【身心一如】【前後際断】
【日日是好日】【一行三昧】
【行雲流水】【一期一会】
......などなど、たくさんの
『禅語』に救われてきたのですが
1番大切にしているのは
【縁】
縁に任せる
縁にしたがう
....ということでした。
大昔に読んだ
禅師のよみものかなにかで
こんなくだりがあった記憶。
『人殺しや不貞など
世間から後ろ指指されるようなことを
他人がしたとしても
世間と一緒に批判攻撃してはならぬ。
己にその【縁】がなかったことに
感謝するべし』
自分の目の前に
『人殺し』や『不貞』という
【縁】がやってきたのなら
自分も同じようなことをしている。
目の前にそのような【縁】が
やってこなかったことに
感謝しなければならない。
他人を批判している場合ではない。
今世、そのような【縁】が
巡ってこなかっただけ。
正確ではないが
概ねこんな感じだったと思う。
イエス・キリストの言葉にもありましたよね。
「あなた方の中で、
罪を犯したことのない者が最初の石を投げなさい」
聖書の中に、姦通罪で捕らえられた女性をめぐって、主イエスと律法学者たちが対決する場面があります。旧約の律法では、姦通罪は石打ちの死刑にされることになっていました。判断を求められた主イエスは「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず石を投げなさい」と言いました。すると年長者から始まって一人また一人と立ち去ってしまい、誰も女に石を投げることができませんでした。
人を裁く権利や資格をもつ者はいない
この出来事は、この世界には罪を犯したことのないものは一人もなく、自分の正しさを根拠に人を裁く権利や資格をもつ者は、誰もいないことを明らかにしています。さらに一人の人が罪を犯すことになった背景にある社会的責任は、社会のすべての人にあることをも意味しています。キリストはその女性を裁き、排除することより、そこで起こった問題をみんなの問題として受け止めることを求め、その人の立ち直りのために赦しと愛とを与えられたのです。
イエスに脱線し
罪があるものは
他人を批判してはならない
と言いたいわけではなく
すべては【縁】に任せ
気楽に軽やかにいけたらイイよね
....って話。
__________
※禅の教えはすごい...
反応しない!関わらない!
放っておけば全てうまくいく
▼▼▼
3.ご縁に素直に従ってみる
....とあるように
【縁】に身を任せる
▼▼▼
いちいち
気にしない
反応しない
関わらない
.......だそうです。
縁があったから出会い
縁がなかったから別れた(分かれた)
我々親子も
縁があったから出会い
縁がなくなったら離れるでしょう。
改めて
目の前の【縁】を大切にしたいです。
今日は以上です。
ありがとうございました。



