ザウスを
ご存知だろうか

あの頃
スキーシーズンが終われば
ザウスがあるじゃあないかと

仲間たちと出掛けた
それは巨大な
屋内スキー場





もちろん
真夏でも中は
真冬の気候となり
とにかく寒かった記憶


そして

山岳のコースとは違い

さほど楽しくなかった記憶


それが
いつの間にか消えて
長い時が過ぎ

それを知る者たちもまた
すっかり
年老いてしまい

もう
そんな話題すら
昨今では出なくもなっていた



その巨大な跡地は
今 いったい何になったのかすら
知らないけれど

調べれば
1993年から2002年までの
わずか9年だったそうだから
きっと
とてもじゃないが
元は取れなかったのだろう

だから

あだ花 ってわけか…


ザウス


それが
昨日なんとなく見ていた
ネットニュースで
復活するかも? だなんて…

ホント?
冗談でしょ!

でも
ならば… と
微笑んでみるのは
当時を知る
僕ら世代だけか

さすれば
この国でも
1年中
スキーが楽しめるわけだけれど

次回
もしも作るのならば
今なりに
あれこれと
工夫せねばならない

すると
仕方なくも
料金は高くもなり

まさか
季節外れに
そこまでして… なんてことにも
なり得ない

それとも
インバウンドにより
雪の降らない国の方々が
こぞって来るのだろうか

いずれにせよ
中途半端な設備では
きっとまた
同じこととなるのだろう

ただし
予定地をと見れば
新潟 岩手 長野 とある
冬の雪を貯蔵してとまでも

そんな遠方に?
果たして…

失礼

狭山


そうそう
知らなかったが

初心者の頃

何度か出掛けてみた
狭山スキー場が
今まだあるそうだ

そちらはどうかな?
混んでるのかな…


ザウス


久々に手帳をと見れば
来週末は
叔母の旦那様の1周忌で

ちょうど1年前
僕と親父とで
その告別式へと出掛けたけれど

氣張ったそんな会に
親父は疲れてしまったようで
もう
これ以降は
すべて僕がと口にした

本家の長男
仕方なくも
これからも多々
親戚の数だけ増えて

すべて
親たちの代わりにと
予定してはいるが

今回ばかりは
果たしてこの身体
間に合うのかと
指折り数えてみる

親父も
お袋も

更には
祖父も
祖母も
皆 兄弟が多く

僕の知る限りのそこまでは
お付き合いせねばと
思ってみるが

そろそろ
世の中もそれらを
簡素化する時代となり

代が変われば
親戚もまた
他人へと変わってしまうのだろう



昨今
仲間内では
ひとりっ子どうしの結婚となり
墓じまいなることをも
耳にするが

僕の家系では
それだけは出来るはずはなく
守って行かねばならない

それよりも
我が家から出た血筋ならば
すべてをここに受け入れて
墓誌だけを別にしたら
いかがかと
子供のいない
従兄弟に提案したことがある

すれば
わざわざ他所で墓を作ることもなく

ましてや

そこもまた途絶えてしまうのならば


この血筋だけは本家へと戻り
墓参も途絶えることなく
どなたかが手を掛けてくれると
思ってみるが分からない

いずれにせよ
いつの間にか
そんなことを考えねばならない
齢になった…

今朝の廻診で
傷口を塞いでいた
透明のテープが剥がされ

まだ

痛みはあるが
順調ですので
シャワーを浴びても良いと
許可が出た

ではと
5日ぶりのそれは
やっぱり快適ではあるけれども

その過程での痛みが
なかなか厳しい

特に
患部付近を清潔に洗ってと
指示されたけれど

まだ
触れば痛みは
そこそこある

すれば
退院までは
毎日 入れそうで

でもまだ
湯船には浸かれない

主治医の先生の仰っる通り
3日目を越して
確かに楽にもなった

とにかく
痛み止めを飲んででも
歩き回れ! と
指示を受け

当初は
この外科病棟の
ナースステーションを
取り込む廊下を
1周するのがやっとだったが

今朝はもう
10周くらいは
歩けてもいる



おかげで
腸は動き出したようで
お通じもあり
急速に身体が戻り出したのが
分かる

それでも
ここにいるから
安心も出来て

これで
退院ともなると
とても自信がない

やはり
あと3泊は
必要らしい…

春ですね
長い冬が終わりましたね

この冬は
いつもの冬よりも寒かったらしく
庭のアロエが枯れてしまいまして

ここ数年は
枯れることなく越冬してたのに
ギリギリの温度のラインを
越したのでしょう



それでも
もしかすると土の下は
まだ大丈夫かもで
様子を見ることにして

すべての葉が枯れ落ちた
ニックさんの
マザーツリーの子供たちも
そろそろ
新たな芽を出す頃

一昨年

鳥が運んで来たのか

我が家の庭に突然現れた

セイヨウヤナギも

昨年
ニックさん家の庭から救出して来た
コナラの子供たちも


近くの公園に移植したそれらは

冬にすべての葉を落とし

無事に越冬出来たはずで

ならばまた

更に大きくなってくれたらと

思ってみる春



家へと戻れば
古代ハスの植え替えもと
思ってみるが
はてさて
今月はまだ
身体が難しいらしい

今月は
いよいよ65となり
まさに定年の齢

同期たちは
すでに55や60で
リタイアした者や

まだまだ現役でと
70や
生涯現役でと
心する者たちとで
分かれている

ただし
団塊の世代の先輩方を見れば
悠々自適だったはずが
体調を崩す方々ばかり

特に男は
走って来たその動きを
突然 止めてはならないようで
わずかでも
規則正しい生活のリズムが
必要不可欠だと思ってみる

僕もまた
これでリタイアしたわけではなく
この身体を治したら
また
すぐに動き出すつもりで

それはきっと
新年度になるのだろう



🎵 小さなハズレは

  当たりの貯金

  いつかはドーンと大当たり 🎵


改めて思う
健康こそ! と

健康ならば
なんとかなる!

