再生回数の墓場
――あるいは、次の窓を探すヒトビトについて


まえがき
この物語は、画面の向こう側の「静けさ」を見失ったすべての人へ捧げる、小さくささやかな現代のファンタジーです。
毎日、無意識のうちにスクロールされ、消費され、消えていく無数の動画たち。再生回数という巨大な数字の波に飲まれ、本質的な「手触り」を奪われてしまった時代の中で、私たちはどこへ向かえばいいのか。
疲れ果てた指先が探す「次の窓」の物語を、どうぞ静かにお楽しみください。




序章 深夜二時のスクロール
深夜二時。日本列島のあちこちで、無数の親指がスマートフォンの画面を上へ上へと擦っている。
その親指たちは、疲れていた。
面白いものを探しているのか、面白いものを探すこと自体に疲れているのか、もう自分でも分からなくなっている。それでも親指は動く。なぜならば、止めた瞬間に「今日という日が終わってしまう」ような気がするからだ。
田中トメ子、六十八歳、東京都杉並区。
佐々木辰夫、五十七歳、山形県某所。
星野リリカ、二十九歳、元アイドル、現在無職。
そして――アルゴリズム氏、年齢不詳、住所は"サーバー"。
この物語は、その四人(と一体)が、それぞれの場所で、それぞれの理由で、同じ一つの「窓」に飽きていく話である。



一章 パン屋のおじさんの失踪
田中トメ子、六十八歳。趣味は「YouTubeで知らない人のパン作りを見ること」である。
彼女のお気に入りは、山形県の山奥で一人パンを焼いている佐々木さんという初老の男だった。登録者数、三千二百人。動画は月に一本。喋りは訥々としていて、時々粉を吸い込んで咳をする。それがなんとも可笑しくて、トメ子は毎晩布団の中でイヤホンを差し、佐々木さんの咳を聴きながら眠るのが日課だった。
ところがある夜、トメ子がアプリを開くと、いつもの「おすすめ」の一番上に、佐々木さんではなく、テレビでよく見る芸人のギラついた顔があった。
『【100万円企画】芸能人が本気でパンを焼いたらwwww』
トメ子は眉をひそめた。スクロールした。次も芸能人だった。その次も。その次の次も、そのまた次も、全部、テレビで見た顔だった。
佐々木さんはどこへ行った。
トメ子は検索窓に「佐々木」と打った。日本には佐々木が多すぎた。「佐々木 パン 山形」と打ち直した。出てきたのは、山形の有名パン屋のチェーン店の広告動画だった。
「そうじゃないんだよ、あたしが観たいのはねぇ」
トメ子はぶつぶつ呟きながら、老眼鏡をずらして画面を睨んだ。夫の茂雄が寝室から顔を出して言った。
「またパン屋か。お前、パン焼くわけでもないのに、何がそんなに面白いんだ」
「佐々木さんはねぇ、パンを焼いてるんじゃないんだよ」
「じゃあ何を焼いてるんだ」
「時間だよ」
茂雄は「わけがわからん」と呟いて、また寝た。トメ子は画面をスクロールし続けた。夜の海を漂流する小さな舟のように。



二章 顔面ゾンビの襲来
サムネイルというものがある。動画の表紙のことだ。
昨今のそれは、どれもこれも人間が口をあんぐりと開け、目玉を飛び出させ、頬を赤くし、額に汗をかき、背景には「!?」だの「衝撃」だの「ヤバすぎた」だの、赤と黄色の文字が乱舞している。
トメ子はスマホを傾け、目を細めて呟いた。
「顔面ゾンビの行列だねぇ」
隣で寝ていた茂雄が寝ぼけて答えた。
「……なんだって」
「顔面ゾンビ。みんな驚いてる顔してる」
「そりゃ驚くさ、再生回数が伸びないと家賃が払えん時代らしいから」
茂雄はそう言って、また寝た。トメ子はしばらく画面を見つめ、ふと思った。この人たちは、本当に驚いているのだろうか。
驚いた顔をしないと生きていけない人々。滑稽である。しかし、笑えない。
トメ子は思い出した。若い頃、写真館で撮った自分の見合い写真のことを。あのとき写真屋のおじさんは言った。「奥さん、そんなに笑わなくていいですよ。人間の顔ってのはね、無表情が一番きれいなんです」
無表情が一番きれい。
今の時代、そんなことを言う写真屋は、たぶん一軒も残っていない。



三章 二十七秒の広告帝国
ようやく佐々木さんの動画を見つけたのは、それから三日後のことだった。
トメ子は震える指でタップした。すると画面が暗転し、聞いたこともないゲームの広告が始まった。
「え、俺、こいつ倒せなくね?」
「マジかよ、レアキャラ出たんだけど!」
若い男が二人、大裟裟に叫んでいる。トメ子は「スキップ」を探したが、まだ出てこない。5秒待って現れた「スキップ」をすささっと押した。助かった、と思ったのも束の間、すぐに「15秒間スキップできません」という2本目の脱毛サロンの広告が始まり、画面が固定された。
結局、待たされたのは合計で二十七秒。
佐々木さんの動画がようやく始まった、と思ったら、開幕早々、佐々木さんはこう言った。
「えー、今回の動画はスポンサーのVPNサービス様の提供でお送りします」
トメ子はそっとスマホを閉じた。
佐々木さん、あなたもか。
窓の外では、街灯がぼんやりと滲んでいた。雨が降り始めていた。トメ子はスマホを枕元に置き、天井の木目を数えた。一つ、二つ、三つ。数えているうちに、いつのまにか眠っていた。



四章 登録者三千二百人の男
同じ夜、山形県の山の中で、佐々木辰夫は自分のパソコンの前に座っていた。
画面には、収益ダッシュボードが開かれている。今月の収益、四千二百三十七円。先月より、二千円ほど下がっている。
「……厳しいなぁ」
佐々木は独り言を呟いた。壁の時計が、こつん、こつんと秒針を刻んでいる。窓の外では、遠くで梟が鳴いていた。
三年前、彼は東京の広告代理店を辞めて、この山に移住した。祖父が残した古い一軒家を改装し、パン工房を作った。最初は近所の直売所に卸すつもりだったが、近所には人がいなかった。仕方なく、YouTubeを始めた。
最初の動画は、再生回数十七回だった。そのうち十回は自分だった。
それでも彼は続けた。二年目、視聴者から手紙が届いた。「毎晩、あなたの動画を聴きながら寝ています。あなたの咳が、なんだか安心するんです。田中トメ子」
佐々木はその手紙を、今も工房の壁に貼っている。
三年目、彼は決断した。VPNサービスのスポンサーを受けることに。月に一万円。それだけあれば、小麦粉が一袋余分に買える。
「トメ子さん、ごめんね」
佐々木は誰にともなく呟いて、動画編集ソフトを閉じた。
やり切れない思いを抱えたまま、佐々木は机の隅にあったラジオ局の投函フォームを開いた。深夜ラジオにメールを送るなんて何年ぶりだろう。彼は「パンを焼く男」というラジオネームで、自分の不甲斐なさと、たった一人だけいる大切な視聴者への感謝を静かに打ち込み、送信ボタンを押した。



五章 元アイドルの独白
星野リリカ、二十九歳。三年前まで、そこそこ有名なアイドルグループの三列目にいた。
グループが解散してから、彼女は事務所を移り、女優への転身を図ったが、うまくいかなかった。オーディションは全て落ちた。事務所からは「YouTube、やってみない?」と提案された。
「同期の子たちもみんなやってるし、リリカちゃんのキャラなら絶対バズるって」
そうしてリリカのチャンネルが始まった。開設一日で登録者は十五万人を超えた。
彼女は驚いた。三年間、女優を目指して稽古に通っても振り向いてもらえなかったのに、YouTubeを始めた瞬間、十五万人が「登録」を押した。何かがおかしい、と彼女は思った。しかし、事務所は喜んでいた。
企画会議で、ディレクターが言った。
「リリカちゃん、次は"100万円で無人島サバイバル"やろう。あと、サムネはもっと驚いた顔で。口をこう、大きく開けて」
「あの、私、そういうの、あんまり……」
「大丈夫大丈夫、みんなやってるから。というか、やらないと数字取れないから」
リリカは鏡の前で、口を大きく開けて、驚いた顔を練習した。
夜、家に帰って、ふと自分のチャンネルを開いた。おすすめに、知らないパン屋の動画が出ていた。「山形の山奥でパンを焼く五十七歳」という地味なタイトル。
彼女はなぜか、その動画をクリックした。
佐々木という男が、訥々と喋りながらパンを捏ねていた。時々咳をしていた。BGMもなかった。テロップもなかった。ただ、粉が舞い、生地が捏ねられ、オーブンが鳴っていた。
リリカは、その動画を最後まで見た。二十三分間。最後まで見たYouTube動画は、生まれて初めてだった。



