「可愛気」と「ダイアナ妃」で考えさせられること。
7月31日、読売新聞の編集手帳の記事からの引用
評論家の谷沢永一さんは、人の性格のうち「可愛気(かわいげ)」にまさる長所はないと言う。「才能も智恵も努力も業績も身持ちも忠誠も、すべてを引っくるめたところで、ただ可愛気があるという奴(やつ)には叶(かな)わない」と(新潮社「人間通」)◆ムキになる姿もどこか憎めなかった小泉氏の、余人にまねのできない長所は可愛気だろう。谷沢さんによれば可愛気とは天性のもの……後略
先日、ダイアナ妃の追悼式典が行われた。詳細については触れない。
ただ、ダイアナ妃が愛される理由が何であるかを少し考えてみて、上記の記事を思い出した。
何をしても憎くまれない人というのが、身の回りの中にもいるだろう。私には羨ましいくらいだ。また美人はやはり得をする。これも、おっさんが傍から見ていても実感することだ。
そうなれば、ダイアナ妃の天性の美貌や持って生まれた愛嬌が、彼女の人生に味方していることは間違いないだろう。
ここで、少しひねってみる。
もし、カミラ夫人がダイアナ妃のような容姿であったなら、あれほど批判されなかったかもしれない。例え、夫を奪った女だとしても。
もし、ダイアナ妃がカミラ夫人のような険のある顔だったら、いまのように、同情されただろうか。いや、夫に捨てられた女として、同情はされても、支持はされないだろう。また英国皇室に汚名を着せるような言動を繰り返したとして非難されたかもしれない。
カミラ夫人がダイアナ妃と同じようなボランティア活動をしたとしても、聖人君子のよう皆が崇めるだろうか。みんなが好きなのは、ダイアナ妃の容姿であって、その言動なのではないだろうか。
それに、あの壮絶な死が、彼女を一気に聖女にしてしまったことも確かでしょう。
いやーオヤジの想像ですから怒らないでください。
(ここで怒った人は「愛と平和」という言葉がきっと大好きですね)
これ以上はいつものように、長くなってしまったので、以下はバッサリ切りました。
「デマ、噂の真相」その6 「英語特区」と「国家の品格」と「新田と書いてニッタと読む」 後編
さて、次。
ブログの記事、報道記事などを読むと、GKAは英語講師を集めるのに、難儀していることがかなり書かれている。
講師の数ではない、質の問題だ。教育理念の高いこの学校では、英語が話せるだけでは、ダメなのだ。英語講師には、日本語を理解し、日本文化にある程度精通していなければ、学校の理念ある「日本文化も教育する」というあり方に、反してしまうことになるからだ。でも実際問題、そんな優秀な外国人の先生がいたとしても、こんな群馬の片田舎に来るはずがないだろう。もっと魅力的な学校やインターナショナルスクールは、東京をはじめ大都市にいくらでもあるからだ。優秀な講師を集めるのも大変だというのだが、そんなこと最初から分かりそうなものだが……。
それに、学校創立時の記事を読むと、駅前留学のNOVAと提携を結んで、講師の派遣を依頼したといった記事があった。ノバの事件があってから、どうなったのか分からないが、教師の確保もままならない、学校ってどうなんでしょうか。それで、高い教育レベルが保てるのか、甚だ疑問だ。
さて、この学校は、太田市民の税金がかなりつぎ込まれている。上記の引用でも分かる通り、かなりの金額が使われている。しかも、これは学校が、英語教育特区が続けられる限り、ずっと税金が使われることになる。
それに、その学習費たるや、どうゆうつもりなのだろうか。インターナショナルスクールよりは安いが、地方の私立校並みに高い学費では、金持ちだけが通う学校でしかない。地域に根差したものが特区の本質であるのに、地元民にはまるで恩恵のない、それでいて、税金だけが使われるのはどうも許せない。それに市民の中で「英語教育」に関係のある人ってどれくらいいるのだろうか。
私はパフォーマー政治家を信用していない。パフォーマンス優先の政策、思いつきの政治、アイデア市長とか、そんなのは見せかけだけの行為です。騙されてはいけません。GAKに関して言えば、「真の国際人」「グローバル化」「優秀な人材の育成」といった奇麗事を並べて、無関心な市民を煙に巻いているだけなのです。それに、自分の発想を実現化するために税金を突っ込んでいるんですから、もっと市民は怒っていいと思います。英語学校に血税を垂れ流しているということは、地元民に何の得もないことで、それは、いまも続いていることなのですから。
それに、自分のパフォーマンスのために、主義主張を持ち込むべきではない。それを正当化するために、大層な理想を掲げて、反対意見を抑え込むようなことをすべきではない。しかも、学校や特区が政争の道具として使われているのだから、大層な理念を持つ学校も今やその存在価値を疑われる。
この市長は「みのもんた朝ズバ」に出演して、太田市には偽物の温泉しかないと発言して大非難を浴びた。太田市が合併した藪塚本町にある「藪塚温泉」の存在を忘れていたというのだ。えっそんな市長ってどうなの?
