身体を作るのは食事で

心を作るのも食事で

運をも食事は作るものだと

いつか

誰がが言ってたけれど…



こうして
日に3度
8時 12時 18時にと

間食もなく
正しく
病棟での常食だけを食べてみると
なるほど
これだけで足りているのかと
思えば

普段
ちょいと食べ過ぎているようにも
思えて来る

もっとも
ここでは大して動きもしないから
さほどカロリーも必要ないのだろう

それでも
術後の回復には
必要なだけ含まれているはずだから

退院しても
この程度で足りるのだろうと
食事を見直す時期なのかもしれない


退院したら
何が食べたいか? と
子供たちから訊かれ

ラーメン! って
即答してみたけれど

天ぷら蕎麦くらいに
しておこうかな…


特に
この外科病棟の
24時間に身を置くと

世の中の矛盾と
世の中を凝縮した感とに
襲われて

何とも言えない切なさと
何とか出来ないのかと思う心が
更に熱くもなる

痛みと
苦しみとが
同じに停滞していて

それを
看護師さんたちが
24時間体制で
制御に走り回る

悲しくもここは
人生の終点にもなる場所でもあり
医師たちは
そこへ
持ち時間の延長をと手を掛ける

生と死の狭間で
多くの方々が
戦ってはいるが

生還出来た者
出来なかった者と
フロアを同じくして
とめどなく
その空気感は漂い続けている



僕は今
この齢でまた
この場へと来て
この場を体験出来たことに

なんともな
感謝ではない
何かを感じている

どなたかの見舞いで来るのではなく
自分の身に舞い降りた
この運命もまた

もしかすると
ひとつ上に
上がるが為の試練だったのかと

誰にでもなく
手を合わせ
感謝してみるけれども…



さて
週末とあって
外来は休診となり
医師も
看護師も少ない

面会の時間までは
静かな病棟のフロアになるようだ

お袋の誕生日だというのに
このポンコツ息子は
病棟の中で横になっている

例年ならば
実家へと一族を集め
盛大に祝う日なはずが
なんとしたことか
今年ばかりは
延期して頂いた

すれば
来月の僕のと一緒にかと
提案してみれば

5月の親父のそれと
同じ日が良いと
決まったようだ

90歳

でも
2月29日生まれだから
あたしの誕生日は
4年に1度で

まだまだ
あなたたちより
若いのよ なんて
微笑んでくれるから
嬉しくもなる



5月が来れば
親父は94となり
有り難いことに
とても元気で見掛けも若い

今月には
運転免許の更新を終え
これならば
次もまた
更新出来そうだと笑っている

それよりも
早い内に実家へと戻り
代わりの運転をせねばと
思いながら…

手術時にお世話なった
手術看護師さんが
昨日ここに見えて

頑張ったわね! って
微笑んで下さり
なんだか
嬉しくなった

そう
2時間遅れた手術で
落ちた心を
戻してくれて

また
痛かった背中への麻酔管の注入時も
頑張れたわね! って
褒めて下さり

その
わずかな言葉と
穏やかな表情とに
本当に救われた

地獄で仏とは
こういうことなのだろう

ありがとうございましたと
心から感謝をした


あの日
2時間ほど遅れて連絡が入り
落ちた心のまま

点滴スタンドを転がしながら
担当の看護師さんと部屋を出て
てくてくと廊下を歩き
ガラス張りの自動ドアを潜り

付き添ってくれた
カミさんと
娘とに手を振られ
苦笑いしながら手を振り返した

手術専用のエレベーターに乗り
2階へと降りると
目の前には
手術室と書かれていて

その曇りガラスの自動ドアを入ると
とても優しそうな方が待っていて
手術看護師の… と申します
遅れてごめんなさいね
不安でしたでしょう
でももう大丈夫ですよ
と言葉にする

