ベルの怒号が聞こえて、僕の横を取りすぎようとする人物が目に入った。
「だめだっ!アル!!」
アルの腕を掴んで押しとどめようとするも。
アルは先にいるグレスさんへ手を伸ばして、必死に父親を追いつこうとしている。
後ろを見ると、ベルもまさに飛び出しかねない状況。
「父さん、父さんっ!!!」
涙をいっぱいに目の端に溜めて、懇願するように父親を呼ぶアルの姿を。
僕はしかし、留めてあげることしかできなかった。
どうして、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
どうして家族である父親の元へ、実の息子を送り届けることができないの、だろうか…。
それは、グレスさんに頼まれたから。
アルを頼む。と
だったら、その使命を果たさなければ。
「離してよ、ルカっ!なんで、どうしてっ!!!」
必死に喰らいつくアルを何とか押しとどめている内に、一人のサキュバスがまた不吉な言葉を口にしてグレスさんへ手をかざす。
僕の身体はまた、一瞬にして強張っていくのを感じた。
――グレスさんの体は次第に崩れていき、剥がれてゆく。
「っ!!」
僕は咄嗟に、アルの目を隠した。
「ねぇ、どうしたの、父さん…どうなったの!」
じたばた暴れるアルを抱きしめて、動きを何とか最小限に留める。
しかし、僕の視線は一点にくぎ付けになってしまっていた。
出来上がった、一つまみの粉。
そこに、今まで生身の人間がいたにも関わらず、原形をとどめていない。
このまま何もせずにいるのが、僕の使命なのか。
いや、違うはずだ。
「…帰るよ」
「えっ…」
嘘、だよね…?というように、呆然と僕の顔を眺めるアルを抱きかかえて、ベルの元へ向かう。
すぐに天使の力を行使して、羽を形成する。
「な、その姿…」
「手、繋いでいて」
ベルと、放心状態のアルの手を繋いで、僕は羽を広げて三人を包み込んだ。
神々しい光が全身を包むのと同じくして。
「アアアアぁぁぁ’あ’あ’あああああああああ!」
悲痛な、幼い少女のような声が、聞こえて。
グレスさん達を囲んでいたサキュバス達が一瞬にして灰となるのを垣間見た。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
光の速さを超えて、グレスさん家周辺であろう深い森の中へと辿り着いた。
「…」
しかし、三人を覆う空気はどんよりと沈んだもの。
アルやベルを失うことなく、帰ってこられたのは何にも代えがたいものだが…。
「ルカ、あっちにぼくの家があるんだよ」
「え…?そ、そうだね」
アルが力ない笑顔で突然、そんなことを言う。
ベルはそんなアルを悲しそうに眺めるだけで、重い口を開くことはない。
「ぼくと父さんの家、父さんはきっと、帰ってきてるよね」
「アル…」
「父さんは強いし、そこらへんの魔物なんかに負けないから、きっと」
まるで、今さっきあった光景を無かったことにするように、アルはまくし立てる。
「父さんまだ家で寝てるのかな、父さんっ!」
そう嬉しそうに父を呼び、走っていくアルの背中を僕とベルは追いかけながら。
しかし、その背中にかけてあげるはずの言葉はあまりにも残酷で、口にすることが、できなかった。
「父さん、ただいまっ!!」
家の扉を開けると。
「アル、ルカ君、ベル、おかえり」
と、いつも「おかえり」を言ってくれるグレスさんはいなかった。
僕もどこかで、期待をしていた。
あのグレスさんが死ぬわけがない。アルの言葉でそんな幻想を抱いてしまっただけに…。
喉の奥に苦いわだかまりのようなものが詰まっていて、言葉が音として出てこない。
「父さん…父さん」
放たれた扉に、力なく呼ぶ、アルの声。
「ルカ、父さんは、父さんはどこに、行ったの…?」
呆然と立ち尽くす背中に。
僕は決心した。
「グレスさんは、僕達を逃がそうと、して…」
「違うっ!!!」
振り返ったアルの瞳には。
もうわかりきっていたのに。
期待をして、裏切られた。
怒りと悲しみの塊が頬を濡らしていた。
「ルカが、ルカが殺したんだ!」
「―っ」
息を詰まらせてしまった。
アルは僕の元へやってきて、弱々しい拳を何度も、何度も打ち付ける。
「ルカがあの時っ!!逃げたりしなかったらっ!!!父さんは…、父さんはっ!!!!!」
――――――ああああああああああああああああああああああああああっ!!!!
