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「鶴ヶ城」クイズ騒動、会津若松市にTBS謝罪?

前回の記事 の続報。

読売新聞から

『鶴ヶ城クイズへの抗議にTBS謝罪「市民心情に配慮欠く」
 福島県会津若松市がTBS系のクイズ番組を巡って抗議文を送った問題で、TBS側は31日、謝罪文を提出した。
 番組では、旧幕府軍が若松城(鶴ヶ城)を明け渡した理由について「糞尿が城にたまり、その不衛生さから」を正解とした。市は「それがすべてのように放送され、イメージを損なわれた」と抗議していた。
 謝罪文では、要因は複数あると認識していたが、バラエティー番組という側面もあったとしたうえ、「主な理由として扱い、市民の心情に配慮を欠き、深くおわびする」とした。訂正放送は「(クイズ番組は)単発なので困難」とした。
 菅家一郎市長は「この回答では市民の憤りは収まらない。きちっとした歴史認識をもってもらいたい」と話している。』
(2008年3月31日21時41分 )




TBSとしては、謝ったので、これで終わりだ、と思っているんでしょうね。
何か他人事なんですよね。
でも、これって、この番組を制作した会社の方に責任があると思うんですが。
謝罪するなら、制作会社も何らかのコメントを出した方が、いいのではないでしょうか。
制作したのは「リーライダーす」という会社らしい。ほかに「タモリのジャポニカロゴス」とかも手がけているようだ。どうやら、教養バラエティー番組が得意らしく、随分と真面目な番組を作っているようだが、ここで何の対応もしないとなれば、当事者に対しても視聴者に対しても、余りにも誠意がないのではないか……。

前にも書いたことで重複するが、このクイズの問題がどの資料を基にして作ったのかということ。こういったことが書かれている文献があったのか、あったとすればそれは何なのか、まず基となったものを示すべきだと思う。司会者のロンドンブーツ淳が作った問題ならば、彼が、どこからそんな話を聞いたのか、それとも何かを読んだのか、まずはその情報源を示すべきだ。そういった誤ったことが書かれているものがどこにあるのか、を示さなければ、間違った事実を正すこともできないからだ。
まず、そこからでしょう。

さて、これを読まれた方は、何を細かいことをウダウダと言ってるんだ、と思われるでしょう。
しかし、この騒動は実は「根が深い」と思っているのです。
今回のことは事件としては小さなこと(当事者には大問題ですが)ですが、この騒動が大きくなれば、この手の「歴史バラエティー番組」を制作する者への警鐘となるはずなのです。こういったことが問題化されれば、あやふやな根拠や仮説の裏付けもないまま番組を作ることができなくなり、目新しさを出すために著しく歴史を歪曲した番組作りへの抑止となるはずなのです。昨今の「歴史バラエティー番組」は、歴史上の人物や出来事を矮小化し、貶めて、お茶らかし、嘲笑するといった形があまりにも多い。

今回の件も、「籠城した城が糞尿で臭くて、城を放棄した」といった、彼らを「侮辱」したニアンスがたぶんにあった。(実際に見ていてもそう感じた) そこでは、籠城してまで戦った人々の気持ちなどまるで忖度されることなく、ここで歴史的背景(どうして籠城しなければならなかったのか、といったこと)もまったく語られない。ただ糞尿→臭い→嘲笑という形になっている。バラエティー番組だから面白ければいい、という発想なのか。たぶん歴史的人物・出来事も「笑いのネタ」の一つでしかない、といった感覚なのだろう。
だから「家康脱糞」「海舟、犬に急所噛まれる」とか、みんなそういった取り上げ方をするのだ。

こういった些細な事でも、テレビやメデイアが取り上げれば、その影響は大きく、そこでおもしろ可笑しく報道されると、その歪曲された可笑しな部分だけが、一般視聴者の記憶に残っていく。果てには、それが真実として伝わり、間違ったまま語られていくことになるのだ。
(このあたりは前回の記事 と重複しています)

