翌朝、アルが起きると、案の定泣いて、泣いて、泣きじゃくった。

泣きじゃくって、その嗚咽に交じって聞こえる。

復讐の誓い。

「絶対に許さない、父さんを、父さんを殺したサキュバス達…!」

「ぼくが、ぼくが殺すっ、殺してやるっ!!あいつらを!!!うぅ…」

と目を強く瞑って吐き出す言葉の数々は、この少年が口にしていいものではない。

重々しいものだった。

「アル、だめだ。そうじゃない」

「じゃあ、何!?父さんを殺したサキュバスを許せっていうの!?」

「もうあのサキュバス達はいない。もう死んだ」

「えっ…」

怒りの矛先をどこへ向けていいのかわからなくなって、呆けてしまうアル。

「僕が力を使うときに、幼い少女の叫び声が聞こえて、サキュバス達が灰になったんだ」

「そんな、じゃあ…」

ぼくは、何のために生きて行けばいいの?

その言葉を口にする前に、僕は遮った。


「復讐のために生きて行くなんて、そんな悲しいこと言わないでよ」

僕は笑顔で、アルの頭撫でた。

「君は、お母さんとお父さんが残した、世界でたった一つの宝物なんだ。だったら、もっと明るい未来を願おう」

そう君は、魔物と人間から生まれた子供で。

魔物でもあり、人間でもあるんだ。

ひどく非難されるかもしれな、孤独になってしまうかもしれないけれど。

君は可能性を秘めている。




アルは少しだけ顔を伏せた後、目尻に涙を溜めて。

「…じゃあ、サキュバス達が、ぼく達人間を攻撃したりしない、世界…?」

「そうだね、魔物と人が争うから、こんなことが生まれたんだよ。だったら、争わない世界にしようって思わない?」

「う、うん」

赤くなった目元をこすって、アルは頷いた。

「魔物と人間から、人間が生まれたとしても、祝福できるような世界に、しよう」

「わかった、ぼく、その為に、強くなるっ」

お父さんが作れなかった世界を、ぼくがつくりたい。

そう言って、泣きながら笑うアルの姿に。


僕も涙してしまった。

両親を失って、残酷な現実をつきつけられて…。

それなのに、堕ちることなく、前を向いて歩いて行こうとするアルの。

その勇気を後押しできるように。

「君に、勇気をあげる」

僕の額とアルのおでこが触れる。

すると、アルの体に光が纏って、染み込んでいくように消えていく。

「これは…?」

「天使の加護を与えたんだ。個人差はあるんだけど、この先どんな災厄が訪れても、アルが前を向いて歩いていけるようにって」

「…ルカ、ありがとう。…あ、あと、これからも、お願い、します」

目元をこすって、輝かんばかりの笑顔を見せたアルを僕はそっと抱きしめてあげた。


すると、我慢していたようにまた、嗚咽を漏らすアル。

背中をそっと撫でると、少しだけ呼吸が安定してきた。

この先、この子が一人前になるまで、守ってあげよう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

「ベル」

ベルは翌朝も稽古に励んでいて、汗だくになってしまっている。

「ルカ、おはよう。な、なに!?、ちょ、近」


「ちょっと我慢してて」

僕はベルへ近づいて、顔を寄せる。

「ちょ、な、き、きゅうすぎ…あっん…」

僕とベルは額と額をごっつんこさせた。

直後に、光が纏うベルの体。

「な、なに…?」

頬を真っ赤に染めて、おそるおそる目を開けると、自分の体が光っていたことに戸惑いを隠せていない、ベル。

「え、なに、もう、唇にしたの…?」

「唇には、何もしてないけど」

「へっ!?」

更にゆでだこのように真っ赤になる顔。

「そそそうなの?て、てっきり私、きききき、キスされて、体が発情して光ったのかと…」

もじもじと体をよじりながら言うベル。

「それどういう原理なの…。ベルに天使の加護を与えたんだ」

「天使の加護?」


「うん、君にどんな災厄を訪れても。前を向いて歩いていけるようにって」

きょとんと僕の話を聞いたベルは、ふふっとかすかに笑った。

「天使の加護…。ルカが傍にいるんだから、そんなの必要、ないだろ」

あれ、さっきまでのベルとは思えない、かわいらしい口調がどこへやら。

「はは、そう、かもね」

ずっと、傍に…。

それはきっと叶わない願いのはずだ。

だから僕は、こんな形で――――。

「アルには言ってないけど、ベルも他の誰かに、一度だけ加護を与えることができるんだ」

「…えーと、私が、誰かに??」