本日は
毎度
お誘いを頂いていた
落語会があって

その主催者さんは
いつか
初代 林家三平追善興行で
前と後とに並んだだけの縁

それがなぜか
あの時の

ちょいとお声を掛けただけで
意気投合し
もう何年ものお付き合いとなった



年に1度
地元の公民館で
林家正蔵一門のどなたかを呼び
地域ぐるみでのそれを
先頭立って開催され

町からの予算まで
用立てて
なんと無料なんて会


ねぎし


訊けば
出会いは
先日 亡くなった
林家の女将さんと
東京大空襲の追悼会で懇意になり

そこから
林家の若手たちをと
応援するようになったそうで

ここ数年は
まめ平さんと
つる子さんとが
その会場を賑あわせてくれて

僕もまた
そこへと出掛ければ
スタッフのように
楽屋へと出向き
ご挨拶をする仲

先日も
予定はどう? と訊かれ

申し訳ない
今年ばかりは… と
答えたばかり

それでも
もしや
まさか
なんとか… なんて

術後の身体をと
頑張ってみたけれど

どうやら
やっぱり
今日には間に合わなかった

林家


その
農家の旦那さまは
時折
林家の女将さんへと
野菜を送る度に

同じものを
僕へも送って下さり
齢は違えど
もう
マブダチな仲

なるほど
出会いというものは
偶然ではなく
必然だったのかと
改めて思うばかり

女将さんの訃報にも
いち早く知らされたらしく
駆けつけたと
仰っていたっけ

時折
草津からの帰り道に
手土産を持って伺うと
それはそれは
長話となり

その優しい笑顔に
嬉しくもなる

新たな真打ちの披露目では
後ろ幕を提供し
また舞台での
お祝いの言葉も述べ

なのに
あまりのその腰の低さゆえ
皆に慕われる
大好きな旦那さま

さて
退院したら
しばらくは草津で
のんびりしようかと思ってみる

その帰りにでも
また立ち寄って
長話をしようかな…

お隣りの方は
2日目から
歩行補助機を使って
トイレに行けるようになったが

お向かいの2人は
相変わらず
ベッドから起きられない

すれば
日に何度も
ナースコールのボタンを押し
その都度
看護師さんたちは
急ぎ足でやって来る

日中はもちろん
真夜中ですらそれは多く
仕方なくも
そんな現状



僕は結局
そのナースコールを
1度も鳴らすことなく終えそうで

術後の晩は
看護師さんが
何度も来てくれたから
こちらから
お願いする前に用が足りた

翌朝には
もう歩けと
無理に歩かされたが為
もう大丈夫なようだ



それにしても
こんなときに
人は性格が現れるようで

お向かいの2人の
片側の方は
相変わらず丁寧な言葉遣いで
看護師さんに接しているが

もう片側の方は
そこまで言わんでも… なんて
ちょいと 
カチンと来る言葉を吐き続けている

それでも
看護師さんたちは
それを上手く交わして
何事もなかったかのように…

おい
オヤジ
ひとこと
ありがとうくらい
言えば良いのに…

そんなことが
氣になって仕方ない

長い禁漁を越して
いよいよ本日
解禁となる渓流釣り

それでもまだ
山には雪があり
雪解けの水は冷たく
空気は寒い

そんな中
待ってました! とばかり
多くの釣り好きたちは
厚手のウェーダーを羽織り
先をと急ぐ

いつか僕にも
そんな頃はあったけれど
この寒さ嫌い

渓流釣りは
やはり真夏が良いと
時を待つばかり

すればもちろん
残る魚は少なくもなり
また
そこへと残る魚たちは
賢くもなっていて

手強い中にも
試行錯誤しながら
面白い勝負が出来る

もちろん大敗もあれば
大勝は… なく

今日は
まあまあかと思えたならば
それだけで満足となり

またひとつ上へと
ランクが上がったかのように
微笑んでみる

