文路転生記 〜三島由紀夫と刻をこえた男〜
玉響転生記・第十九話


まえがき
十八度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻(とき)」へと導かれることになった。
野口英世との旅で、凪は「菌路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「文路(ふみじ)」であった。
美という一語のために、生涯をかけて言葉を紡ぎ続けた男。
昭和四十五年(一九七〇年)十月。齢四十五。四部作『豊饒の海』最終巻を書き上げようとしていた男――三島由紀夫。戦後日本を代表する作家として世界にその名を知られながら、その最晩年、自らの作品を世に送り出してくれた、一人の恩人への感謝を、静かに書き遺そうとした小説家の物語である。




プロローグ 神無月の来訪
東京は、秋の深まる、澄んだ夜だった。
榊原凪は、六十一歳になっていた。野口英世との旅から、半年余りが経っている。
アクラの研究室で、野口が恩師・小林栄への手紙を書いた、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『恩を忘れぬ人』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い文芸誌の縮刷版を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、インクと、磨き上げられた木材のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の男が座っていた。
鍛え上げられた体躯。鋭い眼差し。だが、その目の奥には、どこか静かな覚悟の色が滲んでいた。
「夜分に、失礼」
男は、静かに言った。
「あなたは……」
「三島由紀夫と申す。小説を書いております」
凪は、息を呑んだ。
三島由紀夫。『仮面の告白』『金閣寺』をはじめ、世界的にその名を知られることになる、戦後日本を代表する作家。
そして、このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここにいるのか」
「さあ、私にも、分からぬ」三島は、静かに微笑んだ。「気づけば、この妙な部屋にいた。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口。あなたが会ってきた者たちの気配が、なんとなく伝ってくる。不思議な御仁だな、あなたは」
彼は、凪を静かに見つめた。
「私は今、輪廻転生をめぐる四部作の最後の一巻に、筆を入れている。書き上げねば、私の仕事は終わらぬ」
「三島様……」
「だが」作家の目に、澄んだ光が宿った。「その前に、書き遺しておきたいことがある」


一章 十九度目のたゆたい
その夜、凪は文芸誌の縮刷版に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの十八人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが三島由紀夫の場合、その重さは、また違う質のものだった。
史実において、三島は昭和四十五年十一月二十五日、自衛隊市ヶ谷駐屯地にて、自らの信条に基づく行動の末、その生涯を閉じることになる。この出来事は、今なお、文学史上、また思想史上、様々な評価が分かれ続けている。本作では、その日に何が起きたかという評価そのものには立ち入らず、その直前の日々に、光を当てたい。
三島の生涯には、一人の恩人がいた。彼の文学を世界に紹介し続けた、海外の翻訳者・研究者たちである。
中でも、三島の親しい友人であった、ある若きアメリカ人研究者は、彼の作品を丹念に翻訳し、日本文学を海外に広める仕事に、生涯を捧げることになる。だが、その名は、三島由紀夫という、世界的な名声の陰で、日本国内では、さほど広くは知られていない。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
三島が最期に書き遺しようとしたのは、本当に「己の文学」だけだったのか。それとも、その文学を、世界へと運んでくれた者への感謝も、あったのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、文芸誌の匂いが、インクと木材の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。


二章 東京・馬込の家
気づくと、凪は、東京・大田区馬込にある、三島の自宅の書斎の外に立っていた。
秋の陽が、白い洋館の壁に、静かに差し込んでいる。
凪の身なりは、出版社の校正者風の姿に変わっていた。
「ごめんください」
玄関先にいた秘書に声をかけると、彼女は驚いた顔で凪を見た。
「先生に、お目にかかりたい」
「あなたは、どなたですか」
「先生のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
秘書は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「サカキバラさんとやら。お上がりください」
この秘書こそ、三島の原稿整理を手伝っていた、若い女性であった。


三章 三島の書斎
書斎には、洋の東西を問わぬ蔵書と、書きかけの原稿用紙が、几帳面に積まれていた。
三島は、机の前から、鋭い目で凪を見た。
「よく来たな」
「参りました」
「掛けたまえ」三島は、静かに言った。「私はこの四部作を、なんとしても完結させねばならぬ」
「なぜ、そこまで、この作品に、こだわられるのですか」
三島は、しばらく黙っていた。
「これは、私の文学の、集大成のようなものだ」彼は言った。「輪廻転生を巡る、長い物語だ。この最後の一巻を書き終えねば、私の仕事は終わらぬ」
「今、ご自身の作家人生を、どのように振り返っておられますか」
三島は、少し目を細めた。
「海外の翻訳者たちのことを、近頃、よく思い出す」


四章 名の記されなかった人
その夜、凪は三島の家の一室で、眠れぬまま過ごした。
三島の言葉が、頭から離れなかった。
――海外の翻訳者たちのことを、近頃、よく思い出す。
これまでの十八人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが三島の場合、彼は、自らの文学的な到達点を見つめると同時に、その文学を、国境を越えて運んでくれた者たちへの想いを、静かに抱いていた。
史実において、三島文学の海外への紹介には、多くの翻訳者・研究者の、地道な努力があった。彼らの丹念な翻訳と紹介活動なくば、三島の文学が、これほど早く、世界に届くことはなかったであろう。だが、その労苦は、三島自身の華々しい名声の陰に、隠れがちであった。
凪は、ふと思った。
三島が、これほどまでに己の文学を語る一方で、その文学を支えた翻訳者たちへの感謝は、これまで、どれほど、はっきりと語られてきたのか。
窓の外、馬込の木々のざわめきが、遠く微かに聞こえていた。


五章 秘書との対話
翌日、凪は、書斎で原稿を整理していた秘書と、言葉を交わす機会を得た。
「先生は、海外の翻訳者の方々のことを、よく話されますか」
「はい」秘書は、頷いた。「特に、長年、先生の『金閣寺』を英語に訳してこられた方のことを、親しみを込めて話されます」
「その方のお名前は、日本では、広く知られておりますか」
秘書は、首を振った。
「いいえ。先生のお名前は、世界中で知られておりますが、翻訳者の方々のお名前までは、日本の読者には、あまり、知られていないように思います」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。
「先生ご自身は、それを、どう思っておられるのでしょうか」
秘書は、しばらく考えていた。
「先生は、いつも、感謝の言葉を、手紙に書いておられます。ですが、それを、広く公に語られたことは、まだ、あまりないように思います」


六章 編集者との対話
その日の夕刻、三島の担当編集者が、原稿を受け取りに訪れた。
「ベテランの校正者、榊原殿と申されるか。先生より、伺っております」
「あなたは、先生の作品を世界に届けた、翻訳者の方々のことを、どう見ておられますか」
編集者は、少し驚いた顔をした。
「あの方々の丹念な仕事なくば、先生の文学は、これほど早く、世界に届かなかったでしょう。言語の牢を越えて、作品の美しさを伝えるという仕事は、並大抵のものではありませんよ」
「それは、先生ご自身も、深く認めておられることですか」
「先生は……」編集者は、言葉を選びながら言った。「内心では、誰よりも、その労苦への感謝を、抱いておられるはずです。ただ、ご自身の創作に、常に全力を注いでこられたゆえ、それを、大きく公にする間が、なかったのでしょう」
凪は、頷いた。
「もし、先生が、この四部作を書き上げる前に、はっきりと、翻訳者の方々への感謝を、書き記されたら、何か、変わると思われますか」
編集者は、しばらく考えた。
「変わります。海外の版元は、著者本人の言葉一つで帯の文言を変える。先生が“翻訳は第二の創作だ”と一筆くれれば、次に刷る『金閣寺』の扉は変わる」


七章 夜半の対話
その夜、凪は三島に呼ばれ、二人だけで書斎に残った。
「秘書や、編集者から、聞いた」と三島は言った。「君が、翻訳者たちのことを、あれこれ聞いておるそうだな」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いや」三島は、鋭い目で凪を見た。「私自身、向き合わねばならぬ角度だった」
「三島様は、ご自身の文学について、世界中で、あれほど雄弁に語られてこられました。ですが、翻訳者の方々への感謝については、あまり、多くを語る場が、なかったように見受けました」
三島は、しばらく、黙っていた。
「私は……」やがて彼は、静かに言った。「あの人たちの仕事を、誰よりも、有り難く思っている。言葉というものは、本来、国境を越えられぬものだ。それを越えさせてくれたのは、あの翻訳者たちの、地道な仕事だった。だが、それを、広く世に向けて、はっきりと語ったことは、なかったかもしれぬ」
「なぜですか」
「私自身、常に、次の作品のことばかりを、考えて生きてきたからだろう。裏方の仕事をした者への感謝を、言葉にする間を、後回しにしてきた」
凪は、深く息を吸った。
「三島様。あなたは今、四部作の完結を、何より優先しておられます。ですが、もし、翻訳者の方々への感謝を、はっきりと言葉にしないまま筆を置かれれば、その功績は、あなたの名声の陰に、埋もれたままになってしまうかもしれません」
三島の目が、微かに揺れた。
「あなたが本当に遺したいものは、ご自身の文学の完成だけでしょうか。それとも、その文学を支えた人々への感謝を、はっきりと言葉にして、遺すことも、含まれているのではないでしょうか」
三島は、長い間、目を閉じていた。


八章 筆を執る夜
その夜遅く、三島は、書斎の机に向かい、便箋を取り出した。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
三島は、便箋を一枚、指で押さえた。万年筆の先が、わずかに震える。インクが紙に触れた瞬間、かすかな音がした。
「あの人たちは……」
三島は、筆を運びながら、静かに言った。
「私の言葉を、もう一つの言葉に置き換えるという、孤独な仕事を、黙々と続けてくれた。それは、創作にも劣らぬ、一つの仕事だ」
便箋に綴られる文字が、静かに、余白を埋めていった。
彼の背は微動だにしない。
鍛え抜かれた肩が、原稿用紙の白さの上で、彫像のように止まっている。
「これを、感謝の手紙として、送っておこう。いつか、機会があれば、はっきりと、公の場でも、そのことを語りたい」
凪は、静かに、その筆の動きを見つめていた。
やがて三島は、筆を置き、便箋を封筒に収めた。
「これで、少しは、心が、軽くなった」


九章 遺されたもの
この夜からおよそひと月後、昭和四十五年十一月二十五日、三島は、自らの信条に基づく行動の末、四十五歳でその生涯を閉じることになる。その日の朝、彼は、書き上げたばかりの四部作最終巻の原稿を、担当編集者に手渡していたと伝えられている。
この出来事は、今なお、文学史上、また思想史上、大きな衝撃と共に、様々な立場から語り継がれている。本作は、その評価そのものに立ち入ることを、意図するものではない。
史実において、三島文学は、彼の没後も、世界中の翻訳者・研究者たちの手によって、読み継がれていくことになる。彼が最期に書いたとされる、感謝の言葉の数々もまた、後年、彼と親交のあった海外の研究者たちの回想録の中に、静かに記されている。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
言葉を紡いだ者と、その言葉を運んだ者と。双方の仕事があって初めて、一つの文学は、国境を越えていくのかもしれない、と。


終章 もう一つの文路
数十年後。
世界各地の書店の書棚に、三島由紀夫の作品が、様々な言語に翻訳されて、並んでいた。
その一冊一冊の扉には、原著者の名と共に、それを訳した者の名も、小さく、しかし確かに、記されていた。
「世界的な作家」としてだけではなく、「多くの手によって、世界へと運ばれた文学」として。


エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、晩秋の風が、静かに吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、ご自身の文学の完成だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
デスクの上、パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の最後の一文が、静かに光を放っていた。
『昭和四十五年十一月、東京の空は、静かに暮れようとしていた。美という一語に殉じようとした男は、その最期の日々に、己の文学を語りながらも、もう一つの光を、確かに世界へと、書き遺したのである。』
風が吹いた。インクと、木材の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。

――了――


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あとがき
本作は三島由紀夫の最晩年を題材としたフィクションです。三島由紀夫は実在の人物ですが、物語における秘書や編集者との対話の内容、翻訳者への手紙の描写は、著者の創作です。
実際に三島は、昭和四十五年(一九七〇年)十一月二十五日、自衛隊市ヶ谷駐屯地における事件の中で、四十五歳で亡くなりました。この出来事の政治的・思想的な評価については、今なお様々な立場からの議論が続いており、本作は特定の評価を下すことを意図していません。また、この出来事の詳細な経緯についても、本作では立ち入って描写しておりません。
三島の代表作『豊饒の海』四部作は、その最終巻の原稿が、事件当日の朝、編集者に手渡されたと伝えられています。三島文学は、彼の生前から没後にかけて、海外の翻訳者・研究者たちの尽力によって、世界中で読み継がれてきました。三島自身が、そうした翻訳者たちに、具体的にどのような感謝の言葉を伝えていたかについては、本作における描写は、著者の創作です。
本作は、前十八作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

菌路転生記 〜野口英世と刻をこえた男〜
玉響転生記・第十八話


まえがき
十七度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
渋沢栄一との旅で、凪は「算路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「菌路」であった。
貧しさと、不自由な左手を抱えながら、世界中の病の正体を追い続けた男。
昭和三年(一九二八年)四月。齢五十一。アフリカ・ゴールドコースト(現ガーナ)のアクラにて、黄熱病の研究に没頭していた男――野口英世。世界的な細菌学者となりながら、その最期の地で、己を育ててくれた、一人の恩師への感謝を、静かに書き遺そうとした医学者の物語である。




プロローグ 卯月の来訪
東京は、初夏に向かう、穏やかな夜だった。
榊原凪は、六十一歳になっていた。渋沢栄一との旅から、半年余りが経っている。
飛鳥山の病床で、栄一が従兄・尾高惇忠への想いを、筆に込めた、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『恩を返す人』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い医学史の資料を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、消毒液と、乾いた土のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の小柄な男が座っていた。
白い医療用の上着。左手には、幼い頃の火傷の跡が、深く残っている。だが、その目には、驚くほど強い、探究心と焦燥の光が宿っていた。
「夜分に、失礼」
男は、静かに言った。
「あなたは……」
「野口英世です。福島の、貧しい百姓の生まれです」
凪は、息を呑んだ。
野口英世。左手の障害と、貧しさを乗り越え、アメリカのロックフェラー研究所で、世界的な細菌学者となった男。梅毒スピロヘータの純粋培養に成功し、黄熱病の研究に生涯を捧げた医学者。そして――このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここにいるんでしょう」
「さあ、私にも、分かりません」野口は、苦笑混じりに静かに笑った。「気づけば、この妙な部屋におりました。楠木、真田、石田、大石、由井、明智、土方、坂本、伊能、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、北斎、渋沢――あなたが会ってこられた十七人の気配が、なんとなく、伝わってきます。不思議な御仁ですね、あなたは」
彼は、凪を穏やかに見つめた。
「私は今、アクラの研究所で、黄熱病の研究をしております。この病の正体を、なんとしても、突き止めたいのです」
「野口様……」
「ですが」細菌学者の目に、どこか取り憑かれたような、澄んだ光が宿った。「まだ、書き遺したいことが、あります。それを果たさずに終わるのは、心残りです」


一章 十八度目のたゆたい
その夜、凪は医学史の資料に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの十七人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが野口英世の場合、その重さは、また違う質のものだった。
これまでの人物たちの多くは、自らの死期を、ある程度、悟っていた。だが野口は違う。史実において、彼は昭和三年五月二十一日、アクラにて、自らが研究していた黄熱病に罹患し、五十一歳でその生涯を閉じることになる。本人は、その日が来ることを、まだ知らない。それどころか、後発の研究者たちに自説を否定され、己のすべてを懸けて「見えない敵」と戦っている最中なのだ。
野口の生涯には、もう一人、あまり知られていない恩人がいた。
小林栄(こばやし・さかえ)。野口の故郷、福島の小学校で教鞭を執っていた教師である。幼き日、囲炉裏に落ちて左手に大火傷を負った野口の才能を見抜き、周囲の偏見にもめげぬよう励まし続け、さらに、手術費用を工面するため、生徒や卒業生から寄付を募る運動まで起こした人物であった。この恩師の尽力がなければ、野口の左手の手術も、彼が医学の道へ進むことも、なかったかもしれない。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
野口が最期に書き遺すとすれば、それは、本当に「己の研究」だけなのか。それとも、その出発点で、自分を支えてくれた恩師への想いも、あるのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、資料の匂いが、消毒液と乾いた土の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。


二章 アクラの研究所
気づくと、凪は、ゴールドコースト・アクラにある、研究所の裏手に立っていた。
乾いた熱風が、赤い土埃を舞い上げている。
凪の身なりは、現地の医療助手風の白衣姿に変わっていた。
「失礼します」
建物の前にいた助手に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「野口博士に、お目にかかりたい。榊原と申します」
「榊原さん、ですか」
助手は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「博士がお待ちです。お入りください」
この助手こそ、野口の研究を健気に手伝っていた、現地の若き医療従事者であった。


三章 野口の研究室
研究室には、顕微鏡と、培養器と、書きかけの論文原稿が、所狭しと並んでいた。
野口は、顕微鏡を睨みつけるように覗き込んでいたが、凪の気配を察すると、鋭い目で彼を見た。不自由な左手で、ぎゅっと机の端を掴んでいる。
「よく来てくれました」
「参りました」
「掛けてください」野口は、どこか焦燥を隠せない様子で言った。「私は、この黄熱病の正体を、なんとしても、突き止めねばなりません。アメリカの若造どもが私の説を否定している。だが、間違っているのは彼らだ。私は絶対に諦めない」
「なぜ、そこまで、研究に、こだわられるのですか」
凪の静かな問いに、野口はハッと我に返り、しばらく黙っていた。
「私は、この左手のせいで、幼い頃、随分と、辛い思いをしました」彼は、少し寂しげに言った。「ですが、多くの人の助けがあって、今の私がある。だからこそ、私も、誰かの役に立ちたい。ただそれだけなのです。世界の野口などという名声のためにやっているのではない」
「今、ご自身の生涯を、どのように振り返っておられますか」
野口は、少し目を細めた。
「福島の、小林先生のことを、近頃、よく思い出します」


