​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所 -126ページ目

​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所

観る映画が、あなたの、わたしの、人生のヒントになる。
ここは、SCREEN(私設)研究所。

潜在数秘術×映画で
「観る」ことと心の関係を
映画を通して読み解いていきます。



今日は父の命日。
今じゃ「ありがとう」なんて言えるようになりましたが
かつては私もバリバリに“親との問題”を抱えていました
憎しむとか絶対許さないとか
殺したいとかアレコレ・・・
それが私の人生をダメにしてると思ってる。思ってた



“問題”だってことにしてたんだよな。




こんばんは。
高橋 早苗です






じゃ、 父が亡くなったから
もうここにはいないから
もうずいぶん時間が経ったから
その“問題”は解決したのか?



いいえ。



占いやったり
ココロのこと、スピリチュアルのこと勉強したから
その“問題”は解決したのか?



いいえ。



たぶんね、今も父が生きていたら
私は相変わらず
憎たらしい! 許せない!
殺すわ!とか
言っていたかもしれませんw
じゃぁ何?



“問題”なんて、なかったんだ
“問題”だってことにしたかったんだな。
“問題”だってことにしてたんだな。
私が。



・・・って達観したから
“問題”は解決したのか?



いいえ。^^



もういいよ。
好きなだけそうしてろよ。
と、ある意味諦め
ある意味降参して
憎たらしく殺したいほどの相手を



もういいよ。
好きなだけそうしてろよ。
解決なんてどうでもいいよ。
こっちは忙しいんだよ。
と放置した



違う言葉で言えば
手放した
執着やめた
もうちょっと違う言葉で言うなら
疲れたw



もういいよ。
好きなだけそうしてろよ。
解決なんてどうでもいいよ。
こっちは忙しいんだよ。



執着を手放せば 悩みや問題はなくなるというけど
それって、つまり



愛したかっただけ。




あんなに忌み嫌っていた人を
愛したかっただけ。



愛したかっただけ。なんて
とても認めたくなくって
“問題”ってコトにしてた。



何という怖れ。ビビリもいいとこ。
あんな奴とても愛せるわけないじゃん!ってw



憎しみが愛と同じように
怖れと愛も背中合わせ
・・・愛したかっただけって
そんなトコロに異様に勇気がいるなんて
信じらんない!
↑
それこそが怖れ。おそるべし( ^ ^ ;)



私はある意味諦めて
放置して
降参して
ただ、 ジブンの中の「力」を
父に、父との関係の中に
私が見ていた父と母の関係の中に
明け渡すのをやめたんです



そう、明け渡すのをやめた。
馬鹿馬鹿しい。それどころじゃねーんだよ、って。






親との“問題”なんて
誰にでもある
それを抱えるのが、 養われていた幼い頃か
介護をするようになる頃か
時期がそれぞれ違うだけ。




今、悩んでるという人
そこから抜け出せないと感じてる人
一度口にしてみてほしいの



もういいよ
好きなだけそうしてろよ
こっちは我が人生を生きるのに
忙しいんだよ。 ・・・ってね。









あなたには
あなたの人生を生きる「力」があるのです^^






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言葉として「知ってる」のと
感覚として「感じる」のは
まったく違うってことね。




おはようございます
高橋 早苗です






…先日の勉強会からずっと
ジブン観察、続いていて




ジブン史上最高に静かな新月を迎えてこっち、
感じることが、肚に降りてきた感^^
(丹田でも下腹部でも子宮でもいいけど
 私的には「肚」がしっくりくるみたい)







「快感」っていうと
機関銃ブッ放した後の(…って古いな!)
という、どこか



・・・しちゃいけないこと、
しちゃった後の〜



ってな感覚で凝り固まってる人
意外と多いんじゃないかなぁ。
快楽に興ずる、みたいな。
私だけ?(^_^;)





で、これ読んで最初はやっぱり
「快感」って、ん?
んん?と
一時停止したんだけど



何度も読み返していて
まぢかー
つまりさー



たべる時も
ねむる時も
はなす時も

よむ時も
あそぶ時でも



感じてなかった、それよりも
たべたら
ねたら
はなしたら
よんでもあそんでも




それで、
時間がなくなるとか
お金がなくなるとか
人がいなくなるとかはなれるとか
そんな不安や心配や
つまり怖れよね

そのこわがる気持ち



アタマでは
楽しいとか
コレ正解とか
役に立つとか
つまり良いことだと感じているつもりで



毎日の些細なことすら
「快感」ーただの、シンプルな「よろこび」として
感じていなかった



怖がる気持ちの方ばっか
大事に感じていたってわけか!
ハートうきうき(思考ね)、その実
・・・腹ん中恐怖でドロドロ、みたいな



そこに合点がいったらやっと
「快感」てものが



・・・あ、感じてもいい喜びなのね。って。
なんだ、感じてもいいのね!って
(誰もダメとか言ってないのにw)



なぁんだ、感じていいのね!
(だから誰もダメ言ってないからww)