ということで、この問題をうやむやにしないためにも、


会津若松市長さん、および会津若松市の方々、
TBSの曖昧な謝罪などに屈せずに、
がんばってください。

「歴史ミステリー小説」紹介とか。

「歴史ミステリー」という言葉で検索されて、このサイト(fc2)に来られる方が、異常に多くなっています。そこで「歴史ミステリー小説」の紹介を少しします。
まずはこれ、『歴史ミステリー作家養成講座』(祥伝社)



井沢元彦、中津文彦、高橋克彦、三者による歴史ミステリー小説講座。

これが、面白くって、だいぶ参考になりました。そして「歴史ミステリー小説」という分野を知り、巻末に紹介された本を、順次読んでいったものです。
ということで、今回はこれを書き出してみることにします。(この本では、紹介のみならず、簡単な内容紹介も書いてあります)

古代史ミステリー 
 
高木彬光  「邪馬台国の秘密」(角川文庫)、「古代天皇の秘密」(角川文庫)
井沢元彦  「卑弥呼伝説」(実業之日本社)
長尾誠夫  「邪馬台国殺人事件」(文藝春秋)、「源氏物語人殺し絵巻」(文藝春秋)
中津文彦  「闇の法隆寺―封印された聖徳太子の秘密」(光文社)
井沢元彦  「隠された帝―天智天皇暗殺事件」(祥伝社)、「猿丸幻視行」(講談社)
高橋克彦  「蒼夜叉」(講談社)、「炎立つ」(講談社)
中薗英助  「異文・業平東国密行記」(人物往来社)
 
源平・鎌倉・南北朝ミステリー

高木彬光  「成吉思汗の秘密」(角川文庫)
井沢元彦  「義経はここにいる」(講談社)
中津文彦  「黄金流砂」(講談社)「闇の弁慶」(祥伝社)
斎藤栄   「徒然草殺人事件」(光文社)、「方丈記殺人事件」(光文社)
高橋克彦  「南朝迷路」(文藝春秋)

戦国ミステリー

井沢元彦  「修道士の首」(講談社)
中津文彦  「闇の本能寺」(光文社)、「闇の関ヶ原」(実業之日本社)、「千利休殺人事件」(光文社)
岩崎正吾  「異説本能寺 信長死すべし」(講談社)
荒馬間   「駆ける密書」(河出書房新社)
森真沙子  「家康暗殺―謎の織部茶碗」(祥伝社)
津田三郎  「家康誅殺」(光風社出版)

江戸ミステリー

南條範夫  「三百年のベール」(批評社)
中津文彦  「山田長政の密書」(講談社)、「闇の天草四郎」(徳間書店)、「闇の龍馬」(光文社)
井沢元彦  「葉隠 三百年の陰謀」(徳間書店)、「忠臣蔵 元禄十五年の反逆」(新潮社)
鷹羽十九哉 「私が写楽だ」(人物往来社)、「板前さん、ご用心」(文藝春秋)
高橋克彦  「写楽殺人事件」「北斎殺人事件」「広重殺人事件」「北斎の罪」「歌麿殺人事件」(すべ         て講談社)「春信殺人事件」(光文社)

近現代ミステリー

中津文彦  「西郷暗殺指令」(廣済堂出版)
伴野朗   「西郷隆盛の遺書」(新潮社)、「五十万年の死角」(講談社)
高橋義夫  「闇の葬列」(講談社)
高橋克彦  「倫敦暗殺塔」(講談社)
海渡英祐  「伯林―一八八八年」(講談社)
山田風太郎 「明治バベルの塔―万朝報暗号戦」(文藝春秋)
典厩五郎  「ロマノフ王朝の秘宝」、「紫禁城の秘宝」、「故宮深秘録」(人物往来社)
近藤富枝  「宵待草殺人事件」(講談社)
井沢元彦  「義経幻殺録」(講談社)、「GEN」(角川書店)
景山民夫  「虎口からの脱出」(新潮社)
日下圭介  「黄金機関車を狙え」(新潮社)、「チャップリンを撃て」(講談社)
長坂秀佳  「浅草エノケン一座の嵐」(講談社)
松村喜雄  「謀殺のメッセージ」(廣済堂出版)
楠木誠一郎 「真説・伊藤博文暗殺」(祥伝社)