と、ここに来て初めてアルは泣いた。
父親を亡くした子供の、素直な反応を見せた。
「どぅ、して…どぅして…助けて、くれなかったの…」
僕の腹部へ顔をうずめて、両手で僕を握りしめて。
ベルはそっと、僕の背中を撫でてくれる。
「ごめん、アル…」
目を瞑って謝罪をすることしか、今、僕にできることはなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
泣き疲れたアルは、目を真っ赤に腫らしながらも眠ってしまった。
そりゃそうか、サキュバスに拉致されて、拘束された挙句に父親も失ってしまったのだ。
気づいていないだろうが、母親も同時に…。
精神的にも、身体的にも疲労が溜まっていたはずだ。
そんなアルをそっと、寝かせておいて。
僕は、満点の星輝く夜空を仰ぎみていた。
「ルカ」
そんな僕の名前を呼ぶ声がする。
静かな夜によく響く、ベルの声。
「ルカは正しいかったはずだ、気に負うことはない」
「あ、あぁ…」
それでも、どこかで、違う選択をしたら、違う結末が待っているんじゃないかって。
そう考えてしまう。
「私こそ、私こそっ!何の役に立てなくて、すまない」
悲しそうに目を伏せるベル。
「そんなことはないよ。僕はベルが隣にいて心強かった」
「…」
まるで、グランベリアがそばにいてくれているようで、心強かった。
「…ルカ…あのさ、あの羽のことについて、聞いていいか」
おずおずといった感じでベルが聞いてくる。
今聞くべきなのか迷っていたのかもしれない。
まぁ、逃げる時にあんな天使の羽なんかを見せられて、気にならないはずがない。
「僕さ、天使と人間のハーフなんだ」
「天使と、人間…!」
暗い夜でもわかるように、驚いた表情を浮かべる。
「うん、それも最近知ったことなんだけどね」
「天使と人間のハーフってことは、アルと、似たような境遇なのか…?」
「そうだね…。僕の両親も既にいないんだ」
今日、アルも僕と同じ境遇になってしまった。
「アルは、まだ母親が生きているはずじゃ…」
「そっか…ベルはあの人の、その、首が撥ねられる所、見てないんだっけ…」
「なっ…!?く、首だと」
「グレスさんが殺される前に、アルの母親が殺されんだよ…」
「そんなっ!?…じゃアルはもう…」
驚きと悲しみの入り混じった複雑な感情。
僕の今の気持ちは似ているだろう。
一日にして、父と母を失ってしまった。
それが一番心苦しい。
「ルカはどうやって、生きてきたんだ?」
突然そんなことを聞くことに疑問を覚えたが、すぐに理解した。
それは、アルのこれからを、「どう生きていけばいいのか」というヒントを得たいがための問いのように見える。
「村の人の中でも、良くしてくれる人がいたんだ…。でも、基本、一人だったね」
「村、か…」
泣きそうな雰囲気を感じて、僕は慌てて取り繕った。
アルはそもそも…知り合いの一人もいない。
「だ、だからさ、僕と同じ道を辿らないように、アルのそばにはいてあげたいんだ」
「ほ、本当か…?」
「あぁ、アルが一人前になるまで、面倒を見てあげたい」
「そうか、よかった…」
ホッと安堵するベルを不思議そうに眺める。
「あの姿、みせなかったってことは、何か事情があったんだろう…。だから、天界にでも帰ってしまうのかと思った」
あぁ…。
僕の正体がバレたりしたら、帰らなくてはいけないと思ったのか。
まるで、鶴の恩返し。
そして、僕は意を決してこの言葉を口にすることにした。
「予想にすぎないけど、ここが過去の世界かもしれないんだ」
「この世界が、過去…?」
訝しげにに首を傾げるベル。
「僕はもしかしたら、未来から、来たのかもって」
「…ふっ、本当だったら笑い飛ばしてやりたいところなのに、ルカが言うとなんだか説得力がある」
まぁそうだろうな、突拍子もなくここが、過去の世界とか未来の世界とか言われたって。
その世界で営んでいる者にとっては、今いる世界が、自分たちの世界なんだから。
何だこいつ、病気か?とか思われないだけマシかも。
「だから、天使の力はあまり行使したくなかったんだ。ここが過去の世界と仮定するのなら、影響が未来にまで、出てしまいかねない」