「そっ」


この先、ベルやアルが大切な人と出会ったときに、加護が与えられればいい。

僕はそう思った。

「わかった、ありがとうルカっ」

満面の笑みを零して言うベルの姿を見て、胸がチクリと傷んだ。

「ねぇ、ベルはもちろん、アルと一緒にいるんだよね」

今までずっとそばにいたのだから、これからもいてくれるだろう。

「当り前だろう」

そう、強く頷くベルが傍にいてくれて、本当に良かったと思った。

「よし、稽古しよう」

「あぁっ!」







稽古を終えた僕は、森の近くにある川辺で嘔吐した。

今でも鮮明に残る、二人が殺されたシーン。

それが頭に張り付いて離れない。

「…ふぅ…」

旅の途中でも、殺された人達というものはいた、いたのだが…。

忘れたくても忘れられない。

思い出さないようにしている時に限って、不意に脳裏に映る。

こんなものは初めてだ。

慣れるまで、もうしばらくかかりそうだ…。



――――「この状況を打破できるピースは、私じゃないんだ」


不意にグレスさんの言葉が脳裏をよぎる。

本当に僕が、そのピースだったのだろうか。

どこまでも続いている青空を力なく、眺める。

この世界の魔物は、僕がいたときとは比べられないぐらい強い…

サキュバス族でさえ、あそこまでの力を持っている。

あの時、あの場所にいたサキュバス達は消えてしまったとしても。

必ず、禍根を絶とうとして襲ってくるはずだ。


それに備えておかなければ…。





――僕は、本当に向こうの世界へ帰れるのだろうか。

途中で、死んでしまう、かもしれない。

全身がぶるっと震えた。

「みんな、元気かな」

向こうの世界とは変わらない青空へ投げかけてみるけれど、返事はなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


―――五年後















「いってきます、ルカさん、ベルさんっ!」

元気な返事をして、一人の勇者が旅立つ。


グランベリア編 前篇終了
ベルの怒号が聞こえて、僕の横を取りすぎようとする人物が目に入った。


「だめだっ!アル!!」

アルの腕を掴んで押しとどめようとするも。


アルは先にいるグレスさんへ手を伸ばして、必死に父親を追いつこうとしている。

後ろを見ると、ベルもまさに飛び出しかねない状況。

「父さん、父さんっ!!!」

涙をいっぱいに目の端に溜めて、懇願するように父親を呼ぶアルの姿を。

僕はしかし、留めてあげることしかできなかった。


どうして、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

どうして家族である父親の元へ、実の息子を送り届けることができないの、だろうか…。


それは、グレスさんに頼まれたから。


アルを頼む。と

だったら、その使命を果たさなければ。

「離してよ、ルカっ!なんで、どうしてっ!!!」

必死に喰らいつくアルを何とか押しとどめている内に、一人のサキュバスがまた不吉な言葉を口にしてグレスさんへ手をかざす。

僕の身体はまた、一瞬にして強張っていくのを感じた。


――グレスさんの体は次第に崩れていき、剥がれてゆく。

「っ!!」
僕は咄嗟に、アルの目を隠した。

「ねぇ、どうしたの、父さん…どうなったの!」

じたばた暴れるアルを抱きしめて、動きを何とか最小限に留める。

しかし、僕の視線は一点にくぎ付けになってしまっていた。

出来上がった、一つまみの粉。

そこに、今まで生身の人間がいたにも関わらず、原形をとどめていない。

このまま何もせずにいるのが、僕の使命なのか。

いや、違うはずだ。

「…帰るよ」



「えっ…」

嘘、だよね…?というように、呆然と僕の顔を眺めるアルを抱きかかえて、ベルの元へ向かう。

すぐに天使の力を行使して、羽を形成する。


「な、その姿…」

「手、繋いでいて」

ベルと、放心状態のアルの手を繋いで、僕は羽を広げて三人を包み込んだ。


神々しい光が全身を包むのと同じくして。

「アアアアぁぁぁ’あ’あ’あああああああああ!」

悲痛な、幼い少女のような声が、聞こえて。


グレスさん達を囲んでいたサキュバス達が一瞬にして灰となるのを垣間見た。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


