​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所 -236ページ目

​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所

観る映画が、あなたの、わたしの、人生のヒントになる。
ここは、SCREEN(私設)研究所。

潜在数秘術×映画で
「観る」ことと心の関係を
映画を通して読み解いていきます。



沖縄、奥神島。

祭りの夜に
連れて行かれたきり
会えなくなった幼なじみ・・・



6年ぶりの再会は
東京・新宿。

幼なじみは
Dr.(博士)と呼ばれる
巨大製薬会社の主席研究員。
そして本物の銃を振り回す護衛つき。

見たことのない冷たい顔と
そっくりな顔がもうひとり・・・



 存在すら知らなかった弟
 新しいウイルスの存在に気づき始めた洛北大の研究所。
 そして弟と養父が夢見ていたのは・・・



決定的なのはやはり、もいっちゃんかな。
彼を助けられなかったことが、よくも悪くも静に決意させてしまう。

食い止められなかったバイオハザードのように
物語が動き出してしまう。
そこからが面白いんだけどね。



ひとつケチをつけるとするならば
“神の禁じ手”から生まれた双子なだけに、
どう展開しようが
「それもアリ」かなと思えちゃうところ。



東京を舞台にしたのは
なんでもアリと「思わせない」ために
必要だったのかもね。



・・・シンが再び静と会った時
 「昔のことを思い出した」
と“天才”の話をする。
遠くの方で“彼”の声がグルグル回る―

「どいつもこいつも親なんてのにはロクなヤツがいねーな!
子どもってのは親を選んで生まれてくるわけじゃねぇってことわかってんのかよ
ハズレだからとりかえてくださいってわけにゃいかねーんだぜ!」


・・・あーこんなトコで繋がっちゃいました(笑)
“神の禁じ手”最大の欠点は
「つながりが薄い」といったところか。



だから(?)十市の
“見境のない前向きさ(笑)”は
何度も静を助けた。



後に、静の母が
  「奥神島で過ごした日々は
   すばらしい贈り物のようだった」
と書き残していたように

静にとってもそれは同じで
それを持ち得たから
彼は残れたのかもしれない。



代わりに、失ったものも
とても大きかったけれど。



“旧人類”から見ると
  魂(マブイ)を持たない人間が
  魂(マブイ)を持つまでの話
みたいにも見えるわ。



東京と沖縄を舞台に
アメリカと中国まで巻き込んだ
スケールのデカい“親子喧嘩”のようにも見えるんですが(笑)。
・・・子供は、親の真似をして育つってこと
よくわかる。



「イヴの眠り」も読み終えた後じゃぁ
あの幼い二人が最後に「つながった」てのが泣ける(号泣)。

しかしアリサの前に現れた“キジムナー”と凜は
どうしても結びつかない(笑)。
似ても似つかないというか。



そう、菩薩と夜叉のように。



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★ 好きなシーン

★初めて凛と会った帰り道、車の中で溜息をつくシン・スウ・リン。
 「また美形だよ・・・」
 しかも今度はダブルだよダブル!(笑)




死んだ兵が握りしめていた饅頭を奪う幼い娘。
何ひとつ持たない傾城(シン・チェン)の前に
運命を司る神“満神(マンシェン)”が現れる。
 「真実の愛だけは得られないことを交換条件に、
  すべてを与えよう」
・・・それでも構わないと答えた傾城は
美しく成長し王妃となった。





一方、無敵の将軍光明(グァンミン)は
地を這う奴隷たちを捨て駒に敵を迎え討ち
勝利を挙げる。
その中でひとりだけ生き延びた昆崙(クンルン)は
光明に認められ
新たな主人として仕える。




国で起きた反乱を収めるため城へ向かう光明は
途中、刺客に襲われ深手を追う



自分の代わりに城へ行き、王を救え
と命じる光明。
奴隷の昆崙に自分の華鎧を着せ
兜で顔を隠し
 「王は武器を持たぬ者だ」
と教える。



しかし昆崙がひとり城へ乗り込んだ時
武器を持たぬ者は
王ではなく傾城だった・・・




傾城を救う昆崙。
だが華鎧のせいで光明は
王殺しの汚名を着せられることになる…


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ニコラス・ツェーの敵役っぷりがいいっすね・・・
あんな風に明かされるとは思わなかったけども。




傾城が“満神”と約束した後
湖の上を歩くシーンがあって、
イリュージョンみたい、って思いましたわ。

あっ、プリンセス・テンコーじゃなくね(笑)。
リチャード・バックの「イリュージョン」ね。





昆崙の不器用さというかバカ正直さ加減というのか、
「狙ってるの?」と思えるほどのボケぶり
観てて引いてしまう方も多かろうが
あれ位でちょうどいいのかもね。




“運命”をひっくり返すには
あれ位じゃないと(?)









事故で亡くした夫を連れて
ニューヨーク便に乗り
ベルリンを発つカイル。

機内でしばし休み目を覚ますと
6歳になる娘・ジュリアの姿がない・・・



客席を探す。
トイレ
厨房
どこにもいない



しかも乗員乗客の誰も
娘を見ていない?




