中学時代へ突入してから

息子から出る発言に

多少の違和感がありましたが、

 

 

「勉強しなければいけない」

 

と言ったその当日に

 

ほんのちょっぴり....

本当にほんの数分間だけ

教科書を開いたのみで

 

その後、ぱったりと

お勉強している姿は見られなくなりました。

 

 

▼▼▼

 

 

なんだったのだ

 

あの違和感は。

 

 

部活の仮入部期間、

 

「バスケットやってきた〜♪

楽しかった〜〜♪」

 

「美術部は〜

『芸術的』作品を作らなければいけない

っていうから〜やめた〜♪」

 

「帰宅部が1番イイな〜」

 

...などど言っていて、

 

母は口を噤むのに必死でした。

 

 

 

本音はバスケ推ししたい。

担任のステキ〜♪先生が顧問だというし、

親子でバスケ談義もしてみたい。

 

いや、でも

我が息子は運動部に

向かないかもしれない。

 

イマドキの運動部は

変わってきているだろうが

どうだろう。

 

 

足も速く運動神経もよいが

スポーツに全く興味がない彼。

 

 

結果、

 

パソコン部に入部したらしい。

 

 

P「パソコン部でなにするの?」

 

D「ゲーム作ったり〜タイピングしたり〜♪」

 

P「へぇ〜イイね。楽しいの?」

 

D「楽しい〜〜♪」

 

 

週2の部活動、

放課後1時間程度の部活動....

 

朝練とか

土日にお弁当持参とかない部活動...

 

 

ほのぼのにも程がある。

 

 

体育の時間に100mのタイムを測ったら

クラスで同率1位だったらしい。

 

 

体育の先生に

 

「なんの運動部に入るの?」

 

と聞かれ、

 

「運動部入りません」

 

と答えるとびっくりされたらしい。

 

 

足が速い文化部

 

...悪くない。

 

 

________

 

 

学校からのプリントに

 

「中学生になって」という生徒作文が

クラス1名づつ載っていた。

 

 

責任感を持って」

「中学生になった自覚を持ち」

目標達成する努力

「小学校よりも制限が増えたが

その中で精一杯頑張っていきたい

 

責任感、自覚、努力、目標

...などの言葉たちが

そこかしこに入れこまれた文章。

 

息子と同級なので、

2010~2011年生まれの子どもたち。

 

もちろん

外行き(ソトユキ)の文章だろうが

まんまと地球人間業界に染まった空気感。

 

 

こうして競争争い世界へと没入し

抜け出せなくなる。

 

責任感を背負い、

自覚をも背負ってゆく

 

努力した結果を

後生大事に持ち運び

 

目標達成できない人間を

切り捨てるようになる。

 

自分も他人のことも。

 

 

本当の価値は自分であることを忘れ

「おかず」こそがすべてとなる。

 

※おかずとは、

学歴、職業、肩書き

財産、地位、名誉ナドナド

 

 

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おかずをたくさんつければ

幸せになれると

 

誰もがそう信じていた。

 

ひたすら頑張って、

走って走って.....

つまづいて転んで、

でもまた走って走って.....

 

 

いつの間にか、

 

本来の自己の存在を忘れて

おかずと自分を同化させてしまった。

 

 

本来の自己を置き去りにして

おかずこそに価値があると信じこみ

おかずだけに頼る人生を歩みだした。

 

 

学歴のない自分はダメだ。

給料が減った自分はダメだ。

もう若くないからダメだ。

結婚していない自分はダメだ。

 

 

学歴=自分

職業=自分

 

とするので、

 

給料が減ったり、

リストラされたり、

定年を迎えたりすると、

 

『自分には価値がない』

 

としてしまう。

 

 

おかずとか

そんなもん関係なしに

 

本来の自分はなにからも傷つけられず

ピカピカに輝いているというのに。

 

 

 

 

 

自殺者が後を絶たない。

 

しかも若い命が。

 

 

おかずは持っててもイイけど

おかずは自分じゃないよ!!

 

自分なんかじゃないよーー!!

ナイヨーー!ナイヨーー!!ナイヨーー!!(エコー)

 

中学生諸君へエアで叫ぶ。

 

 

 

わたしもまだまだ

地球人間業界歴が長いため

 

ド派手に業界風吹かせてしまいますが

イチイチ気づいて立ち止まりたいものだ。

 

 

 

______

 

 

 

人生とは、

 

人が生きる。それだけ。

 

 

生物とは

 

生きる物。それだけ。

 

 

生きているだけでイイ。

 

「死」が悪い

と言っているのではなく

 

瞬間瞬間のこの空気を

味わうのみ。

 

「死にたい....」

と思ったなら

 

「シニタイ」と味わう。

 

「シニタイシニタイシニタイ....」と味わう。

 

 

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「これもまた過ぎ去るだろう」(西洋の格言)

 

『シニタイ』がやってきては過ぎ去り

『お腹すいた』がやってきてまた過ぎ去り

 

『シニタイ』『ネムイ』

『あ、トイレットペーパー買わなきゃ』

『シニタイシニタイシニタイ....』

 

これもまた過ぎ去るだろう。

 

 

 

今日は以上です。

ありがとうございました。