手前から
これから昇る
あの階段
右足からか
左足からかが
不思議かな
分かってしまう
駅の階段も
ビルの階段も
山の階段も
もちろん
そこへと向けて
歩数を合わせるはずはなく
数メール前には
すでに
そこは
右足からだな なんて…
なんでだろう?
間違うことなく
そんなだから
でも
それがどうした? と言われても
いや
別に… なんてこと
昨今
何かが
身体に触れた感が増えた
手に
足に
背中に
頭に
顔にも…
さらりと
一瞬
何者かが触れたような
もちろん
何も見えないから
勘違いかとも思うけれど
いや
そんなことはない
確かに何かが
触って行ったはずと
振り返り
周囲を見渡すけれど
何もない
見えなかったものが
見え始めて
でも
これはまだ何も見えず
これってもしや
更に上の
次元からなのかと
思ってみるが分からない
時折
ぱふ か? と
呟いてみるが
返事はなくとも
ぱふ ってことにしてしまえば
今はそれで良い
出掛ける時には
常に
あいつの首輪と
ロケットとを持参する
すれば
それが僕の
お守りとなり
多くのことが上手く行くようだ
軽井沢に来れば
素通り出来ずに立ち寄る喫茶店
いつかのそこでは
大阪から来たと言うオバちゃんに
そこ
ジョンの席でしたね! と
話し掛け
えっ!
ホント? って
仲良しになれた
ジョン
本日のそこでは
すでに
家族連れがその席へと腰掛け
楽しそうだったので
そのままにした
店主と話せば
すでに
ジョンを知らない世代
だよね
あれから46年もが過ぎ
僕だって
あの日 18歳の若造だった
そう
ギリギリ
ジョンに間に合った幸運なのだ
飾られた白黒の写真に
ジョンたちと写る
当時の店主は? と問えば
すでに
この世にはいないそうだ
そうだ
時は流れた
あの日 18の僕が
なんと 64だ
孫まで出来て
平成をも越して
令和なのだ
令和生まれの孫たちから見れば
僕らはもう
明治なのかもしれない
庭の東屋は
今まだ残り
ショーンの背丈を刻んでいた
松の木にも
その鋲は刻まれたまま
その他
万平ホテルにも
旧軽にも
見晴台にも…
多くの足跡は残り
あとどのくらい? って
一瞬
心をよぎるけれど
当時を知る者がいなくなっても
きっと
軽井沢には
その伝説は残るのだろう
あの夏
多くの仲間たちと
恋の駆け引きをしながら訪れた
初めての軽井沢
結果は
惨敗だったけれど…
ジョンたちに会えて
幸せだった
この秋に
軽井沢現代美術館が
閉館になると聞いて
では行かねばと 急ぎ足
そこは
奥ばった場所にあり
とても静かな佇まい
開館時間とあり
空いていたけれど
いつの間にか
駐車場は満車となって
閉館を惜しむ声も聞こえて来た
草間弥生さん
奈良美智さん
ロッカクアヤコさん
村上隆さん…
芸術は
本物を目の前にすることが
やはり
大切なようで
こりゃ
凄い! って
うなずいた
その他
多くの方々のそれをと観れば
失礼ながら
一瞬
これ
描けそう! って思うけれど
次の瞬間
やっぱり
無理! ってこととなる
芸術ってものは
皆
独創的でなくてはならず
それを
どなたかが 良し! と評価すれば
その後
脚光を浴びるのだろう
すれば
僕の600枚の落書きも
1枚くらい… なんて
寝言を言ってみるわけだけど…
もしも
宝くじでも当たったならば
涼しい高原にでも
そっと小さく
勝手に落書き美術館でも
建ててみようか なんて…ね
それには
ほとんど買うことのない宝くじを
まずは買わねばならないか 笑
いよいよま8月が終わりますね
8月の終わりは
子供たちの夏休みの終わりで
それは
夏の終わりだったはずが
終わらず居残る夏に
季節感はなくなり
今年もまた
時間を奪われた秋は
足早に
冬へとその場を明け渡すのでしょう
そして
その冬でさえ
あの頃の寒さはなく
枯れたはずの庭の草木もまた
緑を残したまま春となり
期待した春ですら
迫り来る夏に
梅雨すらも明け渡し加減な昨今
ならばいっそ
この国も
ハワイのように
亜熱帯になってしまえばなんて
思うけれども
四季があってこそ
