株価はキャッシュポジションを100%に戻すまでは量子状態を保つ。


このことは、株価の変動が古典力学では説明できないことを意味するが、

「巨視」的な見方に立てば、株価は確率変数としてでなく単純な多変数関数とみなせる。


すなわち、その時々の需給関係によって株価は「決定」されるのだ。



さて、この価格変動であるが、水の値段の変動ほどボラリティーの高いものはないことを、この前実感した。

わずか数時間で、∞倍になったり0倍になったりするのだ。


山屋ならすぐピンと来ると思うが、沢が近くにあれば0円。標高3000m級の稜線上では1リットル200円である。

例えば、槍平小屋では美味しいミネラルウォーターが絶えず蛇口から流れっぱなしで、南岳小屋では塩素消毒された不味い雨水がガソリンよりも高い。

健脚なら南岳新道の上がりは4時間、下りは2時間だから、その健脚者にとって価格は4時間で∞倍、2時間で0倍となる。


なぜここまでボラリティーが大きいのか?


それには3つの理由がある。

①登山で水分の摂取が不十分だと熱中症に陥るから、水は絶対欠かせない。

②水の密度は装備の中で最も高いから、大量に積むことができない。

③情報不足・知識不足・経験不足のため、管理下におかれている水しか飲めないと過半数の人が勘違いしている。


この3つを一般化すれば、①必要性 ②偏在性 ③情報攪乱の発生  となる。


そこで、仮説を立てる。「①~③は株価でもボラリティーの構成要素となり得る」


とすると、ボラリティーの非常に大きい銘柄は③が顕著なのではないか?

もっと云えば、何かある外的なものと見せかけの従属性をもっているのではないか?

日経先物との従属性などはよく見られるが、個別銘柄固有の情報攪乱因子群といったものが

定義できるのではなかろうか?


もしデイトレで勝とうとするならば、見せかけの従属性を引き起こしている情報攪乱因子群を

見つけ出し、従属性の強さを「定量化」しておくことが必須ではなかろうか?









体調を整える間もなく仕事。

日経は良さげなのにザラ場中

何にも出来ません。


でも、空き時間で投資の戦略や戦術の勉強はしています。

9月頃になって勉強の成果が生かせるといいなあ。


トレード無し。


今、登山準備中。


明日から、北アルプス縦走。


携帯から更新できるかもしれません。

時々、板をチェックしていましたが、トレードする機会がありませんでした。

ここまでの雑文のなかで様々な怪奇現象を分析してきた。私は源流釣り師としてや沢屋として、ほとんど単独で山奥を歩いているけれど、実は、とっても怖がりで怪奇現象には全て科学的な説明が付くはずであると信じこみ、怪奇を怪奇でなくすることで、ようやく、安心してきた。


しかし、現実には、超自然現象よりも自然現象の方がよっぽど怖い。


まず、何といってもクマの恐怖。こいつが人間を知らない奴だと、せいぜい興味本位で天幕の周りを周回するぐらいだからよいが、ちょっとでも人間の食べ物の味を知っている奴だと困る。一応熊スプレーで対処するつもりだが、上手くゆくとは限らない。



次に怖いのが、天変地異である。山岳渓流において、天変地異は日常茶飯事。里が大雨だの何だのと大騒ぎしているときの山奥では、鉄砲水や土砂崩れは当たり前。落雷をともなう大雨が降ってきたら、どんなに用心深く天場を選んだとしても危険は完全には回避できないから、緊張しっぱなし。



でもやはり、幽霊も怖い

幽霊が見える原因を科学的に突き止めたつもりではいるけれど、現場では超自然現象のままである。あとになって、理屈が付けられるのであって、その場ではどうしようもないからだ。


例えば、黒部湖で黒部川と合流する東沢を奥黒部ヒュッテから2日がかりで岩苔乗越まで遡行したときの話。その年は降雨量が多く黒部川の上ノ廊下の単独遡行は断念して東沢にかえて入渓した。天候悪化のため想像よりも行程が厳しくなり、体力を消耗しながら、釣り歩いて二日目の昼下がり。


天気はあまり好くなく、まもなく雷雨になることがわかりきっていたので、早めに釣りを止め歩きに徹していたときであった。


何と上から人が一人歩いて来るではないか。しかも、軽装だ。どんなに早く歩いても奥黒部ヒュッテまで陽のあるうちに着くことは不可能。職業的な沢屋ならば食を自給しながらテントも無しで山に何日も入っていられるが、目の前を歩いてくる人はまだ若く、なよなよとした感じの青年であり色も白い。しかも、異常に疲れているのか抜け殻のような感じで活気がなかった。


そして、すれ違いざまに言葉を交わそうとしたその瞬間、彼の体が少し透き通っていることに気がついた。

これは幽霊である。そう云えば、川岸を歩くと砂利を踏む音がするはずだがその音もない。スーっと歩くその様子の面妖なこと。


私はその幽霊とすれ違い、しばらくたって幽霊の体が徐々に薄くなり終には見えなくなってしまうのを確認してから再び歩き始めた。


このときのことは忘られようもないが、実は緊張したものの恐怖感はなかった。幽霊の噂は怖いが、幽霊そのものは珍なるもので怖くもなんともないものだということに気が付いたのだ

