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ベルとの稽古を終えて、僕はベルと時間帯をずらして、水浴びをした。

ちなみに、ラッキースケベはないっ!!!!(どや顔)

汗でじっとりと濡れていた体に、冷たい水が気持ちいい。

稽古をして火照った体をある程度冷やした後、川から上がった。

服を着て、いざグレスさん家へ進まんっ!とした矢先に、森からガサゴソする音が聞こえた。

僕はすぐに剣に手をかけるが。

「ぼ、ぼくだよ」

と慌てて飛び出してきたのは、グレスさんの息子、「アル」だった。

「び、びっくりさせないでよ…」

危うく剣を抜いてしまうところだった。

物心着いてた時から追われている身である、アルに対して、またもやトラウマを植えつけてしまう。

「ご、ごめん、出てくるタイミング伺ってたんだ」

「そっか」

アルはてこてこと川岸まで歩いてきて、靴を脱ぐと、川へ素足を投げ出した。

僕に何か話があるみたいなので、隣に座る。

「どうしたの?」

「あのさ…ぼくも剣の練習、したいなって」

「アルはまだ若いから、そこまで気にしなくていいのに」

「気にするよっ!」

アルは僕を見上げて、そう言い放つ。

その瞳には冗談や気まぐれなんかではない、という強い意志が込められている。

「気にするに決まってるよ…だって、ぼく何も出来ないお荷物…」

「そんなことない。アルは大切だよ」

「大切、大切とは違う…よ…何か違う・・・」

悲しそうに目を伏せて言うアル。

そうか、アルもアルなりに思うところがあるんだな、さすがに気付けなかった。

ベルと状況は同じだろう。

守られているだけじゃいやだ。みんなの足枷になるぐらいだったら、自分も剣を取り、戦いたい。

「剣を握って、打ち合うぐらいならいいだろうけど。グレスさんは許可してくれるのかなぁ…」

「父さんはぼくには教えてくれないし、ベルは大人の姿になるとちょっと怖いんだ」

だから、ルカが良い。

そう言ってくれると嬉しい!と

そう思ったが、何か消去法だったことに気づいて、若干心に傷を負う。

「そっか、ちょっとだけなら、教えてあげる」

僕はそこらへんにあった木の棒二つを持ち、剣の打ち方、構え方。


お遊び程度なものの、アルが満足いくまでやってみることにした。


数分後。

息を荒々しく吐きながらも、懸命に僕へ噛み付いて来るアル。

それを軽く裁きつつ、アドバイスも忘れず。

「よし、アル、これぐらいでいいと思うよ」

「はぁ、はぁ…そうだね」

その一言で脱力したのか、手から木の棒が落ちた。

その瞬間、僕は木の棒で頭をコツンッと叩く。

「油断大敵ー」

「ひ、卑怯だよっ!!」

頭を抑えながらプリプリ怒り出すアルに、僕は笑ってしまった。

「木の棒も、アルに重い奴渡したからね」

「ひ、卑怯すぎっ!腹黒!」

僕は腹黒なんかじゃない!天使のように清い!

