先日
ここのチラシを頂き
急ぎ足



山好き
冒険好きたちが憧れる方

目の前には
同行した本物たちが展示されていて
身震いしながら
そのひとつひとつを確認する

改めて
43だったかと熱くなる



気付けば僕も65となり
何度もの
ヤバイ! って場面に遭遇して来た

それでも
悪運が強かったのか
それとも
見えない何者かが
守ってくれたのか

今もこうして
この世にいる

それでも
今年の手術後
すっかり落ちた体力は
なかなか戻って来ない

すればそれもまた
運命と思えば

そろそろかと
いや
まだまだかと
この身体と戦い中



さあ
また夏がやって来た

今週末は久々のカヌー
孫たちに
楽しみを
冒険を
教えておかねば…

今年は
大好きな文豪
芥川龍之介の100回忌だそうで
その展示へと急ぎ足



もう何度となく訪れてはいても
訪れる度に
身震いするほど圧倒される

改めて
35歳だったとは
なんでかねえ?

まだまだ
沢山 出来たはずなのに




僕の中での入り口は
もちろん 蜘蛛の糸

ガキの頃に読んで
その意味が
だんだんと分かって来て

今また更に
深みにはまる

昨今
そんな夢からの生還が多いのは
やっぱりここが
僕の中での最高峰なのだろう

時には
覗き込むお釈迦さまとなり
時には
途中で転落するカンダタにもなる

真夜中に
はっ! として目を覚ますと

天井で舞う
多くの玉響たちが
どうだった? なんて
言いたげに
浮遊している

やっぱり
そろそろ
あちら側へと
片足を突っ込んだかな…





旧宅跡地には
只今 記念館を建設中で
そしたら
真っ先に出掛けるのだろう


芥川龍之介記念館



剣路転生記 〜宮本武蔵と刻をこえた男〜
玉響転生記・第二十七話


まえがき
二十六度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
手塚治虫との旅で、凪は「漫路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「剣路」であった。
六十余度の勝負に一度も敗れず、ついには剣を離れ、独り、兵法の真髄を書き遺そうとした男。
正保二年(一六四五年)五月、初旬。齢六十を過ぎ、肥後・熊本の霊巌洞に籠り、なお筆を執り続けていた男――宮本武蔵。『五輪書』を書き上げながら、その最期、己の剣を受け継ぐ、一人の弟子への想いを、静かに遺そうとした剣豪の物語である。





プロローグ 皐月の来訪
東京は、初夏に向かう、静かな夜だった。
榊原凪は、六十五歳になっていた。手塚治虫との旅から、半年余りが経っている。
半蔵門病院の病室で、手塚が万籟鳴への感謝を、震える手で書き記した、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『異国の恩人』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い兵法書の写本を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、墨と、洞窟の湿った岩肌のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の武人が座っていた。
質素な着物。痩せた体躯。だが、その目には、驚くほど静かで、それでいて深い光が宿っていた。
「夜分に、無礼つかまつる」
武人は、静かに言った。
「あなたは……」
「宮本武蔵と申す。兵法者じゃ」
凪は、息を呑んだ。
宮本武蔵。六十余度の決闘に一度も敗れず、『五輪書』を著すことになる剣豪。そして――この半月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここにおるのか」
「さて、それがしにも、分からぬ」武蔵は、静かに微笑んだ。「気づけば、この妙な部屋におった。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島、芥川、力道山、将門、道真、崇徳院、植村、手塚――そなたが会うてきた者たちの気配が、なんとのう、伝わってくる。不思議な御仁じゃな、そなたは」
彼は、凪を静かに見つめた。
「それがしは今、霊巌洞に籠り、兵法の書を、書き上げようとしておる」
「武蔵様……」
「されど」剣豪の目に、澄んだ光が宿った。「その前に、伝えておきたいことが、ある」


一章 二十七度目のたゆたい
その夜、凪は兵法書の写本に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの二十六人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが宮本武蔵の場合、その重さは、また違う質のものだった。
史実と伝説において、武蔵は正保二年五月、肥後国熊本の霊巌洞にて、その生涯を閉じたと伝えられている。死の七日前には、『独行道』と呼ばれる、二十一箇条の自戒の書を、書き遺したという。
武蔵の生涯には、あまり知られていない側面があった。彼が兵法書『五輪書』を書き上げたのは、己一人のためではない。それは、寺尾孫之允という、彼の忠実な弟子に、その剣の道のすべてを託すために書かれたものであった。だが、後世、武蔵という名は、伝説的な剣豪としてあまりに大きく語られることになり、その教えを受け継いだ弟子の存在は、あまり広くは知られていない。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
武蔵が最期に書き遺そうとしたのは、本当に「己の兵法の極意」という理(ことわり)だけだったのか。それとも――その極意を受け継ぐ、弟子への人間的な想いも、そこにあったのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、兵法書の匂いが、墨と岩肌の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。


二章 肥後・霊巌洞
気づくと、凪は、肥後国熊本にある、霊巌洞の入り口に立っていた。
初夏の緑が、洞窟の周囲を、静かに覆っている。
凪の身なりは、修行僧風の姿に変わっていた。
「もし」
洞窟の前にいた従者に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「武蔵様に、お目通り願いたい」
「そなた、何者じゃ」
「武蔵様のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
従者は、訝しみながらも、奥へと入っていって、しばらくして戻ってきた。
「榊原とやら申したな。お入りくだされ」
この従者こそ、武蔵の身の回りの世話をしていた、若き門人であった。


三章 武蔵の洞窟
洞窟の中は、質素ながらも、静謐な空気に満ちていた。岩の上には、書きかけの『五輪書』の草稿が、几帳面に置かれている。
武蔵は、岩座から、澄んだ目で凪を見た。
「よう参られた」
「参りました」
「座られよ」武蔵は、静かに言った。「それがしは、この書を、書き上げねば、死ぬに死ねぬ思いでな」
「何を、書き遺そうとしておられるのですか」
武蔵は、しばらく黙っていた。
「兵法の道の、すべてじゃ。地、水、火、風、空――五つの巻に分けて、それがしの会得した、剣の理を記しておる」
「今、ご自身の来し方を、どう振り返っておられますか」
武蔵は、少し目を細めた。
「孫之允のことを、近頃、よく思い出すのじゃ」


四章 名の記されなかった弟子
その夜、凪は洞窟の片隅で、眠れぬまま過ごした。
武蔵の言葉が、頭から離れなかった。
――孫之允のことを、近頃、よく思い出すのじゃ。
これまでの二十六人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが武蔵の場合、彼が向き合っていたのは、「己の兵法をどう完成させるか」だけでなく、「己の道を受け継ぐ者を、どう遺すか」という問いであるように思えた。
史実において、『五輪書』の冒頭には、確かに寺尾孫之允の名が相伝の相手として記されている。だが、それはあくまで兵法を授ける「器」としての記載であり、武蔵が彼に抱いていた個人的な情愛や、師としての深い感謝までは、峻厳な兵法の理(ことわり)の書に馴染まぬとして、削ぎ落とされているようだった。後世、宮本武蔵という名は、佐々木小次郎との決闘をはじめとする数々の伝説と共に大きく語り継がれることになるが、その剣の道を地道に受け継いだ弟子の内面は、陰に隠れがちであった。
凪は、ふと思った。
武蔵が、これほどまでに己の兵法の理を語る一方で、それを受け継ぐ弟子への「人間としての想い」は、これまで、どれほど、はっきりと語られてきたのだろうか。
洞窟の外、初夏の風が、木々を、静かに揺らしていた。


五章 門人との対話
翌日、凪は、洞窟の前で薪を割っていた若き門人と、言葉を交わす機会を得た。
「先生は、孫之允様のことを、よく話されますか」
「はい」門人は、手を止めずに頷いた。「稽古の後、いつも『孫之允の太刀筋は、粘りがある』と、仰せになります。昨夜も、灯りの下で『あやつの忍耐は、兵法の要じゃ』と」
「孫之允様のお名前は、世に、広く知られておりますか」
門人は、首を振った。
「いいえ。先生のお名前は、多くの武芸者に知られておりますが、孫之允様のことまでは、あまり」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。
「先生ご自身は、それを、書に記しておられますか」
門人は、薪を積みながら、少し考えた。
「……いいえ。先生は、書の冒頭にあの方の名を据えられました。技の理は一字一句違えず記されます。ですが、あの方への感謝や想いといった心の内までは、まだ、どこにも」


六章 養子・伊織との対話
その日の夕刻、武蔵の養子であり、
豊前・小倉藩の重臣を務める宮本伊織が、病床の父を案じてはるばる肥後まで洞窟を訪れた
「榊原殿と申されるか。父上より、伺っております」
「伊織殿は、孫之允様のことを、どう見ておられますか」
伊織は、少し驚いた顔をした。
「あの御方なくば、父の兵法は、後の世に、正しく伝わらなかったでしょう。父の教えを、忠実に受け継ぐ器量を持った、数少ない弟子です」
「それは、武蔵様ご自身も、認めておられることですか」
「父は……」伊織は、言葉を選びながら言った。「遺言めいたことを、嫌う質です。『死を飾るな』が口癖でな。されど、内心では、誰よりも、孫之允殿への厚い信頼を、抱いているはずです」
凪は、頷いた。
「もし、武蔵様が、この書に、はっきりと、孫之允様への想いを書き記されたら――何か、変わると思われますか」
伊織は、しばらく考えた。
「変わりましょう。……父の言葉には、それだけの重みがございます。単なる技の受け皿としてではなく、愛弟子としての確かな情が記されれば、道は、決して途切れませぬ」


七章 夜半の対話
その夜、凪は武蔵に呼ばれ、二人だけで洞窟に残った。
「門人や、伊織から、聞き及んだぞ」と武蔵は言った。「おぬしが、孫之允のことを、あれこれ問うておるそうじゃな」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いや」武蔵は、静かに凪を見た。「それがし自身、向き合わねばならぬ角度であった」
「武蔵様は、ご自身の兵法の理について、この書に、あれほど詳しく記してこられました。孫之允様の名も冒頭にございます。ですが、彼という存在に対する、あなたの真実の想いについては、あまりに冷徹に、削ぎ落とされているように見受けました」
武蔵は、しばらく、黙っていた。
岩の滴が、一つ、落ちる音がした。
「……それがしは」やがて彼は、静かに言った。「孫之允の忍耐強さと、誠実さを、誰よりも買うておる。あの者がおらねば、それがしの兵法は、この洞窟と共に、朽ち果てておったやもしれん」
「なぜ、それを書に記されなかったのですか」
「兵法の理を、正しく後世に残すことに、心を奪われすぎておった。受け継ぐ者への想いを言葉にすることは、ただの私情の吐露であり、書を濁すものと、後回しにしてきたのじゃ」
凪は、深く息を吸った。
「武蔵様。あなたは今、『五輪書』の完成を、何より優先しておられます。ですが――もし、孫之允様への師としての情を、はっきりと言葉にしないまま終われば、彼の存在は、あなたの巨大な名声の陰に、ただの記号として埋もれてしまうかもしれません」
「あなたが本当に遺したいものは、ご自身の兵法の理だけでしょうか。それとも――孫之允という、あなたの道を受け継ぐ者の存在と、その絆を、次の時代へと、はっきり書き伝えることも、含まれているのではないでしょうか」
武蔵は、長い間、目を閉じていた。


八章 筆を執る夜
その夜遅く、武蔵は、岩座に向かい、筆を執った。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
「孫之允は……」武蔵は、筆を運びながら、静かに言った。「忍耐強く、誠実に、それがしの教えを学び続けてくれた。この書は、理の書であると同時に、あの者のために書いたものじゃ」
筆先から生まれる文字が、草稿の奥書に、静かに刻まれていった。それは冷徹な兵法の解説ではなく、道を託す者への、深く温かい、師としての祈りそのものであった。
「これを、記しておかねば、死ねぬな」
凪は、静かに、その筆の動きを見つめていた。
やがて武蔵は、筆を置き、深く息をついた。
「……これで、ようやく、心残りが、一つ、減り申した」


九章 遺されたもの
この夜から半月後、正保二年五月十九日、宮本武蔵は、霊巌洞にて、その生涯を閉じることになる。死の七日前には、『独行道』と呼ばれる、二十一箇条の自戒の書も、書き遺したと伝えられている。
史実において、『五輪書』は、寺尾孫之允に相伝され、以後、彼を通じて、武蔵の兵法・二天一流は、後世へと、受け継がれていくことになる。養子の伊織は、後に、武蔵の事績を伝える碑文――小倉碑文を建立し、その生涯を、後世に伝えた。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
伝説的な剣豪としての名声の陰にも、確かに、その道を、地道に受け継いだ弟子の存在が、息づいていたのかもしれない、と。
終章 もう一つの剣路
数百年後。
凪は、都内の古い道場を訪ねていた。
壁に掛かる二天一流の系図。その始まりには、いつも、寺尾孫之允という、一人の弟子の名が、記されている。
「伝説的な剣豪」としてだけではなく、「己の道を、誠実な弟子に、託した一人の兵法者」として。
凪は、静かに、頭を下げた。


エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、初夏の風が、心地よく吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、ご自身の兵法の理だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『正保二年五月、肥後の空は、静かに暮れようとしていた。六十余度の勝負に一度も敗れなかった男は、その最期の日々に、己の兵法を語りながらも、もう一つの光を、確かに、道を継ぐ者へと、書き遺したのである。』
風が吹いた。墨の匂いだけが、微かに残っていた。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。

