それから僕達三人はベルの集落へ向かった。


さ、三人…?

あ、エレノアだ。

僕達は家を焼かれ、所有物もなくなってしまったため、旅に出ようにも寝止まるする所もない。

それを、エレノアが補ってくれた。

彼は調合ができて、体力回復や、滋養強壮に聞く漢方薬というものを作ってくれて、僕達は疲れを残さず集落へ到達。

「なんか冒頭でひどいこと、言われたような気がする」


「エレノア、おま、すごいな…」

「だから一人で旅もできるのさ、身近な薬草や野菜を使って作る薬は、体にも良い」

エレノアは得意げに胸を張るが、本当に心強い味方を得た。

経緯は最悪だが、エレノアは旅をするのに、良いパートナーになるかもしれない。

アルと一緒に旅をしてくれれば、尚更、いいのだが…。

そんなこと思いつつ、エレノアと並んで歩いていると、火山のすぐ傍、閉ざされた所に閑散とした集落があった。

「龍族の集落か、来るのは初めてだが…」

そういえば、あっちの世界で龍人族の集落なんて存在、しただろうか…。

僕はなぜか、嫌な予感を覚えた。

「ここが私の集落だ」

寂れてしまった集落を見て、僕とエレノアは何とも言い難い気持ちになった


「どうして、こんなに閑散と…?」

「あぁ、龍人族は元々、旅に出る種族だからな。集落は基本こんな感じだ」

変な勘繰りをしてしまった僕は安堵のため息をついた。

「なんだ…てっきり、何か事件でもあったのかと思ったよ」

「俺もだぞ、ふぅ…」

強張っていた空気が、緩和された気がした。

「じゃあ、この集落にいる龍族達は一体?」

「年齢的に旅が無理だったり、怪我で旅が不可能になった龍族達が身を寄せ合っている。
性格的に戦いを好まないものもいるがな」

ほえ、そんな例外な子もいるんだな。

「私の姉も、ここにいる…」

「ベルの、姉…?」

なんだか、どこかで聞いたことあるような…。

「へぇ、君にはお姉さんがいるのか」

エレノアは呑気にそんなことを言うが、ベルの表情なんだか曇っている。

「私の姉は、昔に色々あってな…今はもう、息をしていないんだ」



「はっ…」

「どういうこと…?」


ベルの悲しみに満ちた一言に、僕達は言葉を失いそうになる。

「君の姉は死んだ、のか…?」

エレノアは先に口を開いて、僕の疑問を言葉にしてくれた。


「死んだ、というのかよくわらないんだが、もうずっと目覚めていない」

目覚めていないだと…?

植物状態のようなものだろうか。

「そのお姉さんに、会えたりできるのかな?」

「あぁ…」

そう言って、ベルが先導して訪れたのは、一番奥にある一軒の家。

その家のベッドで、固まったまま動かない龍人族が独り、横になっていた。

「これは…」

何かの場面を切り取って、固めたようなその出で立ちに、僕と、そしてエレノアも同じようなことを思った。


これって、石化しているだけじゃ、ないのか…?

「石化を解く薬を持ってくれば、いいんじゃない、のか…?」

そんな単純な理由で、ベルの姉が固まったままだとしたら…なんだか拍子抜けではある。

「そ、そうなのか、これが石化状態というものなのか…!?」

え、マジっすか。

「えぇ、知らなかったの!?」

「す、すまない…私もそういう知識は疎いもので…」

「いや、疎いからこそ、旅に出て身に着けようと思ったのだが…」と苦い顔をするベル。

「ま、まぁ、大きな病気で死に至るというよりかは、いいと思うぞ、早速、石化を解く薬を作るから少し待っていてくれ」

というと、エレノアは背負っていた荷物を下ろして、そばにあったテーブルで薬を調合し始めた。

僕はそれをぼんやりと眺めて、ベルへ向き直る。

「ここの、集落の人達はこの状態を知っているんじゃ、ないのか…?」

「…ルカは鋭いな。姉貴の状態を知った集落の人達は近寄らなくなった」

「なんで…。もっと早く、石化状態だって気づけたはずなのに…」

「伝染病という、根も葉もない噂が出回ってしまったせいで、姉貴に近寄る者はいなくなった。
私も同じように、病原菌扱いだがな」

「そんな…」

「私にとってこの集落が一番安静にできるところだったはずなのに、いつの間にか、一番居心地が悪くなってしまっていた」


「でも、お姉さんが目を覚ませば、その誤解も…」

「それは…わからない。伝染病のウィルスを持っているかもしれないと批判されるかも」

まぁ、集落で営んでいる者も少ないし、そこまで気にすることではないぞと付け加えるように言うベル。

「できたぞ、これを飲ませれば、あっという間に回復さ」

エレノアすげぇ、まるで主人公みたい。


薬を手に持って、石化している彼女の口元へ近づけて、さぁーと垂らしてあげると。

みるみるうちに体に血の気が戻っていく。

まるで、今まで止まっていた血液が流れ始めたかの如く。

止まっていた息遣いが戻り始めて、安らかな寝息を立てている。

それにしても、石化状態というのはどういう原理なのだろうか。

細胞単位で時間が止まっている状況、とかなのかな…?