四章 名の記されなかった人
その夜、凪は研究所の一室で、眠れぬまま過ごした。
野口の言葉が、頭から離れなかった。
――福島の、小林先生のことを、近頃、よく思い出します。
これまでの十七人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが野口の場合、彼自身は、自らの死が、ひと月後に迫っていることを、まだ知らない。それでも彼は、孤独な異国の地で、激しい研究の合間に、故郷の恩師のことを、繰り返し口にしていた。
史実において、小林栄は、野口の才能を見抜き、手術費用の寄付を募る運動まで起こした、最大の恩師であった。だが、世界的な細菌学者となった野口の名声の陰で、この恩師の存在は、世界的にはあまり広くは知られていない。
凪は、ふと思った。
野口が、これほどまでに己の研究への情熱と焦りを語る一方で、その原点にいた恩師への感謝は、これまで、どれほど世に向けて、はっきりと語られてきたのか。
窓の外、アフリカの夜の虫の声が、遠く微かに聞こえていた。
名を世界に知られた者の陰には、いつも、その出発点を支えた、名もなき恩人たちがいた。


五章 助手との対話
翌日、凪は、研究室で器具を洗っていた現地の助手と、言葉を交わす機会を得た。
「博士は、故郷のことを、よく話されますか」
「はい」助手は、手を休めて頷いた。「特に、小林先生という方のことを、よく話されます。手紙も、時々、書いておられるようです」
「こちらの研究所の他の方々も、その先生のことはご存知なのですか」
助手は、首を振った。
「いいえ。博士のお名前は、世界中で知られておりますが、小林先生のことは、私も、博士から伺うまで、存じませんでした」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。


六章 同僚・ヤング博士との対話
その日の夕刻、野口の同僚である、英国人医師のヤング博士が、研究室の廊下で凪に声をかけてきた。
「サカキバラさん、と仰るか。野口博士から伺っています。彼の日本の友人だと」
「ヤング博士。野口博士の恩師のことを、ご存知ですか」
ヤングは、少し驚いた顔をした。
「野口君から、時折、聞いていますよ。福島の小学校の先生が、彼の才能を信じ、手術のための寄付まで集めてくれたと。それがなければ、今日の野口博士は、いなかったかもしれない、とね」
「それは、野口博士ご自身も、深く感謝しておられることですか」
「野口君は」ヤングは、沈む夕日を見つめながら、言葉を選んだ。「口には、あまり多くを語りませんが、内心では、誰よりも、その恩師への感謝を抱いているはずです。ただ、世界を飛び回る研究者としての日々と、現在の研究のプレッシャーに、追われ続けてきたのでしょう」
凪は、深く頷いた。
「もし、博士が、はっきりと、恩師への想いを、書き記されたら、何か、変わると思われますか」
ヤングは、しばらく考え、温かい微笑みを浮かべた。
「きっと、変わるでしょう。彼の言葉には、世界を動かす、それだけの重みがあるのですから」


七章 夜半の対話
その夜、凪は野口に呼ばれ、二人だけで研究室に残った。
「助手や、ヤング博士から、聞きました」と野口は言った。顕微鏡のランプが、彼の顔を半分だけ照らしている。「あなたが、小林先生のことを、あれこれ聞いておられるそうですね」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いえ」野口は、疲れの滲む目で、しかし真っ直ぐに凪を見た。「私自身、向き合わねばならぬ角度でした」
「野口様は、ご自身の研究について、世界中で、あれほど雄弁に語られてこられました。ですが、小林先生への想いについては、あまり、多くを語る場が、なかったように見受けました」
野口は、しばらく、黙っていた。不自由な左手が、白衣のポケットの中で小さく震えている。
「私は」やがて彼は、絞り出すように言った。「小林先生の御恩を、片時も、忘れたことはありません。あの先生が、私の才能を信じ、寄付を集めてくださらねば、私は、この左手のまま、故郷で、一生を終えていたでしょう。だが、それを、世界に向けて、はっきりと語ったことは、なかったかもしれない」
「なぜですか」
「私自身、研究に追われ、世界中を飛び回る日々の中で、いつしか、原点を振り返る間を、作ってこなかったのでしょう。今は、この黄熱病の正体を暴くことだけで、頭が破裂しそうだ」
凪は、深く息を吸った。
「野口様。あなたが本当に遺したいものは、ご自身の研究の功績だけでしょうか」
野口は、長い間、目を閉じていた。アフリカの夜の静寂が、二人の間を満たしていた。


八章 筆を執る夜
その夜遅く、野口は、顕微鏡から離れ、研究室の机に向かった。そして、不自由な左手で紙をしっかりと押さえ、右手で故郷への手紙を書き始めた。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
「小林先生は」野口は、一文字一文字を噛み締めるように、筆を運びながら呟いた。「私の左手を、恥じるものではないと、教えてくれた人でした。あの先生が、寄付を集めてくださらねば、私の医学の道は、そもそも、始まらなかったでしょう」
ペン先から生まれる文字が、便箋の余白を、確かな熱量で埋めていった。
「これを、はっきりと、書いておかねばなりません。世界が何を言おうと、私が先生への感謝を、一瞬たりとも忘れてはいないということを」
凪は、静かに、その力強い筆の動きを見つめていた。
やがて野口は、ペンを置き、深く、深い息をついた。その表情からは、先ほどまでの刺々しい焦燥感が消え、穏やかな光が戻っていた。
「これで、少しは、心が、軽くなりました」


九章 遺されたもの
野口は、この手紙を書き上げた、およそひと月後、自らが研究していた黄熱病に罹患し、アクラにて、その生涯を閉じることになる。享年五十一歳。
彼が最期に遺したあの手紙は、のちに遺品とともに、遥か福島の小林のもとへと無事に届けられることになる。
史実において、野口英世は、世界的な細菌学者として、後世に名を残すことになる。その研究の一部には、後に見直しを迫られたものもあったと伝えられているが、彼が生涯を通じて、貧しさや障害を乗り越え、世界に挑み続けた姿は、多くの人々に、今も語り継がれている。
その陰で、彼を育てた恩師・小林栄の名も、伝記や資料の中に、確かに記されている。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
名を世界に知られた者の陰には、いつも、その出発点を支えた、名もなき恩人たちがいる、と。


終章 もう一つの菌路
数年後。
福島のある小学校に、一人の老いた教師の姿が、今も語り継がれていた。
かつて、火傷を負った一人の少年の才能を信じ、寄付を募った、その教師の物語は、少年が世界的な学者となった後も、静かに、地域の人々の間で、語り継がれていった。
「野口英世博士の恩師」としてだけではなく、「一人の子供の未来を、信じ抜いた教育者」として。
彼らが紡いだ絆という名の「路」は、目に見えない菌の道を越えて、確かに後世へと繋がっていた。


エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿の画面を、静かに見つめていた。
窓の外では、初夏の風が、心地よく吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、ご自身の研究の功績だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『昭和三年五月、アクラの空は、静かに暮れようとしていた。世界中の病の正体を追い続けた男は、その最期の地で、己の研究を語りながらも、もう一つの光を、確かに故郷へと、書き遺したのである。』
風が吹いた。消毒液と、乾いた土の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。

——了——


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あとがき
本作は野口英世の最晩年を題材としたフィクションです。野口英世、小林栄、ウィリアム・アパ・ヤングなどは実在の人物ですが、物語の展開、助手やヤング博士との対話の内容は、著者の創作です。
実際に野口は昭和三年(一九二八年)五月二十一日、当時のゴールドコースト(現ガーナ)のアクラにて、自身が研究していた黄熱病に罹患し、五十一歳で逝去しました。当時は自説(スピロヘータ説)と、台頭するウイルス説の間で激しい研究上の葛藤があったとされています。
小林栄は、野口の故郷・福島の小学校教師で、幼少期に大火傷を負った野口の才能を見出し、手術費用の寄付を募る運動を起こすなど、生涯にわたり彼を支えた恩師として知られています。野口が最晩年、恩師への想いをどのように書き記していたかについては、本作における具体的な描写は、著者の創作です。
なお、野口の黄熱病研究の一部の結論については、後の研究により見直しが行われたことが知られていますが、本作はその学術的評価そのものを主題とするものではありません。
本作は、前十七作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

算路転生記 〜渋沢栄一と刻をこえた男〜
玉響転生記・第十七話

まえがき
十六度の邂逅を経て、榊原凪はまた新たな「刻」へと導かれることになった。
田中角栄との旅で、凪は「道路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「算路」であった。
道徳と、算盤とを、両立させようとした男。
昭和六年(一九三一年)十月。齢九十一。五百もの企業の設立に関わりながら、なお「論語と算盤」の両立を説き続けた男――渋沢栄一。日本の資本主義の礎を築きながら、その晩年、己の若き日を支えた一人の従兄への想いを静かに書き遺そうとした実業家の物語である。




プロローグ 神無月の来訪
東京は、秋も深まる静かな夜だった。
榊原凪は、六十歳になっていた。田中角栄との旅から、半年余りが経っている。
目白台の応接間で、田中が故郷の名もなき人々への想いを秘書に語らせた、あの夜のことを凪は今も思い出す。
書き上げた小説『通された道』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い経済史の資料や『藍香遺稿』などの色褪せた美濃紙を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、墨と、絹糸のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の小柄な老人が座っていた。
紋付袴。白髪と、深く刻まれた皺。だが、その目には驚くほど穏やかで、それでいて強い光が宿っていた。
「夜分に、失礼致します」
老人は、丁寧に言った。
「あなたは……」
「渋沢栄一と申します。武蔵国血洗島の、百姓の出でございます」
凪は、息を呑んだ。
渋沢栄一。第一国立銀行をはじめ、生涯に五百もの企業の設立・育成に関わり、後に「日本資本主義の父」と呼ばれることになる実業家。そして、このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここに」
「さて、私にも分かりませぬ」栄一は静かに微笑んだ。「気づけば、この妙な部屋におりました。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中――あなたが会うてこられた方々の気配が、なんとなく伝わってまいります。不思議な御仁でございますな、あなたは」
彼は、凪を穏やかに見つめた。
「私は今、飛鳥山の自邸で、病の床に伏しております。十二指腸の病だと、医師は申しております」
「渋沢様……」
「されど」老いた実業家の目に、澄んだ光が宿った。「まだ、書き遺さねばならぬことがございます。それを果たさずして死ぬのは、心残りでございます」

一章 十七度目のたゆたい
その夜、凪は経済史の資料に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの十六人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが渋沢栄一の場合、その重さはまた違う質のものだった。
凪は知っていた。史実では栄一は昭和六年十一月十一日、十二指腸の病により、九十一歳でその生涯を閉じる。生涯に五百もの企業の設立に関わりながら、特定の財閥を築くことをせず、「論語と算盤」――道徳と経済とは両立し得るという思想を、生涯にわたって説き続けた人物である。
だが、その生涯の出発点には、一人の従兄の存在があった。尾高惇忠。栄一より十歳ほど年上のこの従兄は、幼き日の栄一に論語を教え、共に尊王攘夷の志を語り合った同志であった。後に尾高は、明治政府の求めに応じ、日本初の官営模範工場・富岡製糸場の初代場長を務め、日本の製糸業近代化に大きな功績を残す。だが明治三十四年、彼はその生涯を閉じ、栄一のような大きな名声を後世に残すことはなかった。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
栄一が最期に書き遺そうとしたのは、本当に「己の実業の道」だけだったのか。それとも、その出発点で共に学び、志を語り合った従兄への想いもあったのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、資料の匂いが、墨と絹糸の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。

二章 東京・飛鳥山の邸宅
気づくと、凪は飛鳥山にある栄一の邸宅の庭先に立っていた。
秋の紅葉が、庭を鮮やかに彩っている。
凪の身なりは、書生風の羽織姿に変わっていた。
「ごめんください」
庭先にいた書生に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「渋沢先生に。急ぎお取次ぎを」
「あなたは、どなたですか」
「先生のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
書生は訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「榊原さんとやら。お上がりください」
この書生こそ、栄一の伝記編纂を手伝っていた、若き学生であった。

三章 栄一の病床
病床の間には、書きかけの原稿と、若き日を振り返るための古い書簡が几帳面に整えられていた。
栄一は、床の中から穏やかな目で凪を見た。
「よう参られました」
「参りました」
「お座りなされ」栄一は静かに言った。「私はこの原稿を書き上げねば、死ぬに死ねぬ思いでございます」
「何を、書き遺そうとしておられるのですか」
栄一は、しばらく黙っていた。
「私の若き日のことを」彼は言った。「特に、従兄の尾高惇忠のことを」
「尾高様は、どのような御方だったのですか」
栄一は、少し目を細めた。
「私に、論語を教えてくれた人でございます」彼は懐かしそうに言った。「あの人がおらねば、私の商いの根には、道徳という支えはなかったでしょう」

四章 名の記されなかった男
その夜、凪は栄一の邸宅の一室で、眠れぬまま過ごした。
栄一の言葉が、頭から離れなかった。
――あの人がおらねば、私の商いの根には、道徳という支えはなかったでしょう。
これまでの十六人は、皆、有限の生の中で何を選ぶかという問いを抱えていた。だが栄一の場合、彼が向き合っていたのは「己の実業の功績をどう語るか」だけでなく、「己を育てた者を、どう後世に伝えるか」という問いであるように思えた。
史実において、尾高惇忠は富岡製糸場の初代場長として、日本の製糸業近代化の礎を築いた人物である。だが、その名は渋沢栄一というあまりに大きな存在の陰に、次第に埋もれていくことになった。
凪はふと思った。
栄一がこれほどまでに己の実業の道を語られる一方で、その出発点にいた尾高への想いは、これまでどれほど世に向けてはっきりと語られてきたのか。
窓の外、飛鳥山の木々のざわめきが、遠く微かに聞こえていた。

五章 血脈と学徒の声
翌日、凪は書斎で古い書簡を整理していた学生と、言葉を交わした。
「尾高惇忠様のことを、先生はどのように語られますか」
「尾高様は……」学生は少し言葉に詰まった。「富岡製糸場の初代場長を務められた御方だと伺っております。ですが、世間ではそのことはあまり知られていないように思います」
その時、奥から声がした。
「榊原殿と申されるか。祖父より伺っております」
振り向くと、栄一の孫、穂積重遠が立っていた。法学者の彼は、見舞いに訪れたところだった。
「重遠殿は、尾高様をどう見ておられますか」
重遠は学生の言葉を受け、亡き父・陳重の言葉を思い出すように目を細めた。
「父からも聞いております。あの御方なくば、渋沢先生の学問の基は成らなかった、と。富岡製糸場での御功績も、日本の近代化にとって決して小さくはございません」
「それは、栄一先生ご自身も認めておられることですか」
「先生は……」重遠は、病床の方向を静かに見つめた。「内心では、誰よりも尾高様への感謝を抱いておられるはずです。ただ、御自身があまりに多くの事業に関わり、世に名を知られる立場になられたことで、若き日の恩人への言葉が、どこか後回しになってきたのでしょう」
凪は頷いた。
「もし、先生が今書いておられる原稿に、はっきりと尾高様への想いを書き記されたら、何か変わると思われますか」
重遠はしばらく考えた。
「変わりましょう。先生のお言葉には、それだけの重みがございます」
学生も、静かに頭を下げた。

六章 夜半の対話
その夜、凪は栄一に呼ばれ、二人だけで病床に残った。
「学生や重遠から聞き申した」と栄一は言った。「あなたが尾高のことを、あれこれ問うておるそうですな」
「差し出がましいことを申し上げました」
「いや」栄一は穏やかな目で凪を見た。「私自身、向き合わねばならぬ角度でございました」
「栄一様は、ご自身の実業の道について、あれほど多くの場で語られてこられました。ですが、尾高様への想いについては、あまり多くを語る場がなかったように見受けられました」
栄一は、しばらく黙っていた。
「私は……」やがて彼は、絞り出すように言った。「尾高の存在を、片時も忘れたことはございませぬ。あの人が論語を教えてくれねば、私はただ金を追うだけの商人になっていたやもしれませぬ。されど、それを世に向けて、はっきりと書き記すことは、商いに身をやつすうち、恩を語る機を逸しておりました」
「なぜですか」
「私自身、あまりに多くの事業に心を奪われて生きてまいりましたゆえ、じゃろうと思います。若き日に受けし恩を、言い遺す暇すら惜しんで働いておりましたのでな」
凪は、深く息を吸った。
「栄一様。あなたは今、ご自身の生涯の意味を、後の世に書き遺そうとしておられます。ですが、もし、その原稿に、ご自身の実業の功績だけを記して終われば、尾高様が育んだものは、あなたの名声の陰に、埋もれたままになってしまうかもしれません」
栄一の目が、微かに揺れた。
「あなたが本当に遺したいものは、ご自身の実業の功績だけでしょうか。それとも、尾高様という、あなたを育てた同志の姿を、次の時代へと、はっきり書き伝えることも含まれているのではないでしょうか」
栄一は、長い間、目を閉じていた。

