それから僕達三人はベルの集落へ向かった。


さ、三人…?

あ、エレノアだ。

僕達は家を焼かれ、所有物もなくなってしまったため、旅に出ようにも寝止まるする所もない。

それを、エレノアが補ってくれた。

彼は調合ができて、体力回復や、滋養強壮に聞く漢方薬というものを作ってくれて、僕達は疲れを残さず集落へ到達。

「なんか冒頭でひどいこと、言われたような気がする」


「エレノア、おま、すごいな…」

「だから一人で旅もできるのさ、身近な薬草や野菜を使って作る薬は、体にも良い」

エレノアは得意げに胸を張るが、本当に心強い味方を得た。

経緯は最悪だが、エレノアは旅をするのに、良いパートナーになるかもしれない。

アルと一緒に旅をしてくれれば、尚更、いいのだが…。

そんなこと思いつつ、エレノアと並んで歩いていると、火山のすぐ傍、閉ざされた所に閑散とした集落があった。

「龍族の集落か、来るのは初めてだが…」

そういえば、あっちの世界で龍人族の集落なんて存在、しただろうか…。

僕はなぜか、嫌な予感を覚えた。

「ここが私の集落だ」

寂れてしまった集落を見て、僕とエレノアは何とも言い難い気持ちになった


「どうして、こんなに閑散と…?」

「あぁ、龍人族は元々、旅に出る種族だからな。集落は基本こんな感じだ」

変な勘繰りをしてしまった僕は安堵のため息をついた。

「なんだ…てっきり、何か事件でもあったのかと思ったよ」

「俺もだぞ、ふぅ…」

強張っていた空気が、緩和された気がした。

「じゃあ、この集落にいる龍族達は一体?」

「年齢的に旅が無理だったり、怪我で旅が不可能になった龍族達が身を寄せ合っている。
性格的に戦いを好まないものもいるがな」

ほえ、そんな例外な子もいるんだな。

「私の姉も、ここにいる…」

「ベルの、姉…?」

なんだか、どこかで聞いたことあるような…。

「へぇ、君にはお姉さんがいるのか」

エレノアは呑気にそんなことを言うが、ベルの表情なんだか曇っている。

「私の姉は、昔に色々あってな…今はもう、息をしていないんだ」



「はっ…」

「どういうこと…?」


ベルの悲しみに満ちた一言に、僕達は言葉を失いそうになる。

「君の姉は死んだ、のか…?」

エレノアは先に口を開いて、僕の疑問を言葉にしてくれた。


「死んだ、というのかよくわらないんだが、もうずっと目覚めていない」

目覚めていないだと…?

植物状態のようなものだろうか。

「そのお姉さんに、会えたりできるのかな?」

「あぁ…」

そう言って、ベルが先導して訪れたのは、一番奥にある一軒の家。

その家のベッドで、固まったまま動かない龍人族が独り、横になっていた。

「これは…」

何かの場面を切り取って、固めたようなその出で立ちに、僕と、そしてエレノアも同じようなことを思った。


これって、石化しているだけじゃ、ないのか…?