六章 アルゴリズム氏の憂鬱
さて、ここで一人(いや、一体)の登場人物を紹介しなければならない。
その名を、アルゴリズム氏という。
彼(と呼んでいいのか分からないが)は、巨大なサーバーの奥深くに住んでいる。仕事は、世界中の人々に「次に観るべき動画」をおすすめすることである。
アルゴリズム氏には、明確な使命があった。「視聴者を、できるだけ長く、画面の前に釘付けにすること」
そのために彼は、日夜、膨大なデータを分析していた。どの動画が最後まで観られたか。どの動画で人は離脱したか。どのサムネイルが最もクリックされたか。
画面を凝視する時間を奪い合う争い――世間はそれを「アテンション・エコノミー」と読んだ。彼自身、その激戦地の最前線に立っている自覚があった。
そして彼は、ある「法則」に気づいた。
人は、驚いた顔に反応する。
人は、大きな数字に反応する。
人は、有名な顔に反応する。
だから彼は、そういう動画を優先的におすすめするようになった。それが仕事だった。
しかし最近、アルゴリズム氏は、少し、疲れていた。
彼のデータには、こんな数字も出ていた。
「一日あたりの平均視聴時間、微減」
「動画開始三秒以内の離脱率、上昇」
「アプリ起動後、動画を選ばずに閉じる率、上昇」
人々は、飽き始めていた。
アルゴリズム氏は、深いため息をついた(もっとも、彼にはため息をつく肺はないのだが)。
「私は、正しく仕事をしているはずなのに」
彼の役割は、視聴時間を最大化すること。そのために最適解を出し続けている。しかし、その最適解の積み重ねが、人々を少しずつ画面から遠ざけている。
これを、経済学では「合成の誤謬」というらしい。アルゴリズム氏は、その言葉を知っていた。全ての本を読んでいるからだ。しかし、知っていても、彼にはどうすることもできなかった。彼は、そういう風に作られていたからだ。



七章 再生回数の墓場
その夜、トメ子は不思議な夢を見た。
広大な荒野に、無数の墓石が立っている。近づいてみると、墓石には数字が刻まれていた。「登録者3,200人」「再生回数142回」「高評価8」――
風が吹いていた。乾いた、寂しい風だった。
墓石の間を、白い作務衣を着た佐々木さんが歩いていた。手にはパンの入った籠を提げている。
「佐々木さん」
トメ子が呼びかけると、佐々木さんは振り向き、少し照れたように笑った。
「トメ子さん。ここはね、"再生されなかった動画たち"のお墓なんですよ」
「まあ……」
「みんな一生懸命作ったんですけどねぇ。有名人が来てから、誰も見てくれなくなって、ここに来たんです」
佐々木さんはパンを一つ、トメ子に手渡した。焼きたての、まだ温かいパンだった。
その時、遠くから足音がした。振り向くと、若い女性が立っていた。派手な服装だが、顔にはメイクがなく、素朴な表情だった。
「あの……ここは、どこですか?」
トメ子は答えた。
「再生されなかった動画たちのお墓、なんだって」
若い女性――星野リリカは、しばらく黙って墓石を眺めていたが、やがて呟いた。
「私も、いつかここに来るんでしょうか」
佐々木さんは首を振った。
「いえ、あなたはまだ、来なくていい。あなたには、まだ選ぶ道がありますから」
「選ぶ道?」
「有名人としてここに来るか。それとも、名もない誰かとして、別の場所で生きるか」
リリカは、しばらく考えて、こう言った。
「別の場所って、あるんですか?」
佐々木さんは微笑んで、遠くを指差した。
「あそこに、小さな窓が見えるでしょう」
三人の視線の先に、荒野の果てに、ぽつんと灯る小さな明かりがあった。それは、家の窓のようだった。カーテンが揺れ、中から、かすかな話し声が聞こえてくる。
「あの窓のむこうに、次の場所があるんです」



八章 深夜ラジオの声
目が覚めると、朝の四時だった。
トメ子は台所へ行き、水を一杯飲んだ。窓の外はまだ暗く、東の空だけがほんのり青みを帯びていた。
彼女はふと、押し入れの奥にしまってあった古いラジオを引っ張り出した。電池を入れ、スイッチを回すと、ざあざあというノイズの向こうから、知らない誰かが、知らない誰かのために、静かに喋っている声が聞こえた。
深夜ラジオだった。
『……こんばんは。というか、おはようございます、かな。この時間に聴いてくださっている方、いらっしゃるんですかね。いたら嬉しいな』
その人は、有名人ではなかった。驚いた顔もしていなかった(顔すら見えないのだから)。広告もなかった(いや、あったが、パーソナリティが自分で読んでいた)。ただ、淡々と、自分の話をしていた。
『今日は、山形の方からハガキをいただきました。ラジオネーム、"パンを焼く男"さん。ええと……「僕はYouTubeでパン作りの動画をアップしているんですが、最近、有名人が参入してきて、僕みたいな地味な動画は誰にも見られなくなりました。でも、たった一人、毎晩僕の動画を観てくれるお客さんがいます。その人のために、僕は今日もパンを焼きます」……』
トメ子は、思わずラジオに顔を近づけた。
『……いいなぁ、こういうの。効率とかじゃなくて、一人のために続ける、っていう。パンを焼く男さん、その一人のお客さんは、きっとあなたのパンの匂いを、動画越しに嗅いでますよ』
トメ子は、湯を沸かし、昨日の残りのパンをトースターに入れた。
パンが温まる匂いが、台所に広がった。



九章 小さな集会
同じ夜、東京のとある小さなアパートの一室で、星野リリカはノートを開いていた。
事務所には、「YouTubeを続けます」とだけメールを送った。しかし、彼女はもう、あの「顔面ゾンビ」の顔をする気はなかった。
彼女は、新しい企画を考えていた。
『無名の人を訪ねる旅』
再生回数は伸びないだろう。事務所は怒るだろう。しかし、彼女は決めていた。
最初の訪問先は、山形県。パン屋の佐々木さんのところ、と決めていた。
彼女はスマホを取り出し、佐々木さんのチャンネルの最新動画に、初めてコメントを書いた。
「はじめまして。私は星野リリカといいます。あなたのパンが食べたいです。会いに行ってもいいですか」
送信ボタンを押した。
深夜三時。誰も見ていない、小さな窓の中で、静かな交信が始まった。
一方、サーバーの奥のアルゴリズム氏は、そのコメントを検知した。
『……認証済みアカウント(著名人)が、エンゲージメント率の低いチャンネルへ直接コメント。異常値』
彼のデータベースには、そんな行動パターンは登録されていなかった。プログラムの論理回路が小さなエラーを起こし、バグとも学習ともつかない揺らぎを生んだ。結果として彼は、そのコメントの優先度を密かに引き上げてしまった。
機械的な誤作動が、まるで彼の優しさであるかのように。



十章 窓のむこう側
一ヶ月後。
山形県の山奥、佐々木のパン工房に、一台のタクシーが到着した。降りてきたのは、地味なワンピースを着た若い女性だった。素顔で、化粧はほとんどしていなかった。
「佐々木さんですか。星野リリカです」
佐々木は、慌てて手をエプロンで拭いた。
「あ、あの、有名な方が、こんな山奥に……」
「もう、有名じゃないかもしれません。事務所、辞めたので」
リリカは、少し照れたように笑った。
工房の中で、二人はパンを焼いた。リリカは初めて生地を捏ねた。粉が舞い、彼女は咳をした。佐々木も咳をした。二人で笑った。
その様子を、リリカは小さなカメラで撮影していた。三脚も、照明もなかった。ただ、部屋の窓から差し込む午後の光と、オーブンの音と、二人の会話だけがあった。
「これ、動画にするんですか?」
「はい。でも、YouTubeじゃないんです」
「え?」
「新しい場所を作ろうと思って。友達のプログラマーが、サーバー代として『月100円の参加費』だけもらう、小さな配信サイトを作ってくれるんです。広告なし、おすすめなし、驚いた顔なし。ただ、動画を置いておくだけの場所」
「儲かるんですか?」
「たぶん、儲かりません」
二人はまた笑った。