光の速さを超えて、グレスさん家周辺であろう深い森の中へと辿り着いた。

「…」

しかし、三人を覆う空気はどんよりと沈んだもの。

アルやベルを失うことなく、帰ってこられたのは何にも代えがたいものだが…。

「ルカ、あっちにぼくの家があるんだよ」


「え…?そ、そうだね」

アルが力ない笑顔で突然、そんなことを言う。

ベルはそんなアルを悲しそうに眺めるだけで、重い口を開くことはない。

「ぼくと父さんの家、父さんはきっと、帰ってきてるよね」

「アル…」

「父さんは強いし、そこらへんの魔物なんかに負けないから、きっと」

まるで、今さっきあった光景を無かったことにするように、アルはまくし立てる。

「父さんまだ家で寝てるのかな、父さんっ!」

そう嬉しそうに父を呼び、走っていくアルの背中を僕とベルは追いかけながら。

しかし、その背中にかけてあげるはずの言葉はあまりにも残酷で、口にすることが、できなかった。

「父さん、ただいまっ!!」

家の扉を開けると。

「アル、ルカ君、ベル、おかえり」


と、いつも「おかえり」を言ってくれるグレスさんはいなかった。

僕もどこかで、期待をしていた。

あのグレスさんが死ぬわけがない。アルの言葉でそんな幻想を抱いてしまっただけに…。


喉の奥に苦いわだかまりのようなものが詰まっていて、言葉が音として出てこない。

「父さん…父さん」

放たれた扉に、力なく呼ぶ、アルの声。

「ルカ、父さんは、父さんはどこに、行ったの…?」

呆然と立ち尽くす背中に。

僕は決心した。

「グレスさんは、僕達を逃がそうと、して…」

「違うっ!!!」

振り返ったアルの瞳には。

もうわかりきっていたのに。


期待をして、裏切られた。


怒りと悲しみの塊が頬を濡らしていた。


「ルカが、ルカが殺したんだ!」

「―っ」

息を詰まらせてしまった。

アルは僕の元へやってきて、弱々しい拳を何度も、何度も打ち付ける。

「ルカがあの時っ!!逃げたりしなかったらっ!!!父さんは…、父さんはっ!!!!!」


――――――ああああああああああああああああああああああああああっ!!!!