恐怖を感じても対処の方法がないから、どうしょうもないので本能的に恐怖感が消失してしまうのだろう。




と、まぁ、実に色々な恐怖が次から次へと湧いては消えるものだが、山奥で一人でいれば、次第に自分自身が野生動物であり、最も霊的な存在であことへの自覚が深まり、逆に理性的になってしまえる。


あなたは、鏡の前に立ちさえすれば、一生逃れられはしない幽霊と野生動物の混濁した事物の左右逆転像をみることができるのである。


(終わり)




TTG、NIC、セキュアヴェイルなどやって+1000円。

1tick抜きの練習。

USENには乗り損ねた。


午後からは本業。

さて、私が最も恐れるのは小動物たちの出す弱い電磁波である。


これは太陽が沈んで辺りが真っ暗になってからのことが多い。

沢筋でビバークしていると沢の音が否応なしに幻聴を誘うが、これに小動物の電磁波が加わると、昔でいう「狐に騙された」状態に陥る。

たとえば、夜中になって誰かが来て意気投合して語り合ったりする。そして、これが全部幻であることに翌朝気付く。夢にしてはリアルすぎるし誰かと酒を飲んでいた痕跡すらあるが、語り合った相手はもうどこにもいないし、よく考えれば夜中に人が外をうろつく事は不可能な場所だったりする。

肉体的・精神的に疲労の限界に達していると、動物の弱い電磁波に影響されて幽霊と「遭遇」することは、実はよくあることである。ラインホルト・メスナー等、著名な登山家の中にはそれを楽しみにし、そこから最高の安らぎを得ている人もいる。

実は、もう何十年も過去に、ある種の電磁波を脳に当てると、強い恐怖感とともに実体の無いものを見たり感じたりすることが科学的に証明されている。これが、小動物の作為で引き起こされるかどうかの証明はないが、野生動物が完全に優位な地域にまで観測装置を運ぶことさえできれば証明可能だと思う。


ところで、この電磁波を使って外敵を惑わすのに最も長けている動物は、ニホンカワウソかと思われる。すでに絶滅したとも云われるが、私はそうは思わない。

北アのみならず、かなり都会に近い鈴鹿山地でも、ニホンカワウソの痕跡を発見しているからだ。

分かり易い例を挙げる。

ニホンカワウソは源流部()ではイワナを食するが、流れに入って捕獲したイワナをいったん崖上のテラスなど高い所に持って来て食する習慣がある。そして、身と内臓だけ食べて骨だけきれいに残して去る。

私は滝を高巻いたりしているときに、何度もこのきれいに骨だけになった魚の死骸を見ている。


始めは訳が分からず少し不気味に感じていたけれど、色々調べた挙句、このようなことをするのは日本列島本島の源流域ではニホンカワウソしかいないとの結論を得た。猛禽類は渓流魚を食すが丸呑みかそれに近い食べ方しかできない。熊は狭い場所にあがって骨だけ丁寧に残すような食べ方はしない。山猿にはそもそもイワナを食べる習慣はない。オコジョは・・・ヘビは・・・と一つ一つの可能性をつぶしていくと最後には人間とニホンカワウソしかのこらない。


わざとカワウソのような食べ方をして私を騙そうとする者がいなければ、ニホンカワウソだけがのこる。

しかし、この論法は所謂消去法であり、説得力に乏しいが、今は仕方が無い。


)ニホンカワウソは河川中下流域と沿岸に生息した(する)、というのが定説であるが、私は日本の急速な工業化にともなって標高の高い源流域へと生活圏を移動せざるを得なくなったと考えている。


(④に続く)



次に、擬声について。


山に全く入ったことが無くて心霊話に弱い人は、田舎の里山でよいから、独りで入ってみるとよい。

たいてい、女性の甲高い悲鳴に悩まされるはずだ。「キャーキャー」とうるさい。これなんかは、ニホンシカのメスの鳴き声で、人がテリトリーに侵入してきたことを周囲に知らせるために鳴いているのであって擬声ではない。単なる鳴き声である。


擬声というのは、動物が単独もしくは複数で人の声を真似たり、機械の音を真似たりすることを言う。


北アルプスの山中では、狸の擬声が観測できる。夜中にありえない方角から人々のワイワイガヤガヤと騒いでいる音がすることがある。これは狸が人の声をまねて「宴会」しているのであって「ガヤガヤ」といって黒部川源流部のカベッケヶ原などで観測される有名な事象だ。他にも、飛行機のエンジン音やヘリコプターや発電機の音などが上手い。夜中にいきなりジェット機が飛ぶことがあるが、北ア稜線上を飛ぶ飛行機は24時過ぎにはない。


上述した程度の擬声なら問題を起こすことは無い。しかし、気を付けなければ遭難に繋がってしまうものもある。それは、ありえない方角からの「オーイ、オーイ」の声。これを遭難者の声と思いこんでしまい、ついついその声のする方へ行ってしまうと、音源は必ず後退し続け、気が付けば自分が遭難していることになる。この、今にも死にそうな声で「オーイ、オーイ」と言っているのも狸で、本物の遭難者の断末魔の叫び声を過去に聞いて真似しているのだ。「死人の道案内」もこれに類する事象かと思われる。ちなみに、普通の人は森林限界よりも下では一般登山道から50メートルも離れてしまうと、たいてい戻れなくなってしまう。見通しが利かないから方向を見失ってしまうのだ。富士の樹海などがよい例である。


(③に続く)