とはいうものの、もうかなり深く関わってしまっているのは事実である。
この世界に降り立ってから最早、関われ!と言わんばかりの出来事だらけだったから、仕方ないとは思っているが…。
「なるほど、でも、私達と随分過ごしてしまったみたいだけど、大丈夫なのか」
痛いところを突く。
「…」
うーんと頭を抱える。
未来に戻ってみたら、世界がイリアスの手によって滅亡していたなんてこともありうる…。
「ルカにはやっぱり、向こうの世界も大事、なんだな」
「はは、ずっと旅をしてきた仲間達が向こうにいるから」
それに、まだ向こうで残してきた事もたくさんあるんだ。
「その、グラン、ベリア?って言ったか。その子の事も?」
「あぁ」
「す、好きなのか…?」
「…好きだよ。強くてかっこよくて、僕をよく気にかけてくれてたから」
「そ、そう…、で、でもぉ、そ、そっか、強くて、よく気にかけてくれる…」
下を向きながらぶつぶつ言って、うんうんと頷くベル。
「よ、よし。私も明日から、稽古頑張るとしよう」
ぐっと片手を握りしめて意気込むベル。
「あぁ、僕も手伝うよ」
――君の隣で
そう付け加えると、ベルはうれしそうに笑った。
「…前を歩いていると人はさ、いつだってわかりすぎてて、見えすぎてる」
「だから、ずっとずっと、私の隣にいてくれ、ルカ。先には、行かないでくれ…」
「…うん」
できもしない約束をしてしまったかもしれない。
「なぁ、胸、借りてもいいか」
「え…」
途端、ベルは僕の胸に顔を埋めて、それから胸のあたりがじんわりと濡れているのがわかった。
そっか、そうだよね…ベルもグレスさん達と長い間一緒だったんだ。
アルの前だからこんな姿見せられなかったけど、君も苦しいはずだ。
だから、気が済むまで、こうしていようと思った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「だめだっ!アル!!」
アルの腕を掴んで押しとどめようとするも。
アルは先にいるグレスさんへ手を伸ばして、必死に父親を追いつこうとしている。
後ろを見ると、ベルもまさに飛び出しかねない状況。
「父さん、父さんっ!!!」
涙をいっぱいに目の端に溜めて、懇願するように父親を呼ぶアルの姿を。
僕はしかし、留めてあげることしかできなかった。
どうして、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
どうして家族である父親の元へ、実の息子を送り届けることができないの、だろうか…。
それは、グレスさんに頼まれたから。
アルを頼む。と
だったら、その使命を果たさなければ。
「離してよ、ルカっ!なんで、どうしてっ!!!」
必死に喰らいつくアルを何とか押しとどめている内に、一人のサキュバスがまた不吉な言葉を口にしてグレスさんへ手をかざす。
僕の身体はまた、一瞬にして強張っていくのを感じた。
――グレスさんの体は次第に崩れていき、剥がれてゆく。
「っ!!」
僕は咄嗟に、アルの目を隠した。
「ねぇ、どうしたの、父さん…どうなったの!」
じたばた暴れるアルを抱きしめて、動きを何とか最小限に留める。
しかし、僕の視線は一点にくぎ付けになってしまっていた。
出来上がった、一つまみの粉。
そこに、今まで生身の人間がいたにも関わらず、原形をとどめていない。
このまま何もせずにいるのが、僕の使命なのか。
いや、違うはずだ。
「…帰るよ」
「えっ…」
嘘、だよね…?というように、呆然と僕の顔を眺めるアルを抱きかかえて、ベルの元へ向かう。
すぐに天使の力を行使して、羽を形成する。
「な、その姿…」
「手、繋いでいて」
ベルと、放心状態のアルの手を繋いで、僕は羽を広げて三人を包み込んだ。
神々しい光が全身を包むのと同じくして。
「アアアアぁぁぁ’あ’あ’あああああああああ!」
悲痛な、幼い少女のような声が、聞こえて。
グレスさん達を囲んでいたサキュバス達が一瞬にして灰となるのを垣間見た。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