「石化を解く薬を持ってくれば、いいんじゃない、のか…?」

そんな単純な理由で、ベルの姉が固まったままだとしたら…なんだか拍子抜けではある。

「そ、そうなのか、これが石化状態というものなのか…!?」

え、マジっすか。

「えぇ、知らなかったの!?」

「す、すまない…私もそういう知識は疎いもので…」

「いや、疎いからこそ、旅に出て身に着けようと思ったのだが…」と苦い顔をするベル。

「ま、まぁ、大きな病気で死に至るというよりかは、いいと思うぞ、早速、石化を解く薬を作るから少し待っていてくれ」

というと、エレノアは背負っていた荷物を下ろして、そばにあったテーブルで薬を調合し始めた。

僕はそれをぼんやりと眺めて、ベルへ向き直る。

「ここの、集落の人達はこの状態を知っているんじゃ、ないのか…?」

「…ルカは鋭いな。姉貴の状態を知った集落の人達は近寄らなくなった」

「なんで…。もっと早く、石化状態だって気づけたはずなのに…」

「伝染病という、根も葉もない噂が出回ってしまったせいで、姉貴に近寄る者はいなくなった。
私も同じように、病原菌扱いだがな」

「そんな…」

「私にとってこの集落が一番安静にできるところだったはずなのに、いつの間にか、一番居心地が悪くなってしまっていた」


「でも、お姉さんが目を覚ませば、その誤解も…」

「それは…わからない。伝染病のウィルスを持っているかもしれないと批判されるかも」

まぁ、集落で営んでいる者も少ないし、そこまで気にすることではないぞと付け加えるように言うベル。

「できたぞ、これを飲ませれば、あっという間に回復さ」

エレノアすげぇ、まるで主人公みたい。


薬を手に持って、石化している彼女の口元へ近づけて、さぁーと垂らしてあげると。

みるみるうちに体に血の気が戻っていく。

まるで、今まで止まっていた血液が流れ始めたかの如く。

止まっていた息遣いが戻り始めて、安らかな寝息を立てている。

それにしても、石化状態というのはどういう原理なのだろうか。

細胞単位で時間が止まっている状況、とかなのかな…?

血の気が戻ってきたベルの姉は、それでも目を覚まさない。

「…?石化状態は解けているはずなんだが…」


すると、呼吸が次第に荒くなっていき、顔もだんだんと青ざめていくのが、見ていてすぐにわかった。

「なにっ」

すぐに食いつくようにエレノアが駆け寄り、状態を確かめる。

僕達も急いで彼女の元へ駆け寄るが、エレノアが苦い一言を零した。

「脈が下がっていく、体温も下がり始めてる…このままじゃ!」

エレノアはすぐに荷物の中から薬を取り出して、彼女の様態に合わせた薬を口に含ませる。

一時的に体調は良くなったものの、現状、彼女がどういう状況なのかわからない。

「一時的にすぎないが救済はした…。だが、長くはもたないぞ…?」

「そんな!、姉貴っ!しっかり!」

ベルの言葉に反応するように、瞼がゆっくりと開けられた、その瞳はぼんやりとしている。

「あら、ベ、ル…?…そう、あたし…」

焦点が合っていない中でも、ベルを見つけることはできたようだ。

「無事に目が覚めたようだが、まだ油断はできんぞ…」

エレノアは刻一刻と変化する状態に、対応できるように念入りに体温と脈、息遣いを計っている。

「何とか、持っているようだ…が…」


すると、外の方でうめきごえにも似た、悲鳴が上がった。

声から察するに、年老いた龍人ではないだろうか…?

エレノアが怪訝な表情を浮かべて、扉を見つめる。

「ぼ、僕が見てくる、ここにいてもやることないから」

「私も行く」

「ベルは、お姉さんと一緒にいた方がいいんじゃないか」

ベルは今にも歩き出そうとする動作から一転して、僕の目を見つめる。

「…いや、行く」

何も口にせず、短く切ったベル。

何か別の理由があるのかもしれないと、僕は納得して頷いて、外の様子を伺ってみると。

集落の真ん中に辺りに倒れている老人が見受けられた。

悲鳴が上がった時点で良い出来事ではないとわかっていたが、一体どうしたのだろうか。


駆け寄ってみると、老人の呼吸は荒く、おでこを触ってみると冷たかった。

「はぁ、はぁ…きゅ、急に…」

元々、平熱が高い龍人がここまで、冷たくなっているなんて異常である。

こうなってしまえば、時期に様々な器官が機能を停止して、死に至ってしまう…!

