今回は段田安則さん。

良い役も悪役も何でもこなす、もういぶし銀の域に達していると思う役者のお一人です。

段田さんがドラマに出ていると、役が内容にしっくり馴染みすぎているのか、段田さんを観ているという気がしないです。善役は限りなく善に見え、悪役は本当に悪い人にしか見えない。ドラマウォッチャーとしては、観ていてとても見ごたえのある面白い役者だといえます。

 

そんな段田さんを私が知ったのは大河ドラマ「翔ぶが如く」(NHK、1990年)でした。

気難しい徳川慶喜(三田村邦彦)が唯一心を許していた江戸の町火消しの組の頭領(三木のり平)に仕える子分を段田さんが演じていました。

チャキチャキの江戸っ子で親分の前でもう一人の子分(松澤一之)といつもてやんでえ!と喧嘩したり、騒いだりといった賑やかしの役でした。そんなに出演シーンはなかったけれど、なんか気になるなあと思ったことを覚えています。

この大河ドラマは、段田さん以外にも気になる役者が揃っていました。

 

豆ばかり炒っている病弱な徳川家定(上杉祥三)、安政の大獄で捕えられる橋本左内(篠井英介)、薩摩藩士・精忠組の問題児・有村俊斎(佐野史郎)、元薩摩藩士で警察の初代大警視・川路利良(塩野谷正幸)、元薩摩藩士で密偵・中原尚雄(渡辺いっけ)……。

松澤一之さん、そして段田さんと今までテレビでは観る機会の少なかった若い役者たちが勢揃いしており、その人たちの演技に目が留まったのです。

当時は当然Wikipediaもなく、私もまだパソコン通信もしていなかったので、テレビ雑誌などで知った情報でどうやらこの人たちは演劇の舞台に出ている役者たちらしいと分かりました。

段田さん、松澤さん、上杉さんは夢の遊眠社出身、篠井さんは花組芝居出身、佐野さんは状況劇場出身、塩野谷さんは流山児★事務所所属、渡辺さんは劇団☆新感線、状況劇場出身……。

 

私がこのドラマを観たのは大久保利通を演じた鹿賀丈史さんが出ていたからです。

私鉄沿線97分署」(テレビ朝日、1984~86年)で本格的にファンになり、「ジャングル」(日テレ、1987~88年)、ミュージカル「レ・ミゼラブル」と出演作を追いかけている中、この大河ドラマも、と観始めたら先ほど書いた面白い役者に多数出会えたというわけです。

当時、いわゆる新劇や映画界で活躍している名だたる役者が大勢出演している中に、小劇場の場で活動してきた役者たちが参戦してきたという構図でしょうか。この大河ドラマには、新旧世代のバランスの良さと同時に新しい風を感じたのは言うまでもありません。自分のほんの少し上の世代の彼らの姿がとても新鮮に映りました。

なので、この「翔ぶが如く」は忘れられない作品になっています。そして段田さんという役者さんが気になりました。と思っていたら、後に「まんが道・青春編」(NHK、1987年)やミポリンこと中山美穂さん主演の「若奥さまは腕まくり」(TBS、1988年)で観ていたことが分かったので、この頃のTBSのドラマなどではよくお目にかかっていたようです。気が付かなかっただけですねw

 

この後は、一度ナマで舞台出演を観てみたいと思い、夢の遊眠社の解散公演を観に行ったり(チケットを取るのは本当に大変でした^^;)、ドラマ出演を見逃さないようにする日々でした。

そんな中、多分「夢帰行」(NHK、1990年)というドラマだったと思いますが、チャンネルを変えていて段田さんが出ている!と思って観ていたら、とてもナチュラルな京都弁を話す役でした。その時京都出身と知ったのかな?大河でのチャキチャキの江戸っ子役で知った私には意外で、かつ同時に関西出身ということに凄く親近感が湧きました。

眠れない夜をかぞえて」(TBS、1992年)、二時間サスペンスドラマなどでの犯人役、「スウィート・ホーム」(TBS、1994年)、朝ドラ「ぴあの」(NHK、1994年)、土曜ワイド劇場の探偵事務所シリーズテレビ朝日、1994年)。「スウィート・ホーム」はかなり注目されてテレビドラマガイドの雑誌のインタビュー写真記事などを読んだことを覚えています。来た来たって感じで嬉しかったですね。息子と競歩してお受験に備えるユニークな役でした。

探偵事務所シリーズのドラマも面白かったです。水谷豊さんと相棒的な役で演じていて、後に土曜ワイド劇場で始まった「相棒」に近い感じのドラマでした。

この頃の段田さんの印象はとても手堅いというものでした。ドラマに出演し始めた頃は、出番が少なくてインパクトのある脇役が多く、そのインパクトを強く出すように演じていたのが(要求されていたのだと思いますが)、段々若手から中堅どころへシフトしてきたのがこの辺りかなと思います。中堅での脇としての役割はやはり主役をガチッと支える存在なわけで、そのどこか職人的な感じが好きでした。

 