光の速さを超えて、グレスさん家周辺であろう深い森の中へと辿り着いた。
「…」
しかし、三人を覆う空気はどんよりと沈んだもの。
アルやベルを失うことなく、帰ってこられたのは何にも代えがたいものだが…。
「ルカ、あっちにぼくの家があるんだよ」
「え…?そ、そうだね」
アルが力ない笑顔で突然、そんなことを言う。
ベルはそんなアルを悲しそうに眺めるだけで、重い口を開くことはない。
「ぼくと父さんの家、父さんはきっと、帰ってきてるよね」
「アル…」
「父さんは強いし、そこらへんの魔物なんかに負けないから、きっと」
まるで、今さっきあった光景を無かったことにするように、アルはまくし立てる。
「父さんまだ家で寝てるのかな、父さんっ!」
そう嬉しそうに父を呼び、走っていくアルの背中を僕とベルは追いかけながら。
しかし、その背中にかけてあげるはずの言葉はあまりにも残酷で、口にすることが、できなかった。
「父さん、ただいまっ!!」
家の扉を開けると。
「アル、ルカ君、ベル、おかえり」
と、いつも「おかえり」を言ってくれるグレスさんはいなかった。
僕もどこかで、期待をしていた。
あのグレスさんが死ぬわけがない。アルの言葉でそんな幻想を抱いてしまっただけに…。
喉の奥に苦いわだかまりのようなものが詰まっていて、言葉が音として出てこない。
「父さん…父さん」
放たれた扉に、力なく呼ぶ、アルの声。
「ルカ、父さんは、父さんはどこに、行ったの…?」
呆然と立ち尽くす背中に。
僕は決心した。
「グレスさんは、僕達を逃がそうと、して…」
「違うっ!!!」
振り返ったアルの瞳には。
もうわかりきっていたのに。
期待をして、裏切られた。
怒りと悲しみの塊が頬を濡らしていた。
「ルカが、ルカが殺したんだ!」
「―っ」
息を詰まらせてしまった。
アルは僕の元へやってきて、弱々しい拳を何度も、何度も打ち付ける。
「ルカがあの時っ!!逃げたりしなかったらっ!!!父さんは…、父さんはっ!!!!!」
――――――ああああああああああああああああああああああああああっ!!!!
と、ここに来て初めてアルは泣いた。
父親を亡くした子供の、素直な反応を見せた。
「どぅ、して…どぅして…助けて、くれなかったの…」
僕の腹部へ顔をうずめて、両手で僕を握りしめて。
ベルはそっと、僕の背中を撫でてくれる。
「ごめん、アル…」
目を瞑って謝罪をすることしか、今、僕にできることはなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
泣き疲れたアルは、目を真っ赤に腫らしながらも眠ってしまった。
そりゃそうか、サキュバスに拉致されて、拘束された挙句に父親も失ってしまったのだ。
気づいていないだろうが、母親も同時に…。
精神的にも、身体的にも疲労が溜まっていたはずだ。
そんなアルをそっと、寝かせておいて。
僕は、満点の星輝く夜空を仰ぎみていた。
「ルカ」
そんな僕の名前を呼ぶ声がする。
静かな夜によく響く、ベルの声。
「ルカは正しいかったはずだ、気に負うことはない」
「あ、あぁ…」
それでも、どこかで、違う選択をしたら、違う結末が待っているんじゃないかって。
そう考えてしまう。
「私こそ、私こそっ!何の役に立てなくて、すまない」
悲しそうに目を伏せるベル。
「そんなことはないよ。僕はベルが隣にいて心強かった」
「…」
まるで、グランベリアがそばにいてくれているようで、心強かった。
「…ルカ…あのさ、あの羽のことについて、聞いていいか」
おずおずといった感じでベルが聞いてくる。
今聞くべきなのか迷っていたのかもしれない。
まぁ、逃げる時にあんな天使の羽なんかを見せられて、気にならないはずがない。
「僕さ、天使と人間のハーフなんだ」
「天使と、人間…!」
暗い夜でもわかるように、驚いた表情を浮かべる。
「うん、それも最近知ったことなんだけどね」
「天使と人間のハーフってことは、アルと、似たような境遇なのか…?」
「そうだね…。僕の両親も既にいないんだ」