いえ
大丈夫です
宜しくお願い致します と

無理して返すと

そこで
担当の看護師さんから
引き続がれ

お名前と
生年月日と
手術箇所の確認とを問われ…

また
先に提出してあった書類に
書き漏れの日付を書き足し
ではと
その先の手術室へと
歩いて案内された

いくつかのドアを抜けると
テレビドラマで見るような
真新しい手術台があり

そこには
麻酔の医師だと言う方が待っていて
手術台に横になった

こういう場所は初めて見ますと
言えば

以前の手術では? と問われ

救急でしたので
何も覚えてないのですよと
答えた

きっと とても
不安そうな顔をしていたのだろう

大丈夫ですよ
すぐに寝てしまいます

目覚めたら
もう終わってますからねと
微笑んで

そして
目覚めるのをここで確認してから
部屋へと戻りますと
それまで
私が付いてますからと…

左を向いて 
背中を丸めて
身体を後ろへと下げて
膝を抱え お腹を見るようにと
指示があり

アルコール消毒は大丈夫ですか?
との確認後
2度の消毒をし
ビニール状のシートを貼り付けて

その麻酔科の医師は
背骨の位置を何度も確認し
ではまずは
麻酔の管を入れる場所へ
軽く麻酔の注射をしますねと

わずかな痛みを伴い
それを
何度か繰り返し

では
菅をと…

それが
なんともな痛さと
嫌な感覚で

でもすぐに
痛みから逃れ
その管を固定したらしく
ビニールのシートは剥がされ

上を向き
お腹を出し
手術着を脱ぎ全裸状態で
口にマスクを取り付けられ

何度か深呼吸をして下さいと
言われ
2度3度し
麻酔を投入しますと聞いた直後から
記憶がない

目覚めれば
そこにはその
手術看護師さんがいて

無事に終わりましたよ
大丈夫ですか? と問われ
うつろいながらも
はい と答えると

担当の看護師さんと代わり
またいくつかの
ガラス張りのドアを抜け
専用のエレベーターで
4階へと戻り

またガラス張りのドアを抜けた時
生還した感に包まれて
待っていてくれた
カミさんと
娘とに
ありがとうと言葉にした

そんなだから

この3時間
手術中の記憶はまったくなく
その後
廻診する医師たちに
わずかづつ問えば

担当医師と
その補助の医師と
その他
数名の医師とでの手術だったそうで

傷口は3ヶ所とお聞きしていたが
本日 やっと
自分で確認が出来て
ヘソを含んでの4ヶ所のようだ

廻診の
若く綺麗な女医さんに問えば
ヘソからカメラを入れ

横2ヶ所から
ロボットアームのような物を刺し
患部を施術したようで

なるほど
すればやはり4ヶ所かと

痛みはわずかづつ
和らいで来たけれど
やはり
その患部が痛い

他の3ヶ所は
穴を開けただけで…

とはいえ
痛みは確かにあるが
患部の痛みが優先されて
他の痛みが
麻痺しているのかもしれない

そんなことを
わずかでも覚えている内にと
ここに書き残して置こうと思う

さてこれで
腹部の傷は
6ヶ所となり

生涯 これを確認しながら
更に健康に氣遣うのだろう

そうそう
子供の頃の
その盲腸の傷痕は
破裂させてしまったが為

中の膿を吸い出すとのことで
2ヶ所もある

きっとその2ヶ所が
今回の原因かと思ってみるが
すでに45年も前のこと

なぜ
今頃だったのだろうか

これもまた…


ここにいると
あちらこちらから
痛み止めをお願いします と
声が聞こえて来る


手術をし
その傷口の痛みに耐えられず
仕方なくも
お願いするのだろう

僕もまた
遠慮せずにと
看護師さんから言われ

一昨晩は
わずかでも寝れないかと
何度もお願いした

点滴へと混ぜ込んだそれは
飲み薬よりも即効性はあるが
果たして
これを大量に使っても良いのかと
思ってみたが
それどころではなかった

ひと晩明けて
多く身体に纏わり付いていた
管や
機材は外れ

更には
無理しても歩き出さないと
内臓の動きが… と
せかされて

わずかづつ
歩いてみるが
その痛みは止まることなく続き

錠剤に変わったそれを
服用している


3箇所の傷口はまだまだ痛いが
ここでは
かなり軽い方なようだ



さて
術後 48時間が経ち
やっと落ち着いて来たけれど

どんどん 歩け
もっともっと 歩け と
看護師さんにせかされて
歩いてみれば
やっぱり痛い

それでも
痛み止めを飲みながらでも
歩かねばならないそうで

ハーハー言いながら従ってみれば


疲れで
今夜は
きっと眠れるのだろう

そういえば
2人ほどの友達に
看護師さんの奥様がいて

ひとりは
バイクで転んで入院した時に
知り合ったと

もうひとりは
現場仕事で落ちて
入院した時だったと…

なるほど
転んだらタダでは起きないな! と
当時
笑ったもんだ

しかしね
こうして病棟に入り
痛さで
辛く
欲もなくなれば

毎日 優しく接してくれる
目の前の看護師さんたちが
天使にも見えて来る

そう
シャバでは
女性から
こんなに優しくして
貰ったことなどないはずで

すれば
恋が芽生えるのは
必然のこと

しかも
皆 マスク姿と来て
なんともそれが
美しくも見える

ならば
そんな下心を抱いたまま
退院なんて
あいつらには有り得ないはずで…

そんなことを
今頃 ふと
思い出して苦笑い


さすがに僕は
もうこの齢にもなれば
我が子くらいの齢の
看護師さんばかり

可愛いね
綺麗だね とは思っても
まあそこまでかな
多分ね…


さて

手術後

36時間が過ぎて


仕方なくも