血の気が戻ってきたベルの姉は、それでも目を覚まさない。

「…?石化状態は解けているはずなんだが…」


すると、呼吸が次第に荒くなっていき、顔もだんだんと青ざめていくのが、見ていてすぐにわかった。

「なにっ」

すぐに食いつくようにエレノアが駆け寄り、状態を確かめる。

僕達も急いで彼女の元へ駆け寄るが、エレノアが苦い一言を零した。

「脈が下がっていく、体温も下がり始めてる…このままじゃ!」

エレノアはすぐに荷物の中から薬を取り出して、彼女の様態に合わせた薬を口に含ませる。

一時的に体調は良くなったものの、現状、彼女がどういう状況なのかわからない。

「一時的にすぎないが救済はした…。だが、長くはもたないぞ…?」

「そんな!、姉貴っ!しっかり!」

ベルの言葉に反応するように、瞼がゆっくりと開けられた、その瞳はぼんやりとしている。

「あら、ベ、ル…?…そう、あたし…」

焦点が合っていない中でも、ベルを見つけることはできたようだ。

「無事に目が覚めたようだが、まだ油断はできんぞ…」

エレノアは刻一刻と変化する状態に、対応できるように念入りに体温と脈、息遣いを計っている。

「何とか、持っているようだ…が…」


すると、外の方でうめきごえにも似た、悲鳴が上がった。

声から察するに、年老いた龍人ではないだろうか…?

エレノアが怪訝な表情を浮かべて、扉を見つめる。

「ぼ、僕が見てくる、ここにいてもやることないから」

「私も行く」

「ベルは、お姉さんと一緒にいた方がいいんじゃないか」

ベルは今にも歩き出そうとする動作から一転して、僕の目を見つめる。

「…いや、行く」

何も口にせず、短く切ったベル。

何か別の理由があるのかもしれないと、僕は納得して頷いて、外の様子を伺ってみると。

集落の真ん中に辺りに倒れている老人が見受けられた。

悲鳴が上がった時点で良い出来事ではないとわかっていたが、一体どうしたのだろうか。


駆け寄ってみると、老人の呼吸は荒く、おでこを触ってみると冷たかった。

「はぁ、はぁ…きゅ、急に…」

元々、平熱が高い龍人がここまで、冷たくなっているなんて異常である。

こうなってしまえば、時期に様々な器官が機能を停止して、死に至ってしまう…!

「早く、エレノアにつたえないと!」

「まて!私が行くからルカは…」

そうやってベルが腰を上げると、近くの小屋から一人の龍人の恐怖した声が上がる。

今まさに動こうとしていた足が止まり、その小屋から、ドアごと龍人が倒れこんでくる。

「さ、寒い…たす、けて…」

それから連続して、数少ない龍人達の悲鳴が聞こえてくる。

「い、一体どうなって…」


「ルカ、その人…」

ベルが指摘した、抱きかかえていた老人は既に、

息絶えていた。


熱はまるで氷水を浴びたように冷めていて、先ほどまで息をしていたのが嘘と思えるぐらい、冷たかった。

「そんな…」

瞳は固く閉じられていて、苦しそうに老人はこの世を去っていた。

背中に冷たいものを感じて辺りを見回すと、同じように。


龍人達が動かずに、地べたに伏せていた。

ぎりぎり呼吸を保っていた龍人へ駆け寄るも、聞き取れない程小さな言葉を残して去って行った。

「い、一体、どうなってるんだ…」

だから嫌な予感がしたんだ。僕の元いた世界に、こんな集落など存在しなかったから。

「ベルは、何とも、ないのか…?」

たった数分で立て続けに、同種族の死を目の当たりにしたベルは、心ここに在らずといったように呆けていた。

「大、丈夫…」

大きく開かれた目。

瞳は左右に揺れていて、動揺の色を見せていた。

今まさに、目の前で起きていることが、自分にも降りかかるかもしれない恐怖に苛まれているのかもしれない。

そして、そんな現実を僕は受け入れることができるだろうか。

「エレノアの元へ、行ってみよう」

「あ、ああ…」

ベルの肩を抱いて立たせてあげる。

誰一人助けることもできず、ただ見ているしかなかった僕達は、この状況を打破できる手段を持っているエレノアの元へ戻ることにした。

しかし、そのエレノアは頭を抱えて項垂れていて、胸騒ぎがした。

「…エレノア、一体どうしたの?」

もしかして、お姉さん…。

「いや…今、ベルのお姉さんに事情を聞いたんだ。やっち、まったよ」

顔をあげてこちらを見ないエレノアに対して疑問を覚える。

「…この状況は、俺が作り出しちまった」