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いま、秋冬の棚替えで忙しい。

夏ものから秋冬商品の入れ替えがあって、店はこの時期忙しい。

いやーいろんな新商品が入荷してます。

私は生鮮食品以外を担当しているので、カップ麺やドリンク、お菓子など一足先に見ることができます。

しかも、この時期になると、営業の方が見本をもってやってくるので楽しみなのです。コーヒーの新作は試飲ということで、各社のものを飲みました。ボス、ジョージア、ファィヤーも新しくなってました。新商品を飲みましたけど、私にはどこが今までのものと違うのか全くわかりませんでした。

カップめんやお菓子は微妙に値上げしてますね。小麦の値上げ、原材料が高騰しているとのこと。値上げといっても、値段が上がるのではなく、内容量が減っているんですよ。「キットカット」なんかは、以前は17枚入りだったのが、いつのまにか13枚入りになっています。「うまか棒」もグラム数が減っているらしい。

それにソーセージ、ウインナーなど日本ハムが値上げを宣言しているし、時代は「値上げ」ですよ。

お酒も担当しているので、キリン、サントリー、アサヒ、サッポロなど各社の営業の人が来て、試飲を何本か置いていきます。新作の秋味のビールとか、期間限定の氷結とか。キリンとメルシャンが業務提携したので、ワインなんかももらいました。まだ店頭にならんでいないものなので、回りの人に見せると少しだけ優越感を味わえます。

でも、私はアルコールが一滴も飲めないので、(酒が飲めないのに酒担当)もらったものをすべて、近所の人にバンバンあげます。もの凄く喜ばれます。

酒好きの人に話したら「もったいない」と言われました。でも飲めないものはしょうがない。

まあ、お酒よりも、どっちかといえば、お菓子系の方が……。

フランとかムースポッキーの新作とかをもらった方がうれしいんだけど……(子どもかっ!)

案外、艶かしい、京極夏彦。

さて、京極夏彦です。はまってましたね。

京極堂シリーズ。「姑獲鳥の夏」「魍魎の匣」「狂骨の夢」「鉄鼠の檻」「絡新婦の理」……。新刊が出るのが待ち遠しかったですね。

とにかく本が厚い。弁当箱とかレンガ本なんて言われてました。とにかく「俺は今読んでいるんだ感」が存分に味わえる。見たこともない漢字や名称がたくさん出てくるし、不気味な挿絵もある。どこか、妖しい古典を読んでいるようで、そこがまたいいんです。それに本が分厚いので長い間愉しめます。とにかく特異な世界が広がり、妖しい怪異談として怖がらせ、本格推理小説として感心させられ、滑稽小説として笑わせてくれます。また自分的には、宗教や民俗、風俗の知識を愉しみながら得られるので、とても貴重な作家なのです。(実生活には役に立たない知識ですが)

しかし、熱狂的ファンがいる一方、京極夏彦がダメだという人も多い。まあ、あの文体は、万人受けはしませんしね。それに、難解な妖怪談義や長々と書かれた蘊蓄がうざいという人もいます。まあ、仕方のないことですね。京極夏彦の本に書かれているすべてを理解しようとする必要は全くないんです。そんなことをしたら、この小説群を読みおえるまでに何年もかかってしまうでしょう。マニアには納得の連続だろうけど、分からないところは読み飛ばしてもいいんです。それでも物語として十分楽しめる、稀有なシリーズなんですから。「覗き小平次」が直木賞候補となったとき、林真理子が「私はこれが読めない」と選評を出したのも分かる。決してそれは彼女が馬鹿なのではなく(おっと失礼)、まさに正反対に位置する彼女から見れば、全く別世界の作家だからです。隅から隅まで、一言一句味わって読ませる純文学ではない、「現代の戯作本だ」と私は解釈しております。それが証拠に、日本中にそれほど妖怪マニアなどいないのに、シリーズ累計500万部も売れたのだから、きっと、京極夏彦の世界感に浸り、その雰囲気を味わって読む、って人が多いからでしょう。

さて、私は京極夏彦を読むたびに、「意外に」女を描くのが上手いと感じている。「狂骨の夢」の女の念はなかなか怖いし、それぞれ本の中に出てくる女たちは、どこか艶めかしくって生々しいんです。それに、女子学生が核となっている「魍魎の匣」「絡新婦の理」は、女になりつつある少女の成長期の心理を捉えていて、その描写が物語の幅を広げている。「ルーガ=ルー」は近未来の話で、やはり少女が出てくるが、ちょっと異質すぎて合わない。昭和20年代という時代性と少女の微妙な心理状態がこの文体と合致しているのだ。

