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田中真紀子、小泉純一郎、超絶のトーク

参議院選挙が終わり、ワイドショーも政治ネタで盛り上がってますね。

丸川珠代だの、さくらパパだの、田中康夫だのがテレビに出てますね。

でもやっぱり、面白いのは、田中真紀子と小泉純一郎の講演会でのトークですね。

凄い、超絶、面白すぎ、その話芸は、きみまろ以上ですな。

そこで、どこがどう面白いのか、観察してみた。

まず、田中真紀子。

彼女の場合、まず、毒を吐くところから、話が入ります。

「安部首相、何が美しい日本ですか、どこが」とか、いって、何言ってんだと、聞いている人の気持ちを引きつける。これは「つかみ」でしょう。

「安部首相のどこがいいですか」と畳みかける。ここでは悪口を列挙する。聞いている相手に考える隙間を与えないほどどんどん言うんですよ。

そして「首相は背が高いって、なにうちの父さんと同じだよ」っていう感じで、必ずオチを用意しているんです。(言っている本人にそのつもりがないとしたら、それはそれで、凄いこと)

だから、悪口、批判、非難を言い続けても、最後のオチで、彼女の嫌な部分は帳消し。聞いていて、後味がいい。それでいて、言いたいことは伝わっている。

おー絶品。

一方、小泉氏はというと、必ず「~ですか」と質問系で入る。これで、聞いている人を引き込む。そして、田中氏と違い、結構、行間がある。隙間があって、聞いている相手に考える隙を与えている。でもその間にところどころ本音を入れてくる。そして田中氏と同じように、オチを用意する。でも、小泉氏の場合は、同調を求めるんですよ。「~ではないですか、ねっ」と。聞いている人は彼のペースに乗せられて、あーそうですね、と否定できない状況に持っていくんです。それに、小泉氏は「みなさん」という単語をよく使う。これは、呼びかけ同調を求めるのに最適かも。

やはり、絶妙ですね。

そして2人に共通するのは、笑顔ですよ。結構怒っているときでも、白熱した議論のときでも、ここぞといったときにニッと笑顔を見せる。または、相手を笑顔に持っていかせる。すごいテクですよ。

勉強なるなー。講演会で演説するときに役に立つなー。

でもこのテクニック使うところがないねー。

講演を頼まれることもないから。

まあー、芸人になりたい人は、こんなところから学んでもいいかも。

人の気持ちをトークで掴むという意味では同じだから。

今こそ朝青龍に鉄槌を! いまこそ、日本の品格を示すいいチャンスだ。

朝青龍の一連の騒動に「物語を物語る」的に一言いいたい。

経緯は省略。

私がこの問題で気になるのは、力士は相撲が強ければいい、横綱は優勝すればいいという、考え方です。

横綱としての人格、品格、云々よりも、勝てば文句を言わせない、という朝青龍の態度、姿勢が気に入りません。またそれを許している相撲協会、また社会の風潮が気になってなりません。

これは「金持ちは、社会の成功者だ」という社会の風潮に物凄くよく似ている。

朝青龍の言動が、ホリエモンや成り上がりのIT社長の言動に重なって見えるんですよ。

これは「勝ち組、負け組なんて分け方もうやめませんか」という記事にも共通します。

朝青龍の強ければいい、相撲は勝負に勝てばいい、というやり方は、欲深い畜生のようで、とてもあさましく感じる。

勝つ、優勝するは=金を生む、ということである。すべてのプロスポーツがそうであるが、朝青龍の言動には、金への執着が貪欲に感じられる。またそれに群がる取り巻きどもが、彼に苦言を呈することができない状況となっているのだ。

欲深い世の中の象徴のような人物ですよ、彼は。

一時的に謝罪はするだろう、次の場所がんばります、とも言うだろう。

でもね、私には、いまは謝っておけば、そのうち世間は忘れる。また相撲でも取って金を稼ごうというのが、見え見えなんですよ。

許してはいけません。また起こしますよ、問題を……。

いま、朝青龍に鉄鎚を下すことができるのは相撲協会だけなのに、朝青龍に対してなぜあんなに弱腰なのか。

相撲が日本の国技ならば、いまこそ、日本という国の人々が持っている品格を知らしめるいい機会だと思う。

社会にも、国民にも海外にも、卑しいものの考え方を正すためにも……、

横綱に品格、人格を求めているなら、こんなに問題を起こし続けている人物が横綱であること自体がおかしい。となれば、横綱昇進を審議している意味がないということだ。昇進があるなら、降格もあるべきだ。それが世のならいでしょう。

いま、朝青龍に厳しい処分が下されれば、国民は納得し、溜飲が下がり、よくやったと賛美するだろう。しかし、もし仮に甘い処分が出されれば、非難の矛先は相撲協会に向くことになるだろう。