と、ここに来て初めてアルは泣いた。

父親を亡くした子供の、素直な反応を見せた。

「どぅ、して…どぅして…助けて、くれなかったの…」

僕の腹部へ顔をうずめて、両手で僕を握りしめて。

ベルはそっと、僕の背中を撫でてくれる。

「ごめん、アル…」

目を瞑って謝罪をすることしか、今、僕にできることはなかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

泣き疲れたアルは、目を真っ赤に腫らしながらも眠ってしまった。

そりゃそうか、サキュバスに拉致されて、拘束された挙句に父親も失ってしまったのだ。

気づいていないだろうが、母親も同時に…。



精神的にも、身体的にも疲労が溜まっていたはずだ。

そんなアルをそっと、寝かせておいて。


僕は、満点の星輝く夜空を仰ぎみていた。


「ルカ」

そんな僕の名前を呼ぶ声がする。

静かな夜によく響く、ベルの声。

「ルカは正しいかったはずだ、気に負うことはない」

「あ、あぁ…」


それでも、どこかで、違う選択をしたら、違う結末が待っているんじゃないかって。


そう考えてしまう。

「私こそ、私こそっ!何の役に立てなくて、すまない」

悲しそうに目を伏せるベル。

「そんなことはないよ。僕はベルが隣にいて心強かった」

「…」

まるで、グランベリアがそばにいてくれているようで、心強かった。

「…ルカ…あのさ、あの羽のことについて、聞いていいか」

おずおずといった感じでベルが聞いてくる。

今聞くべきなのか迷っていたのかもしれない。

まぁ、逃げる時にあんな天使の羽なんかを見せられて、気にならないはずがない。

「僕さ、天使と人間のハーフなんだ」

「天使と、人間…!」

暗い夜でもわかるように、驚いた表情を浮かべる。

「うん、それも最近知ったことなんだけどね」

「天使と人間のハーフってことは、アルと、似たような境遇なのか…?」

「そうだね…。僕の両親も既にいないんだ」

今日、アルも僕と同じ境遇になってしまった。

「アルは、まだ母親が生きているはずじゃ…」

「そっか…ベルはあの人の、その、首が撥ねられる所、見てないんだっけ…」


「なっ…!?く、首だと」

「グレスさんが殺される前に、アルの母親が殺されんだよ…」

「そんなっ!?…じゃアルはもう…」

驚きと悲しみの入り混じった複雑な感情。

僕の今の気持ちは似ているだろう。


一日にして、父と母を失ってしまった。

それが一番心苦しい。

「ルカはどうやって、生きてきたんだ?」

突然そんなことを聞くことに疑問を覚えたが、すぐに理解した。


それは、アルのこれからを、「どう生きていけばいいのか」というヒントを得たいがための問いのように見える。

「村の人の中でも、良くしてくれる人がいたんだ…。でも、基本、一人だったね」

「村、か…」

泣きそうな雰囲気を感じて、僕は慌てて取り繕った。

アルはそもそも…知り合いの一人もいない。

「だ、だからさ、僕と同じ道を辿らないように、アルのそばにはいてあげたいんだ」

「ほ、本当か…?」

「あぁ、アルが一人前になるまで、面倒を見てあげたい」

「そうか、よかった…」

ホッと安堵するベルを不思議そうに眺める。

「あの姿、みせなかったってことは、何か事情があったんだろう…。だから、天界にでも帰ってしまうのかと思った」

あぁ…。

僕の正体がバレたりしたら、帰らなくてはいけないと思ったのか。

まるで、鶴の恩返し。

そして、僕は意を決してこの言葉を口にすることにした。

「予想にすぎないけど、ここが過去の世界かもしれないんだ」

「この世界が、過去…?」

訝しげにに首を傾げるベル。

「僕はもしかしたら、未来から、来たのかもって」

「…ふっ、本当だったら笑い飛ばしてやりたいところなのに、ルカが言うとなんだか説得力がある」

まぁそうだろうな、突拍子もなくここが、過去の世界とか未来の世界とか言われたって。

その世界で営んでいる者にとっては、今いる世界が、自分たちの世界なんだから。

何だこいつ、病気か?とか思われないだけマシかも。


「だから、天使の力はあまり行使したくなかったんだ。ここが過去の世界と仮定するのなら、影響が未来にまで、出てしまいかねない」

とはいうものの、もうかなり深く関わってしまっているのは事実である。

この世界に降り立ってから最早、関われ!と言わんばかりの出来事だらけだったから、仕方ないとは思っているが…。

「なるほど、でも、私達と随分過ごしてしまったみたいだけど、大丈夫なのか」

痛いところを突く。

「…」

うーんと頭を抱える。

未来に戻ってみたら、世界がイリアスの手によって滅亡していたなんてこともありうる…。

「ルカにはやっぱり、向こうの世界も大事、なんだな」

「はは、ずっと旅をしてきた仲間達が向こうにいるから」

それに、まだ向こうで残してきた事もたくさんあるんだ。

「その、グラン、ベリア?って言ったか。その子の事も?」


「あぁ」

「す、好きなのか…?」



「…好きだよ。強くてかっこよくて、僕をよく気にかけてくれてたから」

「そ、そう…、で、でもぉ、そ、そっか、強くて、よく気にかけてくれる…」

下を向きながらぶつぶつ言って、うんうんと頷くベル。

「よ、よし。私も明日から、稽古頑張るとしよう」

ぐっと片手を握りしめて意気込むベル。

「あぁ、僕も手伝うよ」

――君の隣で

そう付け加えると、ベルはうれしそうに笑った。

「…前を歩いていると人はさ、いつだってわかりすぎてて、見えすぎてる」




「だから、ずっとずっと、私の隣にいてくれ、ルカ。先には、行かないでくれ…」


「…うん」

できもしない約束をしてしまったかもしれない。


「なぁ、胸、借りてもいいか」

「え…」

途端、ベルは僕の胸に顔を埋めて、それから胸のあたりがじんわりと濡れているのがわかった。

そっか、そうだよね…ベルもグレスさん達と長い間一緒だったんだ。

アルの前だからこんな姿見せられなかったけど、君も苦しいはずだ。


だから、気が済むまで、こうしていようと思った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
しかし、僕の身体の中で、柔らかい唇を感じ取ったのは耳だった。