また、本文で紹介されたもの
豊田有恒  「崇峻天皇殺人事件」
ウンベルト・エーコ  「薔薇の名前」
ジョセフィン・テイ   「時の娘」
など。

ついでに、「ミステリベスト201 日本編」(池上冬彦編 新書館)で選ばれた「歴史ミステリー小説」(ぽいものも含む)も抜き出してみました。

山田風太郎 「明治断頭台」(文春文庫等)
佐々木譲  「ベルリン飛行指令」(新潮社)
檜山良昭  「スターリン暗殺計画」(中央公論社)
笹沢左保  「遥かなり わが愛を」(文藝春秋)
加納一朗  「ホック氏の異郷の冒険」(角川文庫)
赤瀬川準  「潮もかなひぬ」(文藝春秋)

これ以外で近年のものでは、
鯨統一郎  「邪馬台国はどこですか?」(東京創元社)
高田崇史  「QEDシリーズ」(講談社)
ぐらいでしょうか。

この分野で、最近は注目されたものが少ないような気がしますが、どうなんでしょうか。
ネタが出尽くしたのかといえば、そうでもなさそう。(加治将一「幕末維新の暗号」とか、民俗学との融合みたいなものもある。)
それとも、他の分野に分散されているとみるべきなのか。(京極夏彦とか物集高音、または加藤廣「信長の棺」とかも歴史ミステリーとするならば、裾野が広がったというべきなのか)

最近、「歴史ミステリー」という分野に関心が高いことは、テレビの歴史ものや雑誌、ムック本の発行を見ても確かなようです。
ということで、今回は、日本の歴史ミステリー小説(古いもの)を並べてみたわけですが、純粋に「歴史ミステリー」として一番売れたものとなると、これが外国モノのダン・ブラウンの「ダ・ビンチ・コード」となるようです。
「日本の歴史」よりもなじみの薄い「キリスト教もの」が売れまくるわけですから、なんとも皮肉なものです。
しかし、「歴史的もの」と「ミステリー(殺人事件)」とが、違和感なく融合しているという点からいえば、これほど「歴史ミステリー小説」として成功しているものは、なかなかないかもしれません。(作品として面白いか、面白くないかとかは抜きにして。あとは、書かれていることが事実かどうか、といった議論もまず置いといて)
「歴史上の謎の検証」と「ミステリー小説として謎解き」、この2つを組み合わせることが非常に難しいと『歴史ミステリー作家養成講座』にも書かれています。

でも、やはり読みたいですね、
「日本の歴史ミステリー小説」の傑作!

だれか「和製、ダ・ビンチ・コード」書いてください。

最近の「歴史バラエティー番組」は変だ。 TBS番組「鶴ケ城はふん尿落城」へ猛抗議の件

TBS番組「鶴ケ城はふん尿落城」へ猛抗議  3月28日 読売新聞
『東京放送(TBS)系テレビ局が放送したクイズ番組で、福島県会津若松市の鶴ケ城が戊辰(ぼしん)戦争時に落城した原因を「城が不衛生だったから」としたのは不快だとして、市などがTBSと番組制作会社に訂正と謝罪を求める抗議文を送ったことが28日、分かった。
 抗議文などによると、クイズ番組は今年2月16日にTBS系28局で放送。「旧幕府軍が城を明け渡したとんでもない理由とは」という出題で「ふん尿が城にたまっていたため」の答えが正解とされた。
 これに対し抗議文は「開城は応援の望みが絶たれたことや物資の枯渇などが重なったもの」と主張。放送後、市には多数の市民から「名誉を汚された」と抗議のメールなどが寄せられた。
 TBSは「抗議文を精査して、適切に対応したい」としている。』

