――――――――――――燃えていたのは、僕達の家だった。
僕達が五年という月日を過ごした思い出の形が、今まさに灰となって崩れ落ちようとしていた。
予想することさえできなかったその光景に、僕達は茫然と立ち尽くした。
「な、なんで…」
消火活動なんてもう手遅れだった。
黒こげになって消えていく、アルの唯一の帰る場所が、なくなっていく。
膝をついて眺めることしかできない僕。
「火、消さないと!!ルカ!!」
肩を揺さぶるベル。
僕は首を横に振った。
開けている場所だから、火が他の木々に乗り移るなんてことはないだろうけど…。
けど、火を消そうと足掻くこともできない自分がいた。
「川まで距離がある…水を運ぶ道具なんてものも、ない…」
膝をついたまま、項垂れてしまう。
五年間の思い出が走馬灯のように、脳裏へ映し出された。
そこには必ず、あの家があった、あの家で過ごした。
アルが「ただいま」って言える場所が、消えてしまった。
自然と目の端に涙が溜まって零れ落ちていく。
自分が思っていた以上に、僕は…。
ここが好きだったのかもしれない、大切だと思っていたのかもしれない。
「ルカ…」
そんな姿を見たベルが、悲しそうな表情を浮かべる。
燃えている家のすぐそばで、物音がした。
「なっ…」
僕達のことが視界に入った途端に、逃げるように去って行ったのは。
紛れもない人間だった。
なんで、人間が…。
魔物だったらまだわかる、理由はたくさんある。
でも、でもなんで…。
「追わないと…!」
自分自身へ、次の行動を命令するかのごとく叫んで、走り出す。
「待って、ルカ!罠かもしれない!」
僕はそんなベルの注意を振り払って、逃げだした人間を追いかけた。
木々が前から後ろへ遠ざかっていく、そう勘違いするぐらいに今の僕はトップスピードを出していた。
「待って、待ってくれ!」
男の背中へ声をかけるが、振り返ることなく、走っていく。
すると、僕のすぐ横。すさまじいスピードで、男へ向かっていく石ころが、頭に直撃した。
前へごろごろと転がって、止まった男を、僕はすぐに捕まえて顔と顔を合わせた。
「なんでだ!なんで、なんで僕達の家を燃やしたんだ!!!」
両手で胸倉を掴んで思いのたけをぶつけると、石ころを手に持ったベルも、男の元へ到着した。
その眼光は鋭い。
「く、仕方ない、だろ…」
それを見て、観念したように口を開く。
「仕方ない、だと…!?」
ふつふつと湧き上がる怒り。
「お前ら二人は、この世界には邪魔なんだよっ」
「どういう、意味だっ…!」
確かに僕はこの世界には必要ないかもしれない。
それでも、ベルはこの世界で生きている…!邪魔なんてそんなことっ!!
「アルは魔王を倒してくれる可能性を秘めている、お前ら二人が足枷になるって言ってんだ」
「アル、だと…!?」
男が言った意味がよくわからなくて、胸倉に込めていた力を解いてしまった。
「…俺は、アルに命を救われたんだ。だから、両親であるお前らを消さないと、いつか…」
「僕達が両親、だと…?」
「一体、どういう話なんだ、詳しく聞かせろ」
逃げられないと思った男は、ふぅとため息をついて口を開いた。
「アルは人間達の希望だ、なのに、魔物の母親と、人間の父親なんて知られたらどうなると思ってんだ!」
「…っ」
僕はその言葉の意味を理解して、絶句した。
そうか、そうだったのか…。
「アルは言っていたんだ、「俺の両親は魔物と人間だから、こんなに強いんだ」ってな。そんな事実広まれば、アルの立場はなくなる」
アルの両親は魔物と人間。
その枠にぴったりと当てはまるのが僕とベルだ…。
今更、僕達は両親じゃないですと言っても、通用しないだろう。
アルの過去を知っているのは、もう…。
あの、グレスさんと対立していたサキュバス達は灰となってしまったし。
そんな事実が広まれば、アルは…。
魔物からも、人間からも…っ!
