翌朝、アルが起きると、案の定泣いて、泣いて、泣きじゃくった。
泣きじゃくって、その嗚咽に交じって聞こえる。
復讐の誓い。
「絶対に許さない、父さんを、父さんを殺したサキュバス達…!」
「ぼくが、ぼくが殺すっ、殺してやるっ!!あいつらを!!!うぅ…」
と目を強く瞑って吐き出す言葉の数々は、この少年が口にしていいものではない。
重々しいものだった。
「アル、だめだ。そうじゃない」
「じゃあ、何!?父さんを殺したサキュバスを許せっていうの!?」
「もうあのサキュバス達はいない。もう死んだ」
「えっ…」
怒りの矛先をどこへ向けていいのかわからなくなって、呆けてしまうアル。
「僕が力を使うときに、幼い少女の叫び声が聞こえて、サキュバス達が灰になったんだ」
「そんな、じゃあ…」
ぼくは、何のために生きて行けばいいの?
その言葉を口にする前に、僕は遮った。
「復讐のために生きて行くなんて、そんな悲しいこと言わないでよ」
僕は笑顔で、アルの頭撫でた。
「君は、お母さんとお父さんが残した、世界でたった一つの宝物なんだ。だったら、もっと明るい未来を願おう」
そう君は、魔物と人間から生まれた子供で。
魔物でもあり、人間でもあるんだ。
ひどく非難されるかもしれな、孤独になってしまうかもしれないけれど。
君は可能性を秘めている。
アルは少しだけ顔を伏せた後、目尻に涙を溜めて。
「…じゃあ、サキュバス達が、ぼく達人間を攻撃したりしない、世界…?」
「そうだね、魔物と人が争うから、こんなことが生まれたんだよ。だったら、争わない世界にしようって思わない?」
「う、うん」
赤くなった目元をこすって、アルは頷いた。
「魔物と人間から、人間が生まれたとしても、祝福できるような世界に、しよう」
「わかった、ぼく、その為に、強くなるっ」
お父さんが作れなかった世界を、ぼくがつくりたい。
そう言って、泣きながら笑うアルの姿に。
僕も涙してしまった。
両親を失って、残酷な現実をつきつけられて…。
それなのに、堕ちることなく、前を向いて歩いて行こうとするアルの。
その勇気を後押しできるように。
「君に、勇気をあげる」
僕の額とアルのおでこが触れる。
すると、アルの体に光が纏って、染み込んでいくように消えていく。
「これは…?」
「天使の加護を与えたんだ。個人差はあるんだけど、この先どんな災厄が訪れても、アルが前を向いて歩いていけるようにって」
「…ルカ、ありがとう。…あ、あと、これからも、お願い、します」
目元をこすって、輝かんばかりの笑顔を見せたアルを僕はそっと抱きしめてあげた。
すると、我慢していたようにまた、嗚咽を漏らすアル。
背中をそっと撫でると、少しだけ呼吸が安定してきた。
この先、この子が一人前になるまで、守ってあげよう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「ベル」
ベルは翌朝も稽古に励んでいて、汗だくになってしまっている。
「ルカ、おはよう。な、なに!?、ちょ、近」
「ちょっと我慢してて」
僕はベルへ近づいて、顔を寄せる。
「ちょ、な、き、きゅうすぎ…あっん…」
僕とベルは額と額をごっつんこさせた。
直後に、光が纏うベルの体。
「な、なに…?」
頬を真っ赤に染めて、おそるおそる目を開けると、自分の体が光っていたことに戸惑いを隠せていない、ベル。
「え、なに、もう、唇にしたの…?」
「唇には、何もしてないけど」
「へっ!?」
更にゆでだこのように真っ赤になる顔。
「そそそうなの?て、てっきり私、きききき、キスされて、体が発情して光ったのかと…」
もじもじと体をよじりながら言うベル。
「それどういう原理なの…。ベルに天使の加護を与えたんだ」
「天使の加護?」
「うん、君にどんな災厄を訪れても。前を向いて歩いていけるようにって」
きょとんと僕の話を聞いたベルは、ふふっとかすかに笑った。
「天使の加護…。ルカが傍にいるんだから、そんなの必要、ないだろ」
あれ、さっきまでのベルとは思えない、かわいらしい口調がどこへやら。
「はは、そう、かもね」
ずっと、傍に…。
それはきっと叶わない願いのはずだ。
だから僕は、こんな形で――――。
「アルには言ってないけど、ベルも他の誰かに、一度だけ加護を与えることができるんだ」
「…えーと、私が、誰かに??」
「そっ」
この先、ベルやアルが大切な人と出会ったときに、加護が与えられればいい。
僕はそう思った。
「わかった、ありがとうルカっ」
満面の笑みを零して言うベルの姿を見て、胸がチクリと傷んだ。
「ねぇ、ベルはもちろん、アルと一緒にいるんだよね」
今までずっとそばにいたのだから、これからもいてくれるだろう。
「当り前だろう」
そう、強く頷くベルが傍にいてくれて、本当に良かったと思った。
「よし、稽古しよう」
「あぁっ!」
稽古を終えた僕は、森の近くにある川辺で嘔吐した。
今でも鮮明に残る、二人が殺されたシーン。
それが頭に張り付いて離れない。
「…ふぅ…」
旅の途中でも、殺された人達というものはいた、いたのだが…。
忘れたくても忘れられない。
思い出さないようにしている時に限って、不意に脳裏に映る。
こんなものは初めてだ。
慣れるまで、もうしばらくかかりそうだ…。
――――「この状況を打破できるピースは、私じゃないんだ」
不意にグレスさんの言葉が脳裏をよぎる。
本当に僕が、そのピースだったのだろうか。
どこまでも続いている青空を力なく、眺める。
この世界の魔物は、僕がいたときとは比べられないぐらい強い…
サキュバス族でさえ、あそこまでの力を持っている。
あの時、あの場所にいたサキュバス達は消えてしまったとしても。
必ず、禍根を絶とうとして襲ってくるはずだ。
それに備えておかなければ…。
――僕は、本当に向こうの世界へ帰れるのだろうか。
途中で、死んでしまう、かもしれない。
全身がぶるっと震えた。
「みんな、元気かな」
向こうの世界とは変わらない青空へ投げかけてみるけれど、返事はなかった。
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―――五年後
「いってきます、ルカさん、ベルさんっ!」
元気な返事をして、一人の勇者が旅立つ。
グランベリア編 前篇終了