ほかにこのサイトも詳しい。http://aivix.blog18.fc2.com/

この番組、私も見てました。
これは「歴史王グランプリ2008まさか!の日本史雑学クイズ100連発!」というもの。司会はロンドンブーツ。ロンブーの淳は自称「歴史好き」「城好き」で、この番組でもいくつか、豆知識を披露していた。
で、この「鶴ケ城の問題」も決勝のクイズ問題だということで、ロンブー淳が、特別に出した問題だったはず。このときかなり得意気に、ロンブー淳が、語ってました。(確か、歴史専門家なみに言ってましたけど)

さて、問題なのは、これが事実かということ。
で、この話は、どこかで聞いたなと、思ったら、「七尾城の戦い」だった。
『…兵力を集めて堅城である七尾城に立て籠もれば、謙信を追い返せると考えていた。しかし1万5000人も集めたため、これが逆に仇となった。これだけの人数の糞尿を処理するトイレが七尾城内部には無く、糞尿を処理しきれなくなって七尾城内部のあちこちで垂れ流し状態となったのである。しかも、季節は夏。このような不衛生な状況で遂に城内で疫病が起こり、畠山軍の兵士たちは戦いではなく、疫病で死ぬ者が相次いだのである。おまけにこの中の犠牲者に、幼君の畠山春王丸までもがいたのである。』(ウィキペディアから)

また、南北朝時代の「金ヶ崎城の戦い」でも籠城した死体が腐り、不衛生となって病気が蔓延した話が出てくる。(このとき新田義貞の長男・義顕が戦死)

この手の話は、調べればもっと出てくるはず。
つまり、籠城戦となれば、この手の話は付きもので、鶴ヶ城に限ったことではないのだ。
だから、「糞尿が臭くって城を明け渡した」なんてのを理由にして、クイズの問題を作ってしまうのが論外なのだ。籠城した城が、臭い、異臭が漂うといったことは、当たり前のことで、(糞尿だけではない、死体、ゴミなど多くある) 糞尿が主因で降伏したというのは、まずありえないということだ。

まず、TBSや番組製作者がしなければならないのは、どの資料を基にして、この問題を作ったのかということ。私が番組を見たときは、ロンドンブーツ淳が自ら出した問題のようにも見えたので、彼が何を読んで、どこからこういった知識を仕入れたのかを、示す必要があるのではないか。それが、抗議してきた者へ、誠意を示すことになるだろう。まず謝罪する前に、そこから始めるべきだ。

そして、問題なのは、この番組だけではなく、歴史バラエティー番組がする「ある一部分をクローズ・アップして、歴史を歪曲してしまう」ことにある。
これは「徳川家康が脱糞した」とか「勝海舟が急所を犬に噛まれた」とか「土方歳三の実家は偽物の薬を売って儲けていた」とかそんなことばかりを取り上げることが問題なのだ。
以前から何度も書いていることだが、歴史上の人物や出来事をバカにし過ぎるんですよ。

以下前に書いた記事の一部
『最近の歴史モノ番組、歴史ミステリー番組は奇説、珍説ばかりを取り上げていて、ついていけない変なものが多い。(私が言うのもおかしな話なんですが)
「歴史上の人物」を現代的視線で捉えて過ぎていて、全く歴史的背景を伝えていないから、偉人たちの言動が滑稽に見えるんですよ。そこを面白がっている。それをつまらない芸人がウケを狙って、下らないコメントを言う。そこがまたイライラするんです。
それに歴史上の偉人を庶民的レベルまで引きずり下ろして、お笑いのネタのしたものも多い。大した見識もなさそうなタレントたちが歴史上の人物をもてあそぶな!といいたいんです。
あと、品川庄司の品川が喜ぶような逸話ばかり取り上げるのも嫌なんですよ。「誰が日本で最初にラーメンを食った」とか「将軍が好みタイプの女」とか、そんなのばかり。たまにはいいけど、そればっかりだと、ちょっと食傷ぎみですよね。』