僕の知っている天使の大半は、真っ黒くろすけだった。


「でも、ありがとう…稽古つけてくれて」

「地道にやっていけばいいと思うよ。グレスさんは強いし、将来有望なんじゃないかな」

グレスさんはそこらへんの腕っ節の強い勇者なんかとは比べるまでもなく強い。

それにしては身体能力がずば抜けていると言っても良い、拳一つで、僕の体を吹き飛ばすだけじゃなく、衝撃波もかなりのものだった。

「ぼくにそんな力があるのかな…」

片手を開いて、じっと見つめる。
そういえば…。

本に書いてあった。

力を持ったサキュバスと、人の領域を超えた勇者のハイブリット。

もしかしたら、アルもそんな潜在能力を持っているのかもしれない。

しかし、記されていた物語では、その潜在能力を制御できずに暴走したと書いてあった。

果たしてアルの能力はどっちへ転ぶのだろうか…。

「僕にだってそこまで力ないけどさ、仲間がいたんだ。いつでも隣にいてくれる仲間。アルも旅をしたら仲間ができる。

そしたら、自分一人で背負うわなくても、きっと共感して、手を差し伸べてくれる人が出てくるよ」


「ルカも旅をしてたんだね」

「うん、ちょっと長かったけど」

長いどころか、大陸すべてを回った。

「経験豊富だっ、ぼくも、ぼくもいつか旅に出たいな」

未来へ思いをはせながらアルはそう呟く。


それから、僕達は一緒に帰宅した。

その間も、他愛もない話をして、それを聞いてるアルの目は興味津々!いった具合に輝いていた。


――――だからだろうか、見つめる黒い影を僕は見逃してしまった。



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翌朝、放たれた扉から朝日が差し込んでいたことに気づく。


光は僕の体内時計をリセットして、眠りから覚醒へと導いてくれる。


ぼんやりとした頭で家の中を見渡してみると、既に布団から姿を消している人たちがいた。

「稽古…?」

しかし、稽古をいの一番にしそうなベルはまだすやすやと寝ている。

「うぅん…」

だとしたら、アルとグレスさん?

昨日、グレスさんと稽古はできないって言ってたのにも関わらず…?

のそのそと起き上がって、おもむろに放たれた扉から外の空気へ触れてみる。

「…いないな」

外の冷たい空気に触れて、ぼんやりもやのかかっていた脳内にも、光が差し込んできた。

すぐにベルを起こしに行く。

「ベルっ!ベルっ!」

「ん、ん、なに?」

片目を瞑って、不機嫌そうに聞いてくるベル等お構いなしに。

「グレスさんとアルがいないんだよ!何か聞いてる?」

無言で首を振るうベルも、すぐに布団を蹴飛ばして外へ飛び出す。

「ん、こっちだ」

くんくんと犬のように鼻を鳴らせたベルが、複雑に木々が絡みつく道へ示す。

あれ、ベルにそんな特殊能力あったっけ…。

ベルが示した森へ近づいてみると、所々に踏み潰した草木の跡があった。

「この先に、グレスさん達が…」

ごくりと唾液を飲み込んで、ベルは険しい表情でその行先を眺める。

今まで深淵で抱いてきた危機感が、今になってはっきりと浮き彫りになる。

「行こう」

本当は、中に入りたくないという気持ちを抑えて、僕は立ち止まっていたベルへ声をかける。

「あ、あぁ…」

弱々しい返事とともに、ベルと僕は並んで草木を掻き分けて進んでいく。

深くなっていくにつれて、足跡から、傷痕へと変化していった。

それは剣の跡や焼け焦げた跡。


その変化に敏感に気付いた僕たちは、背筋に冷たいものを感じ取った。

ある程度進むと、巨木が真っ二つに折れていて、その周辺がえぐり取られたように開けていた。

「こんなばかでかい木…が…」

視線を上から下へ降ろすと。

巨木の根本、男性が苦しそうに横たわっていた。

「…グ、グレスさんっ!」

いち早く気づいたベルが駆け寄って抱き起す。

「グレスさん、グレスさん!!」

「う、ぐ…」

苦しそうなうめき声をあげた後、グレスさんが片目を開いた。

「ベル…。それにルカ君も…」

その瞬間、グレスさんは両目を見開いたと思ったら、周囲を見渡し、奥歯を噛み締めて立ち上がる。

「アルが、アルが連れていかれてしまったんだ。すぐに連れ戻すっ!!

