しかし、僕の身体の中で、柔らかい唇を感じ取ったのは耳だった。
「ひぁっ!」
「ごめんなさい、驚かせてしまったわね」
耳にキスされたことに驚いて、情けない声をあげてしまうものの。
サキュバスは耳から唇を離さない。
「この道を進んで、左へ行くと一軒の家があるはずだわ、そこにアルは囚われているの」
「えっ…」
驚きと戸惑いがまじりあった声を出す。
「少しだけあなたの精気を貰ったから楽になったわ、ありがとう」
そう言って離れていくサキュバスの儚い笑顔を僕は、忘れない。
「もしかして、グレスさんの、奥さん…?」
「私の息子達を、お願いします」
にっこりと笑ったそのサキュバスの姿が透けていく。
「私はあなた達が動きやすいように手を回しておくわ」
彼女がいなくなってから収縮していた血管が通常の血圧へと戻っていく。
彼女が完全に消えてから、ここ一帯に威圧というものが、あったことを知る。
ベルはハッと我に返って、辺りを見回して戸惑いの声をあげる。
「わ、私は一体…」
「どうやら、あのサキュバスはいい魔物だったみたい。進もう」
そう言って、進んでいく僕の背中に。
「もしかして、ヤられたのか?」
「違う!断じて違うからっ!」
シリアスな雰囲気に似合わない声を出してしまっていた。
――――-
あのサキュバスが言った通り、進んでいく道に立ちはだかるサキュバスはおらず。
すんなりと、アルが捕まっているであろう家へ辿り着く。
扉を開けると、両手両足を縛られ、口にさるぐつわを噛まされたアルが転がっていた。
僕たちはすぐに駆け寄るが、アルの意識ははっきりとしている。
「んっんーっ!」
「今取るから、静かにね」
さるぐつわを取ってあげると、安堵の息をこぼすこともなく、突然僕の胸元へつかみかかってくる。
「なっ…」
「だ、だめだっ!ぼくのところじゃなくて、父さんのところに行かないとっ!!」
「どういう、こと…」
「本当はぼく、ぼくがっ!!!!父さんのところにいかないと、父さんが、父さんがっ…!」
焦って呂律がうまく回っていないアルだが、伝えたいことはわかった。
「わかった、とりあえず、グレスさんのところへ戻ろう」
グレスさんが危ないということがわかった僕は、ベルと頷いて、扉を開けてみる。
先ほどの喧騒は一変し、不気味なほど静まり返ってしまったいたサキュバスの村。
その雰囲気に驚きながらも、戦っている現場へ向かう。
家と家、物陰を使いながら、グレスさんの元へ向かおうとする途中。
サキュバスの響きのよい声が聞こえた。
「この者は部外者を招き入れただけでなく、仲間のサキュバスを無力化し、更に」
「人間の男性を生み落した重犯罪者でございます」
その言葉が鼓膜を揺らすと同時に、僕の心の中に不安と緊張が混じり合ったモノが騒めく。
物陰から現場を見ると、十字架に吊るされている若いサキュバス。
先ほど、僕に助言を与えてくれたサキュバスが無表情のまま吊るされており、その元に三人のサキュバスが集まっていた。
「――っ!?」
目を見開いて、口を開けて。
剣の鞘を強く握りしめて、今まさに飛び出そうとする。
「ルカ、一体何が!」
僕の肩をつかんで、心配そうに見つめるベル。
「そこにいて!みんなで行ったらここまで来た意味がないっ!」
不安そうに瞳を揺らすベルは、何か言いかけて、また口を閉じる。
緊張で呼吸が荒くなっていくのがわかる、見たくない未来を予想して、脈が速くなっていく。
十字架に吊るされたサキュバスの足元に、地に伏せるグレスさんが見えた。
そのグレスさんは荒々しい息を吐いている。
――まだ、生きている。
だったら、助ける…。
助けるしかないだろう!!
僕は二人にここで待っているように指示をして、魔物を無力化することに特化したこの剣でっ…!
トップスピードで現場へ向かおうとした。
「――――――」
サキュバスが何か口にした。
一筋の風が吹き抜ける。
――首が飛んだ。
自然と、足が止まっていた。
「…はっ」
ある意味、冷静になれたのかもしれない。
呪文のような言葉を口にした途端、十字に吊るされていたサキュバスの、美しい顔、紫色の髪が宙を舞った。
先程まで生きていたその表情は無に支配されており、何にも動じていない。
まるで人形のように美しい。
そんな彼女とは裏腹に、僕の鼓動は高鳴るばかりで抑えがきかない。
手に持っている剣を落としそうになるのを、なんとかこらえた。
こんな、こんな光景見たことない、僕の旅に、こんなモノはなかった。
目を全開まで見開いて、’それ’が落ちていき、地面を赤色に染め上げるのを眺める。
人形とは違う、人間であることの証明。
吊るされていた胴体から、次々と溢れ出す血液が、十字架の下にいるグレスさんを真っ赤に濡らした。
十字架から切り離された胴体は、最愛の人へ、最後の抱擁をするかの如く、グレスさんの背中へ落ちていく。
「やっと一緒になれたわね、グレス」
血まみれになったグレスさんを見下ろして、サキュバスの一人がそう言い放つ。
心底に眠る怒りがふつふつと湧き上がってくるのを感じて、僕はまた駆け出そうとした。
それなのに。
グレスさんはサキュバス達など意を介さないように僕へ視線を投げかけて。
口を開いてこう言った。
「アルを 頼んだ」
その言葉を聞いて、一歩また一歩と後ろへ下がっていく。
いや、聞いたのではない、感じたのだ。
まるで、脳みそに直接送り込まれたかのような言葉。
「アルっ!!」
ベルの怒号が聞こえて、僕の横を取りすぎようとする人物が目に入った。
