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「群馬県は日本一のブス生産地?」と「産土神信仰」

1週間前の週刊新潮に「日本一のブスの産地は群馬県」の記事を見つける。

元ネタはライブドアリサーチが実施した「美人が多い都道府県は?」というネット投票で、群馬県が最下位になったという。ちなみに、一位は秋田県で、次いで東京都、京都府、北海道、沖縄県と続く。これまで、ブスの産地として定着していた、仙台、水戸、名古屋だが、これを断然引き離して群馬県がブービーメーカーとなった。という記事だ。

唖然とした。この記事を見て怒らない群馬県人の女性もどうかと思うが、今のところネットを見ても、「そんなことはない、群馬は美人だらけだ」といった反論記事が見当たらない。そんなところを見ると、内心ではみんな……。

いやいやそんなことはない。というわけで、群馬県出身者の有名人を検索。

いるじゃないですか、篠原涼子、あとは、……。

井森美幸、フジテレビアナの阿部知代、あとはあまり知らない。

(ほかに前のうたのおねーさん角田りょうこ、宝塚出身の紫吹淳が有名らしい)

うーん確かに不作。

政治家は多いのにね。中曽根康弘、福田赳夫、小渕恵三と3人の総理大臣を出し、テレビによく出る山本一太なんかもいる。

それにミュージシャンでは、氷室京介、布袋寅泰のBOOWYやBUCK-TICKなどが出て、ロック王国と言われた時期もあった。

あと有名どころでは、「タッチ」「H2O」の漫画家のあだち充(出身校である前橋商業は今年の甲子園に出場)や、ちびまるこちゃんの声であるTARAKO(太田市)、俳優の中村俊介、小林桂樹、東野英治郎など。

まあ確かに、きれいどころはいませんなあー。と思わず納得。

(ここで納得してはいけないのですが)

といろいろ検索していたら、別の大発見。

なんと群馬県新田町出の有名人がいた。

岡田浩暉

ミュージシャンとしては、「To Be Continued」のボーカルとして活躍し、現在はテレビドラマに多く出演している。

と言いつつも、私あまり知りません。画像で顔を見て、あー確かに知っているという程度なんです。でもドラマ好きの人にはすぐ分かるとのこと。

なにはともかく、新田出身の一員として、応援していこう、と思っております。

と、ここで、

日本には産土神という信仰があります。

これは生まれた土地の守り神で、その人の守護神となるといわれています。中世以降は生児は初宮詣りをさせ、氏子入りの承認をうけた。また誕生日、七五三などに産土詣をし、旅立ちには暇乞いをする。もとは、氏神とは異なる地縁の神であるが、同族結合のうすれるに及んで両者は混用され、ともに村の守護神とされた(マイペディアから引用)

日本人に限らず、同郷出身者を応援することは多くあります。

というより、同じ県や同じ市町村の出身者といっただけで、無条件に好きになったりします。

それは、同じ守護神で守られているという意識がどこかにあるからではないでしょうか。その精神は先祖代々受け継がれて、自分の知らない内に、「郷土愛」という精神がDNAに埋め込まれているのではないでしょうか。

このことは「高校野球」に例えると分かるかも。

自分の出身校でもなく、全く縁もゆかりもない高校でも、ただ出身地と同じ県の出場校だということだけで、意味もなく応援してしまうのは、こんなことから出てきているのだと思います。(私の思い込みですけど……)

というわけで、最近とみに郷土愛に目覚めた私は、これから岡田浩暉さんを応援します。

   

娘におやじの気持ちなど分かるまい。

布団に寝っころがりながら、ブログの更新(徳川埋蔵金の話)をしている。

その隣では、5歳の娘が寝ている。

無邪気な顔をして、両手を上にあげて……。

まるで、天使が舞い降りてきたような感じ。西洋絵画のラファエロの天使のように、どこか崇高な感じさえする。

昼間は娘に遊んでもらった。ちょっと拗ねると「遊んであげない」と言われる。

ハム太郎を見た。歌も歌った。一緒に歌わないと遊んでもらえないので、歌う。だから、私もアンパンマンの歌はメドレーで歌える。

お金がない、お金がないと口癖のように言っていたら、娘は自分の財布から、お金を出して、10円をくれた。実に気前がいい。娘にとって、10円玉は100円より価値があると思っている。

