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土用の丑の日には、サントリープレミアモルツ?

世に新田義貞のファンがこんなにいるとは思わなかった。各ブログに義貞、新田氏のファンを名乗る方がちらほらと現れ、コメントを残して下さるようになった。また、新田義貞の検索でこのブログにたどり着いた方が増えてきた。(それでも、ボンジョヴィ、細木数子、ハリーポッターで来る方が多い)

おー感謝、感謝。

ということで、昨日の続きで、作家新田次郎氏の話をしたかったのですが、どうも今日の更新に間に合いそうになかったので、下らない話(!?)を。

土用の丑の日が近いですね。

みなさんは鰻食べますか?

今、中国産はちとやばいし、国産は少し高い。

でも季節ものは、その時期に喰いたいですよね。

うちの店では、ちと変わったものをということで、土用餅を出しました。

何か関西とか北陸とかでは、食べるらしいですね。

まあ、普通にみたらし、とかアンコとかが餅にかかっているだけなんですが、ちっょと美味そうです。

それに土用丑の日の鰻には「サントリーのプレミアムモルツ」が合うとか合わないとか。

サントリーの営業の若い女の方が来て、「うなぎにはプレミアモルツ、うなぎにはプレミアムモルツ」と大プッシュして、鮮魚コーナーに無理やり、サントリー・プレミアムモルツを出していました。

そして、並べ終わると、デジカメでパチ。

たぶん、その写真を営業所に出して、これだけ販促してきました、と報告しなくてはならないのでしょう。大変ですなー。

私は酒が飲めないので、(それなのに酒担当) まあ味は分かりませんが、プレミアムモルツは高級ビールとしてなかなか売れてますね。エビスビールが黒エビスやホップのエビスを出していて、高価格ビールも種類が増えて選択肢が増えたということですかねー。

暑くなってきたので、ビールをキュッと飲みたい季節ですか?

土用丑の日は、何を飲みますか?

ここは、サントリープレミアムモルツをどうでしょうか。

ここまで読むとサントリーのプロモ記事を書いて小銭を稼いでいると思われるでしょうが、全くそんなことはありません。

ただ、サントリーの営業の方の熱意に絆されただけです。

新田次郎と新田義貞。その1


国家の品格」の著者である藤原正彦さんの父は、作家の新田次郎氏である。

「強力伝」で直木賞を受賞し、歴史小説「武田信玄」は、10数年前に中井貴一が信玄役でNHK大河ドラマとなった。(「風林火山」とはまた趣が違うので、一読お勧めします)

「八甲田山死の彷徨」は高倉健主演で映画化され、名セリフとともに大ヒットした。また現代小説の大家でもあり、山岳小説という新しい分野を切り開いた、昭和を代表する大衆文学の雄である。

また、夫人は藤原ていでこちらも作家。

ということで、新田次郎氏の家族は、みな藤原姓なのに、なぜ新田次郎氏だけ新田姓なのか?

その理由は、新田次郎氏が明治45年6月6日、長野県上諏訪町大字上諏訪角間新田で生まれたことによる。

本名は藤原寛人で、新田次郎はペンネーム。地名の新田から姓を、また次男坊という意味でこの名前となった。また「しんでんじろう」では響きが悪いので「にったじろう」にしたというのである。(ここでも新田と書いて「しんでん」と読む)

そこで、同じ新田姓である新田義貞に機縁を感じて、小説「新田義貞」を書いたという。

小説の解説で、新田次郎氏は新田義貞を始め一族の対してかなりの同情を寄せていることがわかる。

では以下引用。

「義貞の人間像について、新田次郎氏は次のように語ったことがある。『中世武士道を生きた人ですよね。馬鹿正直で、無骨で、純粋の坂東武者、大義名分のために死をおそれず、ぶつかってゆくんです。その性格を、海千山千の後醍醐天皇の野望に、うまく利用されたわけですね』こうした義貞像を、成長期から時代の流れに沿って追い、悲劇的な最後をたどっているわけだが、彼(新田次郎)は調べてゆくうちに、義貞が決して凡将ではなく、むしろかなりの智将でありながら、非情な政治に翻弄される姿に、同情を禁じ得なくなったようだ。