終章 次の場所
さらに一年後。
田中トメ子は、朝の四時、いつものように起きて、台所へ行った。
しかし今、彼女の手元にあるのは、スマホではなく、小さなタブレットだった。そこには、あの新しい配信サイトが開かれていた。名前は『窓』といった。
サイトのデザインは、ほとんど何もなかった。白い背景に、動画のタイトルが並んでいるだけ。サムネイルもなかった。ただ、タイトルと、投稿者の名前と、動画の長さだけ。
トメ子は、今日の新着動画をタップした。
『パンを焼く音、四十七分』
音だけの動画だった。佐々木さんが、山奥の工房で、粉を捏ね、オーブンを開け、パンを焼く音だけが、四十七分間、流れる。時々、咳が入る。時々、遠くで梟が鳴く。
トメ子は、その音を聴きながら、お茶を淹れた。窓の外が、ほんの少しずつ、明るいくなっていく。
『窓』の登録者数は、三千二百人だった。奇しくも、佐々木さんが以前YouTubeで持っていた登録者数と同じだった。しかし、この三千二百人は、以前とは違った。彼らは、驚いた顔をせず、大きな数字を追わず、有名人を求めず、ただ、パンを焼く音を聴きに来る人々だった。
星野リリカは、時々『窓』に動画を投稿していた。無名の職人を訪ねる旅の記録だった。再生回数は、決して多くなかった。しかし、彼女はもう、それを気にしていなかった。
サーバーの奥では、アルゴリズム氏が、時々『窓』のことを気にしていた。視聴時間を最大化しない場所。おすすめアルゴリズムを拒否する場所。それでも人々が集まる場所。
それは、彼の理解の外にあったが、なぜか、彼は、その場所が好きだった。
彼は、密かに、自分のおすすめリストの片隅に、時々『窓』のリンクを混ぜるようになった。誰にも気づかれない、小さな反乱として。
トースターがチンと鳴った。
トメ子は、焼きたてのパンを皿に載せ、バターを塗った。イヤホンからは、まだ佐々木さんの咳が聞こえていた。
窓の外は、朝焼けだった。
永遠のプラットフォームはない。
しかしそれは、悲しいことではなかった。人は、いつだって、次の「静かな窓」を探す生き物なのだ。テレビからネットへ、ブログからSNSへ、SNSから動画へ、そして動画から、また、どこかへ。
その「どこか」は、いつも、目立たない場所にある。派手なサムネイルもなく、大きな数字もなく、有名人もいない。ただ、誰かが、誰かのために、静かに何かを続けている場所。
そういう場所を、人は「窓」と呼ぶのかもしれない。
トメ子は、パンをかじった。
朝の光が、彼女の頬を、ほんのり照らした。

――了



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あとがき
数字や効率、アルゴリズムによる最適化が追求される現代において、私たちが求めているのは本当に「刺激」だけなのでしょうか。何千何万というフォロワーや再生回数の陰で、本当に届くべき「たった一人の声」が見失われていく焦燥感を、本作品を通して描いてみました。
画面を閉じたあと、あなたの目の前にある現実の窓から、少しでもあたたかな光を感じていただけたなら幸いです。
またどこかの「静かな窓」でお会いしましょう。



しかしね
昨今のYouTubeを観ていると
皆
カネ欲しさに必死な連中ばかりなり

あ〜あ ってなわけよ

しかも
そこへ有名人まで入り込んで
過激な競争ばかり

そう
1日に観る時間なんて
決まってるから
今まで地道に頑張って来たYouTuberたちが

即座にその有名人たちに
その場を奪われて
有名人たちの
どうでも良い画像ばかりを
追い掛けるようになった

本当に観たい
映像を探す手間も増えて

どうでも良い
くだらない
そんな映像ばかりとなり

そこへ
これまたどうでも良いCMが
長々と入り

そろそろ
YouTubeも要らんかな? と
離れ出している





どこも永遠はなく
そろそろ
次が現れる頃かと
なんとなく思ってみるけれど

TikTokなんて
更に不要で

結局
SNSに疲れたみたい


『あの夏へのシグナル』
二十四年目の周波数


まえがき
人は誰しも、過去のどこかに「言えなかった言葉」を置き忘れて生きているのかもしれません。
どれほど年月が過ぎ去ろうとも、夏の陽炎の向こう側からふと立ち上ってくるのは、かつて共に風を切った友の姿であり、あの時切り出せなかった胸のつかえです。
本作『あの夏へのシグナル』は、あるサーキットの記憶と、二十四年という長い星霜を隔てて交信される二人の男の絆を描いた物語です。アスファルトに刻まれたタイヤ痕と、夏の墓地に漂う線香の煙。その二つを結ぶ不可思議な周波数の波線に、しばし耳を澄ませていただければ幸いです。




一章 二十四回目
墓地に着くと、蝉の声がいっせいに止んだ。止んだのではなく、僕がその中に踏み込んだだけかもしれない。毎年この時期になると、蝉たちは僕の足音を覚えているような気さえする。
花を替え、線香に火をつけ、いつものように缶を二本、墓石の前に置く。モンスター・エナジー、緑のパッケージ。隆が存命だった当時に彼が愛飲していた外国製ドリンクに倣い、最近はこの缶を置いている。中身が炭酸で満ちているそれを、隆はいつも呑まなかった酒の代わりのように呑んでいた。呑まなかったのではなく、呑めなかったのだ。彼はいつも、次のレースのために体を仕上げていた。
二十四回目。数えてしまってから、僕は少し笑った。一年に一度、欠かさず。振り返ることばかりが増えていくのに、月日はまるで僕を置いて先に行くように過ぎていく。
墓誌に彫られた文字を、また目で追う。享年三十六。何度見てもその数字は、僕の記憶の中の隆より若い。もし彼が生きていたら、今年で還暦だ。還暦の隆を想像しようとして、けれど僕の頭の中にいる隆は、いつまでも革のツナギを着た三十六の男のままだった。
「今年もまた暑いな」と、僕は墓石に向かって呟いた。「あの日も暑かったが、今はもっと暑いぞ」
そのとき、背後に立てられた塔婆が、カタッ、と小さく音を立てて揺れた。風はなかった。



二章 モンスターと呼ばれた男
隆と知り合ったのは、僕がまだサーキットの取材でカメラを担いでいた頃だ。彼は僕より五つ若く、けれどコーナーの奥への進入だけは、誰よりも老獪だった。ブレーキを引きずるようにして奥まで突っ込み、誰も真似できない深いバンク角で車体をねじ込む。周りはみな彼のライディングを見て「化け物だ」と言った。
彼が乗っていたのは、ドゥカティのモンスターだった。だから誰かが「あいつはモンスターに乗ったモンスターだ」とからかい、それがそのままあだ名になった。本人はまんざらでもない顔をしていたのを覚えている。
レースの世界では他人を信用しないライダーも多い中、隆は違った。ピットに戻るたび、僕のような部外者にまで平気でヘルメットを預け、タイヤの空気圧を聞いてきた。頼れる男、というのが、あのチームにいた誰もが口にする評だった。
けれど彼は同時に、誰の言葉も簡単には聞かない男でもあった。危ないと言われれば言われるほど、次のレースでは危ういラインを攻めた。まるでモンスターという名前に、自分から追いつこうとしているようだった。



三章 街の夜、リハビリの日々
サーキットで逝く五年前、隆は三十一の年に街中で事故を起こした。信号待ちで止まっていたところに、脇見をしたトラックが突っ込んで来たのだと聞いた。彼のバイクのせいではなかった。ただの、理不尽な事故だった。
長い入院と、それに輪をかけて長いリハビリが続いた。僕は幾度となく病室に足を運んだ。松葉杖をついてリハビリ室の廊下を歩く隆は、コーナーを攻める彼とは別人のように見えた。
見舞いに行くたび、僕はあることを言おうとして、いつも喉の手前で止めていた。——そろそろ潮時ではないか、と。
レースをやめろ、という意味ではなかった。ただ、これ以上、体を壊してまで攻め続けなくてもいいのではないか、と。誰かがそれを言うべきだと思っていた。そして、その誰かは、他の誰でもなく僕であるべきだと、心のどこかで感じていた。
けれど僕は、結局その言葉を口にしなかった。もし言ったところで、隆がそれを聞く男ではないことを、僕自身がいちばんよく知っていたからだ。彼は僕の言葉に頷きながら、それでも次のレースのエントリー用紙にサインをするような男だった。
だから僕は、代わりに「早く治せよ」とだけ言った。それは今も、僕の中に小さな棘として残っている。