なによりも、京極堂シリーズは「おんな」の描写をはさむことによって、確実に、妖怪小説、本格推理という狭いジャンルから一歩も二歩も抜け出ている。私はなぜか京極夏彦の本に「おんな」の情念を感じる。それは「おんな」たちが事件のカギを握っているだけでなく、そこに独自の物語性があるからだ。事件を扱わなくても、「おんな」の話でも十分に小説としておもしろい小説が書けるのではないか、とさえ思っている。(「おんな」と表記しているが、女性でも女でもないです。「おんなとして生まれてきた人」という感じがあるんです) 京極夏彦の得意分野は妖怪や蘊蓄にあって、小説も「憑物落し」や「推理もの」として語られて、登場人物も京極堂、関口、榎木津、木場など「おとこ」に注目がいく。しかし、私は京極夏彦の心底には案外「おんな」的心理があるのではないかと思っているのだ。

そして、シリーズの根底に流れているのは「女の情念」であると思っている。

この視点で読んで行くと意外な発見があります。(「鉄鼠の檻」にはあまり女性は出てきませんが)


シリーズ一作目の「姑獲鳥の夏」は監督・実相寺昭雄で映画化されました。

出演は堤真一、永瀬正敏、阿部寛、田中麗奈、清水美砂、篠原涼子など。

不評な意見も多いですが、私的には、映像化するにはあれが限界では、と思う。「それなりにまとまっていた」というのが一言評です。「予告編の方が良かった」という意見もあったが、それも分かる。一番の驚きは、いしだあゆみの「うあーあ」という叫び声、あそこが印象に残って、ストーリーがイマイチなんて評も。まあ、なんといっても原田知世が二役で出演しているということが良かったという意見もあった。

さて、今度はシリーズ二作目の「魍魎の匣」が映画化された。

12月22日に公開。これは、原作も最高傑作といわれ、日本推理作家協会賞も受賞した。

黒木瞳、椎名桔平(永瀬の代役)が上記以外の出演者。

監督は原田眞人。「あさま山荘事件」「バウンス ko GALS」などを監督。俳優としては「ラストサムライ」の大村役で出てました。インパクトありましたね。


この分でいくと、横溝正史の「金田一耕助」のように、映画もシリーズ化しそうですが、どうなるんでしょうか。映画化が続いたら、あんな雰囲気の感じになりそうな予感が……。

宮部みゆき原作の「蒲生邸事件」ドラマ化されていた。

私が宮部みゆきの本の中で「蒲生邸事件」が一番好きだ、と書いたら、

それがドラマ化されていたという情報をもらった。

その方曰く「でも、たぶん見ることはできないでしょう」という。

なぜって。

出演が、いしだ壱成、奥菜恵、放送がNHK。

納得。

これじゃー再放送もないでしょう。

「24・TWENTY FOUR・Ⅵ」 レンタル開始

「24」のシーズン6のレンタルが9月7日から始まる。

観たい。猛烈に見たい。

だが、全巻が揃うまで、観ないのだ。

私は、一気に見るタイプなので、それまでは、我慢する。

だから、それまでは極力、関連本は読まないし、「24」のことが書いてある雑誌には触れない。それらしきことが書いてありそうなサイトにも近づかないようにしている。それでも、「王様のブランチ」のようなネタばらしをする番組(この番組の映画、DVD紹介は本当にひどい)があるので、情報は自然と入ってくる。

それでも、一気見できる状態になるまで、ひたすら我慢するのだ。(もう苦行です)

なぜって、私は、物語の間隔を開けて見るということができないのだ。だから毎週同じ時間に続けて見るという習慣はないし、まどろこしくって、とてもできないのだ。だから話題になったアニメもドラマもまとめて一気に見るのだ。

ということは「24」の新シリーズを見るのは11月くらいになるだろうか。

さて、ジャック・バウワー(キーファー・サザーランド)の拳銃の構え方、撃ち方はかっこいいと思っていたら、あるマニアの記事を読んで納得した。

銃を撃つときの姿勢がしっかりしているというのだ。腰を浮かせることなく、右手の肘を曲げて、左手を添えて撃った後の反動に備えている。いま流行りの横に拳銃を構えて撃つようなことをすれば、たちまち腕が折れるらしい。タランティーノ映画はそういうシーンが多くて私は好きではない。見ていてウソっぽい映画はついていけないのだ。つまり、こういう「細部のリアル」を積み重ねてある「24」に魅かれれるのだろう。