西洋風にいえば、騎士(ナイト)とも言える、彼の人間性に惚れこんで書いた」』

騎士ですよ、ナイトですよ。時代小説の巨匠が義貞をこう評した。

たしかに、義貞は中世西洋映画に出てくる騎士に印象が重なる。

刀を抜けば、降ってくる矢を次々と切って落とす。神技と称される武芸を持ちながら、

雪中の海に船を浮かべ、横笛を吹いて親王を励ます、風流をも持ち合わせる。

顔に矢傷がある、無骨で、愚直な坂東武者でありながら、

月の夜、琴の音色に誘われて、たちまち宮中女官に一目惚れをする。

何とも、義貞は、人間味があふれてますね。

おっ新田次郎の話をしてない、では続きということで。

新田次郎と生品神社の関係は次回で……。

勝ち組、負け組なんて分け方もうやめませんか!?

7月19日、村上ファンド元代表の村上世彰被告に2年の実刑、追徴金11億4900万円の判決が下った。

彼も数年前までは、勝ち組といわれ、時代の寵児と言われた人物。それが今や負け組といわれる。

コムスン、グットウイルも、NOVAも、日産のカルロス・ゴーン氏も数年前は勝ち組といわれていたんです。それが今ではどうでしょうか。

そういえば、羽賀健二も逮捕されるまえは、「負け組から勝ち組へ」なんて書いていた週刊誌があったくらいだった。

さてなんでそんなことになるのか。

それは無理に勝ち負けの2つに分けているからでしょう。


そもそも、「勝ち組」「負け組」という分け方に意味があるんでしょうか。

それに、どの時点をもって勝ち負けを決めるのか。

人は時に勝ったり、負けたりする。

一時的勝負で、人を2つの組に分けることに自体に問題があるんです。

それに他人の評価によって勝っているように見えるし、負けているように見える。

一番の問題は経済的成功を勝ちにしていることでしょう。結局は、金持ちを勝者にしているだけなんです。その金持ちがコケたときに、マスコミは総攻撃する。そのネタのために作った、用語なんですよ。

だから、私のお願いは、この勝ち組、負け組という分け方を、歴史上の人物に当てはめないで欲しいということです。

源頼朝は幕府を開いて政権を手に入れた。歴史的には勝ち組でしょうが、その人生は勝ち組でしょうか?兄弟たちを攻め殺し、その子孫は3代で途絶えた。

足利尊氏はどうでしょう。室町幕府を開いた彼は、一応は勝ち組でしょう。が、尊氏にその実感があったでしょうか。仲の良かった弟を毒殺に追い込み、実の息子と戦い、天皇とも争わなければならなかった一生を勝ち組、負け組などと簡単に分けることができるのでしょうか。

では織田信長は、坂本龍馬は、西郷隆盛は、……。

今でもこの分け方で歴史上の人物を記事にしている本、月刊誌、週刊誌、また歴史を扱う本まで多くある。

あまりにも安易すぎる。

そもそも歴史上の人物たちに負け組など存在しない。

歴史を変えるような場面に登場する人物たちは、たがいに影響をしあって存在している。時に生死を分けあうことにもなるが、その時死んだ人物は決して負け組ではない。歴史は勝者ばかりで成り立っているわけではないのだ。

