がんと闘いながら子育てしている、お母さんたちへの応援ブログ -9ページ目

がんと闘いながら子育てしている、お母さんたちへの応援ブログ

「残念ながら進行がんです」と宣告されてから、十数年。
その時、私は39歳、子どもたちは9歳と6歳でした。
これまでの日々をブログに・・・

退院後の子どもたちとの生活について書いてみようと思います。



退院後子どもたちに思い出を作ってあげようとずっと思っていました。

入院中寂しい思いをさせていました。

退院して2クール目の抗がん剤治療が終わったとき、急にどこかに行きたいと思いたち、家族で東京ディズニーランドに行くことにました。

私も現実から逃げたかった・・・私も精神的にいっぱいいっぱいで、気分転換が必要でした。



東京ディズニーランドは、本当は私の家からは日帰りで行ける距離なのですが、その時はディズニーランド近くのホテルに泊まることにしました。

子どもたちもすごく喜んでくれて、私もとても楽しかったのを覚えています。

つかの間でしたが、現実を少し忘れることができました。




また別の日には、劇団四季の「ライオンキング」を見に行きました。

こちらも楽しかった・・・。

他にもいろいろ行きたかったのですが、出かけるとどうしてもお金がかかってしまいます。

ただでさえ、治療でお金がかかるのに、そう頻繁には、出かけてばかりいられませんでした。




あまり、外に出たくない気分の時も多かったので、そういう時は家で子どもたちと一緒に遊んだり、

一緒に何かを作ったりしました。

どうしても必要な近所の買い物には、子どもたちと一緒に行ったりしていました。



子どもたちとは、よく話すように努力しました。 学校であったことをきいたり、話したりして、子どもたちの心のケアをするよう努めました。

いじめられていないか、心が不安定になっていないか、チェックをしていました。



また、家の中では、子どもたちを安心させるために、よくハグをしました。

下の子は、まだ7歳だったので、ハグを喜んでくれましたが、上の子は10歳の男の子だったのでハグを嫌がりました・・・。 でも、めげずに「○○ちゃん 大好き~」などと言いながらハグしてました。



と、ここまでは、比較的いいお母さん・・・。



いつも、出来るだけいいお母さんでいようと努力はしていました。

とはいえ、自分自身も精神的に不安定な時もあり、いつもいつもいいお母さんではいられませんでした。

時々、ちょっとしたことで、頭に来て必要以上に怒ったり、自分の調子が悪いと、機嫌が悪くなったりしました。 私はこんなに頑張っているのに、子どもたちはなにもしてくれないと・・・逆恨みしたり、 ぐちったり・・・。 かっとなって、手をだしたこともありました。 


でも、手を出した後は、私は虐待をしていると自己嫌悪になり、自分は最低だと思いました。

私も親からたたかれて育って、それが嫌だったのに、同じことをしていました。

本当に、今思い返しても、いいお母さんではなかったなと思います。



当時の私の行動は、感情の起伏が激しくて、子どもたちを混乱させたかもしれません。

ハグをして、「大好き~」などと言うお母さんと、ちょっとしたことでどなり散らすお母さん・・・。



いいお母さんの部分と、ひどいお母さんの部分が混在していました。

いいお母さんの部分が多かったと信じたいですが、どうだったかは子どもに聞いてみないとわかりません。 


でも、これが当時の私でした。 

これが精いっぱいでした。


















退院して、ホスピスについていろいろ調べました。

私は死んでしまうかもしれないという恐怖が頭を離れることがありませんでした。

もう、治療法がなくなったら、どうしようか、どうすごすべきかいろいろ考えました。



その結果がホスピスでした。

私は、痛いのや苦しいのは耐えられない。

少しでも、痛み、苦しみを緩和して、できるだけ最期まで普通に暮らしたい。

介護や看護で家族に迷惑をかけるのは嫌だと思いました。

在宅で、最期の日々を過ごすのは家族に迷惑がかかるので嫌でした。

特に、小さな子どものいた当時では絶対に無理でした。

だから、絶対ホスピスに入ろうと思っていました。

痛み止めのモルヒネをうまく使ってもらって、最期まであまり苦しむことなく、ホスピスでできるだけ普通の生活をしながら死んでいこうと思っていました。

(もちろん、家で生活できるうちは、家で普通に生活したいですから、ホスピスに入るのは、家で生活できなくなった後の話ですが・・・。)




