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新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-シバの女王
 最近歳をとったせいか私自身面倒臭がり屋さんになってきてると思う節があるのだけれど・・・怠け者、横着者、生皮者と表現としてはどれも当てはまるのだろう。いかにも理屈を並べれば「若い者に比べ生きてる時も少なかろう、残された時を有意義に」と無駄な時間がないだけなのです、だから。嗚呼、アレもコレもやらなければ、行かなければ、見ておかなければ、言っておかなければ、食べておかなきゃ、聴かなきゃ、買わなきゃ、逢っておかなければとああもこうも出てくるもんだ。そう思えばただたんにせわしいのである。と言いつつもう少し歳をとれば悟りの境地で?あれっ、再び三度と生皮者になるべくチャンスがやって来るのだろうか。今回使用した写真も随分と前に撮ったもので、オイオイ、折角ならレイモン・ルフェーブルのために一枚撮ってきてはどうなんだとお叱りを受けそうですが、いつかはこれ見よがしにと取っておいたものなんですよ。という文まで思いつくからいやらしい奴だと自分でも(笑)

 今回は以前にもご紹介したルフェーブルで、アルバム単位でなくこの一曲でとなりますと『No.5』を超有名にというか、彼を世界に知らしめた<La Reine De Saba(シバの女王)>がそこにあるので取りあげた次第です。まず私はこういったブログ等で書き込む時は大抵何もしたくないからと昼間からアルコールに浸り、酒肴といえば音楽を聴き流すという一連の動作である。本当の酒の肴だと呑むことがメインとなるから好きな音楽を聴くことにしている。しかもその音楽は何やら難しい類のものでなく、云わばイージー・リスニングと呼ばれるモノを何も考えたくない日には決められたかのようにチョイスする。

 そう、何も考えなくてもこのアルバムは、フンパーディンクの《ラスト・ワルツ》やS・マッケンジーの《花のサンフランシスコ》、CMでもお馴染みだったアダモの《ひとつぶの涙》などの歌謡ものからクラシカルな《恋のアランフェス》、《アイ・ラヴ・ユー、ユー・ラヴ・ミー》と多彩である。基本ルフェーブルは本国フランスの歌モノをメインに選曲しており、畢竟、全アルバムに冠しているようにシャンソンが命となる。

 さて少なくとも40年も生きてこられた方なら誰もが耳にしたことのある<シバの女王>、ルフェーブルが生涯通じて多用するクラシカル・ギターがイントロからさえに冴え渡った名旋律であなたを導きます。するりと絹の着心地に似たストリングスが相見えあなたに纏ったならば感動的に胸に滑り込んできます。そしてあの ♪ア~ア~アッ~ のコーラスを添えられ、後半はパーシーのお株を取ったかのような流麗なクラリネットが彩りを加えたならば、人の目をはばかることなくもうあなたは拍手喝采することでしょう。もう一曲ウォーカー・ブラザースやサンド・パイパーズなどでヒットした<La Musique(アンジェリカ)>の負けず劣らずの名旋律もご堪能あれ。

 ついでにイージー・リスニング界の大御所も生皮者に陥れてやろうと思う。パーシー・フェイスの《夏の日の恋》、ポール・モーリアの《恋はみずいろ》にマギー司郎も御用達の《オリーブの首飾り》、ルフェーブルの《シバの女王》だって皆他人様の名旋律を拝借なさっていらっしゃるのです。ただし類稀なるアレンジとサウンド構成力には頭が下がりますデス。そんな私もブログ・タイトルを前回の“私の519作目は彼の7作目で”から横着ぶってみました。