——了——



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あとがき
本作は宮本武蔵の最晩年を題材としたフィクションです。宮本武蔵、寺尾孫之允、宮本伊織などは実在の人物ですが、物語における対話の内容は、著者の創作です。
実際に武蔵は正保二年(一六四五年)五月十九日、肥後国熊本の霊巌洞にて、その生涯を閉じたと伝えられています。死の七日前、五月十二日には『独行道』を、また、それ以前には兵法書『五輪書』を書き遺しており、同書は弟子の寺尾孫之允に相伝されたとされています。養子の宮本伊織は、後に小倉碑文を建立し、武蔵の事績を後世に伝えました。
なお、武蔵の生涯については、佐々木小次郎との決闘をはじめ、後世の物語や創作によって、大きく脚色されている部分も多く、史実と伝説とが、分かちがたく織り交ざっています。本作もその重なりの上に書かれています。
本作は、前二十六作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

漫路転生記 〜手塚治虫と刻をこえた男〜
玉響転生記・第二十六話


まえがき
二十五度の邂逅を経て、榊原凪はまた新たな「刻」へと導かれることになった。
 植村直己との旅で、凪は「極路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「漫路」であった。
 医師の道を捨て、漫画とアニメーションに生涯を捧げた男。
 平成元年(一九八九年)一月。齢六十。『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』『火の鳥』など、数々の名作を世に送り出しながら、なお病床でペンを離そうとしなかった男――手塚治虫。世界中から「マンガの神様」と呼ばれながら、その最晩年、自らの原点にいた一人の異国の恩人への感謝を、静かに抱き続けていた漫画家の物語である。




プロローグ 睦月の来訪
 東京は、平成という新しい時代を迎えたばかりの、冷え込む夜だった。
 榊原凪は、六十五歳になっていた。植村直己との旅から、半年余りが経っている。
 府中の書斎で、植村がシオラパルクの人々への感謝を手記に綴った、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
 書き上げた小説『単独行の恩人たち』は、静かな反響を呼んだ。
 その夜、凪は書斎で、古い漫画雑誌の縮刷版を眺めながらうたた寝をしていた。
 ふと、インクと消しゴムの粉のような匂いがした。
 顔を上げると、部屋の隅に一人の小柄な男が座っていた。
 丸眼鏡に、ベレー帽。だが、その顔はひどく痩せ、疲れ切っていた。それでも、その目には少年のような尽きせぬ好奇心の光が宿っていた。
 「やあ、こんばんは」
 男は、朗らかに言った。
 「あなたは……」
 「手塚治虫です。漫画を描いております」
 凪は、息を呑んだ。
 手塚治虫。『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』『火の鳥』をはじめ、数々の名作を生み出し、後に「マンガの神様」と呼ばれることになる漫画家。そして――このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
 「なぜ、ここにいるんでしょうねえ」
 「さあ、僕にも分かりません」手塚は、朗らかに笑った。「気づいたら、この妙な部屋にいました。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島、芥川、力道山、将門、道真、崇徳院、植村――あなたが会ってこられた方々の気配が、なんとなく伝わってきます。不思議な方ですね、あなたは」
 彼は、凪を穏やかに見つめた。
 「僕は今、病院のベッドの上です。三本も連載を抱えているんですが……なかなか思うように描けません」
 「手塚様……」
 「ですが」漫画家の目に、澄んだ光が宿った。「まだ、伝えておきたいことがあります」


一章 二十六度目のたゆたい
 その夜、凪は漫画雑誌の縮刷版に埋もれながら考え続けていた。
 これまでの二十五人には、皆「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
 だが手塚治虫の場合、その重さはまた違う質のものだった。
 史実において、手塚は平成元年二月九日、スキルス性の胃癌により六十歳でその生涯を閉じる。病床でも三つの連載を抱え、医師や妻の制止を振り切ってまでペンを握ろうとし続けた。彼の最期の言葉は「頼むから、仕事をさせてくれ」であったと伝えられている。
 手塚の生涯には、あまり知られていない側面があった。彼のアニメーションへの憧れは、しばしばディズニーの影響として語られてきた。だが、彼が最も敬愛していたのは、実は十代半ばに見た一本の中国アニメーション映画――万籟鳴監督の『鉄扇公主』であったという。手塚は、亡くなる三ヶ月前の昭和六十三年十一月、病を押して上海を訪れ、当時八十代であった万籟鳴と再会を果たしていた。
 凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
 手塚が最期に伝えておきたいものがあるとすれば――それは己の作品や仕事への執念だけなのか。それとも、その原点にいた異国の恩人への感謝もあるのではないか。
 凪は、暗い天井を見つめた。
 「行きます」
 呟くと同時に、部屋の空気が震え、漫画雑誌の匂いがインクと消しゴムの匂いに変わった。
 玉響。
 世界が、揺れた。
 目を開けると、鼻を刺す消毒液の匂いがした。


二章 東京・半蔵門病院
 気づくと、凪は東京・半蔵門にある病院の廊下に立っていた。
 真冬の冷たい空気が、病院の廊下を静かに満たしている。
 凪の身なりは、出版社の編集者風の姿に変わっていた。
 「失礼します」
 病室の前にいた人物に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
 「手塚先生に、お目にかかりたい」
 「あなたは、どなたですか」
 「先生のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
 その人物は訝しみながらも病室へと入っていった。
 しばらくして、戻ってきた。
 「サカキバラさんとやら。お入りください」
 この人物こそ、手塚プロダクションのマネージャーを務めていた若き編集者であった。


三章 手塚の病室
 病室には、点滴の管の傍らに原稿用紙とペンがそっと置かれていた。
 手塚は、ベッドの上から疲れた、しかし澄んだ目で凪を見た。
 「よく来てくれました」
 「参りました」
 「座ってください」手塚は、朗らかに言った。「僕は今、『ネオ・ファウスト』をなんとしても完結させたいんです」
 「なぜ、そこまで仕事にこだわられるのですか」
 手塚は、しばらく黙っていた。
 「描くことしか、僕にはできないんです」彼は言った。「今ここで自分が描かなければ、誰が描くんだろうと、いつも思ってしまう」
 「今、ご自身の漫画家人生をどう振り返っておられますか」
 手塚は、少し目を細めた。
 「上海の、万籟鳴先生のことを、近頃よく思い出します」


四章 名の記されなかった恩人
 その夜、凪は病院の一室で眠れぬまま過ごした。
 手塚の言葉が、頭から離れなかった。
 ――上海の、万籟鳴先生のことを、近頃よく思い出します。
 これまでの二十五人は、皆、有限の生の中で何を選ぶかという問いを抱えていた。だが手塚の場合、彼が向き合っていたのは「己の作品をどう完成させるか」だけでなく、「己を育てた恩人をどう正しく伝えるか」という問いであるように思えた。
 史実において、手塚のアニメーションへの原点は、しばしばディズニーの影響として広く語られてきた。だが、彼自身、十代半ばに見た万籟鳴監督の中国アニメーション『鉄扇公主』からの影響が、ディズニーよりも早く、そして深いものであったと周囲に語っていたと伝えられている。亡くなる三ヶ月前、病を押してまで上海を訪れ、老いた万籟鳴と再会したのも、その恩を生涯忘れていなかったからであろう。
 凪は、ふと思った。
 手塚が、これほどまでに己の作品への執念を語る一方で、その原点にいた異国の恩人への感謝は、これまでどれほど広く、正しく語られてきたのか。
 窓の外、半蔵門の夜は、未完の原稿用紙のように白く静まっていた。


五章 マネージャーとの対話
 翌朝、凪は病室の外で待機していたマネージャーと、言葉を交わす機会を得た。
 「先生は、万籟鳴先生のことをよく話されますか」
 「はい」マネージャーは、頷いた。「多くの人は、先生がディズニーの影響を受けたと思っていますが、実は先生ご自身が最も敬愛していたのは万籟鳴先生だったのです」
 「そのことは、世間に広く知られておりますか」
 マネージャーは、首を振った。
 「いいえ。先生のお名前は世界中で知られておりますが、万籟鳴先生のことまでは、あまり知られていないように思います」
 凪は、その言葉の重さを静かに受け止めた。
 「先生ご自身は、それをどう思っておられるのでしょうか」
 マネージャーは、しばらく考えていた。
 「先生は、上海への旅の後、よく万籟鳴先生のことを懐かしそうに話されるようになりました。ですが……それを、まとまった形ではっきりと書き記されたことは、まだあまりないように思います」


六章 息子との対話
 その日の昼過ぎ、病室では手塚の息子が父の描きかけの原稿をそっと整理していた。
 「サカキバラさんと申されるか。父より、伺っております」
 「あなたは、万籟鳴先生のことをどう見ておられますか」
 息子は、少し驚いた顔をした。インクで汚れた指をハンカチで拭いながら答える。
 「父にとって、特別な存在だったのだと思います。父はディズニーに影響を受けたとよく言われますが、本当の原点はもっと別のところにあったのでしょう」
 「それは、お父様ご自身もはっきりと感じておられることですか」
 「父は……」息子は、言葉を選びながら言った。「内心では、誰よりも万籟鳴先生への敬愛を抱いているはずです。ただ、いつも次の作品のことばかり考えている人ですから」
 凪は、頷いた。
 「もし、お父様がはっきりと万籟鳴先生への感謝を書き記されたら――何か、変わると思われますか」
 息子は、病床の父を一瞥してから答えた。
 「変わるかもしれません。……父の言葉には、それだけの重みがあると思います」


七章 夜半の対話
 その夜、凪は手塚に呼ばれ、二人だけで病室に残った。
 「マネージャーや息子から聞きました」と手塚は言った。「あなたが、万籟鳴先生のことをあれこれ聞いておられるそうですね」
 「差し出がましいことを、申し上げました」
 「いえ」手塚は、穏やかな目で凪を見た。「僕自身、向き合わねばならない角度でした」
 「手塚様は、ご自身の作品について世界中であれほど語られてこられました。ですが、万籟鳴先生への感謝については、まとまった形で語られる場がなかったように見受けました」
 手塚は、しばらく黙っていた。
 「僕はね」やがて彼は、静かに言った。「締切から逃げてるうちに、人生の締切が来ちゃった。次、次ってやってるうちに、最初の“ありがとう”を言い忘れてたんですよ」
 自嘲するように笑って、彼は続けた。
 「多くの人が、僕をディズニーの影響を受けた漫画家だと思っています。それも間違いではありません。ですが、僕の本当の原点は十代の頃に見た万籟鳴先生の『鉄扇公主』でした。……あの一本の映画がなければ、僕はアニメーションの道を志さなかったかもしれません」
 「なぜ、それをもっとはっきりと語ってこられなかったのですか」
 「振り返って、恩人への感謝をまとめる時間を、作ってこなかったのでしょう」
 凪は、深く息を吸った。
 「手塚様。あなたは今、『ネオ・ファウスト』の完結を何より優先しておられます。ですが――もし万籟鳴先生への感謝をはっきりと言葉にしないまま終われば、その恩はあなたの名声の陰に埋もれたままになってしまうかもしれません」
 手塚の目が、微かに揺れた。
 「あなたが本当に遺したいものは、ご自身の作品だけでしょうか。それとも――万籟鳴先生という、あなたを育てた恩人の存在を、次の時代へとはっきり書き伝えることも、含まれているのではないでしょうか」
 手塚は、長い間、目を閉じていた。


八章 鉛筆を握る夜
 その夜遅く、手塚は意識が戻った合間に「鉛筆をくれ」と静かに言った。
 凪は、その傍らに静かに控えていた。
 「万籟鳴先生は……」手塚は、震える手で鉛筆を握りながら途切れ途切れに言った。「僕に、アニメーションという表現の“美”を最初に教えてくれた人でした。ディズニーより先に、僕の心を動かした人です」
 震える手で綴られる文字が、原稿用紙の隅に小さく残された。
 「これだけは……書いておきたい。僕の原点は、あの人だったと」
 凪は、静かにその手の動きを見つめていた。
 やがて手塚は鉛筆を置き、静かに目を閉じた。
 「これで……少しは、コマの外の仕事ができたかな」


九章 遺されたもの
 この夜からおよそひと月後、平成元年二月九日、手塚治虫はその生涯を閉じることになる。享年六十。立ち会ったマネージャーによれば、その最期の言葉は「頼むから、仕事をさせてくれ」であったという。
 凪は後年、関係者の証言で知ることになる。史実において、手塚が万籟鳴を敬愛し、亡くなる三ヶ月前に上海で再会を果たしていたことは、後年、手塚プロダクションの関係者によって静かに語られることになる。ディズニーの影響ばかりが語られがちな手塚のアニメーションの原点に、実はこの中国の巨匠との出会いがあったことは、今日少しずつ知られるようになっている。
 凪は、その事実を知り静かに思った。
 世界的な名声の陰にも、確かに、名もなき、あるいはあまり知られていない恩人たちの存在が、原稿の欄外の走り書きのように息づいているのかもしれない、と。


終章 もう一つの漫路
 数十年後。
 日本と中国、それぞれのアニメーション史を紹介する展示の一角に、手塚治虫と万籟鳴、二人の名前が並んで記されていた。
 「マンガの神様」としてだけではなく、「異国の一本の映画に心を動かされた一人の少年」として。


エピローグ もう一つの光
 東京の書斎で、凪は書き上げたばかりの原稿を静かに読み返していた。
 窓の外では、真冬の風がまだ冷たく吹いていた。
 「あなたが遺したかったのは、ご自身の作品だけではなかったはずです」
 凪は、静かに呟いた。
 パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の最後の一文が残されていた。
『平成元年二月、東京の空は静かに暮れようとしていた。医師の道を捨て、漫画とアニメーションに生涯を捧げた男は、その最期の日々に己の仕事を語りながらも、もう一つの光を確かに異国の恩人へと書き遺したのである。』
 風が吹いた。インクと消しゴムの匂いが微かにした。
 玉響の揺らぎは、今日もまた静かに続いている。