風情もあり
また
そこから
わび
さび
凛… と表現されたはずで
失って氣付くことばかりが増えて
目の前にあった頃は
知らずに通り過ぎていたものたちが
年々
齢と共に
憂いを伴って
心に染み入るわけです
日本人に生まれて良かったなあと
心の底から思い始めたのは
やはり
還暦を越した頃で
それまでは
見掛けの良い白人たちを
横目で見ては
羨ましくも思っていたけれど
この国に生まれ
この国で育ったことが
1番の幸せだったと
軽くなって来た持ち時間の中で
今頃
正直に言葉に出来るようです
いつかの夢では
生まれる順番待ちをしている
天国のような場所で
さて
次はどこにしようか? と見れば
1番長い列を成していたのは
お隣の星条旗を遥かに凌ぐ
日の丸を掲げたブースでした
そこは
白も黒も黄色も
人種関係なく
長い長い列でした
これではきっと
少子化のこの国
1000年くらい待つのでしょうが
それでも
そこへと並び
世界に平和が訪れる日を
幸あれと願いながら
目が覚めた朝でした
さて
今年もまた
記録的な夏だったそうで
昨晩のニュースでは
過去1番暑い夏でしたと
アナウンサーは当然のように話し
この週末もまた
暑さは戻り
なんと
今年1番の暑さかもと
40℃の予報が出て
慌てて昨晩から
草津へと逃げ込んで来たわけです
下界より
10℃は低いここも
今朝の太陽の光は強く届き
秋の氣配は 一切なく
それでも
多くの鳥たちの囀りに
癒されながら
さてと思う今
明日でこの8月も終わり
明後日には
暦だけは9月となり
ラジオからは
セプテンバーが
流れ出すのでしょう
それでも
まさか明後日から
突然 秋になるはずはなく
ちょいと違うんじゃないかと
思ってみれば
9月いっぱいを夏とすべきか
それとも
8月を50日くらいまで増やし
9月を10日くらいに減らし
なんて…
いや
9月嫌いな僕からすれば
いっそ
9月を無くしても… と
ふと思ってみるのは
賑わった夏を終えて
切なさだけが残っていたからで
それも今では
終わらない夏のせいか
黄昏れることなく
まだまだ
夏と戦わねばならないようです
もう還暦かあ と
多くを振り返り
赤いチャンチャンコを
無理に羽織らされて
やだよー! って
逃げ出した日から
早くも 4年半
身体は
なんとなく変わって来たけれど
氣持ちは
15の あの頃のまま
孫が出来て
仕方なくも
おじいちゃんを演じてみる昨今
そう
正直
実感は さほどないけれど
周りを見渡せば
同い年でも
その差は歴然
それが遺伝とすれば
仕方ないけれど
それでも
わずかな抵抗は必要なようだ
還暦ってのは
微妙な齢で
昔ならば
結構な おじいちゃん
でも
今は
若者ではなく
中年でもなく
おじいちゃんでもない
なのに
確かに身体の衰えは
わずかづつに見え始めて
それを
なんとかしようと
ジタバタしてみるが
さほど
効果は現れない
更には
いつ終えても
そんなことかと思う
持ち時間の終了
それもまた
運任せな頃で
特に
50代をどう生きたかが
ここに来て
身体の具合を決めに来る
寝れば取れた疲れも
取り切れずに
今日はこの疲れからかと
朝が始まる
ならば
無理することなく
ゆっくりしてしまえば! と思えば
それはまた
逆効果にもなり
止まってしまうと
戻れなくなると
疲れの中から動き出す
それが出来たか
出来なかったで
その後の未来が決まるはずと
動きを止めずに
年齢を忘れる
進んで若者たちと会話をし
同じ目線で
対等にいれば
自ずと老化は遅くなる
そう
決して上から目線はダメで
でも
腰を低くする必要性はない
進んで
外遊びを楽しみ
無理! と言う言葉ひとつで
止めてしまった
そこそこ低く決めた限界を
あとわずかだけ
上に伸ばしてみれば
それもまた
いつか届く場所となる
好き嫌いは少なめに
でも
嫌いなものは
無理して食べる必要もない
タバコはやめ
酒は控えめに
ストレスの元は
えいっ! と断ち切って
早寝早起きをすれば
まあ
なんとか健康なようだ
そうだ
健康がすべてなのだ!