七章 筆を執る夜
その夜遅く、栄一は床の中から身を起こし、筆を執った。
凪は、その傍らに静かに控えていた。
かすかに漂う墨の香りが、かつて武蔵国血洗島で惇忠の背中を見つめながら論語を読んだ、あの若き日の古い記憶を呼び覚ますようだった。
「尾高は……」栄一は筆を運びながら、呟くように言った。「私に、論語というものを、初めて教えてくれた人でございました。あの人がいなければ、私の商いは、道徳という背骨を持ち得なんだでしょう」
筆先から生まれる文字が、原稿の余白を埋めていった。
「これを、はっきりと書き記しておかねばなりませぬ。富岡製糸場での彼の功績も、共に。私一人の力で、今日の私があるわけではないのですから」
凪は、静かにその確かな筆の動きを見つめていた。
これが、算路か。
道徳と算盤を繋ぐ、もう一本の道。
やがて栄一は筆を置き、深く息をついた。
「これで……ようやく、心残りが、一つ減り申した」

八章 書き遺されたもの
その後、栄一の原稿は静かに書き継がれていった。
史実において、渋沢栄一の伝記資料には、若き日の学問の師として、また富岡製糸場の功労者として、尾高惇忠についての記述が確かに残されている。渋沢自身、生涯を通じて、この従兄への敬意を折に触れて語っていたと伝えられている。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
もう一つの結末は、既に、史実そのものの中に静かに息づいていたのかもしれない、と。

終章 もう一つの算路
数日後。
栄一の書斎には、書き上げられた原稿が静かに置かれていた。
その中には、栄一自身の実業への想いと共に、尾高惇忠という一人の恩人の功績が、はっきりと記されていた。
この原稿は、いつか誰かの手によって、次の時代へと受け渡されることになるだろう。
「日本資本主義の父」としてだけではなく、「多くの恩を受け、多くの恩を返した、一人の商人」として。

エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は書き上げたばかりの原稿を静かに読み返していた。
窓の外では、晩秋の風が静かに吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、ご自身の功績だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『昭和六年十一月、東京の空は静かに暮れようとしていた。道徳と算盤との両立を説き続けた男は、その最期に、もう一つの光を、次の時代へと書き遺したのである。』
風が吹いた。墨と、絹糸の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。

――了――


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あとがき
本作は渋沢栄一の晩年を題材としたフィクションです。渋沢栄一、尾高惇忠、穂積重遠などは実在の人物ですが、物語の展開は著者の創作です。実際に渋沢は昭和六年(一九三一年)十一月十一日、九十一歳で逝去しました。生涯に五百におよぶ企業の設立・育成に関わり、「論語と算盤」の思想のもと、道徳と経済の両立を説いたことで知られています。
尾高惇忠は渋沢の従兄であり、幼少期の学問の師でもありました。後に富岡製糸場の初代場長を務め、日本の製糸業近代化に大きく貢献した人物ですが、渋沢栄一ほどの知名度を得ることはありませんでした。渋沢が生涯を通じて尾高への敬意を抱いていたことは伝記資料からも窺えますが、本作における晩年の対話や心情描写は、著者の創作です。
本作は、前十六作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

道路転生記 〜田中角栄と刻をこえた男〜
玉響転生記・第十六話

まえがき
十五度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
伊藤博文との旅で、凪は「憲路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「道路」であった。
雪深い故郷に、道を、鉄路を、通そうとした男。
昭和六十年(一九八五年)一月。齢六十六。総理の座を退いて久しく、ロッキード事件の裁判を抱えながらも、なお政界に隠然たる力を持っていた男――田中角栄。「日本列島改造論」を掲げ、貧しい農村に道路と鉄道を通すことに、政治家としての情熱の多くを注いだ男の物語である。




プロローグ 睦月の来訪
東京は、真冬の、凍てつく夜だった。
榊原凪は、五十九歳になっていた。伊藤博文との旅から、半年余りが経っている。
大磯の別邸で、伊藤が井上毅への想いを書き記した、あの筆の動きを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『織り上げられた憲法』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い新聞の縮刷版――日本列島改造論を報じた記事を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、安煙草と、どこか湿り気を含んだ雪国の匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の恰幅のよい男が座っていた。
濃紺の背広。太い眉と、精悍な顔つき。だが、その目には、凄まじい執念の裏に、深い疲弊の色が滲んでいた。
「よう、失礼するよ。うん」
男は、低くだみ声で、しかし人懐こく言った。
「あなたは……」
「田中角栄だ。新潟の、西山の生まれよ」
凪は、息を呑んだ。
田中角栄。貧しい農家に生まれ、高等小学校卒の学歴から独学で身を立て、内閣総理大臣にまで上り詰めた「今太閤」。日中国交正常化を成し遂げ、日本列島改造論を掲げた男。そして――このおよそひと月後、その政治生命を、事実上、絶たれることになっている男。
「なぜ、ここにいるんだ、俺は」
「さあな、俺にも分からんよ」角栄は、がらがらと豪快に、しかしどこか力なく笑った。「気づいたら、この妙な部屋にいた。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤――あんたが会ってきた連中の気配が、なんとなく分かる。妙な男だな、あんたは」
彼は、扇子をいじるような手つきで、凪をじろりと見た。
「俺は今、目白の家で、毎晩、オールドを舐める程度だ。医者にもう止められてる。……竹下の野郎、最近やけに田中派の若いのと飯食ってるらしいな。俺の目の黒いうちは、好きにはさせんがね」
「田中様……」
「だが」政治家の目に、一瞬、凍てつくような鋭い光が宿った。「まだ、やり残したことがある。それを、やらずに終わるのは、悔しくてたまらん。うん」

一章 十六度目のたゆたい
その夜、凪は新聞の縮刷版に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの十五人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが田中角栄の場合、その重さは、また違う質のものだった。
これまでの人物たちの多くは、自らの死期を、ある程度、悟っていた。だが田中は違う。史実において、彼は昭和六十年二月二十七日、自邸で倒れ、重い脳梗塞を患う。派閥内の不穏な動きによる激しいストレスが、その引き金になったとも言われている。
以後、深刻な言語障害を負い、政治家としての活動は、事実上、不可能となる。肉体の死は、それから八年後の平成五年まで訪れないが、政治家・田中角栄としての「声」は、この日を境に、失われることになるのだ。
田中の生涯には、もう一つ、あまり語られない側面があった。
彼が掲げた「日本列島改造論」は、豪雪地帯であった新潟の故郷に、道路を、トンネルを、新幹線を通した。ロッキード事件によって「金権政治家」の烙印を押された彼の陰で、その公共事業によって、雪に閉ざされる恐怖から救われ、暮らしを変えられた、名もなき人々がいた。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
田中が、あとひと月後に迎える「政治的な死」を前に、書き遺すべきものが、あるとすれば――それは、己の政治手法への弁明だけなのか。それとも、その陰で、道路や鉄路によって、静かに人生を変えられた人々への想いも、含まれているのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、新聞の匂いが、煙草と雪国の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。

二章 東京・目白台の私邸
気づくと、凪は、文京区目白台にある、広大な田中の私邸の庭先に立っていた。
真冬の庭の池には氷が張り、錦鯉が静かに底でじっとしている。
凪の身なりは、書生風の背広姿に変わっていた。
「ごめんください」
庭先にいた秘書に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。目元に深い隈がある。先生の言葉尻から次の陳情を先読みする、古参の男だった。
「先生に、お目通り願いたい」
「あんた、何者だい。今日の面会予定には入っていないが」
「先生のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
秘書は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「榊原さんとやら。お上がりください。先生がお待ちです」

三章 角栄の応接間
応接間には、全国の陳情客からの手紙や、地元・新潟からの便りが、山と積まれていた。机の上には、日本列島改造論の構想をまとめた、擦り切れた資料の束が置かれている。
ソファーに深く腰掛けた角栄は、手にしたグラスを置き、鋭い目で凪を見た。
「よう来たな、な、あんた。座れよ」角栄は、ぶっきらぼうに言った。「俺は、雪に閉ざされた故郷を、変えたかった。それだけなんだよ」
「なぜ、そこまで、道路や鉄道に、こだわられたのですか」
角栄は、しばらく黙って、手元のウイスキーの琥珀色を見つめていた。注ぐ手が、微かに震えている。酔いではない。脳の血管が、悲鳴を上げる前兆だった。
「わしの田舎じゃな、冬になると、三メートルも雪が積もって何ヶ月も外界から切り離される。病人が出ても、医者に診せることもできん。昔はな、お産を控えた妊婦を戸板に載せて、男衆が腰まで雪に浸かりながら、命がけで何時間も山を越えたんだ。途中で冷たくなっちまった赤ん坊を、わしはいくつも見てきた。……そんな村を、日本中から無くしたかったんだ。うん」
「今、ご自身の政治を、どう振り返っておられますか」
角栄は、少し目を伏せ、自嘲気味に笑った。
「金がかかりすぎた、と言われる。金権政治だと、ロッキードだと、世間は大騒ぎだ。……だがな、マスコミが何と言おうと、俺があの山をブチ抜いて道を通した村には、今も人が住み、ガキどもの声が響いているんだ」

四章 語られなかった人々
その夜、凪は目白台の私邸の一室で、眠れぬまま過ごした。
角栄の言葉が、頭から離れなかった。
――俺があの山をブチ抜いて道を通した村には、今も人が住み、ガキどもの声が響いているんだ。
これまでの十五人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが田中の場合、彼自身は、自らの「政治的な死」が、ひと月後に迫っていることを、まだ知らない。それでも彼は、腹心の裏切りへの怒りと、止められた酒を舐めながらも、故郷のことを、繰り返し口にしていた。
史実において、田中角栄という名は、日中国交正常化の立役者としても、金権政治とロッキード事件の当事者としても、後世に、色濃く記憶されることになる。だが、彼の政策によって、雪深い山村に道が通り、鉄路が延び、救われた、無数の名もなき人々の存在は、大きな政治史の陰に、埋もれがちであった。
凪は、ふと思った。
田中が、これほどまでに己の政治への批判を、繰り返し語られる一方で、その政治によって、人生を変えられた人々の声は、これまで、どれほど、はっきりと語られてきたのか。
窓の外、東京の夜の静けさが、遠く微かに感じられた。

五章 故郷からの便り
翌日、凪は、応接間で陳情の手紙を整理していた秘書と、言葉を交わす機会を得た。
「新潟からの便りには、どのようなことが、書かれているのですか」
「様々です」秘書は、少し手を止め、愛おしそうに手紙を見つめた。「中には、先生のおかげでトンネルが通り、隣町の病院まで、冬でも一時間で行けるようになりました、おかげで婆様が助かりました、という、年老いた村人からの手紙もあります。不器用な、鉛筆書きの文字ですがね」
「その方のお名前は、世に、広く知られていますか」
秘書は、寂しそうに首を振った。
「いいえ。新聞に載るのは、いつも、事件のことや派閥の権力争いばかりです。あの村人の暮らしのことなど、誰も知りません」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。
「先生ご自身は、それを、どう思っておられるのでしょうか」
秘書は、しばらく黙って、手紙の束を見つめていた。
「先生は、ああした手紙を、一通一通、眼鏡をかけて丁寧に読まれます。ですが……それを、公の場で、はっきりと語られたことは、あまり、ないように思います。語れば『言い訳だ』『美談にすり替えるな』と叩かれるのが、分かっておいでなのでしょう」

六章 地元支持者との対話
その日の夕刻、新潟から上京してきた、田中の強力な後援会、越山会の古参の一人が、見舞いに訪れた。
「榊原殿と申されるか。先生より、伺っております」
「あなたは、あのトンネルが通る前の村を、覚えておいでですか」
古参の支持者は、少し驚いた顔をし、それから遠い目をした。
「よく覚えております。冬になれば、何ヶ月も、外の世界から切り離されておりました。先生が道を通してくださってから、村の暮らしは、まるで変わりました。若いもんが冬でも出稼ぎに行かずに済むようになったんです」
「それは、先生ご自身も、誇りに思っておられることですか」
「先生は……」支持者は、言葉を選びながら言った。「裁判のことや、最近の身内の動きのことで、随分と、辛い思いをしてこられました。ですが、故郷の道のことになると、いつも、誰よりも、嬉しそうなお顔をされます。あれが、あの人の政治の原点なんです」
凪は、深く頷いた。
「もし、先生が、はっきりと、故郷の人々への想いを、今、書き遺されたら――何か、変わると思われますか」
支持者は、しばらく考えた末に、力強く言った。
「変わりましょう。世間がどう言おうと、先生のお言葉には、我々にとって、それだけの重みがございます」

七章 夜半の対話
その夜、凪は角栄に呼ばれ、二人だけで応接間に残った。部屋には、重い沈黙と、ウイスキーの香りが満ちていた。
「秘書やら、越山会の連中から、聞いたよ」と角栄は言った。「あんたが、故郷の村のことを、あれこれ聞いておるそうだな。な、あんた」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いや」角栄は、鋭い目で凪を見た。「俺自身、向き合わなきゃならん角度だったよ。うん」
「田中様。あなたは今、ご自身の政治について、事件のことも含めて、あれこれ語られる場が多くございます。ですが、道を通した村の人々への想いについては、あまり、多くを語る場が、なかったように見受けました」
角栄は、しばらく、黙っていた。
「俺は……」やがて彼は、絞り出すように言った。「あの村の連中の暮らしを、誰よりも、大事に思ってきた。だが、世間は、俺のことを、金をばらまく金権政治家としてしか、見ようとしない。……それに、いつしか、俺自身も、開き直っちまったのかもしれん。どうせ言っても分かりゃせん、とな」
「なぜですか」
「事件のことで、いちいち、弁解するのが、疲れちまったんだよ。それより、ここで酒を舐めている方が、楽だったんだ」
凪は、深く息を吸った。一歩、角栄へと近づく。
「田中様。あなたは今、信頼していた人たちが離れていく予感に、身を焦がしておられます。ですが――もし、故郷の人々への本当の想いを、はっきりと言葉にしないまま、この先、万が一のことがあれば、その想いは、事件の記憶の陰に、完全に埋もれたままになってしまうかもしれません」
角栄の目が、微かに揺れた。
「あなたが本当に大事にしたいものは、政界での己の権力だけでしょうか。それとも――道を通した、あの名もなき人々の暮らしを、次の時代へと、はっきり語り伝えることも、含まれているのではないでしょうか」
角栄は、長い間、目を閉じていた。その呼吸は、どこか荒く、しかし静かに整えられていった。

八章 語られた言葉
その夜遅く、角栄は、秘書を枕元に呼び、一つの覚書を、口述で残させた。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
「あの村の連中は……」角栄は、ゆっくりと、しかし確かなだみ声で言葉を選びながら言った。「新聞にも載らんし、歴史にも残らん。だがな、俺の政治の意味は、あそこにこそ、あったんだ。うん」
秘書の筆が、覚書の余白を、静かに埋めていった。
「これを、越山会の連中、いや、次の時代を生きる奴らに、伝えておいてくれ。道は、俺一人で通したわけじゃない。あの雪深い村の連中が、辛抱強く、暮らし続けてきたからこそ、道を通す意味が、あったんだ、とな」
角栄は、窓の外の闇を見つめながら、最後に小さく呟いた。
「道さえあれば、人は生きていける。国は、人でできているんだからな」
凪は、静かに、その言葉を聞いていた。
やがて角栄は、深く息をつき、満足そうに目を閉じた。
「これで……少しは、気が、済んだよ」

九章 残されたもの
この夜からおよそひと月後、昭和六十年二月二十七日。田中角栄は、激しい政治的激動の最中、目白台の自邸で倒れる。
以後、彼は深刻な言語障害を負い、政治家としての「声」を、事実上、失うことになる。
史実において、田中角栄という名は、日中国交正常化の立役者として、また、ロッキード事件による金権政治の象徴として、賛否両論と共に、後世に語り継がれている。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
彼が最後に語った、故郷の名もなき人々への想い――それは、大きな政治史の中では、小さな覚書にすぎない。だが、道が通ったあの村では、今も、確かに、人々の暮らしが、続いている。

終章 もう一つの道路
数年後。
新潟のある山村に、一本のトンネルが、静かに口を開けていた。
かつて、冬になれば、幾月も外界から閉ざされていた村は、今では、隣町の病院にも、学校にも、いつでも行き来ができるようになっていた。
村の古老たちは、時折、雪を見つめながら、若い世代に、あのトンネルが通った日のことを、語って聞かせた。
「金権政治家」としてだけではなく、「あの雪深い村に、道を通してくれた男」として。その男が遺した、「道さえあれば、人は生きていける」という言葉とともに。

エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、真冬の風が、冷たく吹いていた。
「あなたが大事にしたかったのは、政界での力だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『昭和六十年一月、東京の空は凍てつくように暮れようとしていた。
「道さえありゃ、なんとかなる。うん」
声を失うひと月前、男はそう呟いて、ウイスキーを飲み干した。』
風が吹いた。安煙草と、雪国の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。

——了——

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あとがき
本作は田中角栄の政治家としての晩年を題材としたフィクションです。田中角栄は実在の人物ですが、物語の展開、秘書や後援会員との対話の内容は、著者の創作です。
実際に田中は昭和六十年(一九八五年)二月二十七日に脳梗塞で倒れ、重い言語障害を負い、政治活動が不可能となりました。その後八年の療養生活を経て、平成五年(一九九三年)十二月十六日、肺炎により七十五歳で逝去しています。
田中は、内閣総理大臣として日中国交正常化を実現する一方、「日本列島改造論」を掲げて全国、特に故郷・新潟の交通網整備を強力に推進しました。同時に、昭和五十一年(一九七六年)に発覚したロッキード事件により受託収賄罪で起訴され、昭和五十八年(一九八三年)に東京地裁で有罪判決を受けています。この事件をめぐる評価は、今なお分かれるところであり、本作は特定の評価を下すことを意図していません。
本作における「秘書」「後援会員」は、特定の実在人物をモデルにしたものではなく、創作上の人物です。
本作は、前十五作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