「つまり、僕達がこの世界から消えたほうが、都合がいいの、か…」
「あぁ」
僕はゆっくりと立ち上がって、ベルと目を合わせた。
「どこか、人知れない所へ行った方が、良いのかな…」
力なくつぶやくその一言に、ベルは強い口調で遮った。
「こいつの口車に乗せられるな!アルがそんなこと、望むと思うのか?」
「あっ…」
呆然としていた頭が、その一言で我に返った。
僕は、周りの事情ばかり考えて、アルの感情を考えてあげることはできていなかったみたいだ。
「アルはそんなこと望まない…。
アルはこういう争いをなくすために私たちの元を旅立ったのでは、なかったのか。」
「…っ!!」
僕が、アルへかけた言葉を、改めてベルが口にした。
そうだ、数年前に約束した…。
魔物と人間の争いのない世界を作ろうって…。
「だったら、それを裏切る行為を僕達がしちゃ、いけないね…」
人のいない所へ行き、自然消滅すれば、絶対にアルは失望してしまうだろう。
「僕、焦っているのかもしれない、向こうへ帰れないし、今この現状もいまいちわからないし…。本当にごめん」
座り込んでいた男が立ち上がって、ズボンについた砂を払っていた。
「そう、か、アルはそういう思いで旅をしていたんだな……。取り返しのつかないことをしてしまった…」
僕達の会話を聞いて、自分の過ちに気づいた男は、苦しそうに目を伏せた。
恩人の両親と思っていた僕達を、消そうとしたのだ、それは問題である
「でも、君もアルのために、こういうことをしたんだろう」
だったら、全てを憎むべき行為とは言いがたい。
結果的に、僕達の存在はアルを追い込んでしまうことに、なるのかもしれないのだから。
「だから、だからアルは俺に対して、あえて両親のことを打ち明けたんだな…」
魔物と人間が手を取り合って生きて行く世界。
二つの種族のハーフだからこそ、できること。
「僕達はアルの両親ではないよ、アルの両親は昔に亡くなった」
「なっ…??」
「育ての親みたいなのは僕達で合ってるけど、ね」
男は目を瞑って、長いため息をついた。
単純に勢い余って、アルが事情を口にしたのではない。
あえて、自分の両親が魔物であることを公表している。
それは、この世界を変えるための宣言みたいなものだ。
「アルは両親が魔物と人間であることを、オープンにして旅をしている可能性がある。俺みたいなのがまた、現れるかもしれない。
もしかしたら、もう噂で広まっていることだってありえる。用心したほうが、いいんじゃないか」
「そう思うのなら、一晩ぐらい泊めてくれるとこを、提供してくれないか」
鋭い目つきで男を射抜くベルは、まだやはり、この男のを許し切れていない様子だ。
五年も過ごしてきた、いや、ベルにとってはそれ以上。
そんな日常を奪われたのだ、言葉だけでは許しきれないはず。
「お安い御用さ…本当にすまなかった」
男は申し訳なさそうに言うと、ついてこいと言わんばかりに歩き出した。
「ちなみに、どんな豪邸に連れてってくれるのかな」
「いや、テントなんだが…」
「アルに会ったとか言ってたし、君も旅人なのか」
「いや、勇者とは違うんだが…まぁ、勇者の真似事を」
その一言が、遠い昔の人物と重なって、くすりと笑った。
あの時も、僕に寝床を提供してくれたっけ。
あの人はずっと、見守ってくれているのかな。
アルのことも、僕達の事も。
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僕達が五年という月日を過ごした思い出の形が、今まさに灰となって崩れ落ちようとしていた。
予想することさえできなかったその光景に、僕達は茫然と立ち尽くした。
「な、なんで…」
消火活動なんてもう手遅れだった。
黒こげになって消えていく、アルの唯一の帰る場所が、なくなっていく。
膝をついて眺めることしかできない僕。
「火、消さないと!!ルカ!!」
肩を揺さぶるベル。
僕は首を横に振った。
開けている場所だから、火が他の木々に乗り移るなんてことはないだろうけど…。
けど、火を消そうと足掻くこともできない自分がいた。
「川まで距離がある…水を運ぶ道具なんてものも、ない…」
膝をついたまま、項垂れてしまう。
五年間の思い出が走馬灯のように、脳裏へ映し出された。
そこには必ず、あの家があった、あの家で過ごした。
アルが「ただいま」って言える場所が、消えてしまった。
自然と目の端に涙が溜まって零れ落ちていく。
自分が思っていた以上に、僕は…。
ここが好きだったのかもしれない、大切だと思っていたのかもしれない。
「ルカ…」
そんな姿を見たベルが、悲しそうな表情を浮かべる。
燃えている家のすぐそばで、物音がした。
「なっ…」
僕達のことが視界に入った途端に、逃げるように去って行ったのは。
紛れもない人間だった。
なんで、人間が…。
魔物だったらまだわかる、理由はたくさんある。
でも、でもなんで…。
「追わないと…!」
自分自身へ、次の行動を命令するかのごとく叫んで、走り出す。
「待って、ルカ!罠かもしれない!」
僕はそんなベルの注意を振り払って、逃げだした人間を追いかけた。
木々が前から後ろへ遠ざかっていく、そう勘違いするぐらいに今の僕はトップスピードを出していた。
「待って、待ってくれ!」
男の背中へ声をかけるが、振り返ることなく、走っていく。
すると、僕のすぐ横。すさまじいスピードで、男へ向かっていく石ころが、頭に直撃した。
前へごろごろと転がって、止まった男を、僕はすぐに捕まえて顔と顔を合わせた。
「なんでだ!なんで、なんで僕達の家を燃やしたんだ!!!」
両手で胸倉を掴んで思いのたけをぶつけると、石ころを手に持ったベルも、男の元へ到着した。
その眼光は鋭い。
「く、仕方ない、だろ…」
それを見て、観念したように口を開く。
「仕方ない、だと…!?」
ふつふつと湧き上がる怒り。
「お前ら二人は、この世界には邪魔なんだよっ」
「どういう、意味だっ…!」
確かに僕はこの世界には必要ないかもしれない。
それでも、ベルはこの世界で生きている…!邪魔なんてそんなことっ!!