「早く、エレノアにつたえないと!」

「まて!私が行くからルカは…」

そうやってベルが腰を上げると、近くの小屋から一人の龍人の恐怖した声が上がる。

今まさに動こうとしていた足が止まり、その小屋から、ドアごと龍人が倒れこんでくる。

「さ、寒い…たす、けて…」

それから連続して、数少ない龍人達の悲鳴が聞こえてくる。

「い、一体どうなって…」


「ルカ、その人…」

ベルが指摘した、抱きかかえていた老人は既に、

息絶えていた。


熱はまるで氷水を浴びたように冷めていて、先ほどまで息をしていたのが嘘と思えるぐらい、冷たかった。

「そんな…」

瞳は固く閉じられていて、苦しそうに老人はこの世を去っていた。

背中に冷たいものを感じて辺りを見回すと、同じように。


龍人達が動かずに、地べたに伏せていた。

ぎりぎり呼吸を保っていた龍人へ駆け寄るも、聞き取れない程小さな言葉を残して去って行った。

「い、一体、どうなってるんだ…」

だから嫌な予感がしたんだ。僕の元いた世界に、こんな集落など存在しなかったから。

「ベルは、何とも、ないのか…?」

たった数分で立て続けに、同種族の死を目の当たりにしたベルは、心ここに在らずといったように呆けていた。

「大、丈夫…」

大きく開かれた目。

瞳は左右に揺れていて、動揺の色を見せていた。

今まさに、目の前で起きていることが、自分にも降りかかるかもしれない恐怖に苛まれているのかもしれない。

そして、そんな現実を僕は受け入れることができるだろうか。

「エレノアの元へ、行ってみよう」

「あ、ああ…」

ベルの肩を抱いて立たせてあげる。

誰一人助けることもできず、ただ見ているしかなかった僕達は、この状況を打破できる手段を持っているエレノアの元へ戻ることにした。

しかし、そのエレノアは頭を抱えて項垂れていて、胸騒ぎがした。

「…エレノア、一体どうしたの?」

もしかして、お姉さん…。

「いや…今、ベルのお姉さんに事情を聞いたんだ。やっち、まったよ」

顔をあげてこちらを見ないエレノアに対して疑問を覚える。

「…この状況は、俺が作り出しちまった」
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焚火を見つめていると、自然と先ほどの光景がフラッシュバックする。

心にぽっかりと空いてしまった穴、思い出の形が、数年の大切が一日で砕け散ってしまったことの、喪失感が。

後になって、ひどく重くのしかかる。

テントから、静かな足音が聞こえた。

「ルカ、あのな、私の集落へ行かないか」

隣に腰を下ろしながら、ベルは呟いた。

「えっ…」

「もう、帰る場所といえば、私にはあそこしかないんだ…」


焚火の明かりがベルの表所を照らしているが、彼女の表情は暗い。



「ベルの、龍族の集落か…。僕のことを受け入れてくれるかな」

「わからない…人間が立ち入ったことなどないから…」


最後の方は消え入りそうになるほど、声が小さくなっていった。

「行ってみる、か…」


僕は勘違いしていたのかもしれない。


今この時、それを感じ始めた。


僕が巻き込まれたのは、グレスさんや、アルの物語だと思っていた。

グレスさんの事情は、過去の出来事で、どれだけ救おうとしても救えない。

アルは一人前になるまで見守ることができたし。

もう旅立つことができたのだから、十分救われたはずだ。


じゃあ、ベルは…?


この数年の間、一緒に過ごしてきて一番わかっていないのは、ベルのことだった。

ベルは何も話さないし、話そうとしない。

数年前より強くなっているのは確実だが、それで、救われているのか?

龍族は強さ求めて旅をする者が多いが、ベルは本当に、強くなるため、だけなのか…?


「いや、行こう、ベルの集落へ」

「な、い、いいんだな…っ」

いきなりの変化に、ベルがたじろいだ。

「あぁ、ベルのこと、もっと知りたいから」

五年も一緒にいて、君の事、知らないことだらけだから。

そう言うと、炎に照らされたベルの頬が、更に朱色に染まっていく。

「なっ、そういうことを軽々しく言うな、バカ」

「ん…?」

僕は頭にクエスチョンマークを何個か並べるのである。

いや、そこまで変なこといったか…。

「そういや、最近、奇妙な伝染病が流行ってるらしい」

「わっ」

暗闇から、突然現れた男に、僕は少しだけ驚いた。

「伝染病…?」

「あぁ、ある特定の種族らしいんだが、そこまで覚えていない」

肝心なとこ覚えてないのか、さすが噂程度。


「治療法は、見つかっていないのか…?」

「まぁ、それに特定の種族ってことは、魔物だからな」

「エルフとかなら、作れるんじゃないかなぁ…」




「へぇ、お前、エルフに知り合いでもいるのか?」

「う、ま、まぁね…」

「珍しいな…」

訝しげに僕を見つめる男と、それからも色んなことを話した。

僕達の生い立ち、魔物と人間から生まれたアルを、魔物と人間である僕達が育て親になった理由。


久々に、こんなに話すことができて、僕は少しだけ気持ちが軽くなった気がした。

「よし、そろそろいい時間だ。お前らは寝てろ」

「え、君は…?」

「いい加減、その君っていうのはやめてくれ…。俺の名前はエレノアだ。それにいい年した、男に君っていうのもどうかと思うぞ」


僕はこの時絶句した。

…あれ、この男の人、てっきりテントを貸すだけのモブキャラだと思ってたのに、名乗りだしたぞ(メタい)