英語学校の心配する前に、自分が長としておさまっている自治体のことぐらい把握してくださいよ。それに新田町には、ふるさと創生資金で掘った温泉施設もある。これも忘れていたということだ。まあ、そういう人なんですよ。
市役所の職員のボーナスを銀行振り込みではなく、「現金支給にしようと決定した」確か、現金の有難みを感じようといったことだった。下らない。そのときアイディア市長と呼ばれていた。それで本人は悦に入って喜んでいる人なんですよ。
挙句の果てには、早朝に自宅をトラック2台で突っ込まれ、その犯人は逃走、今だにその真相は分かっていない、つまりそんな市長です。
でもテレビには出る、本は出す。県知事と意見が合わなければブログに書きまくる。気に入らないコメント、反対意見は即座に削除する、まあ、そんな感じです。
問題なのは、それを本人が正しいと思っている点だ。しかも、恐ろしいのはこれを支持する市議会議員や政治家がいるということでしょう。理念、理想を通したいのなら、市の自治体で行うべきではない。英語教育で教育問題を問いたいならば、国のレベルでやるべきだ。また、それに群がる財界人は、そこに利権があるから支持しているに過ぎないんですよ。
では、英語学校をどうすべきか。
いま誰がどう見ても、この計画は破たんしている。今更やめるわけにはいかないだろうし、「特区破綻第1号」となる不名誉な汚名を被りたくないだろう。
しかし、私が見る限り、いまや助成金だけの問題ではい。すべての元凶は構想段階から無理があった。このズレが、今になって大きくなっているに過ぎないのだ。このまま続けいて、これから将来的に成功すると思っているならば、かなりの楽観主義者だろう。
本来、群馬県太田市がすべき事案ではなかったと思う。英語教育特区を必要としてる地域は他にもあるはずだ、その自治体にまるごと預けたっていい、とさえ私は思っている。そのくらいの覚悟がなければこの問題は解決しないだろう。
それに太田市は別のことをすべきだった。そんな金があったなら、金山にあった中世の城を復元する元手くらいにはなったはず。東日本最大の古墳である天神山古墳の整備だってできたはずだ。いや、群馬こどもの国をもっと整備できたはずだ。老朽化した市民ホールの建て直しが出来たはずだ。太田市図書館の削られた予算を増額出来たはすだ。ホールに勉強机を並べている図書館なんって全国的に見たこともないだろう。そんなみっともない設備を直すこともできたはずだ。
もう一度問いたい。英語教育特区、ぐんま国際アカデミーって本当に太田市に必要なんでしょうか。
で、「国家の品格」です。
英語学校の批判をしてきた私なので、「国家に品格」を出せば、あーそこね、思う方も多いでしょう。
「英語教育が本当の国際人を育てるというのは間違いだ」と唱える藤原正彦氏の記述を読んで、なるほどと思い、立て続けに藤原正彦の本を読んだ。
「祖国とは国語」「古風堂々数学者」など。すべての本で、英語教育を優先させ、国語や数学の授業をないがしろにする、今の学校教育を痛烈に批判しているのだ。
市長は藤原正彦の本を1冊でも読んだことがあるのだろうか。
もし、読んだとすれば、あんな英語教育特区に固執するはずがない。
読んでないとすれば、太田市の市長として私は認めない。
なぜならば、藤原正彦の父は新田次郎であるからだ。
新田次郎が小説「新田義貞」を書き、この地を訪れ、いかに彼が太田市、新田町に愛着があるかを、私は何度もブログに書いた。
戦前に生品神社に滞在し、新田一族に縁を感じていたことも書いた。新田一族を生んだ土地であるのに、新田一族を祀る寺社が荒れ果てているのを見た彼は、涙を流さんばかりに嘆き、その悲しみを小説のあちこちに書いていたのである。
その息子である藤原正彦氏が、「ぐんま国際アカデミー」が行っているような英語教育を猛烈に批判している。
しかも、なぜかその学校は太田市に存在し、英語教育特区となっているのである。
皮肉なことだ。