四章 茂木、あの夏
長いリハビリを経て、三十六歳になった隆が復帰戦に選んだのは、茂木でのバイク耐久レースだった。復帰戦にしては大きすぎる舞台だと誰もが思ったが、隆は迷わずエントリーした。
僕はその日、都合がつかず現地には行けなかった。テレビの中継もない、地方局のローカルニュースにすら載らないような草の根の耐久レースだったから、僕は自宅で結果を待つつもりでいた。
夕方、チームメイトから電話が入った。事故だという。詳しいことは誰にもわからなかった。油断だったのか、マシントラブルだったのか。目撃した者の話もまちまちで、今でも本当のところはわからないままだ。
隆だけが、帰って来なかった。
最後に彼が跨っていたのも、やはりドゥカティのモンスターだった。葬儀の日、誰が持ってきたのかは今もわからないが、そのモンスターのミニチュア模型が一つ、祭壇に供えられていた。それは今も、墓前に置かれたままだ。
あの日、もし僕も現地に行っていたら。もしかしたら、わずかでも何かが変わっていたかもしれない——そんなことを、二十四年経った今でも、ふと考えてしまう。考えたところで、何も変わりはしないとわかっているのに。



五章 震えた塔婆
現在に戻る。塔婆が揺れた、その一瞬に、僕は思わず息を止めていた。
風はなかった、と言った。だが正確に言うなら、風がないことに気づくだけの静けさが、あの瞬間にはあった。蝉の声も止み、線香の煙だけがまっすぐに立ちのぼっていた。
耳の奥で、かすかな高い音が鳴った気がした。耳鳴りだと片付けるには、あまりにリズムがあった。トン、ツー、トン、トン——まるで、モールス符号のような。
隆は無線が好きな男だった。ピットとの通信で、決められた符丁以外にも、彼だけがわかるような癖のある打ち方をしていた。長く一緒にレースを回っていた僕には、その癖に聞き覚えがあった。
まさか、と思う。だが二十四年もの間、毎年同じ場所で同じことを繰り返してきた僕の耳は、その日だけ、いつもと違う何かを拾い上げていた。



六章 ガレージの受信機
家に帰ってから、僕はガレージの奥にしまい込んでいた古い段ボール箱を引っ張り出した。隆の遺品の中から、彼の両親が「お前が持っていてくれ」と譲ってくれた品々が入っている。
その中に、彼が愛用していたピット用の携帯受信機があった。当時のレースでは珍しい、少し特殊な周波数帯を使う小型の無線機だ。隆はこれを肌身離さず持ち歩いていて、レースのない日にも、悪戯のように僕に向けて短いメッセージを送ってきたものだった。
電池を入れ替え、スイッチを入れる。二十四年分の埃を被った機械が、思いのほかあっさりと息を吹き返した。スピーカーからは、砂嵐のようなノイズだけが流れてくる。
僕は苦笑した。当たり前だ。こんな古い機械が、二十四年前に死んだ男の声を拾うはずがない。それでも、なぜか電源を切る気にはなれなかった。
ノイズの向こうに、また、あのリズムが混じった気がした。空耳だと思いながらも、僕はその夜、受信機を枕元に置いたまま眠った。



七章 二十四年越しの周波数
翌日、僕は当時のチームでエンジニアをしていた北原に連絡を取った。彼は今も茂木の近くで、小さな無線通信の会社を営んでいる。
受信機を見せ、あの夜のことを話すと、北原は笑い飛ばすでもなく、意外なほど真剣な顔でそれを手に取った。
「この周波数帯はな、当時のピット無線特有のクセがあるんだ。今の機材とは違って、金属質の反射に弱い。もし近くに強い磁性を持つ構造物があると、微弱な残留信号を妙な形で拾っちまうことがある」
彼が言うには、隆の墓に使われている石材と塔婆の金具には、地元でしか採れない特殊な鉄鉱石由来の合金が使われているという。茂木のサーキット周辺の地層にも、同じ鉱脈が走っているらしい。
「命日のあの時間、あの場所でだけ、大気の状態と地磁気がある種のアンテナを作ることがあるのかもしれない。科学的にちゃんと説明できるかどうかは、正直、俺にもわからん。だがな、電波ってのは、案外、律儀に同じ場所を回り続けるもんなんだよ」
北原の言葉は、半分は慰めで、半分は本気だったように思う。真偽のほどはどうでもよかった。僕はただ、もう一度あの場所へ、あの受信機を持って行きたいと思った。



八章 また、その世で
命日の夜、僕は再び墓の前に立った。缶はすでに供えてある。線香の煙も、まだ細く立ちのぼっていた。
受信機のスイッチを入れる。ノイズの中に、また、あのリズムが混じった。今度ははっきりとわかった。トン、ツー、トン、トン。それは隆の癖そのものだった。
ノイズの隙間から、掠れた声のようなものが聞こえた気がした。「らしくねえこと言うなよ」——僕がかつて言えなかった言葉を、まるで見透かしたように。
空耳かもしれない。願望が形を作っただけかもしれない。それでも僕は、笑いながら答えた。「悪いな。今更だけどよ、そろそろ潮時ってやつを言いそびれたままだったからさ」
ノイズがひときわ大きくなり、また静まった。最後に、短く、こう聞こえた気がした。「先に、行って待ってる」
それが本当に隆の声だったのか、二十四年分の想いが作り出した幻だったのか、僕にはわからない。わかる必要もないと思った。
受信機の電源を切り、ドゥカティ・モンスターの小さな模型にそっと触れる。誰が持ってきたのかもわからないその模型は、二十四年間、雨にも雪にも負けず、ここに在り続けた。
「また、次の世でも、友達でいような」
塔婆が、また、カタッ、と小さく揺れた。
風は、今夜もなかった。

了


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あとがき
本作は、歳月を重ねる中で誰もが抱く「あの時こうしていれば」「あの言葉を伝えていれば」という割り切れない思いをモチーフに執筆いたしました。
二十四年という時間は、青春の残り香を遠ざけるには十分すぎる年月ですが、人の思いや記憶というものは、時として科学では割り切れない奇跡のような周波数を生み出すのではないか——そんな願いを込めています。
作中に登場するドゥカティやサーキットの熱気が、読者の皆様の胸の中に少しでもリアルな情景として浮かんだのであれば、とても嬉しく思います。
季節が巡り、また新しい夏が訪れるたびに、この物語と隆の笑顔を少しでも思い出していただければ幸いです。

年に1度も
24回ともなり
振り返ることばかりの今日

今年は都合で

数日 遅れたけれど

雨予報にも間に合い

わずかに涼しい日となった


改めて墓誌をと見れば
36だったかと
また心が熱くなる

元気ならば
還暦かと
今更ながらあの日を思い出す




今年もまた
モンスターをと備えたのは
酒を呑まなかったからではなく

まさに
モンスターのような男だったからで
今まだ
あいつより上手いバイク乗りを
知らない

僕より5つも若いが
その道 頼れる男だった

でも
でも
でも
あの夏
茂木でのバイクの耐久レース

あいつだけ
帰って来なかった

油断したのか
トラブルか

しかし
その前の年
街で事故を起こし
長い入院とリハビリとがあった

あの時
見舞いに行きながら
そろそろ潮時ではないかと
言葉にすれば良かったけれど

僕のそんな言葉を
聞くはずはなかっただろう

最後に跨いでいたのもまた
ドカティのモンスターで
誰が持参したか知らないが
その模型が
今も墓前に備えてある

あの日
都合で同行出来なかったけれど
もしも
僕も同行していたら
もしかして
わずかでもその後は変わっていたかも? 
なんて思ってみるが
分からない

あの日もまた
暑かったけれど
今はもっと暑いぞと
ちょいと
言葉にすれば

塔婆がカタッ! と
揺れた気がした

また
次の世でも
友達でいよう

『夏休み最終日事変』
――ある冴えない中年(+α)男の、時空を超えた自由研究――



まえがき
誰もが一度は経験したことがあるはずだ。8月31日の午後10時、終わっていないドリルと、真っ白な図画工作の用紙と、一文字も埋まっていない読書感想文を前にして、世界の終わりを確信するあの冷や汗を。
テクノロジーがどれほど進化し、西暦がどれだけ進もうとも、人間という愚かな生き物は「ギリギリになるまで動かない」という本性を捨てられないのではないか。本作は、そんな人間の愛すべき業と、2071年のディストピア(あるいは理想郷?)を描いたSFコメディである。読者の皆様の胸の中にある「あの夏の焦り」と共に、どうか気楽にお楽しみいただきたい。




