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今こそ「錦繍」、宮本輝


宮本輝の物語に久々に出会ったのはNHKラジオの「ラジオ文芸館」だった。

そのとき朗読されたのは短編の「蝶」だった。あまりにも印象が強かったので、図書館で、短編集を借りて読んだ。それまでは「泥の河」ぐらいしか読んだことがなくて、改めて宮本作品を読んでみようと思った。「5千回の生死」「幻の光」「星々の悲しみ」などが、心に残り、しばらくは宮本輝に夢中になった。

そこで今回は特に感銘を受けた2作品を取り上げます。

まず、「青が散る」。これは今更ですけど、青春小説の傑作ですね。主人公が過ごす大学4年間の出来事を綴っています。多くの登場人物が出てきて、それぞれのエピソードが絡んで、丹念に積み重さなっていく作りはまさに職人芸です。それに脇役の人物のキャラが立っていて、皆いい味を出しています。

私はこれをだいぶ大人になってから読んだが、素直に感銘を受けました。さてこれをコンパに明け暮れる今の大学生が読んで、どう思うかが知りたいところ。まあ読んで損はないと思うし、読めば、必ず心に残るものがあるはずです。それに、どんな感想を述べるのかも聞いてみたい。青春小説は時代とともに古くなっていくのか、それとも傑作は決して色あせないのかを。

「青が散る」はドラマ化されたらしいが、私は全く観ていないし、憶えもない。出演は石黒賢、二谷友里恵、佐藤浩市、川上麻衣子で、1983年にTBSで放送。主題歌は松田聖子だったらしい。まさに80年代、時代が出てますね。

もう一つは「錦繍」です。

離婚した夫婦が10年ぶりに再会し、そこから手紙のやりとりが始まります。(内容はいつものように触れません)この物語はすべてが手紙の往復書簡で構成されています。この構成だけでも素晴らしい。そして、二人の愛と再生が語られていますが、その奥に、人の持っている業や運命、生死についても考えさせられる、深い小説です。

この小説が7月に舞台化された、ということを聞いて検索してみた。鹿賀丈史、余貴美子が出演。手紙のみで構成されている物語を舞台化するのは難しいだろう、と思ったが、凝った演出でかなり良かったというブログ記事を読んだ。うーん、どうやったのか興味が湧くところです。

私がこの小説を友人に勧めたら、読んだ友人がこの傑作にケチを付けてきた。まず、手紙が長い、文章が上手すぎるというのだ。確かに、素人が一度に書く手紙となればかなり長いし、表現は上手い。それに使っている漢字は難しい、というのだ。まあ、そこを突かれると、なんとも反論できない。私はこのとき議論に負けてしまった。

しかし、最近ブログを始めて、ハタと気がついた。

結構、みんな長い文章を平気で書いてるじゃないですか。それに、他人のブログなんか読むと、みんな文章が上手い。便せん4,5枚くらいの長いメールやコメントもちょくちょく見かける。それに難しい漢字も一発で変換、類語検索で語彙も豊富だ。

「長い手紙」ありですよ、あり。

確かに、手書きとなると、あの長文は難しいかもしれないけど、メールのやり取りだったなら、あり得る。パソコン、ネットなら無理な設定じゃない。別れた夫婦が、偶然出会って、メールのやり取りをする。いまこそ、この構成でいけますよ。「新・錦繍」「錦繍・第二章」とかで。

うーんでも……。

冷静に考えると、メールじゃだめですね。「手で書いた手紙」を送ったり受け取ったりすることで、この小説の雰囲気が出ているんですものね。「ダメだ」「安直なこと言うな」とお叱りの声が出そうなのでここらでやめておきましょう。

やはり、「錦繍」は季節的に秋がいいですね。しんみりしたいときに読むのに最高です。

追記    宮本輝作品は映画化ドラマ化がかなりされています。

今、観たいのは「幻の光」。江角マキコのデビュー作で、めちゃめちゃ評価高い。原作は結構ミステリーぽい雰囲気があるので、どう映像化しているのか、とても気になっています。でもDVDではないですね。(うちの近所の話ですが)

台風直撃、こんなときにも野球中継しているラジオ放送ってなに?

台風が近づいています。外は嵐。NHKテレビのニュースは、各地から台風の状況を伝えています。

会社からの帰宅はマイカーですが、余りにも雨と風が凄いので、台風情報を知ろうとラジオを付けました。

そしたら、TBS,ニッポン放送、ラジオ日本、そしてNHKまでもが野球中継。しかもすべてが巨人―中日戦。

おいおい、災害時のとき最も必要なのが、ラジオだろう。

そんなに巨人戦が大事か?