「え、エレノアさん?」

「エレノアで、いい」

「エレノアはねないの?」

「見張っておくさ、せめてもの、罪滅ぼしに、な…」

エレノアは目を瞑って、そう呟く。

エレノアは見る限り人間だし、僕もそうだから、魔物が近寄ってきてしまうのだろう。

「エレノア…お前、良い奴だな」

ベルがやさしげな視線を送って、エレノアを見つめる。

「アルの為を思って、家を焼いたぐらい行動力がある男だからな、当然か」

「そういう冗談は、心に来るからやめてくれっ…」

あはははと苦笑いしながら頭を掻くエレノア。どうやら反応に困ったようだ。

「すまない、お言葉に甘えて寝かせてもらう」

「ベルはもう寝な」

僕は横目で促す。

「え、ルカは…?」

「僕は少しだけ、話したいことがあるから」

「そうか、じゃ、先に失礼するぞ」

そう言って、テントの中へ消えていくベルの背中を眺めながら。


「で、話ってなんだ?」

僕とエレノアの間の焚火が、揺れている。

「アルは、元気だった…?」

「元気一杯だったぞ。あいつならいつか、魔王を倒してくれるんじゃないかってね」

「魔王を倒してくれる、か…。エレノアは魔物が嫌いなの?」


「嫌いってほどでもないが…。まぁなんだ、危害を加えてくるのは基本的に向こうだからな。あの時も、そうだから」

エレノアは、魔物にたいして禍根があるわけでなかった。

基本的に魔物が嫌いなのは人間として普通ではある。特に昔はひどい魔物が多かったからな…。

まぁ、ベルと一緒にいる時点で、そこらへんははっきりしているのだが。

「アルに助けられた時…?」

「あぁ、俺、薬剤師なんだ。希少な薬草を取りに行く道中でな…」

「そか、薬剤師か…」

「だから、なんだ、エルフが知り合いって知ったときは驚いた…。あの種族は手先が器用だし、薬の扱いにも長けているから。

知り合いがいるのが、うらやましかったよ」

エルフは調合の知識を豊富に持っているからかな。

薬剤師としては、豊かな知識を詰め込んだ生きている書物なものだろうか。

エルフに言ったら殴られそうだが。

「伝染病の話も、そういうついでに拾ったのさ…」


「そっか…」


僕はエレノアが、グレスさんと重なって仕方なかった。

グレスさんが姿かたちを変えて、エレノアになったんだとしたら面白いな。

そんなありえない可能性を考えてしまった。

ぼんやりとエレノアを眺めていると、エレノアは首を傾げた。


「ん、どうした」

「い、いや、別に…」

そのまま視界がぼやけて、瞼が下がっていくのがわかった。

「はは…おやすみ」

エレノアのやさしい声が、グレスさんと重なって聞こえて。


本当の安らぎを覚えた気がした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

それから僕達三人はベルの集落へ向かった。


さ、三人…?

