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焚火を見つめていると、自然と先ほどの光景がフラッシュバックする。

心にぽっかりと空いてしまった穴、思い出の形が、数年の大切が一日で砕け散ってしまったことの、喪失感が。

後になって、ひどく重くのしかかる。

テントから、静かな足音が聞こえた。

「ルカ、あのな、私の集落へ行かないか」

隣に腰を下ろしながら、ベルは呟いた。

「えっ…」

「もう、帰る場所といえば、私にはあそこしかないんだ…」


焚火の明かりがベルの表所を照らしているが、彼女の表情は暗い。



「ベルの、龍族の集落か…。僕のことを受け入れてくれるかな」

「わからない…人間が立ち入ったことなどないから…」


最後の方は消え入りそうになるほど、声が小さくなっていった。

「行ってみる、か…」


僕は勘違いしていたのかもしれない。


今この時、それを感じ始めた。


僕が巻き込まれたのは、グレスさんや、アルの物語だと思っていた。

グレスさんの事情は、過去の出来事で、どれだけ救おうとしても救えない。

アルは一人前になるまで見守ることができたし。

もう旅立つことができたのだから、十分救われたはずだ。


じゃあ、ベルは…?


この数年の間、一緒に過ごしてきて一番わかっていないのは、ベルのことだった。

ベルは何も話さないし、話そうとしない。

数年前より強くなっているのは確実だが、それで、救われているのか?

龍族は強さ求めて旅をする者が多いが、ベルは本当に、強くなるため、だけなのか…?


「いや、行こう、ベルの集落へ」

「な、い、いいんだな…っ」

いきなりの変化に、ベルがたじろいだ。

「あぁ、ベルのこと、もっと知りたいから」

五年も一緒にいて、君の事、知らないことだらけだから。

そう言うと、炎に照らされたベルの頬が、更に朱色に染まっていく。

「なっ、そういうことを軽々しく言うな、バカ」

「ん…?」

僕は頭にクエスチョンマークを何個か並べるのである。

いや、そこまで変なこといったか…。

「そういや、最近、奇妙な伝染病が流行ってるらしい」

「わっ」

暗闇から、突然現れた男に、僕は少しだけ驚いた。

「伝染病…?」

「あぁ、ある特定の種族らしいんだが、そこまで覚えていない」

肝心なとこ覚えてないのか、さすが噂程度。


「治療法は、見つかっていないのか…?」

「まぁ、それに特定の種族ってことは、魔物だからな」

「エルフとかなら、作れるんじゃないかなぁ…」




「へぇ、お前、エルフに知り合いでもいるのか?」

「う、ま、まぁね…」

「珍しいな…」

訝しげに僕を見つめる男と、それからも色んなことを話した。

僕達の生い立ち、魔物と人間から生まれたアルを、魔物と人間である僕達が育て親になった理由。


久々に、こんなに話すことができて、僕は少しだけ気持ちが軽くなった気がした。

「よし、そろそろいい時間だ。お前らは寝てろ」

「え、君は…?」

「いい加減、その君っていうのはやめてくれ…。俺の名前はエレノアだ。それにいい年した、男に君っていうのもどうかと思うぞ」


僕はこの時絶句した。

…あれ、この男の人、てっきりテントを貸すだけのモブキャラだと思ってたのに、名乗りだしたぞ(メタい)


「え、エレノアさん?」

「エレノアで、いい」

「エレノアはねないの?」

「見張っておくさ、せめてもの、罪滅ぼしに、な…」

エレノアは目を瞑って、そう呟く。

エレノアは見る限り人間だし、僕もそうだから、魔物が近寄ってきてしまうのだろう。

「エレノア…お前、良い奴だな」

ベルがやさしげな視線を送って、エレノアを見つめる。

「アルの為を思って、家を焼いたぐらい行動力がある男だからな、当然か」

「そういう冗談は、心に来るからやめてくれっ…」

あはははと苦笑いしながら頭を掻くエレノア。どうやら反応に困ったようだ。

「すまない、お言葉に甘えて寝かせてもらう」

「ベルはもう寝な」

僕は横目で促す。

「え、ルカは…?」

「僕は少しだけ、話したいことがあるから」

「そうか、じゃ、先に失礼するぞ」

そう言って、テントの中へ消えていくベルの背中を眺めながら。


「で、話ってなんだ?」

僕とエレノアの間の焚火が、揺れている。

「アルは、元気だった…?」

「元気一杯だったぞ。あいつならいつか、魔王を倒してくれるんじゃないかってね」

「魔王を倒してくれる、か…。エレノアは魔物が嫌いなの?」


「嫌いってほどでもないが…。まぁなんだ、危害を加えてくるのは基本的に向こうだからな。あの時も、そうだから」

エレノアは、魔物にたいして禍根があるわけでなかった。

基本的に魔物が嫌いなのは人間として普通ではある。特に昔はひどい魔物が多かったからな…。

まぁ、ベルと一緒にいる時点で、そこらへんははっきりしているのだが。

「アルに助けられた時…?」

「あぁ、俺、薬剤師なんだ。希少な薬草を取りに行く道中でな…」

「そか、薬剤師か…」

「だから、なんだ、エルフが知り合いって知ったときは驚いた…。あの種族は手先が器用だし、薬の扱いにも長けているから。

知り合いがいるのが、うらやましかったよ」

エルフは調合の知識を豊富に持っているからかな。

薬剤師としては、豊かな知識を詰め込んだ生きている書物なものだろうか。

エルフに言ったら殴られそうだが。

「伝染病の話も、そういうついでに拾ったのさ…」


「そっか…」


僕はエレノアが、グレスさんと重なって仕方なかった。

グレスさんが姿かたちを変えて、エレノアになったんだとしたら面白いな。

そんなありえない可能性を考えてしまった。

ぼんやりとエレノアを眺めていると、エレノアは首を傾げた。


「ん、どうした」

「い、いや、別に…」

そのまま視界がぼやけて、瞼が下がっていくのがわかった。

「はは…おやすみ」

エレノアのやさしい声が、グレスさんと重なって聞こえて。


本当の安らぎを覚えた気がした。


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それから僕達三人はベルの集落へ向かった。


さ、三人…?

あ、エレノアだ。