今日もまた
廃材で棚をと
試行錯誤してみれば

結構
丁寧に作ったつもりが
組み立てると
かなりのズレ




まあ
自宅用の棚だから
ズレた部分は裏側へと回せば

これで良いのだ! と
誤魔化してみる

こりゃ
とてもじゃないが
家具職人には
なれそうもない   笑




さてこれで
テーブルを2つ
仏壇を1つ
書棚を1つ 作り
廃材もあとわずかとなった

すれば
残りの寸法を計り直し
あと1つくらい
小さめの何かが
出来そうだと考えてみる


今年もまた
大嫌いな日がやって来た!

そうだ
チョコレートが
どうした! とかって日だ

嬉しかった思い出など
いくつもなく
いつも
負け組だった

特に
中学から高校に掛けては
どうせ! なんて言葉を吐いて
早い内に帰宅して
寝てしまったこと



その後
彼女が出来れば
まあ それなりに

カミさんからは
すでに義理な

娘たちからのそれも
届き出して

まあ
そんなことだよ

ご同輩…


それよりも
誰が仕掛けたか
1ヶ月後の ホワイトデー

やつら
それが目当てか… 笑

実家へと戻る前に
いつの間にか増えた
膨大な荷物をなんとかせねばと
片付け始めれば

そこには
とても捨てられないものばかりが
現れて

それどころか
今ならば
無いものねだりのお宝級かと
ネットを使い
少しづつ
世の中へ戻し始めた

ブランド物のアウトドア用品は
どうやら
オールドとされて
プレミア価格にもなっていて

それでも
早く処分せねばと
安価で出せば
すぐ売れて行く

こんなに古いものが? と
苦笑いしてみるが
そこに間に合わなかった世代たちが
こぞってそれを手に入れ
誇らしくもあるのだろう

聞けば
ユニクロだって
古いものは逆に高価だそうで

なんだか時代は
繰り返えされるのかと
不思議な感覚でもいる



確かに
まだまだ個性があった時代
昨今の
街を歩けば
同じ服がすれ違い
あ〜あ ってな具合

だから
他人と被らない
古着屋が栄えるのかとも
思ってみる

いつの間にか
僕は
そんなことよりも
とにかく軽くと
服を選び

すれば
それは皆
登山用のそれとなって

すべてを自らが背負い登る
山登りのそれは
暖かく 涼しく
1グラムでも軽くなわけだから

老いた身体には
ちょうど良い

これからは
見掛けよりも
機能と軽さとが大事で

すればそのすべてが
外遊びの服になるようだ

それでも
高価なブランド物は不要で
気兼ねなく
着倒せる安価な物から
選びたいと思ってみる



そんなわけで
メルカリへと
そこそこの安値で出すと

1つ売れたら
また1つ出して
長年 仕舞い込んだ物たちが
毎日 ここから去って行く

それらを
荷詰めすれば
買い求めた頃の
記憶と想いが蘇り
また振り返るばかり

長年
世の中から
お借りしていた物を
こうして
とうとう
世の中へと戻す時が来たのかと

仕方なくも思いながら
あとどのくらい? って
呟いてみるのは

還暦という節目を越して
徐々に
次の空間へと
入り始めたからなのだろう



第2の人生と
皆 言葉で表現するが
見えなかったものが
見え出したことで

どうやら
次元というものが
ここから離れるが為に
身軽になれとばかし
変わりつつあるようだ

さて
あと10日ほどで
手術入院となり

先日の
あれこれやった手術前検査の結果と
入院手続きとの説明を受けに
医療センターまで
カミさんとやって来た



若い頃の
過去2度の入院は
どちらも緊急手術だったけれど

今回のこれは
2ヶ月前からのカウントダウン中

先週までは
大して考えることなく
過ごして来たけれど
それが
いよいよ具体的に迫った今日

説明を受けながらも
これはなんとか
手術せずに回避出来ないのかと
問うけれども

それは無理ですと
担当の医師は微笑んでいる

その後
担当のナースは
入院前の準備事項を
丁寧に説明して下さり

なるほど
年貢の納め時かと
覚悟を決めた



最後に
何かご希望は? と問われ

痛くないように
お願いしますと呟けば

全身麻酔ですので
大丈夫ですと
微笑んでくれた



男ってもんは
痛みに弱く
ましてや
長年
健康で生きて来たもんだから

こんな我が身の現実から
逃げられないかと
逃げ道を探す

あと30年
間に合うようにと
笑ってお願いしながら…

そうそう
手術時間は 3時間だそうで
入院期間は 1週間くらいで
その後 1ヶ月は安静にとのこと

そしたら
桜の頃には
この身体
戻っているらしい


8時間遅れの時差は
ほぼ地球の裏側のようで

なかなか
生中継を観ることは出来ず
録画されたものを
結果を知らされてから
確認するばかり

仕方なくも
面白みは半減して
スポーツはライブでなくては! と
改めて思う


失礼ながら
見掛けは
田舎町の
普通の
お坊ちゃん
お嬢ちゃんたち

それが
その競技では輝きを放ち
世界1にもなり
胴上げされる姿


10代から20代前半までの
そんな幼い姿なのに
世界を獲ろとする強い心

そんな頃の僕は
ただただ
遊びたくて
スキー場に通っていただけの若さで

やっぱり人間
1回目だなあと
苦笑いしながら

若くして活躍する彼らはきっと
何度目かの人間かと
勝手に思ってみるが
分からない

ドローン


ドローンは
独特の音を立てながら
彼らの姿を高速で追い

4Kの美しい映像を
世界へと届ける

銅で喜ぶ選手
銀で悲しむ選手

想いはそれぞれが持つ
それぞれの立場で変わり
にわかファンの僕らは

メダルに届かずとも
大きな拍手を送る



金銀銅の
わずか3つしかない
メダル

そうだよ
世界での
1位
2位
3位 なのだ

いつか
カーリングならば
僕も五輪に行けそうだと
思ったこと
強く反省などしながら…

還暦でバイクを降りて5年
バイクを手放す時に
知り合いには
そのバイクに 
似合ったヘルメットまで
差し上げたはずだけれど…



本日
片付けで押し入れをと見れば
あの頃のヘルメットが
まだ4つも残っていて

カバーを外してみれば
その1つにはカビが出ていて
今朝のゴミで出した

それでも
あとの3つは
時は経てど まだ綺麗なまま




ならば
その中で
手を加えていない2つは
もしや安ければ売れるかな? と
メルカリに出してみれば

出して5分
すぐに2つとも売れて

なるほど
昨今 急騰した
ヘルメットの価格のせいか
中古でも欲しい方がいるのかと
微笑んだ

そうだ
当時 諭吉4枚で買えたそれが
今では
渋沢8枚にもなった

いつの間にか
倍だ!

それでは
古くても綺麗ならば
欲しいはずで…

ではと
丁寧に箱詰めしていると
その片方が
メルカリから削除された!

なぜ? と問えば
昨今の安全基準
PSCマークがないと

えっ! と驚いて
そんなことになっていては
もう古いものは売れないのかと
思った中で

ならば
鑑賞用として再掲載すれば! と
出してみれば
また即座に売れて

よし!
今度は! と思ったら
また削除された!