しかも、新田という地名がなくなったのも、この市長が合併を推進したからだった。
平成16年4月1日に、太田市は、新田郡の新田町、藪塚本町、尾島町と合併した。こうして「新田」という地名は消えた。
そして合併前に、新しい市名案を募集する住民投票が行われた。その公募条件の但し書きの欄にはこう書かれていた。『太田市であれば新市名変更に関わる費用を軽減することができます』と。
そう経済効率のために合併し、費用軽減のために地名が消えたのだ。
それなのに、英語教育特区、英語学校に多額の費用を使ったのだ。
矛盾している。
経済優先の政策のために、「新田」という歴史のある名前が消えた。
「新田」と書いて「にった」と読む自治体はこうして消えた。
全国に「新田」という地名は多くあるが、そのほとんどが「しんでん」と読む。
「新田」という地名があっても「にった」と読む地名がほとんどない、という記事を以前に書いたが、そのとき私の近くの新田は「しんでん」です、といったコメントを数々頂いた。
そうなんですよ。「新田」という名は消え、「英語学校」は残った。
経済効果、効率(英語教育とは所詮、経済を念頭に置いたこと)がいかに文化、歴史を破壊していくか、ということなのです。
それが、新田一族を生んだ土地で行われたということです。
ちなみに、英語教育特区に許可されたのが、平成15年4月。
合併したのは平成16年、学校が設立したのが翌年の平成17年だった。
「デマ、噂の真相」その6 「英語特区」と「国家の品格」と「新田と書いてニッタと読む」 前編
さて、このシリーズ最終回。
総まとめ、ですが「デマ、噂」の話ではありません。
ただ、愚痴り、戯言を言い、ひたすらボヤきます。
さて、前回まで「ぐんま国際アカデミーに木村拓哉、工藤静香の娘が入学する」というガセネタを徳川埋蔵金伝説とからめて、いろいろ書きました。
今回はその「英語教育特区」「英語学校」を皮肉ります。
まず、ウィキペディアから「ぐんま国際アカデミー(GKA)」を引用します。やはりこれが一番無難に要約されていると思う。ただの引用なので以下は読み飛ばしてください。
『GKAは、国語を除くほとんど全ての教科教育を英語で行う「英語イマージョン教育」を最大の特徴とする。1クラスの定員は30名(実際は36名)で、担任はバイリンガルの日本人教師(日本の教員免許)とネイティブの外国人教師(母国の教員免許)の二人制。ほとんどの授業はクラスの半分である18名で行われる。インターナショナルスクールとの大きな違いは、この学校が教育基本法第1条に基づく学校であることである。
校舎は全体として木造平屋造りで、教室は壁のないオープン形式となっている。
群馬県は、構造改革特区を利用し、太田市が主導して設立した当校の校舎建設費用などとなった借入金(およそ17億円)のうち太田市が約4割を補助し、かつ役職員を派遣していることから、「実質太田市立学校であり、一般の私学と同列に扱えない」とする姿勢を示し、県の私学振興補助金を支出していない。(これは、補助金が全く支出されていないということではない。国が標準的な補助額としている一人当たり年間約43000円は支出している。) これに対して、学校や保護者などが県に対し、補助金を、他の私立校の水準にまで引き上げるよう要求している。群馬県議会は全会一致で学校側の主張を認めているが、県はその姿勢を崩していない。県議会は平成18年度予算案の修正までは踏み込まず、付帯決議によって太田市と群馬県の対話を促すにとどめている。県議会の付帯決議を受けて、太田市は群馬県との交渉を続けていた。