——了——


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あとがき
 本作は手塚治虫の最晩年を題材としたフィクションです。手塚治虫は実在の人物ですが、物語におけるマネージャーや息子との対話の内容、病床での具体的な描写は著者の創作です。
 実際に手塚は平成元年(一九八九年)二月九日、スキルス性胃癌のため六十歳で逝去しました。病床でも複数の連載を抱え、最期の言葉は「頼むから、仕事をさせてくれ」であったと手塚プロダクションの関係者が伝えています。
 手塚のアニメーションへの原点について、多くの人がディズニーの影響を想起しますが、手塚プロダクションの関係者によれば、実際に手塚が最も敬愛していたのは中国のアニメーション映画『鉄扇公主』を手掛けた万籟鳴監督であり、ディズニーよりも早く、深い影響を受けていたとされています。手塚は、亡くなる三ヶ月前の昭和六十三年十一月、病を押して上海を訪れ、当時八十代であった万籟鳴と再会を果たしました。この再会の詳しい様子や、手塚が最晩年に抱いていた具体的な想いについては、本作における描写は著者の創作です。
 本作は、前二十五作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
 そして、玉響は、いつの時代にも静かに揺らいでいるのかもしれません。

極路転生記 〜植村直己と刻をこえた男〜
玉響転生記・第二十五話


まえがき
二十四度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
崇徳院との旅で、凪は「皇路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「極路」であった。
北極から南極まで、地球の果てを、単独で駆け抜けようとした男。
昭和五十九年(一九八四年)一月。齢四十三。五大陸最高峰への登頂、犬ぞりによる北極点単独到達など、数々の前人未到の記録を打ち立ててきた男――植村直己。だが、その「単独行」という栄光の陰で、彼を育ててくれた、遠い北極圏の人々への感謝を、静かに抱き続けていた冒険家の物語である。




プロローグ 睦月の来訪
東京は、正月気分も抜けきらぬ、冷え込む夜だった。
榊原凪は、六十四歳になっていた。崇徳院との旅から、半年余りが経っている。
讃岐の御所で、崇徳院が綾高遠と綾御前への想いを語った、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『情の記憶』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い冒険記の写真集を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、犬の匂いと、凍てついた雪のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の小柄な男が座っていた。
厚手の防寒着。日に焼けた、精悍な顔立ち。だが、その目には、驚くほど穏やかな、人懐こい光が宿っていた。
「こんばんは。お邪魔します」
男は、朗らかに言った。
「あなたは……」
「植村直己です。冒険家をしております」
凪は、息を呑んだ。
植村直己。世界初の五大陸最高峰登頂、犬ぞりによる世界初の北極点単独到達を成し遂げた冒険家。このおよそひと月後、その消息を絶つことになっている男。
「なぜ、ここにいるんでしょうね」
「さあ、僕にも、分かりません」植村は、人懐こく笑った。「気づいたら、この妙な部屋にいました。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島、芥川、力道山、将門、道真、崇徳院――あなたが会ってこられた方々の気配が、なんとなく、伝わってきます。不思議な方ですね、あなたは」
彼は、凪を穏やかに見つめた。
「僕は今、マッキンリーの冬季単独登頂に、挑もうとしています」
「植村さん……」
「ですが」冒険家の目に、澄んだ光が宿った。「その前に、伝えておきたいことが、あります」


一章 二十五度目のたゆたい
その夜、凪は冒険記の写真集に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの二十四人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが植村直己の場合、その重さは、また違う質のものだった。
これまでの人物たちの多くは、自らの死期を、ある程度、悟っていた。だが植村は違う。彼は昭和五十九年二月、マッキンリー(現デナリ)の冬季単独登頂に成功した直後、下山中に消息を絶つことになる。本人は、まだ、その日が来ることを知らないのだ。
植村の生涯には、あまり語られない側面があった。彼の「単独行」という栄光は、日本国内では、しばしば、たった一人の力で成し遂げられた偉業として、語られてきた。だが、その単独行を可能にした技術の多くは、グリーンランド最北の村・シオラパルクで、彼が生活を共にした、イヌイットの人々から学んだものであった。犬ぞりの操り方、極地での生き方、氷の状態の読み方――それらすべてを、植村は、名もなき先住の人々から、謙虚に学び取っていた。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
植村が、あとひと月後に迎える運命を前に、伝えておきたいものがあるとすれば――それは、己の「単独行」の栄光だけなのか。それとも、その陰で、彼を育ててくれた、極北の人々への感謝も、あるのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、写真集の匂いが、犬と雪の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。


二章 東京・府中の自宅
気づくと、凪は、東京・府中にある、植村の自宅の玄関先に立っていた。
正月飾りの残る、質素な一軒家であった。
凪の身なりは、出版社の編集者風の姿に変わっていた。
「ごめんください」
声をかけると、奥から、小柄で芯の強そうな女性――植村をそっと支え続けてきた妻が、静かに出てきた。
「植村さんにお目にかかりたいのです。ご本人のお導きで参りました。到着をお伝えいただければ、お分かりになるはずです」
女性は少し驚いた顔をしたが、凪の佇まいを見て何かを察したのか、静かに奥へと消えた。
しばらくして、彼女は戻ってきた。
「どうぞ、お上がりください。書斎に主人がおります」


三章 植村の書斎
書斎には、世界各地の地図と、犬ぞりの模型、そして、書きかけの遠征計画書が、几帳面に並んでいた。
植村は、机の前から、穏やかな目で凪を見た。
「よく来てくれました」
「参りました」
「座ってください」植村は、朗らかに言った。「僕は今、マッキンリーの冬季単独登頂の準備をしています」
「なぜ、そこまで、単独での挑戦に、こだわられるのですか」
植村は、しばらく黙っていた。
「組織で行う登山には、色々な気遣いが要りますから」彼は言った。「単独なら、自分の判断だけで、山と向き合える。それが、僕の性に合っているんです」
「今、ご自身の冒険人生を、どう振り返っておられますか」
植村は、少し目を細めた。
「グリーンランドのシオラパルクのことを、近頃、よく思い出します」


四章 名の記されなかった人々
その夜、凪は植村の家の一室を借り、眠れぬまま過ごした。
植村の言葉が、頭から離れなかった。
――グリーンランドのシオラパルクのことを、近頃、よく思い出します。
植村は、南極大陸横断という夢のため、極地トレーニングとして、グリーンランド最北の村・シオラパルクで、十ヶ月にわたり、イヌイットの人々と生活を共にした。狩猟の技術、犬ぞりの操り方、氷の状態の読み方――彼の「単独行」を支えた、あらゆる技術の土台は、この村の人々から、学んだものであった。だが、日本で語られる植村直己の物語は、しばしば、「たった一人で成し遂げた男」という側面ばかりが、強調されがちであった。
植村が、これほどまでに単独行の栄光を語られる一方で、彼を育ててくれた、極北の名もなき人々への感謝は、これまで、どれほど、はっきりと語られてきたのか。
奥の部屋からは、遠征準備の手伝いをする、奥方の静かな衣擦れの音が聞こえてくる。茶托を置く、かすかな陶器の音。彼が守ろうとした日常の音だ。
窓の外、府中の静かな夜の気配が、遠く微かに感じられた。その闇の向こうに、緯度にして50度も北の、氷の気配を、凪はふと錯覚した。


五章 事務所職員との対話
翌日、凪は、書斎で遠征計画書を整理していた、若い事務所の職員と、言葉を交わす機会を得た。
「植村さんは、グリーンランドの村のことを、よく話されますか」
「はい」職員は、頷いた。「特に、犬ぞりの操り方を教えてくれた、村の方々のことを、本当に親しみを込めて話されます」
「その方々のお名前は、日本で、広く知られておりますか」
職員は、寂しそうに首を振った。
「いいえ。植村さんのお名前は日本中で知られておりますが、シオラパルクの方々のお名前までは、あまり知られていないように思います」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。
「植村さんご自身は、それを、どう思っておられるのでしょうか」
職員は、しばらく考えていた。
「植村さんは、いつも、感謝の言葉を口にされます。ですが……それを、まとまった形で、はっきりと書き記されたことは、まだ、あまりないように思います」


六章 旧友との対話
その日の夕刻、植村と共にグリーンランドで過ごした経験を持つ、日本人の旧友が、家を訪ねてきた。
「榊原さんですか。植村から、少し聞いています」
「あなたは、シオラパルクの人々のことを、どう見ておられますか」
旧友は、少し驚いた顔をした。
「あの人たちがいなけりゃ、植村の単独行は、成らなかったでしょうね。厳しい極地で生き抜く知恵を、惜しみなく分け与えてくれる人たちです」
「それは、植村さんご自身も、深く認めておられることですか」
「あいつは……口じゃ“単独、単独”って言うけどよ」旧友は、言葉を選びながら言った。「酔うとポロッと、イヌイットの親父さんの名前を出すんだ。『あの人がいなけりゃ、僕はここにいない』って。内心では、誰よりも、あの村の人たちへの感謝を、抱いているはずです。ただ、次の冒険のことばかりを、いつも考えている男ですからね」
凪は、頷いた。
「もし、植村さんが、この遠征の前に、はっきりと、シオラパルクの人々への感謝を、書き記されたら――何か、変わると思われますか」
旧友は、少し目を細めて言った。
「変わると思いますよ。あいつの言葉には……それだけの重みがありますから」


七章 夜半の対話
その夜、凪は植村に呼ばれ、二人だけで書斎に残った。
「職員や、古い友人から、聞きました」と植村は言った。「あなたが、シオラパルクの人たちのことを、あれこれ聞いておられるそうですね」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いえ」植村は、穏やかな目で凪を見た。「僕自身、向き合わねばならない角度でした」
「植村さん。あなたはご自身の単独行について、日本中で、あれほど語られてこられました。ですが、シオラパルクの人々への感謝については、まとまった形で、語られる場が、少なかったように見受けました」
植村は、しばらく、黙っていた。
「僕は……」やがて彼は、静かに言った。「あの村の人たちの知恵がなけりゃ、極地では一歩も前に進めなかった。犬ぞりの操り方も、氷の読み方も、生きる術のすべてを、あの人たちから教わったんです。……だけど、それをはっきりと形にして遺そうとは、これまで、あまり考えてみなかったな」
「なぜですか」
「単独行、単独行と、周りが言ううちに、僕自身も次の山のことばかりに頭がいってしまっていたのかもしれません」
凪は、深く息を吸った。
「植村さん。あなたは今、マッキンリーへの挑戦を、何より優先しておられます。この先、何が起こるかは、誰にも分かりません。ですが――もし、シオラパルクの人々への感謝を、はっきりと言葉にしないまま出発されれば、その恩は、あなたの栄光の陰に、埋もれたままになってしまうかもしれません」
「埋もれる、か」植村が初めて少し語気を強めた。「僕は、別に名を売りたくて山に登ってるわけじゃない。だけどな、榊原さん。感謝を形にするってのは、照れくさいもんだぜ」
「照れくさい、ですか」
「あ。山じゃ誰にも頼らず、自分の足で立つ。それが冒険ってもんだ。でも……」植村は、そこで言葉を切った。
「あなたが本当に遺したいものは、ご自身の単独行の栄光だけでしょうか。それとも――シオラパルクの人々という、あなたを育てた恩人たちの存在を、次の時代へと、はっきり書き伝えることも、含まれているのではないでしょうか」
植村は、長い間、目を閉じていた。


八章 筆を執る夜
その夜遅く、植村は、書斎の机に向かい、遠征前の手記を、書き始めた。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
「シオラパルクの人たちは……」植村は、筆を運びながら、静かに言った。「見返りを求めず、僕に、生きる術のすべてを、教えてくれました。あの人たちがいなければ、おれの単独行は、そもそも、成り立たなかったでしょう」
ふと「おれ」と口をついて出た。植村自身も驚いたように、少し笑った。
手記に綴られる文字が、静かに、余白を埋めていった。
「これを、はっきりと、書いておきたい。単独行とは言っても、僕は、決して一人で、成し遂げたわけではないと」
凪は、静かに、その筆の動きを見つめていた。
やがて植村は、筆を置き、深く息をついた。
「これで……少しは、心が、軽くなりました」
その時、遠くで犬の遠吠えのような音がした。府中の住宅街で、そんなはずはない。だが確かに、凪の耳には、氷原を渡る犬ぞりの気配が届いた。


九章 残されたもの
この夜からおよそひと月後、昭和五十九年二月、植村直己は、マッキンリーの冬季単独登頂に成功し、無線でその成功を伝えた後、下山の途中で消息を絶った。
捜索は続けられたが、その姿は、今日に至るまで、発見されていない。同年、彼には、国民栄誉賞が贈られている。
凪は、東京の自宅へ戻り、植村が遺した足跡を、静かに想った。
一人で成し遂げたように見える偉業もまた、その陰には、名もなき人々の、惜しみない知恵の分かち合いが、あったのかもしれない、と。


終章 もう一つの極路
数十年後。
グリーンランド最北の村・シオラパルクには、今も、植村直己の記憶が、村人たちの間に、静かに語り継がれていた。
「彼に、エスキモー語を教えていたんだよ」と、ある村人は、目を細めて語った。
「単独行の英雄」としてだけではなく、「遠い異国の知恵を、謙虚に学び取った、一人の旅人」として。


エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、真冬の風が、まだ冷たく吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、ご自身の栄光だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『昭和五十九年一月、東京の空は、静かに暮れようとしていた。地球の果てを単独で駆け抜けようとした男は、その最期の日々に、己の挑戦を語りながらも、もう一つの光を、確かに、遠い北の大地へと、書き遺したのである。』
風が吹いた。犬と、雪の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。