朝青龍が相撲を辞めても、モンゴルに帰っても有名人として生きていけるだろうし、また格闘技を続けたければ、K-1にでも行けるだろう。

しかし相撲協会が、生ぬるい処分でも下せば、一力士に規範を示すこともできないことになり、その存在意義もない。

結論は8月1日に出される。ある意味、非常にたのしみだ。

まとまらない。またしても逃げの記事


またしても時間がない。毎日更新を目標にしているのに、今日という日はあと

1時間しかない。

新田次郎氏の話の3回目、斎藤佑樹くんとの関係で書き進めていたが、

どうにもまとまらない。

こうして、あーして、あれも入れてとして行くうちに、どんどん論旨が別の方向になってどうにも締まらない内容に……。

別に誰に頼まれて書いているわけでも、特定の読者がいるわけでもないのに、

書き続けている状況は、自分でもオカシイと思っている。

自分を追いつめているだけで、「ブログを書くという行為」の本来持っている楽しみを見失っているのかもしれない。

別に夕飯に食べたおかずが旨かったとか、遊びに行った先で誰かがコケタだの、上司や職場の悪口でも、テレビのネタでも何でもいいはずだ。

それでも、文章の上手い人が書けば、十分面白い内容になるんですから。

昔は、上手い文章を書く人を見掛かると感心したものだが、最近は、羨むというより、妬みに似た心境になる。

映画「アマデウス」のサリエリ並みに、人の才能に嫉妬するようになってしまった。

おー欲しいのは、筆力。

読むように書けたら、こんなに苦悩することもないのに!

今、悪魔が出てきて、魂と筆力を交換しよう、といったら、進んで悪魔の要求を受け入れるだろう。

いや、「今この商材を買えば、寝ている内に、筆力がアップするでしょう」というメルマガでも来たら、即刻銀行へ行って金を振り込むかもしれない。

うおー、今自分は自民党並に、崖っぷちにたたされているぞー

強運の「義貞お守り」に変更

べた変わりましたね。ということで、わたしもプロフィールの写真変更しました。


今までの新田氏の家紋「大中黒」から、生品神社のお守りに変更。

何かと話題の生品神社です。(自分の周辺だけですが)

斎藤佑樹くんも持っていたであろうお守り。

新しく群馬県知事に当選した大沢知事も持っていたであろうお守り。

「国家の品格」藤原正彦さんの父親である作家新田次郎さんも一時調査で来ていたときに持っていたであろうお守り。

鎌倉幕府を倒した新田義貞をあしらったこのお守りをブログの写真にしました。

そして、強運、勝負運のあるこの「義貞お守り」をくま太郎さん」の勢いで付けまくるかも?



新田次郎氏と生品神社  ②

さて新田次郎氏の話の続きをしましょう。

新田次郎氏の本名が藤原寛人であり、長野県に生まれた、といったことまでは書きました。

学校は無線電信講習所本科(現電機通信大学)を卒業。その後中央気象台に就職し、富士山測候所に勤務、のちに満州国中央気象台に転任した。

実は、この間の昭和14年夏に雷雨観測のため、1か月間、生品神社社務所を借りて滞在した、ということが小説「新田義貞」の中に書かれている。

そうなんです。新田次郎氏は生品神社と関係があったんです。

しかも、これは、彼が作家になる12年前、「新田義貞」を書く37年も前の出来事です。そして新田次郎氏が生品神社に滞在していたころは、作家になろうという意思は全くなかった。

不思議な縁ですね。

私は運命論者だから、新田次郎氏が作家になる前に生品神社を訪れ、新田姓を名乗り(たとえそれがペンネームであろうと、新田を名乗った時点で、新田氏の宿命を背負う)、のちに新田義貞の小説を書くことは、彼の持って生まれた因縁なのです。きっと。私はそう断言します。

そして、新田次郎氏は小説「新田義貞」を書くために、30年ぶりに生品神社を訪れます。

だが、そこで目にしたものに、愕然とします。

かつては神主もいた生品神社でしたが、今は無住で、社殿、境内は荒れ放題となっていた。また取材のために、新田関連の寺社を巡りますが、そのたびに、落胆のため息をもらすことになる。どこへ行っても遺跡は放置されたままで、荒廃していたんです。そして、石ころだけが乗せてある新田氏累代の墓に手を合わせて、落涙した。

あまりの衝撃だったのか、小説内のあちこちで、この荒廃ぶりを表記している。

またあとがきには「新田義貞の出生地よりも遠くなるほど、義貞への評価、関心が高いように思われた」と書き残している。

つまり、地元である太田市が一番無関心だということなんです。

いつのまにか消えた遺跡さえあるという。

関連の寺や神社でさえそのようなのだから、

名前が消えても、気にならないんですよ。

そう地名さえなくなってしまった。

新田という地名は現在なくなっている。

2年前に消滅した。

もし新田次郎氏が生きていたら、どう思っただろうか?何と言っただろうか?

新田一族が守った名を残せ、と叫んでくれただろうか。

いや、それとも消えゆくもののために泣いてくれただろうか

新田次郎氏の話は次回に続きます。