あの生品神社が超満員!!
7月初めのある日の午後。
群馬県太田市にある生品神社の境内は多くの人でうまり、駐車場に置ききれない車が、路上に鈴なり状態で駐車されていた。
いつも閑散としている神社で、一体何があったのか。
お祭りか、新田一族の集会か、それとも、私の斎藤佑樹くんの記事を読んだ人が集まったのか。(ありえねー)
ちょっと気になったので、道でビラを配っていたおじさんに聞いてみた。
するとあっさり「県知事選の出陣式だよ」と当然のように返答された。
たしかにそのオジサンの頭には必勝の鉢巻がまかれていた。
群馬県知事選が7月22日にある。それに向けての出陣式だった。
群馬県の知事となれば、前橋や高崎などの県中央の人が多い。中央から見れば東に外れている、東毛地区からの立候補はそれだけでも不利だろう。
別に、地元から出るので応援するというわけではない。生品神社で出陣式を行うなんて、新田一族を題材にして小説を書いている身としては、ちと嬉しくなるというだけの話です。
まあ、生品神社はそんなことでもなければ、境内が人で一杯になることもないような、寂しいところなんですよ。
(生品神社は、鎌倉幕府を倒した新田義貞が、挙兵の際に旗揚げを行った神社。斎藤佑樹くんが小学校時代に、この事を模した行事に参加したことなどは、ブログ内で書いてあります。気になった方は読んでください)
追記、こうゆう記事も選挙法に違反するのかな?
まあ、立候補者の名も出してないし、積極的に応援している記事ではないんでしょうが、どうなんでしょうか?
SOYJOYと豊川悦司と検索結果
一週間ほど前に「SOYJOY」のことを書いた。(アメブロでは昨日)
発売元である大塚製薬の営業の方が頑張っているといった内容だった。
大した記事でもなく、ちゃっちゃっと軽い気持ちで書いた。
これが何と、今までで一番のアクセス数となった。
うーん。
5年以上かけて書いている小説よりも、書くたびに非難を浴びている東国原知事の記事よりも、今話題の斎藤佑樹くんの記事よりも、SOYJOYのアクセス数が一番多かったことになる。
しかも、このブログにたどり着いた検索ワードにいたっては、たった一言書いた「豊川悦司」というキーワードでやってきたのものが多い。
あれほど押している、新田義貞でも徳川家康でも、忠臣蔵でもなく、斎藤佑樹でも東国原知事でもなかった。
こういうのって、喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。
でもやはり、なんでも見てもらえるってことはいいことだろう。
というわけで、「SOYJOY」売れろ!、「豊川悦司」がんばれ!
もう一回、「SOYJOY」売れろ!、「豊川悦司」がんばれ!
アクセス数が伸びるように繰り返してみました。
「SOYJOY」の反撃
昨日、大塚薬品の営業の方が来ました。
何かと思えば、「SOYJOY」の営業。SOYJOYといえば、大豆でできたカロリーメイトみたいなやつ。
これが売れなかった。
「みのもんた」をCMに起用して、販促攻勢も凄かった。力の入れようは半端ではない、みのもんたの顔入りのバカでかい什器が、レジ前にどんと設置されたが、結果は……、散々なことに。
大量入荷で、大量の売れ残り。そして値引き、廃棄、発注ストップ。売れない商品の典型的パターン。
普通の商品なら、ここで、廃番となる運命だ。
まあ普通のメーカーならばここで、開発費の回収のために名称や内容の変更して、小手先を変え再発売となるわけだ。
しかし大塚薬品は違う。
それでもSOYJOYを押した。CMは豊川悦司と田中麗奈に変更。マスコミの広告もこの2人になったものをよく目にするようになった。名称もかなり浸透しつつあるだろう。
しかし売れるとは限らない。
それでも大塚薬品は押し続けるだろう。定番化するまで。
それは、大塚薬品の伝統だろうか。
ポカリスエットという商品がある。発売当初は全く売れなかった。当時はスポーツ飲料というジャンルがなっかった。それでもそのコンセプトで押し続けた。今では、ポカリは、絶対に欠品させてはいけない超定番商品となった。
大塚薬品の底力は凄い。
オロナミンCもファイブミニもネイチャメイドもみな定番化させたのだ。それぞれ、そのジャンルを開発し、そのカテゴリーの代名詞となるまでに成長している。
その会社が今強烈に、SOYJOYを押している。
私は、この商品がどうなるか注目している。そして、間違いなくブレイクするだろう。
こんなに大塚薬品のことを宣伝していますが、決して宣伝料をもらったわけではありません。
まあ、SOYJOYの見本をいくつかもらっただけですが。
「信長」と「仮名手本忠臣蔵」と「蘭奢待の香水」
歴史ミステリー小説「東毛奇談 第5章 仮名手本忠臣蔵のこと」に入ったときに、ちょうど「蘭奢待」についての話題が新聞に載っていた。
