セブンイレブンで、諸星大二郎
セブンイレブンで、諸星大二郎の本を発見。こんなところで売っているとは。古本屋でもあまりないのに……。
店内で狂喜する。諸星の本はほとんど持っているが思わず買ってしまいました。
短編9話入って、500円、安い。
表紙が怖いです。
でもホラーではありません。
巨匠・手塚治虫に「(自分は描こうと思えば誰の絵でも描けるが)諸星大二郎だけは描けない」と言わしめた独特な絵。
古代史、民俗学を楽しんで読むには最高です。あとは星野之宣か。
この本で、映画化されたのが2本もあり。「死人帰り」なんて、映画「黄泉がえり」のホラー版みたいな雰囲気だ。「赤い唇」は不気味で怖い。「闇の客人」「海龍祭の夜」は北森鴻の小説「フィールドシリーズ」の題材になりそうだ。
おー、ちゃんと傑作「生命の木」も入ってます。何度かこのブログに登場している『ぱらいそさいくだ!』というセリフあります。
とにかく、面白い。 諸星大二郎ではほかに「暗黒神話」「除福伝説」が最高ですね。いまの私が小説書いたりしているのは、この本の影響を受けているといってもいい。
自民党総裁選選挙。また群馬県から首相か?
安倍晋三首相の辞任表明を受けた次期自民党総裁選出へ向け13日、福田康夫元官房長官(71)が出馬の意向を固めた。麻生太郎幹事長(66)は14日午後、正式に出馬表明する予定。額賀福志郎財務相(63)は出馬を表明したが、所属する津島派の足並みが乱れ、最終的に出馬を断念する公算が大きい。古賀、山崎、二階など各派領袖は福田氏支持の意向を固め、谷垣禎一元財務相も出馬を見送る考え。総裁選は雪崩を打って福田氏に支持が集まる可能性が高まった。
自民党は13日、総裁選を14日告示、15日に立候補受け付け、23日投開票の日程で実施することを決めた。
小泉元首相も福田氏支持を表明していることから、福田氏が優位に立っている。
さて、福田康夫氏が首相となれば、群馬県から4人の首相が出ることになる。
ここ30年の間に、中曽根康弘、福田赳夫、小渕恵三と3人が首相になっているのだ。
しかも、高崎市周辺の地域である群馬県4区と選挙区も同じ。首相が出たことがない県がある中で、同じ地域から3人って異常だ。
そして、福田康夫氏が首相となれば、4人目となる。もちろん、父である福田赳夫と同じ選挙区である群馬4区選出だ。
これって、群馬県人として、少し複雑な心境になる。(私だけか?)
地名に「毛」がなぜ生えた。 読売新聞より
9月12日の読売新聞、群馬版「上毛探見」に興味深い記事を見つけた。
以下引用。
地名に「毛」がなぜ生えた。
『鼻毛石という、一度聞いたら忘れられない地名を知ったのは、群馬県に赴任直後の4年前。「なぜこんな不思議な地名に」。長年の疑問を解こうと、旧宮城村鼻毛石に向かった。
知人に聞いた由来は、「鼻石」と呼ばれる人間の鼻の形をした巨石があり、「その穴に生えた草が毛に見えたというものだった。
「それはよく知られた説であるが、地名としてはあまりにも寂しい」。元同村職員で郷土史愛好家の五百部正さん(61)は割り切れない様子だ。五百部さんによると、16世紀の古文書には「鼻毛石」の地名が登場するが、実は同じ文書に「鼻ヶ石」「はなけ石」「鼻石」と、4種類の表記が混在。1876年(明治9年)に書かれた村誌も同じで、「鼻毛石」に統一された経緯は、不明という。
