人間たちの良いところは
その姿を残さず消えることだと
学者さんたちは言う

しかし
彼らが残した
美術品や
建造物等は
その後 評価されて
残ることもある


先日
NHKのBSにて
ナスカの地上絵の特集が放映され
観入った

2000年も前のその絵は

今まだ残り


なんと

その数は
2000をも越すと言われ
そこには
様々な動物たちも描かれていて

地上にも
山の斜面にも
それらは皆
空に向かって描かれ

いったい
どんな目的だったのか? と
学者たちは
様々な憶測を立てるが
本当は分からない




いつか
タイムマシンが出来たならば
謎と言われる
多くのことは
すべて分かるのだろうけれど

果たして
そんな時代は来るのかと
バックトゥーザ・フューチャーを
観ては

期待しながらも
僕らには間に合わないことすら
分かっている



いつか
実家の仏壇の中へと
未来の子孫たちへ と書いた
手紙を残そうかと思ってみるのは

僕の持ち時間が終わる頃に
タイムマシンが使える時代の子孫の
誰かがやって来てくれ! と…

そして
過去へ
未来へと
連れ出してくれ! と…

それは
僕の位牌を見れば
日付は分かるはずで

そうだ
ならばその位牌の裏側に
そんな文章を
掘り込んで貰ったら良い!