2006年7月21日の協議の中で、群馬県側は太田市が開校から8年間にわたって、年間1000万円の運営費補助を予定していたことを示す文書を提示し、「この運営費補助が実行されていない」と指摘した。太田市長はその非を認め実行を約束した。しかし、2006年8月10日の協議の中で「借入金17億円については太田市が負担すべきだ。私学助成金の使途に借入金返済が含まれているのはおかしい」という指摘に対して市長は応じられないとして途中退席してから交渉は途絶えている。この件に関して文部科学省の私学助成金担当者は「助成金に関しては県の判断に基づき、国がどうこう言える問題ではない。県と市が話し合って解決して欲しい」としている。一部の識者からは「特区認定を受けたところが補助金を当てにするのは都合が良すぎる。結局は財政的基盤を確立せずにGKA設立に踏み切った清水市長の勇み足では」という意見や「義務教育は憲法で保障された権利で、公立も私立も国からお金が出る。(群馬県が国から受け取る)交付税の積算にはアカデミーの生徒数も含まれ、県は支出しないなら国に返還すべきだ」といった見解もある。 もっとも、後者の見解は私立学校振興助成法の条文(第9条 都道府県が、その区域内にある小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、盲学校、聾学校、養護学校又は幼稚園を設置する学校法人に対し、当該学校における教育に係る経常的経費について補助する場合には、国は、都道府県に対し、政令で定めるところにより、その一部を補助することができる。)からすれば、当然に県の所管事務であり、国から受けた交付税の配分は県の判断に委ねられているから、法令上返還すべき理由はない。また、県私立中学高等学校協会と県私立幼稚園協会は2005年11月と2006年9月の2回、「一般私立学校と著しく均衡を欠く」などとして県知事・県議会議長に対し「ぐんま国際アカデミーへの私学教育振興補助金の増額に反対する」旨の請願書を提出している。
なお、この問題が解決しない場合、2008年度には3200万円余りの赤字となる試算となっており、学園側は「数字上、学校運営が立ち行かず、破たんすることになる」としている。
内閣官房特区推進室によると、これまで認定された特区で、破たんした事例はない。同室は「県と市が連名で申請するケースもある。太田市の場合も両者が連携し、地域が認め合って進めるべきだった」と指摘している。こうした県と市の対立の背景には、来年の知事選を前に様々な思惑が交錯する県内政界の現状を指摘する声もある。
太田市民の反応
清水聖義市長のアイディアに基づき計画され、太田市主導で設立されたという経緯から、市は市有地の無償貸与(学校運営安定後は有償になる予定)および建設費用の一部を援助した。そうした援助に反対する市民もいる。
市外からの入学者の多さが挙げられる。入学のため県外から転入したものが多く、約5分の1に及ぶという。理由としては、同じような教育をインターナショナル・スクールで受けさせるとすると、「公設民営」である当校の2倍以上の費用がかかることや、当校が学校教育法上の1条学校であることが挙げられる。市外からの入学の場合、家族ごと移住してくるケースが多い。
太田市議会では、2006年3月7日総務企画常任委員会において、市民から出されたぐんま国際アカデミーへの新たな税金投入の中止などを求める請願を趣旨採択している。しかし、既述のとおり運営費補助を実行しなければならなくなったことから、市長など特別職の給与を削減し、支出する方針を示している。ただ、給与削減してできる補助原資も税金であることに変わりはなく、その方針を疑問視する声が市議会内にもある。』
要はこうゆうことだ、清水市長の思いつきで始まった英語学校。始めてみたはいいが、県知事と仲が悪くなって、お金が出ない。これを、知事の横暴だといって市長は怒って県とケンカになった。だけど肝心の学校は置いてけぼり。この学校はお金の問題だけではなく、ほかにもいろいろな課題がある、ということだ。まあ、小学生にも分かるぐらいに噛み砕けば、こういうことでしょう。
教育何とか法、○○委員会とか、法律用語や難解な行政用語出てきますが、結局のところ「始める前によく考えなかったのか」ということです。