いずれにせよ、鼻石が地名の由来で、その石は今も残る。東側から眺めると、確かに鼻の形に見えてくる。奥を眉間と思えば、手前の二つの小さな穴は「鼻の穴」。全体がコケで覆われ、上には石灯籠。しめ縄も巻かれ、大切にされている様子がうかがえた。
実は、前橋市との合併との合併を1年後に控えた2003年9月、「合併を機に地名を変えよう」という声が住民から起こり、アンケートが実施された。結果は「古来の地名を残す」が最多で、新地名は前橋市鼻毛石町に。合併担当の課長としてアンケートに携わった五百部さんは「『歴史を大切にしょう』という判断はうれしかった」と話す。不思議な地名には、伝統を重んじる住民の思いも込められていた。』
記者のひと言 北海道出身のため、由緒ある地名へのあこがれが強い。実は、「平成の大合併」で歴史ある地名が消え、中には首をかしげるほど突拍子もない自治体名が生まれる状況に憤っていた。それだけに、「地名には住民の思いが受け継がれている。鼻毛石のように、中世から続く地名の由来となった巨石が現存する歴史を大切にしたい」という五百部さんの言葉に強く共感した。歴史から切り離された安易な新地名は、地域文化の破壊につながる。「歴史を守る」という鼻毛石住民の選択は卓見だ。』
ここまでが引用。
私も仕事でこの方面に行ったとき、「鼻毛石」というあまりにも奇妙な地名があることを知って驚いた。そのとき「はなげいし」はないだろう、とツッコミを入れたくなるほどだった。
だが、今回この記事を読んで、そんな由来があることを知った。
しかも、合併時に、地元住民はこの地名を守ったことも知った。
偉い、感心した。そして、羨ましく思った。
で、もう何度も何度も書いていることだが、「新田」という地名は消えたのだ。このことが浸透するまでブログで書き続ける。(くどいですが)歴史ある地名は消滅したのだ。
斎藤佑樹くんの出身地の欄を見て欲しい。そこは「群馬県太田市」になっている。合併して地名がなくなっていなかったら、新田町と表記されたはずだ。そして、その地名から、新田氏が発祥した地であると連想されるはずだった。こうやって徐々に、地名は消え、歴史は失われていくのだ……。
この記事を書いた記者は読売新聞の笠原一哉記者という。
目のつけどころといい、話の展開といい、地名に対する愛情を示した点といい、すべてに対して敬意を表したい。
そして、この新聞記事を読んで、余りにも感服したので、このブログに載せました。
最近テレビを見て感じたこと3連発
最近、テレビを見ていて感じたことをダラダラ書きます。
1、 林家正蔵が気の利いたことを言ったのを聞いたことがない。
だいたい、「しどろもどろ」を芸風にするな。いつも話はグダグダ、要点のない話をする。だったら顔で笑わせるのかと思えば、新人アナウンサーのように、顔は引きつっていて、愛嬌はない。ほんとうにイライラする。
本当にこの人、噺家なの?噺家ってしゃべることが商売でしょう。コメンテーターとして出演しているのなら、何か言わないと。
その辺のアイドルだって気の利いたことを言うぞ。
彼ってやはり親父が有名だから、ゆるされるのかな?
文章が書けなければ作家になれない。走れなければ陸上選手にはなれない。話をしなければ噺家にはなれないんじゃないの。
私は、いままで、彼が言った言葉で面白いと思ったことが一度もない。これは比喩ではない。本当だ。みなさんも彼の芸やトークで笑った人っていますか?