そして朝ドラ「ふたりっ子」(NHK、1996年)。朝ドラは2本目の段田さんでしたけど、この作品で全国的に名前が広まったのではないでしょうか。

双子の父親で、豆腐屋を営んでいる大阪の下町育ちの阪神の大ファン。でも、妻の実家が裕福で名士であることに対してコンプレックスを持っていて、娘の一人が大学入学と同時に自分の家を捨て妻の実家へ住むことを選んだことから、夫婦の間で揉めるようになる。自分を否定された気持ちになり、入れあげていた演歌歌手と一緒に失踪してしまう…。

大石静さんの脚本は展開が読めず、一体どうなるの?と先が気になるドラマでした。それと同時に人間が持っている醜い部分も余すことなく見せていて、ああ、人間ってそうだよなあと思わせる説得力がありました。美醜を描いてこそ登場人物に魂が宿るというか。とても骨太でパンチのある仕上がりになっていたので本当に見ごたえのある作品でした。

私の家族は、まさか段田さんの役が本当に失踪するとは思わなかったらしく、かなり驚いていたのですが、実は当時の段田さんはNODA・MAPの番外公演「赤鬼」に出演されていた時で、そういうスケジュール的なことからこのドラマの役の内容も多少影響していたと思うんです。

だからと言ってあからさまな内容の変更にはとても見えなかったのですが、家族に「舞台に出演しているから」と言ったら、余計な情報を入れるなと怒られてしまいましたw

この段田さん演じる父親は失踪したけれど、紆余曲折の後、妻のところに戻り、また一から豆腐屋を始めることになります。主人公の双子が歩む人生(将棋の棋士と起業家)とはまた別に丁寧に描かれており、納得のいく話になっています。この父親役はやはり段田さんが演じて良かったなと思っています。

 

この後も、またいろんな役を演じていく段田さんですが、段々と役柄的に重厚になっていった気がします。その中で横山秀夫原作の第三の時効シリーズ「ペルソナの微笑」(TBS、2004年)は登場シーンは少ないけれど、主人公を見守り、背中をそっと押してやる笑わない上司役はドラマ的に良い重しになっていて、とても良かったです。これは再放送で観たドラマでしたが、シリーズモノなので、いつか他もぜひ観てみたいと思っています。

そして「64(ロクヨン)」(NHK、2015年)。

昭和64年の1週間に起きた少女誘拐殺人事件は犯人が見つからないまま、時効を迎えようとしていた。身代金を要求する犯人の声を聴いているのは唯一被害者の父親のみ。犯人が被害者の実家へ電話してきた時の声を警察は録音ミスを犯していたからだ。その事実を隠ぺいしていた警察、そのことに憤りを覚え、捜査していた刑事の内部告発があったこと、その刑事は辞めさせられてスーパーの駐車場の係員になっていたことなどが描かれ、そして広報官の主人公はかつての少女誘拐殺人事件の内容によく似た事件が発生したことを知らされる…。

このドラマは全5話。1話、2話までは少々取っつきにくかったのですが、3話ぐらいから段々面白くなってきて、最終回は見事な伏線回収(無言電話の話)に呆気にとられて自分的に名作!となりましたw よく似た少女誘拐事件は、時効前の事件の被害者の父親と警察を追われた元刑事が仕組んだことでした。被害者の父親が執念で自分の力で犯人を探し当て、その犯人に娘を誘拐したと言って(実際はしていない)ロクヨンと呼ばれる時効前の事件と同じルートで身代金を持って来させようとした、という話でした。

 

段田さんは被害者の父親を演じていました。娘のために犯人に指定されたルートで身代金を持っていく必死さ、時効前だからと警察庁長官に慰問に行きたいと言われて拒否する頑ななところ、娘が殺され妻も亡くなり、抜け殻のように生きている父親の悲哀が伝わってきます。

しかし、これは!と思ったのは、警察の失敗により犯人の声を録音できなかったため、父親だけが聞いていたことです。身代金を運ぶ途中で喫茶店にかかる犯人からの電話で何度も声を耳にしていた父親が忘れるわけがなく、その声を探すために電話帳を使って県内に住む家にあ行から無言電話をかけていくのです。途方もない件数を一つずつ電話をかけるために父親がまるで日課のように公衆電話ボックスにフラフラと入っていく姿が鬼気迫っていて、胸が詰まりました。公衆電話のダイヤルのボタンの印字が潰れ、父親の指先も黒くなっている描写がありますが、執念の何物でもないと思うわけです。父親は「め」のところでその声に行き当たります。どれだけの時間と日にちがかかったことだろうと思うばかりです。

段田さんはその人物が今ここに存在しているというリアルさを造形するのが実に上手い人だと思うのです。造形って言うのは簡単ですが、かなり難しいことでしょう。でも、この父親役の内面の凄まじさは忘れられないです。

 

最近では、「六畳間のピアノマン」(NHK、2021年)の父親役も良かったです。仕事で上司のパワハラに遭っていた心優しい息子が事故死してしまい、悲しみと後悔にくれていたけれど、息子が歌う投稿動画を観ることで少しずつ現実を受け入れていく役でした。

期せずして父親役ばかり挙げてしまいましたが、年齢的に父親役を演じることがどうしても多くなるんだろうと思います。ただ、いろんな父親像を演じることができるのでそれはそれで楽しみがあります。今度はどんな父親役なんだろうと。段田さんならではの役で今後も楽しませてもらえればと思っています。