大体、最初の段階では、外国語を通しての国際交流を図る特区として、構想されていたはず。いまのように「英語教育」にこだわった内容ではなかったはずだ。構造改革特区に指定される前の記事などを読むと、南米人との交流を図るために申請する、と報道され。私もそのように聞いていた。
群馬県太田市は近隣の大泉町などを含め、多くの南米人が出稼ぎに来ている。特にブラジル人は多くブラジル村と呼ばれるほどだ。ワールドカップサッカーやオリンピックでブラジルの試合があると、マスコミ取材で多くの人がくる。特に、ブラジルプラザはブラジル人コミュニティの中心地で、ここから、テレビ中継されることが多い。(私は以前、このコミュニティプラザと関係のある職場にいた)
最初にこの計画が上がったときは、南米人などの交流から生まれた発想であったはずだ。この外国語特区がいつの間にか英語教育特区に変質してしまったのである。
ポルトガル語、スペイン語を教育し、社会や国際交流に貢献できる人材を育てようというのであれば、私は多いに応援する。(南米人の出稼ぎ者が苦労しているのを少しは知っているからである)それこそ、太田市でしかできない国際交流であり、それができるはずであった。
それが、いつの間にか、金持ち相手のエリート国際人を育てる英語学校に変わってしまったのだ。GAKの理念や、清水市長の理想を読んでみると、実に、志の高い美句麗句が並んでいるが、その発想は「俺達は教育問題にかざあなを開けようと頑張っている」「国がやらない英語教育に、私たちは真剣に取り組んでいる」といったことなのだ。その奥底には「どうだ偉いだろう、応援しろ。応援しないのは、教育問題を考えていない奴らだ」というのが、その言動の端々にあらわれ、そこに高邁な態度が感じられるのだ。
これは、「イラクの地雷除去」「アフガンの医療行為」の国際ボランティアが崇高で志の高い人が行う行為で、地震災害の援助ボランティアでおばさんがご飯の炊き出しをいている人よりも、ずーと偉いというような発想なのだ。(分かりずらいかな) つまり、国際貢献、国際交流、真の国際人、世界に羽ばたくこと、英会話ができるは、偉く、知的で、そして金を産むこと。反対に、地方や地域に根差すこと、日本語を話すこと、地元の歴史に触れることなどは古くさく、ほめられることもなく、金にもならないと蔑んでいる、そのような思いが心底にあるのではないか。
地方格差が広がる今、地方の都市が行うべきことは、その地域に寄与した政策をすべきではないのか。構造改革特区とは、「地域の活性化や経済発展を進めていく施策の一環として、特定の地域に限って規制を緩和・撤廃する制度」とある。
特区は、地元に根差した取り組みだと私は理解している。
遠野市のふるさと再生特区、姫路市の環境リサイクル経済特区、千代田区のキャリア教育推進特区、これらを見ても、その地域に合った施策を行っている。久留米市のカブトムシ特区や、ほかに、オリーブや杉の木など、特産品などにかなり特化した目標を推進している特区も多い。それは、大いに結構なことである。分かり易い計画ほど目指しやすいということだ。
で、太田市の英語教育特区。今や外国語ではない「英語」なのだ。
「英語教育=国際人=国際貢献=カッコいい」みたいな安易な発想があるのではないか。
同じ英語教育特区を行っている都市がある。それは、青森県三沢市だ。だがここは太田市と違い、特別な事情がある。そう三沢市には、米軍基地がある。この場合は必要に迫られての英語教育特区ではないのか。裏を読めば、英語を広めて、米軍との友好関係を築こうという意図があるのだろう。また、三沢市の英語教育には、米軍から講師を招いているということもあって、この特区申請は国が推進したのではないかと勘ぐってしまうほどだ。だが、何はともあれ、その地域と特区指定は、何らかの関連性があることが重要だ。
では、太田市はどうか。それが市長のアイデアですべてが始まったという。
じゃー何か、英語と関係があるのか、それとも欧米人が多く住んでいるのか。いや違う。多いのは南米人、中東人、中国人らだ。それならば、最初の構想に立ち戻り、「外国語特区」を目指すべきだろう。
