ルワンダ
皆さんもきっと耳にしたことがある
アフリカの人種問題が引き起こした
まだ歴史的にも新しい、1994年4月から同年6月までの
約3か月(100日間)という短い期間の中での、
アフリカルワンダの悲しい大量虐殺の歴史があります。
その悲しい歴史の事実を、映画化したのがこの2作です。↓
観るなら、最初はこちらからがお勧め。
- 言葉に尽くしがたい人間のおぞましさと
- それとは対照的に、人間の持つ
- 他者への愛と責任感
- ものごとへの視点や機転は感慨深く
- 学ぶこと考えさせられること間違いなしです。
自身の生き方に疑問や迷いを感じた時に
何か忘れかけている大切なものを
思い出させてくれるでしょう。
そして、自身のためだけに生きる
自己愛の姿勢に、きっとメスが入ります。
私はズッタズタになりました。そして胸に変化が起きます。
◆ 詳しいアフリカルワンダの歴史背景はこちら ↓
- 1962年の独立以前より、フツ族(全人口の85%)と
ツチ族(同14%)の抗争が繰り返されていたが、
独立後多数派のフツ族が政権を掌握し、
少数派のツチ族を迫害する事件が度々発生していた。 - 1990年に独立前後からウガンダに避難していたツチ族が
主体のルワンダ愛国戦線がルワンダに武力侵攻し、
フツ族政権との間で内戦が勃発した。 - 1993年8月にアルーシャ和平合意が成立し、
右合意を受け、国連は停戦監視を任務とする
「国連ルワンダ支援団(UNAMIR)」を派遣したが、 - 1994年4月にフツの大統領(ハビヤリマナ大統領)が
暗殺と思われる飛行機事故で死亡した事を発端に対立が再燃し、 - 同年6月までの3ヶ月間(およそ100日間)に、
政府軍と暴徒化したフツ族過激派によって、
80~100万人のツチ族と穏健派のフツ族が大量に殺害された。
国際連合が介入して停戦。
- 「1994年に775万人。約89%がフツ族、それ以外はツチ族。
- 82%%がキリスト教、それ以外は土着宗教など。」
- また大量の難民が周辺国に流れ込み、国際問題となった。
この紛争の結果は、のちに隣国ザイール(現コンゴ民主共和国)の
モブツ政権の崩壊へと波及した。 - 1994年7月、ルワンダ愛国戦線が
フツ族過激派を武力で打倒すると、
ビジムング大統領(フツ族)、カガメ副大統領による新政権が成立。
同政権は大虐殺の爪痕を乗り越えようと、 - ■ 出身部族を示す身分証明書の廃止(1994年)、
■ 遺産相続制度改革(女性の遺産相続を許可)(1999年)、
■ 国民和解委員会及び国民事件委員会の設置(1999年)等、
■ 国民融和・和解のための努力を行っている。 - 1999年3月には、1994年の虐殺以降初めての選挙となる
地区レベル選挙(市町村レベルより下位)を実施、 - 2001年3月には市町村レベル選挙を実施、
- 2003年8月には大統領選挙が実施され
カガメ大統領が当選。政治の民主化が進展している。