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夏の事件 2 殺人予告で夏祭り中止、その意外な真相。

2、夏祭りの殺人予告 容疑者の女を逮捕

『群馬県伊勢崎市内の自治会の夏祭りを中止させる目的で、インターネット上に殺人を予告する書き込みをしたとして、伊勢崎署は8日、伊勢崎市に住む無職A子(あえて仮名、30歳)を威力業務妨害容疑で逮捕した。動機について、「子供のころ、この祭りで山車の太鼓がたたけなかったから、やった」と供述し、妨害する意図があったことも認めているという。

調べでは、A子は7月12日午前9時ごろ、自宅から自分の携帯電話を使い、ネット上の掲示板に8月5日に予定していた自治会の夏祭りについて「やっていたら包丁で刺す」などと書き込んだ疑い。これを受けて自治会の役員が協議し、祭りの中止を決めていた。

同署は、書き込みの記録から、使われていた携帯電話を特定したという』

ということは、この容疑者は子供のころから30歳になるまで、ずっと根に持っていたことになる。

この容疑者は夏が来ると、この悔しい思いが戻ってくるんでしょう。一般人は、夏といえば、スイカやプールを思い出す。しかしこの容疑者は夏といえば、「悔しい夏祭り」だという思いが繰り返されていたことになる。そう何十年もの長い間。この女は「太鼓をたたけなかったという感情」をついに捨て去ることができず、犯罪を犯した。

この容疑者を笑うことは簡単だ。しかし、私たちの心なかに、捨て去ることのできない感情やわだかまりが少なからずあることは事実だろう。

その感情が、大きくならずに犯罪を起こさないだけではないのか。だれでも人は他人に対して、不快感を持ったり、カチッと頭に来ることなんて経験があるだろう。しかし、その感情を普通は抑えることができる。しかし、ここで、この感情をいつまでも根に持つ人がいて、(捨て去ることができない)その他人に暴力を振るったり、殺したりする。他人に対する執念がそうさせているのだ。

現代では、こだわりや執念はいい意味で使われ、諦めないことは美徳とされている。しかし、ほとんどの犯罪はこれらの感情から発生しているのです。

愛情に執念し、嫉妬に燃えストーカーとなる犯罪者。金銭欲にしがみついて、インサイダー取引をするIT社長。離婚した妻、別れた恋人が忘れられず、刺し殺す男。隣人のことが気になって、騒音をまき散らすおばさん。これら、「あきらめきれないという感情」が強い者たちの犯罪がいかに多いか。

いまこそ「捨て去る」という心境が必要なのではないか。人は頑張ればどうにかなる、諦めずに努力すれば、いつか報われるという、意識が植え込まれ過ぎていると思う。私は運命論者だから、人には変えられない運命があると思っている。これは極端な意見かもしれない。だが今こそ、こだわり、執着や我執を捨てることが、その個人の気持ちを軽くし、罪を犯すことを減らすことになるのではないか、最近とみに思う。最近の犯罪をこの視点で見ると、本当にそう感じられます。


夏の事件2つ。着ぐるみで熱中症 その1

この夏、気になった事件の感想

1、『前橋市粕倉町の「ぐんまフラワーパーク」で8月14日、キャラクターショーに着ぐるみ姿で出演していたアルバイトの男性(48)が熱中症の疑いで救急搬送され、間もなく死亡していたことが18日、わかった。男性は14日午後2時半から30分間のショーに出演後、舞台わきで倒れた。病院に搬送されたが、午後4時過ぎに死亡が確認された。この日の前橋市の気温は34.7度だった』

確かに、ここ1週間の気温の高さは異常ですね。

この気象条件のなか、ぬいぐるみや着ぐるみなんか着て、野外で動き回ったら、中の人は大変でしょう。だけど、夏休み中で、子供が多いし、楽しみにしている家族もかなりいるだろうから、暑くって中止というわけには中々いかないんでしょうね。

私も先日、娘を連れて、プリキュア5ショーに行きました。そりゃー屋外だから、見ている方も汗だく。カンカン照りで気温は更に上昇。やっている人も大変だなと思いつつも、キャラクターが出てきたら、子供たちはもう大喜び。かなり盛り上がってました。

だけど、子供も熱中症にならないか心配ですね。濡れタオルを頭にしてましたが、それだけじゃ、日差しは防げませんしね。

主催者には、せめて、日陰で行うとか、屋内にするとか、その辺の配慮がないと、こんな事故これからも起こりますね。


テレビ番組「田舎に泊まろう」と相撲巡業はマレビトか?