――了――


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あとがき
本作は植村直己の最晩年を題材としたフィクションです。植村直己は実在の人物ですが、物語における周囲との対話の内容、遠征前の手記の描写は、著者の創作です。
実際に植村は昭和五十九年(一九八四年)二月、北米大陸最高峰マッキンリー(現デナリ)の冬季単独登頂に成功した後、下山中に消息を絶ちました。遺体は今日まで発見されておらず、同年、国民栄誉賞が贈られています。
植村は、南極大陸横断という夢のため、昭和四十七年から四十八年(一九七二〜七三年)にかけて、グリーンランド最北の村・シオラパルクで、イヌイットの人々と生活を共にし、狩猟や犬ぞりの技術を学びました。この経験は、彼の著書『極北に駆ける』などに詳しく記されています。植村自身が、こうした人々への感謝を、最晩年、具体的にどのように語っていたかについては、本作における描写は、著者の創作です。
また植村の妻・公子氏は、彼が遠征のたびに送った手紙や絵日記を通じて、その活動を長く支え続けたことが知られていますが、本作ではご存命の方への配慮から、直接的な心情描写は控え、一歩引いた佇まいとして描いております。
本作は、前二十四作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

皇路転生記 〜崇徳院と刻をこえた男〜
玉響転生記・第二十四話


まえがき
二十三度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
菅原道真との旅で、凪は「梅路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「皇路」であった。
都を追われ、遠い配流の地で、なお人としての情を、失わずにいた男。
長寛二年(一一六四年)八月。齢四十六。保元の乱に敗れ、讃岐の地に流されて、九年になろうとしていた男――崇徳院。後に、日本三大怨霊の一人として、恐れられることになる元天皇の物語である。
なお、平安時代後期という遠い時代のことゆえ、崇徳院の生涯については、史実と、『保元物語』をはじめとする、後世の物語や伝説とが、分かちがたく織り交ざっている。本作もまた、その伝説の重なりの上に、一つの物語を紡ぐものである。





プロローグ 葉月の来訪
東京は、残暑の厳しい、蒸し暑い夜だった。
榊原凪は、六十四歳になっていた。菅原道真との旅から、半年余りが経っている。
大宰府の配所で、道真が味酒安行への感謝を詩に込めた、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『見返りを求めぬ人』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、後世の人が記した『保元物語』の写しを眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、潮風と、古い経文のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の男が座っていた。
質素な衣。伸び放題の髪。だが、その目には、深い疲労の中にも、どこか高貴で人間らしい温かさが宿っていた。
「夜分に、驚かせたな」
男は、静かに言った。
「あなたは……」
「崇徳院と申す。かつては、この国の帝であった」
凪は、息を呑んだ。
崇徳院。第七十五代天皇として即位しながら、父・鳥羽上皇との確執の末、保元の乱に敗れ、讃岐国へと流された元天皇。後に、日本三大怨霊の一人として恐れられることになる人物。そして――このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここにおるのか」
「さて、麻呂にも、分からぬ」崇徳院は、静かに、力なく微笑んだ。「気づけば、この妙な部屋におった。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島、芥川、力道山、将門、道真――そなたが会うてきた者たちの気配が、なんとのう、伝わってくる。不思議な御仁じゃな、そなたは」
彼は、凪を静かに見つめた。
「麻呂は今、讃岐の地で、九年の歳月を過ごしておる」
「崇徳院様……」
「されど」元天皇の目に、複雑な光が宿った。「まだ、伝えておきたいことが、ある」


一章 二十四度目のたゆたい
その夜、凪は『保元物語』の写しに目を落としながら、考え続けていた。
これまでの二十三人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが崇徳院の場合、その重さは、また違う質のものだった。
史実において、崇徳院は保元元年(一一五六年)、保元の乱に敗れ、讃岐国へと配流される。九年にわたる配流生活の末、長寛二年(一一六四年)八月、その地で崩御したと伝えられている。
晩年、鳥羽上皇の菩提を弔うため、三年をかけて写経した大乗経を都の寺へ納めようとしたが、朝廷はこれを拒み、送り返してしまう。この仕打ちに絶望した崇徳院は、後に「日本国の大魔縁とならん」と、自らの舌を噛み切った血で誓いを書き記したと、『保元物語』は伝えている。
だが、崇徳院の讃岐での日々には、もう一つの側面があった。配流当初、彼を迎え入れ、庇護したのは、讃岐国司庁の首席官人・綾高遠という、地元の豪族であった。高遠の娘との間には一男一女が生まれたが、いずれも幼くして世を去り、菊塚、姫塚と呼ばれる塚に葬られたという伝承がある。
凪には思えた。
院の胸中に渦巻く都への怨念の陰で、讃岐の情と我が子への想いは、どれほど声を持ち得たのか、と。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、写本の匂いが、潮風と経文の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。


二章 讃岐・鼓岡の御所
気づくと、凪は、讃岐国鼓岡にある、崇徳院の御所の裏手に立っていた。
晩夏の潮風が、質素な御所を吹き抜けていく。
凪の身なりは、御所に仕える下人風の姿に変わっていた。
「もし」
庭先で御所の管理を差配していた、品格のある老爺に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「院に、お目通り願いたい」
「そなた、何者じゃ。ここはみだりに立ち入る場所ではない」
「院のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
老爺は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「サカキバラとやら申したな。お入りくだされ」
この老爺こそ、綾高遠――官人の身分でありながら、周囲の目を恐れず、崇徳院を讃岐で長く支え続けてきた男であった。


三章 崇徳院の御所
御所は、都の内裏とは比べようもない、質素な造りであった。だが、文机の上には、写経の道具が静かに置かれている。
崇徳院は、文机の前から、疲れた、しかし澄んだ目で凪を見た。
「よう参られた」
「参りました」
「座られよ」崇徳院は、静かに言った。「麻呂は、この地で九年を過ごしてきた」
「都への想いは、今も、お強くあられますか」
崇徳院は、しばらく黙っていた。
「都への未練が、ないと申せば嘘になろう」彼は言った。「されど、この地にも、麻呂を支えてくれた者たちがおった」
「綾高遠殿のことでしょうか」
崇徳院は、少し目を細めた。
「高遠がおらねば、麻呂はこの地で、住む場所すらおぼつかなかったであろう」彼は、静かに言った。「そして……高遠の娘との間に生まれた、二人の子のことも、近頃、よく思い出す」


四章 名の記されなかった子ら
その夜、凪は御所の片隅で、眠れぬまま過ごした。
崇徳院の言葉が、胸から離れなかった。
これまでの二十三人は、皆、有限の生の中で何を選ぶかという問いを抱えていた。だが崇徳院の場合、彼が向き合っていたのは、「都への怨念をどう引き受けるか」だけでなく、「讃岐の地で結んだ、確かな情を、どう遺すか」という問いであるように思えた。
後世、崇徳院は「大魔縁となった恐ろしい怨霊」としてばかり語り継がれることになる。だが、その陰で、讃岐の地で育まれた小さな家族の情と、幼くして失われた命への哀しみは、歴史の表舞台に語られることはなかった。
窓の外、讃岐の海の潮騒が、遠く微かに聞こえていた。


五章 高遠との対話
翌日、凪は、庭先で静かに佇んでいた高遠と、言葉を交わす機会を得た。
「院は、亡くなられたお子様たちのことを、よく話されますか」
高遠は、遠い目をしながら答えた。
「ああ。菊塚、姫塚に眠るあの子らのことを、時折、愛おしそうに話される。……あの子らが元気であったなら、と」
「院にとって、あなたと、あなたの娘の存在は、どれほどのものだったのでしょうか」
高遠は、静かに言った。
「都から見放され、この讃岐に流されてきた御方じゃ。それがしにできることは、ただ、住まいを整え、不自由なきよう共に日々を過ごすことだけであった。ただそれだけのことよ」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。
「院ご自身は、それを、どう思っておられるのでしょうか」
高遠は、しばらく黙って、遠くの山並みを見つめていた。
「院は、いつも感謝の言葉をかけてくださる。ですが……それを、はっきりと後の世に向けて、書き記されたことは、まだないように思う。院の心は今、都への無念で張り裂けそうなのだ」


六章 娘・綾御前との対話
その日の夕刻、高遠の娘であり、崇徳院との間に子をもうけた、綾御前が御所を訪れた。
「サカキバラ殿と申されるか。院より、伺っております」
「あなたは、院のことを、どう見ておられますか」
綾御前は、少し目を伏せた。
「都ではあれほどの地位におられた御方が、この讃岐で、あのように静かに悲しみを抱えて過ごしておる。……それを見るのは、胸が締め付けられる思いです」
「お子様たちを亡くされたことは、院にとって、どれほどの意味を持つのでしょうか」
「院は……」綾御前は、言葉を選びながら言った。「表には出されませぬが、内心では、深く、深く、涙を流しておられるはずです。ただ、都から届く冷酷な仕打ちのせいで、心がいつも張り詰めておられるのでしょう」
凪は、頷いた。
「もし、院が、はっきりとあなた方への想いを言葉にされたら――何か、変わると思われますか」
綾御前は、しばらく考えた。
「変わりましょう。……院のお言葉には、それだけの重みがございます。院ご自身の心もまた、救われるのではないかと、私は思うのです」


七章 夜半の対話
その夜、凪は崇徳院に呼ばれ、二人だけで御所に残った。
「高遠や、綾御前から、聞き申した」と崇徳院は言った。「そなたが、あの子らのことを、あれこれ問うておるそうじゃな」
「差し出がましいことを申し上げました」
「いや」崇徳院は、静かに凪を見た。「麻呂自身、向き合わねばならぬ角度でござった」
「院は、都への無念について、深く思いを募らせておられます。ですが、讃岐で結ばれた情や、亡くなられたお子様たちへの想いについては、あまりに語られる場が少なかったように見受けられました」
崇徳院は、しばらく黙っていた。
「麻呂は……」やがて彼は、絞り出すように言った。「都に、あれほど裏切られながらも、この讃岐の地で、高遠や、綾御前や、あの子らと過ごした日々もまた、麻呂にとって、確かな、生きた証であった。……だが、怨念にばかり心を奪われ、それを、はっきりと言葉にしてこなんだ」
「それは、なぜでございましょうか」
「都への無念が、あまりに深く、麻呂の心を蝕んでおったゆえ、じゃろう。呪わねば、己の形を保てぬほどにな」
凪は、深く息を吸い、寄り添うように言った。
「院。菊塚に眠る子らは、院の怨念を語りませぬ。ただ、父としてのあなたを待っております」
崇徳院の目が、微かに揺れた。
長い間、彼は目を閉じていた。


八章 語られた言葉
その夜遅く、崇徳院は、高遠と綾御前を呼び、静かに語り始めた。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
「高遠、綾御前」崇徳院は、ゆっくりと、言葉を選びながら言った。「都は、麻呂を見放した。されど、そなたたちは、麻呂を見放さなんだ。……菊塚、姫塚に眠る、あの子らのことも、麻呂は生涯、忘れはせぬ」
高遠と綾御前は、深く頭を下げた。
「都が麻呂を怨霊と呼ぶとも、この地の情まで奪わせはせぬ」崇徳院は、静かに、しかし帝の響きをもって続けた。「高遠、綾御前よ。子らの名と、ここでの日々を、語り継いでくれ。それが麻呂の、もう一つの皇路じゃ」
凪は、静かに、その言葉を聞いていた。
やがて崇徳院は、深く息をついた。
「これで……少しは、心が安まった。そなたのおかげじゃ、サカキバラ」


九章 残されたもの
この夜からおよそひと月後、長寛二年八月、崇徳院は、讃岐にてその生涯を閉じることになる。享年四十六。
『保元物語』は、都から送り返された写経を前に、崇徳院が絶望のうちに恐ろしい誓いを立てたと伝えている。この物語は、後世、彼を「日本三大怨霊」の一人として位置づけることになり、平安末期から鎌倉期にかけての政情不安の多くが、彼の祟りとして語られることになる。
だが、讃岐の地には、また別の記憶も、静かに残されていた。彼を庇護した綾高遠、その娘との間に生まれ、幼くして世を去った二人の子ら――それらの存在は、後の世、菊塚、姫塚として、讃岐の地に、今も大切に守られている。
崇徳院の没後、歌人・西行法師が、その霊を慰めるため、讃岐の地(白峯陵)を訪れたと伝えられている。西行が手向けた歌に応え、崇徳院の霊は、静まったという。
恐ろしい怨霊としての物語の陰にも、確かに、人としての情の記憶が、息づいていた。


終章 もう一つの皇路
八百年余りの後。
京都・白峯神宮の境内に、崇徳院の霊を慰めるための社が、今も、静かに佇んでいた。
また、遠く讃岐の地には、菊塚、姫塚と呼ばれる、小さな塚が、今も大切に守られている。
「日本三大怨霊の一人」としてだけではなく、「讃岐の地で、確かな情を結んだ、一人の人間」として。


エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、残暑の風が、まだ、蒸し暑く吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、都への怨念だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『長寛二年八月、讃岐の空は、静かに暮れようとしていた。都を追われ、遠い配流の地で生きた男は、その最期の日々に、己の無念を抱えながらも、もう一つの光を、確かに、讃岐の地へと、語り遺したのである。』
風が吹いた。潮と、経文の匂いが、微かにした。
書斎の古時計が、六十四年の重みを抱えて、静かに時を刻んでいた。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。

――了――


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あとがき
本作は崇徳院(崇徳上皇)の最晩年を題材としたフィクションです。平安時代後期という遠い時代のことゆえ、崇徳院の生涯については、史実と、『保元物語』をはじめとする、後世の物語や伝説とが、分かちがたく織り交ざっており、本作もその伝説の重なりの上に書かれています。綾高遠は実在の人物とされていますが、物語における対話の内容や、娘・綾御前についての具体的な描写は、著者の創作です。
実際に崇徳院は、保元元年(一一五六年)の保元の乱に敗れ、讃岐国へ配流され、長寛二年(一一六四年)にその地で亡くなったと伝えられています。晩年、鳥羽上皇の菩提のために写経した大乗経を都へ納めようとしたものの、朝廷に拒まれ送り返されたことに絶望し、恐ろしい誓いを立てたとする逸話は、『保元物語』に記されていますが、これが史実かどうかについては、研究者の間でも意見が分かれています。
讃岐国司庁の官人・綾高遠が崇徳院を庇護し、その娘との間に生まれた子が幼くして亡くなったという伝承は、地元・香川県坂出市などに、今日まで伝えられています。
本作は、前二十三作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