あ、エレノアだ。

――――――――――――燃えていたのは、僕達の家だった。


僕達が五年という月日を過ごした思い出の形が、今まさに灰となって崩れ落ちようとしていた。


予想することさえできなかったその光景に、僕達は茫然と立ち尽くした。

「な、なんで…」

消火活動なんてもう手遅れだった。

黒こげになって消えていく、アルの唯一の帰る場所が、なくなっていく。

膝をついて眺めることしかできない僕。

「火、消さないと!!ルカ!!」

肩を揺さぶるベル。

僕は首を横に振った。

開けている場所だから、火が他の木々に乗り移るなんてことはないだろうけど…。


けど、火を消そうと足掻くこともできない自分がいた。

「川まで距離がある…水を運ぶ道具なんてものも、ない…」

膝をついたまま、項垂れてしまう。

五年間の思い出が走馬灯のように、脳裏へ映し出された。

そこには必ず、あの家があった、あの家で過ごした。


アルが「ただいま」って言える場所が、消えてしまった。

自然と目の端に涙が溜まって零れ落ちていく。

自分が思っていた以上に、僕は…。

ここが好きだったのかもしれない、大切だと思っていたのかもしれない。



「ルカ…」

そんな姿を見たベルが、悲しそうな表情を浮かべる。

燃えている家のすぐそばで、物音がした。

「なっ…」

僕達のことが視界に入った途端に、逃げるように去って行ったのは。

紛れもない人間だった。

なんで、人間が…。
魔物だったらまだわかる、理由はたくさんある。

でも、でもなんで…。

「追わないと…!」

自分自身へ、次の行動を命令するかのごとく叫んで、走り出す。

「待って、ルカ!罠かもしれない!」

僕はそんなベルの注意を振り払って、逃げだした人間を追いかけた。

木々が前から後ろへ遠ざかっていく、そう勘違いするぐらいに今の僕はトップスピードを出していた。

「待って、待ってくれ!」

男の背中へ声をかけるが、振り返ることなく、走っていく。

すると、僕のすぐ横。すさまじいスピードで、男へ向かっていく石ころが、頭に直撃した。

前へごろごろと転がって、止まった男を、僕はすぐに捕まえて顔と顔を合わせた。

「なんでだ!なんで、なんで僕達の家を燃やしたんだ!!!」

両手で胸倉を掴んで思いのたけをぶつけると、石ころを手に持ったベルも、男の元へ到着した。

その眼光は鋭い。


「く、仕方ない、だろ…」

それを見て、観念したように口を開く。

「仕方ない、だと…!?」

ふつふつと湧き上がる怒り。

「お前ら二人は、この世界には邪魔なんだよっ」

「どういう、意味だっ…!」

確かに僕はこの世界には必要ないかもしれない。

それでも、ベルはこの世界で生きている…!邪魔なんてそんなことっ!!

「アルは魔王を倒してくれる可能性を秘めている、お前ら二人が足枷になるって言ってんだ」

「アル、だと…!?」

男が言った意味がよくわからなくて、胸倉に込めていた力を解いてしまった。

「…俺は、アルに命を救われたんだ。だから、両親であるお前らを消さないと、いつか…」

「僕達が両親、だと…?」

「一体、どういう話なんだ、詳しく聞かせろ」

逃げられないと思った男は、ふぅとため息をついて口を開いた。

「アルは人間達の希望だ、なのに、魔物の母親と、人間の父親なんて知られたらどうなると思ってんだ!」

「…っ」

僕はその言葉の意味を理解して、絶句した。

そうか、そうだったのか…。

「アルは言っていたんだ、「俺の両親は魔物と人間だから、こんなに強いんだ」ってな。そんな事実広まれば、アルの立場はなくなる」


アルの両親は魔物と人間。

その枠にぴったりと当てはまるのが僕とベルだ…。

今更、僕達は両親じゃないですと言っても、通用しないだろう。

アルの過去を知っているのは、もう…。

あの、グレスさんと対立していたサキュバス達は灰となってしまったし。

そんな事実が広まれば、アルは…。

魔物からも、人間からも…っ!