私は問いたい。なぜ太田市に英語特区なのか、なぜポルトガル語ではないのか、地域の特性を考えれば、それが一番有効的なことだ。カブトムシ特区だってあるのだから、地域の特性を活かすべきだ。いま英語にこだわるのは、欧米中心主義に囚われているからだろう。本当の国際化だったら、中国語だって、韓国語だって、イスラム語だっていいはずだろう。
後編に続く
「デマ、噂の真相」 その5 「木村拓哉」と「ぐんま国際アカデミー」と「群馬知事選」
このテーマの5回目です。
「噂、デマなんてものは、どこかに流した大元がいるってことさ。しかもこの場合は意図的、計画的に流されているな」と弦さんが答えた。
これは自分の小説からの引用です。徳川埋蔵金伝説のときに、登場人物に語らせたセリフです。
そう、デマ、噂には、隠された真実がある。そしてデマ、噂が広ろまっていく過程には何らかの作為的要素があるということです。
では、本題に。
「8月21日、大澤正明知事は、太田市の清水聖義市長と県庁で会談し、同市の英語教育特区校「ぐんま国際アカデミー」(GKA)への私学助成問題について協議した。具体的な助成額には踏み込まなかったが、大澤知事は「前向きに協議を進める」との意向を伝えた。同問題を巡っては、私立か公立かという同校の位置づけで、小寺弘之前知事と清水市長が激しく対立してきただけに、解決に向け大きく動き出したと言えそうだ。
会談は非公開だったが大澤知事や清水市長によると、清水市長が「(他の私学と)公平に扱ってもらいたい」と要請し、大澤知事が「県と市と学校で問題点を整理しながら前向きに進めよう」と応じたという。だが、同時に大澤知事は助成増額に県私立中学・高校協会が反発している点を踏まえ「他の私学と協調することが必要」とも述べ、反発緩和に努めるよう清水市長に促した。
会談後、大澤知事は「問題を整理すれば、助成額を議論する段階になるだろう」との見通しを示し、清水市長は他の私学を回り、理解を求めていくことを明らかにした。
これまで太田市や同校は国の基準額に準じた児童1人当たり年間約27万円の助成を要望。小寺前知事は「事実上、市が設置した公立校。経営責任を県に転嫁するのはおかしい」として、05、06年度の助成額を同約4万3000円にとどめてきた。07年度当初予算案もほぼ同額を計上したが、自民党などの賛成多数で県議会が約18万9000円に増額修正。小寺前知事は助成を執行しない意向を示していた。
同校は05年4月開校。現在、小等部1~6年の児童451人が在学。来年4月には中等部が開校する」 毎日新聞から引用。
群馬県太田市は、小泉首相のとき構造改革特区第一号に認定され、「太田市外国語教育特区構想」に基づいて「ぐんま国際アカデミー」(GKA)が開校された。
この学校が、混乱しているのである。この英語特区構想は、ほとんど、清水氏の思いつきで始まり、独断断行に近い形で、計画が進められている。この英語学校の理事長も創立当初は清水市長がやっていた。しかし、県(小寺前知事)の判断では、公立校では助成金がもらえないので、私学色を強くするために急きょ、理事を辞任している。しかし、実際の旗振りはいまも市長が行っているのだ。(これらGKAの問題ついては次回に書きます) 群馬県と太田市とはGKAの予算を巡っての争いで、遺恨を残し、今年の県知事選の課題の一つとなっていた。
GKAを巡っては「設立の意義」や「助成金問題」のマイナス面ばかりが注目され、これまで全くいい話がなかった。
そこに、突如として湧き出したのが、「キムタクの娘が入学してくる」というデマだった。
このデマは結果として、GKA、英語特区の存在を広めることになった。これが、不思議なことに、清水市長の動きと群馬県知事選の時期が重なってくるのだ。
これを時系列にしてみよう。
去年、小寺県知事と、清水市長との対立深まり、助成金問題の話し合いも行われず。