梅路転生記 〜菅原道真と刻をこえた男〜
玉響転生記・第二十三話


まえがき
二十二度の邂逅を経て、榊原凪は新たな「刻」へと導かれた。
将門が遺した「将路」に続き、今回彼が辿るのは「梅路」である。
 都を追われながらも、学問への志を最期まで手放さなかった男。
 延喜三年(九〇三年)一月。右大臣にまで昇りながら、政敵の讒言により、大宰府へと左遷された男――菅原道真。都から遠く離れた地で、貧しさと孤独の中、なお学問と誠実を貫こうとした学者の物語である。
 なお、平安時代前期という遠い時代のことゆえ、道真の生涯については、史実と、後世に積み重ねられた伝説とが、分かちがたく織り交ざっている。本作もまた、その伝説の重なりの上に、一つの物語を紡ぐものである。




プロローグ 睦月の来訪
 東京は、松の内も明けた、底冷えのする夜だった。
 榊原凪は、六十三歳になっていた。平将門との旅から、半年余りが経っている。
 下総国の館で、将門が坂東の民への想いを語った、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
 書き上げた小説『逆賊と呼ばれた男』は、静かな反響を呼んだ。
 その夜、凪は書斎で、古い漢詩文集の写本を眺めながら、うたた寝をしていた。
 ふと、微かな墨の香りと、どこか懐かしい梅の匂いがした。
 顔を上げると、部屋の隅に、一人の痩せた老人が座っていた。
 質素な狩衣。深く刻まれた皺。だが、その目には、驚くほど澄んだ、学者らしい静けさが宿っていた。
 「夜分に、失礼つかまつる」
 老人は、静かに言った。
 「あなたは……」
 「菅原道真と申す。かつては、右大臣を務めた者じゃ」
 凪は、息を呑んだ。
 菅原道真。学者として、また政治家として、右大臣にまで昇りながら、政敵の讒言により、大宰府へと左遷された人物。後に「学問の神」として、日本中で敬われることになる男。そして――このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
 「なぜ、ここにおるのか」
 「さて、それがしにも、分からぬ」道真は、静かに微笑んだ。「気づけば、この妙な部屋におった。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島、芥川、力道山、将門――そなたが会うてきた者たちの気配が、なんとのう、伝わってくる。不思議な御仁じゃな、そなたは」
 彼は、凪を穏やかに見つめた。
 「それがしは今、大宰府にて、都から遠く離れ、貧しき日々を送っておる」
 「道真様……」
 「されど」老いた学者の目に、澄んだ光が宿った。「まだ、書き遺したいことが、ある」


一章 二十三度目のたゆたい
 その夜、凪は漢詩文集の写本に埋もれながら、考え続けていた。
 これまでの二十二人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
 ふと、自分が五十九歳で世を去る道真の享年を、既に四つも越えていることに気づく。歴史の教科書で仰ぎ見た偉人たちが、今の自分より若くして命を燃やし尽くしていたのだという事実は、凪の胸に不思議な厳粛さをもたらした。
 だが菅原道真の場合、その生の重さは、また違う質のものだった。
 史実(と伝説)において、道真は延喜元年(九〇一年)、政敵・藤原時平の讒言により、大宰権帥として、大宰府へと左遷される。延喜三年(九〇三年)二月、都に戻ることなく、失意のうちに、その生涯を大宰府で閉じたと伝えられている。
 道真の左遷生活を支えた、一人の人物がいた。地元・大宰府の神官であったと伝えられる、味酒安行(うまさけの・やすゆき)である。都から見放され、貧しい暮らしを強いられた道真に、密かに衣食を届け、その最期を看取り、亡骸を、手厚く葬った人物とされている。だが、その名は、後に「学問の神」として、日本中で敬われることになる道真の陰で、あまり広くは知られていない。
 凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
 漢詩に滲む無念の強さに触れるたび、凪は思う。道真が最期まで抱えていたのは、それだけだったのか。
 その無念を、この地で静かに支えた者の存在も、あったのではないか。
 凪は、暗い天井を見つめた。
 「行きます」
 呟くと同時に、部屋の空気が震え、書斎の匂いが、鮮烈な墨と梅の香りに変わった。
 玉響。
 世界が、揺れた。


二章 大宰府の配所
 気づくと、凪は、大宰府にある、道真の配所の裏手に立っていた。
 冬枯れの庭に、一本の梅の木が、静かに佇んでいる。
 凪の身なりは、配所に仕える下人風の姿に変わっていた。
 「もし」
 庭先にいた老爺に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
 「道真様に、お目通り願いたい」
 「そなた、何者じゃ」
 「道真様のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
 老爺は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
 しばらくして、戻ってきた。
 「サカキバラとやら申したな。お入りくだされ」
 この老爺こそ、味酒安行――道真の配所を、密かに支え続けてきた、地元の神官であった。


三章 道真の配所
 配所は、都の邸宅とは比べようもない、粗末な造りであった。だが、文机の上には、書きかけの漢詩の草稿が、几帳面に置かれている。
 道真は、文机の前から、澄んだ目で凪を見た。
 「よう参られた」
 「参りました」
 「座られよ」道真は、静かに言った。「それがしは、この地で、学問と、詩作だけを、支えに生きておる」
 「なぜ、そこまで、学問に、こだわられるのですか」
 道真は、しばらく黙っていた。
 「政(まつりごと)の道は、それがしから、無情にも、奪われた」彼は言った。「されど、学問だけは、誰にも、奪うことができぬ」
 「今、ご自身の来し方を、どう振り返っておられますか」
 道真は、少し目を細めた。
 「都に残してきた、紅梅のことを、近頃よく思い出す」彼は、静かに言った。「そして、この地で、それがしを支えてくれておる、安行のことも」


四章 名の記されなかった人
 その夜、凪は配所の片隅で、眠れぬまま過ごした。
 道真の言葉が、頭から離れなかった。
 ――この地で、それがしを支えてくれておる、安行のことも。
 これまでの二十二人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが道真の場合、彼が向き合っていたのは、「己の無念をどう引き受けるか」だけでなく、「己を支えてくれた者を、どう遺すか」という問いであるように思えた。
 伝説において、味酒安行は、都から見放された道真に、密かに衣食を届け続けた人物とされている。だが、その献身は、後に「学問の神」として、日本中で敬われることになる道真の、あまりに大きな名声の陰に、埋もれがちであった。
 凪は、ふと思った。
 道真が、これほどまでに己の無念を漢詩に詠む一方で、安行への感謝は、これまで、どれほど、はっきりと語られてきたのか。
 窓の外、大宰府の夜風が、梅の枝を、静かに揺らしていた。


五章 安行との対話
 翌日、凪は、庭先で薪を割っていた安行と、言葉を交わす機会を得た。
 「あなたは、なぜ、道真様に、これほどまでに、お仕えになるのですか」
 安行は、手を止めた。
 「あの御方は、都では、あれほどの地位におられた御方じゃ。それが、この辺境で、粗末な暮らしを強いられておられる。……見過ごすことなど、できぬ」
 「あなたご自身のお名前は、世に、広く知られておりますか」
 安行は、静かに首を振った。
 「いいえ。それがしのような、地元の神官の名など、誰も覚えてはおりますまいな」
 凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。
 「道真様は、それを、どう思っておられるのでしょうか」
 安行は、しばらく黙って、割った薪を見つめていた。
 「道真様は、いつも、感謝の言葉を、かけてくださる」彼は、やがて言った。「ですが……それを、詩や文として、はっきりと書き記されたことは、まだ、ないように思う」


六章 弟子・味酒好文との対話
 その日の夕刻、道真の身の回りの世話をしていた、安行の息子・味酒好文(うまさけの・よしふみ)が、配所を訪れた。
 「サカキバラ殿と申されるか。道真様より、伺っております」
 「好文殿は、父君・安行様のことを、どう見ておられますか」
 好文は、少し驚いた顔をした。
 「父なくば、道真様は、この地で、とうに、飢え死にされていたやもしれませぬ。父は、誰に頼まれたわけでもなく、ただ、道真様のことを、案じ続けております」
 「それは、道真様ご自身も、深く感謝しておられることですか」
 「道真様は……」好文は、言葉を選びながら言った。「内心では、誰よりも、父への感謝を、抱いておられるはずです。ただ、都を追われた無念のことで、頭が一杯であられたのでしょう」
 凪は、頷いた。
 「もし、道真様が、はっきりと、安行様への感謝を、詩に書き記されたら――何か、変わると思われますか」
 好文は、しばらく考えた。
 「変わりましょう。……道真様のお言葉には、それだけの重みがございます」


七章 夜半の対話
 その夜、凪は道真に呼ばれ、二人だけで配所に残った。
 「安行や、好文から、聞き申した」と道真は言った。「そなたが、安行のことを、あれこれ問うておるそうじゃな」
 「差し出がましいことを、申し上げました」
 「いや」道真は、澄んだ目で凪を見た。「それがし自身、向き合わねばならぬ角度でござった」
 「道真様は、ご自身の無念について、あれほど多くの漢詩に、詠んでこられました。ですが、安行様への感謝については、あまり、多くを語る場が、なかったように見受けました」
 道真は、しばらく、黙っていた。
 「それがしは……」やがて彼は、絞り出すように言った。「安行の献身を、片時も、忘れたことはござらぬ。あの者がおらねば、それがしは、この地で、とうに、朽ち果てておったであろう。……だが、それを、詩として、はっきりと書き記したことは、なかったやもしれぬ」
 「なぜですか」
 「都を追われた無念が、あまりに深く、それがしの心を、占め続けておったゆえ、じゃろう」
 凪は、深く息を吸った。
 「道真様。学問とは、真を書き遺すこととお聞きしました。ならば、あなたの無念だけが真でしょうか」
 道真の目が、微かに揺れた。
 「あなたを生かした安行様の献身もまた、書き遺すべき真ではないのですか。もし、それを言葉にしないまま終われば、その献身は、あなたの無念の陰に、埋もれたままになってしまうかもしれません」
 道真は、長い間、目を閉じていた。


八章 筆を執る夜
 その夜遅く、道真は、文机に向かい、筆を執った。
 凪は、その傍らに、静かに控えていた。
 「安行は……」道真は、筆を運びながら、呟くように言った。「見返りを求めず、それがしを、支え続けてくれた。都の誰も、それがしを顧みなんだ折に、この辺境の地で、ただ一人」
 筆先から生まれる文字が、詩稿の余白を、埋めていった。
 「これを、はっきりと、書き記しておかねばならぬ。安行の恩を、忘れてはおらぬと」
 凪は、静かに、その筆の動きを見つめていた。
 やがて道真は、筆を置き、深く息をついた。
 「これで……ようやく、心残りが、一つ、減り申した」


九章 遺されたもの
 この夜からおよそひと月後、延喜三年二月、菅原道真は、大宰府にて、その生涯を閉じることになる。
 伝説によれば、道真は、自らの亡骸を運ぶ牛車を、御鞭(みむち)を持たせぬまま、牛の歩みに任せよと言い遺した。牛が自ら足を止めた場所に、道真の亡骸は葬られ、後に、その地に、社が築かれることになる。この社を、味酒安行が中心となって整えたと、伝えられている。それが、今日の太宰府天満宮の起こりであるという。
 道真の死後、都では、彼を陥れた者たちに、次々と不幸が続いたと伝えられ、朝廷は、彼の祟りを鎮めるため、彼を「天満大自在天神」として祀ることになる。以来、彼は「学問の神」として、日本中で、広く敬われ続けている。
 凪は、その事実を知り、静かに思った。
 都から見放された無念の学者を、最期まで支え続けた、名もなき神官の献身もまた、その社の礎の中に、確かに、息づいているのかもしれない、と。


終章 もう一つの梅路
 千年余りの後。
 寒の明けた境内に、一本の梅が花を咲かせていた。
 参拝客の吐く白い息に混じって、微かな花の香りが立つ。その香りは、都を追われた学者の無念と、彼を支え続けた名もなき人々の献身とを、静かに今へ運んでいるようだった。
 「学問の神」としてだけではなく、「見返りを求めぬ献身によって、支えられた一人の人間」として。



エピローグ もう一つの光
 東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
 窓の外では、冬の風が、まだ冷たく吹いていた。
 「あなたが遺したかったのは、ご自身の無念だけではなかったはずです」
 凪は、静かに呟いた。
 パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『延喜三年二月、大宰府の空は、静かに暮れようとしていた。都を追われながらも学問への志を手放さなかった男は、その最期の日々に、己の無念を語りながらも、もう一つの光を、確かに、名もなき恩人へと、書き遺したのである。』
 風が吹いた。書斎に、深い墨と仄かな梅の香りが、微かに満ちた。
 玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。

——了——


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あとがき
 本作は菅原道真の最晩年を題材としたフィクションです。平安時代前期という遠い時代のことゆえ、道真の生涯については、史実と、後世に積み重ねられた伝説とが、分かちがたく織り交ざっており、本作もその伝説の重なりの上に書かれています。
 実際に道真は、延喜元年(九〇一年)、藤原時平の讒言により大宰権帥として大宰府へ左遷され、延喜三年(九〇三年)、都に戻ることなくその生涯を終えたと伝えられています。彼の死後、都で相次いだ不幸が彼の祟りとされ、後に「天満大自在天神」として祀られ、今日では「学問の神」として広く信仰されています。
 味酒安行は、道真の配所での生活を支えた人物として、太宰府天満宮の縁起や伝承の中に、その名が伝えられています。彼の具体的な人物像や、道真との対話の内容、息子・好文についての描写は、著者の創作です。
 本作は、前二十二作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
 そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