あと23年もしたら、もう一緒に遊ぶこともなくなってしまうだろう。

中学校にでも行ったら、「口がくさい」とか「おやじ臭がする」といって近くにも寄らなくなってしまうだろう。

高校生になったら、「うざい」といって話もしなくなるだろう。

そう考えると、今は、人生のうちで最高に幸福なのかもしれない。

しかしその期間は人生の中ではとても短い時間でしかない。だが、その実感もなく、過ぎていく。日常とは恐ろしい。あのときは幸せだった、と気付くのは、過去を振り返ったとき。

神様がいて、あなたの人生のうちで、今が一番幸せなときですよ、と知らせてくれればいい。(でもそれはそれで嫌かな。)

栃木県で起こったリンチ殺害事件というものがあった。詳しいことは忘れたが、20歳くらいの男性を友人たちが暴行して、殺した事件だった。

そのとき被害者の父親がインタビューに答えていた。「息子のことを思い出すが、なぜか、5歳くらいのときばかりが思い出されて、悲しい」と。

いま自分の娘が5歳になって、この被害者の父親の言葉がよく分かる。なるほど、こんな幸福な時間を過ごしたことは一生忘れないだろう。

子供と楽しい時間を過ごすのは、案外、短い。

それに、楽しいの裏返しにはどこか、切ないさがある。

それは、夏の花火のように短く、儚い感じに似ている。華やかであればあるほど、感傷的になる。花火のあとの寂しさは、なんとも言えませんからね。

そう、おやじの娘への感情はそんなものかな。

だから、おやじさんに「口が臭い」とか「足が臭い」とか、「ハゲ」とか「出世しろ」とか言わないで。結構傷つくんですよ。

天使みたいな時期を知っているだけに、余計心にぐさりとくる。

同じようなことを言われたら傷つくくせに、なぜおやじには平気で言えるのか。

おー悲しい。空しい。

今日はなぜか、愚痴ってます。

不良警官は「キティの刑」で考える自分にとって恥ずかしいこと。

87日読売新聞で面白い記事を見つけたので、載せます。

『タイ警察の犯罪捜査局は、6日、遅刻など警察官としてふさわしくない行動をとった不心得者に対し、サンリオの人気キャラクター「ハローキティ」をあしらったピンク色の腕章を強制着用させる罰則をスタートさせた。恥ずかしい思いをさせ反省を促すのが目的だが、著作権侵害の可能性もあり、波紋を呼びそうだ。  中略  幹部が、「もっと目立ち、人に後ろ指をさされるようなものを」とキティ腕章を考案。着用期間は1~3日で、局外に出る場合も外すことができないという。風紀担当者は、「男のくせにキティちゃんを身につけさせられる羞恥心は相当なはず。効果を期待する」と自信満々。だが、図柄はサンリオの許可を受けておらず、明らかにコピー品。同局は、「局内の限定的な利用で、著作権は侵害していない」と主張している。』

という記事。さて、この記事が私の興味を引いたのは、著作権侵害でも、外国のコピー商品といったことではない。

外国では、大人の男がキティちゃんを身につけていたら、後ろ指を指されるほど恥ずかしい思いをする、ということだ。

日本では、キティちゃんが大好きなおっさんなんてかなりいるし、キティのTシャツを着ているおやじだって見たことがある。(その本人に羞恥心などないし、かなり喜んで着ているはずだ)

そういう意味でいえば、日本人は、アニメやキャラクターが大好きですね。

私もマイメロのクロミのハンカチを平気で使っているし、会社にドラえもんのネクタイをしてきている奴もいる。

警視庁のマスコット「ピーポーくん」だってかなり子供向けだが、これを警察官の幹部が抱いていたって、羞恥心を味わうほど恥ずかしいってことでもないでしょう。逆に、好感度が上がったりするかも。