また1カ月ほど前に書いた島田紳助の「歴史なんて全部ウソ、司馬遼太郎の話もや」発言も変でしたね。
このときも石田三成を馬鹿にした番組トークとなっていました。これは見ていて、思わず激怒しました。
その時の記事 http://pcscd431.blog103.fc2.com/blog-entry-259.html
記事を書いたときは、「そんな芸能人の話なんて、無視すればいい。気にしない方がいいよ」みたいコメントも頂いたが、やはり、気になる。彼ら芸能人の発言って影響力が大きくて、こういった番組で放送されれば数千万人の人が見るんだから、やはりコワイんですよ。
こういった知識ばかりが垂れ流されると「日本の偉人たち」は下ネタばかりになってしまうよ。

週刊「歴史のミステリー」第10号

週刊「歴史のミステリー」第10号

目次



歴史検証ファイル     「関ヶ原の戦いは天下を二分した決戦だったのか?」

                「カエサルを殺したのはブルートゥスだったのか?」

遺跡に眠る謎      「チチェン・イッツァ」

疑惑の真相       「イエスキリストは日本で死んでいた!?」

語り継がれる伝説   「聖杯伝説」

芸術の裏側       「ピーターとウェンディ」ジェームス・M・バリー

人物再発見      徳川光圀



今号の感想、画像等は、メインブログの方に載せてあります。

http://pcscd431.blog103.fc2.com/blog-entry-282.html

「昨今の幼児・児童虐待事件」と「求められる呑龍の精神」

「幼児・児童虐待」事件について、前回の続き。

先日、娘の卒園式に行ってきました。

幼稚園に行く機会はそんなになかったのですが、改めて見てみると、こんなにたくさんの子供がいたのか、と驚きました。そりゃ凄いですよ。小さい子供らが百人くらいいて、みんなぴょんぴょんと跳ねながら、楽しそうにはしゃぎ回っているんですから。子供らの嬉しそうな声を聞くと、こっちまで愉快な気分になります。
幼稚園の思い出といえば、「運動会」がよかったですね。園児らが駆け回わり、お遊戯する姿は、なかなかいいもんです。
みんなかわいいですよ。涙腺がゆるくなった祖母がこれを見て泣くのが、分かるような気がしました。

さて、本題。
3月19日、秋田地裁で「連続児童殺害:畠山鈴香被告」に無期懲役の判決があった。
記事を読んでみると、彩香ちゃんの殺害時についての証言は、実に生々しいものがある。
「娘を欄干に座らせ、しがみつこうとしたところを押して藤琴川に落下させ、水死させた。」「接触への嫌悪から苦手意識を持ち、愛したくても愛せない長年の悩みがあった」といい。殺害当日に「(魚を)見たい、見たい」と橋から家に帰ろうとしないため、急激にイライラした感情を高め、彩香ちゃんが怖いといって抱きつこうとした瞬間、とっさに殺意を持って押したと認定した。」

これは怖いです。橋の欄干に座らせ、抱きつこうとしたわが子を、殺意を持って押した、と云うんですから。この心理の変化がリアルで怖い。二重人格者だったら、ここで悪魔が「押せ」って囁いたと、主張するかもしれない。人の心の中に、これほど冷酷で残酷なものが潜んでいるのかと思うと、人間の本性は「悪」なのかと考えてしまう。

