として婚約者のアンドレイ公爵を裏切った形となり、婚約は破談となっています。
この話は、ロストフ家内では表立っては話題にはなっていない様子ですが(流石に最愛の娘のナターシャが傷つくような話題は出さないだろう。。ナターシャに生命の危険があった場合は尚更)、モスクワの社交界ではその話題が面白おかしく登っていたはずですね、心無い人達の集まりですからね、社交界って。
だから、ナターシャはもう自分には未来は無いのだ。。と20歳になるやならずやで自分の人生に絶望している訳ですね。
ナターシャは(お金は無いとは言え)伯爵令嬢であり高い身分で、しかも今絶頂期の美貌を誇り、性格も明るいのです。
男性だったら、ナターシャの恋人になりたいと思うでしょう。。『何も無ければね。』
だったら、ナターシャは気分を変えて社交界に行って新しい恋を見つければ良いのでは無いか。。なんて思う向きもあるでしょう。。
しかしね、世間はそんなに甘く無いのですよ。
それをもう、20歳になるナターシャは熟知しています。
だから、自分の身分や若さや美貌にあぐらをかいて、何事も無かったように新しい結婚相手を見つけよう。。なんて恥さらしな真似は出来ないのですね。
彼女は、かつてのように自分が魅力的でどの人間よりも優れている。。と思う事はもうしません、と言うか出来ないのですね。
だって。。そんなに美しくて素敵で有能な人間だったら、光の中を歩むような人生を歩んでるはずじゃ無いですか。
だからね、自分がこんな闇の中をゴゾゴゾ這い回っている、そんな自分は最低の人間なのだ、と考える事によって、『今の彼女の状況』を受け入れようとしているのだ、と思います。
彼女は、男性は全て女装趣味のナスターシャ・イワーノヴナのようなものだと思うようにします。
だって、男性を、自分を一人の女性として愛してくれる異性、と見る事はもはや許されないのだから。。
だから、自分の中の『女性』を、『異性への愛情への渇望』を、『男性を意識しない目で男性を見る』と言う事によって、彼女は心の奥深くに閉じ込めてしまうのですね。
そして、男性を求めて媚態(しな)を作る事は元より、慎みを守ることさえ不要と思うのです。
ああ。。慎みを守る以前にね、彼女はもう化石のように慎みの極みを生きているようなもんだからですよ。
そして、彼女は自分の事件の噂から自らを守る為に、その事件が面白いか若しくは重大な利害を有していた者達から遠ざかって生きるのですね。
だから社交界も劇場も彼女には不要どころか邪魔な存在なのです。
大好きな両親でさえ、彼女は、もしボルコンスキー家の長男の嫁になるとしたら、ロストフ家の危機は当然救えたでしょうし、ニコライのロストフ家建て直しの責任も無くなりソーニャに対しても面目が立ったのに、それが全部台無しになったのですからね。。
だから、両親ともソーニャとも顔を合わせたく無いのですよ。
特に母親の伯爵夫人は、ナターシャの身体が回復して来れば、その『せっかくの縁談をぶち壊したナターシャ』をなじり始めるでしょうから。。そう言う性格の人ですよ、この母親は。
ナターシャは、そんな中、全くこの事件から遠くに位置している弟のペーチャだけに心を開きます。
彼は事件の事を知っていたとしても、もっとも客観的にこの事件を観察出来る人間だったからですね。
そして、来客の中でもピエールだけを待ち遠しく思います。
ピエールは彼女が絶望の淵に沈んでいる時に、自分の気持ちを理解して接してくれたのを彼女はちゃんと感じていたからですね。
そして、あの重大な言葉『彼女の前にひざまずいて御手と愛を請うたであろう』と言うピエールの愛の言葉も、彼女は、少し距離を置いて見るのですね。
ピエールが真心からそれをナターシャに言っていた事はもちろんナターシャには分かっています。
しかしね、これはピエールが妻帯者と言うよりか、ピエールに彼の来訪を喜ぶ自分以上のものを受け入れて欲しいなどと思う事はピエールに対して失礼だろう。。と言う彼女なりの『良識』なのだと思います。
ナターシャは、ピエールと自分との間に『特別の友情』すら求めるもんじゃ無い、自分はそんな立派な人間でも無いし、何よりも、こうして来訪してくれるピエールそ自身を失いたく無い。。そう言う事だと思います。
うまく言えませんが、彼女は、ピエールが結婚していようがいまいが、こうして自分を訪ねて話をしてくれる事だけで、それ以上が無くてもピエールが大好きで尊敬していた、と言う事では無いか。。と思います。
そして、もしそれ以上を求めるとピエールがどこかへ行ってしまう。。そのように思っていたように思います。