では
それを子供たちにも
話しておかねば なんて…

さてすれば
厄介なその日もまた
わずかに楽しみが出来たけれど

果たして
人類はそれまで無事に
この星で暮らしているのだろうか


さて
さて
いつか
何かを残したいと
描き始めた落書きは

600枚にもなった

それはいったい
未来では いかがなものか? と
ゴミになってやしないか と


それとも
突然 評価されて

これは
バスキアよりも! なんて
注目されてや… しないよな 笑


あの日から
干支がひと回りして
あまりの早さに
多くを思いながら…

僕は
生粋のバアちゃん子で
あの頃 毎日
忙しく動き回る親父とお袋よりも
バアちゃんとの時間は
遥かに長かった

バアちゃん子


若い頃
おろそかにした墓参も
今では
実家へと戻る度
必ず立ち寄り手を合わす

つい先週も
お盆の花を片付け
掃除したばかり

今年は
前後することなく
この日に墓参をしたかったから
仕事の都合を合わせ
出掛けることにした



おじいちゃんの記憶は薄く
物心付いた時には
病に倒れていたから
多くの会話をしていない

大人になってから知ったことは
おばあちゃんは後妻で
親父の母ではないと

それでも
僕の中ではおばあちゃんで
何も変わらぬ氣持ちでいる

訊けば
親父のお袋さんもまた
2番目の奥さんで

最初の奥さんは
2人の娘と同じ頃に
他界している

流行り病と
言葉少なく親父は言うが
医療もまだまだな
時代だったのだろう

そんな時代とはいえ
おじいちゃんの
苦労と
辛さは
痛いほど分かる齢になった

それは逆に
そんな不幸が無かったら
親父を含め
僕もまた いない

歴史とは
そんなことの繰り返しで
その後
偶然 現れた者へと
繋いで行くのだろう

すれば有り難いことに
子供たちは皆
なんとか無事に大人になれた

そして
更に有り難いことに
その次の世代にも
会わせて貰えた

そんなことを思ったならば
おばあちゃんに
僕の孫まで
見せてあげたかったなあと
呟いてみたけれども

ひ孫には
なんとか届いても
玄孫ってもんにまでは
なかなか叶わないようだ


還暦を越し

仕方なくも

衰え始めたこの身体


いっそう健康に氣使い

出来るだけ先の子孫たちを見たいと

思いながら…



朝から
上手く行かない時は

その流れのタイミングを
わずかにずらしてみる

そう
交差点の度に
捕まる赤信号

厄介にも
邪魔に入る
面倒な連中

それらは
今の動きの流れに沿って
現れている現象かと思えば

その流れから
脱出してみたら良い

いつもの交差点
そこで曲がるよりも
その先か
その手間かで

いつもの電車
1本遅く
1本早く

いつもの
いつもの
いつもの… と

すれば
その流れから弾かれ
違う流れに乗れるかのような


更には
目の前の
長年
厄介だった連中も

いっそ
えいっ! て
排除してしまおう

そう
友達ならば
もう
友達から外してしまおう

仕事もまた然り
面倒な連中

これもまた
排除してしまおう

時間は有限で
残りの持ち時間は
あまりにも短い

特に
還暦を越したならば…


昨今
見えなかったものが
見え始めて
なんとなく感じるのは

彼らに
守られて来たのでは? ってこと

その存在は
いつも目の前にいるが
相変わらず
何者なのか 分からない

それでも
この先に待つトラブルから
わずかにタイミングを
ずらしてくれたかのような場面に
直面すると

なるほど
これか! と
それに従い

ヤキモチすることなく
待てるようにもなった

それは
スーパーのレジで
ここぞと並んだそこが
前のお客のあれこれで
遅れた敗北感ですらも

これもまた
この先に待つトラブルからの
時間調整かと思えば
イライラせずに済む




こうした
目の前に起こる
わずかに待たされる場面も

前向きに思えたならば
そのいくつかが
きっとトラブル回避なのだろう

それが1つでも
これだったか! と分かった時
ありがとう! と
お礼をしてみよう

すればきっと
次もまた
そのわずかなタイミングを
ずらしてくれるはずで…

ご同輩
そんなことだよ


出会いもまた然り
わずかなタイミングの違いで
その後の立場が変わることばかり

仕事で出会う前に
遊びで出会っていたら…

異性もまた
然り

いつ
どこで
どんな風に…

その時
お互いが
どんな立場かにも…


テレビを観ないと決めると
自分の時間が取れて

そう
いつの頃からか
早寝となり
夜のテレビを観なくなって

必要なものだけ
留守録し
後日 時間のある時に観る

すれば
不要なCMも飛ばせるし
また
一瞬見逃した場面も
すぐに戻して確認出来る

それでも
すでにほとんど観なくもなり
もうテレビは
要らないのかもしれない

必要なものは
コンプライアンス関係なく
ネットに落ちてるし

更に必要なものは
カネを出して観る時代

それでも
スポーツだけは
生放送で観ねばと
時折
眠い目を擦りながら
寝落ちしてしまう

そんな時代でも
テレビの影響力は強く
わずか1%の視聴率で
100万人が観ているわけだから

テレビ局も
ウソばかりを流さず
そろそろ
本当のことを放映せねば
聴視者たちは離れてしまうのだろう

大事なことを隠すが為に
海外のどうでも良いことを
丁寧に流す

若者たちは
すでに気付いて
ネットへと移行してしまった

僕ら世代も
遅ればせながら
それに気付いて
後を追う


無料で観れるテレビは
すべて
そのスポンサーに支配され
都合の悪いことは
一切報道されない


更には

いつかの僕のように

真逆に意見を操作され

放映される


そして国民たちは

ウソに氣付かず

いつの間にか

洗脳されてしまっている


テレビ

やめよう!



昨今の

コンプライアンスなんてやつで

本当に面白かった方々が

居なくなってしまったのもまた

テレビの終焉なのかもしれないけれど…


まだまだ
暑さはここにあり

でも
負けるわけにはいかず

ちょいと
外仕事を
頑張ってみれば

実年齢
64歳と5ヶ月も



ほら
こんなくらいには戻るから
もう少しは大丈夫なようだ

それとも
オムロンさん
誰でも
若く出るようになってる?  笑

先日の
ブラタモリ

東大の特集を放映していて
あの赤門から始まり
中をぐるりな番組に
観入ってしまった



東大キャンパスに入ったのは
わずか3度

1度目は
学生の頃
学食を食べたくて
こっそり東大生のふりなどして
でも
即座に場違いなことに氣付き
退散

2度目は
息子のアメフトの試合で
東大と当たり
その応援に勇んで出掛け
頭脳で大敗ならばと

身体能力くらいはと期待したけれど

試合も大敗!