憲路転生記 〜伊藤博文と刻をこえた男〜
玉響転生記・第十五話


まえがき
十四度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
吉田松陰との旅で、凪は「志路」という言葉を得た。今回、彼が得る言葉は「憲路」であった。
師の志を継ぎ、新しい国の骨格を、その手で築こうとした男。
明治四十二年(一九〇九年)九月。齢六十八にして、なお公務のために異国へ向かおうとしていた男――伊藤博文。松下村塾に学び、後に日本初の内閣総理大臣となり、大日本帝国憲法の制定に、生涯の多くを捧げた政治家の物語である。




プロローグ 長月の来訪
東京は、初秋の、涼やかな夜だった。
榊原凪は、五十八歳になっていた。吉田松陰との旅から、半年余りが経っている。
伝馬町の獄舎で、松陰が同志・金子重之助への想いを書き記した、あの筆の動きを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『留められた魂』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い憲法の解説書を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、葉巻と、洋紙のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の老紳士が座っていた。
洋装の礼服。白髪交じりの口髭。だが、その目には、鋭く、それでいてどこか人懐こい光が宿っていた。
「夜分に失礼。泥棒じゃねえよ、伊藤だ」
老紳士は、静かに笑った。
「あなたは……」
「伊藤博文と申す。今は、枢密院議長を務めておる」
凪は、息を呑んだ。
伊藤博文。吉田松陰の松下村塾に学び、後に日本初の内閣総理大臣となり、大日本帝国憲法の制定を主導した政治家。
そして――このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここに」
「さて、わしにも分からん。気づきゃこの妙な部屋におった」伊藤は、葉巻がないのを残念そうに指先でなぞった。「由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰――君が会うてきた者たちの気配が、なんとなく、伝わってくる。不思議な御仁だな、君は」
彼は、凪を穏やかに見つめた。
「わしは今、満州へ、公務で向かおうとしておる。ロシアの蔵相と、会談するためにな」
「伊藤様……」
「そういえば」老政治家の目に、懐かしむような光が宿った。「松陰先生の塾で学んでおった頃のことを、近頃、よく思い出す」


一章 十五度目のたゆたい
その夜、凪は憲法の解説書に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの十四人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが伊藤博文の場合、その重さは、また違う質のものだった。
これまでの人物たちの多くは、自らの死期を、ある程度、悟っていた。だが伊藤は違う。史実において、彼は明治四十二年十月二十六日、満州のハルビン駅にて、韓国の青年・安重根に銃撃され、突然その生涯を閉じることになる。本人は、その日が来ることを、まだ知らない。
伊藤の生涯には、もう一つ、あまり知られていない事実があった。
明治二十二年(一八八九年)に公布された大日本帝国憲法。その公式な解説書『憲法義解』は、伊藤博文の名で著されている。だが、その実際の執筆の多くを担ったのは、井上毅という、法制官僚であったと伝えられている。井上は、明治二十八年(一八九五年)、四十七歳で世を去っていた。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
伊藤が、あとひと月後に迎える死を前に、書き遺すべきものが、あるとすれば――それは、憲法という己の功績だけなのか。それとも、その陰で、共に憲法を作り上げた者への想いも、含まれているのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、解説書の匂いが、葉巻と洋紙の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。


二章 相州大磯・滄浪閣
気づくと、凪は、相州大磯、滄浪閣の松林の庭先に立っていた。
初秋の海風が、松を抜けていく。
凪の身なりは、書生風の洋装に変わっていた。
「ごめんください」
庭先にいた書生に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「閣下に、お目通り願いたい」
「あなたは、どなたですか」
「閣下のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
書生は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「榊原さんとやら。お上がりください」
この書生こそ、伊藤の秘書官の一人であった。


三章 伊藤の書斎
書斎は、洋風の机と、和漢洋の書物で満たされていた。机の上には、満州行きのための書類と共に、古い『憲法義解』の一冊が、置かれている。
伊藤は、机の前から、鋭い目で凪を見た。
「よう来たな」
「参りました」
「掛けたまえ」伊藤は、顎で椅子を示した。「わしはこれから、満州へ向かう。ロシアの蔵相・ココフツォフと、会談するためにな」
「憲法のことを、近頃、よく思い出されるとのことでしたが」
伊藤は、しばらく黙っていた。
「この憲法義解は、わしの名で世に出ておる。だが、その実、細部を書き上げたのは、井上毅という男であった。あの男の緻密な仕事なくば、この解説書は、成らなんだやもしれぬ」
「井上様は、今、どうしておられますか」
伊藤は、少し目を伏せた。
「もう、十四年前に、亡くなった」彼は、静かに言った。「あの男のことを、わしは、世に、どれほど、はっきりと語ってきただろうか」


四章 名の記されなかった男
その夜、凪は滄浪閣の一室で、眠れぬまま過ごした。
伊藤の言葉が、頭から離れなかった。
――あの男のことを、わしは、世に、どれほど、はっきりと語ってきただろうか。
これまでの十四人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが伊藤の場合、彼自身は、自らの死が、ひと月後に迫っていることを、まだ知らない。それでも彼は、老いと共に、過去を振り返る時間を、多く持つようになっていた。
史実において、井上毅は、法制局長官として、大日本帝国憲法の起草に深く関わり、その公式な解説書『憲法義解』の実質的な執筆者であったと、多くの研究者に指摘されている。井上は無口な男だった。酒も飲まぬ。だが条文の一点一画に、鬼のように厳しかった。
凪は、ふと思った。
伊藤が、これほどまでに憲法という功績を語られる一方で、井上への感謝は、これまで、どれほど世に向けて、はっきりと語られてきたのか。
窓の外、大磯の波音が、遠く微かに聞こえていた。


五章 秘書官との対話
翌日、凪は、書斎で書類を整理していた秘書官と、言葉を交わす機会を得た。
「井上毅様のことを、閣下は、どのように語られますか」
「井上様は……」秘書官は、少し言葉に詰まった。「憲法義解の緻密な文章を、実際に書き上げられた方だと、伺っております。ですが、世間では、あまり、そのことは、知られていないように思います」
「閣下ご自身は、それを、どう思っておられるのでしょうか」
秘書官は、首を傾げた。
「閣下は、時折、懐かしそうに、井上様のお名前を、口にされます。ですが……それを、公の場で、はっきりと語られたことは、まだ、あまりないように思います」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。 


六章 旧友・金子堅太郎との対話
その日の夕刻、伊藤の旧友であり、憲法制定にも関わった金子堅太郎が、訪ねてきた。
「榊原殿と申されるか。閣下より、伺っております」
「金子殿は、井上毅様のことを、どう見ておられますか」
金子は、少し驚いた顔をした。
「あの御方なくば、憲法義解の緻密な条文解釈は、成らなかったでしょう。伊藤閣下の大きな構想と、井上殿の緻密な法文――その両方があって、初めて、あの憲法は、形を成したのです」
「それは、伊藤閣下ご自身も、認めておられることですか」
「閣下は……」金子は、言葉を選びながら言った。「内心では、誰よりも、井上殿への敬意を、抱いておられるはずです。ただ、御自身が、憲法制定の象徴的な人物として、世に知られる立場になられたことに、いささか、心苦しさも、抱いておられるのでしょう」
凪は、頷いた。
「もし、閣下が、はっきりと、井上様の功績を、世に向けて語られたら――何か、変わると思われますか」
金子は、しばらく考えた。
「変わりましょう。……閣下のお言葉には、それだけの重みがございます」


七章 夜半の対話
その夜、凪は伊藤に呼ばれ、二人だけで書斎に残った。
「秘書官や、金子から、聞いた」と伊藤は言った。「君が、井上のことを、あれこれ問うておるそうだな」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いや」伊藤は、鋭い目で凪を見た。「わし自身、向き合わねばならぬ角度であった」
「閣下は、憲法という己の功績について、あれほど雄弁に語られる場を、お持ちです。ですが、井上様の功績については、あまり、多くを語る場が、なかったように見受けました」
伊藤は、しばらく、黙っていた。
「わしは……」やがて彼は、絞り出すように言った。「井上の緻密な仕事を、誰よりも、有り難く思うておる。あの男の法文への厳密さがなくば、この憲法は、これほどの精緻さを、持ち得なんだ。……だが、それを、世に向けて、はっきりと語ったことは、なかったやもしれぬ。政治というものの表舞台に、いつしか、慣れてしもうたのやもしれぬな。裏方の仕事をした者への感謝を、言葉にする間を、作ってこなんだ」
凪は、深く息を吸った。
「井上様のことです」凪は、静かに言った。「閣下は、あの方の仕事を、誰に、どんな言葉で遺されますか」
伊藤の目が、微かに揺れた。
「わしはこれから、満州へ向かう。ココフツォフと、国のこれからを話し合う」伊藤は、窓の外の闇を見た。「だが、その前に、しておかねばならんことがある。そうじゃのう?」


八章 筆を執る朝
旅立ちの朝、伊藤は、書斎の机に向かい、筆を執った。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
「井上は……」伊藤は、筆を運びながら、呟くように言った。「わしよりも、はるかに、法文というものに、厳密な男であった。彼の緻密な仕事なくば、この憲法は、ただの大きな器で終わったやもしれぬな」
筆先から生まれる文字が、書きかけの覚書の余白を、埋めていった。
「これを、金子や、後進の者たちに、託しておこう。井上の功績を、はっきりと、記録に残すようにと」
凪は、静かに、その筆の動きを見つめていた。
やがて伊藤は、筆を置き、鞄に覚書を収めた。
「これで……少しは、心が、軽うなった」
「閣下」凪が言った。「それが、あなたの憲路、かもしれません」
伊藤は目を細めた。「憲の路、か。面白いことを言う。わしが歩いてきたのは、なるほど、憲路であったか」


九章 遺されたもの
伊藤は、その後、横浜から船に乗り、満州へと向かった。
史実において、彼は明治四十二年十月二十六日、ハルビン駅頭にて、韓国の青年・安重根に銃撃され、その生涯を閉じることになる。安重根は、伊藤が韓国の保護国化を主導した人物と見なし、その行動に及んだと伝えられている。もっとも伊藤自身は、当時の政府内では、性急な韓国併合には、比較的慎重な立場を取っていたとも言われており、この出来事は、今なお、立場によって、異なる評価がなされている。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
伊藤が満州へ発つ前に、静かに書き遺した、井上毅への想い。それは、後に、金子堅太郎らの手によって、憲法制定の記録に、丁寧に書き加えられることになった。


終章 もう一つの憲路
数年後。
東京のある資料室に、大日本帝国憲法の制定過程を記した、詳細な記録が、収められていた。
その中には、伊藤博文の大きな構想と共に、井上毅という、一人の法制官僚の、緻密な仕事が、はっきりと記されていた。
「伊藤博文の憲法」としてだけではなく、「多くの手によって、丁寧に織り上げられた憲法」として。


エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、初秋の風が、涼やかに吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、ご自身の功績だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『明治四十二年十月、満州の空は、静かに暮れようとしていた。新しい国の骨格を築き続けた男は、その最期の旅路で、もう一つの光を、次の時代へと書き遺した。』
風が吹いた。葉巻と、洋紙の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。

――了――


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あとがき
本作は伊藤博文の最晩年を題材としたフィクションです。伊藤博文、井上毅、金子堅太郎などは実在の人物ですが、物語の展開は著者の創作です。実際に伊藤は明治四十二年(一九〇九年)十月二十六日、満州のハルビン駅にて、安重根により銃撃され亡くなりました。この出来事については、日本と韓国をはじめ、立場によって評価が大きく異なっており、本作では特定の立場を取ることを意図せず、史実として簡潔に触れるにとどめています。安重根は韓国では独立運動家と評されています。
大日本帝国憲法の公式解説書『憲法義解』は伊藤博文の著作として公刊されていますが、その実質的な起草作業の多くを法制官僚・井上毅が担ったことは、多くの研究者によって指摘されています。伊藤自身が井上の功績について、どこまで、どのように語っていたかについては、本作における描写や対話の内容は、著者の創作です。
本作は、前十四作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいいるのかもしれません。

系譜局異聞 四部作

まえがき
私たちは皆、たまたまここにいる。
ほんの少しの流行り病、戦中の不運、出会いの狂い――そのどれか一つがあっただけで、今これを読んでいる「あなた」という光は、この世に灯っていなかったかもしれない。
あなたが生まれるために、切り落とされていった無数の「もしもの命」がある。彼らは消え去ったわけではなく、ただ、私たちが忘れているだけだとしたら。
これは、ある風邪の夜に「あちら側の戸籍」を覗いてしまった男と、その血脈の物語です。
棚の隅にある古いラジオから、もしもノイズが聞こえたら。
その時はどうぞ、彼らの名前を、声に出して呼んであげてください。



―系譜局異聞・壱―
あちら側の戸籍―祖脈

零章 あちら側の気配
三十八度。布団の輪郭が、自分の輪郭より濃かった夜、僕は身体が薄くなっていくのを感じた。医者は「大したことはない」と言ったが、僕にはわかっていた。もう半分だけこちら側にある。
天井を見上げながら、苦笑いした。そろそろ片足があちら側に入り込んだのかもしれない。怖くはなかった。ただ、自分がどこから来たのかを知りたくなった。
翌朝、熱が少し引いた頭で、実家の押し入れから祖父の遺品の箱を引っ張り出した。古い戸籍謄本の束と、錆びた鍵、一枚の見たことのない金属製のカードが入っていた。

一章 古い戸籍と一枚のカード
戸籍の文字は達筆すぎて、最初は誰が誰の子なのかもわからなかった。読み進めるうちに手を止めた。
祖父には、三人の妻がいた。
一人目の妻には、二人の娘。だが二人は若くして亡くなり、妻も後を追った。二人目の妻には六人の子。うち二人は養女に出され、妻は終戦の年、三十七で逝った。流行り病だったと父は言う。三人目の妻――僕の知っている祖母は、一人の息子を授かり、血の繋がらない子らを育て上げ、九十八まで生きた。
無機質な紙の裏に、これほどの涙と決断が眠っていた。
金属のカードには、見慣れない紋様と小さな読み取り穴があった。何気なくスマホをかざした瞬間、画面にアプリのインストール画面が浮かんだ。
名は――『祖脈』。

二章 祖脈エンジン
許可すると、画面いっぱいに光る糸が現れた。星図のようだった。中央に小さな点。それが僕。
点から無数の糸が過去へ伸びていた。一世代遡るごとに、糸は倍になる。親で二本、祖父母で四本、その先で八本、十六本――十世代で千を超え、僕に収束していた。
説明文があった。
「祖脈は、あなたという一点に収束する、天文学的な数の生の記録です。ひとつでも欠ければ、あなたの光は存在しません」
ぞっとした。同時に、奇妙な安堵も覚えた。途切れずに繋がってきた事実が、目に見えたからだ。
糸をタップすると、名前、生没年、断片的な事実が浮かぶ。祖父の糸に触れると三本に枝分かれし、そのうち二本が途中で途切れていた。一人目の妻の家系と、二人目の妻の家系。
「途切れている」と呟いた。なのに、なぜ僕はここにいる。

三章 三人の歩み
その夜、アプリは「分岐再生」を開いた。
光の点をタップすると、映像というより感覚に近い何かが流れ込んだ。
最初の妻が、幼い娘を二人抱きしめている。穏やかな時間。だが糸は、あるところで光を失う。
二人目の妻――僕の実の祖母が、六人の子に囲まれて笑っている。そして床に伏し、高熱にうなされながら、幼い父の手を握りしめる最期。終戦の年の、蒸し暑い夏。
三人目の妻――よく知る祖母の記憶は長く、穏やかだった。戦後の混乱の中、血の繋がらない子らを育てていく。九十八年の重み。
声を出さずに泣いていた。これは記録ではない。祈りのようなものだった。

四章 分岐律
三日目の夜、「分岐律」が現れた。
「祖脈が観測している宇宙は、ひとつではありません。あなたが生まれるまでに、無数の可能性が枝分かれし、そのほとんどで鎖は途切れています」
画面には、光を失った糸の残骸が広がっていた。祖父が後を追っていたら。三人目の祖母と出会わなかったら。幼い僕が、その時代の医療のままだったら――二十歳を迎えられなかった可能性の方が高い。
僕は「たまたま」ここにいるのを、数字で突きつけられた。アプリは何も答えない。ただ記していた。
「この一点が生まれたことに、意味を与えるかどうかは、この一点自身に委ねられています」

五章 継ぐ者からの声
最後の夜、未来へ伸びる細い糸が灯った。触れた瞬間、声が流れ込んだ。
「あなたは、大きなことを成す必要はなかった」
役目は何かと問い返す。
「ただ、この糸を次へ渡すことでした。それだけで」
戦中戦後を生き抜いた者たちが目指したのは、壮大な何かじゃない。次の世代へ、静かに命を手渡すこと。
画面を閉じた。金属のカードは翌朝、ただの錆びた金属片に戻っていた。
代わりに、棚の古いラジオが小さくノイズを鳴らした。

六章 残りの持ち時間
熱は引いた。糸の感触だけが残っている。
戸籍を辿り、祖父母たちの人生を知って、ここにいる重みを実感し始めた。奇跡でも偶然でもいい。欠けてはならない命の果てに、今の僕がいる。
ならば守らねばならないものがある。
残りの持ち時間、家族を最優先に。少し急ごうと思う。
言葉にならなかった無数の涙や決断を、真正面から受け止めながら。
きっと、そんなことなのだろう。だが、あちら側の戸籍がひらいた扉は、これで終わりではなかったのだ。
(了)