そういってグレスさんが、片手を地面に触れると、魔法陣のようなものが三人の足元に展開される。

「移動するよ」

グレスさんが冷静にそう言った瞬間、景色は既に一変していた。

森の中であることは変わらないのだが、遠くに角や、尻尾を生やした魔物たちが営む町。

見覚えがある。

僕のところで言う「サキュバスの村」だ。

「グレスさん、あなたは一体…」

この人は剣だけじゃなくて、魔法まで使えるのか…。

剣としての腕も一流がありながら、転移魔法まで。

底が知れない、末恐ろしい。

「今はアルを助けることが最優先だよ。ほら、あれを見て」

グレスさんが指さす先。

空を飛んでいるサキュバスの三人が、アルらしき少年を抱えて一軒の家に入っていく。

「あの家にアルは捕まっているかもしれない。ベルとルカ君にアルの救出を頼みたい」

「え、グレスさんは?」

「私が囮になる。サキュバス族の敵である私が現れれば、意識は私へ集中するはずさ」

幸い、アルと行動を共にしているのは私だけだと、認知しているはずだから。



そう付け加えるように言うグレスさん。

つまり、グレスさんとアルというペアで指名手配されているのであって。

ベルは含まれていないから、危険性は低いと言いたいみたいだ。

しかしその言葉に、僕は素直にうなずけなかった。

「でも、あの大量のサキュバスを相手に…」

僕のいたところよりも、サキュバスの村はずっと大きい。

つまり、住んでいる住人も多いということになる。

「私はやる、息子のためだからね」

力強く頷いたグレスさん背中に、凍てつくような炎が見えた。

「ルカ君は人間だから、多少寄ってくるかもしれないけど。ベルもいるからね…」

「…わかりました」

渋々といったように頷いてみせる。

「急ごう、最悪の事態だってある」

グレスさんは足早にそう言うと、一人でサキュバスの村へ突撃していった。


直後、サキュバス達の怒号が響き渡り、サキュバスの村全体に「グレスさんが来た」という警告が出される。

剣の音、羽音が響き渡り、改めてグレスさんの影響力がとてつもないことを思い知らされた。

「僕達も行こうベル。早く救出して、グレスさんとあの家に帰ろう」

「あ、あぁ…」

グレスさんが気をそらしている今のうちに、僕達は、アルが囚われているであろう一軒の家を目指す。

サキュバス達の足が向かう方向とは、逆を隠密行動しながら進む。

しかし、そのまま辿り着くことはやはり難しい。

グレスさんのことなど眼中にないというように、僕の目の前に若いサキュバスが立ちはだかる。

「こんなところに若い人間、発見っ。ちょーラッキーかも」

ふふっといやらしい笑みを浮かべて、僕の全身を舐めまわす視線を、苦笑いで受ける。

「ちょっと迷っちゃって…。え、えーと町ってどこだったかなぁ、なんて」

えへへと頭を掻くと、サキュバスは目を輝かせた。

「あっちよ、あっち、お姉さんが一緒につれって、あ・げ・る」

強引に手を取って僕を連れ去ろうとするサキュバスの首を、気配を消していたベルの手刀が突き刺さる。


その寸前に、サキュバスは笑顔で振り返って手刀を受け止める。

「なっ…!」

「あら、龍人族が私に何の御用かしら?それとも、この子の恋人、はたまた保護者かな?」

「くっ…っ」

完璧に不意を突いたはずなのにっ!

僕は腕を強引に振り払うとするも、強い力によって拘束された腕がほどけない。

「な、何、この力…」

サキュバスがここまで強い力を保持しているなんてっ…!

「ふふ、怯えた顔もかわいいわぁ、食べてしまいたいぐ・ら・い」

強い力でサキュバスへ引き寄せられた僕は、態勢を崩してサキュバスの豊満な胸元へ飛び込むことになる。

空いている片手で剣を抜くことすら許されない早業だった。

なぜか、ベルはまるで石化状態のように固まって動かない。

「あぁ、今この子は私の魅了で固まっているわ。だから、その間に済ませてしまいましょう」

うふふっと瞳の奥にハートマークが浮かぶ上がったのを見て、僕は全身を強張らせた。

予想外すぎた。僕の世界にここまで力の強いサキュバスだっていない…。

アルマエルマ以上だっ…!

ここが過去だから…?古代の魔物はとてつもない力を持っていたと聞いたことがある。

だとしたら、この世界の魔物は半端じゃない。

若いサキュバスが艶っぽい唇を僕の方へ近づけていく。

キスはまずい、僕の精神まで支配されてっ!!

力いっぱい目を瞑って、精神を真っ白にして支配されないように防御壁を張る。

しかし、僕の身体の中で、柔らかい唇を感じ取ったのは耳だった。