中学時代へ突入してから
息子から出る発言に
多少の違和感がありましたが、
「勉強しなければいけない」
と言ったその当日に
ほんのちょっぴり....
本当にほんの数分間だけ
教科書を開いたのみで
その後、ぱったりと
お勉強している姿は見られなくなりました。
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なんだったのだ
あの違和感は。
部活の仮入部期間、
「バスケットやってきた〜♪
楽しかった〜〜♪」
「美術部は〜
『芸術的』作品を作らなければいけない
っていうから〜やめた〜♪」
「帰宅部が1番イイな〜」
...などど言っていて、
母は口を噤むのに必死でした。
本音はバスケ推ししたい。
担任のステキ〜♪先生が顧問だというし、
親子でバスケ談義もしてみたい。
いや、でも
我が息子は運動部に
向かないかもしれない。
イマドキの運動部は
変わってきているだろうが
どうだろう。
足も速く運動神経もよいが
スポーツに全く興味がない彼。
結果、
パソコン部に入部したらしい。
P「パソコン部でなにするの?」
D「ゲーム作ったり〜タイピングしたり〜♪」
P「へぇ〜イイね。楽しいの?」
D「楽しい〜〜♪」
週2の部活動、
放課後1時間程度の部活動....
朝練とか
土日にお弁当持参とかない部活動...
ほのぼのにも程がある。
体育の時間に100mのタイムを測ったら
クラスで同率1位だったらしい。
体育の先生に
「なんの運動部に入るの?」
と聞かれ、
「運動部入りません」
と答えるとびっくりされたらしい。
足が速い文化部
...悪くない。
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学校からのプリントに
「中学生になって」という生徒作文が
クラス1名づつ載っていた。
「責任感を持って」
「中学生になった自覚を持ち」
「目標を達成する努力」
「小学校よりも制限が増えたが
その中で精一杯頑張っていきたい」
責任感、自覚、努力、目標
...などの言葉たちが
そこかしこに入れこまれた文章。
息子と同級なので、
2010~2011年生まれの子どもたち。
もちろん
外行き(ソトユキ)の文章だろうが
まんまと地球人間業界に染まった空気感。
こうして競争争い世界へと没入し
抜け出せなくなる。
責任感を背負い、
自覚をも背負ってゆく
努力した結果を
後生大事に持ち運び
目標達成できない人間を
切り捨てるようになる。
自分も他人のことも。
本当の価値は自分であることを忘れ
「おかず」こそがすべてとなる。
※おかずとは、
学歴、職業、肩書き
財産、地位、名誉ナドナド
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おかずをたくさんつければ
幸せになれると
誰もがそう信じていた。
ひたすら頑張って、
走って走って.....
つまづいて転んで、
でもまた走って走って.....
いつの間にか、
本来の自己の存在を忘れて
おかずと自分を同化させてしまった。
本来の自己を置き去りにして
おかずこそに価値があると信じこみ
おかずだけに頼る人生を歩みだした。
学歴のない自分はダメだ。
給料が減った自分はダメだ。
もう若くないからダメだ。
結婚していない自分はダメだ。
学歴=自分
職業=自分
とするので、
給料が減ったり、
リストラされたり、
定年を迎えたりすると、
『自分には価値がない』
としてしまう。
おかずとか
そんなもん関係なしに
本来の自分はなにからも傷つけられず
ピカピカに輝いているというのに。
自殺者が後を絶たない。
しかも若い命が。
おかずは持っててもイイけど
おかずは自分じゃないよ!!
自分なんかじゃないよーー!!
ナイヨーー!ナイヨーー!!ナイヨーー!!(エコー)
中学生諸君へエアで叫ぶ。
わたしもまだまだ
地球人間業界歴が長いため
ド派手に業界風吹かせてしまいますが
イチイチ気づいて立ち止まりたいものだ。
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人生とは、
人が生きる。それだけ。
生物とは
生きる物。それだけ。
生きているだけでイイ。
「死」が悪い
と言っているのではなく
瞬間瞬間のこの空気を
味わうのみ。
「死にたい....」
と思ったなら
「シニタイ」と味わう。
「シニタイシニタイシニタイ....」と味わう。
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「これもまた過ぎ去るだろう」(西洋の格言)
『シニタイ』がやってきては過ぎ去り
『お腹すいた』がやってきてまた過ぎ去り
『シニタイ』『ネムイ』
『あ、トイレットペーパー買わなきゃ』
『シニタイシニタイシニタイ....』
これもまた過ぎ去るだろう。
今日は以上です。
ありがとうございました。