ここ数年、幼児に対する虐待、傷害、殺害といった事件が、新聞に載らない日はない。これが比喩でないほどに、増えていると思う。前回書いた『2歳児を放置死させた 29歳の母親』 (埼玉三郷市の島村恵美容疑者)のような、特異な事件も起こった。
それに、自分の子に危害を加え殺してしまう親の行動が、どんどん残忍化しているような気がするのは私だけなのか。
日本全体が利己主義になって、自分だけが良ければいい、自分だけが儲かればいい、自分だけが幸せならいい、自分が気持良ければ他の人はどうでもいい、といった風潮がこういった事件の根底にあるように思う。他人への無関心は、自分の子供にも向けられているような気がしてならない。
少子化社会となって、社会全体で「子どもを育てる」という関心が薄れてきている、とも感じる。また、子供のことを「くそガキ」と平気でいう有名人や、「子供を守ること」と「過保護」は違うことなのに、同じ意味に捉えて攻撃する人も増えたような気がして、そんなことを書く記事をよく見かけるようになった。(勝谷誠彦、キングコングの西野とか)
日本が幼児ポルノの規制がない国として国際的非難を受けているのも、どこか「子供を守ろう」という意識が希薄な証拠なのではないか。そういった「子供への悪意」と「育児の社会的な無関心」が、こうした事件の一因になっているのではないのか。
それに、いつも事件が起こってから、「これはいかん」と騒ぐことも多い。でも、それはニュースとして騒ぐだけで、結局のところ、何の方策も出されないまま、改善もされず、同じような悲惨な事件は繰り返されてくことになる。

そして、もう一つ気になった事件を。

奈良の乳児虐待:体に「死ね」「ブタ」と赤ペンで書く 母親逮捕。

 奈良市で起きた両親による乳児虐待事件で、意識不明となった生後4カ月の次男が病院に搬送された際、体に赤色のペンで書かれた「死ね」「ブタ」などの落書きがあったことが県警の調べで分かった。夫の無職、松本一也容疑者(29)=奈良市月ケ瀬尾山=とともに殺人未遂容疑で逮捕された琴美容疑者(21)が「自分が書いた」と認めているという。
 調べでは、琴美容疑者は、ぐずって泣く次男に育児ストレスを感じ、胸部や腹部に落書きしたという。両容疑者は、次男が生後1カ月のころから、日常的に顔を平手で殴ったり、太ももや首につめを立ててつねったりしていた疑いが持たれている。
 両容疑者には、他に次男と双子の長男と、長女(1)がいる。長男にはつねられた後が十数カ所あり、長女には外見上、虐待された跡はないという。【石田奈津子】毎日新聞 2008年3月11日 大阪夕刊

悲惨な事件です。
この後に、この両親が行った虐待行為を詳しく載せた記事が出たが、これがまた酷いもので、読むのも恐ろしい。
こういった事件を聞く度に暗い気持ちになり、一層気が滅入ってしまう。ただ被害にあった子供のことを考えると居たたまれず、どうにか救う方策はないのかと思ってしまう。「悲しい事件だ」と傍で嘆いているだけでいいものなのかと、娘を持つ親としては思わずにはいられない。
こうなる前に、この子らを救うことはできないのか。不幸な家に生まれてしまった子供は生きていくことさえできないのか、だとすればその子供たちに与えられた宿命は、余りにも「不幸で不公平」だ。社会全体で「子供を守る」といった「意識」が育たなければならないと思うのは、自分の娘が通う幼稚園で、楽しそうにしている園児らを見てつくづく感じることなのです。
少子化対策といっても出産率ばかりに関心がいって、生まれてきた子供たちを守らなければ、全く意味がないのです。「将来を背負うのは子供だけである」といった意識が広まらなければ、この国に未来はなく、日本人というものは滅んで行くことになる。人口低下とともに、経済の活力を失って国力は落ちていくのです。年金を負担する若い人がいなくなったら大変だから、人口を増やそうといったことを言う人もいるが、これは本末転倒。年金問題のために子供を産もうというのは誤ったことだ。まずは「生まれてきた子供たちを守ること」から始めるべきではないのか。
ではどうやって子供を守ればいいんだ?  では虐待を受けている子供を救ういい方策があるのか?  と問われれば、私にいい考えがあるわけでもなく、結局は答えに窮してしまうわけなのだが……。やはり行き着く先は「赤ちゃんポスト」のようなものしかないのか……。