「つまり、僕達がこの世界から消えたほうが、都合がいいの、か…」

「あぁ」

僕はゆっくりと立ち上がって、ベルと目を合わせた。

「どこか、人知れない所へ行った方が、良いのかな…」

力なくつぶやくその一言に、ベルは強い口調で遮った。


「こいつの口車に乗せられるな!アルがそんなこと、望むと思うのか?」

「あっ…」

呆然としていた頭が、その一言で我に返った。

僕は、周りの事情ばかり考えて、アルの感情を考えてあげることはできていなかったみたいだ。

「アルはそんなこと望まない…。
アルはこういう争いをなくすために私たちの元を旅立ったのでは、なかったのか。」


「…っ!!」

僕が、アルへかけた言葉を、改めてベルが口にした。

そうだ、数年前に約束した…。

魔物と人間の争いのない世界を作ろうって…。


「だったら、それを裏切る行為を僕達がしちゃ、いけないね…」

人のいない所へ行き、自然消滅すれば、絶対にアルは失望してしまうだろう。


「僕、焦っているのかもしれない、向こうへ帰れないし、今この現状もいまいちわからないし…。本当にごめん」

座り込んでいた男が立ち上がって、ズボンについた砂を払っていた。

「そう、か、アルはそういう思いで旅をしていたんだな……。取り返しのつかないことをしてしまった…」

僕達の会話を聞いて、自分の過ちに気づいた男は、苦しそうに目を伏せた。

恩人の両親と思っていた僕達を、消そうとしたのだ、それは問題である

「でも、君もアルのために、こういうことをしたんだろう」

だったら、全てを憎むべき行為とは言いがたい。


結果的に、僕達の存在はアルを追い込んでしまうことに、なるのかもしれないのだから。

「だから、だからアルは俺に対して、あえて両親のことを打ち明けたんだな…」

魔物と人間が手を取り合って生きて行く世界。

二つの種族のハーフだからこそ、できること。

「僕達はアルの両親ではないよ、アルの両親は昔に亡くなった」

「なっ…??」

「育ての親みたいなのは僕達で合ってるけど、ね」



男は目を瞑って、長いため息をついた。

単純に勢い余って、アルが事情を口にしたのではない。

あえて、自分の両親が魔物であることを公表している。

それは、この世界を変えるための宣言みたいなものだ。

「アルは両親が魔物と人間であることを、オープンにして旅をしている可能性がある。俺みたいなのがまた、現れるかもしれない。

もしかしたら、もう噂で広まっていることだってありえる。用心したほうが、いいんじゃないか」

「そう思うのなら、一晩ぐらい泊めてくれるとこを、提供してくれないか」

鋭い目つきで男を射抜くベルは、まだやはり、この男のを許し切れていない様子だ。

五年も過ごしてきた、いや、ベルにとってはそれ以上。

そんな日常を奪われたのだ、言葉だけでは許しきれないはず。


「お安い御用さ…本当にすまなかった」

男は申し訳なさそうに言うと、ついてこいと言わんばかりに歩き出した。

「ちなみに、どんな豪邸に連れてってくれるのかな」




「いや、テントなんだが…」


「アルに会ったとか言ってたし、君も旅人なのか」

「いや、勇者とは違うんだが…まぁ、勇者の真似事を」


その一言が、遠い昔の人物と重なって、くすりと笑った。

あの時も、僕に寝床を提供してくれたっけ。


あの人はずっと、見守ってくれているのかな。

アルのことも、僕達の事も。



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アルとベルと暮らしてから五年、ぐらいだろうか。

もう、時間の経過すら覚えていない。

時間の経過の基準といえば、アルの成長だ。

彼はすくすくと元気に育って行って、僕と同じ年になるぐらいから大人びてきた。

剣の稽古も欠かさず、魔物と対峙することもしばし。

人間が二人いるだけあって、魔物達が寄ってくるためである。

正式には天使と人間のハーフと魔物と人間のハーフだが。

「アル、強くなったね」

ベルと共に稽古をしていて、肌で感じることができる。

人間とは思えない俊敏な動きと、力強い一振り。

さすが、魔物と人間のハーフだ。

こういうと皮肉に聞こえるかもしれないが、そうではなくて。

本当にこの世界を救えてしまうのではないか。


だが、救ってしまわれると、それはそれで、僕は…。

こういう板挟みに悩まされるのがよくあった。

「ルカさん、俺、旅に出たい」

そういうアルの瞳には強い信念が見える。

五年前、父親を亡くしてから決心してきたことだ。

今の実力を見ても十分やっていける、当時の僕とは比べ物にならないくらい。


それでも、どこか心の片隅で心配してしまう。

大丈夫だろうとわかっていても。

「私はいいと思うぞ、アルは十分強い」

ベルは「待ってました」と言わんばかりに頷く。

「…そうだね、アルには十分資質がある」

そんな彼女の姿を見たら、賛同せざるおえない。

「本当っ!」

アルは楽しそうに笑った。

「ずっとここにいたんじゃ、視野が狭まる。世界を見てきたほうがいいよ。その方が経験を積める」

「私も同意だ」


それでも、なんだか心配になってしまうのが僕だった。

「じゃあ、今日が最後の稽古になるな」

「あ、明日行くの!?」

もうちょっと準備とか…。


「ルカさん、俺、明日にでも出発したい」


「そ、そう?まぁ、アルがそう言うなら…」

汗汗

アルは嬉しそうにぴょんぴょんはしゃぐ。


天使と人間のハーフである僕にでさえ、魔物は近寄ってきた。

魔物と人間のハーフであるアルも、きっとそうなる。

イリアスの洗礼は受けられない。

きっと、とても辛い旅になるだ。


僕のときのように、アリスはいない。

だから…。

「ねぇ、僕達も一緒に行ったほうがいいのかな」

僕はベルの方へ顔を向けて尋ねてみると、ベルは首を横に振った。

「いや、これはアルの旅だ。アル自身に任せよう」

…そうだよね。

僕とベルがずっと、アルの傍にいることは叶わないはずだ。

いつかは一人立ちしなくてはいけない。この五年間の中で考えてきたことが

まさに、今、その時なのだ。

「ルカさん、任せて。俺は一人でもやっていけるから」

そんな真剣な眼差しを、向けられたら…。

「そう言われちゃぁね…。  アルっ」

「うん」

「頑張れとは言わない。やっていくんだぞ」

「それは、明日言う言葉だと思うよ」


はははっと三人は笑いあった。

「父さん見てて、俺、きっと父さんが作れなかった世界を作って見せるから」




そして、翌日、アルは元気に手を振って僕達の元から旅立っていった。


娘や息子を見送る父親というのは、こういう、気持ちなんだろうか。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