-NO.554-


【ヨコハマ・グランド・インターコンチネンタル・ホテル】

 2、3度泊まったことがあるがそれも随分と前だ。ヨコハマでも有数のランドマークとしてその優雅な佇まいを見せ、客室からは目も眩むような夜景が遠くまで広がる。特に好きなのが夕方から少しずつ闇が迫るころで、まだ空と海とあらゆるものの区別がつくほんの僅かなときだ。目の前にある遊園地の観覧車も、真っ暗な闇に浮かぶころより数段美しい時間である。何も考えずぼ~っとしてたらこんな夜半になってしまった。薄藍、皓々たる青みを帯びたムーンライトブルーなる時刻があるが、まさにヨコハマならではの表現かもと思わずにいられないのです。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-HOLD OUT
 僕自身つかず離れずのアーティストは仰山(ぎょうさん)いますが、その最たる人がJBことジェームス・ブラウンでなく、西ドイツ生まれのJBことジャクソン・ブラウンです。アルバム《ジャクソン・ブラウン・ファースト》で意気揚々とアサイラム・レコード(Asylum Records)からデビューするが、80年代にはカントリー・ロックやシンガー・ソングライターの栄華が衰退するとともにその大いなる影を落とした。その華やかな70年代においてアサイラム・オーナーのデヴィッド・ゲフィン曰く、最重要人物はイーグルスでもトム・ウェイツでもウォーレン・ジヴォンでもリンダ・ロンシュタットでもなく、ジャクソン・ブラウンであったと。それらの時代にあったアサイラムのミュージック、何を聴いてもいい事この上なく、昼となく夜となくいつでも聴いていたいそんな風合いのナンバーがぎっしりだ。特に黄昏がにじむ頃は言葉にならないくらい、メロディも詩も綺麗に染まる。いくばくかのつまらない些事も忘れることが出来ようか。ブラウン、24歳のとき。

 彼ほど注目されるも大ヒットに恵まれないのは摩訶不思議としか言いようがない。まあそうとはいうものの紆余曲折を経て1980年にこの『ホールド・アウト』で全米NO.1に就く。そんな事実案外知らない方も多いのではと、かく言う私もそうだったのだ。彼らしくない<Disco Apocalypse>は粘着質なビル・ペインのオルガンとタイトなリズムに乗ってやってくる。曲の最後に現われる、紅一点参加のローズマリー・バトラーの力強く澄み切った声との絡みは極上の品に仕立てている。その刹那、ある意味このアルバムのクライマックスといえよう。彼とて《DISCO》という文字を使わざるを得なかったことは、80年という時代を感じずにはおれない。当時は違和感が絶えず漂っていたこの曲も、いま再び聴くと優れたソングライティングだけが辺りを支配し悪くない、好いのである。続くタイトル・チューンの<Hold Out>は誰が何と言おうと私はベスト・トラックに推す。彼自身が弾くアコースティック・ピアノと感情を打ち殺した歌とが打ちひしがれた彼の心情を露わにしている。政治不信、社会不安、彼自身のドラッグや妻との別れ、音楽環境の変化のそれらがもたらした葛藤とが深く複雑に絡み、それらのやるせなき感情は彼の飾らない詞(ことば)によって報われてゆくのだ。彼も、これを聴いたみんなもそうなんだと思う。あとにも先にもこのヴォーカルが一番好きだ。

 <Of Missing Persons>は盟友ローウェル・ジョージに捧げられたナンバーということで、彼のファンである私までもが涙腺緩むのは仕方ないことだろう。ここまで感情豊かに歌いきる姿に圧倒されるに違いない。それぞれの歌いだしに、♪Your FatherとかYour MotherとかYour Brotherとある。ことに《Your Brother》と響く箇所はジョージに問いかけているようでジ~ンと来る。最後の長編大作<Hold On, Hold Out>は大河の如く押し寄せてくるパワーにたじろぐだろう。中間部での切々と語るくだりは若大将こと加山雄三の《♪ぼかぁ幸せだなぁ~》と雲泥の差が・・・実はないのである。表現や詞が違うだけで赤裸々な愛について語り合うのは何も変わらないのだ。

 全編にわたってブラウンのピアノとリック・マロッタのドラミングに酔いしれるアルバムでもあるので、そこんとこ ヨ・ロ・シ・ク ね! ブラウン32歳のとき。

-NO.553-


【熱田の宮】

 今年10月に創祀1900年を記念した改修工事が無事終了しお披露目となった熱田神宮。私も少しではあるが寄進した御礼にご招待いただき、厳かな雰囲気のなか長く佇んでいたい気持ちに駆られたのだ。それは間違いなく三種の神器である草薙神剣に一歩近くに寄った証しであった。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-blue lagoon
 先日TV番組で、ダウンタウンの松ちゃんがこんなこと言ってたのを思い出した。スターウォーズのヨーダを見て「こんな爺ぃ、尼崎に行けばいっぱいおるで~」の一言に私は笑いの壺にどっぷり嵌ってしまった。かつて日本を代表する名ギタリストの高中正義さん、当時中坊の私にとって彼はそれこそどこにでもおるオッサンで(実際には10歳しか離れていない)、お世辞にも格好いいミュージシャン面ではなかった。失礼極まりないが(どちらに?)、プロレスラーの上田馬之助に似てるわとしきりに思っていたのだ。そんな彼の代名詞となった<Blue Lagoon>収録の『Jolly Jive』のカセット・テープが或る日押入れから出てきた。

