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祝! 松井今朝子さん直木賞受賞

第137回直木賞は松井今朝子さんの「吉原手引草」の受賞となった。

松井今朝子さんは、京都生まれで、早稲田大学卒業後、松竹に入社し、歌舞伎の企画制作に携わった。親戚に歌舞伎役者の坂田藤十郎がいる。97年に作家デビューし、「仲蔵狂乱」で時代小説大賞を受賞。直木賞は3度目の候補で受賞となった。

松井さんの受賞は無難といえば無難ですよね。前評判も高ったから。

しかしいつになったら、北村薫さんは受賞するのでしょうか。5度目の候補で受賞に至らないのなら、いっそ横山秀夫さんのように直木賞決別宣言でもするしかないのでは。北村さんの作歴、実力、博識からいって、候補者というよりよりは、すでに選考委員ぐらいの格がありますよね。

さて松井さんの受賞作はミステリー仕立てとなっていて、これまでの作品も時代ものと推理を合わせたものが多いので、結構ためになるんです。歌舞伎や江戸ものを勉強しようという方には、入り口としていいんじゃないかと思います。

他に吉原を舞台にした小説では、隆慶一郎さんの「吉原御免状」が最高ですね。

映画では「妖刀物語 花の吉原百人斬り」です。エロ映画ではありませんよ。主演が片岡千恵蔵、監督が内田吐夢で1960年東映映画です。かなり重厚です。

ストーリーは省きますが、吉原の様子やしきたりがよく分かります。

DVDレンタル店にはないでしょうが、たまに古いビデオ店にあったりします。

松井さんの小説や、吉原ものに興味があったら、見つけて借りてみてください。

案外はまりますよ。

アマゾン、グーグル広告の楽しみ方

fc2ブログの方で、アマゾンとグーグルの広告を張り付けてみたのですが、これって面白いですよね。


広告の選択が、
その単語を拾うか、という感じで。


確かに、小説の中に東京上野の寛永寺が登場しますが「墓地には寛永寺」なんて広告が付いている。それに家康に関連してだと思うんですが、「家康Tシャツ」(今日見たら、幕末Tシャツになっていた)とか、それに新田という単語で「東京都足立新田のアパート情報」てな具合です。


最高なのが、細木数子。
これは、「お前は細木数子か、安国寺恵瓊か」の記事のときのアマゾンの広告。
ずらっと細木数子大先生の名著(?)の数々が並んでいる。
自分の記事内容からいって、どうみても細木数子・大・大先生をほめていないのに。
(この自称占いの大先生、最近当たってないですね)
思わす笑ってしまいますよ。


ブログの新しい楽しみ発見という感じです。

タモリ、とっさのひと言。……人を好きになる瞬間

他人を好きになったり、その人に好感を持ったりする瞬間は意外なところから現れます。



あれは、かなり、昔だったと思います。

深夜の番組「タモリ倶楽部」のある日の放送のこと。

また例によって、下らない企画(そこが面白んですけどね)で、いい加減に演奏した曲を回答者が曲名を当てるといった、そんなような企画だったと思います。

確かな記憶はないのですが、出題者はクリス・ケプラーで、タモリが回答者、他に音楽評論家の萩原健太がいたと思います。

まあ順調に番組は進み、「空耳アワー」も終わり、コーナー再開。

そして運命の瞬間が訪れます。

問題が出されますが、難問だったのか、なかなか答えが出ない。しかし答えが出ないと番組もおわらない。そこで司会者が業を煮やし、ヒントを出しました。

「答えの最初の言葉が、ニですよ。ニ」

タモリは答えに窮します。しかし何かを答えなければならない状況にタモリは追い込まれます。そして言ったのです。

「ニッ、ニッ、ニッタヨシサダ」

画面では、出演者全員がズッコケて、おいおい、洋楽の題名で「新田義貞」はないだろうと、みんなが突っ込みました。それがオチで番組は終わったと思います。

私はこの瞬間、タモリ好きになりました。



人は追い込まれたときに、本性が出るといいます。咄嗟に出たひとことは本音だったということもあります。

タモリの心の中の「ニ」は新田義貞なのです。

心の片隅に新田義貞のことを思っていなければ、言葉となって出てこないはずです。

意外なシュチュエーションで、思いも寄らないフレーズを聞くと、人は心を揺すぶられるようです。

私は、深夜の下らないバラエティー番組で、自分の好きな武将の名を聞いて、その名を口にした人を好きになりました。(この場合は好感を持ったという方が正しいかも)

これは、逆の場合もあるでしょう。

女性を産む機械なんって言って猛反発を食らったある政治家、子猫殺しは現代の警鐘だなんていったある直木賞作家。これらその一言は、心の奥底にある本性なのですよ。だからその発言でグサっときた人は、一瞬でその人を嫌いになる。好き嫌いを分けるものは結構簡単な言葉のひと言で決まるかもしれません。

意外な一言、心に響く一言、ドキッとした一言……、いろいろな一言がありますが、他人には何気ない言葉でも、自分の心に引っかかった言葉というものは案外いつまでも忘れずに残っているものですね。

