今こそ朝青龍に鉄槌を! いまこそ、日本の品格を示すいいチャンスだ。
朝青龍の一連の騒動に「物語を物語る」的に一言いいたい。
経緯は省略。
私がこの問題で気になるのは、力士は相撲が強ければいい、横綱は優勝すればいいという、考え方です。
横綱としての人格、品格、云々よりも、勝てば文句を言わせない、という朝青龍の態度、姿勢が気に入りません。またそれを許している相撲協会、また社会の風潮が気になってなりません。
これは「金持ちは、社会の成功者だ」という社会の風潮に物凄くよく似ている。
朝青龍の言動が、ホリエモンや成り上がりのIT社長の言動に重なって見えるんですよ。
これは「勝ち組、負け組なんて分け方もうやめませんか」という記事にも共通します。
朝青龍の強ければいい、相撲は勝負に勝てばいい、というやり方は、欲深い畜生のようで、とてもあさましく感じる。
勝つ、優勝するは=金を生む、ということである。すべてのプロスポーツがそうであるが、朝青龍の言動には、金への執着が貪欲に感じられる。またそれに群がる取り巻きどもが、彼に苦言を呈することができない状況となっているのだ。
欲深い世の中の象徴のような人物ですよ、彼は。
一時的に謝罪はするだろう、次の場所がんばります、とも言うだろう。
でもね、私には、いまは謝っておけば、そのうち世間は忘れる。また相撲でも取って金を稼ごうというのが、見え見えなんですよ。
許してはいけません。また起こしますよ、問題を……。
いま、朝青龍に鉄鎚を下すことができるのは相撲協会だけなのに、朝青龍に対してなぜあんなに弱腰なのか。
相撲が日本の国技ならば、いまこそ、日本という国の人々が持っている品格を知らしめるいい機会だと思う。
社会にも、国民にも海外にも、卑しいものの考え方を正すためにも……、
横綱に品格、人格を求めているなら、こんなに問題を起こし続けている人物が横綱であること自体がおかしい。となれば、横綱昇進を審議している意味がないということだ。昇進があるなら、降格もあるべきだ。それが世のならいでしょう。
いま、朝青龍に厳しい処分が下されれば、国民は納得し、溜飲が下がり、よくやったと賛美するだろう。しかし、もし仮に甘い処分が出されれば、非難の矛先は相撲協会に向くことになるだろう。
朝青龍が相撲を辞めても、モンゴルに帰っても有名人として生きていけるだろうし、また格闘技を続けたければ、K-1にでも行けるだろう。
しかし相撲協会が、生ぬるい処分でも下せば、一力士に規範を示すこともできないことになり、その存在意義もない。
結論は8月1日に出される。ある意味、非常にたのしみだ。