暮れ、あたりから、清水市長が群馬県知事選へ出馬する動きが見られ、本人もその意思を示す。
今年1月18日、清水市長、諸事情により、知事選へ不出馬を表明する。
このころから、キムタクの娘がGKAへ入学するのでは、という噂が流れ始める。
3月1日、清水市長がみのもんたの「朝ズバ」に出演。少子化対策で、自己の政策をアピールするが、「太田には偽の温泉がある」と失言する。これで批難を浴びる。
3月15日、清水市長宅にトラック2台が玄関先に突っ込む事件が発生。何らかの嫌がらせである、と噂される。この犯人はいまも捕まらず、その犯行理由も解明されないままである。
キムタク一家が太田市に引っ越してくるという噂がピークに達する。このネタを記事にしたブログ、掲示板、2チャンネルのスレがこの時期大量発生。
7月22日、GKA助成に反対していた小寺知事が落選して、太田市から出馬の大澤氏が当選。
8月、1年半ぶりに知事と市長がトップ会談。GKAについて、前向きな話し合いが行われる。
そう、こういった流れなんです。そうなると、すべてが、去年の暮あたりから、今年の群馬県知事選に向けての出来事につながっていく。
第1回のとき、私たち一家が伊香保温泉に行ったときの件を書いたが、この仲居さんに続けて聞いてみた。「なぜキムタク一家が太田に来ると思ったのか?」「そりゃー太田には英語の学校があるんでしょう。聞きましたよ」と答えた。つまり、キムタクの件がなかったらGKAのことも、太田市が英語特区であることを知らなかったというのだ。
このデマによって、ぐんま国際アカデミーがあるということが世間に知れ渡ったのだ。
私がこの件で見たブログは静岡県や東京の方だった。つまりは、ぐんま国際アカデミーという英語学校が群馬県太田市にあるというのが急速に広まったのだ。つまりは、木村拓哉と工藤静香の知名度に乗っかったことになる。
徳川埋蔵金伝説のデマと同じように、規模が大きくなればなるほど、デマは広がりやすい。超がつくほどの一流芸能人であるからこそ広まった話である。
埋蔵金も徳川幕府の御用金360万両というとんでもない金額だからこそ広まったというのと同じ論理だ。そのデマが嘘か本当かというのが問題なのではない、噂が伝播されたか、されないのかが問題となるのである。
つまり、このデマは「ぐんま国際アカデミー」にとって大きく役に立ったことになるのだ。
GKAの記事を見て、「県や知事からお金がもらえないなんて可哀そう」「太田市は中央に虐げられている」という印象が植え付けられば、このデマは成功したことになるのだ。
そして、GKAを冷遇した県知事は落選し、太田市から出馬の候補者が当選する。
この流れを見てか、「同情を引いて新しい知事が誕生した」といった内容のブログも多くみられたのである。
もちろん、知事選のため、学校の存続のために、関係者が故意に流したというわけではないだろうが、結果的にはこのデマは大きな役割を果たしたことになる。
うがった意見であろう。憶測、想像、妄想の類かも知れない。……うーん、まあそういうことにしておきましょう。
これ以上広がる話でもないので、
ただ、「デマ、噂はその裏には隠された意図がある」
私はいまもそう思っている。
では、次回こそ、このシリーズの最終回。
「デマ、噂の真相」その6 「英語特区」と「国家の品格」と「新田と書いてニッタと読む」を書きます。
ここで大いに愚痴ろうと思います。
「デマ、噂の真相」その4 突如として、幕末に登場した新田一族
シリーズ第4回目、徳川埋蔵金の話ついでに、新田一族の話をします。
前回の話で、小栗上野介が斬首される切っ掛けを作ったのが暴徒事件で、その暴徒の首謀者が金井恭介だということは書きました。
そして、このとき官軍側に報告したのが、実は、岩松満次郎こと新田俊純だったというのが前回の話でした。
この岩松満次郎が幕末に突如と現れ、埋蔵金伝説に関わっていく経緯は次のようになります。