「相撲巡業は、マレビトでは?」と思い立ち、「神事としての相撲」をいろいろ調べていた。そんなときである。「田舎に泊まろう」という番組に元横綱の大乃国が出ていたのをたまたま見て、これこそまさに「マレビト」ではないかと思い至ったのである。

では、まず「マレビト」の説明から、簡単に。

まろうど。語源は稀(まれ)人で、遠方から稀に訪れる神聖な旅人の意。古い時代には客人を仮装した神とみなして歓待し、女性が一夜妻として奉仕する習慣もあった。神は海や空のかなたから季節的に来臨するという古代信仰、(えびす、年神、寄神)大和朝の皇子の遠征物語、弘法大師をはじめとする遊行僧の伝説などは神聖な客人の思想を伝えている。客人歓待は世界各地でみられた習慣で、食物や宿舎を与えてもてなすほか、性の歓待もみられた。(百科事典マイペディアより引用)

折口信夫が民俗学に取りいれた思想である。

つまりは、遠くからの客人をもてなし、それによって禍福を得るといったこと。

このマレビト信仰が相撲巡業に当てはまるのではないか、と私は勝手に思ったのである。で、いろいろ調べてみたが、そのようなことはどこにも書いていなかった。

相撲が昔は神事であることはよく知られている。奈良時代から、宮中では五穀豊穣を祈り、神々の加護に感謝するために行われていた相撲節会があった。また各地の神社では、天下泰平、子孫繁栄など祈願して相撲が行わる。それに土中の邪気を払う意味で四股が行われる(だから体重ある人ほど喜ばれるから相撲取りがこれを行う)これら相撲の所作は神道、陰陽道から影響を受けているという。

相撲取りが赤ちゃんを抱っこすると、元気で健康に育つといった伝承、泣き相撲なども神社の祭りとして行われることなどを見ても、相撲がかつて神事であったことを示すものの名残りではないかと思う。

それに「相撲」は俳句では秋の季語である。これは農耕儀式で、豊作凶作を占うために相撲が行われたことに由来する。それほどまでに庶民に広がっていったわけだ。

まあここで神事としての相撲を書き連ねても切りがないのでこれくらいにします。

そこで、私の見解としては、古代の相撲取りは、神の神託を受けるシャーマンや巫女のような存在ではなかったか。その名残をもつ相撲取りが地方を巡り、その土地々々で歓待を受けること、これすなわち「マレビト」なのではないだろうかということだ。(夜の接待は、今でも相撲巡業では地方ではめを外すらしい、まあ週刊誌での情報ですが……。となればこれもマレビト信仰の一種のあらわれとなるだろうか)

まあ、これは私の独善的な説ですが……。


さてここで「田舎に泊まろう」である。

「マレビト」が遠くから来る客人で、その土地で食を得て、宿泊するとなれば、

この番組の趣旨はまさに「マレビト」信仰である。(制作者がそう思おうと思うまいと)

そして、大乃国である。

どこかの田舎に行き(場所は忘れた)、泊まる場所を探す。だが、なかなか見つからない。中には冷たくあしらう人も、彼が元横綱だと知らない人だろう。この回は特に、冷たい人が多く、ただの体の大きな人だなあ、と思っていたのかもしれない。(これは彼が神だと知らないということ)。そして何軒目かで泊めてもらえる家が見つかる。このときその家の人が言う。「あんた大乃国だろう」そう、この家の人は彼が大乃国だと気付く。(つまり彼が神だと分かる)。そして御馳走を作り、酒を与え、風呂に入れ、寝具を提供する。この家で出来る限りの接待をするわけだ。

そして神である大乃国と家人は対話する。家族の話をし、自分の人生を語り、至福の涙を流す。(魂の浄化をする)