将転生記  〜平将門と刻をこえた男〜
玉響転生記・第二十二話


まえがき
二十一度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
力道山との旅で、凪は「名路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「将路」であった。
都から遠く離れた坂東の地で、新しき国を興そうとした男。
天慶三年(九四〇年)二月。自ら「新皇」を名乗り、坂東に独立した政権を打ち立てようとした男――平将門。朝廷からは「逆賊」と呼ばれながらも、坂東の民からは、千年を経てなお慕われ続ける武将の物語である。
なお、平安時代中期という遠い時代のことゆえ、将門の生涯については、同時代の記録『将門記』に基づく史実と、後世に積み重ねられた伝説とが、分かちがたく織り交ざっている。本作もまた、その伝説の重なりの上に、一つの物語を紡ぐものである。





プロローグ 如月の来訪
東京は、まだ寒さの残る、静かな夜だった。
榊原凪は、六十三歳になっていた。力道山との旅から、半年余りが経っている。
赤坂の応接室で、力道山が故郷の家族への想いを、静かに語った、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『引き裂かれた名』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い軍記物語の写本を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、馬の匂いと、乾いた土の匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の武人が座っていた。
質素な水干は泥にまみれ、太い腕には馬を乗り潰してきた男の筋が浮く。冬の利根川のように澄んだ目だけが、坂東の広い空を映していた。
「夜分に、無礼つかまつる」
武人は、静かに言った。
「あなたは……」
「平将門と申す。坂東の地を、治めておる者じゃ」
凪は、息を呑んだ。
平将門。朝廷に対して兵を挙げ、自ら「新皇」を称し、坂東の独立を目指した武将。
そして――このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここにおるのか」
「さて、それがしにも、分からぬ」将門は、口の端だけで笑った。「気づけば、この妙な部屋におった。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島、芥川、力道山――そなたが会うてきた者たちの気配が、なんとのう、伝わってくる。不思議な御仁じゃな、そなたは」
彼は、凪をじろりと見た。
「それがしは今、坂東の地に、新しき国を築こうとしておる。朝廷は、それがしを、逆賊と呼んでおるがな」
「将門様……」
「されど」武人の目に、鋭い光が宿った。「坂東の民は、それがしを、慕うてくれておる。それだけが、それがしの、拠り所じゃ」



一章 二十二度目のたゆたい
その夜、凪は軍記物語の写本に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの二十一人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが平将門の場合、その重さは、また違う質のものだった。
これまでの人物たちの多くは、自らの死期を、ある程度、悟っていた。だが将門は違う。『将門記』は、彼が天慶三年二月、下総国北山の戦いで、藤原秀郷、平貞盛らの軍勢に敗れ、流れ矢に射られて落命したと伝えている。本人は、まだ、その日が来ることを、知らない。
将門の生涯には、大きく揺れ動く評価があった。朝廷からは、逆賊として、厳しく断罪された。だが坂東の民からは、都の役人による理不尽な収奪に立ち向かい、自分たちを守ろうとした将として、慕われ続けていた。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
将門が、あとひと月後に迎える死を前に、遺しておきたいものがあるとすれば――それは、己の新皇としての大義だけなのか。
朝廷の記録は将門の名を「逆賊」の二文字で塗り潰す。だが、その墨の下には、名も無き百姓の田を守った男の汗が滲んでいるはずだ。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、写本の匂いが、馬と土の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。



二章 坂東・下総国の館
気づくと、凪は、下総国にある、将門の館の裏手に立っていた。
早春の冷たい風が、広い坂東平野を、吹き抜けていく。
凪の身なりは、館に仕える下人風の姿に変わっていた。
「もし」
館の前にいた郎党に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「殿に、お目通り願いたい」
「そなた、何者じゃ」
「殿のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
郎党は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「サカキバラとやら申したな。お入りくだされ」
この郎党こそ、将門に長く仕えてきた、若き従者であった。



三章 将門の館
館の中は、質素ながらも、坂東の広大な田畑を望む、開けた造りであった。
将門は、床几に腰掛け、鋭い目で凪を見た。
「よう参った」
「参りました」
「座れ」将門は、静かに言った。「それがしは、この坂東の地に、新しき国を、興そうとしておる」
「将門殿。あんた、帝に弓引いてまで、何が欲しいんだ」
将門は、しばらく黙っていた。やがて、ふっと息をつく。
「欲しいもんなどありゃせん。ただ、坂東の百姓が、娘を売らずに春を迎えられる国が欲しいだけよ。都の役人どもは、坂東の民から、際限なく、年貢を取り立てる。それがしは、そうした民の訴えを聞き、共に、立ち上がったまでのこと」
「今、ご自身の戦いを、どう思っておいでです」
将門は、少し目を細めた。
「悔いはない」彼は、静かに言った。「ただ、坂東の民のことが、気にかかる」



四章 名の記されなかった民
その夜、凪は将門の館の一室で、眠れぬまま過ごした。
将門の言葉が、頭から離れなかった。
――ただ、坂東の民のことが、気にかかる。
これまでの二十一人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが将門の場合、彼自身は、自らの死が、ひと月後に迫っていることを、まだ知らない。それでも彼は、新皇としての大義を語る一方で、坂東の名もなき民のことを、繰り返し口にしていた。
小規模な小競り合いが続くなか、将門は、兵たちの多くを一度それぞれの郷里へと帰していた。今の館の周りには、わずかな精鋭の兵しか残っていない。この静けさのすぐ裏側に、史実の刃が迫っている。
凪は、ふと思った。
史実において、平将門という名は、朝廷側の記録の中では、長く「逆賊」として位置づけられることになる。だが坂東の地では、都の圧政に立ち向かった将として、民の間に、密やかな敬慕の念が、受け継がれていくことになる。
窓の外、坂東平野を渡る風の音が、遠く微かに聞こえていた。



五章 従者との対話
翌日、凪は、館の庭先で馬の世話をしていた従者と、言葉を交わす機会を得た。
「殿は、坂東の民のことを、よく話されますか」
「はい」従者は、頷いた。「特に、都の役人に、田畑を奪われかけた百姓たちのことを、よく話されます」
「その方々のお名前は、都では、広く知られておりますか」
従者は、首を振った。
「いいえ。都の記録には、殿のことしか、残らぬでしょう」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。
「殿ご自身は、それを、どう思っておられるのでしょうか」
従者は、しばらく考えていた。
「殿は、いつも、民のためにと、仰います。ですが……それを、はっきりと、後の世に向けて、書き記されたことは、まだ、ないように思います」


六章 豪族・藤原玄明との対話
その日の夕刻、将門と共に戦う、坂東の豪族・藤原玄明が、館を訪ねてきた。
「サカキバラ殿と申されるか。殿より、伺っております」
「玄明殿は、坂東の民のことを、どう見ておられますか」
玄明は、少し驚いた顔をした。
「殿がおらねば、我らは、都の役人の理不尽な取り立てに、なすすべもなく、苦しめられ続けたでしょう。殿は、我ら坂東の民の、盾となってくださった御方です」
「将門様ご自身も、大切に思っておられることですか」
「殿は……」玄明は、言葉を選びながら言った。「内心では、誰よりも、我ら坂東の民のことを、大切に思うておられるはずです。ただ、新皇としての大きな戦い、それもいまや敵に囲まれつつある厳しい日々のなかで、それを、一つ一つ、丁寧に語る間がなかったのかもしれません」
凪は、頷いた。
「もし、殿が、はっきりと、坂東の民への想いを、言葉に遺されたら――何か、変わると思われますか」
玄明は、しばらく考えた。
「変わりましょう。……殿のお言葉には、それだけの重みがございます」


七章 夜半の対話
その夜、凪は将門に呼ばれ、二人だけで館に残った。
「従者や、玄明から、聞いた」と将門は言った。「そなたが、坂東の民のことを、あれこれ問うておるそうじゃな」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いや」将門は、鋭い目で凪を見た。「それがし自身、向き合わねばならぬ角度であった」
「将門様は、新皇としてのご自身の大義について、あれほど堂々と語られてこられました。ですが、坂東の民への想いについては、あまり、はっきりと言葉にされる場が、なかったように見受けました」
将門は、しばらく、黙っていた。
「それがしは……」やがて彼は、絞り出すように言った。「坂東の民を、誰よりも、大切に思うておる。都の記録が、それがしを、どれほど逆賊と呼ぼうとも、この地の民が、それがしを、どう見てくれておるか――それこそが、それがしにとっての、真の評価じゃ」
「なぜ、それを、はっきりと語ってこられなかったのですか」
「戦いの日々に、追われておったゆえ、じゃろう。多くの兵を一度郷里へ帰し、静かになった今だからこそ、ようやくこうして落ち着いて考えられるのかもしれぬな。民への想いを、言葉として、残す間を、作ってこなんだ」
凪は、深く息を吸った。
「将門様。あんたが討たれた後、坂東の子は誰に縋ればいい。『新皇』は記録から消される。でも『俺たちの殿様が、俺たちを見てくれた』その一言だけは、消しちゃいけない。あんたの口から、そいつらに遺してやってくれ」
将門の目が、微かに揺れた。
「あなたが本当に遺したいものは、新皇としてのご自身の大義だけでしょうか。それとも――坂東の、名もなき民への想いを、次の時代へと、はっきり語り伝えることも、含まれているのではないでしょうか」
将門は、長い間、目を閉じていた。



八章 語られた言葉
その夜遅く、将門は、従者と玄明を呼び、静かに語り始めた。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
「坂東の民は……」将門は、ゆっくりと、言葉を選びながら言った。「都の記録には、決して残らぬであろう。だが、それがしにとっては、この坂東の地で、共に生きてきた民こそが、すべてじゃ」
従者と玄明は、深く頭を下げた。
「よいか、玄明。もし俺が野に果てたら、坂東中に触れて回れ。『将門は、お前たちの竈の煙が絶えぬよう戦った』と。『年貢に娘を取られるな、都の顔色を窺うな、坂東は坂東の者の国だ』と。それだけは、誰に斬られようと曲げるな」
凪は、静かに、その言葉を聞いていた。
やがて将門は、深く息をついた。
「これで……少しは、心が、定まった」



九章 残されたもの
貞盛・秀郷の追討軍が迫る天慶三年二月十四日。将門は僅かな手勢で出陣し、北山で流れ矢に斃れた。享年三十八。
史実において、平将門は、朝廷側の記録の中では、長く「逆賊」として位置づけられることになる。だが坂東の地では、都の圧政に立ち向かった将として、民の間に、密やかな敬慕の念が、受け継がれていった。
後世、彼の首を祀ったとされる塚が、江戸に築かれ、また、彼を祭神の一柱とする神田明神が、今日に至るまで、多くの人々の信仰を集め続けている。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
朝廷の記録が、彼を「逆賊」と断じても、坂東の民の記憶は、また別の物語を、静かに、語り継いできたのかもしれない、と。



終章 もう一つの将路
千年余りの後。
東京・大手町の一角に、平将門の首を祀ったとされる塚が、今も、静かに佇んでいた。
高層ビルの立ち並ぶ都心にありながら、この塚だけは、手つかずのまま、大切に守り続けられている。
「朝廷に叛いた逆賊」としてだけではなく、「坂東の民と共に生きようとした、一人の武将」として。



エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、早春の風が、まだ冷たく吹いていた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『天慶三年二月、坂東の空は、静かに暮れようとしていた。都から遠く離れた地に、新しき国を築こうとした男は、その最期の日々に、己の大義を語りながらも、もう一つの光を、確かに、坂東の民へと、語り遺したのである。』
風が吹いた。馬と、土の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。 

 
――了――



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あとがき
本作は平将門の最期を題材としたフィクションです。平安時代中期という遠い時代のことゆえ、将門の生涯については、同時代の記録『将門記』に基づく史実と、後世に積み重ねられた伝説とが、分かちがたく織り交ざっており、本作もその伝説の重なりの上に書かれています。藤原玄明などは実在の人物ですが、物語における対話の内容は、著者の創作です。
実際に将門は、天慶二年(九三九年)に坂東で兵を挙げ、自ら「新皇」を称しましたが、翌天慶三年(九四〇年)二月十四日、下総国での戦いに敗れ、その生涯を閉じたと伝えられています。朝廷側の記録では逆賊として扱われた一方、坂東の地では、民衆を圧政から守った将として、後世まで敬慕され続けました。彼を祭神の一柱として祀る神田明神や、東京・大手町に残る首塚は、現在も多くの人々に大切にされています。
本作は、前二十一作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。



名路転生記 〜力道山と刻をこえた男〜
玉響転生記・第二十一話


まえがき
二十度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
芥川龍之介との旅で、凪は「筆路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「名路」であった。
空手チョップ一つで、敗戦国の人々に、誇りを取り戻させた男。
昭和三十八年(一九六三年)十一月。齢三十九。日本プロレス界の礎を築き、国民的英雄として、絶大な人気を誇っていた男――力道山。だが、その輝かしい名声の陰で、生涯、公にできなかった、もう一つの名と、もう一つの家族を抱えていた男の物語である。




プロローグ 霜月の来訪
東京は、初冬の、乾いた夜だった。
榊原凪は、六十二歳になっていた。芥川龍之介との旅から、半年余りが経っている。
田端の書斎で、芥川が伯母フキへの感謝を、原稿用紙に綴った、あの夜のことを、凪は今も鮮明に思い出す。書き上げた小説『複雑な感謝』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古いスポーツ新聞の縮刷版を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、汗と、リニメント剤のような匂いが鼻腔をくすぐった。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の大柄な男が座っていた。
鍛え上げられた体躯。精悍な顔つき。その目には、リングの上と同じ、射るような光があった。
「よう、邪魔するぜ」
男は、部屋の空気を一変させるような声で言った。
「あなたは……」
「力道山だ。日本プロレスの、力道山よ」
凪は、息を呑んだ。
力道山。空手チョップを武器に、アメリカ人レスラーたちを打ち破り、戦後日本の国民的英雄となったプロレスラー。そして――このおよそひと月後、その生涯を不意に閉じることになっている男。
「なんで、俺は、ここにいるんだ」
「さあな、俺にも分からんよ」力道山は、豪快に笑った。「気づいたら、この妙な部屋にいた。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島、芥川――あんたが会ってきた連中の気配が、なんとなく分かる。妙な男だな、あんたは」
彼は、凪をじろりと見た。
「俺は今、絶好調だ。プロレスも、事業も、うまくいってる」
「力道山様……」
「だがな」レスラーの目に、ふっと深い翳りが差した。「誰にも、言えねえことが、一つある」