日本人って、キャラクターものに寛大なのか、もともとこういうものが大好きな国民なのか、その辺が実に面白い。

では、どんなものを身につけていたら、恥ずかしいか、いろいろ考えてみた。

タイの警察みたいに腕につけるようなものとなると、何かの写真とかになるかな。

自分的には、キャラクターものだったら全然大丈夫。むしろ付けていたいくらい。(周りの人にとめられるけど)

恥かしくなるもの……、小島よしおの写真とか、でもこれから流行りそうだから、そんなに恥ずかしくないだろうな。じゃー今どきって感じで、レーザーラモンとか、ゲッツのダンディ坂野とかだったら……、これならかなり恥ずかしい度がアップするだろう。

それとも、細木数子が「地獄へ落ちるわよ」って言ってる写真をセリフ付きで身につけていたら、おっ、これだったら後ろ指さされそうだな。いや、吉川ひなのとイザムとの結婚会見のときの写真とか、ホリエモンが「かいてん、かいてん」と言いながら回っている写真とか、ハッピハッピーと三原じゅん子がダイエットの広告をしているときの写真とか、……。うわー考えると結構あります。

みなさんも考えてみてください。これって意外に面白いですよ。

朝青龍同情論と相撲協会の妙手

朝青龍が、ノイローゼでモンゴルに帰りたいと言っているらしいが、どういうつもりですかねー、まったく。

一度帰ったら、もう日本に戻ってこようとは思わないでしょう。それに世論だってそのときはもう許さないでしょう。

となれば、そのまま引退となるでしょうね。

それでも、朝青龍擁護派が1割程度あることを知った。ネットの世論調査だった。

まあ、反省してるんだし、涙を見せれているんだから、許してやろうという意見かと思って、擁護派の意見を読んでみた。

まあ、擁護派の意見としては、大方2つの意見に分けられる。まず1点目、モンゴルとの親善行事としてサッカーをしただけであって、大騒ぎする問題ではない。些細なことで責められるほどのことではないし、これまでの実績を考慮すべしというもの。2点目が、朝青龍を抑えきれなかった相撲協会や、親方の監督責任を問うものである。

まあ、意見としては筋の通っている部分もあって、問題を起こしたのが朝青龍でなければ、十分通じる意見だと思う。

でも、やはり、朝青龍の今までの所業はあまりにもひどすぎるでしょう。仮病疑惑ぐらいだったら、私はかわいい方だと思ってます。

朝青龍が起こした過去の事件の記事を読むと、出るわ出るわ、目に余る所業の数々。本当に、ひどい。

そこで、私が気になった事件があるので、まずそこから。

それは、430日のこと、新小結の豊ノ島にプロレスまがいの技を仕掛け、全治2週間の負傷を負わせ、夏場所を休場に追い込んだ事件です。これは、朝青龍という人間性をよく表していると思います。

では、日刊スポーツの51日の記事を引用します。「朝青龍は、豊ノ島が低い姿勢で懐に飛び込んでくると、右腕でヘッドロック。そのまま寄り、首を左にねじり返して体をそらせた。相手が自分に背を向けて右足から崩れおちるところを、さらに上からプッシュ。その瞬間「グキッ」という鈍い音が、けいこ場に響いた。  中略  豊ノ島と時津風親方がけいこ場から去ったあと(病院へ行った)、朝青龍の荒げいこは、さらにヒートアップ。夏場所での初対戦が予想される豊真将には、張り手とかち上げを連発した。「うっー」と叫びながら勝負がついた後も、豊真将の胸を右手で突き上げた。さらに同じモンゴル出身で1歳上の時天空を、ぶつかりげいこの相手に指名。時天空が黙ると「返事は!」と怒鳴りつけた。そして胸は出すものの、」すぐに投げつけ約5分にわたって土俵に、はいつくばらせた。その動きは、先場所初日に黒星をつけられた「報復」のようにも見え、見物客から「やりすぎ」との声がもれた。

