長年住んでいる街。
ずっと住み続けていたのに
周りには「戸建て」がなく
マンションだらけであったことに
今更ながら気づく。
我が家から駅方面に向かう
街の景色に
「戸建て」は一軒もない。
まさかそんなことあるか?
と自転車でフラフラ放浪したが
そのまさかで
マンション、
背の高いビルだらけであった。
子が保育園時代の数年だけ
「ママ業界」に入会していたが
会話の中に
「マイホームを建てる」話題は皆無であった。
みな、マンション暮らしなので
当然だったのかもしれない。
我が家から
駅の反対方面へ向かうと
戸建てらしき建物が
ようやく現れてきたのだが
お隣さんとの距離が
ミッチミチのギチギチなので
これは家なのか?
事務所なのか?という様相で
自分には判別できなかったが
どうやら「戸建て」らしい。
都内下町でも
衣食住の「住」は
このような状態だったのか
と今更ながらに気づいた次第です。
人間の生きる基盤である
『衣食住』
その『住』に
いままで一切、
意識を向けていなかった自分。
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物件探しをはじめ
移住が決まってようやく
自分にもその【縁】が
回ってきただろうか。
『住』に意識を向ける縁が。
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先日息子と
ゴールデンカムイの
実写版(映画)を観たのだが
『クチャ』という
アイヌの狩小屋の中で
桜鍋を食べているシーンを観て
D「これいいな♪作りたい!!」
とワクワクしちまったらしい子ども。

出典: アイヌ民族文化財団
好きなだけ作るがよい。
この先の未来は
どうなるかはわからないが
子が結婚したとして、
子どもに恵まれたとしたら
子ども部屋は
「ひとりひと部屋」ならぬ
「ひとりひと小屋」にしたらどうだ
と提案してみる母。
我が息子、
手を叩いて大爆笑していた。
母もニマニマが止まらない。
有名な遺伝学者の木村資生さんという方が
「生きものが生まれる確率は
1億円の宝くじが100万回連続で当たった
のと同じくらいの確率」
とおっしゃっているそう。
我々が生きているのは
それぐらい「スゴい」ということ。
つまり、
無事であることがスゴい
本当はそれだけでよい
いまこの瞬間、無事
衣食住がととのっている
よかった
おめでとう
ありがとう
きょうは以上です
ありがとうございました。