3度目は
なんとなく
ぶらり散歩にと
また
学食にでもなんて…

すればそこは
全国から
いや
世界から集まった優秀な頭脳が
そこいらの
若者と変わらぬ姿で
歩いている

見れば
意外にも外国人が多く

なんだか
ひとり
勝手に
場違いな感覚でいるのは
僕だけか

将来 この国を背負う若者たちは
結構 個性を持って歩いているが

時代は
次々と動き続けている


こんな僕にも
わずか数人だけ
東大卒の友達がいるが

こいつらが
なんとも氣が合わない

そう
世間知らずか
言葉足らずか
上から目線か

ガキの頃には
そんなことなかったのに
東大という組織が
そうさせたのか

ちょいと
誇らしくなってしまったのか

いずれにしても
すっかり変わってしまい
もう友達から外しちまおうか!
なんて…

それでも

受験には

毎日 20時間勉強したと

話してたから

やった奴しか入れないわけだ


さて
若手の噺家にも
そんな連中はいて

生意気というか
世間知らずというか

僕にはとても合わず
もう
聴きに出向くことはない

それでも
不思議かな
自らの会を開けば
東大卒のお客様で満席なようで

これまた
同じ穴の… ってことなのだろう


僕の持つ
感覚や感性は
世間とのズレはさほどないと
そう思っているが

そう
特に笑いのツボは
間違ってないはずと
自負してみるけれども

それでも
いつか出掛けた
関西の
吉本劇場では

会場は大爆笑の中
関東人の僕らだけ

これ
何が面白いんだ? と
苦笑いしてたけれども

失礼



そうそう
例の浪士組の名簿が
東大図書館で見つかったと聞いた

閲覧出来るのならば
いつか
出掛けてみようか なんて
思ってみるが
はてさて…

山での

最大の約束事は


Leave  No Trace


足跡すら残さず

そっとそこにお邪魔する


そう

落ち葉1枚 持ち帰ることなく

そこの自然へと戻す


静かに環境を楽しみ

わずかな時間

そこに居させて頂く


それが守れてこそ

山へと入ることを許される




1番好きな山は? と問われたら

間違いなく
尾瀬! と答える

そう
上高地ではなく
尾瀬なのだ!

その魅力は
やはり
自分の足で出掛け
その多くを歩き回ってこそ
分かると…

昨今
確かに空いて来た感はある

でもそれは

僕らが
混雑する時期を外しているからだと
思っていたけれど
そうでもないようだ

それよりも
そこそこの混雑は
その出入り口でのみ感じるだけで
広大な尾瀬へと散らばれば
人影すら消えてしまう

せっかく空いて
環境が戻りつつある尾瀬が
またせわしくなると
厄介な連中が戻ってしまう

なんて
思っているのは
僕だけではないはずで…


尾瀬もまた
国立公園内

いくら星野リゾートでも
それが許されたなんて
なんだか不思議だ

またそれでも
僕らは
ハイシーズンに入ることはなく

木道渋滞が治った頃
テントを担いでぶらり

そして
尾瀬が閉じる
最終日あたりの風景が好きで

冷え込み出した湿原に
ぶらり

だから
そんな宿など不要で

また
失礼ながら
そんなぬるま湯の環境で
来て欲しくもない

相変わらず
どの入り口からでも
氣軽に入れるけれど

それでも
そこそこの体力なしには
戻れないのが 尾瀬

でも
それで良いと思う

それだから
守られて来た

そんなことだよ
きっとね…

尾瀬


さて
今シーズンもまた
すでに2度 出掛けてみたけれど

やはり
いつ行っても良い

そしてまた
閉じる最終日あたりに
ぶらり出掛けようかと
思ってみるが


そろそろ許可を頂き

真冬の

一面雪の尾瀬も観てみたい


年に1度も
23回にもなり

花よりダンゴなあいつにも
なぜか 
今年は
花にした…



僕らの中で
誰よりも速かったあいつは
残念ながら
誰よりも早く先立ってしまった

最後に股がっていた
真っ赤なドカティは
僕の中では 鬼門となり

どちらかで見掛けても
触れることはない

誰が備えたか
墓前にはそのオモチャが
あるけれど…



あの頃

2度続いた事故の見舞いで

もう年貢の納め時だと
止めたら良かったけれど

僕のそんな忠告を
訊く相手ではなかったから

きっと
これがあいつの
今回の
この世での
持ち時間だったのだろう

あの日を止められたとしても
その後
同じ運命だったのだろうと
思うことにしたけれど


あいつに


それでも
36とは
若過ぎた

なるほど
生きてたら
もう あいつも還暦か

すれば
僕と同じように
そろそろ降りないかと
話せたはずなのに…

一昨日は
1歩も家から出ずに過ごした

こんなことは
年に1日もなかったはずが

なんとなく… は
もしやの
危険予知だったのか



庭のメダカの水替えに
たっふりの時間を使い
老いて来た彼らの姿に
長生きせよと
声を掛けながら

今年もまた
わずかに生まれた子メダカたち
そして
もう卵を産む季節が過ぎて
卵を捕獲することもなくなった



いくつかのハーブの鉢植えと
ニックさんのコナラと
穂が垂れて来た稲と
今年もまだ
花芽を付けなかった古代ハスと…



すれば
暑さの中にも
夏の終わりは見えて

植物たちは
季節を敏感にとらえているようだ

汗びっしょりの僕は
ホースで水を掛けながら
自分にもそれをと
シャワー代わり

娘から連絡があって
御巣鷹山は? との問いに

ちょいと
氣が乗らなくて
次回にと言い訳してみたけれど…


昨日も
そんな日でいようかと思っていたら
突然

高崎へと出掛けることになった

結果
楽しくもある中で


これって
もしや


山田かまち を見とけとでも
呼ばれたかな…



朝からひとり
テレビの前

昨晩 
留守録をセットしたはずの
あの番組が撮れてない

しまった!