何らかの方策はないものなのか。

現代に求められるのは「呑龍の精神」

と、ここで「呑龍の精神」となるわけです。
呑龍」とは、江戸時代初期の名僧。大光院の開山。
大光院は群馬県太田市にある寺で、広辞苑を引けば出ててくるほどの大寺。いまも「子育て呑龍様」として慕われ、近隣住民のお宮参りや七五三でにぎわう。(かく言う私も、娘もここで七五三をした。そして私の名前まで付けてもらった)

これが、どうして、現代の「幼児・児童虐待、殺害の事件」につながるかといえば、以下の逸話による。
江戸時代初期、世の中はまだ乱世の余燼はくすぶり、天災等の影響もあって、庶民の生活は困難を極めていた。そのために、当時の人々は、家族の人数を調整するために、生まれてきた子供を捨てたり、間引き、子殺しなどを行っていたのである。(当時は生きていくために仕方がないことだが)

呑龍は、その非道を憂いて、近隣の農民にその所業を止めるように説いて回った。しかし、そういったことは減ることはなかった。避妊が行われるわけでもなく、まして子供が増えてしまえば、一家全員が飢え死にしてしまう。いわゆる必要悪として「間引き」が民間に浸透していたのだ。そこでやむなく呑龍は、捨て子や貧しい人々の子供らを寺に受け入れることにした。子供らの悲惨な状態を見かねたものだったのだろう。そして、寺の費用で子供らを養育したのです。

画像は「マンガ太田の歴史」より)

ただ、当前のことだが、寺領として与えられた三百石は寺の運営や学僧養成のために使われるのであって、捨て子の養育にあてられるものではなかった。(当時の大寺は、今でいう大学、行政機関のような役割も担っていた)
これを知った幕府は驚いて、呑龍にどうにかするように命じた。まあ、簡単に言えば「そんな子供らを引き受けるな、捨ててしまえ」と暗に命じたに違いないのです。呑龍は悩んだはずでしょう。出世をするなら幕府の言う通りにすればいいことでしょうし、そうすることが「政治的」には正しいことになる。しかし、それでは自分の道徳心や信念を捨てることになる。

だが、ここで呑龍は名案を思いつく。呑龍が現代になっても「子育て呑龍」といわれ、語り継がれる名僧となるのはここからです。捨て子や貧民の子を受け入れ、七歳までは名目上、大光院の弟子とする形にして、子どもたちを寺の費用で養育することにしたのです。

こうして救われた子供は数多くいたでしょう。これはナチスからユダヤ人を救ったオスカー・シンドラーや杉原千畝にも匹敵することではないのか。
偉いです。
江戸時代にこんな人道主義者がいた、というのをもっと世間で知られてもいいことです。
そして、もし、現代に呑龍が生きていたら、きっと嘆いていたに違いない。それに、子供らを救う妙案を考え出しているかもしれない。