それに、1811年の江戸時代から続く「林家正蔵」という名前、彼にはもったいない、こぶ平で十分だ。
それに、落語好きの人からも「今の林家正蔵」の落語がうまいとか、面白いとか聞いたことがないという。古典の人情話を得意としているらしいが、金持ちのボンボンというイメージがあるので、話が浮いているらしい。
彼って必要なの。
はい、次。
2、 芸能人は「~さん」なんて呼ばなくくたっていい。
素人がタレントを見たとき「タモリ」とか「さんま」とか大体が呼び捨てだ。
それを素人相手に「~さん」と言えと、怒っていたタレントがいた。勝俣州和だった。
タレントの名前は屋号と同じで、「たけし」とか「キムタク」とかその名自体が商品名なのだ。商品名や屋号に普通「さん付け」はしない。また愛称というのもある。「欽ちゃん」と呼ばれる人もいるし、「浜ちゃん」と呼ばれる人もいる。これら、親しみからくるものである。ただ風格のある人ならば、素人でも~さんと自然と敬称を付けるだろう。
「さん付け」を強要するタレントはそれだけで格がないし、自分はそれだけの人間だということを認識すべきだ。
はい、次。
3、 最近のコメンテーターが「やくみつる」化している。
つまり、言い放しの人が増えたということだ。
「~すればいいじゃん」と簡単に言う。テレビのコメンテーターは2,3言で、要点を言わなければならない、と言われている。起承転結で論理を言う時間などないので、とにかく結論を言う。
しかし「言い放し型」は無責任だ。例えば「社保庁だめなら、解体しちゃえばいいじゃん」「朝青龍やめさせちゃえばいいじゃん」「謝れ首相」みたいに簡単に言ちゃうのだ。
これ最近のタレントコメンテーターに異常に多い。
自分は言い切ってさっぱりしているし、しかも、民意を反映しているという自負があるから、力強く言う。しかもちょっと怒り気味でいう。俺は怒っているんだぞ、みんなの意見の代表だ、みたいに。しかも少し言葉を悪くするのがコツらしい。この使い方とても簡単なのであちこちで言い放し型のコメが多くなっている。
大体、この言い放し型のコメでは、建設的意見は聞けない。~だから~しましょう。とか。安倍首相やめちゃえと言っていたくせに、辞めたら辞めたで、辞めたら「無責任だ」という。だからどういうり理由か、とか、これからどするといった掘り下げがない。
「悪貨は良貨を駆逐する」の例え通り、ガラの悪い人が正義感ぶっていて席を奪い、真っ当な意見を述べる人が除外されている。
それに、まるで彼らの意見が正論のようになっている。これは傍からヤジを飛ばしているのと変わらない。傍観者の戯言が民意の代表だというのを放送して、垂れ流しているのだ。私が聞きたいのは、事の真相やその経過であって、オヤジが茶の間で文句を言っているコメなど聞きたくないのだ。
というわけで、3連発。なんか段々、消えた二十二巻は、ナンシー関みたいになっている。そのうち消しゴムを彫り始めるだろう。
「ブログが趣味」は恥ずかしいか。
「休日には何をして過ごすか?」という話を会社でしたときのこと。会議前で数十人がそこにいた。軽い世間話みたいなものだった。
同僚の中には、「パチンコ、スロット、競馬」とかのギャンブル系もいれば、「野球、ゴルフ」といったスポーツ系もいる。
そのほかは「釣り」「読書」とか、まあ履歴書に書きそうな一般的な趣味を答える人もいた。
そのほかは「寝てる」とか「テレビ、DVDを見る」というダラダラ系が一番多かった。
というわけで私ですが、そのとき「ブログ書いてます」って言えなかったのだ。「パソコンいじってます」といってこのときは言葉を濁した。
ブログという響きに、「日記書いて喜んでいる」という意識がまだ一般人にある。特に男性会社員はそうだろう。そんな労力があるなら、仕事に使えといった考えがある。ブログ=コソコソ書いてる暗い奴、と見られるのがオチなのです。
会社や仕事関係にもよると思いますが、私はちょっと気恥ずかしくって、なかなか言えません。しかも小説を載せているなんて、とても、とても……。
だから、会社では、私が毎夜ブログを書いているなんて誰も知りません。ただの平社員で通ってます。
最近、雑誌で「日本語でのブログ率は異様に高い」という記事を読んだ。英語圏との人口対比で見ると、日本語で書かれているブログの比率が高いという。要は、日本人でブログを書いている人が多い。ということだ。
でも、会社や取引会社の方や、営業の方で「ブログ書いてます」っていう人に会ったことがない。「ブログ」の記事は読んだという人はいても、書き手はいないんです。どこにいるのか。でも会社員ブログは結構見かける。
ということは、私のように隠れて書いているということでしょうか。
先ほどの記事では、日本人がブログを書く要因に、内向的な日本人が、会社や家庭で、日頃たまった欝憤を晴らすためにブログに書いていることが多いという分析をしていた。
となれば、尚更、他人には「私、ブログ書いてます」とは言えないわけだ。
男性一般会社員の方で、ブログ更新に頑張っている人、堂々と「趣味はブログ」と言えますか?