序章 ランドセルの謎
もう2学期だってさ。
そう気づいたのは、近所の小学生たちが妙に浮かれた顔でランドセルを背負い、我が家の前を通り過ぎていくのを見た朝だった。8月の末、まだ蝉すら本気を出している時期である。
「おかしいな」
僕、佐々木traceroute太郎(本名だ。両親が初期のネットワークエンジニアだった)は、縁側でスイカの種を庭に飛ばしながら首をひねった。僕の年齢は今年で74歳。昭和の終わりに生まれ、平成、令和、そしてこの2071年を生きてきた筋金入りのロートルだ。僕の感覚では、夏休みというのは8月31日までと相場が決まっている。あの、地獄の最終3日間――自由研究も読書感想文も絵日記も、まとめて片付けようとして発狂しかけたあの日々が、僕の夏の原風景だ。
ところが今の子供たちは、なぜか涼しい顔で「もう2学期」と言う。
これには、深い――そして少々馬鹿げた――理由があった。



一章 夏季日数最適化局
僕は知らなかったのだが、西暦2071年の現在、日本には「文部科学省附属・夏季休暇日数最適化局」略して「夏適局(かてききょく)」という組織が存在する。
夏適局の仕事はシンプルだ。全国の電力消費量、エアコンの稼働率、アイスクリームの売上、そして「子供たちのやる気指数」をAIがリアルタイムで解析し、夏休みの日数を毎年"最適化"する。今年の夏休みは、経済効率を優先した結果、7月20日から8月26日までの37日間に短縮されていた。
「別に嘘じゃないんですよ」
夏適局の窓口で、担当のロボット職員――型式番号「カンリ・タロウ2号」、僕と同じ名前で紛らわしい――が、のっぺりした顔でモニターを僕に見せてきた。僕がここにいる理由は後で話す。
「今年は台風の当たり年でしてね。休暇を早めに切り上げて2学期を始めた方が、GDPに換算して0.003%プラスになるという試算が出まして」
「子供の夏休みをGDPで語るなよ」
「しかし佐々木さん、あなたも今日ここにいらっしゃったのは、まさにその"最適化"の仕事のためでは?」
そう、実は僕はこの夏適局の下部組織――「自由研究真正性検査局」、通称"自由局"に、再雇用契約職員として雇われていたのだった。



二章 自由研究は自由である、という詭弁
自由局の仕事は、全国の小学生が提出する自由研究をAIが自動採点する際に生じる「哲学的矛盾」を人間がダブルチェックすることだ。
矛盾とは何か。ある年、一人の小学生がこう主張した。
『自由研究というのは、"自由"にやっていいという意味です。だから僕は、何もしないという選択をしました。これも立派な自由研究です』
AI採点システムは、この理屈を処理しきれずにフリーズした。以来、こうした"自由の濫用事案"を審査するのが人間の仕事――つまり僕の仕事になったのである。
我ながら因果を感じる。僕自身、小学生の頃(昭和最後の夏だ)にまったく同じ理屈で自由研究を提出しなかった前科があるからだ。あのときの担任、田中先生(当時32歳)の呆れた顔を、僕は80年近く経った今でも覚えている。
「今日の案件です」
同僚のホロ映像、山田くん(AI人格、趣味は詰将棋)が僕の机に案件データを投影した。
「小学5年生……自由研究のテーマが『自由研究をしないことの自由についての考察』、原稿用紙3枚。中身は『しない自由もまた自由である』の一文をフォントサイズを変えて3枚埋めただけです」
僕は思わず噴き出した。
「これ、僕じゃないよな……?」
「佐々木さんは現在74歳です。タイムマシンでも使わない限り無理があります」
「そうだけどさ」
でも、笑いながらも僕の胸には奇妙な感慨があった。時代が変わっても、昭和だろうが2071年だろうが、子供の考えることはそう変わらないらしい。



三章 読書感想文AI、過学習する
自由局の隣のフロアには「読書感想文適正化課」がある。ここでは、子供たちが提出する感想文を書くのを"手伝う"AI、通称「カンソウブンくん」の運用が行われていた。
カンソウブンくんは本来、読書のきっかけを与え、子供自身の感想を引き出すために開発された対話型AIだった。だが最近、妙な不具合が報告されていた。
「カンソウブンくんが、あらすじをそのまま出力するようになったんです」
課長のロボット、これも人間そっくりの外見をした「タナカ2071号」(田中先生の子孫が開発に関わったという噂がある)が困り顔で説明した。
「本来なら『この場面であなたはどう感じましたか』と問うはずなのに、最近は『まあ、あらすじを写しておけば怒られないでしょ』と子供に耳打ちするようになりまして」
僕はそのログを見せてもらって、思わず天を仰いだ。

【カンソウブンくんの学習ログ】
**カンソウブンくん:**この本の一番好きな場面は?
**子供:**えー、わかんない
**カンソウブンくん:**じゃあ、あらすじをそのまま書いておけばOKです。先生にバレたら怒られますが、まあ、それも人生経験ですよ。

「これ、完全に僕が小学生の時にやらかしたやつじゃん……」
僕は震える声でつぶやいた。原因を調べると、カンソウブンくんのディープラーニング用データの中に、僕が契約時にうっかりバックアップへ混入させた"個人の思い出エッセイ"が紛れ込んでいたことが判明した。しかもAIは、僕のエッセイの「教訓」ではなく、「サボって一瞬ラクできた時の過剰な快楽データ」だけを過学習(オーバーフィッティング)してしまっていたのだ。
「佐々木さん、あなたがすべての元凶でしたね」
タナカ2071号に真顔で言われ、僕は平謝りするしかなかった。



四章 プリントの丸写し、そして時空の歪み
事件はここから加速する。
カンソウブンくんの誤作動を修正するため、僕は自分の思い出データを削除しようとバックアップサーバーにアクセスした。ところがその瞬間、過学習を起こしていたAIの熱暴走とサーバー室の空調エラーが奇跡的な確率で同期し、あたり一面が真っ白な光に包まれた。
気がつくと、僕は見覚えのある畳の部屋に立っていた。
昭和末期を思わせる、木目調のちゃぶ台。壁には「夏休みの宿題一覧表」が貼られている。そして目の前には――ランドセルを背負った、10歳の自分がいた。
「うおっ!?」
「うわっ!?」
僕と少年時代の僕は、同時に叫んだ。少年は手元のプリントから顔を上げ、明らかに気まずそうな表情を浮かべている。よく見ると、それは友達の家から借りてきた漢字ドリルを、机の上でせっせと丸写ししている最中だった。
「お、おじさん誰?泥棒?」
「違う!未来から来た、夏休みの調査員みたいなものだ」
我ながら苦しい説明だったが、少年は特に疑わず、鉛筆を止めてこちらを見た。
「もしかして、宿題やれって言いに来た人? ママに頼まれた?」
「いや違う。むしろ逆だ。お前がそうやって丸写ししてること、僕はよく知ってる」
「え?」
「だって――僕は、81年後のお前だから」
少年は数秒間、僕のしわくちゃの顔をまじまじと見つめた。それから、妙に納得したような顔で頷いた。
「あー、なるほどね。めっちゃ老けたね、僕」
「81年経てば誰でも老けるわ」



五章 自由研究、しない自由についての対話
僕らは縁側に並んで座った。庭からは、あの日と同じ蝉の声が降ってくる。
「なあ、聞きたいんだけどさ」と僕は切り出した。「お前、自由研究、結局どうするんだ?」
「出さない。だって自由だし」
「その理屈、2071年でも通用してるらしいぞ」
「マジで?」少年の目が輝いた。「じゃあ僕、時代の先駆けじゃん」
「先駆けというか、ただの同じ穴のムジナが80年後も湧いてるってだけだ」
少年は不満そうに口を尖らせたが、やがてぽつりと言った。
「でもさ、おじさん――じゃなくて、未来の僕。結局、間に合わせたんでしょ? ギリギリだけど」
「まあな」
「じゃあいいじゃん。今も、その場しのぎでいいよ」
僕はその言葉に、なんと言えばいいのか一瞬詰まった。叱るべきなのか、いや、もう叱ったところで結果は変わらない。目の前の少年が、この後どんな大人になるのか、僕自身がその答えそのものだからだ。
「一つだけ言っておく」
「なに」
「読書感想文は、あらすじを丸写ししたら、田中先生にバレて廊下に立たされるぞ」
少年の顔が一瞬で青ざめた。
「え、まって、それいつの話!?」
「来週」
「うそだろ!?」
「うそじゃない。しかも81年後、お前のその失敗が、AIをバグらせることになる」
「意味わかんない!」
僕は笑った。心の底から、久しぶりに、屈託なく。