一章 二十一度目のたゆたい
その夜、凪はスポーツ新聞の縮刷版に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの二十人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが力道山の場合、その重さは、また違う質のものだった。
これまでの人物たちの多くは、自らの死期を、ある程度、悟っていた。だが力道山は違う。史実において、彼は昭和三十八年十二月八日、東京のナイトクラブで暴力団員に腹部を刺され、その傷がもとで、同月十五日、三十九歳の若さでその生涯を閉じることになる。本人は、まだ、その日が来ることを知らない。
そして、力道山の生涯には、公にできなかったもう一つの真実があった。
彼は、朝鮮半島北部、現在の北朝鮮にあたる地で生まれ、幼名を金信洛(キム・シンラク)といった。十五歳で日本へ渡る際、既に妻子がいたが、終戦後の朝鮮半島の分断により、故郷の家族とは連絡を絶たれてしまう。長崎の百田家の養子となり、「百田光浩」の名で日本国籍を得た彼は、レスラーとしての栄光の陰で、自らが朝鮮半島の出身であることを周囲に隠し続けて生きていた。この年の一月、二十年ぶりに故郷に近い韓国を訪れたが、その事実を報じた新聞記事に、彼は激しく激昂したと伝えられている。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
力道山が、あとひと月後に迎える死を前に、誰にも語れずにいるとすれば――それは、あの日、玄界灘の向こうに残してきた、家族への想いではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、古新聞の匂いが、濃密な汗とリニメント剤の匂いに変わった。
玉響。
世界が、大きく揺れた。


二章 東京・赤坂の事務所
気づくと、凪は、赤坂にある力道山の事務所の裏手に立っていた。
初冬の冷たい風が、ビル風となって街を吹き抜けていく。
凪の身なりは、事務所の若手社員風の姿に変わっていた。
「失礼します」
裏口にいた付き人に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「先生に、お目にかかりたい」
「あんた、何者だ。アポはあるのか」
「先生のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
付き人は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、どこか狼狽した様子で戻ってきた。
「サカキバラさんとやら。……入ってくれ。先生がお待ちだ」
この付き人こそ、力道山の身の回りの世話を黙々と務めていた、痩身の若い弟子であった。


三章 力道山の応接室
応接室には、屈強な対戦相手との写真や、黄金に輝くトロフィーが、所狭しと飾られていた。だが、重厚なマホガニーの机の引き出しの奥には、一枚の、古い、朝鮮半島の風景を写した写真が、そっと仕舞われているのを凪は知っていた。
力道山は、革張りのソファーから、鋭い眼光で凪を射抜いた。
「よう来たな」
「参りました」
「座れよ」力道山は、胸を張って豪快に言った。「俺は、この空手チョップ一つで、負け犬みたいになってた日本中を、元気にしてきたんだ」
「なぜ、そこまで、リングの上で戦い続けられるのですか」
力道山は、しばらく黙っていた。
「戦争に負けて、みんな、うつむいて歩いてた時代があった」彼は遠い目をして言った。「俺が、でかいアメリカ人を投げ飛ばすと、みんな、街頭テレビの前で地響きみたいな歓声を上げた。あの顔を見るのが、たまらなく好きなんだ」
「今、ご自身の来し方を、どう振り返っておられますか」
力道山は、少し目を伏せた。
「故郷のことを、近頃、よく思い出す」彼は、周囲を気にするように声を潜めて言った。「今の北朝鮮にあたる、あの土地のことをな」


四章 名の記されなかった家族
その夜、凪は事務所の一室に用意された夜具の中で、眠れぬまま過ごした。
力道山の言葉が、耳の奥から離れなかった。
――故郷のことを、近頃、よく思い出す。
かつて十五歳で海を渡ったとき、彼はすでに一人の夫であり、父であったという。だが、引き裂かれた地平の向こうにいる家族とは、もう二十年近く音信が途絶えている。「百田光浩」という新たな籍を得て、日本の太陽となった男の胸の奥底。そこには、誰にも触れさせない「金信洛」の孤島があった。
凪は、ふと思った。
力道山がこれほどまでにリングの上での栄光を語る一方で、故郷に残してきた家族への想いは、これまで、誰にも、はっきりと語られたことがなかったのではないか。自分が語らなければ、彼らの存在そのものが歴史の闇に消えてしまう――そんな焦燥が、彼を突き動かしているのではないか。
窓の外、赤坂の夜の喧噪が、ネオンの光とともに遠く微かに響いていた。


五章 付き人との対話
翌日、凪は、応接室を掃除していた付き人と、言葉を交わす機会を得た。
「先生は、故郷のことを、お話しになりますか」
「めったに、ありませんよ」付き人は、廊下に人影がないかを確認するように少し声を落とした。「ただ、今年、韓国に行かれてからですかね……時折、誰もいない部屋で、遠い目をされることが増えたように思います」
「先生のご出身については、皆様、ご存知なのですか」
付き人は、ぴたりと手を止め、きっぱりと首を振った。
「表立ってそんなこと言う奴はいません。先生ご自身がそれを一番嫌がりますし、そんな噂を立てたら、それこそ……。でも、皆、分かっているんです。触れてはいけないんだと」
凪は、その沈黙の重さを、静かに受け止めた。
「先生ご自身は、それを、どう思っておられるのでしょうか」
付き人は、雑巾をきつく絞りながら、しばらく考えていた。
「先生は、いつも豪快で、怖いほどのエネルギーに満ちた方です。ですが……お一人になられた時、時折、ひどく、寂しそうな背中をされていることが、あります」


六章 同郷の知人との対話
その日の夕刻、力道山と同じ朝鮮半島の出身で、彼を古くから知る、在日の知人が事務所を訪ねてきた。凪は、彼が帰る間際に声をかけた。
「榊原殿と申されるか。先生より、話は伺っております」
「あなたは、先生の故郷のご家族のことを、ご存知ですか」
知人は、一瞬、警戒するように周囲を見回し、それから低く深い声で言った。
「先生が日本へ渡られる前、故郷に奥様とお子様がおられたと聞いております。終戦後、完全に連絡が取れなくなってしまったと」
「それは、先生ご自身にとって、どれほどの重みを持つことなのでしょうか」
知人は、苦渋をにじませながら言葉を選んだ。
「計り知れないものがあるでしょう。故郷を離れ、名を変え、日本の英雄となる一方で、故郷の家族とは二度と会えないかもしれない。……その痛みは、私たち、同じ境遇の者にしか分からないかもしれません。あの方は我らの希望であり、同時に、あまりに遠くへ行ってしまった人だ」
凪は、深く頷いた。
「もし、先生が、はっきりと故郷の家族への想いを誰かに語り遺されたら――何か、変わると思われますか」
知人は、しばらく目を閉じていた。
「変わるかどうかは、分かりません。ですが……それを誰にも語らぬまま、胸に秘めたまま終わるのは、あまりに、寂しいことのように思います」


七章 夜半の対話
その夜、凪は力道山に呼ばれ、二人だけで応接室に残った。
「付き人や、同郷の知人から、聞いたよ」と力道山は、ブランデーのグラスを傾けながら言った。「あんたが、俺の故郷のことを、あれこれ聞いておるそうだな」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いや」力道山は、鋭い目で凪を見た。「俺自身、向き合わなきゃならん角度だったよ」
「力道山様は、リングの上での栄光について、日本中にあれほど語ってこられました。ですが、故郷に残してこられたご家族への想いについては、誰にも語る場が、なかったように見受けました」
力道山は、しばらく黙っていた。
「うるせえな。栄光に決まってるだろ。俺は力道山だぞ」
凪は黙って見ていた。力道山は舌打ちして、机の引き出しを乱暴に開け、すぐに閉めた。
「……だがよ」
彼は、絞り出すように言った。
「あっちに、女房と、子供を、残してきた。終戦の後、国が分断されて、連絡が取れなくなって……もう、二十年近くになる。生きているのか、死んでいるのかも分からねえ」
「なぜ、それを誰にも語らずにこられたのですか」
「日本で成功するには、朝鮮の出だということを隠すしかなかった。……だが、隠せば隠すほど、あっちに残してきたものが、最初からなかったことになっちまうようで、怖かったんだ」
力道山は、分厚い手のひらで、自らの頑強な腹を無造作にさすった。その肉体はいかなる刃も受け付けない威容を誇っていたが、凪の目には、そこに一瞬、冬の冷たい刃の影が落ちたように見えた。
凪は、深く息を吸った。
「力道山様。あなたは今、リングの上で輝き続けておられます。この先、何が起こるかは誰にも分かりません。ですが――もし、故郷の家族への想いを誰にも語らないまま過ごされれば、その存在は、あなたの栄光の陰に、永遠に埋もれたままになってしまうかもしれません」
力道山の目が、微かに揺れた。
「あなたが本当に大事にしたいものは、リングの上での栄光だけでしょうか。それとも――故郷に残してきた、今は語られることのない家族の存在を、誰かに、はっきりと語り遺すことも、含まれているのではないでしょうか」
力道山は、長い間、大きな身体を縮めるようにして、目を閉じていた。


八章 語られた言葉
その夜遅く、力道山は、机の引き出しから、あの古い写真を取り出した。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
「あっちの女房と、子供のことは……」力道山は、セピア色に変色した写真を見つめながら、静かに言った。「誰にも話したことがなかった。だが、あんたには話しておく」
彼は、ぽつり、ぽつりと、故郷の村の緑のこと、幼い頃に走った土の匂い、そして、日本へ渡る船の上で見た、遠ざかる海岸線の美しさを語った。
「もし、いつか、あっちと、こっちが、自由に行き来できるようになったら」彼は、写真の我が子の顔を、ごつい指でなぞりながら言った。幼子の顔は、彼の太い指にすっぽり隠れてしまうほど小さかった。「その時は、誰かに、俺の本当の名前と、あっちに残してきた家族のことを伝えてほしい。……金信洛という名前をな」
凪は、静かに、その言葉を胸の原稿用紙に書き留めるように聞いていた。
やがて力道山は、写真をそっと引き出しにしまい、深く、重い息をついた。
「これで……少しは、気が済んだよ」


九章 残されたもの
この対話からわずか半月後の昭和三十八年十二月八日、力道山は東京のナイトクラブで暴力団員に腹部を刺され、その傷がもとで、同月十五日、三十九歳でその生涯を閉じることになる。
史実において、力道山が朝鮮半島の出身であり、本名を金信洛といったこと、故郷に妻子を残していたことは、彼の生前、公になることはなかった。この事実が広く報じられたのは、彼の死から二十年以上を経た、昭和五十九年(一九八四年)のことである。
その後、北朝鮮では、力道山は「民族の英雄」として高く評価されるようになった。二十一世紀に入り、彼の孫娘が、北朝鮮の代表として国際的なスポーツ大会に姿を現したことも伝えられている。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
彼が生前、ついに語ることのできなかった、もう一つの名と、もう一つの家族。それは、彼の死後、長い年月を経て、ようやく歴史の中にその姿を現すことになった。だが、あの夜、彼が凪に言葉を遺したからこそ、歴史のグラデーションは、確かに優しく変わったのだと。


終章 もう一つの名路
数十年後。
朝鮮半島の、ある古い写真の中に、若き日の一人の青年の姿があった。
その青年は、後に日本で「力道山」と呼ばれ、国民的英雄となる。だが、その写真の中の青年は、まだ、故郷の家族と共に、静かに、優しく写っていた。
「戦後日本の英雄」としてだけではなく、「引き裂かれた時代を精一杯に生きた、一人の人間」として。
エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、初冬の風が、冷たく吹いていた。
「あなたが大事にしたかったのは、リングの上での栄光だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『昭和三十八年十一月、東京の空は乾いた風の中、静かに暮れようとしていた。空手チョップ一つで敗戦の闇を払った男は、己の中に二つの名と、二つの故郷を抱いたまま、確かに北の空へ、もう一つの光を語り遺したのである。』
風が吹いた。汗と、リニメント剤の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。

――了――


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あとがき
本作は力道山の最晩年を題材としたフィクションです。力道山は実在の人物ですが、物語における付き人や同郷の知人との対話の内容、故郷の家族への具体的な語りの場面は、著者の創作です。作中の付き人は架空の人物です。
実際に力道山は、当時の朝鮮半島北部(現在の北朝鮮)に生まれ、本名を金信洛(キム・シンラク)といいました。十五歳で日本へ渡る際、既に妻子があったとされていますが、終戦後の朝鮮半島の分断により、故郷の家族との連絡は絶たれたと伝えられています。長崎県の百田家の養子となり「百田光浩」の名で日本国籍を得た後、レスラーとしての活動の中で、自らの出自を公にすることはありませんでした。この事実が広く報じられたのは、彼の没後、昭和五十九年(一九八四年)のことです。
実際に力道山は昭和三十八年(一九六三年)十二月八日、東京のナイトクラブで暴力団員に刺され、その傷がもとで同月十五日に死去しました。本作ではこの出来事の詳しい経緯を描くことは意図しておらず、簡潔な事実の記載にとどめています。
在日コリアンをはじめ、当時の日本社会における朝鮮半島出身者への差別的な状況については、様々な研究や証言が残されています。本作はその歴史的事実を踏まえつつ、特定の立場からの断定的な評価を下すことを意図するものではありません。
本作は、前二十作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