更には
出品禁止品を2度続けて出したが為
ペナルティとして
24時間の停止処分だそうで

その場
カチン! と来たけれど
なるほど
そんな時代かと
従うこととした

ヘルメットの製造年月日を見れば
これは2006年とあり
もうひとつは
2016年とある

ならば
20年ものと
10年ものとが
売れたことが凄いことで

これもまた
無いものねだりなのだろう

それよりも
ヘルメットの使用有効期限は
製造日より5年であり

どんなに綺麗でも
安全基準は劣化しているのだろう



さてすれば
売りに出さなかった1つは
更に古く
25年も前のもの

PSCのマークどころか
好みのペイントを施してしまい
自分の名前まで
エアブラシで書き込んであるから

これは生涯
ここに残しておこう


ヘルメットと名の付くものは

まだまだ我が家にはあって

山登りのそれと

自転車のそれと

スキーのそれと…

更には

息子の部屋には

アメフトのそれが

いくつも無造作に放置されたまま…



世の中は
いつの間にか多くの規制が施され
自由にやって来た僕ら世代は
厄介だよなあと
苦笑いなどしながら…

この春には
いよいよ自転車への
道交法が強化される

いずれ
自転車にも
ヘルメットは義務付けられる
ことだろう

そうそう

先日

自転車に乗り出した孫たちにもと

急いで

ヘルメットを買い与えたけれど…


誰が言い出したのか
財布の値段×200=年収 なんて

財布


若い頃は
財布なんて何でも良く

逆に
財布を持つよりも

現金を
そのままポケットになんて…

社会へと出て
それではいかんと
安価な二つ折りの財布を買い
常に右後ろのポケットに入れて
持ち歩いていた

それが
いつの頃からか邪魔にもなり
ならば
長財布で良いのではないかと

これまた安価なそれを買い
カバンに収めた


財布


その頃
財布の持つ運は
わずか1年だと聞き

ではと
毎年 お正月に
無理して
それを買い替えても来た

すると
いくら安価なものでも
それは勿体ないと思い始め

ならば
そこそこのものを選び
長く使った方がと
数万円の物を選んだ

するとこれが
本革ときて
長持ちするもんだから

それ以降
変えることなく
もう20年も使っている

なるほど
安価で壊れやすいものよりも
無理してでも
数倍の予算を出せば
長いこと使え
逆に得なのかもと思ってみるが

それもそろそろ痛み出して
ではまた
同じ物をと探せば

いつの間にかの物価高で
もう手が届かない

さて困ったと思うけれど
セミリタイアした身
そこに
大枚を出す元気はなく

ちょいとヤレて来たこれを
丁寧に手入れして
使い続けることにした

ガンゾ


上質なコードバンの長財布と
驚くほど高価になってしまった
クロコの長財布

それと
同じくコードバンのコインケースに
クロコの名刺入れ

山登り等のアウトドアでだけ使う
二つ折りのコードバンに
スイカ用のケース

すべて
この国の
ガンゾというメーカーのもので

舶来のブランドではなく
当時は
手が届く価格だった

本革なので
経年劣化による
ベタつきもなく

きっとこれを
一生使って行くのだろう



もしも
今これを

財布の値段×200=年収 と
したならば

相当なお金持ちでなくては
届くはずもなく

ちょいと
身分違いかとも
思うわけだけれど… 笑


しかしね
これまた誰が言い出しのか
風水では
財布の持つ金運は
わずか1000日だと

ならば
その金運
とっくに過ぎてるわけで

それでも
きっと丁寧に扱えば
大丈夫なはずと思いたい…


あなたは

どんな財布を

お使いですか…


遅ればせながら
エルヴィスプレスリーの映画を観た

Amazonプライムを
覗いていたら
無料配信されていて

そういえば
観てなかったと…



これは
エルヴィスの自伝で
彼の苦悩を映し出してあり