幕末に起った尊王攘夷運動は、上野国にも波及してきた。そんな時期に水戸の天狗党が現れます。これに触発されて東毛出身の金井之恭・高木七平・大館謙三郎らが岩松満次郎を説得して討幕運動の盟主に据えようとしました。しかし満次郎はこれを拒否しました。
なぜ岩松を担ぎ出そうとしたのかといえば、彼が新田義貞の血を引く者であったといわれていたから。この時期、新田義貞は再評価されていた。何故って、鎌倉幕府を倒したからです。つまり討幕派から見れば、英雄的活躍。それに朝敵である足利方と戦った武将として、尊皇派からも支持されていたんです。だから、新田一族を旗頭にする意味は大きかった。
この岩松家は、新田義貞の子孫を名乗る新田一族です。室町時代は下剋上などいろいろあった(ここでは省略)が、幕末までずっと新田荘に残っていた。徳川家康が1590年に関東に入部した際、新田一族として謁見したのが岩松家である。そして家康が「徳川」を名乗ることになる「徳川(得河)郷」の有力者が呼ばれた。
これが、正田家です。この二家が家康と謁見したことになる。この正田家は、現皇室の美智子皇后さまの祖先である正田氏だ。(詳しくは、過去の記事を見てください)
両家とも新田一族に関係があり、新田源氏を名乗る家康に、系図などを提出するかわりに、微石の領地を安堵された。(岩松家はのちに加増されて120石)
さて、幕末時代に話を戻して、
その後討幕運動は更に盛り上がり、1867年・慶応3年に満次郎は新田一族や同志らを集め新田勤王党を結成する。
そしてその翌年、東下してきた東山道総督府に従軍することになる。満次郎は、勤王党の中から精鋭40名程を選び出し新田官軍を組織する。この新田官軍については『群馬県史』によると『その頃、満次郎の軍の中に群馬郡権田村の農民が2人いた。そこで金井五郎(之恭)や大館謙三郎らは、彼らに、東善寺に引きこもっている小栗忠順の行動を探索させ、それを総督府に通報することにした』と書いてあります。
そして4月2日に行田に入った総督府に、新田官軍は従軍すると、小栗に反逆の意思があると、報告した。この報を受けた総督府は、小栗を捕らえて、3日後に処刑する。そして4月8日、この功によって満次郎は、総督府から銃35丁と弾薬、食料などをもらうとともに、菊の章旗を授けられ正式に官軍として認められた。
そう、小栗が捕まり斬首された切っ掛けを作ったのは、新田一族の末裔ということになる。
さて、この岩松満次郎は、明治維新後に、江戸時代には名乗ることの出来なかった「新田」姓を得て、名前も「俊純」とした。
そして、男爵になりました。
小栗に反逆の恐れありと報告した功績しかなく、維新後は、明治政府の役人になることもなかった。しかし、爵位を得たんですよ。
なぜでしょうか。
書きますよ。いいですか。
だれも言ってません。もちろん歴史の本なんかにはちゃんと書いてありますよ。さらりと。でも新田一族であるという重要性に誰も気付いていなということです。
やっぱり、書かない方がいいかな、引っ張っちゃうかな。
いや、もったいぶらないで書きます。
新田一族の血を引く新田俊純の娘は、武子といいます。
その夫の名は
井上馨なんですよ。
そう、長州藩で、伊藤博文と活躍したあの人物です。
明治維新後は政界の中心にあった超大物です。
新田一族がこんなところに出てくるとは思いもよらなかったでしょう。
なんだ大したことないじゃん、と思う方も多いでしょう。でも、それがそれ以後、重要な意味をもってくるんです。
で、その辺りは詳しく歴史ミステリー小説「東毛奇談」の第6章で。
それに、井上馨と武子の馴れ初めが詳しく書かれているのは、山田風太郎の「エドの舞踏会」です。明治維新の偉人たちの様子を夫人側から見た時代ミステリーの傑作です。
というわけで今回は「噂とデマ」から少し離れましたが、徳川埋蔵金伝説に新田一族が関わっていたという話でした。
次回は「噂とデマの真相」の続きを書きます。
テーマは「キムタク一家が太田市に引っ越してくる」というデマがなぜ流れたか、です。