部屋の中に

ち〜ちゃいクモさんがいたので

 

ベランダに逃がそうと

潰さないように慎重に運んでいた。

 

既のところで

クモさんは自らの糸を伝って

窓のサッシに降りてしまった。

 

これでは

窓の開け閉めで潰れてしまうではないか!!

 

と必死に逃がそうと試みるが

クモさんは

ぴょんぴょん跳ねて逃げるばかり。

 

 

ふーふーDASH!と息を吹きかけながら

サッシから出るように

声をかけたのだが伝わらない(当たり前)

 

割り箸を持ってゆき

「ここへお乗り」と念じ

 

大人しく乗ってくれたクモさんを

無事、ベランダに放つことが出来た。

 

 

ほっと一息ついたトキに思った。

 

 

いままさに

神(高次元)の戯れを

やりやがったな、自分よ....と。

 

 

2次元視点であるクモさんからは

観えない領域が

 

クモさんより高次元である

人間には観える。

 

 

室内で捕まえられた恐怖

息を吹きかけられる恐怖

 

逃げても逃げても

通せんぼされる恐怖

 

気づいたら

いつの間にやら恐怖は消えて(?)

自由になっていたクモさん。

 

 

我々3次元視点の人間も

高次元からこれをやられている。

 

 

3次元視点からは

到底観えない領域が

上からは視えている。

 

 

いま目の前で起きているアレコレも

 

高次元から視れば

「よき流れ」なのだが

 

3次元視点の我々には

そうは思えず

 

一喜一憂して大騒ぎしている。

 

 

一喜一憂して大騒ぎするのは

悪いことではない。

 

悲しいなら「悲しい」と泣き

辛いなら「辛い」と叫ぶがよい。

 

「悲しんではいけない」

「辛いと言ってはいけない」

 

と己を否定しないこと。

 

悲しい、辛い、を

ないことにせずに感じること。

 

その流れをせき止めてはならない、

ということ。

 

 

自然の流れを止めずにいると

 

おぉ〜そうか....

 

これも自然の流れか..

 

宇宙がやっているならしょうがない

 

と素直に感じられるトキがやってくる。

 

それに『気づく』瞬間が現れる。

 

 

▼▼▼

 

善悪を判定する能力のない

 

『村人』『マリオ』『自我(個)』は、

 

起きてくるデキゴトに

善い悪いと判断し

一喜一憂して大騒ぎしますけれど、

 

この全体の流れ...宇宙の流れは、

完全完璧に流れているから

 

大騒ぎするのをやめて

一旦落ち着き....

いまここに寛いだらどうだろう

 

という提案。

 

 

〜省略〜

 

 

我々も翌日に

ビッグイベント(流れは完璧だということ)

があることなど知らずに

 

これは悪い !!最悪なことが起きた!!

ふざけるなーーー!!

どこが完璧なんだーーー!!

 

とやっています。

 

 

 

 

_____

 

 

 

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【天から役目なしに

降ろされた物はひとつもない】

 

 

 

 

漫画「ゴールデンカムイ」の裏表紙にある

アイヌの言葉。

 

 

この世に存在しているのなら

それは我々が神であることの証である。

 

 

「存在している」という理由以外

なにも必要なし。

 

 

つまり、

 

 

息しているだけでよし

 

 

 

きょうは以上です。

ありがとうございました。