14(131)で夏場所への本格的なけいこをスタートさせた朝青龍は「動きを確かめながらやったからこんなもんだ」とサラリと言った。さらに「(八百長疑惑報道で)いじめられたから、借りはかえさないとな」とも話した。くすぶり続ける八百長疑惑報道への怒りをけいこにぶつける形になったのかー。だが組んだ力士たちの表情は暗い。最強横綱が去った後の時津風部屋には、後味の悪さだけが残った。」

この記事何度読んでも、胸糞が悪くなる。

51日での時点で、朝青龍も今のような事態を向かえるとは思ってなかったでしょう。

それにしても、彼には横綱の品格なんて問うよりも、人として、人間として、どうなのかを問題にしたい。こんな人が、頂点に君臨している相撲ってどうなんでしょうか。

また、夏場所で安美錦に負けて連勝が途絶えると、礼もしないで土俵を下り、花道では座布団を蹴り上げた。このとき負けた悔しさから「強引だったら、骨を折るぐらいやんないと」と言った。おい、朝青龍、暴力を振るいたいなら、別のところでやってくれ。

それに、負けたときにこそ、その人の器が分かる。

こういうときに、本性が出る。

彼の相撲観は、子供の喧嘩くらいでしかないというこです。

「勝負」とは神聖なものだと、私は思っている。だからこそ、闘う力士や格闘家にサムライの精神が必要だと思っているのだ。

したがって、朝青龍は力士でもない、格闘家ではない。ただのサディストであり、相撲というもので、自分の憂さ晴らしをし、それによって、巨額の金を儲けている。

天罰というものがあるとすれば、彼にそれが起こらなければ、私は世の中の摂理を信じない。

今こそ、強ければいい、勝ちさえすればいい、という風潮を打破してほしいんです。

私が朝青龍を非難するのは、彼がその象徴だからだ。

それに、先代高砂親方の葬式に出席せずにモンゴルに帰国したという事件もひどい。

相撲の部屋というのは多くのタニマチや後援会、支援会の協力があって、部屋の運営がなされているのだ。

葬式はその部屋にとって重要な儀式である。

それを欠席することは、重大な過失だと言わなければならない。

普通に考えても変ですよね。

これ、会社組織であれば、当然処分がなされ、左遷か、解雇となってもおかしくない話ですよ。こんな人物が同じ会社にいたら、当然非難され、上司だとすれば総スカンですよ。

一般社会に置き換えてみれば、彼の言動は非難されてもおかしくないということです。それがいままで許されてきたことが、不自然だということです。

それが、いま朝青龍はノイローゼになっているという。

自分の犯した過失で悩んでいるのに。これこそ、自業自得、因果応報だろう。

少し、自分のした行動を見つめ直すべきだ。いまその機会を与えられているのに、そのことに気付かないことが、彼の性格の狭さだろう。

それもモンゴルに帰らなければ、治らないという。

これは現実逃避でしかない。

安全地帯に逃げ込もうとしているだけだ。

いま彼は人生の大きな転機を向かえているのに。

彼に必要なのは、骨折の薬ではない。精神科医でもない。精神の矯正だ。

さて今度は相撲協会です。

朝青龍の処分が出てから数日経った。処分が出された当初は、クビにしなかったので、甘いと思ったが、改めて内容を確認してみると、これって意外に厳しいと感じた。

「本場所2場所の欠場」、これはまあ当然だ。処分としての注目はここに向く。だが問題は「4か月謹慎処分」これはかなり厳しいだろう。モンゴルへの帰国も出来ず、家族との外食も許されない。相撲部屋と病院にしか外出が許されない。これって現実問題として、本当に出来ることなのだろうか。

