最近歳をとったせいか私自身面倒臭がり屋さんになってきてると思う節があるのだけれど・・・怠け者、横着者、生皮者と表現としてはどれも当てはまるのだろう。いかにも理屈を並べれば「若い者に比べ生きてる時も少なかろう、残された時を有意義に」と無駄な時間がないだけなのです、だから。嗚呼、アレもコレもやらなければ、行かなければ、見ておかなければ、言っておかなければ、食べておかなきゃ、聴かなきゃ、買わなきゃ、逢っておかなければとああもこうも出てくるもんだ。そう思えばただたんにせわしいのである。と言いつつもう少し歳をとれば悟りの境地で?あれっ、再び三度と生皮者になるべくチャンスがやって来るのだろうか。今回使用した写真も随分と前に撮ったもので、オイオイ、折角ならレイモン・ルフェーブルのために一枚撮ってきてはどうなんだとお叱りを受けそうですが、いつかはこれ見よがしにと取っておいたものなんですよ。という文まで思いつくからいやらしい奴だと自分でも(笑)
今回は以前にもご紹介したルフェーブルで、アルバム単位でなくこの一曲でとなりますと『No.5』を超有名にというか、彼を世界に知らしめた<La Reine De Saba(シバの女王)>がそこにあるので取りあげた次第です。まず私はこういったブログ等で書き込む時は大抵何もしたくないからと昼間からアルコールに浸り、酒肴といえば音楽を聴き流すという一連の動作である。本当の酒の肴だと呑むことがメインとなるから好きな音楽を聴くことにしている。しかもその音楽は何やら難しい類のものでなく、云わばイージー・リスニングと呼ばれるモノを何も考えたくない日には決められたかのようにチョイスする。
そう、何も考えなくてもこのアルバムは、フンパーディンクの《ラスト・ワルツ》やS・マッケンジーの《花のサンフランシスコ》、CMでもお馴染みだったアダモの《ひとつぶの涙》などの歌謡ものからクラシカルな《恋のアランフェス》、《アイ・ラヴ・ユー、ユー・ラヴ・ミー》と多彩である。基本ルフェーブルは本国フランスの歌モノをメインに選曲しており、畢竟、全アルバムに冠しているようにシャンソンが命となる。
さて少なくとも40年も生きてこられた方なら誰もが耳にしたことのある<シバの女王>、ルフェーブルが生涯通じて多用するクラシカル・ギターがイントロからさえに冴え渡った名旋律であなたを導きます。するりと絹の着心地に似たストリングスが相見えあなたに纏ったならば感動的に胸に滑り込んできます。そしてあの ♪ア~ア~アッ~ のコーラスを添えられ、後半はパーシーのお株を取ったかのような流麗なクラリネットが彩りを加えたならば、人の目をはばかることなくもうあなたは拍手喝采することでしょう。もう一曲ウォーカー・ブラザースやサンド・パイパーズなどでヒットした<La Musique(アンジェリカ)>の負けず劣らずの名旋律もご堪能あれ。
ついでにイージー・リスニング界の大御所も生皮者に陥れてやろうと思う。パーシー・フェイスの《夏の日の恋》、ポール・モーリアの《恋はみずいろ》にマギー司郎も御用達の《オリーブの首飾り》、ルフェーブルの《シバの女王》だって皆他人様の名旋律を拝借なさっていらっしゃるのです。ただし類稀なるアレンジとサウンド構成力には頭が下がりますデス。そんな私もブログ・タイトルを前回の“私の519作目は彼の7作目で”から横着ぶってみました。
-NO.554-
【ヨコハマ・グランド・インターコンチネンタル・ホテル】
2、3度泊まったことがあるがそれも随分と前だ。ヨコハマでも有数のランドマークとしてその優雅な佇まいを見せ、客室からは目も眩むような夜景が遠くまで広がる。特に好きなのが夕方から少しずつ闇が迫るころで、まだ空と海とあらゆるものの区別がつくほんの僅かなときだ。目の前にある遊園地の観覧車も、真っ暗な闇に浮かぶころより数段美しい時間である。何も考えずぼ~っとしてたらこんな夜半になってしまった。薄藍、皓々たる青みを帯びたムーンライトブルーなる時刻があるが、まさにヨコハマならではの表現かもと思わずにいられないのです。



