カーテンだけで仕切られた
4人部屋だと

顔も
姿も
見えずとも

看護師さんたちとの
あれこれの会話で
その様子が手に取るように分かる


そこそこ大変らしく
まだまだ
自らが歩くことは出来ないらしい

そんな僕は
もう
今日から歩け! と
指示が出ていて

はてさて
この身体で
起きれるのかと悩んでみる

すでに
朝食は出て
自動で背もたれを起こすベッドにも
少しづつ
わずかづつ
上げては下ろして

やっこさ
朝食にありつけた

すれば
すぐに主治医の先生たちが来て
身体に取り付けていた
多くの機材を外し

昼頃までには
看護師が
歩く練習に同行するからと
告げる

熱は下がり
血圧も戻り
点滴の管も外れ

おしっこの管も取れた





傷口の確認にと
何度も来るが
僕はまだ
それを見れていない

どうやら
3箇所あるらしく
どこが痛いですか? と
訊かれたけれど

全部ですと
即答した  笑

やっぱり

男は痛みに弱いのよ


また
痛み止めを貰おう



いつもの
自由が丘でお会いする
大阪伊丹の
FM局のDJ シミケンさん

伊丹の放送局なので
遥かここへは電波は届かず
でも
ネット配信されているので
遠くとも
それを聴ける今

毎週水曜日と
隔週火曜日とに
そこへと耳を傾ければ
いつもの微笑んだ声で
楽しい放送に包まれる

自由が丘といえば
そう
金井夕子さんのライブ会場で
お会いする方で

僕らは皆
そこで微笑み
同じ価値観の中
同じ方向を観る


エフエムいたみ


ならばと
その放送局へ
わずかなメッセージを告げ
夕子さんの曲を
リクエストしてみれば

そこでも繋がっている
全国の彼らからも
メッセージが届き
そのどなたからからかの
夕子さんの曲が流れて来る

番組は
8時から11時くらいまでの生放送で
昨年は
仕事時間と重なり
その生放送を聴けず

はてさてと思えば
どなたかが
録音までしてくれて…

さてそれが
なんと
YouTubeにもあると知り

すれば
後からでも聴くことが出来ると

そう
せっかく
リクエストメッセージしても
本当は
それを聴けずにいたわけで

ではと
探せば過去数年分も
そこにあり
嬉しくなったわけだけれど

シミケンさんの声は残っても
曲はそこにはなく

まあ
そんな都合かと思いながらも
YouTubeの有り難さを
思ってみる



先週のお話では
来週のそこで
夕子さんの来月の
名古屋ライブの情報をと聞き

それではと思えば
なんと手術当日

そんな時には
YouTubeがあるじゃあないか!と
術後の楽しみとして
残して置きました

すると
麻酔から覚めたけれど
あまりの痛さで
今はまだ無理かと…

そして今
ひと晩明け
その部分を探し出して
微笑んでいるわけです


シミケンさん
ありがとね!

また早い内に
どちらかで!