ということになると、この項目を処分の中に入れたことは、かなりの妙手であるといえる。

これは、裏読みすれば、暗に引退を勧めているってことですね。

しかし、相撲協会は「朝青龍をクビにする」とは言わない。言えないということもあるだろうが、私が考えるに、ここは世論を読んでのことだろうと思う。

日本人は極端な処分や断罪を嫌う傾向がある。

相撲協会が朝青龍をクビにすれば、非難は相撲協会の方に向くんです。

これって確実です。

今でさえ同情論があるのに、一層の同情が朝青龍に向く可能性が高い。

クビやリストラにあった人が流す涙に、日本人は極端に弱い。(これはおっさんに効果が抜群。泣きたくっても泣けない中年男が、自分にその身を重ねるのだ)

クビにする正当な判断であっても、クビにされた人に同情してしまうんです。

意外にそんな感情に流されてしまうものなんです。

ここで、例え話を。

「元禄赤穂事件」を引き合いに出しましょう。(まあ、いつものように、強引な話なので、気軽に読んでください)

江戸時代17013月江戸城松の廊下で赤穂藩主・浅野長矩が、吉良上野介に切りつけた事件。いわゆる赤穂浪士の忠臣蔵の話。その発端となった、江戸城刃傷事件の話です。

まあ、この事件、加害者の浅野内匠頭が切腹となり、被害者の吉良上野介はおとがめなしだった。この幕府の裁定に不満をもった赤穂藩の旧藩士が、吉良上野介に仇討ちをし、浪士たちは切腹した。これを題材にしたのが忠臣蔵である。

まあ、簡単なあらましはここまでで、どこが相撲協会と朝青龍の同情と結びつくかというと、裁定が厳しいと、処分を下した方が非難され、処分された方に同情が向くということです。

元禄赤穂事件は、すべては、浅野内匠頭が起こした、刃傷事件から始まった。

 浅野内匠頭が刀を振り回して暴れた日、江戸城では勅使を迎えて饗応する重要な儀式が行われる直前であった。このため将軍の徳川綱吉は殊更に激怒し、浅野内匠頭に即日に切腹するように命じたんです。この裁定が、厳しいものだった。この処分でなければ、赤穂浪士の仇討もこれほど賛同されなかったに違いないない。

切腹ではなく、蟄居閉門や改易などの処分であったなら、それまでにあった大名家の取り潰しなどのよくある話である。

この裁定が赤穂浪士の美談を生んだといっても過言ではない。

厳しい裁定の怒りは吉良に向いたが、本当に批難したかったのは、幕府であった。幕府批判は当時、軽はずみに言えるものではない。庶民が赤穂浪士の仇討を義挙と賛美したのも、暗に幕府への不満を示すものであった。(この辺は、井沢元彦氏や丸谷才一氏の著書に詳しい)

要は、同情は意外に強力な味方ともなり、反対に大敵になる。

そこで、相撲協会の裁定。

朝青龍の同情論を回避しながら、守れそうにない条件を突き付けて、約定を破ったときに、「約束まもれなかったね」ということで、クビを切る。

おーこれって意外に妙手である。

相撲協会の中に策士がいるのかもしれない。

フジテレビの「なまか」意識は気持ち悪い。


最近のフジテレビは結束意識を高めようとしているのか、やたらと仲間、友情を前面に出している。

「なまか」は、西遊記の中で香取慎吾が言うセリフで「なかま」の意味らしい。(全く興味ないが)

なぜ、フジテレビが、仲間意識を強化しょうとしているのか。それは、去年のライブドアの一件があるからだろう。一歩間違えば、フジテレビは解体され売り飛ばされ、全く違う会社になっていたかもしれない。その恐怖が、いまの仲間意識につながっているのだろう。

グループの結束を図るために、言霊や呪詛のように「なまか」という言葉を使っているのかもしれない。

それにしても、フジテレビの制作する映画は、どうも私の肌に合わない。

どの映画にも、本筋と関係のない友情ストーリーが必ずといっていいほどついている、これが微妙に気持ち悪い。

フジテレビ制作の映画を見るときに、気にして見て下さい、本当に気味が悪いくらいで、見事にメーンストーリーを邪魔してますから。