でも・・・調べたら、ホスピスも高いのです。

病院の個室代と同じくらいかかります。

何日入院するかわからないし・・・お金はどうしようと思いました。

当時まだ、私の保険に「リビングウイル」はついていませんでしたので

とりあえずは、借金をして、ホスピスに入り、私が死んだら私の死亡保険金で、借金を返してもらおうと思っていました。




リビングウイルとは、余命半年と宣告されたら、自分の死亡保険金を自分が生きているうちに自分で受け取ることができるというものです。

自分で、自分の死亡保険金を使うことができるのです。

その時、体力が残っていれば、旅行に行くことができる、残される家族に何かを買って残すこともできる、

ホスピスに入ることもできるのです。





その後、私も私の生命保険に「リビングウイル」の契約をつけました。

”ただ”で、リビングウイルの契約をつけることができました。 

月々の保険の掛け金がふえることもありませんでした。

ですから、今は、私も余命宣告されたら、自分の生命保険の死亡保険金を自分で受け取ることができるようになっています。


保険会社にとっては、保険金を、死んだ後に払うのも、その人が生きている時に払うのも、どっちにしろ支払うことには変わりないということなのでしょう。 

私の場合は、がん手術後、がんの保険金を請求した時、その手続きと同時に「リビングウイル」の契約をつけることができました。




私は性格的に、常に最悪のことを考え、その時はどうするか決めたうえで、覚悟しながら生きていくタイプでした。

覚悟をしておかないと笑っていられないタイプでした。

この十数年、いつも心の奥で最悪のことを覚悟しながら生きてきました。



あの頃は、最期はホスピスに入ろうとは決めていたのですが、心のどこかで、ホスピスに入る日が来ないよう祈っていました。

 

今ももしがんで死ぬなら、最期はホスピスのお世話になろうと思っています。

今のところは、ホスピスに入ることなく、過ごすことができています。

何が良かったのかわかりませんが、十数年生きられたこと感謝しています。














私のがん治療とそれにかかわるお金は、最初の半年で、入院、手術、通院、化学療法(抗がん剤治療)、骨シンチ検査、定期検査代、私が入院中の家族の食費などをすべて含めると100万円近くかかったと記憶しています。


治療費がかかるのはもちろんですけれど、医療費だけでなく、入院中にいろいろな必要な物(パジャマ、下着など)を買ったりしましたし、病室でテレビを見るためのテレビカード代など、こまごましたものにもお金がかかりました。

大部屋に入院していたので、個室代はかかりませんでした。

お金があれば個室に入院したかったですけれど・・・金銭的にとても無理でした。 



(ちなみに個室代ってどれぐらいかかるかご存知ですか?

病院によってだいぶ差がありますが、3~7万円くらいでしょうか。 都心の大きな病院だと、安くても3~4万円くらいです。 応接セットなどがついた特別室などは1日10万円以上はします。 病気になっても、お金次第・・・なんて、なんかいやになりますよね。)





私はがん保険や生命保険に入っていたので、保険で、ある程度は治療費がまかなえるはずでしたが、生命保険は治療の後で振り込まれるもの、とりあえずは現金を用意しなければなりませんでした。

我が家の貯金は私が管理していたので、お金を用意するのに、どこの銀行の口座から○○円おろしてきてなどと、主人に銀行に頼んで行ってもらわなければなりませんでした。




うちの場合は、私の入院中、私の夫と、夫の弟と、私の父の男3人で、子どもたちの面倒を見ていたの

で、誰も食事を作れませんでした。

子どもたちの食事は、ほとんどが買ってきたものか、インスタント食品や、冷凍食品でした。

食事をいつも買ってくるのは、実は不経済でしたが、仕方ありません。 かなり食費にお金がかかりました。



その上、夫は、子どもたちをかわいそうに思ったのか、おもちゃやお菓子を必要以上に買い与えていたようで、そんなところにもお金がかかりました。 

(退院したら、見たことのないおもちゃがたくさんありました・・・)

私の病気治療にかかるお金のほかに、このような食費、その他の物にもお金がかかり、生活費を圧迫しました。



家庭のお母さんが入院すると、治療費のほかに、留守番の家族の分の食費などこんなにかかるんだと思いました。

もちろん、お父さんが入院するのも、収入がなくなるわけですから、たいへんだと思いますが。




人間いつ病気になるかわかりません。

やはり、できれば病気に備え、貯金をしておくべきです。

若いからといって、油断は禁物です。

余裕があればがん保険も考えてもいいのではと思います。





先日定期検査で病院へ行って会計を待っている間に、家族らしい3人が、うしろの席で話しているのが聞こえてきました。 

どうもそのご家族のお父さんががん宣告をされたようなのですが、息子さんがこう言っていました。

「お父さんのがんによく効くと言われているいい治療があるらしいけれど、それは先進医療なので、保険がきかない。とても高い治療なので、いいとは思うけれど、とても支払えない。 だから、保険のきく治療で対処するしかない・・・」と。




病気の治療には、お金が必要です。

お金のあるなしで、受けられる治療も変わってしまいます。

いいとわかっている治療なのに、お金がないので受けられないということもあるのです。

準備はしておくにこしたことはありません。




私はがん保険に入っていたので、あとでまとまったお金が返ってきたのでとても助かりました。

最近は、がん経験者でも、一定期間無事に過ぎれば、加入できる保険もできてきました。

私も、がん手術後10年目に新たな保険に入りました。

(私は知らなかったので、10年目に新たな保険に加入しましたが、今は10年たたなくても加入できる保険があると思います。)

がんサバイバーが増えてきているので、がん経験者にも新たな保険を!ということでしょうか。

がん保険についてはまた今度お話ししたいと思います。