弁当は廃棄を勧めるコンビ二本部の陰謀

私はスーパーに勤める前は、コンビニの本部に勤めていていたことがありました。
 スーパーバイザーという役目です。各店を回って販売促進やら経営指導を行うんです。
 店のオーナーというのは、大体、脱サラサラリーマンの夫婦や、酒屋を廃業してコンビニにした兄弟などといった事情の方が多い。
みんな夢みてコンビニを始めるんですが、現実は厳しい。これほどコンビニが増えてしまうと、過当競争が始まって、結局本部の強いところが残る。まあセブンイレブンひとり勝ちですが……。

それでもコンビニ本部は店舗を増やす。それにともなってオーナー(パートナーなんていったりもする)も募集しているんですよ。
なぜ店舗を増やすからって? そりゃ本部が儲かるからですよ。
店舗が増えればそれだけ商品を出荷できる(つまりは売るってこと)本部にとっちゃ店舗のオーナーがお客さんなわけ。

で、お弁当。
惣菜とかおにぎりとかは利率がいいわけなんです。自社工場があったりすれば、余計に儲かる。だから、店にはもっとお弁当入れてくださいとか、麺を豊富に並べてくださいなんていって、店側に買わせるわけ。これって店が買い取って販売しているシステムだから、本部にしちゃ売れ残って廃棄になったって別に構わないというわけ。
でも問題なのは、買い取ったはずの弁当やおにぎりを、店は値引きしたりできないこと。これっておかしい。
商売の基本って、売れ残らないように、売り切ることなんでよ。
だから、買い取ったはずの弁当とかおにぎりとか、値引きしてはいけない、捨てなさいと指導するんですよ。しかも賞味期限前のものも、新しい入荷があったら捨てろと、指示するんですよ。
まだ時間前のものを従業員に安く売るなんてこともできない。(これもPOS管理で値引きして売ると、本部に分かってしまう仕組み)

おかしくないですか。日本の物余りの最たるものですよ。
食料危機が世界各地で起こっている。日本は世界中から食料を買い漁っているんです。


それを最終的には捨てている。


しかもこれを会社が指示しているなんておかしなことです。
まあ、賞味期限が過ぎたものはしょうがない。
だけど、まだ食べられる期限があるのに、しかも、安くすれば買う消費者もいるのに、捨てられるコンビニ弁当っていったい何なんでしょう。


コンビニ悲惨話はまた書きます。




名前が3回変った男と徳川家康と運命論

姓名が変わるといった経験はありますか?


女性の方なら嫁に行くと、苗字がかわりますね。
男性でも婿に行くと、やはり苗字がかわりますね。
まあ、大体、あっても1回くらいでしょう。
私は苗字が3回かわりました。


どうゆうとかって?


まず、小学校ころまで、Aという苗字。親が離婚して、母方の姓になってBになる。そして、母が再婚して、Cという苗字になった。というわけで3回苗字が変わった。
男で苗字がかわるのは中々ないでしょう。
幼少のころは、いろいろあって大変だったけど、今思うといい経験だったと思えるようになった。中学校のころBという名前になると、同級生たちはどうして名前が変わったんだ、といろいろ言ってきたりして、いやな思いをした。(多感な時期だから、こうゆうことを面白がって、なんでもネタにするんですね)
それでも、大人びた同級生もいて、妙にかばってくれたりしたりした子も中にはいた。その子は女の子だったんですが、今思えばいい子でした。
あんな気立てがいい子はきっと今幸せに暮らしているでしょう。そうでなくては困る。


さて本題です、私は、徳川家康が名前を変えたことに異様なほど興味を持ち、だれも興味を持たないようなことを問題視してきている。
それは、このブログにも書いてきたし、別ブログで小説にもした。
なぜ、徳川家康は何度も名前を変えたのか。しかも徳・川・家・康と一字一字、自分自身で変え、それになぜ新田源氏を名乗ったのか。
名前を変えるというのは、他人が思うほど簡単なことではない。
それは自分自身の経験を踏まえていう。
これは、血のつながりはなくとも、その名、姓を名乗った時点で、その歴史、運命をも背負ってしまうのだ。
徳川家康が新田源氏を名乗って、新田一族の宿願を背負った。
これは歴史ミステリー小説「東毛奇談」に書いた。

私は運命論者だから、私の経験した姓を変わることも、家康が名前を変えたのも、こうしてそのことを書いていることも、きっと何かの縁、運命であると思っている。そして、斎藤佑樹くんや美智子さまが新田氏と関係があることも、これらすべてがきっと導かれたことであると……。

今日は少し変です。少しメランコリーな状態(こんな言葉を使う事態おかしい)です。
昼はポテロングかじゃがりこのどっちが売れるか心配し、夜は8個のブログを更新して、そして徳川埋蔵金と本能寺の変のことを考え、エヴァンゲリオンの結末を夢想する。
金はなく、会社で出世する見込みもなく、せこせこ書いている小説は本になる見込みもない。

あー今日はおかしい。


もう寝よう。