俳優って善人や正義感の強い役で観ると全てがかっこよく見え、悪役で観るとこんなに嫌な(怖い)人はいないとなります。まさに演技力の賜物と感じるところですが、視聴者にとって役による影響ってつくづく大きいなあと思うわけです。
今回取り上げるのは鹿賀丈史さん。鹿賀さんほど私の中での振れ幅が大きかった人はいないんじゃないかと思っています。それほど出会いが衝撃的でした。
私が、初めて鹿賀さんを観たのは角川映画の「野獣死すべし」(1980年)でした。
原作が大藪春彦、主演が松田優作さんで、当時は小林麻美さんの出演が話題になっていたのではないかと記憶しています。
映画を映画館で観るというスタイルは私が高校生の終わりぐらいからで、それまではほとんどテレビの放送で映画を観るという家族でした。昔は人気のあったもの、話題作、名画はテレビで放送されることが多かったのです。しかも名画以外は、映画公開からそんなに時を置かずして放送されていたような記憶があります。今でいうところの地上波です。この映画をなぜテレビで観たかというと、父親が大藪作品をよく読んでいたから、松田優作さんが出ているから、だったと思います。
今から考えると家族で観る映画ではなかったなと思うわけでして^^;
警察の刑事から拳銃を奪い、その拳銃で違法カジノの強盗殺人事件を起こした伊達邦彦は東大卒のエリートでありクラシック好き、元通信社の外信部記者として戦場を取材するカメラマンだった。数々の戦場での地獄絵図を見ていくうちに、社会性や倫理を捨て去り野獣と化していった。次に銀行を襲う計画を立てた伊達は、自分の相棒となる男を探していたところ、大学のゼミの同窓会の会場であるウエイターと出会う…。(Wikipediaより)
映画の手法とかあまりよく分かっていませんが、この映画はハードボイルドと言うよりはノワール系なんじゃないかと思います。松田さんが演じる伊達が病的な感じでサイコっぽくて不気味、内に暴力性を秘め実行する力もある、という人物の造形がされていたため、静かな悪意、静かな狂気を独特なリズムで描いていたように感じます。
少し逸れますが、松田優作さんと言えば、有名な作品の一つにドラマの「探偵物語」(日本テレビ系、1979~80年)がありますね。私は高校時代、夕方の再放送でよく観ていた好きな作品なのですが、その最終回で主人公は自分の大好きな友人たちを殺されたために復讐鬼と化してしまいます。その時の松田さんには、風貌こそ違いますがこの伊達の役の片鱗が見えているんですよね。今まであんなに気安い陽気な工藤ちゃん(と見えて実は硬派)がまさかのキャラ変。初めて最終回を観た時は楽しんでいたキャラクターに突き放された気がしてかなりショックでした。
自分の友達たちを殺した組織の犯人たちは何の感情も持っていないような異質な人間たち。顔が白塗りで表情がないという、まるで記号のようで、これからの時代(80年代)にはこういう表情が読み取れない人間たちが増えていくという風に描いたのではないか…。このように思ったのは、90年代、2000年代も超えた数年前にもう一度最終回を観た時です。
伊達という役の造形は原作とはいささか違うようですが(野獣死すべしのWikipedia)、この映画に「探偵物語」の工藤ちゃんの最終回の片鱗が見えているのなら、作り手たちによる新しい時代や人間への危機感が感じ取られるというか、希望ではなくいびつな何かを嗅ぎ取っていたのではないでしょうか。それがこの映画での伊達像だったのではないかと、とっても後付けの感想ながら思ったりするのです。
そして、そんなに来るべき80年代の世の中を不安視し、危惧していたのかと驚きます。とすると、あの時代の人たちは90年代、00年代、そしてもっと先の今の2020年代はどんな風に読み取るんだろうかと気になります。もっとシニカルで、もっと危うい世界と取るんでしょうか…。
話を戻します。その不気味な伊達に負けていなかったのが鹿賀さん演じる相棒の真田という役でした。
当時、鹿賀さんはアフロヘア(カーリーヘアに近い感じ)で、血気盛んな若者を演じていました。何が怖かったというと、もうその存在全てでした。ウエイターだった男が客である伊達の友達と諍いになり、殴るシーンが伊達との出会いでした。
眼光の鋭さ、精悍だけどまるで野獣で、直情的で善悪の分別もつかず、何を考えているか分からない怖さ、そして世の中の枠には決して収まりきらない異質な感じがとても不気味なキャラクターだったのです。この人物像も先ほど書いた時代の象徴だったのかもしれません。そして、アフロヘアの存在感が強烈でした。
この恐怖が当時中学生だった私に刷り込まれてしまったというわけです。
たまにCSなどで放送されているのを少しだけ観たりすると、今ならもちろん鹿賀さんの中の一つの演技だと分かります。でも初見では無理かなとw
ちなみに、野獣死すべしは仲代達矢さん、藤岡弘さんで映画化されているそうです。どんな映画なのかは気になります。
今回、この記事を書く前に鹿賀さんのテレビ歴を整理してみましたw