「ひぁっ!」

「ごめんなさい、驚かせてしまったわね」

耳にキスされたことに驚いて、情けない声をあげてしまうものの。

サキュバスは耳から唇を離さない。

「この道を進んで、左へ行くと一軒の家があるはずだわ、そこにアルは囚われているの」

「えっ…」

驚きと戸惑いがまじりあった声を出す。

「少しだけあなたの精気を貰ったから楽になったわ、ありがとう」


そう言って離れていくサキュバスの儚い笑顔を僕は、忘れない。

「もしかして、グレスさんの、奥さん…?」

「私の息子達を、お願いします」

にっこりと笑ったそのサキュバスの姿が透けていく。

「私はあなた達が動きやすいように手を回しておくわ」


彼女がいなくなってから収縮していた血管が通常の血圧へと戻っていく。

彼女が完全に消えてから、ここ一帯に威圧というものが、あったことを知る。


ベルはハッと我に返って、辺りを見回して戸惑いの声をあげる。

「わ、私は一体…」


「どうやら、あのサキュバスはいい魔物だったみたい。進もう」

そう言って、進んでいく僕の背中に。

「もしかして、ヤられたのか?」



「違う!断じて違うからっ!」

シリアスな雰囲気に似合わない声を出してしまっていた。

――――-



あのサキュバスが言った通り、進んでいく道に立ちはだかるサキュバスはおらず。

すんなりと、アルが捕まっているであろう家へ辿り着く。

扉を開けると、両手両足を縛られ、口にさるぐつわを噛まされたアルが転がっていた。

僕たちはすぐに駆け寄るが、アルの意識ははっきりとしている。

「んっんーっ!」

「今取るから、静かにね」

さるぐつわを取ってあげると、安堵の息をこぼすこともなく、突然僕の胸元へつかみかかってくる。

「なっ…」



「だ、だめだっ!ぼくのところじゃなくて、父さんのところに行かないとっ!!」

「どういう、こと…」

「本当はぼく、ぼくがっ!!!!父さんのところにいかないと、父さんが、父さんがっ…!」

焦って呂律がうまく回っていないアルだが、伝えたいことはわかった。

「わかった、とりあえず、グレスさんのところへ戻ろう」

グレスさんが危ないということがわかった僕は、ベルと頷いて、扉を開けてみる。

先ほどの喧騒は一変し、不気味なほど静まり返ってしまったいたサキュバスの村。

その雰囲気に驚きながらも、戦っている現場へ向かう。

家と家、物陰を使いながら、グレスさんの元へ向かおうとする途中。

サキュバスの響きのよい声が聞こえた。

「この者は部外者を招き入れただけでなく、仲間のサキュバスを無力化し、更に」








「人間の男性を生み落した重犯罪者でございます」

その言葉が鼓膜を揺らすと同時に、僕の心の中に不安と緊張が混じり合ったモノが騒めく。

物陰から現場を見ると、十字架に吊るされている若いサキュバス。

先ほど、僕に助言を与えてくれたサキュバスが無表情のまま吊るされており、その元に三人のサキュバスが集まっていた。



「――っ!?」

目を見開いて、口を開けて。

剣の鞘を強く握りしめて、今まさに飛び出そうとする。

「ルカ、一体何が!」

僕の肩をつかんで、心配そうに見つめるベル。

「そこにいて!みんなで行ったらここまで来た意味がないっ!」

不安そうに瞳を揺らすベルは、何か言いかけて、また口を閉じる。






緊張で呼吸が荒くなっていくのがわかる、見たくない未来を予想して、脈が速くなっていく。




十字架に吊るされたサキュバスの足元に、地に伏せるグレスさんが見えた。

そのグレスさんは荒々しい息を吐いている。

――まだ、生きている。

だったら、助ける…。

助けるしかないだろう!!

僕は二人にここで待っているように指示をして、魔物を無力化することに特化したこの剣でっ…!