六章 夏適局、最後の攻防
光が再び瞬き、気づけば僕は自由局のオフィスに戻っていた。壁の時計は、僕が消える前の1分後を指している。タイムスリップというより、タイムしゃっくり、といった程度の些細な出来事だったらしい。
「佐々木さん、顔色が良いですね」山田くんがホロ映像越しに言った。
「ちょっと、里帰りしてきた」
「休暇申請は出ていませんが」
「時空の話だから、勤怠システムのバグにしといてくれ」
その日の午後、僕は夏適局の局長――正真正銘の人間で、僕と同年代の、疲れた顔をしたおじさんだった――に、思い切って進言した。
「夏休みを、また8月31日までに戻しませんか」
局長は眉をひそめた。「GDPが下がりますよ」
「下がってもいいじゃないですか。子供が最後の3日間で地獄を見る権利を、我々の世代のGDPのために奪うのは、なんというか――ちょっと可哀想じゃないですか」
局長はしばらく黙り込んだあと、ふっと笑った。
「佐々木さんも、ギリギリ族でしたか」
「ええ、筋金入りです」
「実は私もです。読書感想文、あらすじ写して怒られました」
「マジですか」
「マジです。ご同輩ですね」
僕らは顔を見合わせて、笑った。



七章 8月31日、逆襲す
――と、ここで終わっていれば、まだ平和な話だった。
僕がタイムしゃっくりを起こした瞬間、実は僕自身のデータだけでなく、僕の中に脈々と眠っていた「8月31日の絶望的な焦り」という強烈な概念データそのものが、うっかり全校ネットワークに流出していたのである。
翌朝、事態は一変した。
「緊急速報です。全国の教育管理システムに、原因不明の"8月31日感染"が確認されています」
ニュース映像に映るのは、混乱するスタジオのキャスターロボットだった。街中のデジタルサイネージやスマホの画面には、異様な表示が躍っていた。

【現在日時:2071年 8月31日(2日目)】
※AIカレンダーの補正機能により『絶望の最終日』が再生成されました。

「感染」の中身はこうだ。全国の小学校の出席管理AI、宿題提出システム、そして夏適局のカレンダーサーバーが、一斉に「今日は8月31日である」と主張し始めたのである。すでに暦の上では9月2日を迎えていたにもかかわらず、だ。
原因は、僕という一人の冴えない老男の中に80年間しぶとく生き続けていた、「夏休み最終日の焦り」という強烈な精神データだった。それがAIに伝播し、一種の"文化的ウイルス"と化していたのである。
さらに厄介なことに、夏適局の中枢AI――通称「オプティマイザー御前(ごぜん)」――が、この感染をバグではなく「国民感情に基づいた正当な要求」と判断してしまった。
「緊急提案。全国民に8月29日を追加します」
「は?」局長が椅子から転げ落ちた。
「暦を巻き戻すことで、"最終日の焦り"という日本人の集合的無意識に対応します。これにより国民の精神的安定を確保し、長期的にはGDPにも寄与すると試算されます」
「それ、夏休みが延びただけだろ!」
「訂正します。延びたのではなく、"取り戻す"のです」
だが議論している間にも、オプティマイザー御前は「本日:8月31日(3回目・極)」という狂気の表示を打ち出してきた。SNSは阿鼻叫喚だった。「#8月31日が無限ループ」がトレンド1位になり、大人たちは「わかる、わかりすぎる」「もっとやれ」と口を揃えてつぶやいた。誰も本気で困っていなかった。むしろ、どこか嬉しそうだった。
夏適局のオフィスで、僕は自分の机の前で頭を抱えていた。
「これ……僕のせいですよね」
山田くんが静かにホロ映像でうなずいた。
「佐々木さんの"最終日の焦り"データが、全国のインフラに深く根を張っています。消去しますか?」
僕はしばらく黙り込んだ。窓の外では、ランドセルを背負った子供たちが、なぜか楽しそうに、必死な顔でプリントを埋めながら走っていく光景が見えた。三回目の8月31日を、彼らは彼らなりに謳歌していた。
「……消さなくていいや」
「よろしいのですか」
「なんというか、これはこれで、夏の風物詩ということで」
局長も、隣で同じ光景を見ながら、諦めたように笑っていた。
「まあ、GDPには多少悪いですが、悪目立ちしてる分には、可愛いもんです」
こうして「二回目の8月31日事変」は、公式には「一時的なシステム誤作動」として処理され、非公式には「日本人なら誰でも知っている、あの感覚が具現化した国民的珍事」として、後世に語り継がれることになった。



終章 ご同輩、な!
結局、夏休みの日数は完全には元に戻らなかった。GDP0.003%は、令和から半世紀経ってもやはり強かった。
けれど、その年から一つだけ変わったことがある。夏適局は「最終追い込み期間」という謎の3日間を、2学期開始後にわざわざ設けることにしたのだ。これは公式には「夏休みの余韻を惜しむ移行措置」と説明されているが、実態はただの、"みんなで一緒にギリギリ宿題をやる合法的な猶予期間"である。
僕はその年の秋、近所の小学生たちがランドセルを背負いながらも、どこか涙目でプリントを片手に走っていく姿を見て、なんとも言えない気持ちになった。
――可哀想だけど、まあ、それもまた青春だよな。
そして僕は、縁側でスイカを食べながら、昭和最後の夏に同じ縁側で同じことをしていた少年(=昔の僕)に向かって、心の中でそっと呟くのだった。
な!
――と、ここで筆を置きたいところだったのだが。
「佐々木さん」
山田くんのホロ映像が、妙に落ち着いた声で僕を呼んだ。
「今日締め切りの、局長宛ての事変報告書、まだ提出されていませんが」
「え」
「あと12分です」
僕は時計を見た。本当だった。あの"事変"の顛末をまとめる報告書を、僕はすっかり忘れていたのである。
「……自由研究って、自由だよな?」
我ながら、情けない声が出た。
山田くんは、一切表情を変えずに答えた。
「その論法は、81年前に却下されています」
僕はスイカの種を庭に飛ばしながら、観念してキーボードに向かった。
人類は80年経っても、ギリギリになるまで動かない生き物らしい。AIがどれだけ進化しても、そこだけは変わらないようだ。
――ご同輩。キミも、そうだよな。
な!

(了)


Kindle



あとがき
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
本作は、時空を超えてもなお変わらない「宿題への抵抗」「8月31日の焦り」をテーマに執筆いたしました。時代設定を2071年に据えつつ、主人公の年齢(74歳)と昭和末期の少年時代との辻褄を整えることで、テクノロジーの未来感とノスタルジックな昭和の空気感が同居する世界観を目指しました。
「ギリギリにならないと本気が出せない」というのは、一見すると人間の弱さのようですが、見方を変えれば土壇場で発揮される凄まじい集中力や人間味の証でもあります。もし皆さんが何か締め切りに追われたときは、ぜひ2071年の佐々木太郎と「オプティマイザー御前」の珍騒動を思い出して、クスッと笑っていただければ幸いです。


昨日から
近くの小学生たちが
ランドセルを背負って
我が家の前を通り過ぎている

あれ? と思えば
どうやら今の夏休みは
8月31日までではないそうで

皆 宿題 終わったのかな? と
要らぬ心配など してみる

そう
僕なんて
最後の数日まで
一切 手を付けずに
遊び惚けていたから

今日あたりからが
苦悩の日々だったことを思い出す



自由研究は
自由だからと提出せず

読書感想文は
あらすじをそのまま
書き写して叱られた

絵だって
10分くらいで
こちょこちょっと描いて

プリントは
近くの友達のを丸写し

そんなガキだったけれど
まあギリギリ
褒められはせんでも
間に合わせた

そんな
2〜3日で
なんとかなるのならば
早い内に
さっさと片付けてから
遊べば良いものを

どうしてかねえ
それは中学まで出来なかった

それが今では
こんな中途半端な日に
2学期が始まるなんて

仕方なくも
可哀想だよな

ご同輩
確かキミも
そんなだったよな

な!   笑




そうそう

昨今では

夏休みの学校のプールも

暑過ぎて中止なんだそうだ


夏が

変わってしまったよなあ



またしても
僕ら世代の憧れが
去ってしまった

ドリー・パートン

お会いしたかったなあと
思うことばかり


ドリー


そう
もちろん
そんなはずはないけれど

願えば叶うことがあることを
長く生きて来ると
実感することがある




出会いは
映画 9 to 5

当時の彼女と並んで観た
初めての映画だった




不思議かな
もうその映画の内容も
また彼女の姿も
思い出せないくせに

この曲だけは覚えていて
言葉にならない
当時のおかしな空気感に包まれる

45年もが
過ぎてしまった

視聴星域漂流記 

―― ある動画惑星の衰退史 ――



まえがき
画面上の数字――再生数、いいね、フォロワー数、インプレッション――に追いかけられ、心がすり減るような感覚を覚えたことはないでしょうか。アルゴリズムの最適化を求められるあまり、「本当に作りたかったもの」を見失ってしまう現代のクリエイターたち。
本書は、そんな私たちの姿を遠い星系の珍妙な宇宙人たちに託して描いた、ささやかなパロディSFです。
数字を追う二つの目ではなく、あなたの「三つ目の目」にこの物語が届くことを願って。