「ひぁっ!」
「ごめんなさい、驚かせてしまったわね」
耳にキスされたことに驚いて、情けない声をあげてしまうものの。
サキュバスは耳から唇を離さない。
「この道を進んで、左へ行くと一軒の家があるはずだわ、そこにアルは囚われているの」
「えっ…」
驚きと戸惑いがまじりあった声を出す。
「少しだけあなたの精気を貰ったから楽になったわ、ありがとう」
そう言って離れていくサキュバスの儚い笑顔を僕は、忘れない。
「もしかして、グレスさんの、奥さん…?」
「私の息子達を、お願いします」
にっこりと笑ったそのサキュバスの姿が透けていく。
「私はあなた達が動きやすいように手を回しておくわ」
彼女がいなくなってから収縮していた血管が通常の血圧へと戻っていく。
彼女が完全に消えてから、ここ一帯に威圧というものが、あったことを知る。
ベルはハッと我に返って、辺りを見回して戸惑いの声をあげる。
「わ、私は一体…」
「どうやら、あのサキュバスはいい魔物だったみたい。進もう」
そう言って、進んでいく僕の背中に。
「もしかして、ヤられたのか?」
「違う!断じて違うからっ!」
シリアスな雰囲気に似合わない声を出してしまっていた。
――――-
あのサキュバスが言った通り、進んでいく道に立ちはだかるサキュバスはおらず。
すんなりと、アルが捕まっているであろう家へ辿り着く。
扉を開けると、両手両足を縛られ、口にさるぐつわを噛まされたアルが転がっていた。
僕たちはすぐに駆け寄るが、アルの意識ははっきりとしている。
「んっんーっ!」
「今取るから、静かにね」
さるぐつわを取ってあげると、安堵の息をこぼすこともなく、突然僕の胸元へつかみかかってくる。
「なっ…」
「だ、だめだっ!ぼくのところじゃなくて、父さんのところに行かないとっ!!」
「どういう、こと…」
「本当はぼく、ぼくがっ!!!!父さんのところにいかないと、父さんが、父さんがっ…!」
焦って呂律がうまく回っていないアルだが、伝えたいことはわかった。
「わかった、とりあえず、グレスさんのところへ戻ろう」
グレスさんが危ないということがわかった僕は、ベルと頷いて、扉を開けてみる。
先ほどの喧騒は一変し、不気味なほど静まり返ってしまったいたサキュバスの村。
その雰囲気に驚きながらも、戦っている現場へ向かう。
家と家、物陰を使いながら、グレスさんの元へ向かおうとする途中。
サキュバスの響きのよい声が聞こえた。
「この者は部外者を招き入れただけでなく、仲間のサキュバスを無力化し、更に」
「人間の男性を生み落した重犯罪者でございます」
その言葉が鼓膜を揺らすと同時に、僕の心の中に不安と緊張が混じり合ったモノが騒めく。
物陰から現場を見ると、十字架に吊るされている若いサキュバス。
先ほど、僕に助言を与えてくれたサキュバスが無表情のまま吊るされており、その元に三人のサキュバスが集まっていた。
「――っ!?」
目を見開いて、口を開けて。
剣の鞘を強く握りしめて、今まさに飛び出そうとする。
「ルカ、一体何が!」
僕の肩をつかんで、心配そうに見つめるベル。
「そこにいて!みんなで行ったらここまで来た意味がないっ!」
不安そうに瞳を揺らすベルは、何か言いかけて、また口を閉じる。
緊張で呼吸が荒くなっていくのがわかる、見たくない未来を予想して、脈が速くなっていく。
十字架に吊るされたサキュバスの足元に、地に伏せるグレスさんが見えた。
そのグレスさんは荒々しい息を吐いている。
――まだ、生きている。
だったら、助ける…。
助けるしかないだろう!!
僕は二人にここで待っているように指示をして、魔物を無力化することに特化したこの剣でっ…!
トップスピードで現場へ向かおうとした。
「――――――」
サキュバスが何か口にした。
一筋の風が吹き抜ける。
――首が飛んだ。
自然と、足が止まっていた。
「…はっ」
ある意味、冷静になれたのかもしれない。
呪文のような言葉を口にした途端、十字に吊るされていたサキュバスの、美しい顔、紫色の髪が宙を舞った。
先程まで生きていたその表情は無に支配されており、何にも動じていない。
まるで人形のように美しい。
そんな彼女とは裏腹に、僕の鼓動は高鳴るばかりで抑えがきかない。
手に持っている剣を落としそうになるのを、なんとかこらえた。
こんな、こんな光景見たことない、僕の旅に、こんなモノはなかった。
目を全開まで見開いて、’それ’が落ちていき、地面を赤色に染め上げるのを眺める。
人形とは違う、人間であることの証明。
吊るされていた胴体から、次々と溢れ出す血液が、十字架の下にいるグレスさんを真っ赤に濡らした。
十字架から切り離された胴体は、最愛の人へ、最後の抱擁をするかの如く、グレスさんの背中へ落ちていく。
「やっと一緒になれたわね、グレス」
血まみれになったグレスさんを見下ろして、サキュバスの一人がそう言い放つ。
心底に眠る怒りがふつふつと湧き上がってくるのを感じて、僕はまた駆け出そうとした。
それなのに。
グレスさんはサキュバス達など意を介さないように僕へ視線を投げかけて。
口を開いてこう言った。
「アルを 頼んだ」
その言葉を聞いて、一歩また一歩と後ろへ下がっていく。
いや、聞いたのではない、感じたのだ。
まるで、脳みそに直接送り込まれたかのような言葉。
「アルっ!!」
ベルの怒号が聞こえて、僕の横を取りすぎようとする人物が目に入った。