トップスピードで現場へ向かおうとした。

「――――――」

サキュバスが何か口にした。


一筋の風が吹き抜ける。







――首が飛んだ。

自然と、足が止まっていた。





















「…はっ」

ある意味、冷静になれたのかもしれない。


呪文のような言葉を口にした途端、十字に吊るされていたサキュバスの、美しい顔、紫色の髪が宙を舞った。

先程まで生きていたその表情は無に支配されており、何にも動じていない。

まるで人形のように美しい。

そんな彼女とは裏腹に、僕の鼓動は高鳴るばかりで抑えがきかない。

手に持っている剣を落としそうになるのを、なんとかこらえた。


こんな、こんな光景見たことない、僕の旅に、こんなモノはなかった。


目を全開まで見開いて、’それ’が落ちていき、地面を赤色に染め上げるのを眺める。



人形とは違う、人間であることの証明。


吊るされていた胴体から、次々と溢れ出す血液が、十字架の下にいるグレスさんを真っ赤に濡らした。


十字架から切り離された胴体は、最愛の人へ、最後の抱擁をするかの如く、グレスさんの背中へ落ちていく。

「やっと一緒になれたわね、グレス」

血まみれになったグレスさんを見下ろして、サキュバスの一人がそう言い放つ。

心底に眠る怒りがふつふつと湧き上がってくるのを感じて、僕はまた駆け出そうとした。


それなのに。


グレスさんはサキュバス達など意を介さないように僕へ視線を投げかけて。


口を開いてこう言った。

「アルを 頼んだ」



その言葉を聞いて、一歩また一歩と後ろへ下がっていく。

いや、聞いたのではない、感じたのだ。


まるで、脳みそに直接送り込まれたかのような言葉。

「アルっ!!」

ベルの怒号が聞こえて、僕の横を取りすぎようとする人物が目に入った。
グランベリア編が

前篇だけですでに 記事9枚も使ってる

ヤバイ

まだ全然物語終わらないよっ!!!


これじゃあリスナーついてこないよっ><

失敗したかもw物語壮大にしすぎた。


ネットってあんまり長い小説書くと見向きもされんし……。


うーむむむ

全部投稿はしようと思うが…。

なんだかなぁ・・・。


イラストも最近書いてないからのぅ


みんな、頑張ってついてきてくださいっ!!!きっと最後には「あぁ、そういうこtか!!」ってなりますので。


後、


織田信奈の野望 全国版 13巻読みましたけど

面白すぎかww

良晴ハーレム築きすぎかw
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ベルとの稽古を終えて、僕はベルと時間帯をずらして、水浴びをした。

ちなみに、ラッキースケベはないっ!!!!(どや顔)

汗でじっとりと濡れていた体に、冷たい水が気持ちいい。

稽古をして火照った体をある程度冷やした後、川から上がった。

服を着て、いざグレスさん家へ進まんっ!とした矢先に、森からガサゴソする音が聞こえた。

僕はすぐに剣に手をかけるが。

「ぼ、ぼくだよ」

と慌てて飛び出してきたのは、グレスさんの息子、「アル」だった。

「び、びっくりさせないでよ…」

危うく剣を抜いてしまうところだった。

物心着いてた時から追われている身である、アルに対して、またもやトラウマを植えつけてしまう。

「ご、ごめん、出てくるタイミング伺ってたんだ」

「そっか」

アルはてこてこと川岸まで歩いてきて、靴を脱ぐと、川へ素足を投げ出した。

僕に何か話があるみたいなので、隣に座る。

「どうしたの?」

「あのさ…ぼくも剣の練習、したいなって」

「アルはまだ若いから、そこまで気にしなくていいのに」

「気にするよっ!」

アルは僕を見上げて、そう言い放つ。

その瞳には冗談や気まぐれなんかではない、という強い意志が込められている。

「気にするに決まってるよ…だって、ぼく何も出来ないお荷物…」

「そんなことない。アルは大切だよ」

「大切、大切とは違う…よ…何か違う・・・」

悲しそうに目を伏せて言うアル。

そうか、アルもアルなりに思うところがあるんだな、さすがに気付けなかった。

ベルと状況は同じだろう。

守られているだけじゃいやだ。みんなの足枷になるぐらいだったら、自分も剣を取り、戦いたい。

「剣を握って、打ち合うぐらいならいいだろうけど。グレスさんは許可してくれるのかなぁ…」

「父さんはぼくには教えてくれないし、ベルは大人の姿になるとちょっと怖いんだ」

だから、ルカが良い。

そう言ってくれると嬉しい!と

そう思ったが、何か消去法だったことに気づいて、若干心に傷を負う。

「そっか、ちょっとだけなら、教えてあげる」

僕はそこらへんにあった木の棒二つを持ち、剣の打ち方、構え方。


お遊び程度なものの、アルが満足いくまでやってみることにした。


数分後。

息を荒々しく吐きながらも、懸命に僕へ噛み付いて来るアル。

それを軽く裁きつつ、アドバイスも忘れず。

「よし、アル、これぐらいでいいと思うよ」

「はぁ、はぁ…そうだね」

その一言で脱力したのか、手から木の棒が落ちた。

その瞬間、僕は木の棒で頭をコツンッと叩く。

「油断大敵ー」

「ひ、卑怯だよっ!!」

頭を抑えながらプリプリ怒り出すアルに、僕は笑ってしまった。

「木の棒も、アルに重い奴渡したからね」

「ひ、卑怯すぎっ!腹黒!」

僕は腹黒なんかじゃない!天使のように清い!