夏になると夕方から夜にかけて一斉に野球中継をするが、そんなに聞く人がいるのか不思議だ。テレビのように1つの局で放送すればいいのではないか。

それに、NHKまでが野球中継するのはおかしなことだ。確か、内閣の組閣のときも、新潟で地震があったときも野球中継していたな。知りたい情報を伝えないラジオはメディアの中で置いてけぼりにされるだろう。

災害時に情報を得る手段としてラジオが一番なのに、そんな大切なことを放棄している。せめて、台風上陸のときぐらいは、野球中継なんかやめて、情報を伝えてほしいぞ。

こんな調子だと、北朝鮮からテポドン打ち込まれても、野球中継、(巨人戦)を放送しているんだろうな。

凄腕、奥田英朗。

とにかく面白くて、クイクイ読める小説何かない?と聞かれたたら、「奥田英朗」を薦めています。

特に精神科医の伊良部が出てくる「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」(直木賞授賞)「町長選挙」はとにかく笑えます。私は落ち込んでいる時に読み返したりしています。

笑える話を高レベルで物語化するには、相当な筆力がないとできない。ただの笑い話ならだれでも書けるし、だらだらと笑い話を詰め込んでも漫才師がゴーストライターに書かせたタレント本のようになってしまうのだ。

ユーモアと文学を融合させるのは案外難しいんです。このシリーズを、一度目に読んだときはひたすら笑えたが、2度目に読んだときは、展開のうまさ、語り口の絶妙さに感心してしまった。いやー、笑わせてくれながらも、実は、学ぶべき点の多い小説なのです。

直木賞の候補には「邪魔」「マドンナ」「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」で計4回なった。全部の回で、◎の授賞作として推薦した井上ひさしは、奥田英朗を大絶賛している。「イン・ザ・プール」の評が的を射ているので、ここで引用します。

『現代人の病患を、恐るべき作意ときびしい自己凝視によって、みごとな作品に仕上げている。診る者と診られる者の逆転が、毎回、大量の笑いと良質の社会風刺を生む。じつに上質な滑稽小説で、この連作集を一番に推した』とある。

面白く笑えて、奥が深いということです。

「サウスバウンド」が映画化されるそうで、出演は豊川悦司、天海祐希、監督は森田芳光だそうです。森田芳光は作品によって、波が激しいので少々心配ですが、何かとこのブログと縁のある豊川悦司が出ているので応援します。(soyjoyの記事で)

まあ、天海祐希ではなく、黒木瞳を出したら、ある意味皮肉が効いていて面白かったのでは……と考えてしましました。「町長選挙」の一編「カリスマ稼業」で黒木瞳のことをかなりコキ下ろしていましたから。

でもその辺のこと大丈夫だったんでしょうか。こうゆうのって、いろいろな点で問題になりそうだけど……でも私はスッキリしました。

「イン・ザ・プール」は三木聡監督、松尾スズキが伊良部医師の役で映画化されました。しかし、どうも、伊良部役のイメージが合わなくて、最後まで馴染めなかった。伊良部は作中でも「金正日」「カルト宗教のあの教祖」と表現されていたので、やはり太ったイメージでないと違和感がありますね。

「空中ブランコ」はテレビで2時間ドラマとして放送された。そのときは、伊良部役は阿部寛だった。やはり違うんだよね。イメージが。伊集院光がやるといった話もあったらしいが、体型は合うだろうけど、金持ちの2代目という微妙な感じが出ない。これもまた違うんですよね。

じゃー誰がやればいいの?って。

うーんなかなか浮かびません。

やはり映像化するときの難問はキャスティングですかねー。

というわけで、お気に入りの原作が映像化されると聞くと、なかなか複雑な心境になります。

東野圭吾は「切ない」

宮部みゆきを書いて、東野圭吾を書かないのは、おかしいと怒られそう(誰に)なので、お気に入りの作品を羅列します。

東野圭吾にはハズレがないと言われる通り、どれを読んでも面白い。まあ、代表作となればドラマ化された「白夜行」や映画化された「秘密」、直木賞受賞作「容疑者Ⅹの献身」となるでしょう。

ただ近年の社会性を増している作品も、宮部みゆき同様に読みづらくなってますね。それらもいいんですが、初期、中期の本格的推理小説も捨てがたいものがあります。

推理小説として、ひねった意外性を見せる作品は、「悪意」や仲間由紀恵で映画化された「ゲームの名は誘拐」、犯人が誰か書かれていない「どちらかが彼女を殺した」など、これらは二転三転する展開でなかなか読ませます。また「ある閉ざされた雪の山荘で」は小品でありながらけっこう凝った作りで、意外な拾いものだった。(これらは、ストーリーがミソなので敢えて、内容は書きません)

さて、東野圭吾を読むと何故か「せつない」気持ちになる。どこか「青春時代の終わり」みたいなものを味わうのだ。それを最初に感じたのは「学生街の殺人」だった。

推理小説なので殺人事件は起こるが、「学生時代の倦怠感」や「事が終わって何かを卒業していく」感じがよく出ている。「学生街の殺人」を読んだとき、青春小説の傑作である宮本輝の「青が散る」を思い出すほどだった。初期作品ではこれがお勧め。