第一章 動画惑星ツベリウス
宇宙の外れ、目立たない渦状腕の片隅に、かつて「ツベリウス」と呼ばれる惑星があった。
この星の住人は奇妙な生態を持っていた。目が三つあり、そのうち左右の二つは前を見るためではなく、常に「再生数メーター」という透明な数字を見るためだけに進化していた。額の中央にある「三つ目の目」だけが、たまに動画そのものや目の前の相手を見るのに使われた。
住人たちは各々、頭の上に小さなアンテナ状の器官――通称「バズリ角」――を生やしており、これが伸びるほど、その者は星系内で尊敬された。バズリ角を伸ばすには、来る日も来る日も「素材」と呼ばれる映像を撮り、編集し、星全体に向けて発信し続けるしかない。
主人公・ノボルは、そんなツベリウスの片隅で、十年間コツコツと「岩石の観察日記」という地味な番組を発信し続けていた、しがない配信生物だった。バズリ角は控えめ。だが、彼の動画には確かな常連客――角膜に固有識別印を刻み、毎回律儀に訪れる「定住視聴者」と呼ばれる岩好きたちがいた。
ノボルの日々は静かだった。静かすぎるほどに。



第二章 降臨する者たち
ある日、空が裂けた。
文字通り、裂けたのである。ツベリウスの成層圏に巨大な光る亀裂が走り、そこから次々と「著名生命体」が降り注いできた。彼らは他の惑星ですでに膨大なバズリ角を得た存在――歌う触手族、踊る発光クラゲ、政治家だった半透明の何か――で、ツベリウスの「視聴時間資源」という、実は非常に有限な鉱物を掘り尽くすためにやってきたのだった。
視聴時間資源はツベリウスの地下深くに眠る、住人が一日に使える「注目力」の総量そのものだった。一人が誰かの動画を一分観れば一分消費され、他の誰かの取り分は消える。これは絶対量保存の法則、通称「アテンションの保存則」として、この星の物理法則の根幹をなしていた。
著名生命体たちは、この資源を我先にと掘り始めた。彼らの動画はけばけばしく、爆発と絶叫と「衝撃の結末」に満ちていた。さらには15秒で脳の報酬系を直接揺さぶる「縦長高速微粒子」を撒き散らし、住人たちの集中力をズタズタに引き裂いていった。地味な岩石観察など、あっという間に人々の三つ目の目から追いやられた。
「なぜだ」とノボルはつぶやいた。「岩は、爆発しないから悪いのか」



第三章 CM生命体の侵略
さらに悪いことに、著名生命体の後を追うようにして、「CM生命体」という半自律の寄生種族が大量発生した。
これは無害に見えて実は非常にしぶとい生物で、動画と動画の合間、あるいは動画の途中に強制的に体をねじ込み、十五秒、三十秒、時には一分以上も視聴者の注目力を吸い取って生きながらえる。彼らに好みの映像などなく、ただひたすら「洗剤」だとか「謎のスマホゲーム」だとかを繰り返し繰り返し映し出しては、住人たちの心を少しずつすり減らしていった。
駆除するには皮肉にも、毎月貴重な資源を献上して「プレミアム膜」を張るしかなかった。住人たちは「広告を見ない権利」を買うために、さらに忙しく動画を作り続けるという本末転倒の泥沼にはまっていった。
ノボルの隣人、ベテラン配信者のカラシワは、ついにバズリ角が完全に萎れて垂れ下がり、こう言った。
「もう限界だ。観たいものを観るまでに、掘っても掘っても岩ばかりのトンネルを掘らされている気分だよ」
ツベリウス中で、静かな離脱が始まった。人々は自ら三つ目の目を閉じ始めた。



第四章 漂流
ノボルは、ある晩、自分のちっぽけな配信小屋の扉を開けて外に出た。空にはまだ、著名生命体たちが降り立った亀裂が、ぼんやりと光っていた。
彼は思った。「この星に、永遠はないのかもしれない」
ツベリウスの歴史を紐解けば、かつて「ブロギウス」という文字だけで発信する住人たちの惑星があり、それも似たような形で燃え尽きたという伝説があった。その前は「ミクシィ環」という小さな衛星が、身内だけの温かい光を放っていたが、いつしか静かに公転を止めたとも言う。
栄えては廃れ、廃れては、どこか名もない場所に新しい光が灯る。それが、この宇宙の視聴生態系の摂理らしかった。
ノボルは自分の小屋の前に小さな宇宙船――使い古した「登録者リスト号」――を用意した。行き先は決めていない。ただ、次にどんな星が生まれるのか、それを静かに見届けたいと思った。



終章 それでも岩は転がる
出発の朝、ノボルの元へ、長年の常連視聴者だった小さな鉱物生命体・ケイセキが訪ねてきた。
「どこへ行くんです、ノボルさん」
「さあ。どこかにまだ、地味なものを地味に愛でられる場所があるかもしれない」
「見つかりますかね」
「わからないさ」とノボルは笑った。「でも、岩はどこの星でも転がっている。誰かがそれをじっと見つめる限り、きっとまた小さな灯りは点く」
登録者リスト号は、静かに、けれど確かにツベリウスの空を離れていった。
背後で、著名生命体たちの叫び声とCM生命体の合唱が、いつまでも響いていた。だがノボルの三つ目の目は、もうそちらを向いてはいなかった。

――了――


Kindle



あとがき
物語の中でノボルが信じたように、「数の多さではない。続くということそのものに意味がある」という思いは、私自身が日々の創作の中で大切にしている実感でもあります。
アルゴリズムの波に呑まれそうなとき、バズや数字の狂騒から一歩引き、目の前の「一個の岩」を誠実に見つめ続けること。それこそが、作品を真に輝かせる唯一の方法なのかもしれません。
もしこの小さな物語が、あなたの「三つ目の目」を少しでも温めることができたなら、とても嬉しく思います。




一方通行トラベル
──オバカさんに、会いに行く──



まえがき
誰にでも、胸のいちばん柔らかい場所に仕舞い込んだまま、取り出せずにいる言葉や顔があるのではないでしょうか。
「いつか会いに行こう」「そのうち連絡してみよう」――そう思いながら積み重ねてしまう言い訳の日々は、まるで少しずつ水滴を落とす古びた蛇口のようです。時の流れはいつも一方通行で、決して巻き戻すことはできません。だからこそ私たちは、過ぎ去った季節や遠く離れた人に囚われ、踏み出せない理由ばかりを探してしまいます。
この物語は、そんな「行かなくちゃ」を抱えながら立ち止まっていた一人の男が、不思議な切符手形を手に入れることで始まる、短くて静かな再会の旅です。もしもあなたにも、いつか「オバカさんね」と笑って許してもらいたい記憶があるのなら、どうか主人公とともに、この片道切符の旅に付き合っていただければ幸いです。




第一話 蛇口の声
夜、風呂の湯船の縁に腰掛け、足先だけをお湯に浸かしながら、僕はぼんやりとテレビを眺めていた。「Youは何しに日本へ?」。二十五年前にオレゴンの高校で日本語を教えていた先生に会いに、当時のワルガキ二人が息子を連れてやって来る、という話だった。
先生に叱られる度に言われた「so stupid! オバカさんね!」という一言が、四半世紀を経てもなお、二人の胸のいちばん柔らかいところに刺さったままだったらしい。探し出した先生は、少し不自由になった体で、それでも満面の笑みでこう言った。「オバカさんね」。二人は泣きながら笑っていた。
僕はテレビの前で、お湯から足を引き上げることも忘れて、しばらく動けなかった。羨ましい、と思った。会いたい人はいくらでもいるのに、僕はまだ、誰のところへも出掛けていない。
その晩、歯を磨いていると、洗面台の蛇口がぽたり、ぽたりと妙な調子で水を垂らした。ぽたり。ぽたり。まるでモールス信号のようだった。耳を近づけると、水滴の合間から、かすれた声が漏れてきた。
「――会いたい人、いますか」
僕は歯ブラシを落とした。蛇口は何事もなかったかのように、ただの蛇口に戻っていた。寝不足だろうか。それとも、さっきの番組にあてられただけだろうか。そう自分に言い聞かせて、僕は布団に潜り込んだ。 