3年ほど前
腹部の不自然に氣が付き
近くのクリニックへ

すると
これは
腹壁瘢痕ヘルニアだろうと
診断され

その場で紹介状を頂き
予約までして下さって
出掛けてみたここ
大きな医療センター

そこの外科には
綺麗な女医さんがいて
いくつかの検査をし
後日 その結果をと訪ねると

やはり
子供の頃の盲腸の傷跡が
腹壁瘢痕ヘルニアになっていると

治療方法は
薬では治らず
全身麻酔による手術になると

1週間ほどの入院と
その後 半月ほどの安静に
1ヶ月は運動は難しいと

それは困った
今 休めないし
また
無理に手術しても
その後の現場仕事が難しいとは

すると
今 すぐでも良いし
また
様子が悪化してからでも良いし
更には
さほど進行しなければ
生涯このままでもと
告げられ

では
しばらくはこのままでと
この3年間
放置した

それが
昨年の秋頃から
靴下の脱ぎ剥ぎで
違和感が出て

更には
押せば痛みも出て来た

なるほど
仕方ないが
そろそろかと
年末に再度 受診をすれば

今度は若い男性の医師で
なんとも
穏やかな口調で
事細かに説明を受け

ではと
検査から
入院 手術まで
すべての日程を
その場で決めて下さり

覚悟の
カウントダウンが始まった

時 同じくして
本家の長男
実家へと戻るタイミングをも 
はかっていれば

それらのすべてが
ここに重なり

なるほど
そんな時分かと
苦笑いしながら
せわしくも動き回った

さて
これが終われば
まさに第2の人生のようだ

急がず
正しく
微笑んで生きたいと
思ってみる






しかし
ここでは

切れ目なく
救急車のサイレンが

鳴り続けている


幸あれ




真夜中に
何度か
痛み止めを足して頂き
わずかに寝落ちすれば

その都度
怖い夢ばかりに襲われ

はっ! と目が覚めてしまう

体調は夢にも現れるらしく
何者からか
追われるばかり



そんなこんなで
朝を迎え
痛みは残れど
無事であったようで

僕の物語には
もう少し続きがあるらしい

こうして
病棟にいるだけで
すべての欲は失せて
とにかく
健康が! と
改めて思う

昨日
個室から
隣りのベッドに移って来た方は
一昨日の手術だったらしく
カーテンの向こう側で
とても大変そうな会話をしている

先にご挨拶をした
お向かいの旦那さま2人は
今まだ ベッドから
起きられないようで
すべてを看護師さんに委ねている

廊下では
車椅子に 杖に
点滴に と備えて動く方々

ここ
外科病棟は
世の中の矛盾の多くを
凝縮したかのようで

そこへと添える
言葉が見つからない

身体は仕方なくも
とても辛いが
この齢での決断により
間に合った感と
これから生きるが為の
良い経験となったようだ

ありがとう



さて

もうすぐ
2度目の朝が来る

あと何度の朝を
ここで迎えるのか


前の方の手術が
とても長引いて
15時となり
そこからの3時間
やっと生還致しました

午前中から
すでに準備は出来ていたのに
それですっかり
心が落ちてしまい

その遅れの為
外の景色を眺めていると

目の前の区役所の駐車場から
ここへと入れない
孫たちが手を振ってくれまして

この寒い雨の中
ありがとう! と
大きく手を振り返しました



術後はやはり激痛で

腹の傷口は3ヶ所だそうで

痛み止めを足して頂き
酸素マスクが取れて

でもまだ

多くの機材は付いたままだから

果たして

これで寝れるのかな

朝まで
何度もの廻診があるそうで
なんとかなるかな

1. First, let's get along
And never leave Mommy alone

2. There are still many treasures 

scattered around Dad's desk
I hope they are valued 

and properly returned to the world



3. There are 600 doodles
Please don't throw them away
If possible, I hope you will choose words 

from these and create a picture book titled 

"The Story of a Single Doodle"