これはきっと
韓国の大統領が来たが為
急遽 番組が編成され
時間が変わってしまったことらしい

そんなに遅い時間ではないのに
昨今では
スポーツ以外
放送時間に観ることはなく

すべて
留守録して

後からゆっくり観ることばかり

それでも
悔しくて
なんでよ? なんて
ひとりブツブツ言ってたら

後から起きて来たカミさん
今日は予定がないの? と

そうだよ
昨日からね なんて

すれば
美術館にどう? と

内容を訊くことなく
良いよ! なんて返事をすれば

高崎なんだけど… と

えっ?
高崎? と
ちょいと厄介な返事をしてみた




すると
今月いっぱいまで
ピカソのタスペストリー? が
展示されてるそうで

まあ
それも軽く聞き流しながら
でも
遠いよね なんて

そしたら
草津の半分の距離だから
なんて

それを言われたら
ではと
準備をし
いざ 高崎美術館


高崎への道のり中
ならば
あの
観音様も観たいんだけれどと
ちょいと時間の工面を頼み

時折 通り過ぎる高崎の町から
西側の山頂をと見れば
それは大きな観音像が立ち

いつか行ってみたいと
思いながら
なが〜い時間が過ぎていた

高崎へと着くと
なんとも暑いその街は
やはり
地方都市としての整備がなされ

あれもこれもと
広くスペースがあり
また
駐車場等も無料

美術館も公立とあって
入場券は格安で
こりゃ
都会になんかいないで
地方都市へと移住するべきだと
改めて思う

さて
その美術館もまた
整備が行き届いていて
目指したその作品よりも

更に目についた
多くの絵画たち


帰り際に
案内のパンフレットを見れば

あらま!
この近くに
山田かまち美術館もある

ならば
行くでしょ! ってわけで
急ぎ足

するとそこは
観音様から降りた辺りで
では先にこちらへとって
入ってみた





ここもまた公立となっており
入場券は更に安く

また
お昼時とあってか
僕らの貸し切り状態

目の前には
多くの書籍で観た
原画が並び

奥へと進むと
事故にあった
エレキギターも展示されてある

それはまさに
当時の僕の

バッタもんのギターと同じタイプで
グレコのストラトキャスター

彼は僕と同学年で
同級生には
BOOWYの彼らがいたそうで


ビートルズに憧れ
ギターにのめり込み
不思議な音を出したくて
アンプの配線を剥き出しで

改造していたと聞く

それを真夏の暑い日に
大きな音を出せば
ご近所に迷惑がと
窓を閉め切り
汗だくでエレキを鳴らし
感電したそうだ

17歳

なんとしたことか!

そんなことがなければ
今 
どれだけ凄い作品を
残したのだろう

展示された多くの作品を
ひとつひとつ丁寧に観れば

17歳かあ と
振り返るばかり

そして
まさに同じ価値観で
同じ方向を向いていたと
改めて辛く思う

その内に
お客様も増えて


多くを説明して下さった
スタッフたちに感謝し

また来ますねと
失礼した


さてすれば
そこから観音様への道のりは
山を駆け上がるような坂道で

近づくごとに
大きく見えるそれは
それでも
いつかの
牛久の大仏ほど大きくはなく

なんと
内部を階段で
肩の位置まで登れるそうで

階段? なんて
一瞬迷ったけれど
エレベーターもなく
階段だけならば
そこそこ行ける高さなのかと
登り出してみた

この暑さゆえか
お客様はガラガラで
これまた
貸し切り状態

昭和11年に建てたそうだから
お袋と同い年

いくつかの窓が開放されているが
やはり暑い

最上階へと着き
わずかに外を覗けば

早々と帰り道

なんとなく
思い立ったように出掛けてみた
高崎の街は
そこそこ楽しく

また
まだまだ
面白い場所が沢山あるようだ



時折
通り過ぎるばかりだった街も
こうして
ぶらりしてみれば

なかなかの発見もあり
時間が許せば
これからも
氣の向くまま
ぶらりしてみようかと
思いながら…