僕の知っている天使の大半は、真っ黒くろすけだった。


「でも、ありがとう…稽古つけてくれて」

「地道にやっていけばいいと思うよ。グレスさんは強いし、将来有望なんじゃないかな」

グレスさんはそこらへんの腕っ節の強い勇者なんかとは比べるまでもなく強い。

それにしては身体能力がずば抜けていると言っても良い、拳一つで、僕の体を吹き飛ばすだけじゃなく、衝撃波もかなりのものだった。

「ぼくにそんな力があるのかな…」

片手を開いて、じっと見つめる。
そういえば…。

本に書いてあった。

力を持ったサキュバスと、人の領域を超えた勇者のハイブリット。

もしかしたら、アルもそんな潜在能力を持っているのかもしれない。

しかし、記されていた物語では、その潜在能力を制御できずに暴走したと書いてあった。

果たしてアルの能力はどっちへ転ぶのだろうか…。

「僕にだってそこまで力ないけどさ、仲間がいたんだ。いつでも隣にいてくれる仲間。アルも旅をしたら仲間ができる。

そしたら、自分一人で背負うわなくても、きっと共感して、手を差し伸べてくれる人が出てくるよ」


「ルカも旅をしてたんだね」

「うん、ちょっと長かったけど」

長いどころか、大陸すべてを回った。

「経験豊富だっ、ぼくも、ぼくもいつか旅に出たいな」

未来へ思いをはせながらアルはそう呟く。


それから、僕達は一緒に帰宅した。

その間も、他愛もない話をして、それを聞いてるアルの目は興味津々!いった具合に輝いていた。


――――だからだろうか、見つめる黒い影を僕は見逃してしまった。



―――――――――――

翌朝、放たれた扉から朝日が差し込んでいたことに気づく。


光は僕の体内時計をリセットして、眠りから覚醒へと導いてくれる。


ぼんやりとした頭で家の中を見渡してみると、既に布団から姿を消している人たちがいた。

「稽古…?」

しかし、稽古をいの一番にしそうなベルはまだすやすやと寝ている。

「うぅん…」

だとしたら、アルとグレスさん?

昨日、グレスさんと稽古はできないって言ってたのにも関わらず…?

のそのそと起き上がって、おもむろに放たれた扉から外の空気へ触れてみる。

「…いないな」

外の冷たい空気に触れて、ぼんやりもやのかかっていた脳内にも、光が差し込んできた。

すぐにベルを起こしに行く。

「ベルっ!ベルっ!」

「ん、ん、なに?」

片目を瞑って、不機嫌そうに聞いてくるベル等お構いなしに。

「グレスさんとアルがいないんだよ!何か聞いてる?」

無言で首を振るうベルも、すぐに布団を蹴飛ばして外へ飛び出す。

「ん、こっちだ」

くんくんと犬のように鼻を鳴らせたベルが、複雑に木々が絡みつく道へ示す。

あれ、ベルにそんな特殊能力あったっけ…。

ベルが示した森へ近づいてみると、所々に踏み潰した草木の跡があった。

「この先に、グレスさん達が…」

ごくりと唾液を飲み込んで、ベルは険しい表情でその行先を眺める。

今まで深淵で抱いてきた危機感が、今になってはっきりと浮き彫りになる。

「行こう」

本当は、中に入りたくないという気持ちを抑えて、僕は立ち止まっていたベルへ声をかける。

「あ、あぁ…」

弱々しい返事とともに、ベルと僕は並んで草木を掻き分けて進んでいく。

深くなっていくにつれて、足跡から、傷痕へと変化していった。

それは剣の跡や焼け焦げた跡。


その変化に敏感に気付いた僕たちは、背筋に冷たいものを感じ取った。

ある程度進むと、巨木が真っ二つに折れていて、その周辺がえぐり取られたように開けていた。

「こんなばかでかい木…が…」

視線を上から下へ降ろすと。

巨木の根本、男性が苦しそうに横たわっていた。

「…グ、グレスさんっ!」

いち早く気づいたベルが駆け寄って抱き起す。

「グレスさん、グレスさん!!」

「う、ぐ…」

苦しそうなうめき声をあげた後、グレスさんが片目を開いた。

「ベル…。それにルカ君も…」

その瞬間、グレスさんは両目を見開いたと思ったら、周囲を見渡し、奥歯を噛み締めて立ち上がる。

「アルが、アルが連れていかれてしまったんだ。すぐに連れ戻すっ!!