―系譜局異聞・弐―
まだ生まれていない祖先たち

零章 受信
熱が下がった夜、部屋のラジオが鳴った。
祖父の形見の、真空管式。電源コードは切れたままで、コンセントにも繋いでいない。それなのにノイズの向こうから声が聞こえた。
「――だれか、聞こえていますか」
空耳だと思った。だが翌晩も、その翌晩も、同じ時刻に届いた。
「わたしたちは、まだここにいます。まだ、生まれていないだけです」

一章 名乗らない声
三日目の夜、正座して尋ねた。「あなたは誰ですか」
ノイズが渦を巻いた。
「名前は、まだありません。生まれた者にしか与えられませんから」
声は重なっていた。子供、老人、性別のない声――束になって震えている。
「わたしたちは、あなたの家系図の、途切れた枝の先にいます」
戸籍を思い出す。若くして亡くなった娘たち。生まれる前に消えた命。出会わなかった二人の、決して生まれなかった誰か。
「途切れたのに、いる、とは」
「途切れたのではありません。留保されているだけです。実現しなかった枝も、消去されずに残っている場所がある」

二章 系譜局
四日目の夜、「来られますか」と声が言った。断る理由がなく頷いた。次の瞬間、自室ではない場所にいた。
天井は見えないほど高く、壁一面に抽斗が並んでいた。光が灯ったり消えたりしている。ここを「系譜局」と呼ぶのだと、説明もなくわかった。
案内したのは輪郭のはっきりしない影だった。歩くたびに姿が変わる。老人、少女。
「ここは、実現しなかった可能性が保管される場所です。あなたが生まれるために無数が枝分かれし、そのほとんどが光を灯さず終わりました。ですが終わったのではありません。留め置かれている」
影は一つの抽斗の前に僕を連れて行った。光は弱々しかった。
「本来なら大伯母になるはずだった者です。ある冬、流行り病が一家を襲わなければ、彼女は成人し、子を生したはずでした」
触れようとした。影が止めた。
「触れれば目覚めます。目覚めれば居場所を求めます。居場所を得るには、どこかの枝が光を返上しなければなりません」
「たとえば――」
「あなたの、です」

三章 取引
言葉を失った。
「宇宙は際限なく枝を伸ばせません。実現する枝の総量には限りがある。ひとつの光が灯るには、どこかの光が返上される必要がある。これは罰でも呪いでもない。ただの収支です」
「なぜ僕に見せる」
「選べるようにです。ここに留め置かれた者の中には、あなたより豊かな生を送ったはずの者もいる。収支だけで考えるなら、彼らを選ぶ方が合理的かもしれない」
悪意はなかった。事務的な声。
光を見つめた。僕の一部でもあった。手放されてきた無数の可能性の一つ。彼女が生きていたら、僕はいない。それでも、消したまま帰ることに頷けなかった。
「取引はしません」
影は、初めて好奇心を見せた。
「では、何をしますか。何もしなければ、この光は静かに消えるだけです」

四章 名付け
抽斗に触れなかった。代わりに膝をつき、断片的な記録を思い出しながら声に出した。
「あなたは、確かにいた。あなたの母は、あなたを二人分の名前で呼んだ。生まれた季節、笑った日、記録には残っていない。でも、あなたがいたことを知っている」
弱々しかった光が、少し強さを増した。明滅が安定したリズムを取り戻した。
「それは取引ではありません。ただの、弔いです」
「弔いだけで、足りるのですか」
「消えることと、忘れられることは違う。あなたが止めたのは、忘れられることです。ここにある光の多くは、実現を求めていない。ただ、あったことにされたいだけです」
他の抽斗の前も回った。名を、年月を、事実を読み上げた。何時間とも、何十年ともつかない時間。

五章 留保の掟
最後に、影はある抽斗の前に僕を連れて行った。光は、僕自身のものとよく似ていた。
「これは何ですか」
「あなた自身の、留保された枝です。ある病が、あと少し重ければ、あなたはここにいた。こちら側にいるのは、たまたま収支が味方をしたからに過ぎません」
自分の抽斗を見つめた。静かに息づいていた。
「この光は、いつか目覚めるのですか」
「わからない。あなた次第でもある。あなたが自身の生を、確かにあったものとして生き切るなら、この光は眠り続ける。そうでなければ、いつか収支は入れ替わるかもしれない」
完全には理解できなかった。ただ、生きることは、留保された無数の可能性に対する責任なのだと感じた。

六章 帰還
気づくと自室の布団の中だった。ラジオは静かだった。
戸籍謄本を開いた。三人の祖母。若くして亡くなった娘たち。養女に出された伯母たち。単なる記録に見えなくなった。名前の裏に、まだ光として留め置かれている何かがある。紙の文字が、わずかに温かい。
あの日以来、ラジオは鳴らない。だが僕は、誰もいないところで戸籍の名前を読み上げるようになった。何かを変えるかはわからない。忘れられることだけは、止めたかった。
自分の抽斗の静かな光を思う。あれを眠らせておくために、できることは一つ。
この、たまたま灯った灯を、大切に、次へ渡すこと。
それだけでいい。今はそう思っている。
(了)


―系譜局異聞・参―
観測者の遺言

零章 二度目の沈黙
十年が経った。
結婚し、娘を授かった。ソラとつけた。空にも似た、何にも属さない名前をつけたかった。
ラジオは一度も鳴らなかった。僕は戸籍の名前を声に出す習慣だけを続けていた。それで十分だと思っていた。
だが、ソラが二歳の夜、事情が変わった。
ベビーモニターからノイズが漏れた。子機は壊れていない。電池も切れていない。砂嵐の向こうから、声が聞こえた。
「――お父さん、聞こえますか」
凍りついた。あの声が僕を「父」と呼んだのは初めてだった。

一章 逆流する声
翌晩も、翌晩も、声は途切れなかった。今度は「来てほしい」とは言わない。
「収支が、崩れ始めています」
「崩れるとは」
「あなたが選んだ道――取引をせず、ただ名を呼ぶ道は正しかった。ですが、一人の選択では均衡は保てない。今、各地で多くの者が取引を選んでいる。失われた者を取り戻すために、現在の光を差し出す者が増えている」
「差し出された光は」
「静かに消えます。本人にも周囲にもわからないまま。いなかったことになる。今は小さな綻びです。ですが広がれば、あなたの娘の光も無関係ではいられない」
娘の名前を出され、十年前と違う恐怖が生まれた。あのときは自分の問題だった。今は違う。
「もう一度、来てくれますか」
迷わなかった。

二章 影の正体
系譜局は記憶より広く、静かだった。抽斗は増え、弱い光が目立った。
出迎えたのは、あの影。だが気づいた。姿が変わるたび、僕の知る誰かに似ている。祖父に、祖母に。一瞬、大人になった娘の顔にも。
「あなたは、何なのですか」
「私は単体の存在ではありません。名を呼ばれた者たちの、感謝の集積です。あなたが十年前に読み上げた名前――その記憶の一片が集まって、この輪郭を形作っている。私という影は、いわば名付け行為そのものです」
案内人だと思っていたものが、自分の行為の反響だった。
「では、収支の崩壊を止められるのも――」
「案内人ではなく、あなたたち自身です。私にできるのは伝えることだけです」

三章 交換に走る人々
影は局の奥へ連れて行った。無数の人々が抽斗の前に立ち、涙を流し、光に触れようとしていた。
「あの人たちは」
「大切な人を失った者たちです。子を、伴侶を、親を失い、悲しみに耐えかねて取引を選ぼうとしている」
一人の女性が、幼い姿の光に手を伸ばす。背後の彼女自身の抽斗の灯が弱くなっていく。止めようとして、影に腕を掴まれた。
「止めることはできない。彼らの悲しみは本物です。取引を裁くのは私たちの役目ではない」
「では何ができる」
「別の道があると、伝えることです。取引ではなく、名付けという道が」
女性のそばに歩み寄った。十年前にしたことを繰り返した。子供だったはずの光に向かって、いたことを認めた。
「連れて帰りたい」
彼女の手が光から離れた。泣き崩れた。彼女自身の灯は、消えるのを止め、ゆっくり強さを取り戻した。

四章 子の光
出る前に、影はソラの抽斗へ連れて行った。
弱くはない。だが明滅が不安定だった。
「なぜ揺れている」
「娘さんは二歳です。この子自身の枝はまだ定まっていない。周囲の収支が乱れれば、定まる前の枝は影響を受けやすい」
膝をついた。過去の誰かではなく、まだ何も成していない娘の生について語りかけた。
「お前がまだ何者でもないことは知っている。それでも、お前がここにいることを喜んでいる。何を成すかは関係ない。いてくれるだけで、十分だ」
光は、少しずつ安定したリズムを取り戻した。

五章 証人という掟
去る前、影は告げた。
「今日したことは二つの意味を持つ。一人の女性を取引から遠ざけたこと。定まらない光にも、名付けが有効だと示したこと」
「それは収支を救うのか」
「収支は常に揺れ動く。完全に救われはしない。ですが、取引に頼らずとも灯は保たれ得ると、示し続けることはできる。それが私たちにできる、唯一の抗い方です」
「なぜ僕にだけ伝える」
影は初めて笑ったように見えた。
「あなただけではない。この呼びかけは、名付けを選んだすべての者に届いている。あなたは一人に過ぎません」

六章 継承
家に帰ると、ソラは眠っていた。ベビーモニターはただの機械に戻っていた。
書斎のラジオを手に取り、ソラの部屋の隅に移した。理由は説明できない。いつかこの子が、名付けの意味を自分で知る日が来る気がした。
戸籍を読み上げる習慣に、言葉を覚えたソラも加わるようになった。意味もわからず、舌足らずな声で名前を繰り返す娘を見ながら思う。
継ぐとは、大きな使命を託すことじゃない。灯を消さないやり方を、隣で一緒にやってみせることなのかもしれない。
(了)


―系譜局異聞・肆―
継ぐ者たちへ

零章 継がれた声
さらに二十年。
老眼鏡がないと、戸籍の文字が読めなかった。白いものが増えた髪を見て、祖父の遺品を引っ張り出したあの頃の年齢に近づいていると気づく。
ソラは二十二になった。幼い頃に僕がしていたことを、自然な習慣として引き継いでいた。戸籍を読み上げること。会ったことのない誰かの生年月日を覚えていること。理由を尋ねても「なんとなく」としか答えない。それでいいと思っていた。
書斎のラジオは二十年間鳴らなかった。あの夜の出来事も、遠い夢のようだった。
だが大学から帰ったソラが、青ざめて駆け込んできた。
「お父さん。ラジオが、鳴った」

一章 空白の抽斗
二人で声に耳を澄ませた。束ではなく、一つの、はっきりした声だった。
「はじめまして、と言うべきでしょうか。あなたが名付けを、自分の意志で引き継いでくれたことを知っています」
ソラは僕とラジオを交互に見た。頷いた。「一緒に行って」と手を握られた。
気づけば二人で系譜局にいた。局はさらに広く、光ではない空白だけが並ぶ抽斗の列があった。
「あれは」
「取り返しのつかなかった空白です。取引で消えた光の跡。空白はもう戻らない。ですが記録として残すことにしました」

二章 影たちの由来
ソラは空白の前で長く動かなかった。
「これは、私にも関係が」
「家系にもいくつかの空白があります。ですが知るべきは、この局が単一の場所ではないということです」
影は奥へ導いた。無数の局に似た空間が、鏡合わせに果てしなく連なっていた。
その光景を見上げた瞬間、娘に「ソラ」と名付けた理由を理解した気がした。どこまでも広がり、すべてと繋がっている、何にも属さない天空そのものだった。
それぞれの局に、それぞれの影が立つ。
「私たちは一つではありません。名付けを選んだすべての家系の中に、それぞれ独立して生まれている。根は同じです。私たちは、誰かが失われた者の名を呼んだ瞬間に生まれた者たちです」
「最初から存在したわけじゃないのですね」
「その通り。あなたたちの行為によって、後から形作られた。原因と結果は、ここでは一方通行ではない」

三章 最後の収支
「収支は、今」
「二十年前、あなたたちが選んだ道で崩壊は避けられた。ですが、収支という考え方自体が正確ではなかった」
「どういうことですか」
「収支とは、光が有限だという前提の言葉です。名付けが広がり、気づきました。記憶され、名付けられた光は、消費されるのではなく、増える。取引は光を奪い合う考え方。名付けは光を増やす行為です」
「最初の説明は、嘘だったのですか」
「嘘ではない。試金石でした。取引を示さなければ、名付けの重みを誰も理解できなかった」

四章 灯を消さない仕事
影は最後に、二人をそれぞれの抽斗の前に連れて行った。僕の光は深い色をしていた。ソラの光は若々しく、力強く灯っていた。
「私の役目は、そろそろ終わるのでしょうか」
白くなった自分の手を視線に捉えながら尋ねた。
「役目に終わりはない。担う者が、移っていくだけです」
ソラを見た。ソラも僕を見た。言葉はいらなかった。
「私にできるでしょうか」
「あなたは二十年間してきた。意味を知らないまま、名前を読み上げることを。今日、意味を知っただけです」

五章 ご同輩、と呼ぶ声
去る前、影は背を向けたまま言った。
「最後に一つ。なぜ声をかけたのか。その理由です。私たちは、あなたがたの子孫ではない。祖先でもない。名付けという行為が時間を超えて生み出した、一つの意志の集まりです。だから上からも下からも呼ばない」
振り返った。顔はもう誰にも似ていなかった。ただ静かで、公平な表情。
「私たちは、あなたがたを、ただこう呼びたい。――ご同輩、と」
家に帰った。書斎のラジオはまた静かになった。だが二人とも、それが永遠の沈黙でないことを知っていた。
戦中戦後の混乱を生き抜いた祖父母たちの、戸籍の裏側にある言葉にならなかった無数の涙や決断を、これからも真正面から受け止めながら生きていくのだろう。
灯を消さないという、ただそれだけの仕事を、次の誰かへ、また次の誰かへと渡しながら。
きっと、そんなことなのだろう。ご同輩。
ラジオは、もう鳴らない。僕らが鳴らす番だ。
(了)



アマゾン キンドル



あとがき

本作『系譜局異聞』は、私たちが何気なく手に取る「戸籍謄本」という無機質な紙切れの裏側にある、無数の涙や祈りを形にしたいという思いから生まれました。

劇中で主人公が出会う「系譜局」の案内人は、こう言いました。
『消えることと、忘れられることは違う』と。

現代を生きる私たちは、大きな何かを成し遂げなければならないという焦燥感に、しばしば駆られます。しかし、この作品を描く中で私自身が気づかされたのは、ただ「次の世代へ命をバトンタッチする」ということの、圧倒的な重みと奇跡でした。それ自体が、宇宙の収支を書き換えるほどの壮大な営みなのだと。

主人公からソラへ、そしてまた次の誰かへと受け継がれていく「名付け」の仕事。
物語はここで幕を閉じますが、私たちの現実の「名付け」は今も続いています。

今、この本を閉じようとしているあなたへ。
命の灯を消さないというただそれだけの仕事を、共に続ける、親愛なる私たちの――「ご同輩」へ、心からの感謝を込めて。





志路転生記

〜吉田松陰と刻をこえた男〜
玉響転生記・第十四話


まえがき
十三度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
松平定信との旅で、凪は「政路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「志路」であった。
己の信じる道のために、若くしてその生涯を賭した男。
安政六年(一八五九年)十月。齢三十にして、刑場の露と消えることを、静かに受け入れた男――吉田松陰。松下村塾にて多くの若者を育てながら、最期の獄中で、己の生涯と、一人の同志の想いを、書き遺そうとした志士の物語である。




プロローグ 神無月の来訪
東京は、初冬に向かう、冷たい夜だった。
榊原凪は、五十七歳になっていた。松平定信との旅から、半年余りが経っている。
あの旅で訪れた浴恩園の書斎で、定信が長谷川平蔵の功績を書き記した、あの気迫に満ちた筆の動きを、凪は今も鮮明に思い出す。
書き上げた小説『割り切れぬ筆』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は自身の書斎で、古い書簡の写しを眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、墨と、獄舎のような、乾いた紙の匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の若い男が座っていた。
粗末な着物。痩せた体。だが、その目には、驚くほど澄んだ、強い光が宿っていた。
「夜分に、御免」
若者は、静かに言った。
「あなたは……」
「吉田寅次郎、通称は松陰と申す」
凪は、息を呑んだ。
吉田松陰。萩の松下村塾にて、後に明治維新を成し遂げることになる、多くの若者たちを育てた思想家。そして――このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここに」
「さて、それがしにも、分かり申さぬ」松陰は、静かに微笑んだ。「気づけば、この妙な部屋におり申した。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信――そなたが会うてきた者たちの気配が、なんとのう伝わってまいる。不思議な御仁じゃな、そなたは」
彼は、凪を穏やかに見つめた。
「それがしは今、伝馬町の獄に繋がれており申す。もう間もなく、この命は絶たれることになりましょう」
「松陰様……」
「されど」若き志士の目に、いっそう澄んだ光が宿った。「まだ、書き遺さねばならぬことがござる。それを完全に果たさずして死ぬのは、いかにも心残りでござる」