「アルは魔王を倒してくれる可能性を秘めている、お前ら二人が足枷になるって言ってんだ」
「アル、だと…!?」
男が言った意味がよくわからなくて、胸倉に込めていた力を解いてしまった。
「…俺は、アルに命を救われたんだ。だから、両親であるお前らを消さないと、いつか…」
「僕達が両親、だと…?」
「一体、どういう話なんだ、詳しく聞かせろ」
逃げられないと思った男は、ふぅとため息をついて口を開いた。
「アルは人間達の希望だ、なのに、魔物の母親と、人間の父親なんて知られたらどうなると思ってんだ!」
「…っ」
僕はその言葉の意味を理解して、絶句した。
そうか、そうだったのか…。
「アルは言っていたんだ、「俺の両親は魔物と人間だから、こんなに強いんだ」ってな。そんな事実広まれば、アルの立場はなくなる」
アルの両親は魔物と人間。
その枠にぴったりと当てはまるのが僕とベルだ…。
今更、僕達は両親じゃないですと言っても、通用しないだろう。
アルの過去を知っているのは、もう…。
あの、グレスさんと対立していたサキュバス達は灰となってしまったし。
そんな事実が広まれば、アルは…。
魔物からも、人間からも…っ!
「つまり、僕達がこの世界から消えたほうが、都合がいいの、か…」
「あぁ」
僕はゆっくりと立ち上がって、ベルと目を合わせた。
「どこか、人知れない所へ行った方が、良いのかな…」
力なくつぶやくその一言に、ベルは強い口調で遮った。
「こいつの口車に乗せられるな!アルがそんなこと、望むと思うのか?」
「あっ…」
呆然としていた頭が、その一言で我に返った。
僕は、周りの事情ばかり考えて、アルの感情を考えてあげることはできていなかったみたいだ。
「アルはそんなこと望まない…。
アルはこういう争いをなくすために私たちの元を旅立ったのでは、なかったのか。」
「…っ!!」
僕が、アルへかけた言葉を、改めてベルが口にした。
そうだ、数年前に約束した…。
魔物と人間の争いのない世界を作ろうって…。
「だったら、それを裏切る行為を僕達がしちゃ、いけないね…」
人のいない所へ行き、自然消滅すれば、絶対にアルは失望してしまうだろう。
「僕、焦っているのかもしれない、向こうへ帰れないし、今この現状もいまいちわからないし…。本当にごめん」
座り込んでいた男が立ち上がって、ズボンについた砂を払っていた。
「そう、か、アルはそういう思いで旅をしていたんだな……。取り返しのつかないことをしてしまった…」
僕達の会話を聞いて、自分の過ちに気づいた男は、苦しそうに目を伏せた。
恩人の両親と思っていた僕達を、消そうとしたのだ、それは問題である
「でも、君もアルのために、こういうことをしたんだろう」
だったら、全てを憎むべき行為とは言いがたい。
結果的に、僕達の存在はアルを追い込んでしまうことに、なるのかもしれないのだから。
「だから、だからアルは俺に対して、あえて両親のことを打ち明けたんだな…」
魔物と人間が手を取り合って生きて行く世界。
二つの種族のハーフだからこそ、できること。
「僕達はアルの両親ではないよ、アルの両親は昔に亡くなった」
「なっ…??」
「育ての親みたいなのは僕達で合ってるけど、ね」
男は目を瞑って、長いため息をついた。
単純に勢い余って、アルが事情を口にしたのではない。
あえて、自分の両親が魔物であることを公表している。
それは、この世界を変えるための宣言みたいなものだ。
「アルは両親が魔物と人間であることを、オープンにして旅をしている可能性がある。俺みたいなのがまた、現れるかもしれない。
もしかしたら、もう噂で広まっていることだってありえる。用心したほうが、いいんじゃないか」
「そう思うのなら、一晩ぐらい泊めてくれるとこを、提供してくれないか」
鋭い目つきで男を射抜くベルは、まだやはり、この男のを許し切れていない様子だ。
五年も過ごしてきた、いや、ベルにとってはそれ以上。
そんな日常を奪われたのだ、言葉だけでは許しきれないはず。
「お安い御用さ…本当にすまなかった」
男は申し訳なさそうに言うと、ついてこいと言わんばかりに歩き出した。
「ちなみに、どんな豪邸に連れてってくれるのかな」
「いや、テントなんだが…」
「アルに会ったとか言ってたし、君も旅人なのか」
「いや、勇者とは違うんだが…まぁ、勇者の真似事を」
その一言が、遠い昔の人物と重なって、くすりと笑った。
あの時も、僕に寝床を提供してくれたっけ。
あの人はずっと、見守ってくれているのかな。
アルのことも、僕達の事も。
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