と腑に落ちたら
好きなごはん食べるだけでも
肚に気持ちよさ、あ〜あるある〜
きてるきてる〜
・・・と急に顔も肚もニヤけてきたわ^^






ま、「快感」て言葉に
私が勝手に、余計なイメージくっつけてただけなんだけどね(^_^;)
ただ、そういう自分で勝手にくっつけた余計なイメージで
ブレーキかけてることってままあるわ

私大丈夫です^^って顔した怖がりさんは特に〜w




生まれて初めて、泣きながら喜べる自分を見つけて
驚いた子ども、そんな感じよ(´∀`; )





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何を学んでも
答えは自分流




こんばんは
高橋 早苗です







もし、自分なりの「答え」を出せないのなら
どんな本も
どんなセミナーも
どんな成功法則も
どんな引き寄せも




教えてくれる人への「依存」や
参加しつづけること
信じつづけることへの
「中毒」にしかならない




・・・みたいよ^^



自分なりの答え
イコール
仮説、と言ってもいい




良いか悪いか
正しいか間違いか
信じるか信じないか
二極で見ているうちは
何も始まらない




何を見ていても
そこに見ている「私」はいるのだから
その両足で立てばいい
二極のどちらでもない場所に



二極の行ったり来たりに
風穴を空けるのは
三つめの視点
二極のどちらでもない第三の目




それぞれ違う点と点を見据えて
加えるもう一点
そこに立って
三点の真ん中に答え(仮説)を観る

そうして描いた三角形が
自分だけの現実をつくり出すから





信じるだけ
真似だけしてるうちは
さっぱり自分自身になれないってことね^^






感じることも同じで
何を感じても
ネガティブだろうがポジティブだろうが
何を感じてもいい、ただ



そこからどう動くかは
自分次第ってこと。




行動は「疑う」ことだから
仮説を立てるように第三の点を置いてみたらいい
そんな風に、
今日までの私と
新しい情報とを
両端に置いて
第三の目で見るように眺めてみたらいいのよ







何が見えるかお楽しみ(´∀`)




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オリンピックも終わりましたね。

閉会式を見ながら
どの競技も殆ど見なかったな〜と呟いて
スポーツというといつも思い返す
中学の部活を思い出していました
(つまりスポーツネタはこれだけなのw)



運動部に入るのが必須で
見学して一番楽そうだなと選んだ卓球部
練習は楽じゃなかったけど…
まぁ練習ってそういうもんよね^_^




私は、教わったフォームを
なぜか教わった通りにできなかった

教える側から見れば「できない子」
ただ、それが役に立ったことがあった



三年の地区大会、団体戦
何番手だったか、個人の試合で
接戦の末に何度目かのジュースに持ち込み
長いラリーを続けた



もう体は疲れきっていて
目の前に来た球を打ち返すことしか
アタマになかった



その時、私の「できない」フォームは
球にありえないスピンをかけていて



最後の最後に、そのスピンが
一点をもぎ取り、勝利したのでした




涙を流す相手チームの選手たちの頭上に
顧問の先生の声
「なぜ負けたかわかるか?」
が飛んでいたっけ





こちらといえば
なぜ勝ったのか?






…できることをしただけなんだわ^_^



でき「ない」
足り「ない」のを
何とかしようと足掻くのもやめて

できること
…ただ目の前の球を
まずいフォームで打ち返していただけ。



その時
でき「ない」フォームは磨きがかかり
私の武器になっていた




幸せもそうよね
幸せになりたいと
「ない」不足を見て

「ない」を埋めて「ある」にしようとしても
「ない」を再現し続ける




今「ある」もの
一見「ない」と思えるもの
「それしかできない」ことを続けていたら
勝利を呼び込む最大の武器になる
・・・かもしれません^_^







・・・まずいフォームでも
打ち返し続けていたら
決勝点になったのよねε-(´∀`; )






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ない思考の行く先は
「ない」でしかない。



シャレかw^^





こんにちは。
高橋 早苗です





ワカラナイが出発点で
いっぺんに全体を捉える分だけ
ピンポイントがわからなくて
比べて見るのがデフォルトな私




大人になるべく
「やらなきゃ」
「やるべき」と
心と逆行しちゃってる私





そうして
周りと、誰かと
世の中とか常識などと
比較大戦しちゃってる私





怖れの3ピース
みっつめは無価値観。

【無価値感】むかちかん
自分やものを過小評価し否定的になる状態。





自己否定感とかいった言葉の方が
今までの私には馴染んでいたかな。
それをね、アタマではかなり払拭した“つもり”でいた
でもね・・・





「ない」思考で「ない」フォーカスでいて
それを何とかしようと
「ある」ことにしてみても
「ある」から始めようとしても



な〜んか、ズレる。
「ない」思考は「ない」にしか落ち着かない。
この大本はなんだろうと
何を感じているのだろうと
自分自身を観察し続けていて




・・・怖れか。
と思ったわけです。
そこで目に留まったこちらへ足を運んだわけだけど





「ある」のは、そう
罪悪感
劣等感
無価値感


一番見たくないこれ
・・・だったのね。
ハイ降参^^







こんな見たくないものがあっても
私には価値がある、と気づく為の
罪悪感
劣等感
無価値感
なんだね^^






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