「野獣死すべし」のテレビ放送をいつ観たのか、によるのですが、銀河テレビ小説「青春戯画集」(NHK、1981年)を観た記憶があるけれど、怖いという記憶はないので多分映画よりも前に観たのでしょう。でも「Gメン75」(1981~82年出演)での刑事役を観て、あ、あの人だ!と怖かった記憶はあるので、おそらく「野獣死すべし」の後に観たのだと思います。ちなみにGメンではアフロヘアは健在でした^^;ラーメン屋に下宿する設定だったかな?ユニークなキャラクターだったような気もしますが、私と鹿賀さんの間の距離は1ミリも縮まりませんでしたw
あの映画での不気味さが薄まったのは朝ドラの「本日も晴天なり」(NHK、1981~82年)と角川映画「悪霊島」(1981年)でした。
「本日も…」はヒロインの相手役として出演していることは知っていたので、そのキャラクターを観ていくうちに少しは慣れたんだと思います。善人役ですしねw
「悪霊島」は当時観ていません(後にテレビ放送で視聴)。ただ、角川映画お馴染みのCM砲でテレビにバンバン流れていました。鹿賀さんのあのアフロヘアが金田一耕助の帽子からはみ出しており、ビジュアル的に私の中ではまだちょっと怖いという感じではありましたが、繰り返しのCM砲と天下の金田一耕助というキャラクターでかなり緩和されたような気がします。
「野獣死すべし」から始まったこれらの作品を観たのは1981年~1982年の間のことです。何とも密な期間だったと言うべきかもしれません。
しかし、それほど時を置かず私は鹿賀さんの出演作品を観ることになります。
銀河テレビ小説「夏に逝く女」(NHK、1982年)、「家族ゲーム」(テレビ朝日、1982、84年)、松本清張原作「波の塔」(NHK、1983年)、火曜サスペンス劇場「蜜の香りは苦く」(日テレ、1984年)、松本清張原作で土曜ワイド劇場「殺人行おくのほそ道」(テレビ朝日、1983年)、月曜ドラマランド「どっきり天馬先生」(フジテレビ、1983年)。
当時30代前半の鹿賀さんは、いろんな役を演じていました。
主人公に敵対する嫌味な教師(どっきり天馬先生)や、ある疑惑から妻を疑い脅迫する手紙を送り付ける夫(夏に逝く女)、自分の父親を殺すが妻に濡れ衣を着せる夫(蜜の香りは苦く)、被疑者の妻と知らず惹かれ合うようになった検事は窮地に陥り、樹海で無理心中する(波の塔)、殺人事件を追う主人公をサポートする青年(殺人行おくのほそ道)、といった、様々な役を演じていました。
気がつけばもうアフロヘアでなくなりw、犯人であってもなぜこの人物はそうしたのかという理解ができる役でした。
この1982年~83年にかけて観た鹿賀さん出演のドラマが私に影響を与えた意義はかなり大きかったです。いろんな役を演じる個性的な俳優として受け入れていったのではないかと思います。
ちなみに夏に逝く女(以前書いた銀河テレビ小説の項で少し触れています)、波の塔はもう一度観たい作品です。波の塔の鹿賀さんは繊細な演技で凄く好きな役です。
少しずつそんな風にいろんな鹿賀さんを自然に受け止めていくうちに、「私鉄沿線97分署」(テレビ朝日、1984~86年)の刑事役でファンになりました。奈良刑事という、大人の包容力があり、優しくて温かくて地域に根差す刑事役が魅力的でハマりました。
このドラマは日曜日8時からのゴールデン枠での放送で、拳銃を撃たず、時には罪を犯した側の気持ちに寄り添って事件を解決していくという、ファンタジー的な世界観の刑事ドラマでした。殺伐としていない雰囲気が好ましく、毎週楽しみに観ていました。この後、主演の刑事ドラマ「ジャングル」(日本テレビ、1987年)、西田敏行さんとダブル主演の「翔ぶが如く」(NHK、1990年)へと私は観ることになります。
ファンになると、昔の作品が観たくなるというものです。
再放送がとりわけ嬉しかったのは、朝ドラ「本日も晴天なり」と大河ドラマ「黄金の日日」(NHK、1978年)でした。「本日も」では良き夫、良きパートナーとして主人公を支える役で、出過ぎず引き過ぎずの存在感が絶妙でした。主人公に厳しいことも意見をする役だったということもありますが、家族劇という大勢の登場人物が一つの絵に収まる中、そこに座っているだけでもきちんと役として存在しているんですよね。その存在が見えるって口で言うのは簡単でしょうが、なかなか難しいと思うんです。上手いなあと思いました。当時の記事だったか、ヒロインを演じた原日出子さんは劇団四季の研究生出身で、鹿賀さんは劇団四季で主役をはっていた先輩。とても緊張されたそうです。
その劇団四季に在団中に出演したのが「黄金の日日」で、高山右近役でした。
これはずっと観たいと思っていたドラマでした。鹿賀さんは、敬虔なキリシタン大名で、清廉でまっすぐで一点の曇りもない、まぶしいような人物を演じていて、観ているこちら側もスッと背筋が伸びてしまう感じでした。爽やかというよりは一本芯が通っているという役がとても似合っていると思いました。この頃はまだ20代後半の若き鹿賀さん、観られて本当に嬉しかったです。