 閑話休題 中学入学のお祝いに買ってもらったモノで、仮面ライダーも乗っていそうなスポーツ・カー・タイプの自転車、ウインカーも付いててもちろん変速機搭載車、10万近くしたのではないか、滅茶苦茶高かったと思う。そして学生と呼ばれるに相応しいのが腕時計。何と言ってもCASIOのデジタル時計。ストップ・ウィッチ機能がついており、珍しさからくだらないことばかり計測していた記憶がある。そして私が一番恋焦がれていたものがBCL(Broadcasting Listenerの略)ラジオだ。70年代に大流行し、松下電器からはパラボラ・アンテナ搭載のクーガ、ソニーからはダイバシティ・アンテナのスカイセンサーが飛ぶように売れた。ご多分に漏れず私はソニーの3代目スカイセンサー5600を購入。ダイヤル・チューニング、高低トーン・コントロールは上下スライダー方式、メインパネルは初の丸窓で、多くは容姿そのもの無骨なものばかりであったが、こいつだけは可愛らしい存在だった。BCLラジオ、私たちの年代によってまたブーム再燃しているそうだ。

 1974年のこのモデル、短波全盛期でみんなが世界各国のベリカードを蒐集してるなか、FM放送に目をつけた機種だった。FM放送と言えばFM雑誌も相次いで登場! 硬派ではFM Fan、大衆向けに週刊FM、万人向けにはFMレコパル、そして若者向けに発刊されたのがFM STATOINだった。これらの多くにはオマケとしてカセット・レーベルが付いていた。現在のようにラベル・プリンターで何でもかんでも印刷できる時代でなかったので、かなり重宝した。もちろんFM放送ならエア・チェックも思いのまま。レコードを買ったり借りたりしなくてもカセット・テープさえあれば安上がりなのだ。民放はDJのお喋りがメインなのか曲の始まりもいい加減で、場合には勝手に曲の途中でフェイド・アウトしCMに突入させてしまったりする。そこはさすがNHKさん、曲紹介のあとも数秒くれる。そうだ、録音するための心と手の準備に時間をくれるのだ。ラジカセによっては赤の録音ボタンと再生ボタンの同時押しが必要とされ、オフクロのような超素人では片方のボタンしか押せていないことがかなりあったと記憶する。

 そんな懐かし~い時代に持て囃されたジャパニーズ・フュージョンの雄、高中正義による<Blue Lagoon>は、押入れから転げ落ちたmaxcellのカセット・テープに記録されていた。もはやカセット・デッキなるものがないため、はやる気持ちを抑えつつTSUTAYAへ。そりゃあるわなぁ。いかにも当時を彷彿させる曲目<Rainy Day Blue>、<パラレル・ターン>と聴かなくても音が蘇ってくる。パイオニアのCMにも使われ、坂本龍一も参加している<Blue Lagoon>はBCLラジオとともにブーム再燃となるのか。とことん奥深く泣きのメロディを追求しつづけた名曲だ。

-NO.552-


【一保堂茶舗】

 京都寺町通りにある老舗のお茶屋さん、あのオレンジの茶筒が憧れです。御抹茶では《雲門の昔》、玉露なら《天下一》、いずれもグラム当り100円はします。グラムですよ、100グラムとちゃいますよ。まずは手の届く御煎茶から。グラム26円、100グラムで2、600円です。買わなくとも暖簾をくぐってみましょう。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-dal vivo !
 私の話にちょくちょく出てくる澤野商会、そこにある2つのブランド《atelier》と《SKETCH》は、いずれも格調高き芸術き作品と呼べるものばかりだ。そんなイメージというかレッテルが僕たちによって貼られ、強いてはジャズ初心者から遠ざかってしまっているのではと危惧しています。特に《SKETCH》にはそんな作品が寄せ集められたのではないか、そうすみ分けされているのではと思った澤野レーベルの初期。ジョバンニ・ミラバッシの2作目《AVANTI!》でその芸術の僅かな部分に触れてしまったことに端を発する。