自分なりのルールを作り
いかなる時も
それを守り

あくまでもフェアに
そして

ありがとう

もう釣られるなよ 

子孫を残せよ と微笑んで

川へと戻す

今では年に数回だけ
わずかな時を
山奥の 更に奥の

魚たちと遊んで頂き

満足する

解禁


さて
今年は雪も多かったが
どうやら
雪解けも早いらしい

すれば
渓流には今
雪代が流れ込んでおり

釣りにはちょいと
条件が良くないとも思いながら



僕の中で
人生を
最も楽しませてくれる遊びは
たぶん
これ
フライフィッシングで


これだけは

生涯

手放さない…


ただし

昨今の熊との件

今後

状況は

どう変わって行くのだろうか


主治医から
来週の水曜日を目安に
頑張りましょうと言われ
その水曜日に退院出来るとなれば
ちょうど今が半分で

この半分は
苦しかったなあと
振り返ってみるが

まだまだ
この痛みはあり
あと半分で
本当に帰れるのかと
不安にもなる



今朝
初めてその傷口を見れば
小さいながらも
こんなにもかと
その多さに愕然とした

その中でも
ヘソを使い
カメラを入れたそうな痕は

これってもしや
ヘソが無くなって
カエルにでもなったのかと
心配してみるが

治れば
また元通りだそうで
現代医学とは
少しでも
患者の負担を無くそうと
様々な手段を考えるもんだと

切ることなく
穴を開けるという
最小限の技術に感銘した

もちろん
直接そこを切れば
患部を見ながら
出来るはずの手術を

切ることで
身体への負担が増えて
治りも遅くなるからと

わずかな穴から忍ばせた
ロボットアームのような
遠隔操作での技術なのだろう

腹壁瘢痕


しかしね
生身の人間を扱い
また
生死までも直面するこの
若い外科医たち

技術は元より
その精神力に
アッパレ! と思う


ここから見える風景は
目の前の区役所と
その駐車場に停まる沢山の車

それと
時折 通る新幹線に
巨大なショッピングセンターと
教会のような結婚式場

そして
住宅展示場に
行き交う車と
多くの人々



そんな南向きの部屋からは
ベッドに横になっていても
時折 
飛び交う鳥たちの姿も見える

良いなあ
お前たちは飛べて と
つい思ってしまうが
口には出さない

明日はまた
その目の前の駐車場から
孫たちが手を振りに来るそうだ

そう
ここの面会は厳しく
子供は入れない

でも
偶然に南側の部屋の
それも窓際となり

入院した日も
雨の中
彼らは来てくれた

ありがとう
孫ってもんの有り難さに
改めて包まれている

後は
彼らの未来を
どれだけ見れるのかと思えば
更に生活を整えて
老いを遅らせねばならない

もしかすると
それもまたこのタイミングで
取り巻く見えない彼らの仕業かと
微笑んでみるが
分からない



入院から

5日目となり

早く帰りたいような


無理に帰っても

まだまだ

ダメなような…


身体を作るのは食事で

心を作るのも食事で

運をも食事は作るものだと

いつか

誰がが言ってたけれど…



こうして
日に3度
8時 12時 18時にと

間食もなく
正しく
病棟での常食だけを食べてみると
なるほど
これだけで足りているのかと
思えば

普段
ちょいと食べ過ぎているようにも
思えて来る

もっとも
ここでは大して動きもしないから
さほどカロリーも必要ないのだろう

それでも
術後の回復には
必要なだけ含まれているはずだから

退院しても
この程度で足りるのだろうと
食事を見直す時期なのかもしれない


退院したら
何が食べたいか? と
子供たちから訊かれ

ラーメン! って
即答してみたけれど

天ぷら蕎麦くらいに
しておこうかな…