廣瀬神志&風生花のブログ 「オーガニックな毎日」 -65ページ目

日本語

子供の語学習得能力の素晴らしさに気づく今日この頃。


その秘訣は楽しさと喜びのようです。

ゲーム感覚で生き生きと乾いたスポンジのように

言葉を覚えてゆきます。


我が家で一番の活躍グッツは、「かるた」です。

取る役で喜びを、読む役で朗読・読解力。

さらに読み切ることで責任感と根気を学んでもらえればと、

それが2人であっても、それぞれに息子も私も役回りをこなします。


その代り、所要時間は2時間コースの「かるた」になります。

総計46枚ですから、一枚約2分半程度かかります。

子供は真剣に興奮してますのでいいのですが、

大人は相当な根気がいります。(;´▽`A``


でも、やればやるだけ身にはなるようなので

かるたの種類(難易度や趣向)を変えて挑戦しています。


① 最初は単純にひらがなかるた

② 次のステップはお話かるたといって、

   日本や海外の有名どころの物語をかるたにしたもの。

   現在、これ↓に夢中です。


ぐりとぐらかるた

③ もう少し、日本語が確実になったら、

   ことわざや四文字熟語あたりでもと考えています。


教育ママになるつもりはないけれど

日本語の表現の豊かさは身に付けてほしいと願っています。


ちなみに、もう少し息子が大きくなったら、

私の英語学習用に英語かるたでも購入し

息子と興じてみようかと考えております。



ルワンダ

皆さんもきっと耳にしたことがある

アフリカの人種問題が引き起こした

まだ歴史的にも新しい、1994年4月から同年6月までの

約3か月(100日間)という短い期間の中での、

アフリカルワンダの悲しい大量虐殺の歴史があります。


その悲しい歴史の事実を、映画化したのがこの2作です。↓

ホテル・ルワンダ /ドン・チードル

 観るなら、最初はこちらからがお勧め。
ルワンダの涙
 
言葉に尽くしがたい人間のおぞましさと
それとは対照的に、人間の持つ
他者への愛と責任感
ものごとへの視点や機転は感慨深く
学ぶこと考えさせられること間違いなしです。

自身の生き方に疑問や迷いを感じた時に

何か忘れかけている大切なものを

思い出させてくれるでしょう。


そして、自身のためだけに生きる

自己愛の姿勢に、きっとメスが入ります。

私はズッタズタになりました。そして胸に変化が起きます。


◆ 詳しいアフリカルワンダの歴史背景はこちら ↓

1962年の独立以前より、フツ族(全人口の85%)と
ツチ族(同14%)の抗争が繰り返されていたが、
独立後多数派のフツ族が政権を掌握し、
少数派のツチ族を迫害する事件が度々発生していた。
1990年に独立前後からウガンダに避難していたツチ族が
主体のルワンダ愛国戦線がルワンダに武力侵攻し、
フツ族政権との間で内戦が勃発した。
1993年8月にアルーシャ和平合意が成立し、
右合意を受け、国連は停戦監視を任務とする
「国連ルワンダ支援団(UNAMIR)」を派遣したが、
1994年4月にフツの大統領(ハビヤリマナ大統領)が
暗殺と思われる飛行機事故で死亡した事を発端に対立が再燃し、
同年6月までの3ヶ月間(およそ100日間)に、
政府軍と暴徒化したフツ族過激派によって、
80~100万人のツチ族と穏健派のフツ族が大量に殺害された。
国際連合が介入して停戦。

「1994年に775万人。約89%がフツ族、それ以外はツチ族。
82%%がキリスト教、それ以外は土着宗教など。」

また大量の難民が周辺国に流れ込み、国際問題となった。
この紛争の結果は、のちに隣国ザイール(現コンゴ民主共和国)の
モブツ政権の崩壊へと波及した。
1994年7月、ルワンダ愛国戦線が
フツ族過激派を武力で打倒すると、
ビジムング大統領(フツ族)、カガメ副大統領による新政権が成立。
同政権は大虐殺の爪痕を乗り越えようと、
■ 出身部族を示す身分証明書の廃止(1994年)、
■ 遺産相続制度改革(女性の遺産相続を許可)(1999年)、
■ 国民和解委員会及び国民事件委員会の設置(1999年)等、
■ 国民融和・和解のための努力を行っている。
1999年3月には、1994年の虐殺以降初めての選挙となる
地区レベル選挙(市町村レベルより下位)を実施、
2001年3月には市町村レベル選挙を実施、
2003年8月には大統領選挙が実施され
カガメ大統領が当選。政治の民主化が進展している。

自然分娩なるか!? 本日審判の日☆

逆子逆子と騒いでおりましたお腹の赤ちゃん。

逆子体操や寝る向きを工夫するとするなりに、

クルンクルンと自在に位置を変え、

よく動くので元気は元気なんですが、

勢いあまって定位置を行き過ぎたかのように

なかなか定まってくれずにおりました。


いよいよ本日は最終審判の日、

本日逆子が定位置に定まらず逆子のままなら

長男と同じ助産院での自然分娩が不可能となるのです。

できれば一度目と同じ助産婦さんの手に頼りたい、

病院の金属音の中で、お腹を切るのは避けたいと願いながらも、

赤ちゃんのご機嫌次第と強気で笑い飛ばしてはいたものの、

日が近づくにつれ、正直かなり凹でました。


それが本日いよいよ審判されるのです。

ドキドキしながら超音波の画像を見つめます。

主人も一緒です。二人とも無言のまま息をのみます。


____/\__ドクッ___/\_ドクン____/\__ドキッ___/\_。。。


私   「先生、溜めないで言ってぇ~」


助産婦さん 「んー。。。どうかなぁ。。。」 


その間も、お腹の上を機械が移動してゆきます。



a  いました。


助産婦さん 「あっ!あったよ。ほら頭♪」


b  口も鼻もクッキリ判ります。

私   「ほんとだぁ♪」

    「それで・・・位置はどうなんでしょうか?」


助産婦さん 「よかったねぇ。定位置にあるよ♪」

        「赤ちゃんもふっくらしてるし、お腹を冷やさないようにね。」


私・・・ うんうん。。。 うなずくだけでした。


ひとまず、腹をさばかれるのは免れそうです。 (-。-;)ホッ


よくよく考えると、箱根へ行く前の日までの位置と

箱根で蛍の感動を味わい、川奈で大好きな人たちと

久しぶりに会い、心ゆくまで語り、励まされ、笑い、

美味しいものを戴いたことで、心も身体も

隅々まで癒されたおかげのように思います。


私にとってはラッキースポット川奈&箱根です♪


本当に心からありがとう!☆