4. I want to sleep with Puff

5. Don't let the original family die out

That's all


今朝は
多くの夢をみていたようだけれど
あまり覚えていない

真夜中に
何度となく起きれば
救急車のサイレンが
きりなく届いていて

緊急を要する彼らと
昨年末からの
カウントダウンでの僕とが

譲りあってるかのような
そんな夢だったようだ

消灯後
いつものように
すぐに眠りに落ちたけれども

真夜中に
同部屋の方々へと対処する
看護師さんたちの出入りで
こうして何度も目が覚める



カーテンを少し覗いて
ちょいと窓から外をと見降ろせば
いつも満車な
隣りの区役所の駐車場には
まだ1台の車もない

予報では
もうすぐ
雨が降り出すようだ



ここ病棟でも
プラーナたちは
雪のように舞い降りて来る

オーブたちもまた
目の前を横切って行く



お守りとして連れて来た

ぱふのロケットを

握りしめてみる


廊下では

病棟の朝が動き出したようだ


昨年からの
長いカウントダウンも終わり
さあ
いよいよかと思いながらも

手術以外で
なんとかならないのかと
まだ
ジタバタしてみるが
やっぱり無理らしい



やはり
男は痛みに弱く
これからの痛みを想像しただけで
逃げ出したくもなるが

以前の
若い頃の
2度のそれよりは
少しは楽なそうだから
仕方ないかと覚悟をしてみる

これで
今後 
生涯の健康が約束されたならば
とても有難いが
老いと共に
身体は徐々に傾くのだろう

まずはもう
多くに気遣い
無理することなく
生きることにしようと思う

昨今
あとどのくらい? 
あと何度? と
口にする方々の氣持ちが
分かって来た

それが僕ならば
きっと
桜ではなく

スーパーボウルと
フライフィッシングと
好きな方々のライブだと
答えるのだろう

家庭を持ち
あまりにもせわしかった
子育ての時間を
ほとんど覚えていない

それが終われば
彼らを社会へと送り出し

孫たちとの時間が始まった

還暦と共に
フリダシへと戻るそうだけれど

同時に
時間はスピードを増して
止めに掛かるこの手を無視して
あざ笑うかのように
目の前を過ぎ去る



振り返ることばかりが増えて
あいつは 元氣か?
あの娘は どうしてる? と
もう届かない彼らのことばかりを
思い出しては

残りの持ち時間の中で
ちょいと無理しても
会っておかねばと考えると
更に想いは増すばかり

伝えたいことは
ありがとう ではなく

きっと
出会えて良かった なのだろう

病室にいても
今日はまだ元氣だからと
横になるのを辞めて

面会の方々が来る
談話室で
本を読んでいる

すると
吉田さんとおっしゃる
おばあちゃんが来て

すみません
ここにいた主人を知りませんか?
と…

はい
僕は今 来たばかりで
分かりませんが… と答えると

そうですか
ありがとうございますと
病室へと戻り

しばらくすると
また 来て
主人は?… と問う

すると
看護師さんが来て
ご主人は
先ほど帰られましたよと告げ

そうでしたか
ではと
また病室へと戻る

その後また
しばらくすると
僕の前に来て

すみません
吉田と言いますが
主人は? と問う

仕方なくも
ご主人なら
お帰りになりましたよと告げる

するとまた
戻る

そんなことの繰り返しらしく
もういないはずの
ご主人をと…



老いの切なさを
目の当たりにした今

幸せとは
いったいどこにあるのだろう

こうして
病室で横になっていると
あの頃の病棟をも
思い出す

特に
2度目の入院の時
同じ部屋のお向かいにいた
おじいちゃん

お先にって
僕より1週間早く退院となり

お世話になりました
またどちらかで と
挨拶を交わした

僕もまた
長い入院だったから
毎日 多くの会話をし
とてもお世話になって

社会へと復帰した頃
そうだ
おじいちゃんに
元気になったよ!
って会いに行こうと

お聞きしていた住所へと出掛けると
いつも見舞いに来ていた
おばあちゃんが出て

あらま! って
微笑んでくれた

嬉しくなって
おじいちゃんは? と尋ねると

ごめんね
おじいちゃん
間に合わなかったのよ って

えーっ! って驚いて

だって
僕より先に って

そうね
そうだったわね

でも
そういうことなのよ って

そんなことを
ふと思い出しては
ひとり
黄昏れてみるが

それももう
40年も前のこと



この4人部屋には
3人がいて

お向かいに
おじいちゃんが2人

あまり具合が良くないらしく
カーテンを閉じたままだから
あの頃のような
会話は出来ない



健康は
無くした時に
その大切さを痛感する

そして
そんな時
何も欲は無くなって
健康こそと思うのだろう