と 自分に言い聞かせてみる…
その男の話は
あまりにもリアルで
また
話す度に
釣った魚のサイズも大きくなるもんで
ホラ吹き男爵とまで言われたけれど
ガキだった僕らに
命を賭けてまで
本当の冒険とはと
その膨大な
生き様を見せ付けてくれた
時折
出掛けてみる暮らしたその家は
今
記念館として残り
世界中から
多くのファンが訪れ
リアルに残した多くに
心震わされている
氣が付けば
6つも齢を越してしまった
この身体
もう
オマケみたいな時間に
入り込んだようだ…
開高健
あの頃
開高さんが言ってたのは
齢を取ると
若い連中に
あれこれと話をしたくなると…
でも
若者たちは
そんな年寄りの話など
聞いてはくれないと…
ならば
その為にも
今
あれもこれもと
経験しておけと…
すれば
若者たちも
その経験した
ヤバイ話や
エロイ話なら
喜んで聞いてくれるからと…
ではと
目の前の
氣になる あれもこれもを
今 やっておかねばなんて
首を突っ込んで来た
おかげで
その場その場で
その場だけの仲間たちが出来て
楽しませて頂いた
しかし
それにより
怪我を負い
騙されもし
時には
人を信じることさえ
出来なくもなったけれども
それ以上に
楽しかったと思っている
今
とうとう
そんな時分となり
つまらん話をする前に
ひとつひとつ
忘れないようにと
綴り始めたのもここで
あの頃
痛みを伴った経験が
今頃
わずかに美化されながら
現れた始めたように
書き留めるばかり
いつの間にか
僕も
そんな齢になったようだ
若者たちよ
バーチャルでは いかん!
何事も
自ら経験してこそ
本質が分かる
すれば
今回の人生は
更に楽しくもなるはずだ
失礼
壁の向こう側から
お前は日本人か? と訊かれ
そうだが
何か? と答えた
すると
その男は現れ
ならば
映画に出てくれ と言う
えっ? と見れば
ブルースリー
生涯 憧れの男だ
これから
日本人を敵とする映画を作るが
お前は
その敵役だ
それを演じて欲しい
即座に分かった!