一章 十四度目のたゆたい
その夜、凪は書簡の写しに埋もれながら、考え続けていた。
これまでの十三人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが吉田松陰の場合、その重さは、また違う質のものだった。
史実において、松陰は安政六年十月二十七日、安政の大獄によって、江戸伝馬町の獄舎にて処刑される。享年三十。刑死を前に、彼は門人たちに宛てて、『留魂録』という一書を書き遺した。そこには、人の生涯は四季の巡りのようなものであり、その長短ではなく、なすべきことをなし得たかどうかこそが肝要である、という趣旨の言葉が記されている。
だが、松陰の生涯には、もう一人、忘れられかけた同志がいた。
安政元年(一八五四年)、松陰はペリー艦隊の黒船に単身乗り込もうとして失敗する。この時、彼と行動を共にした金子重之助という若者がいた。松陰は武士の身分ゆえ、野山獄という比較的軽い扱いの獄に入れられたが、身分の低かった金子は、岩倉獄という、はるかに過酷な獄に投じられ、その劣悪な環境の中、翌年、獄死することになる。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
松陰が最期に遺そうとした『留魂録』には、確かに金子への哀悼の念も記されている。しかし、自身の熱き「志」を未来へ繋ごうと急ぐあまり、身分の差ゆえに陰で苦しみ、先立った金子という一人の男の「無念」と、それに対する真の自責に、松陰は本当に向き合いきれていたのだろうか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、書簡の匂いが、墨と獄舎の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。


二章 伝馬町の獄
気づくと、凪は、江戸伝馬町の牢屋敷の裏手に立っていた。
薄暗い塀の内側から、微かな話し声が聞こえてくる。
凪の身なりは、牢役人風の姿に変わっていた。
「もし」
門番に声をかけると、彼は訝しげに凪を見た。
「松陰殿に、お目通り願いたい」
「お前さん、何者だい」
「先生のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
門番は、訝しみながらも奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「榊原とやら言うたな。入りな」
この獄舎の奥に、松陰は、繋がれていた。


三章 松陰の獄中
牢の中は、狭く、薄暗かった。だが、そこには、書きかけの原稿――後に『留魂録』と呼ばれることになる遺書の草稿が置かれている。
松陰は、格子の奥から、澄んだ目で凪を見た。
「よう参られた」
「参りました」
「お座りなされ」松陰は、静かに言った。「それがしは、この草稿を書き上げねば、死ぬに死ねぬ思いでござる」
「何を、そこまで書き遺そうとしておられるのですか」
松陰は、しばらく黙っていた。
「人の一生には、それぞれの四季がある、ということを」彼は言った。「十歳で死ぬ者には、十歳の四季がある。三十で死ぬ者には、三十の四季がある。それがしの一生も、それがしなりの四季を全うしたのだと、門人たちに伝えたい」
「今、ご自身の生涯を、どのように振り返っておられますか」
松陰は、少し目を伏せた。
「悔いがないと申せば嘘になり申そう」彼は、静かに言った。「まだ、伝えきれぬことが、ある」


四章 名の記されなかった男
その夜、凪は獄舎の片隅で、眠れぬまま過ごした。
松陰の言葉が、頭から離れなかった。
――まだ、伝えきれぬことが、ある。
これまでの十三人は、皆、有限の生の中で何を選ぶかという問いを抱えていた。だが松陰の場合、彼が向き合っていたのは、「己の志をどう伝えるか」だけでなく、「共に志を抱いた者を、どう真に記憶するか」という問いであるように思えた。
松陰の志は炎だ。だがその炎は、金子という人間の死を、綺麗な薪にして燃えてはいないか。
牢の外、江戸の町の物音が、遠く微かに聞こえていた。


五章 入江九一との対話
翌日、凪は、獄舎の外で差し入れを届けに来ていた門人・入江九一と、言葉を交わす機会を得た。
「金子重之助様のことを、覚えておいでですか」
「金子殿は……」入江は、少し言葉に詰まった。「先生と共に黒船に乗り込もうとされた、あの御方ですね。もう随分前に、獄中で亡くなられました」
「世に、その名は広く知られておりますか」
入江は、静かに首を振った。
「いいえ。先生のことは皆よく存じておりますが……金子殿のお名前は、塾生の間でも、深く語られることが少ないように思います」
凪は、その言葉の重さを静かに受け止めた。
「松陰先生ご自身は、それをどう思っておられるのでしょうか」
入江はしばらく黙って、獄舎の壁を見つめていた。
「先生は、時折、金子殿のことを辛そうなお顔で口にされます。ですが……それを、ご自身の熱い志と同じだけの熱量で、はっきりと書き記されたことは、まだないのかもしれませぬ」


六章 獄の記録役の証言
その昼、凪は獄の記録を預かる老いた役人と話した。岩倉獄の様子を知る数少ない男だった。
「金子殿はな、最後まで本ばかり読んでおられた」老人は目を細めた。「『それがしの学問はここで終わるが、松陰先生の学問は続く。それでよい』と笑うておられたそうな」
「そうでしたか」
「だがな」老人は声を落とした。「その本は湿気で皆ふやけて、字が読めんかったとよ。笑うて死んだんじゃない。笑うしかなかったんじゃ」
凪は、返すべき言葉を見つけられなかった。


七章 門人・久坂玄瑞との対話
その日の夕刻、松陰の高弟の一人、久坂玄瑞が見舞いに訪れた。
「榊原殿と申されるか。先生より、伺っております」
「玄瑞殿は、金子重之助様のことを、どう見ておられますか」
玄瑞は、少し驚いた顔をした。
「あの御方なくば、先生の黒船への企ては成らなんだでしょう。身分の低さゆえ、はるかに厳しい獄につながれ、若くして命を落とされた――それを思うと、胸が痛みます」
「それは、松陰先生ご自身も、強く感じておられることですか」
「先生は……」玄瑞は、言葉を選びながら言った。「内心では、誰よりも金子殿への自責の念を抱いておられるはずです。ただ、今はご自身の『志』を次の時代へ遺すことに張り詰め、金子殿への個人の想いを、深く掘り下げる間がなかったのやもしれませぬ」
凪は、深く頷いた。
「もし、先生が今書いておられる遺書に、ご自身の志だけでなく、金子様への剥き出しの自責と感謝を書き記されたら――何か、変わると思われますか」
玄瑞は、しばらく考えた。
「変わりましょう。先生が己の弱さや悔いをも曝け出された言葉は、我ら門人の心を、より一層強く揺さぶるはずです。……先生のお言葉には、それだけの重みがございます」


八章 夜半の対話
その夜、凪は松陰に呼ばれ、二人だけで牢に残った。
「門人どもから聞き申した」と松陰は言った。「そなたが、金子のことをあれこれ問うておるそうじゃな」
「差し出がましいことを申し上げました」
「いや」松陰は、澄んだ目で凪を見た。「それがし自身、向き合わねばならぬ角度でござった」
「松陰様は、ご自身の志について、あれほど雄弁に語られる場をお持ちです。この草稿にも、金子様の名はあります。ですが、それはどこか、あなたの『大きな志』の物語の一部として整理されているように見えます。金子様という一人の人間に対する、あなた自身の、もっと泥臭い痛みの拠り所が、どこか置き去りになっているのではありませんか」
松陰は、長い間、黙っていた。
「それがしは……」やがて彼は、絞り出すように言った。「金子の死を、片時も忘れたことはござらぬ。あの者は、それがしと同じ夢を見た。されど、身分の違いゆえに、はるかに重い咎を一身に負うた。……それがしは、己の志を未来へ繋ぐことに急ぐあまり、金子への真の償いや、彼の無念そのものを、ただの『美しき追悼』の言葉で覆い隠そうとしていたのかもしれぬ」
「なぜですか」
「恐ろしかったのでござろうな」松陰の声が、初めて震えた。「己の志が、ただの人殺しの大義名分でしかなかったと知ることが。金子はそれがしを信じて死んだ。ならばそれがしは、正しくあらねばならぬ。正しくあってくれねば困るのだと、死人にすがっておった」
凪は、深く息を吸った。
「松陰様。あなたの志は本物です。ですが、もしその遺書が、ただの美しき信念の書で終われば、金子様の本当の苦しみは、あなたの言葉の陰に埋もれたままになってしまう。あなたが本当に遺したいものは、非の打ち所のない聖人としての志だけでしょうか。それとも――己の限界と、同志への引き裂かれるような悔恨をも含めた、血の通った人間の歩みなのではありませんか」
松陰の目が、激しく、そして微かに揺れた。


九章 筆を執る夜
その夜遅く、松陰は、獄中の文机に向かい、再び筆を執った。
凪は、その傍らに静かに控えていた。
「金子は……」松陰は筆を運びながら、呟くように言った。「それがしと同じ夢を見ながら、それがしよりもはるかに若くして、暗い獄中で朽ち果てた。それは、それがしの生涯消えぬ悔いであり、犯した罪でござる」
筆が止まり、墨が滲んだ。
「金子、許せ。そなたの死はそれがしの生より重い。それがしはそなたを見殺しにして、なお志を説く。恥を知れ、吉田寅次郎」
書きつけてから、松陰はその行をじっと見た。消さなかった。
筆先から生まれる文字が、草稿の余白を、より深い情念で埋めていった。それは、綺麗に整えられた歴史の記録ではなく、一人の友へ捧げる、魂の慟哭だった。
「これを、門人たちにはっきりと伝えておかねばならぬ。金子の名を、彼の流した涙を、決して美談として忘れてはならぬと」
凪は、静かにその筆の動きを見つめていた。
やがて松陰は筆を置き、深く息をついた。
「これで……ようやく、心残りが一つ減り申した。榊原殿、感謝いたす」


十章 書き遺されたもの
その後、松陰の遺書は『留魂録』と名付けられ、門人たちの手に渡ることになる。
史実では、この書物は後に多くの志士たちに読み継がれ、明治維新へと向かう若者たちの精神的な支柱となった。そこには、己の生涯を四季に例えるあの有名な言葉と共に、共に戦い、先立った同志・金子重之助への、これまで以上になまなましく、深い自責と愛惜の情が、静かに、しかし烈しく記されている。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
名を残せなかった者の犠牲もまた、完璧ではない師の悔恨と共に、志を継ぐ者たちの記憶の中に、より深く、確かに生き続けることになったのだ、と。


終章 もう一つの志路
処刑の日。
伝馬町の刑場に、松陰は静かな足取りで向かった。
その懐には、書き上げられた『留魂録』の草稿が、大切に収められていた。
この草稿は、やがて門人たちの手によって、次の時代へと受け渡されることになるだろう。
「若くして散った、汚れなき志士」としてだけではなく、「己の限界と、同志への千々の悔いを、共に曝け出し、語り遺した一人の人間」として。


エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を静かに読み返していた。
窓の外では、初冬の風が冷たく吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、ご自身の志だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。そして、キーボードを叩く手を止める。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『安政六年十月二十七日、江戸の空は静かに暮れようとしていた。己の信念と、拭えぬ悔恨と。その二つを書き遺して死んだ男の足跡を、後世の者は「志路」と呼ぶことになる。』
風が吹いた。墨と、獄舎の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。

——了——


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あとがき

本作は吉田松陰の最期を題材としたフィクションです。吉田松陰、金子重之助、久坂玄瑞、入江九一などは実在の人物ですが、物語の展開は著者の創作です。実際に松陰は安政六年(一八五九年)十月二十七日、安政の大獄によって処刑され、その直前に門人たちへ向けて『留魂録』を書き遺しました。同書には、人の生涯を四季になぞらえる、有名な一節が記されています。
金子重之助は、安政元年(一八五四年)の下田踏海事件で松陰と行動を共にし、身分の違いから松陰よりも過酷な獄につながれ、翌年獄死したことが記録に残っています。実際の『留魂録』第二則にも金子を悼む記述が存在しますが、松陰が金子の死に対して抱いていた個人的な自責の念の深さや、本作における具体的な描写、凪との対話の全容は、著者の創作(フィクション)です。
本作は、前十三作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。



政路転生記

〜松平定信と刻をこえた男〜
玉響転生記・第十三話



まえがき
十二度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
杉田玄白との旅で、凪は「医路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「政路」であった。
飢饉と混乱の世に、厳格な改革を断行した男。
文政十二年(一八二九年)五月。齢七十一にして、なお筆を執り続けた男――松平定信。老中首座として寛政の改革を推し進め、後に隠居してもなお、自らの政治を書き遺そうとした元老中の物語である。





プロローグ 皐月の来訪
東京は、梅雨に向かう、静かな夜だった。
榊原凪は、五十六歳になっていた。杉田玄白との旅から、半年余りが経っている。
江戸の書斎で、玄白が同志・前野良沢の功績を書き記した、あの筆の動きを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『名の記されなかった男』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い政治記録の写しを眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、墨と、古い紙のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の老人が座っていた。
質素な羽織袴。厳しい顔つき。だが、その目には、深い思索の色が宿っていた。
「夜分に、失礼つかまつる」
老人は、静かに言った。
「あなたは……」
「松平越中守定信と申す。もっとも、今は隠居の身。楽翁と号しておる」
凪は、息を呑んだ。
松平定信。田沼意次の失脚後、老中首座として寛政の改革を断行し、幕府財政の立て直しと、風紀の粛正に、生涯を捧げた男。
そして、このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここに」
「さて、それがしにも、分かり申さぬ」定信は、静かに言った。「気づけば、この妙な部屋におり申した。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白。そなたが会うてきた者たちの気配が、なんとのう、伝わってまいる。不思議な御仁じゃな、そなたは」
彼は、凪を厳しい目で見つめた。
「それがしは今、齢七十一。この身は、もう長くはございますまい」
「定信様……」
「されど」老いた政治家の目に、鋭い光が宿った。「まだ、書き遺さねばならぬことが、ござる。かつて認めた回想録に、どうしても付け加えねばならぬことが。それを果たさずして死ぬのは、心残りでござる」



一章 十三度目のたゆたい
その夜、凪は政治記録の写しに埋もれながら、考え続けていた。
これまでの十二人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが松平定信の場合、その重さは、また違う質のものだった。
史実において、定信は天明七年(一七八七年)、老中首座に就任し、寛政の改革と呼ばれる一連の政策を断行する。倹約令、棄捐令、そして石川島の人足寄場の設置など、その施策は多岐にわたった。
この人足寄場、無宿者や、罪を犯した者に、手に職をつけさせ、更生させるための施設の設置を、定信に進言したのは、当時、火付盗賊改方を務めていた、長谷川平蔵という人物であった。
だが定信は、この長谷川平蔵という男を、生涯、あまり高く評価することがなかったと伝えられている。平蔵の型破りな手法や、市井の民に人気を得るその人柄を、定信は「山師的」と評し、公的な記録においては、距離を置き続けた。
平蔵は、人足寄場の設置という大功を成し遂げながら、正式な出世を遂げることなく、寛政七年(一七九五年)、志半ばで世を去った。それから三十余年が経つ今、平蔵の功績は、幕府の公式な歴史の陰に埋もれかけていた。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
定信が晩年に、かつての回想録を開いてまで書き遺そうとしたのは、本当に「己の改革の正当性」だけだったのか。それとも、その改革の陰で、見過ごされてきた者への、割り切れぬ想いだったのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、政治記録の匂いが、墨と古い紙の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。



二章 江戸・浴恩園
気づくと、凪は、江戸の庭園の片隅に立っていた。
定信が隠居後に営んだ下屋敷の庭、浴恩園。初夏の緑が、池の水面に映えている。風が渡ると、背後の竹林がざわざわと鳴った。江戸の真ん中なのに、ここだけ時が遅い。
凪の身なりは、書生風の着流し姿に変わっていた。
「もし」
庭先にいた家臣に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「御前様に、お目通り願いたい」
「そなた、何者か」
「御前様のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
家臣は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「榊原とやら。お上がりくだされ」
この家臣こそ、定信の晩年の身の回りの世話をし、記録の整理を手伝っていた若き藩士であった。



三章 定信の書斎
書斎は、質素ながらも、几帳面に整えられていた。机の上には、かつて定信が四割の頃に書き上げた回想録『宇下人言』の写しが広げられ、その余白には、いくつもの墨線と推敲の跡があった。
定信は、文机の前から、鋭い目で凪を見た。
「よう参られた」
「参りました」
「座られよ」定信は、厳かに言った。「それがしは、この書物に最後の追記をせねば、死ぬに死ねぬ思いでござる」
「何を、書き加えようとしておられるのですか」
定信は、しばらく黙っていた。
「それがしが、いかにして老中首座となり、いかにして改革を断行したか。ここにはその正しさを綴った。だが、あの頃のことを、正しく後世に伝えるとは、果たして己の言い分だけを遺すことなのかと、この歳になって煩悶しておる」
「今、その改革を、どのように振り返っておられますか」
定信は、少し目を伏せた。
「厳しすぎた、との誹りも、甘んじて受けてまいった。それがしは、ただ、国を正そうとしたのだ」



四章 名の記されなかった男
その夜、凪は定信の屋敷の隅で、眠れぬまま過ごした。
定信の言葉が、頭から離れなかった。
――厳しすぎた、との誹りも、受けてまいった。
これまでの十二人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが定信の場合、彼が向き合っていたのは、「己の政治をどう評価するか」だけでなく、「己の理想の陰で、過小評価せざるを得なかった他者を、どう歴史に遺すか」という問いであるように思えた。
史実において、長谷川平蔵は、人足寄場という、当時としては画期的な社会更生の仕組みを作り上げた人物である。だが定信は、彼の出自や、その率直すぎる物言い、博打打ちさえ利用する市井でのやり方を、どこか胡散臭いものと見なし続けた。結果として、平蔵は公式な出世を遂げぬまま世を去り、幕府の記録において、その名は単なる「一役人」としてしか処理されていなかった。
凪は、ふと思った。
定信が、これほどまでに自らの改革を語る一方で、その改革を陰で支えた「異端の功労者」への想いは、これまで、どれほど世に向けて、はっきりと語られてきたのか。
窓の外、江戸の町の喧噪が、遠く微かに聞こえていた。