それから数日してから、外れた森の奥に住む僕達でも、アルの噂は小耳に挟むほどだった。

「とても強い勇者が現れた」「本当に人間なのか?」「もしかしたら、魔王を撃破できるかもしれない」

といった感じだ。多少、尾びれがついている気もするが。

アルの実力は相当なものだし、この噂から察するに、元気にやっているのだろう。


「なぁ、ルカ。ルカはアルが一人立ちするまでいるって言っていたけど。もう帰ってしまうのか?」

寂しそうに僕を見つめるベルの視線をしかし、僕は力なく返した。

「いや、ていうか、帰り方がわからない…」

今まで熱中していた子育てのようなものがあったからいいのだが。

アルが旅立ってから、はっきりと現実を突きつけられた気がする。

「僕は一体、何のためにここにいるんだろう…」

たとえば、グレスさんを救うことが僕の目的なのであれば、既に失敗している。

そうなると、永遠にこの世界へ留まることになるのだろうか。

うーんと悩んでいると、寂しそうな表情を浮かべる、ベルの顔が目の前にあった。


「ルカは、やっぱり向こうへ帰るのか…」

「う、うん…。僕にはまだやり残したこと、たくさんあるから」


だから、ここでもやり残したことがないようにしてから、帰らないと。

「私は、ルカに、残ってほしいと思っている…」

ぼそっと口にした言葉を僕は聞き取ってしまった。

「えっ…」


途端に口を押えて首を横に振るベル。

「い、いや、なんでもない。忘れてくれ」


「う、うん」

残酷な一言を聞いてしまった。

全くどうしたものか。

やり残したことがないようにして、なんて、不可能かもしれない。


僕達はその後ショッピングのためにイリアスベルクへ向かった。

先ほどの件も相まって、少しだけぎくしゃくした雰囲気が漂った中だが。

町は相変わらず、アルの武勇伝で一色だった。

数日前に突然現れた勇者が、次々と魔物達を撃破する快進撃を繰り返しているそうだ。


なんか、僕よりもよっぽど勇者っぽいじゃないか。

そんな噂を聞いて、また安堵したのだった。

「あれだな、サキュバス達はもう襲ってこないのかな」

人々が行きかう大通りを歩いている僕は、隣のベルへ声をかけた。

「ここ数年の間、襲ってくると思っていたんだが、そんな素振りもないからな…」

「アルの両親の噂も、いつのまにか消滅してたし…」

うーん、時間が解決してしまったのだろうか。

だが、アルの両親が魔物であるというのは真実なのだ。

それを知られてしまった、どういうことになるのだろうか…。


やっぱり君は、独りになってしまうのかな。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ショッピングを終えた僕達が、自宅へ帰ろうと歩いていると、焦げ臭い匂いが前方から漂ってきた。

「なんだろう、火事…かな」

森の中で火事なんて起きたら一大事だ。

どこかの魔物辺りが、火の魔法を放って火事とか…。

「ベル、行こう」

「あぁ」

ベルを急かして進んでいくと、炎に包まれたあるモノが目に入った。

開けた森の中。

それは釘が繋ぎとめられた板、四角い形をして、屋根のついた――。



――――――――――――燃えていたのは、僕達の家だった。


僕達が五年という月日を過ごした思い出の形が、今まさに灰となって崩れ落ちようとしていた。


予想することさえできなかったその光景に、僕達は茫然と立ち尽くした。

「な、なんで…」
グランベリア編、後半へ突入‼!

―――次回予告。





「こんな、中途半端なところで!みんなを置いていけっていうのか…そんなの…ないだろう…」



強く握りしめた拳は震えているはずだろう、見えなくて、この世界に存在していたことさえ消えていくようだ。






「ずっとそばにいられなくて、ごめん…ベル…」






――――――――――――――――――――――――――――――――


07.21 21時頃更新予定‼!

乞うご期待‼!