機内の捜索を要求するカイル
しかし機長は応じない
乗客名簿にジュリアの名前はないという


乗員達は
夫を事故で失った女ひとりの妄想
と疑う・・・





混乱するカイル
しかし離陸前にジュリアが窓に・・・
それは、貨物室に運ばれてくパパの棺を見て
娘が息で窓を曇らせ書いたハートだった。


そのハートを座席の窓に見た時
彼女は動く



この飛行機は
ハイテク重層ジャンボジェット、E-474。
カイルはこの航空機の設計士。
機内を熟知する彼女は
自分を疑う乗客乗員全員を敵に回して
娘を探し始める・・・





「上空一万メートルの密室」って、確かに怖いね。
乗客達の全員が全員、どんどん怪しげに見えてくるところ
よかったです。

正体がバレるの、もうちょっと遅かったらなぁ
もっと怖かったのに。





それと、この映画はエンドロールがよかったですね
観ないと損するよ、までは言わないけど
ドキドキ怖い思いをした後にちょうどいい
軽いデザートみたいで。



飛行機嫌いがこれ観たら
ますます乗れないねきっと。


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イニュニック
・・・エスキモーの言葉で
「生命」


「どれだけ長い時間をひとつの土地で過ごそうと、まだすべては見ていないという心の白地図だけはいつまでも持ち続けたいものです」


・・・彼の文章は
彼自身の言葉と
友人達の言葉。

それから
旅の中で出会った人達の言葉と
彼らから聞いた話。



エスキモーが持つ
たくさんの「雪」を現す言葉。

「英語の雪は“snow”でも、わしらにはたくさんの雪がある」


雪の世界の暖かさは
人間の想像力と無縁ではないのだろう・・・

それを「たどってみたい」だなんて
いったいこの人の五感と心はどうなっているのだろう。

カメラマンが
言葉を持つとこうなるの?



・・・彼の話に登場するのは
いわゆる「アラスカ原住民」
そして、彼と同様アラスカに“住み着いて”しまった人達。

合衆国としての歴史は浅いこの土地に
彼と同じく「何かを求めて」やってきた・・・



土地は、誰を拒むこともない代わりに
冬の厳しい寒さは人を選ぶ。

・・・やってくる者以上に
去る者も多いのだそうだ。

そして、誰の上にも
同じように降る雪。


  冷たくて、暖かく
  優しくて、厳しい、雪。



「クマのいない森はつまらない」
という彼にとっては
雪のないアラスカも
さぞつまらないものなのだろう。



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「旅をする木」は泣けて読めなくなるのに
これはフツーに読める。
何故だ。


この本が単行本で世に出たのが93年。
「旅をする木」は95年。
星野氏が“去った”のは96年だ。


私が手にしているのはどちらも文庫版で
氏がもういないことを偲ぶように解説が添えられている。



映画の中で主にとりあげられていたのが
「旅をする木」の方だからだろうか

話は重複もしているのに
「イニュニック」はすごくオンタイムに感じる。
(勿論、今から見れば充分に古いのに)



タイトルのごとく
生命力溢れるというか、



・・・多分、近いのだ
言葉のすべてが
星野道夫という人の
すぐ傍で話を聞いているような
そんな近さ。


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親子の関係ってヤツは、
自分以外の親子をみて初めて、
自覚するものらしい。





・・・10年もの間、長いこと
音信不通だった息子が入院したと知って

会いに行く父親と
拒絶する息子。



嫁が
 「仕事ぶりを見てください」
と渡したビデオテープ。



民族学者の息子が単身、中国へ渡り撮影した仮面劇。
その歌い手・李加民と息子のやりとりの中で交わされた約束。
 「来年また来ますよ」
・・・息子は病院の中だ。





何かしなければ・・・
田舎町の漁師である父親が
おそらくは初めて聞いたのだろう
 「単騎、千里を走る。」
・・・それが何かすら知らないままに、一人中国へ渡る。

・・・自身が告白するとおり
きっかけが欲しかっただけなのかもしれない。

仲直りのきっかけ・・・


 

旅は、予定どおりになんか進まない。
李加民は、ビデオで見たその町にはいなかった。

あることで刑を受け、2~3年は刑務所から出られないという。
刑務所まで撮影に行くと言っても
 「前例がないから認められない」
はお役所の決まり文句だ。
(これ、全世界共通なのか?)



・・・諦めきれない。
しかし言葉も満足に通じない。
うまく説得もできない。
父親は、うまく言えない自分の気持ちを
カメラの前で語り、ガイドに訳してもらって
役人達に見てもらおうとする。

 「なんで直接来て話さないんだ?」
といぶかしむ役人達の表情が、変わっていく・・・





高倉健てさぁ、
「なれる」人だよね。
役を「できる」んじゃなくて、
役に「なれる」人。

漁師役のわりに漁のシーンなんかなかったけどw
「おいっ、いきなり一人で中国?
 撮影に来ましたって、カメラ扱えんの?」
と観客に真面目に心配させるようなとこがね(笑)





もうひとつ言うなら、
ハッピーエンドの似合わない人。
覚えている限り、手放しで喜べるラストにお目にかかったことがない。
もう、どうしようもなく変えようもない状況になって、
それでも黙ってそれを受け入れてく
そんな印象。





結局、最初の思惑どおりにはいかなかったね。
何ひとつ。
・・・?ひとつだけいったかな、うまく。
何?って人は観てね。



“ヤンヤン”は可愛いよー。
あの“笛”アタシにもおくれ。