五章 平蔵の消息
翌日、凪は、書斎で書物を整理していた若き藩士と、言葉を交わす機会を得た。
「お答えする前に、名を伺っても?」
「小野田直次郎と申します」
直次郎は二十そこそこの、目元に聡さのある男だった。
「直次郎殿。長谷川平蔵様は、今、どのように語り継がれておいでですか」
「平蔵様、ですか」直次郎は、少し言葉に詰まった。「もう三十年以上も前に亡くなられたお方です。人足寄場の仕組みは今も機能しておりますが、平蔵様ご自身のお名前は、幕府の公的な御用記録の端々に残るのみで、表立って讃えられることはございませぬ。どこか、山師のような危うい男だったと、評する者もおります」
「御前様ご自身は、平蔵様のことを、どう思っておられるのでしょうか」
直次郎は、首を傾げた。
「御前様は、時折、この『宇下人言』の寄場のくだりを眺めては、複雑なお顔で筆を止められます。功績は認めておられるようですが、何か、まだ書ききれていない割り切れぬ想いがあるように、お見受けします」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。


六章 旧臣・水野為長との対話
その日の夕刻、かつて定信の側近として江戸中の噂話や情報網を管轄していた旧臣、水野為長が、見舞いに訪れた。
「榊原殿と申されるか。御前様より、伺っております」
「為長殿。不躾ながらお尋ねします。あなたは、長谷川平蔵様のことを、当時、どう見ておられましたか」
為長は、少し驚いた顔をしたが、遠い目をしながら言葉を選んだ。
「我ら御側用は、平蔵殿を『危険な男』として警戒しておりました。博打打ちを寄場の教諭として雇おうとしたり、予算が足りねば自ら銭相場に手を染めようとしたり。御前様の掲げる『清廉潔白』の理想とは、あまりにかけ離れた立ち回りでしたからな」
「では、平蔵様は間違っていたと?」
「いや」為長は、首を振った。「あの男なくば、人足寄場は一日として生まれなんだでしょう。無宿の者たちに、泥にまみれて手に職をつけさせ、更生の道を開く。あの執念と泥臭い発想は、平蔵殿ならではのものでございました。御前様も、内心ではその功を痛いほど分かっておられた。ただ、己の政治の理想と、平蔵殿の型破りなやり方との間に、常に、ぎこちなさを感じておられたのです」
凪は、頷いた。
「もし、定信様が、いま見直しておられる回想録に、はっきりと、平蔵様のその『泥臭い功績』を書き記されたら、何か、変わると思われますか」
為長は、しばらく考えた。
「変わりましょう。冷徹なる老中・松平定信が、その限界を認めてまで他者を賞したとなれば、歴史の重みが、変わり申す」



七章 夜半の対話
その夜、凪は定信に呼ばれ、二人だけで書斎に残った。
「為長から、聞き申した」と定信は言った。「そなたが、平蔵のことを、あれこれ問うておるそうじゃな」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いや」定信は、鋭い目で凪を見た。「それがし自身、死を前にして、向き合わねばならぬ角度でござった」
「定信様は、ご自身の改革の意図について、この『宇下人言』で雄弁に語っておられます。ですが、平蔵様の功績については、単に『人足寄場を建てさせた』という事実のみで、彼の執念や、彼が背負った泥については、何も語られていません」
定信は、しばらく、黙っていた。
「それがしは」やがて彼は、絞り出すように言った。「国の法を正そうとした。ゆえに、法を逸脱するような平蔵の、市井に阿るような立ち居振る舞いが、どうしても許せなんだ。士たる者の在り方とは、相容れなんだのだ。それゆえ、生前、彼に正当な出世も評価も、与えそびれた」
「なぜ、いまになって、そのことを気に病まれるのですか」
定信は、目を閉じた。
「……平蔵は、泥にまみれねば救えぬ命を救った。それがしには、できなんだ」
それだけ言って、定信は口を噤んだ。
凪は、深く息を吸った。定信が語らなかった続きを、凪は確かに聞いた気がした。
――それを認めねば、己の政治は独りよがりになる。
「定信様」凪は静かに言った。「あなたが本当に後世に遺したいものは、ご自身の政治の『無謬性』だけでしょうか。それとも、己と相容れぬ者であっても、確かに国を支えた一人の働き手の姿を、次の時代へと、はっきり書き伝える、その誠実さではないでしょうか」
定信は、長い間、目を閉じていた。



八章 筆を執る夜
その夜遅く、定信は、再び文机に向かい、筆を執った。
傍らでは、小野田直次郎が、無言で墨を摺っていた。
「平蔵は」と定信は、筆を運びながら、呟くように言った。「それがしの好むところとは、全く違う男であった。されど、無宿の者たちに道を示すという、あの発想の鋭さと執念は、それがしには、ついに真似のできなんだものであった」
筆先から生まれる文字が、『宇下人言』の寄場の記述の余白を、強い筆圧で埋めていった。
それは、手放しの称賛ではない。彼の危うさを指摘しつつも、その功績が代替不可能であったことを認める、定信らしい、峻厳で、しかし極めて誠実な「追記」であった。
「それがしは、あの男を、正しく評価してこなんだ」定信は、墨を継ぎ足した直次郎に、短く礼を言った。「それを、こうして書き記しておく。これが、楽翁としての、最後の政じゃ」
やがて定信は、筆を置き、深く息をついた。
「これで、ようやく、心残りが、一つ、減り申した」



九章 書き遺されたもの
その後、定信の回想録『宇下人言』は、静かに書き継がれ、後の世へと受け継がれた。
史実において、この書物は定信自身の改革の弁明の書として伝わっている。だが、その人足寄場のくだりには、長谷川平蔵という「相容れぬ男」への、複雑ながらも、その功を確かに認める率直な筆致が、静かに滲むこととなった。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
完全な和解や、安易な美談ではなくとも、己の理想の限界を認め、共に働いた者の泥臭い功績を認めようとする、その筆の重みそのものが、一つの為政者の誠実さなのだ、と。



終章 もう一つの政路
数日後。
定信の書斎には、書き改められた回想録の草稿が、静かに置かれていた。
その中には、定信自身の政治への想いと共に、長谷川平蔵という、一人の働き手の功績が、率直な筆致で記されていた。
この草稿は、いつか、小野田直次郎のような、誰かの手によって、次の時代へと、受け渡されることになるだろう。
「厳格な老中」としてだけではなく、「己の限界をも認めた、一人の為政者」として。
エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、梅雨入り前の風が、心地よく吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、ご自身の正しさだけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、書き出しの一文だけが残されていた。
『彼は、己の光で照らせぬ場所があると知った。だから、嫌いな男の提灯に、火を移した。』
風が吹いた。墨と、古い紙の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。 

 
——了——



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あとがき
本作は松平定信の晩年を題材としたフィクションです。松平定信、長谷川平蔵、水野為長などは実在の人物ですが、物語の展開は著者の創作です。
実際に定信は天明七年(一七八七年)から寛政五年(一七九三年)まで老中首座を務め、寛政の改革を断行しました。人足寄場の設置は、当時火付盗賊改方であった長谷川平蔵の進言によるものとされています。
定信が平蔵をどのように評価していたかについては、史料『宇下人言』等において「山師のよう」「あやふやなところがある」と評しつつも、寄場設置の功績そのものは認めるなど、複雑な視線が向けられていました。本作における二人の関係の描写や、定信が最期に『宇下人言』へ追記を行ったという展開は、本作独自の創作・演出です。
本作は、前十二作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

医路転生記

〜杉田玄白と刻をこえた男〜
玉響転生記・第十二話


まえがき
 十一度の邂逅を重ね、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
 松尾芭蕉との旅で、凪は「句路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「医路」であった。
 異国の書物と格闘し、日本の医学に、新たな扉を開いた男。
 文化十四年(一八一七年)四月。齢八十五にして、なお筆を執り続けた男――杉田玄白。『解体新書』の翻訳という大事業を成し遂げながら、その晩年、一冊の回想録に、自らの生涯と、共に苦しんだ仲間たちの姿を、書き遺そうとした蘭学者の物語である。




プロローグ 卯月の来訪
 東京は、初夏に向かう、穏やかな夜だった。
 榊原凪は、五十六歳になっていた。松尾芭蕉との旅から、半年余りが経っている。
 大坂の花屋の離れで、芭蕉が従者・次郎兵衛に向けて残した、あの最期の言葉を、凪は今も思い出す。
 書き上げた小説『旅を継ぐ者』は、静かな反響を呼んだ。
 その夜、凪は書斎で、古い医学書の写しを眺めながら、うたた寝をしていた。
 ふと、墨と、異国の紙のような匂いがした。
 顔を上げると、部屋の隅に、一人の老人が座っていた。
 質素な羽織袴。白髪の多い頭。だが、その目には、驚くほど明晰な光が宿っていた。
 「夜分に、恐れ入る」
 老人は、穏やかに言った。
 「あなたは……」
 「杉田玄白と申す。若狭小浜藩の、藩医を務めた者にござる」
 凪は、息を呑んだ。
 杉田玄白。『解体新書』の翻訳という、日本の医学史における一大事業を成し遂げた蘭学者。そして――このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
 「なぜ、ここに」
 「さて、それがしにも、分かり申さぬ」玄白は、静かに笑った。「気づけば、この妙な部屋におり申した。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉――そなたが会うてきた者たちの気配が、なんとのう、伝わってまいる。不思議な御仁じゃな、そなたは」
 彼は、凪を穏やかに見つめた。
 「それがしは今、齢八十五。この身は、もう長くはございますまい」
 「玄白様……」
 「されど」老いた医者の目に、鋭い光が宿った。「まだ、書き遺さねばならぬことが、ござる。それを果たさずして死ぬのは、心残りでござる」


第一章 十二度目のたゆたい
 その夜、凪は医学書の写しに埋もれながら、考え続けていた。
 これまでの十一人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
 だが杉田玄白の場合、その重さは、また違う質のものだった。
 史実において、玄白は安永三年(一七七四年)、前野良沢、中川淳庵らと共に、オランダ語の解剖書『ターヘル・アナトミア』を翻訳し、『解体新書』として刊行する。その三年前、小塚原の刑場で行われた腑分けに立ち会い、蘭書の図の正確さに衝撃を受けたことが、翻訳を志す直接の契機となったと伝えられている。
 辞書もなく、手引きとなる師もない中での翻訳作業は、困難を極めた。玄白は後年、その苦労を「艪舵なき舟の大海に乗り出せしが如し」と振り返っている。
 だが、この大事業を成し遂げた仲間の一人、前野良沢の名は、刊行された『解体新書』の訳者として、記されることがなかった。
 凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
 玄白が晩年に書き遺そうとしたのは、本当に「己の功績」だけだったのか。凪には、そうは思えなかった。むしろ、その功績の陰で、見過ごされてきた仲間への想いも、あったのではないか。
 凪は、暗い天井を見つめた。
 「行きます」
 呟くと同時に、部屋の空気が震え、医学書の匂いが、墨と異国の紙の匂いに変わった。
 玉響。
 世界が、揺れた。


第二章 江戸・杉田玄白の屋敷
 気づくと、凪は、江戸の武家屋敷の裏庭に立っていた。
 小浜藩の江戸屋敷に近い、玄白の隠居所。庭先には、初夏の若葉が茂っている。
 凪の身なりは、書生風の着流し姿に変わっていた。
 「もし」
 庭先にいた若い門人に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
 「先生に、お目通り願いたい」
 「あなたは、何者ですか」
 「先生のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
 門人は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
 しばらくして、戻ってきた。
 「榊原さんとやら。お上がりください」
 この門人こそ、玄白の孫弟子にあたる、大槻玄沢の弟子の一人であった。


第三章 玄白の書斎
 書斎は、狭いながらも、書物で埋め尽くされていた。机の上には、書きかけの原稿――後に『蘭学事始』と呼ばれることになる回想録の草稿が、置かれている。
 玄白は、文机の前から、鋭い目で凪を見た。
 「よう参られた」
 「参りました」
 「お座りなされ」玄白は、穏やかに言った。「それがしは、この草稿を書き上げねば、死ぬに死ねぬ思いでござる」
 「何を、書き遺そうとしておられるのですか」
 玄白は、しばらく黙っていた。
 「蘭学が、いかにして始まったか。それがしと、仲間たちが、いかに苦しみ、いかにして一書を成したか」彼は言った。「あの頃のことを知る者は、もう、それがし一人になり申した。今、書き遺さねば、すべてが忘れ去られる」
 「今、その仲間たちのことを、どのように思い返されますか」
 玄白は、少し目を伏せた。
 「良沢のことを、思い申す」彼は、静かに言った。「あの男の蘭語の力なくば、『解体新書』は、成らなんだ」


第四章 名の記されなかった男
 その夜、凪は玄白の屋敷の隅で、眠れぬまま過ごした。
 玄白の言葉が、頭から離れなかった。
 ――良沢の蘭語の力なくば、『解体新書』は、成らなんだ。
 これまでの十一人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが玄白の場合、彼が晩年に向き合っていたのは、「何を選ぶか」だけでなく、「何を、正しく後世に伝えるか」という問いであるように思えた。
 史実において、前野良沢は、当時の蘭学者の中でも、随一の語学力を持つ人物であったと伝えられている。だが彼は、『解体新書』刊行に際し、自らの名を訳者として記すことを固辞したという。訳文には、なお不完全な点が残っている。それが、良沢の言い分であった。
 結果として、世に名を知られたのは、玄白であり、良沢の名は、長く歴史の陰に置かれることになった。
 凪は、ふと思った。
 玄白が、これほどまでに仲間への想いを語る一方で、その想いは、これまで、どれほど世に向けて、はっきりと語られてきたのか。
 窓の外、江戸の町の喧噪が、遠く微かに聞こえていた。


第五章 良沢の消息
 翌日、凪は、書斎で墨を磨っていた玄白の孫弟子と、言葉を交わす機会を得た。
 「前野良沢様は、今、いかがお過ごしでしょうか」
 「良沢先生は……」若い門人は、少し言葉に詰まった。「もう随分前に、亡くなられました。晩年は、江戸の片隅で、静かに暮らしておられたと聞きます」
 「世に、その功績が、広く知られることは」
 門人は、首を振った。
 「『解体新書』には、良沢先生のお名前は、記されておりません」
 凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。


第六章 弟子・大槻玄沢との対話
 その日の夕刻、玄白の高弟、大槻玄沢が、見舞いに訪れた。
 「榊原殿と申されるか。先生より、伺っております」
 「玄沢殿は、前野良沢様のことを、どう見ておられますか」
 玄沢は、少し驚いた顔をした。
 「あの御方なくば、蘭学は、今日のようには、花開かなかったでしょう。蘭語の読解にかけては、当代随一の御方でございました」
 「それは、玄白先生ご自身も、認めておられることですか」
 「先生は……」玄沢は、言葉を選びながら言った。「内心では、誰よりも、良沢先生への感謝を抱いておられるはずです。されど、それを世に示す筆を、いまだ執ってはおられぬ。御自身が世に名を知られる立場になられたことに、いささかの心苦しさも、抱いておられるのでしょう」
 凪は、頷いた。
 「もし、先生が、今書いておられる回想録に、はっきりと、良沢様の功績を、書き記されたら。何か、変わると思われますか」
 玄沢は、しばらく考えた。
 「変わりましょう。先生のお言葉には、それだけの重みがございます」


第七章 夜半の対話
 その夜、凪は玄白に呼ばれ、二人だけで書斎に残った。
 「弟子どもから、聞き申した」と玄白は言った。「そなたが、良沢のことを、あれこれ問うておるそうじゃな」
 「差し出がましいことを、申し上げました」
 「いや」玄白は、鋭い目で凪を見た。「それがし自身、向き合わねばならぬ角度でござった」
 「玄白様は、ご自身の功績について、あれほど雄弁に語られる場を、お持ちです。ですが、良沢様の功績については、あまり、多くを語る場が、なかったように見受けました」
 玄白は、しばらく、黙っていた。
 凪が踏み込むと、玄白は不審の目を一瞬だけ鋭くした。だが、文机の上の筆を取ろうとして、老いた手のひらが小さく震えるのを見つめ、やがて深く、重い溜息をついた。
 「……」
 玄白は筆を持つ手を止めた。
 「それがし自身、世の評判というものに、いつしか、寄りかかってしもうたのやもしれぬ」声は、搾り出すようだった。「良沢の頑なな引き際を、都合よく解釈しておった。あれは謙遜だと。そう思うことで、己を守っておったのだ。いまさら己の器の小ささを認めるのが、怖かったのかもしれん」
 凪は、深く息を吸った。
 「玄白様。あなたは今、蘭学の始まりを、後の世に書き遺そうとしておられます。ですが、もし、その回想録に、ご自身の功績だけを記して終われば、良沢様の献身は、あなたの名声の陰に、埋もれたままになってしまうかもしれません」
 玄白の目が、微かに揺れた。
 「あなたが本当に遺したいものは、ご自身の功績だけでしょうか。それとも、良沢様という、かけがえのない同志の姿を、次の時代へと、はっきり書き伝えることも、含まれているのではないでしょうか」
 玄白は、長い間、目を閉じていた。