そういってグレスさんが、片手を地面に触れると、魔法陣のようなものが三人の足元に展開される。

「移動するよ」

グレスさんが冷静にそう言った瞬間、景色は既に一変していた。

森の中であることは変わらないのだが、遠くに角や、尻尾を生やした魔物たちが営む町。

見覚えがある。

僕のところで言う「サキュバスの村」だ。

「グレスさん、あなたは一体…」

この人は剣だけじゃなくて、魔法まで使えるのか…。

剣としての腕も一流がありながら、転移魔法まで。

底が知れない、末恐ろしい。

「今はアルを助けることが最優先だよ。ほら、あれを見て」

グレスさんが指さす先。

空を飛んでいるサキュバスの三人が、アルらしき少年を抱えて一軒の家に入っていく。

「あの家にアルは捕まっているかもしれない。ベルとルカ君にアルの救出を頼みたい」

「え、グレスさんは?」

「私が囮になる。サキュバス族の敵である私が現れれば、意識は私へ集中するはずさ」

幸い、アルと行動を共にしているのは私だけだと、認知しているはずだから。



そう付け加えるように言うグレスさん。

つまり、グレスさんとアルというペアで指名手配されているのであって。

ベルは含まれていないから、危険性は低いと言いたいみたいだ。

しかしその言葉に、僕は素直にうなずけなかった。

「でも、あの大量のサキュバスを相手に…」

僕のいたところよりも、サキュバスの村はずっと大きい。

つまり、住んでいる住人も多いということになる。

「私はやる、息子のためだからね」

力強く頷いたグレスさん背中に、凍てつくような炎が見えた。

「ルカ君は人間だから、多少寄ってくるかもしれないけど。ベルもいるからね…」

「…わかりました」

渋々といったように頷いてみせる。

「急ごう、最悪の事態だってある」

グレスさんは足早にそう言うと、一人でサキュバスの村へ突撃していった。


直後、サキュバス達の怒号が響き渡り、サキュバスの村全体に「グレスさんが来た」という警告が出される。

剣の音、羽音が響き渡り、改めてグレスさんの影響力がとてつもないことを思い知らされた。

「僕達も行こうベル。早く救出して、グレスさんとあの家に帰ろう」

「あ、あぁ…」

グレスさんが気をそらしている今のうちに、僕達は、アルが囚われているであろう一軒の家を目指す。

サキュバス達の足が向かう方向とは、逆を隠密行動しながら進む。

しかし、そのまま辿り着くことはやはり難しい。

グレスさんのことなど眼中にないというように、僕の目の前に若いサキュバスが立ちはだかる。

「こんなところに若い人間、発見っ。ちょーラッキーかも」

ふふっといやらしい笑みを浮かべて、僕の全身を舐めまわす視線を、苦笑いで受ける。

「ちょっと迷っちゃって…。え、えーと町ってどこだったかなぁ、なんて」

えへへと頭を掻くと、サキュバスは目を輝かせた。

「あっちよ、あっち、お姉さんが一緒につれって、あ・げ・る」

強引に手を取って僕を連れ去ろうとするサキュバスの首を、気配を消していたベルの手刀が突き刺さる。


その寸前に、サキュバスは笑顔で振り返って手刀を受け止める。

「なっ…!」

「あら、龍人族が私に何の御用かしら?それとも、この子の恋人、はたまた保護者かな?」

「くっ…っ」

完璧に不意を突いたはずなのにっ!

僕は腕を強引に振り払うとするも、強い力によって拘束された腕がほどけない。

「な、何、この力…」

サキュバスがここまで強い力を保持しているなんてっ…!

「ふふ、怯えた顔もかわいいわぁ、食べてしまいたいぐ・ら・い」

強い力でサキュバスへ引き寄せられた僕は、態勢を崩してサキュバスの豊満な胸元へ飛び込むことになる。

空いている片手で剣を抜くことすら許されない早業だった。

なぜか、ベルはまるで石化状態のように固まって動かない。

「あぁ、今この子は私の魅了で固まっているわ。だから、その間に済ませてしまいましょう」

うふふっと瞳の奥にハートマークが浮かぶ上がったのを見て、僕は全身を強張らせた。

予想外すぎた。僕の世界にここまで力の強いサキュバスだっていない…。

アルマエルマ以上だっ…!

ここが過去だから…?古代の魔物はとてつもない力を持っていたと聞いたことがある。

だとしたら、この世界の魔物は半端じゃない。

若いサキュバスが艶っぽい唇を僕の方へ近づけていく。

キスはまずい、僕の精神まで支配されてっ!!

力いっぱい目を瞑って、精神を真っ白にして支配されないように防御壁を張る。

しかし、僕の身体の中で、柔らかい唇を感じ取ったのは耳だった。