次回も「24」を少し書きます。

追記  クロエはジャックが好きですね。まあ、愛とか恋とかじゃなく、憧れみたいなものをかなりもってますね。そう、アンパンマンに出てくるドキンちゃんが、食パンマンのことが好きな感じ、つまり純粋なあこがれみたいな感じを受けるのですが……。いやー、しかし例えが下手ですね。ツッコミを入れて下さい。

本邦初、民族学ミステリーを書いた北森鴻

歴史ミステリー小説は結構ありますし、歴史とミステリーって案外相性がいいように思われます。(これはあとでじっくりと)  また、民俗学の要素を持つ民話や伝承、伝説などをミステリー小説の題材にするなることも多いし、それにこれを得意とする作家も多くいます。(○○伝説殺人事件とか)

しかし、本格的に民族学を推理小説に取り入れ成功しているとなると、北森鴻の「蓮丈那智のフィールドファイル」シリーズしかありません。

このシリーズは現在「凶笑面」「触身仏」「写楽・考」の3作があります。私的にはかなり楽しめた。

では北森鴻の公式ホームページから「凶笑面」の解説を引用します。

異端の民俗学者蓮丈那智。彼女の研究室に一通の調査依頼が届いた。
ある寒村で死者が相次いでいるという。
それも禍々しい笑いを浮かべた木造りの「面」を、村人が手に入れてから―(表題作)
暗き伝承は時を超えて甦り、封じられた怨念は新たな供物を求めて浮遊する
那智の端正な顔立ちが妖しさを増す時、怪事件の全貌が明らかになる。
本邦初、民俗学ミステリー。全五編。

各本に4、5編が収められた連作短編集です。

それにサブタイトルがいい。「邪宗仏」「鬼封会」「憑代忌」「棄神祭」などなど、私にはとてもそそられる題名ばかりです。

さて、この本の見開きには「妖怪ハンターの諸星大二郎先生に捧ぐ」とある。

おー私の大好きな漫画家「諸星大二郎」です。

つまり、北森鴻は、この本を書くにあたり、諸星大二郎を念頭にして描いたことになる。折口信夫、柳田国男でないというところが、このシリーズのミソですよ。つまり、諸星ワールドの小説版だと思えばいい。

だから私は大変気に入っているが、人によっては面白くないという方もいるでしょう。

そう、諸星大二郎の絵が嫌いという人もいれば、もう熱狂的に好きな人もいるのだ。

北森鴻は年代的にも諸星に影響された一人なのでしょう。だから「ぱらいそさいくだ!」といったら、きっとビクっとするはずです。

30~40代の男が、学生だったころに、マンガ好きでちょっとひねった人や変わり者は諸星が好きだった。(私もその一人)  確かにストーリーといい、絵といい、万人好みする感じではない。でも、はまったら抜け出せない。つまり、そのテイストがこのシリーズにもあるということです。

では、このシリーズは肩ぐるしいのかといえば、実はそうでもない。美貌の女助教授にちょっと惚れている助手の関係がこの物語にユーモア感覚を与えているし、ニヤっともさせられる。この二人の会話が、ホームズとワトソンの関係のように、天才的推理を凡人が噛み砕いて解説する形式でもあるので、難しい民俗学もしっかりと理解できるようになっているのだ。

そう、しっかりと作られた推理エンタメ小説になっているのです。

さて、「凶笑面」がCX系で2時間ドラマとなっていたらしい。出演は木村多恵、岡田義徳。

未見で、しかもドラマ化されたことも知らない。そこでさっそく、ネットで見た人の感想を読んだ。うーん、かなりユルイ話になっていたということだ。

まーね。無理ですよね。2時間ドラマで、この内容を映像化しようとしたって……。

追記   前にも書いた、諸星大二郎の妖怪ハンター「生命の木」原作の映画「奇談」がいまだに見つかりません。どこにあるのでしょうか。ただ一回見てみたいだけなのです。そうあの「ぱらいそさいくだ!」のところがどうなっているのかが知りたいのです。