第八章 筆を執る夜
 その夜遅く、玄白は、文机に向かい、筆を執った。
 凪は、その傍らに、静かに控えていた。
 「良沢は……」玄白は、筆を運びながら、呟くように言った。「あの頃、蘭語の読める者など、ほとんどおらなんだ。辞書もなく、手引きもなく、一つの言葉の意味を知るために、幾日もかかることが、しばしばであった。それでも、良沢は、決して諦めなんだ」
 筆先から生まれる文字が、草稿の余白を、埋めていった。
 「あの男がおらねば、それがし一人では、とても、成し得なんだ事業でござった。それを、はっきりと、書き記しておかねばならぬ」
 ――艪舵なき舟で、大洋に乗り出すが如き日々であった。
 玄白が呟きながら走らせる筆の音だけが、深夜の書斎に響く。
 「良沢という舵取りがいたからこそ、あの荒海を渡りきれたのだ」
 玄白はそこで一度、筆を止めた。
 「……のう、榊原殿」
 凪は、静かに、その筆の動きを見つめていた。
 やがて玄白は、再び筆を進め、深く息をついた。
 「これで、ようやく、心残りが、一つ、減り申した」


第九章 書き遺されたもの
 その後、玄白の回想録は、『蘭学事始』と名付けられ、静かに書き継がれていった。
 史実では、この回想録の原本は、玄白の死後、火災によって失われてしまう。だが、幸いにも写本が残されており、玄白の没後、半世紀以上を経た明治二年(一八六九年)、蘭学者・福澤諭吉によって、その写しが見出され、世に広く紹介されることになる。
 この書物のおかげで、前野良沢という人物の功績もまた、後世に、正しく伝えられることになった。
 凪は、その事実を知り、静かに思った。
 もう一つの結末は、既に、史実そのものの中に、静かに息づいていたのかもしれない、と。


終章 もう一つの医路
 数日後。
 玄白の書斎には、書き上げられた回想録の草稿が、静かに置かれていた。
 その中には、玄白自身の功績と共に、前野良沢という一人の同志の、蘭学に懸けた情熱と献身が、はっきりと記されていた。
 この草稿は、いつか、誰かの手によって、次の時代へと、受け渡されることになるだろう。
 「良沢先生」としてではなく、「共に道を切り拓いた同志」として。


エピローグ もう一つの光
 東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
 窓の外では、初夏の風が、心地よく吹いていた。
 「あなたが遺したかったのは、ご自身の功績だけではなかったはずです」
 凪は、静かに呟いた。
 パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『文化十四年四月、江戸の空は、静かに暮れようとしていた。己の功績を語りながらも、確かに次の時代へと、もう一つの光を書き遺した男がいた。異国の書物と格闘し続けた、八十五年の生の果てに。』
 風が吹いた。墨と、異国の紙の匂いが、微かにした。
 玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。

――了――


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 【作者注】

 本作は杉田玄白の晩年を題材としたフィクションです。杉田玄白、前野良沢、大槻玄沢などは実在の人物ですが、物語の展開は著者の創作によるものです。実際に玄白は安永三年(一七七四年)、前野良沢、中川淳庵らと共に『解体新書』を刊行し、その翻訳の苦労を晩年の回想録『蘭学事始』に書き遺しました。この回想録には、前野良沢の功績についても、詳しく記されています。
 前野良沢が『解体新書』の訳者として名を記さなかった経緯については、諸説あり、本作における彼の心情や、玄白との関係の描写は、著者の創作です。また『蘭学事始』の原本は玄白の没後に火災で失われましたが、写本が残っており、明治二年に福澤諭吉によって見出され、出版されたことで、後世に広く伝わることになりました。
 本作は、前十一作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
 そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

句路転生記

〜松尾芭蕉と刻をこえた男〜
玉響転生記・第十一話



まえがき
十度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
今回、彼が得た言葉は「句路」であった。
元禄七年(一六九四年)十月。大坂の旅先で病に倒れ、齢五十一にしてその生涯を閉じた男――松尾芭蕉。「軽み(かるみ)」という新たな境地を求め続けながら、最期の病床でもなお、句を練り直すことをやめなかった俳諧師の物語である。





プロローグ 神無月の来訪
東京は、冬に向かう、静かな夜だった。
榊原凪の背は、芭蕉が世を去った歳より、既に四つも年を重ねていた。葛飾北斎との旅から、一年近くが経っている。
浅草の裏長屋で、北斎が娘・お栄に向けて残した、あの最期の言葉を、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『まだ足りぬ男』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い俳諧の句集を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、枯れ葉と、旅の土埃のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の痩身の男が座っていた。
質素な旅装束。杖を携え、笠を傍らに置いている。齢五十を超えているはずだが、その姿には、どこか少年のような身の軽さがあった。
「これは、失礼つかまつる」
男は、静かに言った。
「あなたは……」
「芭蕉と申す。もっとも、生まれは伊賀の松尾、宗房と申した者でござる」
凪は、息を呑んだ。
松尾芭蕉。『奥の細道』をはじめ、俳諧という文芸を、単なる言葉遊びから、深い詩情を湛えた芸術へと高めた男。そして――このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここに」
「さて、それがしにも、分かり申さぬ」芭蕉は、静かに微笑んだ。「気づけば、この妙な部屋におり申した。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎――そなたが会うてきた者たちの気配が、なんとのう、伝わってまいる。不思議な御仁じゃな、そなたは」
彼は、凪を穏やかに見つめた。
「それがしは今、大坂の花屋仁左衛門殿方にて、病の床に伏しており申す。旅の空の下で、命を終えることになりましょう」
「芭蕉様……」
「されど」老いた俳諧師の目に、澄んだ光が宿った。「まだ、句が浮かんでまいる。この身が朽ちる、その日まで」



一章 十一度目のたゆたい
その夜、凪は句集に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの十人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが松尾芭蕉の場合、その重さは、また違う質のものだった。
史実において、芭蕉は元禄七年十月十二日、大坂の旅先で没する。享年五十一。死の四日前、弟子たちに請われて詠んだとされる句が、後に「辞世の句」として広く知られることになる。
 旅に病んで夢は枯野をかけ廻る
だが、伝えられるところによれば、芭蕉自身は、この句を「辞世」と定めることを、はっきりとは望まなかったという。生涯のほとんどを旅の空の下で過ごし、定まった住処を持たなかった彼にとって、日々詠む句のすべてが、既に死と隣り合わせの、旅の一句であったからだ。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
芭蕉が最期まで手放さなかったのは、本当に「一句の完成」だけだったのか。それとも――その傍らで、静かに彼を支え続けた、名もなき者への想いも、あったのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、句集の匂いが、枯れ葉と旅の匂いに変わった。
玉響(たまゆら)。
世界が、揺れた。



二章 大坂・花屋仁左衛門方
気づくと、凪は、大坂の商家の裏庭に立っていた。
南御堂の近く、木綿問屋・花屋仁左衛門の離れ座敷。障子越しに、初冬の弱い日差しが差し込んでいる。
凪の身なりは、旅の僧侶風の姿に変わっていた。
「もし」
庭先にいた若者に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「先生に、お目通り願いたい」
「あんた、何者や」
「先生のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
若者は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「榊原さんとやら言うたな。お入りください」
この若者こそ、次郎兵衛――芭蕉が、この最後の旅に伴っていた、若き従者であった。



三章 芭蕉の病床
病床の間は、狭いながらも、清潔に整えられていた。枕元には、書きかけの句稿と、硯が置かれている。門人たちが交代で見舞いに訪れ、部屋の外には、常に誰かの気配があった。
芭蕉は、床の中から、穏やかな目で凪を見た。
「よう参られた」
「参りました」
「お座りなされ」芭蕉は、静かに言った。「それがしは、若き日より、旅から旅へと生きてまいった。定まった家というものを、ほとんど持たなんだ」
「なぜ、そこまで、旅を、お続けになられたのですか」
芭蕉は、しばらく黙っていた。
「発句というものは、机の上だけでは、生まれ申さぬ」彼は言った。「風の匂い、道行く人の声、季節の移ろい――その只中に身を置いてこそ、真の一句が、ふと訪れる。それがしにとって、旅こそが、住処でござった」
「今、その旅の途上で、命を終えられようとしています。悔いは、ございませんか」
芭蕉は、少し笑った。
「悔いがないと申せば、嘘になり申そう。まだ、詠みたい句がある。まだ、辿り着いておらぬ境地がある」



四章 軽みという境地
その夜、凪は花屋の離れの隅で、眠れぬまま過ごした。
芭蕉の言葉が、頭から離れなかった。
――発句は、机の上だけでは、生まれ申さぬ。
これまでの十人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが芭蕉の場合、彼が晩年に辿り着いた「軽み」という境地は、必ずしも、すべての弟子に受け入れられていたわけではなかった。
史実において、芭蕉が最晩年に唱えた「軽み」――日常の何気ない情景を、飾らず、しかし深く詠む新しい句風――は、去来や其角ら、古参の高弟たちの間でも、賛否が分かれていたと伝えられている。
離れの次の間では、高弟たちがこれからの俳諧の行く末について、熱く激しい議論を戦わせていた。その言葉の応酬の傍らで、ただ一人、輪に加わることもなく、黙々と師の薬湯を煎じ、身の回りの道具を整えている若者の姿があった。次郎兵衛である。
次郎兵衛は、亡くなった女性・寿貞(じゅてい)の子であり、芭蕉が身内同然に引き取り、この最後の旅にも、ただ一人、付き添わせていた人物だった。だが、その名は、去来や其角、丈草といった高名な門人たちの陰に、ほとんど記録として残っていない。
言葉の天才たちが生み出す熱気から切り離されたように、静かに佇む彼の横顔を、凪は見つめていた。窓の外、大坂の町の喧噪が、遠く微かに聞こえていた。



五章 次郎兵衛との対話
翌日、凪は、庭先で薬湯を煎じていた次郎兵衛と、言葉を交わす機会を得た。
「あんた、先生と何を話してるんや」
「句のお話を、伺っておりました。……次郎兵衛殿も、先生のお傍に、長く仕えておられるのですね」
次郎兵衛は、手を止めた。
「へえ。物心つく前から、先生のところにおりました」
「次郎兵衛殿ご自身は、句を、詠まれることは」
次郎兵衛は、少し寂しげな笑みを浮かべた。
「それがしは、そういう柄やありません。ただ、先生のお世話をするだけの者です」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。
「次郎兵衛殿は、それを、どう思っておられますか」
次郎兵衛は、しばらく黙って、薬缶の湯気を見つめていた。
「寂しくないと言えば、嘘になります」彼は、やがて言った。「先生のお傍におれること自体が、それがしにとっては、何よりのことです。……ただ」
「ただ?」
「先生の句は、百年先まで残る。せやけど、それがしの炊いた薬湯は、朝になれば消えてしまう。それでええ。そう思うてました。……先生が身罷られた後、それがしは、どうなるんやろう。ただの従者として、忘れられてしまうんやないか。そう思うことは、あります」



六章 弟子・支考との対話
その日の夕刻、芭蕉の高弟の一人、各務支考(かがみ・しこう)が、見舞いに訪れた。
「榊原殿と申されるか。先生より、伺っております」
「支考殿は、次郎兵衛殿のことを、どう見ておられますか」
支考は、少し驚いた顔をした。
「よう気の付く、心根の優しい若者でございますよ。先生の身の回りのことを、あれほど細やかに世話できる者は、そうおりますまい」
「それは、先生ご自身も、認めておられることですか」
「先生は……」支考は、言葉を選びながら言った。「口には多くを出されませぬが、内心では、あの若者に、深い情を寄せておられるはずです。ただ、先生ご自身が、常に句作りのことで頭が一杯の御方ゆえ、それを、はっきりと言葉にする間が、なかったのやもしれません」
凪は、頷いた。
「もし、先生が、はっきりと、次郎兵衛殿への想いを、言葉にされたら――何か、変わると思われますか」
支考は、しばらく考えた。
「変わりましょう。……先生のお言葉には、それだけの重みがございます」



七章 夜半の対話
その夜、凪は芭蕉に呼ばれ、二人だけで病床に残った。
「門人どもから、聞き申した」と芭蕉は言った。「そなたが、次郎兵衛のことを、あれこれ問うておるそうじゃな」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いや」芭蕉は、穏やかな目で凪を見た。「それがし自身、考えたことのない角度でござった」
「芭蕉様は、ご自身の句作りについて、あれほど深く語られます。ですが、次郎兵衛殿については、あまり、多くを語られないように見受けました」
芭蕉は、しばらく、黙っていた。
「それがしは……」やがて彼は、絞り出すように言った。「あの者の献身を、誰よりも、有り難く思うておる。母の寿貞を亡くし、頼るべき者とて少なかったあの者を、それがしなりに、我が子のように思うてまいった。……だが、それを、はっきりと言葉にしたことは、なかったやもしれぬ」
「なぜですか」
芭蕉は、句のことばかり考えて生きてきた。だから、と彼は言った。「身近な者への情を、言葉にする、ということに、慣れておらぬ」
凪は、深く息を吸った。
「芭蕉様。あなたは、旅の途上で句を詠み続けることこそが、ご自身の生きる道だと、仰います。ですが――もし、句のことだけを言葉にして終われば、次郎兵衛殿の献身は、あなたの旅の陰に、埋もれたままになってしまうかもしれません」
芭蕉の目が、微かに揺れた。
「あなたが本当に遺したいものは、句という言葉だけでしょうか。それとも――次郎兵衛殿という、あなたを支え続けた者への想いを、はっきりと、言葉にして手渡すことも、含まれているのではないでしょうか」
芭蕉は、長い間、目を閉じていた。



八章 最期の言葉
元禄七年十月十二日。
芭蕉の容態は、急速に悪化していった。
枕元には、支考、去来、丈草といった高弟たち、そして次郎兵衛、凪が集まっていた。
芭蕉は、静かな声で、言った。
「旅に病んで……夢は枯野を、かけ廻る」
それは、数日前に詠んだ句と、寸分違わなかった。
だが、彼は一呼吸置いた。
その時、凪には見えた。枯野をかける夢の向こうに、もう一人の男の背中が重なった。薬湯を煎じ、硯を清め、旅の土埃を払い続けた、名もなき者の背中が。
「……次郎兵衛」芭蕉は、呼ばずにはいられなかった。
「はい、先生」
「そなたは……それがしの句を、一つも詠まなんだな。……されど、そなたの歩みこそが、それがしの旅の『道』そのものであった。支考、皆も聞け。次郎兵衛の尽くしてくれた日々は、それがしのどの発句にも劣らぬ、見事な真(まこと)じゃ」
次郎兵衛の目に、大粒の涙が溢れ、床の畳を濡らした。
「先生……」
「それを、はっきりと言うておく。……次郎兵衛の献身なくば、枯野をかける夢も、とうに途切れておった。この者の道を、ゆめゆめ忘れるでないぞ」
支考は、嗚咽をこらえながら深く頭を下げた。
芭蕉は、静かに、息を引き取った。享年五十一。


九章 旅を継ぐ者
芭蕉の死後、その最期の言葉は、門人たちの間で、静かに語り継がれた。
史実では、次郎兵衛のその後の消息は、詳しくは伝わっていない。多くの記録は、去来、其角、丈草、支考といった高弟たちの動向を、詳細に書き留めているが、若き従者の名は、ほとんど脚注のように、僅かに触れられるのみである。
だが、もう一つの結末では――。
芭蕉の最期の言葉を聞いた支考ら門人たちは、次郎兵衛を、単なる「従者」としてではなく、師の最後の旅を最も間近で支え続けた者として、深く敬意を払うようになった。
次郎兵衛は、その後も、句を詠むことはなかった。だが、師の遺した句稿を整理し、後の世に伝える仕事に、静かに、しかし確かな誇りを持って携わっていった。


終章 もう一つの句路
数年後。
京のある寺の一室で、初老に近づいた男が、一人、古い句稿を整理していた。
筆を運ぶその姿は、句を詠む者のそれではなかった。だが、そこには、師の言葉を、次の世代へと伝えようとする、確かな光があった。
彼のもとには、時折、若い門人たちが訪れた。彼らは、次郎兵衛と呼ばれるその人物に、師の在りし日の姿を尋ねた。
「ただの従者」としてではなく、「先生の旅を、最も知る者」として。



エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、初冬の風が、冷たく吹いていた。
五十五歳。ふと、あの時の芭蕉の享年を、自分がすでに四つも追い抜いていることに気づく。言葉に人生のすべてを捧げた男に比べ、自分はどれだけの言葉を、そして身近な大切な人々への想いを遺せているだろうか。胸に去来する静かな痛みを覚えながら、凪は愛おしむように画面を見つめた。
「あなたが遺したかったのは、句という言葉だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『元禄七年十月十二日、大坂の空は、静かに暮れようとしていた。旅から旅へと生き抜いた男は、その最期に、一句への想いを語りながらも、もう一つの光を、確かに次の時代へと、手渡したのである。』
風が吹いた。枯れ葉と、旅の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。


――了――



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【作者注】

本作は松尾芭蕉の晩年を題材としたフィクションです。松尾芭蕉、弟子の各務支考、向井去来、内藤丈草などは実在の人物ですが、物語の展開は著者の創作によるものです。実際に芭蕉は元禄七年(一六九四年)十月十二日、大坂の旅先で没し、その数日前に「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」の句を詠んだと伝えられています。この句が正式な「辞世の句」であったかどうかについては、諸説あります。
次郎兵衛は、芭蕉と縁の深かった女性・寿貞の子であり、最後の旅に同行した人物として記録に名が残っていますが、その後の詳しい消息については、史料に乏しく、本作における彼の心情や、芭蕉との対話の内容は、著者の創作です。
本作は、前十作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。