​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所 -127ページ目

​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所

観る映画が、あなたの、わたしの、人生のヒントになる。
ここは、SCREEN(私設)研究所。

潜在数秘術×映画で
「観る」ことと心の関係を
映画を通して読み解いていきます。

ワカラナイが出発点で
いっぺんに全体を捉える分だけ
ピンポイントがわからなくて
比べて見るのがデフォルトな私




比べてみて、
私には「ない」
できて「ない」
を見るのが大得意ε-(´∀`; )




おはようございます
高橋 早苗です






怖れの3ピース
ふたつめ、劣等感。


【劣等感】れっとうかん
自分が他人より劣っているという感情。






私が劣等感を感じたくなくてやっていたことは
比べて
自分にバツをつけること
また、比べて
周りにバツをつけること

どっちも逃げ。




逃げも、散々やったから
逃げだとわかる




周りにバツをつければ
翻って優越感、もある
嫌いな人
苦手な人
そんな誰かを見て「私は違う」
まだ自分はマシだと少しの間
自分を安心させ



自分にバツをつければ
何かのせいにして
しようがないのだと無理やり納得させる




逃げも、散々やったから
逃げだとわかる





ここで
『努力とか苦労とか成長ってどんなイメージ?』
と聞かれ、眉間を指差し
「ここにシワが寄ってる感じ」
と答えたいまの私には
逃げってつまり戦争状態。




比べて観る誰かを相手にしながら
私自身に鉛玉を打ち込んでるε-(´∀`; )




そんな比較大戦も終戦よ(´∀`)
何度でも、気づくたび何度でも
終戦協定、結んでく
私自身とね。





それが、比べるのをやめて
私が勝手に持ってる、見たくない劣等感を
見ていくということ。





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さて、怖れの3ピース
ひとつめは罪悪感。

【罪悪感】ざいあくかん
悪いこと,非難されるべきことをおかしたという気持ち。


私が、罪悪感を感じたくなくて
感じないように頑張って
「やっていたこと」
それは、









大人になること









いい人
いい大人
常識があって
子どもみたいなことなんかしない
いつでも余裕があって
何にでも対処できる大人
・・・・・ってそんな奴いるかよw









「子ども」と見られることが
異常なまでに怖かったのね。
劣等感にも無価値観にもつながってる。
てかさぁ。









へ?
この期に及んでまだ、
「おとな」になろうっての?









もう、これから老いる一方じゃね?
大人になんかなってる場合じゃなくね?









つか、いい大人は
夜な夜な「攻殻」TVシリーズを観ながら
「ココロのお勉強してスピに近づいていくのって
並列化しながら個性を獲得してくタチコマみたいね〜」
な〜んてオタクなつぶやきしないわよね^^



独りきりで
自作自演のサスペンス劇場か。
(しかも解決したくなくて迷宮入り前提の!)



「やらなきゃ」
「やるべき」
この言葉が出てきた時は
何を見たくない為の「やらなきゃ」「やるべき」なのか
見つける時だね^^



↓↓↓ 勉強会の帰り道で買った本

投影された宇宙―ホログラフィック・ユニヴァースへの招待/マイケル タルボット

¥3,024
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・・・この手の本「読んでもわからない」と避けていたけど
自分の中に飼い続けている“恐れのトラ”が幻想だと
少しでも感じられた今なら、読める気がして^^









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ありのまま
あるがまま
それって???と
ずーっと???だった



こんばんは。
高橋 早苗です




お墓参りは早々に済ませて、渋谷に来ました
こちらの勉強会へ。




分からないことは
ワカラナイから始まっていい
ただ、ワカラナイことに「しておく」方が
ラクだと(無意識に)思っていて
そうして外に求めて、何か進んでいるような気になっていて



この半年ほど、現実には
何も進んでなんかいねーよ、気づけ!
気づけ!!
気づけ!!!
・・・って事態ばかり目の前にやってきたε-(´∀`; )



ぜーんぶ、
私がジブンを放ったらかしにして
見てるつもりで
知ってるつもりで
わかってるふりで
いただけ。



だから、感じることから始めようと
感じることを意識していたけど

感情を整理するとか
感情をコントロールするとか
心理学を使って人を動かすとかいうのに
ずっと感じている違和感

その答えが見つかりそうだな、と飛び込みました^_^



怖れの話が、私の中ではお盆とつながってた。


お盆、嫌い。なぜって
親とか兄弟とか親戚とかに会うと
罪悪感とか劣等感とか無価値観とか
そんなのしか出てこないから。


お盆大好き、とか
帰省してます投稿にザワザワしてみたり。



それって、
彼らを放っぽって自分の好き勝手に生きてはいけないとか
そんなの人としてダメじゃないかとか
…もう、墓参りすら「ねば」とか「べき」とかなわけ。
御先祖さんだって、いい迷惑よねε-(´∀`; )




怖れは、自分の本音に気づくいいチャンス。ただ、
罪悪感
劣等感
無価値感
この3つは、無くさないと消さないとダメだとずっと思ってきた
そうして、無くせない消せない自分にバツをつけて責める…
ループ始まる(._.)