敗者も歴史を成すものである。

だが敗者は負け組ではない。

決して…。

だから私は、「勝ち組」「負け組」という分け方が嫌いです。

よってこの用語を多用する解説者やコメンテーターを信用してません。

映画「ファンタステック・プラネット」を観た。

熱が下がらず、会社を休んだ。病院に行く度に点滴を打たれるので、腕が麻薬中毒者のように、注射針のあとだらけになってしまった。

家にいても、寝てるだけ。あまりにも暇なので、録りためていた、ビデオを見ることにした。

中でも、先日NHK・BSで放送していた「ファンタステック・プラネット」は昔から見たかった、アニメ。

レンタルビデオで見かけることはなく、放送されことも滅多にない作品だ。


『ステファン・ウルのSF小説を映画化し、1973年のカンヌ映画祭では、アニメ作品として初の審査員特別賞を受賞した。資本はフランスだが、チェコ・アニメの名匠イジー・トルンカのスタジオで製作されたカルト・アニメだ。
青い皮膚に赤い目という巨大なドラーグ人が支配する惑星で、人間たちは彼らのペットになるか、害虫のように殺されるしかなかった。しかし、ついに人間たちはドラーグ人に対して反乱を起こす。
切り絵を動かすようなシンプルなアニメの手法が、物語の不気味さを倍増。ぎこちない動きは、子ども時代に初めて恐ろしい絵本や童話を目にしたときのトラウマ的感覚を呼び戻すかもしれない。SFなのに原始生活を送る人間たちという設定や、耳が翼になって飛ぶ虫をはじめとした、強烈なビジュアルの惑星の動植物も心をざわめかせる。ただ「すごいもの」を期待すると、肩すかしを喰らうのも事実。音楽との恐ろしい融合を果たした、マネキンのダンス・シーンだけでも本作を観る価値はあるかも。(斉藤博昭さん解説 アマゾンDVDから引用)』

見始めたら、もう画面に釘付け。

うーわーすげー、と感嘆の声を上げる。

噂通りの幻想的な映像、奇抜なストーリー。フランス語がまたいい味出してる。

だが、しばらく見てる内に何かに似てることに気付く。

主人公の顔といい、背景の絵といい、ストーリーといい、これって、諸星大次郎じゃん。

もしかして有名な話なんですかねー。この映画と諸星大二郎の関係って。

この映画の方が古いんだから、諸星大二郎の方が影響を受けたということですか?……。

そんなことを考えながらも見終わり、熱が上がって、一眠り。

そしたら、この映画の奇妙な感覚が残っていたのか、幻想的なちと恐い夢を見た。起きたら、熱にうなされたように、呻き声を上げていたとか。

「ファンタステック・プラネット」という映画の私の感想。

「体調が悪い時にこの映画を見ると、その日の夜は、奇妙で幻想的で、少し怖い夢を見ることになる。見るときに注意が必要」ということになるかな。

追記…諸星大二郎原作の映画「奇談」(阿部寛主演)は、DVDで発売されていますが、どこのレンタルショップにもありません。いったいどこにあるんだ~。

みのもんた、新作ハリーポッターのネタを割る。私、怒ってます!

ただいま体温38度。病院で点滴打ってきました。

朦朧状態ですが、どうしても書きたいことが……。

7月23日、朝の情報番組「あさズバ」でのこと。

ハリーポッターの完結編(英語版で日本語版は来年)が出版されたことがVTR付きで放送されました。

問題はこのあとです。VTR明け、みのもんたは英語版のハリーポッターを開いて、

本の中身から単語を拾って○○などと言い始めた、しかも最後のページを開くと××と書いてあるなんて言い始めた。

おいおい、ネタを割るな。しかも楽しみにしている読者にヒントを与えるようなことを言うな、と思わず叫んでしましました。

しかも、このときのみのもんたの態度が許せない。口が滑って言ったとか、思わず出てしまったというレベルではない。完全に物語のネタを割ることを面白がっているのだ。

へなへな笑いながら、ちょっと小馬鹿にしたような態度。みのもんたの心の中には、ファンタジーなって子供の読むものだ、こんなものに熱狂する人を取り上げるのがおかしいみたいなことが、言葉の端端ににじみ出ている。

許し難い行為だ。

これは、「物語」を冒涜し、「作者」を侮蔑し「物語を楽しむ者」を凌辱する行為だ。

「物語を楽しむ」ことを奪う行為を許してはいけません。

限界なのでもう寝ます。これだけは書いておきたかったんです。