つまり福を得たのだった。

翌朝、客人である大乃国はその家を去る。

ふらりと現れた、神様。神だとは分からないので皆が敬遠する。だが一軒の家の者だけが泊めてやり、接待する。その家人はその客人が神だと知る。そして、神は福を与えて去っていく。そして、神に冷たくした者には、不幸がある。こんなパターンの昔話はよくあるだろう。それに相撲取りが、かつて神に近い存在(神ではなく、神託を行う存在)であり、その相撲取りの長である横綱が、客人となって、その土地に現れる。この番組は「マレビト」である。私はそう結論付けた。そうとでもしなければ、どうにも気持が落ち着かない。

「マレビト」がそんな簡単なことで説明できるわけではないし、奥の深い論であることは分かっています。専門家には、戯言のように聞こえるでしょうね。

でも私が理論で展開できるのは、ここまでです。そこで「民俗学」「折口信夫」または「神事としての相撲」に詳しい方がいましたら、専門外の私をどうか助言を下さいませ。どうにモヤモヤした状態なのです。(犯人の分からない推理小説みたいな感じかな)

どうぞお願いいたします。

斎藤佑樹くんの「鏑矢祭」のときの写真があった!

fc2ブログの方のコメントで、斎藤佑樹くんが生品神社で行われる「鏑矢祭」(新田義貞の鎌倉攻めの出陣を模した儀式)に参加していたときの写真が「2006年甲子園 HERO伝説」に載っている、という情報を得ました。

おー写真があったんですね。驚きです。まだ未確認ですが、袴を着て、弓なんかも持っているんですかねー。

「斎藤佑樹くんは新田源氏の生まれ変わり説」少しづつ広がっているんでしょうか、またぽちぽちコメントが来るようになりました。

無駄な、朝青龍同情論

やはり朝青龍同情論増えてきましたね。

まあ私としては、朝青龍の件は本人が起こした問題であって、批判の矛先が親方や相撲協会に向いていること自体がおかしなことになっている、と思っています。

例えば、白鵬や琴欧州が同じような事件(仮病で本国に帰り、巡業をさぼる)を起こしても、これほど問題にはならないだろう。これは朝青龍の今まで起こした所業が積み重なっているのであって、サッカーをしていたぐらいで可哀そうだという意見は、この問題の上っ面だけしか見ていないということです。

同情する前に過去に犯した事件の記事を読んだ方がいい。パトカーを呼んだ横綱がかつていたか、負けた力士の車を破壊する横綱が今までにいたか、ということです。

まあそれでも、これから同情論は増えていくだろう。モンゴルとの関係を含めて。

それにしても、相撲協会は何を恐れているのか?

きっと朝青龍がやけになっていろいろなことをしゃべるのが怖いのか。

それってあのこと?


それに親方が弟子を説得するという意味が分からない。なにを説得するの?

無理に記者会見を開いて、問題の収束を図ろうというのか。親方が弟子のところにのこのこ出かけていくのもおかしなこと。

これを清水圭がワイドショーのコメントで「親方が弟子のところに出向くのは、おかしなことではない。サッカーでも怪我をした選手のところに監督が会いに行く」といったとんちんかんなことを言っていた。おいおい、まず子弟関係というものが分かっていない。それに問題を起こした人のところに出向くのと、怪我を見舞うので行くのでは全く趣旨の違うことで同列に語るべきことではない。この辺の問題の核心が分かっていないコメンテーターが、同情論をぶちまけることが多いんですよ。

実は、朝青龍や相撲巡業にひっかけて「相撲巡業ってマレビトなのか」という記事を書こうとしていた。そこで、いろいろ調べていたが……。

相撲業界の黒い噂(八百長、女や暴力団との関係)が次々と出てきて、書くのがいやになってしまった。

朝青龍を腫れものに触るようにしている協会が、問題の本当のところを隠そうとしているのが、何となく見えますね。

まあそのうち、週刊誌が書くだろうから、それを読むことにしましょう。


追記  これでまた、アクセス数が伸びます(ニガ笑)。

前の記事にそれとなくつながってますね。