気圧の関係で

ちょっぴりの頭痛と

異常なネムミが炸裂していたので

 

夕飯準備ギリギリ時間まで

気絶させていただく

 

30分後に起こしてほしいと

子にお願いしてから床にゴロンした

 

 

 

『奪われたものは取り返せる』

 

 

夢の中の内容...

 

 

P「取り返せる?なにを?

 

土地?税金?人権?国民の健康?」

 

 

「取り返す!」ではなく

 

「取り返せる」

 

....らしい。

 

 

P「なにを?どうやって??」

 

 

そんなトキに

息子から声をかけられたモンだから

 

 

ちょ、ちょっと待って!

いま話しかけないで!

 

待って待って待って〜〜〜〜〜!!

 

と声を出したつもりが

コチラの世界には

その声は届いていなかったらしい

 

 

アチラの世界の映像が

 

『鬼滅の刄』の鬼が太陽光を浴びて

灰化して消えてゆくように

 

サラサラと砂の城が崩れて

風に消え去ってゆくみたいに

映像はキレイさっぱり消えてしまった。

 

 

呆然...

 

 

D「ぴ〜ちゃん♪時間だよ〜♪」

 

 

起き上がれない

 

しばらく、

アチラの映像を巻き戻して再生してみるも

 

映像が灰化してしまっていて

みることができなかった。

 

 

 

取り返せる...

 

 

『奪われたものは取り返せる』

 

 

かすかに残っている映像の面影を

しつこく反芻していたら

 

まぶたの裏に飛び込んできた言葉

 

 

『調和』

 

 

 

そう!!!

 

思い出した!!!!

 

 

 

ひとりひとりの内側を

『調和』させること

 

 

『調和』とは、

 

ありのまんまであり

ひとつの「我慢」も「無理」もないこと

 

ひとつの「ズレ」もない

 

パズルのピースのように

あるべき場所にピタリとハマること

 

 

 

 

 

ひとりひとりの内側が

まんまるに『調和』することによって

 

 

『奪われたものは取り返せる』

 

というか、

 

『元の位置に戻ってくる』

 

あるべき場所に戻ってくる

 

ということらしい

 

 

いま、日本人は「我慢」しています

 

「無理」をしています

 

それは

日本人の美徳とされてきたのかもしれない

 

 

しかし、

 

自己犠牲は「調和」と真逆エネルギー

 

 

 

無理や我慢があるだけで

 

ピースはバラバラになる

 

 

 

 

 

 

「取り返す!」というような

 

能動的強めエネルギーではなく

 

 

「取り戻せる」

 

日本人がその気になりさえすれば

 

自然と元に戻る、ということらしい

 

 

▼▼▼

 

 

 

己の中にある闇

 

 

ひとつひとつ手放すこと

 

 

闇もあるべき場所に返してやる

 

 

おウチへお帰り

 

森へお帰り

 

泳いでお帰り

 

 

きょうは以上です

ありがとうございました。