とても熱くなった

1977年
42歳だったとは

当時
速報で報道されたけれど
そうなんだ と
さほど熱くなることなく
時が過ぎた



その後
機会あって
あれこれと覗いてみれば
やはり
彼こそがアメリカだったと
出遅れたことに
残念がった

存在を知りながらも
リアルタイムではなく
またしても
ちょいと遅かったと

そう
いつも一歩遅く
後追いなことばかり

それでも
エルヴィスオンステージだけは
中学の頃
リアルタイムで劇場で観たと
思っていたら

それも調べれば
70年の映画だから
リバイバルだったらしい

ビートルズと並び
世代的に
間に合わなかったけれど

多くを残してくれたが為
今まだここにある

光と影との象徴のような
そんな運命は

もしかすると
悪魔と取り引きしてしまったのかと
思ってみるが
分からない

エルヴィス


LAのママが
彼の大ファンで
その影響もあり
エルヴィスと聞けば
いくつもの想いはある

ならば
あと10年長生きしてくれたならば
ベガスで観れたかもと
振り返ってみるが
届かない




お元気ならば
91歳だそうだが

今まだ
彼は
生きているなどと
さまざまな噂は残っているから
スーパースターなのだろう


いつか
彼の
ピンクのキャディラックをと
ミニカーを購入したけれど

それももう
手元にはない


どうして
大事な方々が
先に逝くのだろう?


どうして

長くここにいないのだろう?

それは
この世からの卒業なのか?

この世は
もしかすると試される場所で
正しく生きたならば
評価され先に楽園へと
ご招待されるのか…

でも
その前に苦痛があるのは
ちょいと違う氣もするわけで

僕ら世代の
テレビの方々が
昨今 多く旅立ってしまう

その多くは
世の中に多大な影響を残し
忖度なく
本音で世間を斬れた方々ばかり

そう
これから もっと! って
その意見を広めねばと
心したはずが
短くも終える

すれば
何事にも関わらず
何事にも意見を述べず
平々凡々と生きたならば
長い時間を手にするのだろうか

そんなはずは ない! と
思って来たけれど

見えなかった者たちが
見えるようになって
目の前を通り過ぎる彼らの姿は

何かを伝えに来たような
何かを正しに来たような
そんな氣配すら感じ始めた




時間は一方通行に
勝手に進んで行く

時間をあの日に戻せたらと
何度 願ったことだろう?

あの日の
あいつを引き止めるが為に

いくつもの
救いたい命がある

早朝から
確かあったはずと
本棚を探してみれば

キャンディクラークのそれと一緒に
燃えよドラゴンのそれが現れて

ここにあったのか! と
微笑んだ



これもまた
あの頃 LAで手に入れたもので
ブルースリーと共演した2人

ジムケリーと
ジョンサクソンとのもの

この2人もまた
すでにこの世を去り
もうお会い出来ないとは…



時の流れは残酷にも早く
若い姿のまま
永遠に映画の中へと
閉じ込められる

昨今
知ったことは
このジョンサクソンさん

ブルースリーと同じ墓園がと希望し
近くの墓所に眠っているそうで
その心に熱くもなる




若い頃から

いつか
そのシアトルの墓参をと
思って来たけれど

あの頃
思い切りが足りず
シアトル経由の便には乗っても
そこで降りて
街をぶらりすることまでの
時間はなかった

今ならばと
今頃 また思ってみるが
いつの間にかこんな世の中となり
更には
長いフライトが億劫にもなって
もう届かないのかもしれない

ただし
諦めたわけではなく
世の中が
アメリカが落ち着いた頃

LAへは直行便ではなく
シアトルでの乗り変えをと選び
そこで数日滞在し
ここと
セーラとの墓所を
巡りたいとも思ってみる



ガキの頃に観た
燃えよドラゴンという映画は
とてつもなく偉大であり
こうして50年もが過ぎても
変わることなく
この身体に残っている