それ、そもそも無くならないし!てか
見ないように見ないように「頑張ってきたこと」を



…やめるんだよ。



と言われ、そういえば
「頑張らない」
これもイマイチわからなかったのが
あ、そーか。
頑張らないって、そーか!と腑に落ちた。





罪悪感
劣等感
無価値感
この勢揃い3ピースが
カサブタになってポロッと取れるまでは
見たくなくてもその傷、見る必要があるのね^_^



何となく掴みかけて
言葉に出来なかったところを
見せてもらった感じ。



これから、実践で
もう一度しっかり腑に落としてきますわ(´∀`)


…カサブタ見るのが楽しみになるかも♪






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これ、劇場で観た時もそうだったけど
お家でDVDでも同じで

エンドロールが終わった途端に
また観たくなる映画って、そうそうない。
それだけ心が動いたってことね^^






こんにちは
高橋 早苗です



「ディオールと私」Dior and I
この映画、大好きですわ^_^

・・・フィクションの「ハマる」感覚とはまた違う。
そこが、ドキュメンタリーの面白いところ^^




ファッションなど興味ない
オートクチュールなんて関係ないわ。という方でも
「モノをつくる」ことをしてる人は
一度は観て損はないと思うなぁ。これ。
形あるものだけじゃなく、形のないものを提供してる人こそ、観るべきかも。




「ディオールと私」予告編




畑違いのプレタポルテから迎えられたデザイナー ラフ・シモンズと
彼が生まれる前からメゾンを支えてきたお針子たち



初めてのパリ・コレクション発表まで
猶予はたった8週間
(通常の準備期間の半分以下!)




お針子たちがあっけらかんと笑う
「いるのよ」「出るのよ」と信じているディオール氏の幽霊^_^

彼女たちの、彼への尊敬の眼差しに応えるかのような
故・ディオール氏のモノローグは
自伝からの引用なのだろうと分かっていても、惹きつけられる。
監督の、ディオール氏へ捧げるオマージュだね。



着ることは、突き詰めれば
選ぶこと
つくることも、突き詰めれば
選ぶことの連続で
選び抜くことは、格好つけた言い方をすれば
「魂の仕事」
その“究極の選択”が
最後に作品として結実する。
だからラストに泣けるのよ(´∀`)









ショーのラスト、束の間の暗転が良いのですわ。
ハヤン・キムの音楽も素敵です
エンドロールはThe xx
私は、音でも十分にしてやられたわ(´∀`)






ハイヒールで踏むミシン。
格好良すぎる〜^^





それも、数の仕合わせ。


★★★☆☆



《かずの葉の庭》主宰

|★|高橋 早苗Facebook




高橋 早苗プロフィール

https://profile.ameba.jp/ameba/parallel13

フランス語の響きって
聞くたびに感じる


子どもの「なぜ?どうして?」を
よく表わしているなぁ、とね

Pourquoi!^^



こんにちは。
高橋 早苗です




1998年の映画
「キリクと魔女」
Kirikou et la Sorcière



アフリカらしい、色鮮やかさが目を引く作品です
日本では2003年にスタジオジブリが日本語版を制作していますね










自らの意志で生まれた
ちいさな子、キリク。



彼は、その強い好奇心を持って
村から水を奪い
黄金(きん)を奪い
男たちを奪い貪り食うという
魔女カラバに、真っ向立ち向かいます


『どうしてお前は意地悪なのか?』




あんぐりと口を開けて驚くカラバを気にもせず
彼は問い続ける



『ぼくはキリクだ
 したいことはひとつ
 ぼくは知りたいんだ
 どうしてお前は意地悪なのか?』






その『なぜ?どうして?』を
行動に変えて
ちいさな子どもは
村を救うというお話だけど



私は、クライマックスの
カラバとキリクのやりとりに
パートナーシップを強く感じました



魔女カラバは苦しんでいる

物語の中では
詳しくは語られないけれど
男たちに押さえつけられ苦しめられた女の
苦しみと憎しみ
それがカラバに大きな力を与え
カラバを魔女たらしめている

その、背中に深く打ち込まれた「毒入りのトゲ」



毒入りのトゲを抜かれるようなことがあったら
あの苦しみをまた味わうことになると
怖れている
だから彼女は その秘密をひた隠しにし
誰にも背中を見せない



彼女は
怒りと憎しみで武装し
自分ではそうとも思わずに
いまも苦しみを味わい続けている



キリクは
彼のルーツといえる存在<お山の賢者>に会い
魔女カラバの秘密を知り
『ぼくがトゲを抜いてやる』と言い放ちます



『出来なければ死ぬ』
とまで言い切って。
彼なりのリスクの取り方。
そしてその通りに実行するのです



苦しみと憎しみ、怒りを手放したカラバ
『私は自由なんだ!』と喜び
目の前に立つちいさな子を前にして
『この感謝の気持ちをどう表せばよいのだろう』
と戸惑います



キスをねだるキリク
カラバが唇を重ねた時
ちいさな子どもは大きく成長します



男になったキリクが
優しくカラバを見下ろす

『ほらね
 お前は失ったわけじゃないんだ
 力のすべてを』




欠けたもの同士が
ぴったりとくっついて
完璧な円を描いたように、観えたのよ^^











(母子のやりとりもすごくいいの♪
 子どものなぜ?を決して見放さない母)




男と女は欠けたもの同士
それを知らずに生まれてくるから
『なぜ?どうして?』が
世界を切り開くのですね



Pourquoi!^^





「キリクと魔女」公式サイト






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