 すでにミラバッシをこうやって取り上げるのも3度目となる。その3枚すべてに共通する条件が、チリ反独裁歌<EL PUEBLO UNIDO JAMAS SERA VENCIDO>、セルジオ・オルテガとエダード・カラスコによる名旋律の調べを携えていることだ。2000年の《AVANTI!》ではソロで、2003年の《Giovanni Mirabassi & Andrzej Jagodzinski Trio》ではアコーディオンとの変則トリオ、そしてこの『DAL VIVO!』は何とライブ盤というわけでまともなピアノ・トリオ盤は未だ存在してない。しかしこのライブ盤、演奏が終わって一瞬の静寂のあと鍵盤が動いていないのを確かめ、なおも感動的な美しさを体内に閉じ込めたあとその静寂を破るかのような拍手でやっとライブなのだと気づく。

 さて冒頭で敷居の高さが手の届かない作品としてしまっているのではと心配したが、実はあれこれと難しく言ってるのはアンタじゃないかと怒られそうなのでこのへんでお仕舞いにしたい。でも最後にちょっとだけ言わせて~っ! <EL PUEBLO UNIDO JAMAS SERA VENCIDO>で凛とした美の世界が部屋中に漂いはじめる。

-NO.551-


【碌山美術館】

 先日もご紹介したように美術作品だけでなく、あの煉瓦造りの建物やそれらが佇む自然のモノたちに感銘を享ける。特にメインとなる尖塔を持つ西欧教会風の建物は《にやり》とさせる造り(仕掛け)があちこちに見られる。その一つがこの窓。鐘楼とまではいかないが、まず形がいい。そしてスライド式鉄格子が僕の気持ちを捉えた。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-m.i.u.album
 今日マイケル・ジャクソンの映画《THIS IS IT》を観て来た。少し前の項で紹介したように、僕にとってマイケルは特別なファンでもなく、好きか嫌いかの二択でいえば後者に躊躇いなく納まる。ひょんなことから好きになってやろうという意識が芽生えたのは事実で、こうやってミーハーと言われようが堂々と映画を観に、マイケルを観るため映画館へ。マイケルが死んだいま、この先新たなるマイケルを知る術もないわけで、今まで以上、今まで以下も存在しないのなら、あとは好きになる度合いが少しずつ・・・秋雨は寒かろう、照度も足りなく暗い朝だ。でもこれ以上悪くなるはずなどなかろうという前向きの気持ちの方が先立ち、こころの中ではすでに雨も止んでいた。

 ビーチ・ボーイズ最後の好盤と私は決めている『M.I.U.Album』は、久しぶりにあのビーチ・ボーイズしていると感じる。オープニング<She's Got Rhythm>の第一声 ♪ラ~スナイ で来た来たと大万歳のブライアンのファルセット。全盛期ほどではないが、知らない奴からすれば奇跡的名唱と賛辞されよう。快活なサウンドも夏してるし、秋雨なんぞ何処吹く風の境地だ。<Hey Little Tomboy>での ♪ヘイリル ヘイリル ヘイリル トンボイ と聞こえる箇所のハーモニーでゾクゾク感が倍増する。<Kona Coast>ではいかにも名曲≪ハワイ≫を思わせる鼻にかかったマイクの声が懐かしさを3倍増にもしてくれる。この時ばかりはマイクも必要性を再認識させられた。何にせよ≪ハワイ≫という言葉はマイクによって発音アクセントが決定づけられたと思いたいくらいだ。

 何の変哲ない<Sweet Sunday Kinda Love><Belles Of Paris>は流石カールと思わせる前者と、パリの描写など土台無理だと思わせる後者マイクのヴォーカルが愉しませてくれる。そんなことなどお構いなしと響き渡るは何時も変わらないビーチ・ボーイズの類希なるハーモニーだ。<My Diane>はめずらしくデニスの腹の底から搾り出すようなヘヴィな歌が聴ける。書いたのは義姉ダイアンを愛したブライアンなのだから、といてい自分では歌えないよね。そんなこともあってか<Match Point Of Our Love>でのブライアンの声は疲れきったほど冴えない。しかし、冴えないなら冴えないなりに ♪ラ~ララ ラ~ララ ララッラ~ だけで胸いっぱいに。

-NO.550-


【碌山美術館】

 彫刻家・碌山こと荻原守衛の人生わずか30年の軌跡を展示。煉瓦造りの瀟洒な美術館で、今のころは木々の紅葉が映える。人気のない平日に園内のベンチで佇むのもいい。