またもうひとつ「人道主義者」として、呑龍には有名な逸話があります。
元和2年(1616年)のこと。
武州の源次兵衛なる農民が、難病で苦しむ親の治療には、鶴の生き血が体に良いというのを聞き、鶴を捕らえて殺してしまった。
ただ、これが御禁制の鶴だった。どうやらこれは重罪であったらしい。役人に追われた源次兵衛は、大光院に逃げ込んだ。
この話を聞いた呑龍は「禁制を犯したのは重罪であるが、人の命の尊さには代えられぬ」といって源次兵衛を匿い、役人にその身柄を渡さなかった。しかし、役人にも面目がある。掟を破った源次兵衛を捕えなければならず、それを引き渡さなかった呑龍にも罰を与えなければならない。どちらも後に引けない状態になった。並の僧侶なら、ここで権力に屈して、さっさと引き渡していたでしょう。お上に楯つくようなことがただでは済まないと思えば、ここは普通に考えても、引き渡せば簡単に済む話なのだから。
しかし、呑龍はそんなことはしなかった。罪を一身に負い、格式のある住職を惜しげもなく捨てて、源次兵衛をお供につれて旅に出るという方法を取った。そして行き着いた先が信州小諸の仏光寺という小さな草庵であった。そこに籠った呑龍は念仏と修行を続けたというのだ。重罪を犯した名もない農民を守るために、自分のキャリアさえあっさりと捨ててしまうという、当時珍しい「人道主義者」でした。そして二代将軍秀忠の許しが出て、大光院に戻ることになったのが、その5年後のことだったというのだ。
こんな博愛主義者が過去にいたんですね。

さて、この逸話が、「つまらない話だ」という人もいるでしょう。「いい話でもなんでもない」と思う人もいるでしょう。しかし、この話のポイントはここにあります。「影響力の大きい人が、起こした言動は、世間に広く伝わる」ということだ。
大寺を任される住職がこういった行動を起こすことによって、世の中に広くこの話が語り継がれていき、結果、民衆に「博愛、人倫」を広めていくことになった。実際、この逸話が現代にも残り、私もブログに書き、それを読む人が多少なりともいることになる。(呑龍の逸話を書いたブログは検索すると結構ある)
それに呑龍がエリート僧であったことは間違いない。
呑龍が芝増上寺の観智国師の門弟で四哲の一人といわれ、大光院が、慶長18年(1611)春、徳川家康によって一族の繁栄と始祖新田義重を追善供養するために開かれた浄土宗の寺で、その開山に選ばれたことからいっても「選ばれた人」であったことは間違いないのだ。(増上寺は将軍家の菩提寺である。そこで修行し、優秀であったのなら、今でいう東大を主席で卒業するようなものだろう)

また、上野国(群馬)で、当時300石の御朱印が下賜されたのは、大光院のみだ。次が世良田東照宮の200石、上州一ノ宮の貫前神社でさえ177石であるから、大光院がいかに破格の大寺であるか分かるものである。その開山に選ばれた呑龍は、今でいう出世を期待されたキャリア官僚だといえるのです。
そんなエリート僧侶が、幕府の命令に反して「子供たちを守り」「農民を助ける」といった行動に出たのである。
それに、呑龍がしたことは、出世や保身ばかりを気にする現代の官僚とはえらい違いで、実に博愛に満ちた行動の数々だった。
呑龍が、捨て子や殺される運命にあった子供を引き取って育てるといったことは、小さなことかもしれない、しかしその行動はのちのち伝説・伝承となり、語り継がれていったのだ。
メッセージはシンプル。「間引きはいけないこと、子殺しはやってはいけないこと」そういった簡単なことを世の中に植え付けようとした。それを、自らの行動をもって、世間に示した。それは「子供を守ろう」という考えを世の中に広め、民衆の意識を変えていこうとしたわけだ。
今の世の中に、そんな役人や議員はいるのか。
改革、改革と口では叫んでいても、保身と出世とお金にしがみ付く、役人や議員たちに、こんな行動ができるだろうか。
しかし、いま起こっている幼児・児童虐待問題で求められているのは、「呑龍のような精神」をもった人道主義であり、エリート官僚のような大きな力を持つ人が行動力と指導力を発揮することなのだ。
そういった人が立ち上がってこそ、世の中が動くのである。(私のような小者がブログにちまちま書いていても世の中は変わらない)

呑龍のメッセージは簡単なもので「子供を守ろう」といったことだ。

慈愛に満ちた行動を起こす人が、世の中の意識を変える。そして子供たちを救うのだ。

だって

未来は子供たちにしかないだから。

娘の卒園式に出て、「あどけない子供たちの笑顔」を見ながら、痛切にそう感じた。