今日、アルも僕と同じ境遇になってしまった。
「アルは、まだ母親が生きているはずじゃ…」
「そっか…ベルはあの人の、その、首が撥ねられる所、見てないんだっけ…」
「なっ…!?く、首だと」
「グレスさんが殺される前に、アルの母親が殺されんだよ…」
「そんなっ!?…じゃアルはもう…」
驚きと悲しみの入り混じった複雑な感情。
僕の今の気持ちは似ているだろう。
一日にして、父と母を失ってしまった。
それが一番心苦しい。
「ルカはどうやって、生きてきたんだ?」
突然そんなことを聞くことに疑問を覚えたが、すぐに理解した。
それは、アルのこれからを、「どう生きていけばいいのか」というヒントを得たいがための問いのように見える。
「村の人の中でも、良くしてくれる人がいたんだ…。でも、基本、一人だったね」
「村、か…」
泣きそうな雰囲気を感じて、僕は慌てて取り繕った。
アルはそもそも…知り合いの一人もいない。
「だ、だからさ、僕と同じ道を辿らないように、アルのそばにはいてあげたいんだ」
「ほ、本当か…?」
「あぁ、アルが一人前になるまで、面倒を見てあげたい」
「そうか、よかった…」
ホッと安堵するベルを不思議そうに眺める。
「あの姿、みせなかったってことは、何か事情があったんだろう…。だから、天界にでも帰ってしまうのかと思った」
あぁ…。
僕の正体がバレたりしたら、帰らなくてはいけないと思ったのか。
まるで、鶴の恩返し。
そして、僕は意を決してこの言葉を口にすることにした。
「予想にすぎないけど、ここが過去の世界かもしれないんだ」
「この世界が、過去…?」
訝しげにに首を傾げるベル。
「僕はもしかしたら、未来から、来たのかもって」
「…ふっ、本当だったら笑い飛ばしてやりたいところなのに、ルカが言うとなんだか説得力がある」
まぁそうだろうな、突拍子もなくここが、過去の世界とか未来の世界とか言われたって。
その世界で営んでいる者にとっては、今いる世界が、自分たちの世界なんだから。
何だこいつ、病気か?とか思われないだけマシかも。
「だから、天使の力はあまり行使したくなかったんだ。ここが過去の世界と仮定するのなら、影響が未来にまで、出てしまいかねない」
とはいうものの、もうかなり深く関わってしまっているのは事実である。
この世界に降り立ってから最早、関われ!と言わんばかりの出来事だらけだったから、仕方ないとは思っているが…。
「なるほど、でも、私達と随分過ごしてしまったみたいだけど、大丈夫なのか」
痛いところを突く。
「…」
うーんと頭を抱える。
未来に戻ってみたら、世界がイリアスの手によって滅亡していたなんてこともありうる…。
「ルカにはやっぱり、向こうの世界も大事、なんだな」
「はは、ずっと旅をしてきた仲間達が向こうにいるから」
それに、まだ向こうで残してきた事もたくさんあるんだ。
「その、グラン、ベリア?って言ったか。その子の事も?」
「あぁ」
「す、好きなのか…?」
「…好きだよ。強くてかっこよくて、僕をよく気にかけてくれてたから」
「そ、そう…、で、でもぉ、そ、そっか、強くて、よく気にかけてくれる…」
下を向きながらぶつぶつ言って、うんうんと頷くベル。
「よ、よし。私も明日から、稽古頑張るとしよう」
ぐっと片手を握りしめて意気込むベル。
「あぁ、僕も手伝うよ」
――君の隣で
そう付け加えると、ベルはうれしそうに笑った。
「…前を歩いていると人はさ、いつだってわかりすぎてて、見えすぎてる」
「だから、ずっとずっと、私の隣にいてくれ、ルカ。先には、行かないでくれ…」
「…うん」
できもしない約束をしてしまったかもしれない。
「なぁ、胸、借りてもいいか」
「え…」
途端、ベルは僕の胸に顔を埋めて、それから胸のあたりがじんわりと濡れているのがわかった。
そっか、そうだよね…ベルもグレスさん達と長い間一緒だったんだ。
アルの前だからこんな姿見せられなかったけど、君も苦しいはずだ。
だから、気が済むまで、こうしていようと思った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――