歩かされているが

まだまだ

この痛みからは解放されない


それでも

傷口は順調らしく

退院は来週の水曜日を

目標に頑張りましょうと

主治医の先生は微笑んでくれた


それでもまだ

5日も先か…


思えば
現代医学により
もう2度も救われて来た

すれば
今回で3度目となり

これらがなければ
きっと僕は
成人にすら
達せなかったのだろう

こうして
わずか100年の違いで
人間たちの
持ち時間は伸びたけれど

身体の健康は
心の健康をも
連れて来れなかったらしい



持ち時間の
2/3をも越して
さてこれからと思った頃に
病が襲い掛かる

振り返ってみれば
果たしてこれで良かったのかと
後悔ばかりだけれど

せめてもは
家族を持てて
こうして子供たちが
来てくれること

わずかながら
このポンコツ男のDNAは繋がって
そこへと
他所から足したDNAが
新たな命を産んでくれた

すれば
それらはきっと
ここよりは… と期待などして

何か
面白いことを
やってくれるのかもと
微笑んでみる

それを
見届けられるかは
分からないけれど

せめてもの
繋ぎ役だけは
果たせたようだ

昨日から
無理にでもと
歩かされてみれば

今朝は
そこそこ歩けるようにもなって
これでやっと
辛い時期を越したかのような

それでもまだまだ
痛み止めに頼り
毎食後にそれを服用する

わずかな傷でも
年々
治りは遅くなるけれど

これもまた
若い頃よりも
時間が掛かるのだろう

さきほど
なかなか出なかったオナラが出て
やっと腸が動き出したようだ


ヘルニア


今回の手術で
辛かったことを
いくつか述べるならば

ひとつは
背中へと麻酔薬を流し込む管を
差し込む時

ひとつは
術後 麻酔が切れた時の
腹に開けた3つの傷

ひとつは
その晩
多くの管や機材を付けられ
痛み止めを足しながらも
朝まで痛みに耐えた時間

ひとつは
おしっこの管を抜く時と
抜いた後
最初のおしっこでの
染みる痛さ

ひとつは
無理にでも歩かないとと
翌朝から
歩かされた廊下

ひとつは
4人部屋のルールを守らず
イヤホンもせずに
大きな音でテレビを観る
反対側のオヤジ


ひとつは

仕方なくも

真夜中に

隣りから聞こえるイビキと

反対側からの痛みによる叫び声

嬉しかったことは
家族たちの心配する心
担当医と
多くの看護師さんたちの
あまりの優しさ

しかし
重症患者が多い
この外科病棟のせいか
それとも
そんな時代なのか
患者どうしの会話が少なく
あの頃のような
同志が出来ない

いずれにせよ
この部屋からは
僕が1番早く退院となりそうで

あの頃のように
折り返し
見舞いに戻るような
仲良しになる方は
出来ないようだけれど…



さて
3日目
また新しい日が昇る

昨晩もまた

夜中中 救急車の音が

聞こえていたっけ…


昨日
娘がこんな本を
差し入れてくれた



青天
オードリーの若林さんの新刊だ!

これは面白い! と
噂に聞いていたから
いずれ
買おうかと思っていたけれど

暇になるであろうと
病棟へ持参した
例の小説は
またしても後回しにして
これをと読み始めた



オードリーといえば
僕らの中では
アメフトで

高校の時
2人とも日大二高で活躍したと
聞いている

それゆえ
そのシーズンには
真夜中の日テレで
NFL倶楽部という
この国唯一のアメフト番組で
パーソナリティーをしている

それももう
10年をも越し
スタートは
ちょうど息子が
高校でアメフトを始めた頃だった



それ以来
1回も逃すことなく
観て来た

彼らのアメフト愛は
さすが! で
きっと
そこを代われる者は
いないのだろう

高校時代とはいえ
そこへと身を入れた者だけしか
見えないものがある

それは
息子もまた同じで
僕がどれだけ長く
アメフトを観て来てようとも

そのグラウンドの上で
敵と相対した彼らにしか
分からない匂いがあるのだろう

おかげで
大学からの誘いを受け
大学での4年間
やり切った感は

どうやらそこで
生き絶えたらしく
もう
アメフトとは言わないから
不思議だ


さてこの物語
今まだ読み途中ではあるが
その雰囲気を知る者ならば
きっと
一瞬で入り込み
絶賛するであろう

体育会系の部活を
逃げずにやり切った者にだけ
見える景色があると
羨ましくもなる

あの頃
バイクに逃げた
僕としては

今頃
後悔など
してみるけれど…


カーテンだけで仕切られた
4人部屋だと

顔も
姿も
見えずとも

看護師さんたちとの
あれこれの会話で
その様子が手に取るように分かる


そこそこ大変らしく
まだまだ
自らが歩くことは出来ないらしい

そんな僕は
もう
今日から歩け! と
指示が出ていて

はてさて
この身体で
起きれるのかと悩んでみる

すでに
朝食は出て
自動で背もたれを起こすベッドにも
少しづつ
わずかづつ
上げては下ろして

やっこさ
朝食にありつけた

すれば
すぐに主治医の先生たちが来て
身体に取り付けていた
多くの機材を外し

昼頃までには
看護師が
歩く練習に同行するからと
告げる

熱は下がり
血圧も戻り
点滴の管も外れ

おしっこの管も取れた





傷口の確認にと
何度も来るが
僕はまだ
それを見れていない

どうやら
3箇所あるらしく
どこが痛いですか? と
訊かれたけれど

全部ですと
即答した  笑

やっぱり

男は痛みに弱いのよ


また
痛み止めを貰おう