「信長が愛した香り、織田信長が好んだ香りを身にまとってみませんか」というキャッチコピーで、名香木として知られる蘭奢待をイメージした香水「信長の夢」が発売されたという新商品案内の記事だった。(発売元・カレント。信長の夢・香水で検索すると出てきます。別に商品を紹介ではありませんが)
ちょうど蘭奢待と仮名手本忠臣蔵についての部分を載せていたので、少々驚きました。
まあ、単なる偶然でしょうが……。
では、タイトルの、「信長と蘭奢待と仮名手本忠臣蔵」がどこでどう繋がるのかは、小説を読んでもらえば分かります。
でもそれではちょっと味気ないのでサワリの部分でも抜き出してみましょう。
以下、会話文となっている部分です。
「そうなる。それじゃー、大序をもう一度読み返してみようぜ。兜改めの場面で、四十七人の兜首があって、どの兜首が義貞のものか判らない。そこで以前義貞に仕えていた塩谷判官の妻である顔世御前が、見覚えのある兜を探すこととなり呼び出されてきたわけだ。ほどなく義貞の兜は見つかった。その決め手となったのが、ここにあるように義貞が兜に名香をたき込んでいたことによってだった。その香木というのが蘭奢待だな。じゃーこの蘭奢待って何だと思う?」
というわけで、ここで蘭奢待が出てくるんですが、この内容だと義貞が蘭奢待を身につけていたことになるんです。
不思議なんです。かなり。
蘭奢待とは、奈良時代に中国から伝来した香木で、あまりにも名香であるため、奈良の正倉院に宝物として、しまわれていたものでした。この香木を切り取ったのが、足利義教、織田信長、明治天皇の3人といわれている。(一説には足利義満、義政、徳川家康なども切り取ったらしい)
そう、ここに挙がった名は天下を治めたような人々ですよね。
無論、新田義貞は、天下には手が届かなかった。
だが、仮名手本忠臣蔵のオープニングというべき大序では、このようなシーンがあるんですよ。何故でしょうか。
まあ疑問提示ばかりで何のことやら分らないと思いますが、歴史ミステリー小説「東毛奇談 第5章仮名手本忠臣蔵のこと」はここから、謎ときを始めています。
というわけで、「今夜から始る新番組ドラマの紹介です」といって出演者が、バラエティー番組に出るような番組宣伝みたいなことをしていましました。
「新田」という地名、さてなんと読みますか?
さて、読まれている方の中で、住んでいる場所の近くに「新田」という地名があったら、何と呼ばれていますか?
かなりの確率で「しんでん」と呼ばれているはずです。
あさのあつこ氏の小説「バッテリー」では、主人公が活躍する場所が、岡山県の新田市ということになっています。これは架空の地名で、ここでは「にった」と呼んでいます。
さて「新田」と書かれていれば、大体「にった」と読みますが、地名となるとほとんどが、「しんでん」となります。
検索してみると、「にった」と呼ぶのは千葉県千葉市新田ぐらいで、ほかの宮城県中新田町、愛知県高浜市新田、岩手県盛岡市新田町、山梨県甲府市新田町、山形県東根市新田町、東京都足立区新田、長野県や新潟県の各地にあるこれらほとんどすべてが「しんでん」とよんでいるんです。
なぜこうなるかは、意味があります。
江戸時代を中心に新田開発が進みそこから、地名を「しんでん」と名付けたというのが多いようです。
しかしそれだけでしょうか。
私の考えでは、「にった」と呼ぶことがためらわれたか、江戸幕府による「新田」の徹底した封印が行われたからではないか、ということです。(あくまでも私個人の仮説であり、詳細は歴史ミステリー小説「東毛奇談」第3章の徳川家康改姓のことで書きました。興味のある方は、のぞいて見て下さい)
そして群馬県新田町です。
ここでは新田と表記して「にった」と呼ばれていました。新田一族の本拠地であり、徳川家発祥地の尾島町は新田郡の中にありました。独立した自治体で「にった」とよばれていたのはここだけだったはずでした。
でもこれらはすべて過去形で言わなければなりません。
その「にった」と呼ばれた町、郡は、太田市に吸収合併される形で、今は消滅してなくなってしまいました。
国の地方自治体合併運動という名の効率主義のために「にった」という地名は消えたのです。800年以上続いた地名も消えるときはあまりもあっけないもので、新田義貞が名もない兵士に討たれて、犬死と評されたくらいの儚さです。
新田一族が守ってきた一族の名を冠した地名が消滅した(合併した)のは平成17年3月のことでした。
そして、歴史ミステリー小説「東毛奇談」は平成14年の秋から翌年の「新田」という地名がなくなる以前のことを描いたものです。まさしく、この小説のテーマは「消えゆく新田」を書いているのです。
ということで、この小説の連載はまだ続きます。