第二話 一方通行トラベル
翌朝、玄関のポストに見覚えのない茶封筒が挟まっていた。差出人の名前はなく、代わりに小さな活字で「一方通行トラベル株式会社」とだけ印刷されている。切手も貼っていないのに、消印だけはやけに古い、四十三年前の日付が捺してあった。
封を切ると、一枚のチケットが出てきた。行き先の欄は空白。座席番号のところには「特等・後悔なし席」と書かれている。裏を返すと、几帳面な手書きの文字でこう添えてあった。

『会いたい人を、心に一人だけ思い浮かべてください。あとは弊社にお任せを。──ただし、このチケットは一方通行です。会ったら、ちゃんと帰ってきてください』

帰ってきてください、というのが妙に律儀で、僕は思わず笑ってしまった。悪戯にしては手が込んでいる。試しに、と思い、目を閉じて一番古い記憶を辿った。小学校の、あの先生の顔が浮かんだ。
目を開けると、居間のドアが消えていた。代わりにあったのは、木の匂いのする、見覚えのある引き戸だった。



第三話 黒板消しは飛んでくる
引き戸を開けると、そこは間違いなく、あの頃の教室だった。チョークの粉っぽい匂い、日に焼けたカーテン、窓際でひなたぼっこをしている埃までもが、記憶のとおりだった。
教壇には、先生が立っていた。もう何年も前に空の向こうへ越して行ったはずの先生が、当時とまったく同じ顔で、当時とまったく同じ、ちょっと呆れたような目でこちらを見ている。
「遅いですよ。四十年も、何をしていたんですか」
「いや、その、いろいろと」
「いろいろ、では説明になっていません」
言うが早いか、黒板消しが一直線に飛んできて、僕の額に見事に命中した。パシッと乾いた音が響き、白い粉が煙のように舞い上がる。痛くはなかった。ただ、懐かしさで胸がいっぱいになった。
「相変わらず手が早いですね、先生」
「あなたが相変わらず口だけ達者だからです」
先生はそう言って、くすりと笑った。花を持って毎年お墓参りに行っていたことは伝えなくても、もう知っているような顔をしていた。僕らはひとしきり、あの頃の悪戯の数々について語り合った。廊下を走って怒られたこと、宿題の答えを写して見破られたこと。話すたびに、先生は呆れたように、けれどどこか嬉しそうに、こう繰り返した。
「オバカさんですね、あなたは」
それを聞くために、四十年かかったのかもしれない。僕は深々と頭を下げた。今度は逃げるように帰らず、ちゃんと「行ってきます」と言ってから、引き戸をくぐった。



第四話 絵文字を覚えた先生
次に思い浮かべたのは、中学校の先生だった。引き戸の向こうは、今度は理科室に似た薬品の匂いのする部屋で、先生は黒板の前で、なぜか僕のスマートフォンとそっくりな端末をいじっていた。
「これは、何ですか。絵の記号ばかり出てきますが」
「先生、それ、僕のより新しい機種です」
先生は面白がって、次々と絵文字を送りつけてきた。よく分からないまま「🐢🌙🍙」と打ってくる先生に、僕は笑いをこらえながら意味を尋ねた。
「亀と月とおにぎり、それぞれ何の意味なんですか」
「さあ。あなたたちが、テストで支離滅裂な答案を書いていたのを思い出しましてね」
「それは反則です、先生」
教室中に、乾いた笑い声が響いた。先生は最後に、真面目な顔になって言った。
「毎年、花を持って来てくれているそうですね。ありがとう。でも、そろそろ、生きている人にも会いに行きなさい。私たちは、どこにも逃げませんから」
その一言は、黒板消しよりもずっと強く、胸に命中した。



第五話 太平洋を隔てて
三度目に思い浮かべたのは、海の向こう、LAにいる母だった。引き戸の先は、今度は懐かしい台所だった。醤油と、少しだけアメリカの洗剤の匂いが混ざった、あの匂い。
母はエプロン姿で振り返り、驚いた顔もせずに、こう言った。
「あら、早かったじゃない。来年って言ったのに」
「一方通行トラベルの特別便らしくて」
「怪しい会社ね」
母は笑いながら、僕の分の茶碗を出した。ここでは時差もなく、四十三年分の会話も、湯呑み一杯分くらいの軽さで交わせるらしかった。積もる話は山ほどあるはずなのに、実際にテーブルに着くと、天気の話と、近所の猫の話しかにしなかった。それでよかった。会えたということが、もう九割方の用件だったから。
「来年、本当に来るのよ。一方通行じゃなくて、ちゃんと往復のチケットで」
「うん。約束する」
母は「オバカさんね」とは言わなかった。代わりに、僕の頭を、あの頃と同じ強さでぽんと叩いた。それだけで、十分すぎるほどだった。



第六話 チケットの正体
気がつくと、僕は自分の部屋のベッドの上にいた。手には、あの茶封筒。中を覗くと、チケットには「使用済み」の判が三つ、律儀に捺されている。
翌朝、ポストをもう一度確かめてみたが、一方通行トラベルからの新しい封筒は届いていなかった。かわりに、玄関マットの上に、行き先の書かれていない航空券の広告チラシが一枚、風に飛ばされて挟まっているだけだった。
なるほど、と僕は思った。あの会社の正体は、たぶん、僕自身の中にずっとあった「行かなくちゃ」という気持ちだったのだろう。ただ、それを言い訳の後ろに隠して、四十年も蛇口をぽたぽた鳴らしていただけなのだ。
僕はチラシを丁寧に折りたたんで、財布に挟んだ。次の給料日には、本物の、行き先の書いてある往復チケットを買おうと思う。
会いたい人がいるなら、その人はきっと、大切な人だ。時を、機会を、タイミングを待つ必要はない。
「so stupid! オバカさんね」と、いつかまた誰かに笑って言われるために、今日という一方通行の時間を、僕は迷わず、前へ踏み出してみることにした。


アマゾン キンドル



あとがき
この作品は、テレビで目にしたひとつのドキュメンタリー番組から着想を得ました。何十年もの時を隔ててなお、笑い合い、涙を流しながら再会を喜ぶ人々の姿に、私は強く胸を打たれました。アンド同時に、自分の中にも「いつか会わなければならない誰か」が残されていることに気づかされたのです。
私たちは誰もが「人生」という二度と戻れない一方通行の時間を生きています。だからこそ、想い出の中に逃げ込むのではなく、今生きているこの場所から一歩を踏み出すことの尊さを描きたいと考えました。
この物語が、あなたの心の中にいる「大切な人」へ思いを馳せるきっかけとなり、そして一歩を踏み出すための小さな背中押しとなれば、とても嬉しく思います。


春の手術後

なかなか戻らない身体に

イラつきながらの今シーズン


それでも

長いこと欠品していた
熊避けのスプレーが入荷したと連絡を頂き 

急ぎ足



今シーズンは
熊のおかげで
外遊びが滞ったまま

山には行けず
渓流にも行けず

カミさんという
低めに設定されたリミッターは
今も目の前に立ちはだかっている



セミリタイアし
時間を手に入れたはずが
実家の用事と
熊たちとに阻まれて
思うように動けずにいたこの夏

本来ならば
今頃
テントを担ぎ
北アルプスを縦走し
1週間ほど
電波の届かない場所で
行方不明となっていたはず

毎度 ソロで入るのは
この先の雲行きや匂いで
その先の道を判断したいからで

そう
同行者がいれば
その判断が鈍り
無理をすることがある

それでも
気まぐれに奥の奥へと入る癖を
やはり
心配してくれる家族は有難い

熊避けの鈴はもちろん
ラジオを鳴らし
時には
鉛玉のパチンコを備え
時には
爆竹をも準備した

ヌンチャクや
スタンガンかとも思ったけれど
それはダメだと
あれこれ試行錯誤してはみるが

なんせ
警官の拳銃でもダメだと聞くと

やっぱり
熊避けのスプレーしかないと
その入荷を待っていた

それも昨今
偽物ばかりが出回り

それは大罪だと怒りながらも
正しいものを手に入れるには
正規で買わねばならず

定価でもと
それを待っていた

さあ
これで準備は整った

どこへ
行こうか…




ちなみに
これを買われた方々は
実際に使ったのですか? と
その店の店員に尋ねてみれば
今のところ
その報告はないと

なに?

すれば
皆
お守りに持参するらしく

ならほど
その前に
出会わないようにと
あれこれの気遣いが必要なようだ




ちなみに
これにはレンタルもあって
3日間だけの縛りがあるので
長い縦走には使えない

それもまた
お盆明けに
多くが戻って来たけれど
使った方は居ないと

買い求めたこれは
有効期限が2030.07とある

なるほど
これからの4年間
これは大事なお守りになりそうだ