そのほかに、「せつなさ」を感じるのは「片思い」「幻夜」「眠れる森」「宿命」「同級生」など。どれもいいですね。

でも、私の一番は「パラレルワールドラブストーリー」なのです。

これは本当に「せつない」んです。

その辺の恋愛小説なんかよりも、愛を語ってます。青臭い青春小説よりも、友情の意味を問うています。

それに構成が巧みで、物語の運びが巧妙です。東野圭吾が卓越したストーリーテラーであることが分かります。超おすすめ。

宮部みゆきを読むには「覚悟」がいる

以前、宮部みゆきにハマったことがあります。

「魔術はささやく」からはじまって、「レベル7」「龍は眠る」、短編集の「返事はいらない」「とり残されて」、そして、時代小説の「本所深川ふしぎ草子」「幻色江戸ごよみ」、初期の代表作「火車」と、宮部みゆきが書いた本は、読みまくりました。

ただ、最近は宮部みゆきの本を、読むのに「覚悟」がいるようになった。

それは「理由」「模倣犯」あたりからだろうか。いやその少し前の「クロスファイア」ぐらいからだろうか。近年のものは、手軽に読ませてくれない。軽い気持ちで手を伸ばすと、読後は打ちのめされたように腑抜けにされてしまうからだ。

まあ知っての通り、宮部みゆきの筆力は凄いので、すぐに彼女の書いた世界に引き込まれてしまう。物語の中に引き込んで、その世界に浸らせて、酔わせてくれればそれは、エンタメ小説として申し分ない。それならいいわけだ。

だが、それだけでは済まない。最近の宮部みゆきの作品には残虐な場面が多く、それが妙に現実感があるから、やっかいだ。

ほかに「残虐」を細密に書く作家は多くいる。またそれを書いて愉しんでいる作家もいる。

だが、同じような場面だとしても、宮部みゆきは、それら数多の作家とは明らかに何かが違うのだ。

宮部みゆきの小説は、状況設定、人物造形が精密なので、違う作家が同じような場面を書いたとしても全く密度が違うものになる。それだけに登場人物に現実味が増して、その行動にも真実味が加わってくる。登場人物の行為に説得力があって、「物語」を読んでいるというよりも、「現実の出来事」を読んでいるような感覚を得るのだ。

例えば、残虐場面で、登場人物が首を絞められると、読者も苦しくなり、その人が刺されると、自分も痛いという感覚を味わうことになるのだ。だから殺されると、自分も殺されたようになってしまうのだ。

よくこんなテレビ番組があるでしょう。超能力者が殺害現場に行って、その時の被害者の様子を再現してみましょうっていう番組。その超能力者は、被害者が殺害されたときの様子をいま見たように語る。またはその本人のように「うー苦しい」といってもがく苦しそうなことになる、そんな場面を思い出して見てください。その超能力者が直接感じ取ったような苦しみを、宮部みゆきの小説で読者(わたし)は味わうことになるんです。淡々と描写されているだけに余計に感じる。

これをブラウン管(いまは液晶かプラズマ?)を見ながら、煎餅を齧って「まあ、可哀想ね」なんていっている、第三者的傍観者の立場に置かせてくれないのだ。

私はいま被害者の立場で書いている。

そう、宮部みゆきは被害者の立場になって書いているのだ。

それは作家の視点や、心情が被害者側に寄っているからではないか。作者が被害者の立ち位置にいて書いているので、読んでいて残虐場面がよりきつく感じられるのだろう。たとえ、そのとき加害者の行動や心情を綴っていたとしても、作者に犯罪を憎む心が根底にあるので、決して加害者の側に寄っていかないのだ。それは、残虐行為に及ぶ犯罪者を憎んでいるからだろうか。そのことは「模倣犯」の最後のセリフに込められていると思う。(確か、娘のいる母のせりふだった)

残虐場面を描く作家の多くは、少なからず暴力を描くことを愉しんでいる。例え、犯罪、暴力反対を唱えた小説でも、そういう暴力場面では、リアルに書こうとすればするほど、その犯罪や暴力を加える者の立場になって書いてしまうものだ。

例えば、映画「プライベートライアン」でスピルバーグは反戦を訴えた。戦争の愚かさや悲惨さを伝えたかったはずだ。ただ、冒頭の20分くらいの戦闘シーン。あれは、スピルバーグは愉しんで作っている。物語上、あまり意味のあるシーンではないが、一番インパクトのある場面となっている。戦争反対、暴力反対を唱えながら、冒頭シーンは完全に暴力に酔った場面となっている。(ただし、私はこの映画は好きだ)

つまり、反戦映画でも、戦争(暴力)に酔うことがある。

だが、宮部みゆきにはブレがない。残虐場面を描いてもその行為を犯す者を憎む心情が常に根底流れているのである。

それゆえに、残酷な場面がよりきつく際立って、物語で被害者が受ける暴力に読者は同じような衝撃を受けてしまうのだ。

「楽園」は「模倣犯」の続編的作品であるという。ゆえに「楽園」を読むには相当の覚悟が必要となるだろう。



ちなみに、宮部みゆきの本では「蒲生邸事件」が一番好きです。

SFあり、謎ときあり、「226事件」あり、そして涙あり、物語としても最高です。

追記  また、警察犬が語り手だったり、財布が主人公だったり、双子の男の子の泥棒の話とか、奇妙な設定の小説書いてくんないかな。大作もいいけど、たまには初期のような軽い話も書いて欲しいなあー。結構、味があっていいんですけどねー。