ドラゴン怒りの鉄拳だ
まあ
悪役だけれど
日本男児
やれるだけやってみよう
で
どの役? と問えば
やわい道場主だと言う
なるほど
あの小太りの… と問えば
そうだ
それまでに太っとけ! と笑う
では
たっぷりご馳走してくれ!と頼むと
これで
好きなだけ食っとけと
クレジットカードを渡された
分かった
ではと
香港で1番高い
ステーキ屋へと入り
あれもこれもと注文したが
食い切れず
こりゃちょいと
頼み過ぎたあ と叫んだところで
目が覚めた…
1973年12月
初めてのそれは
燃えよドラゴン だった
僕らは
中学1年で
毎日
誰かと争っていた
そこへ
町にあった
それは古い映画館の息子
昨日さ
ドラゴンを観て来たのさ
凄いぜ! ってわけで
その週末
斜に構えた 田舎町の
ガキ 御一行様
有楽町の駅を降りて
急ぎ足
出て来た時には
皆
肩で風を切り
アチョー! なんて叫んでたっけ
それから
ヌンチャクを手作りし
身体を鍛え始めた
頭の足りないガキども
中学2年になった頃
次のドラゴンがやって来た
ドラゴン危機一髪
もちろん
早速それもと
有楽町まで
すると
その後
次から次へと来る
ブルースリー
ドラゴン怒りの鉄拳
ドラゴンへの道
でもでも
僕らが彼を知った時
もう彼は
この世にいなかった
うそー! って
嘆いたけれど
そんな現実に
うなだれた
その後
リバイバルで上映された
それらの映画を
何度も何度も観に出掛け
それが今では
DVDとなって
目の前に並び
いつでも! って時代
その後
途中だった
死亡遊戯が代役を使い
完成されたけれど
それは本人が出た格闘シーンだけが
魅力となっただけ
僕の中では
怒りの鉄拳が最高峰で
これぞ! と思ってみるが
すべてがもう
半世紀も前のもの
32歳という若さで去ってしまい
生きていたら
85歳だそうで
老いた姿を残さなかったのも
伝説は
膨らみ続いている理由なのだろう
シアトルに眠ると聞き
いつかはと思っていながらも
今まだ訪れられてはいないけれど
LAへの直行便が取れず
何度かの乗り換えで
シアトル経由を選んだのも
また
そんなこと
この国でのロードショーを
リアルタイムで観て来た僕ら世代も
今
還暦と古希との
狭間で彷徨いながら
あの頃って頃を
振り返るばかり
本能のままに
斜に構えてた仲間連中も
なぜか
太く短く生きて
もう会えない
わずか50年
されど50年
身震いするほど
勇ましくも
楽しかった あの季節
戻りたい…
そうそう
ヌンチャクは今でも
そこそこ使えるもんで
これがあれば
負けることはないと
時折
危なそうな場所へは
そっと
カバンに忍ばせてもいるが
まさか
使うことはなく
また
使う時にはきっと
過剰防衛になってしまうのだろう
毎年
彼の誕生日にだけ
押入れから出して
眺めるライフマスクは
その後
LAの骨董屋で無理して手に入れた物
見る度に
なんとも
身震いするほど
心を揺さぶり続けてくれている
9月1日が
始業式かと思っていたら
なんと
近所の小学生たちの
学校へと向かう姿
今日から?
そうだよ!
おいこりゃ
数日 損したな!…
どうやら
昨今のそれは
8月いっぱいではないそうで
それって
なに? なんて
苦笑いしてみる還暦男
そう
夏休みの宿題は
8月30日と31日とが山で
そこで
なんとか帳尻を合わせて来た
いや
やっぱり
間に合わなかった
そんな生き方だったけれど
それでも
今まだ残るこの暑さ
もう少し
涼しくなるまで
夏休みを延期してあげたら良いのに
そうか
僕らの頃と違って
教室にはエアコンが完備してるから
勉強中は大丈夫なのか と
それでも
海外の学生たちは
2ヶ月以上の夏休みがあって
それは
社会人たちにも
そこそこある
そんな時間に
バックパックを背負い
世界を旅する姿は
やはり 羨ましく見えて
僕も出掛けたかったなあと
今更ながら思ってみる
ただし
9.11以降
世界はすっかり変わってしまい
多くのトラブルを
跳ね返すだけのエネルギーがないと
難しくなってしまった
そうそう
ご近所の
給食を運ぶ仕事の旦那さま
子供たちと同じように
夏休みとなり
家庭菜園をしてたけれど
いよいよ出社なようだ
そんな仕事もまた
良いよなあ








