筆路転生記 〜芥川龍之介と刻をこえた男〜
玉響転生記・第二十話


まえがき
十九度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
 三島由紀夫との旅で、凪は「他者へ言葉を運ぶ道=文路(ふみじ)」という言葉を得た。今回、彼が辿り着いたのは「己の澱まで掬う道=筆路(ひつじ)」であった。
 繊細な感受性で、短編小説という形式を、極限まで磨き上げた男。
 昭和二年(一九二七年)六月。齢三十五。数々の名短編を世に送り出しながら、心身の不調に苦しんでいた男――芥川龍之介。その最晩年、自らを育ててくれた、一人の伯母への感謝を、静かに書き遺そうとした作家の物語である。





プロローグ 水無月の来訪
 東京は、梅雨の合間の、蒸し暑い夜だった。
 榊原凪は、六十二歳になっていた。三島由紀夫との旅から、半年余りが経っている。
 馬込の書斎で、三島が翻訳者たちへの感謝を、便箋に綴った、あの夜のことを、凪は今も思い出す。書き上げた小説『言葉を運ぶ人』は、静かな反響を呼んだ。
 その夜、凪は書斎で、古い文芸誌の縮刷版を眺めながら、うたた寝をしていた。
 ふと、インクと、古い畳のような匂いがした。
 顔を上げると、部屋の隅に、一人の痩せた男が座っていた。
 和服姿。神経質そうな、整った顔立ち。だが、その目には、深い疲労と、それでいて澄んだ知性の光が、共に宿っていた。
 「夜分に、失礼」
 男は、静かに言った。
 「あなたは……」
 「芥川龍之介と申します」
 凪は、息を呑んだ。
 芥川龍之介。『羅生門』『鼻』をはじめ、数々の名短編を世に送り出し、後に彼の名を冠した文学賞が創設されることになる作家。そして――このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
 「なぜ、ここにいるのでしょう」
 「さあ、私にも、分かりません」芥川は、静かに、力なく微笑んだ。「気づけば、この妙な部屋におりました。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島――あなたが会ってこられた方々の気配が、なんとなく、伝わってきます。不思議な御仁ですね、あなたは」
 彼は、凪を静かに見つめた。
 「私は今、ある、ぼんやりとした不安を、抱えております」
 「芥川様……」
 「ですが」作家の目に、澄んだ光が宿った。「その前に、書き遺しておきたいことが、あります」


一章 二十度目のたゆたい
 その夜、凪は文芸誌の縮刷版に埋もれながら、考え続けていた。
 これまでの十九人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
 だが芥川龍之介の場合、その重さは、また違う質のものだった。
 史実において、芥川は昭和二年七月二十四日、自ら命を絶ち、三十五歳でその生涯を閉じることになる。「ぼんやりとした不安」という言葉を遺書に記したと伝えられているが、その背景には、心身の不調、そして、生後間もなく心を病んだ母を持つ者としての、根深い不安があったとされている。本作では、その最期の詳しい経緯には立ち入らず、その直前の日々に、光を当てたい。
 芥川の生涯には、一人の恩人がいた。伯母のフキである。芥川の母・フクは、彼が生後間もない頃に心を病み、彼を育てることができなくなった。以来、母の姉であったフキが、生涯独身を貫きながら、龍之介の養育に、その人生の多くを捧げることになる。芥川自身、後年、随筆の中で、このフキへの複雑な、しかし深い想いを綴っている。
 凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
 芥川が最期に書き遺そうとしたのは、本当に「己の不安」だけだったのか。それとも――その不安の根にある、自分を育ててくれた伯母への感謝も、あったのではないか。
 凪は、暗い天井を見つめた。
 「行きます」
 呟くと同時に、部屋の空気が震え、文芸誌の匂いが、インクと古い畳の匂いに変わった。
 玉響。
 世界が、揺れた。


二章 東京・田端の家
 気づくと、凪は、東京・田端にある、芥川の自宅の庭先に立っていた。
 梅雨の湿った空気が、庭の木々を、しっとりと濡らしている。
 凪の身なりは、書生風の着流し姿に変わっていた。
 「ごめんください」
 庭先にいた書生に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
 「先生に、お目にかかりたい」
 「あなたは、どなたですか」
 「先生のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
 書生は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
 しばらくして、戻ってきた。
 「榊原さんとやら。お上がりください」
 この書生こそ、芥川の原稿整理を手伝っていた、若い門下生であった。


三章 芥川の書斎
 書斎には、和漢洋の書物と、書きかけの原稿用紙が、静かに積まれていた。
 芥川は、机の前から、疲れた、しかし澄んだ目で凪を見た。
 「よく来てくれました」
 「参りました」
 「お座りください」芥川は、静かに言った。「近頃、どうにも、気力が続かないのです」
 「何か、心にかかっておられることが」
 芥川は、しばらく黙っていた。
 「言葉にできぬ不安が、いつも、胸の底にあるのです」彼は言った。「母のことを、思い出すからかもしれません」
 「お母様のことを」
 芥川は、少し目を伏せた。
 「私が生まれてすぐ、母は、心を病みました」彼は、静かに言った。「私を育ててくれたのは、母の姉、伯母のフキでした」


四章 名の記されなかった人
 その夜、凪は芥川の家の一室で、眠れぬまま過ごした。
 芥川の言葉が、頭から離れなかった。
 ――私を育ててくれたのは、母の姉、伯母のフキでした。
 これまでの十九人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが芥川の場合、彼が向き合っていたのは、「己の不安をどう引き受けるか」だけでなく、「自分を育ててくれた者を、どう見つめ直すか」という問いであるように思えた。
 生涯独身のまま、裁縫の内職で家計を支えながら、甥の養育に自らの人生を捧げた一人の女性。芥川の文学的名声があまりに大きすぎるがゆえに、彼女の存在は、世間的にはその陰に静かに伏せられている。
 凪は、ふと思った。
 芥川が、これほどまでに己の不安を語る一方で、その不安の根にある、伯母フキへの想いは、これまでどれほど言葉にされてきたのだろうか、と。
 窓の外、田端の雨音が、遠く微かに聞こえていた。


五章 門下生との対話
 翌日、凪は、書斎で原稿を整理していた門下生と、言葉を交わす機会を得た。
 「先生は、伯母様のことを、よく話されますか」
 「はい」門下生は、頷いた。「随筆にも、時折、お書きになっています。ただ、その筆致は、いつも、少し複雑な色合いを帯びているように感じます」
 「伯母様のことは、世間に、広く知られておりますか」
 門下生は、首を振った。
 「いいえ。先生のご家庭のことは、あまり、大きく語られることは、ないように思います」
 凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。
 「先生ご自身は、それを、どう思っておられるのでしょうか」
 門下生は、しばらく考えていた。
 「先生は、伯母様のことを、恩人だと、はっきり仰います。ですが……その感謝を、まとまった形で、書き記されたことは、まだ、あまりないように思います」


六章 友人・菊池寛との対話
 その日の夕刻、芥川の親友であり、作家の菊池寛(きくち・かん)が、見舞いに訪れた。
 「榊原殿と申されるか。芥川君より、伺っております」
 「菊池様は、伯母様のことを、どう見ておられますか」
 菊池は、少し驚いた顔をした。
 「あの方なくば、芥川君は、ここまで育たなかったでしょう。生涯を懸けて、甥を育て上げた、並外れた方です」
 「それは、芥川様ご自身も、認めておられることですか」
 「芥川君は……」菊池は、言葉を選びながら言った。「内心では、誰よりも、伯母様への感謝を、抱いているはずです。ただ、複雑な感情も、同時に抱えているのでしょう。だからこそ、それを、まっすぐに言葉にすることが、難しいのかもしれません」
 凪は、頷いた。
 「もし、芥川様が、はっきりと、伯母様への感謝を、書き記されたら――何か、変わると思われますか」
 菊池は、しばらく考えた。
 「変わりましょう。……芥川君の言葉には、それだけの重みがあります」


七章 夜半の対話
 その夜、凪は芥川に呼ばれ、二人だけで書斎に残った。
 「門下生や、菊池君から、聞きました」と芥川は言った。「あなたが、伯母のことを、あれこれ聞いておられるそうですね」
 「差し出がましいことを、申し上げました」
 「いえ」芥川は、静かに凪を見た。「私自身、向き合わねばならぬ角度でした」
 「芥川様は、ご自身の不安について、随筆の中で、繰り返し語られてこられました。ですが、伯母様への感謝については、複雑な想いのまま、まとまった形で、語られることが、なかったように見受けました」
 芥川は、しばらく、黙っていた。
 「私は……」やがて彼は、静かに言った。「伯母を、疎ましく思うこともありました。厳しく、時に、息苦しいほどに、私を案じる人でしたから。……ですが、それでも、あの人がいなければ、私は、今日まで、育たなかったでしょう」
 「なぜ、それを、はっきりと言葉にしてこられなかったのですか」
 「複雑な想いを、単純な感謝の言葉に、収めることが、恐ろしかったのかもしれません」
 凪は、深く息を吸った。
 「芥川様。あなたは今、言葉にできぬ不安を、抱えておられます。ですが――もし、伯母様への複雑な想いを、そのままの形ででも、書き遺さないままでいれば、その存在は、あなたの不安の陰に、埋もれたままになってしまうかもしれません」
 芥川は、ふっと力なく笑った。
 「……埋もれてしまっても、それもまた私の、あるいはあの人の宿命かもしれません。私は酷い男なのです。あの人の過保護さを疎み、逃げ出したいとすら思ってきた」
 「ですが」と凪は一歩踏み込んだ。「疎ましさの裏にある、不器用な愛を……あなたほどの筆を持つ方が、そのままにして逝かれるのですか。あなたが本当に遺したいものは、ご自身の不安だけでしょうか。それとも――伯母様という、複雑な感謝を捧げるべき人の存在を、はっきりと言葉にして、遺すことも、含まれているのではないでしょうか」
 芥川の目が、微かに揺れた。
 「そのままに、逝く……」
 彼は自身の白い手を見つめ、長い間、目を閉じていた。
 雨音だけが、古い柱時計の振り子のように時を刻んでいた。


八章 筆を執る夜
 その夜遅く、芥川は、書斎の机に向かい、一編の随筆の下書きを、書き始めた。
 凪は、その傍らに、静かに控えていた。
 「伯母は……」芥川は、筆を運びながら、静かに言った。「厳しい人でした。ですが、あの人の厳しさの根には、私への、不器用な愛情があったのだと、今なら、分かります」
 原稿用紙に綴られる文字が、静かに、マス目を埋めていった。
 「複雑な想いのままでいい。それでも、感謝していると、書き記しておきたいのです」
 凪は、静かに、その筆の動きを見つめていた。
 やがて芥川は、筆を置き、下書きを、静かに文机の上に置いた。
 「これで……少しだけ、心が、軽くなりました」
 「……筆は、路ですね」芥川は、ぽつりと呟いた。「己の暗がりに向かうしかない、細い路だ」
 凪は、その言葉を静かに受け止めた。
 これこそが、芥川龍之介という男が、最後に辿り着いた道――筆路なのだと、凪は確信していた。


九章 遺されたもの
 この夜からおよそひと月後、昭和二年七月二十四日、芥川龍之介は、自らその生涯を閉じることになる。享年三十五。
 この出来事は、今なお、日本近代文学史上、大きな衝撃と共に、語り継がれている。本作は、その最期の詳しい経緯を描くことを、意図するものではない。
 史実において、芥川が伯母フキについて綴った随筆は、彼の没後も、読み継がれている。複雑な感情を抱えながらも、深い感謝を捧げようとした、その筆致は、今日でも、多くの読者の心に、静かに響き続けている。
 凪は、その事実を知り、静かに思った。
 感謝とは、必ずしも、単純な言葉である必要はないのかもしれない、と。複雑な想いのままでも、それを言葉にしようとすること自体が、一つの誠実さなのだ、と。


終章 もう一つの筆路
 数十年後。
 ある文学全集の一冊に、芥川龍之介の随筆集が、収められていた。
 その中には、彼を育てた伯母・フキについて綴った、一編の随筆が、静かに、しかし確かに、置かれていた。
 「不安を抱えた天才作家」としてだけではなく、「複雑な感謝を、言葉にしようとした、一人の人間」として。
エピローグ もう一つの光
 東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
 窓の外では、明けきらぬ梅雨の雨が、静かに降っていた。
 「あなたが遺したかったのは、ご自身の不安だけではなかったはずです」
 凪は、静かに呟いた。
 パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『昭和二年七月、東京の空は、雨に霞んで暮れようとしていた。繊細な感受性で言葉を紡ぎ続けた男は、その最期の日々に、己の不安を抱えながらも、もう一つの光を、確かに言葉として、書き遺したのである。』
 風が吹いた。インクと、古い畳の匂いが、微かにした。
 玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。

――了――


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あとがき
 本作は芥川龍之介の最晩年を題材としたフィクションです。芥川龍之介、菊池寛などは実在の人物ですが、物語における門下生との対話の内容、伯母フキとの関係の具体的な描写は、著者の創作です。
 実際に芥川は昭和二年(一九二七年)七月二十四日、三十五歳で自ら命を絶ちました。遺書には「唯ぼんやりした不安」という言葉が記されていたと伝えられていますが、本作ではその最期の詳しい経緯を描くことは意図しておらず、簡潔な事実の記載にとどめています。
 芥川の伯母・フキ(母フクの姉)が、生涯独身のまま彼の養育に尽力したことは、芥川自身の随筆などからも知られています。彼女との関係については、敬愛と息苦しさが入り混じった複雑なものであったとする研究も多く、本作における晩年の対話や随筆の描写は、著者の創作です。
 なお、本作は自殺という主題を扱っておりますが、特定の行為を美化したり、肯定したりすることを意図するものではありません。
 本作は、前十九作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
 そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。凪が触れた「筆路」は、書くことに携わる全ての人の足元に、今も続いています。