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がんと闘いながら子育てしている、お母さんたちへの応援ブログ

「残念ながら進行がんです」と宣告されてから、十数年。
その時、私は39歳、子どもたちは9歳と6歳でした。
これまでの日々をブログに・・・

闘病も5年を過ぎ、子どもたちが中学生と高校生になり、教育費が必要になってきました。

更に私自身、思っていたより長生きしたので、老後のお金が心配になってきました。


私は結婚してからずっと専業主婦だったので、もう十何年も仕事をしていませんでした。

がん治療後、特別運動もしていなかったので、体力もあまりありませんでした。

十数年ぶりに仕事に出ることにはとても不安がありました。

自分が家庭にいる間に世の中はパソコンの時代になっていました。

私が結婚前に働いていたころはパソコンなんて会社で使っていませんでした・・・。

excel・ wordって何?っていう感じでした。

体力的にも続くか心配でしたが、金銭的にどうしても仕事に出る必要がでてきたので、意を決してがんばることに決めました。

自分でパソコンの勉強はしました。

幸運にも採用され、パートに出ることになりました。

9時から5時まで、週2~3回の勤務です。



最初は、精神的にも、体力的にもものすごく疲れました。

仕事内容も幅広く、自分にはとても無理ではないかと思いましたが、とりあえず3カ月は頑張ろうと思って続けているうちに、慣れてきました。

現在も何とか続いています。

がん闘病後は、あまり人付き合いをしていなかったので、最初は人と付き合うのもすごく疲れました。




パート先には.20代から70代の人までいて、私の世界はすごく広がりました。

パートは40代50代の人が多く、子どもの教育費、老後のお金の為に働いている人が多いです。

新しい会社なので、50代の正社員は少ないです。 

正社員はほとんどが20代から40代と言った会社で働いています。



20代から30代前半くらいの女子社員のもっぱらの関心事は結婚のことのようです。

同期や後輩が結婚すると、やはり心穏やかではいられなくなるようで、焦りがあるようです。

結婚すると、退社する人が多く、この辺は私が20代の頃と変わっていないなと思います。

(今は、厳しい時代なのに、旦那様のお給料だけでよくやっていけるな、旦那様は高給取りなのかななどといらないことを考えたりしています。)

たまに、結婚してからも続ける人はいますが、子どもが生まれるとほとんどの人が辞めてしまいます。

そういう意味では、私の若いころと同じで、子育て支援があまりない会社なのかもしれません。



お昼休みなど、なかなか結婚できない、自分は一生結婚できないのではと悩んでいる話をよく聞きます。

私が年がずっと上で、安心するのかよくそんな話をされます。

結婚している子は、なかなか子どもができないと悩んでいたりします。

自分より後に結婚したのに、さきに子どもができて辞めていくのを見ると、やはり心穏やかではいられなくなるようです。

人間は常に何か悩んでいるのですね。 悩みはつきないようです。

結婚したいのになかなかできないと悩み、子どもがほしいのになかなかできないと悩み、

子どもが生まれれば子どものことで悩み、 病気になれば病気のことで悩み、 年をとれば老後のことで悩む・・・本当に人間の悩みはつきません。




パートに行くと色々な事情で働いている人がいて、みんな事情や悩みを抱えているのだなということがよくわかります。 

事業が失敗して働いている人もいますし、定年後の生活の為に働いている人もいます。

子どもの教育費の為に働いている人もいるし、前の会社をリストラされて働いている人もいます。

きつい仕事ですが、皆頑張っています。

中には、入社してすぐ辞めてしまう人もいますが、それはどこでも同じですよね。





正社員で、がんになり、闘病しながら働いている既婚の男性もいます。

会社は治療について理解を示してくれて、休みや勤務時間など考慮してくれているようです。

パートで働いている人のなかにも、旦那さんががんになってしまったという人が今までに2人いました。

私と同じようにがんを経験しているパートの仲間もいました。

全員で40人くらいの小さな事業所ですが、両親や祖父母ががんという訳ではなく、本人か配偶者ががんという人たちが、今までに私を含め5人もいました。 

なんか多くて驚きです。 やはり、がんは身近な病気なのだなと思いました。




今も、年に2回がんの再発・転移の定期検査を受けながら、働いています。

パートなので、平日に病院には行きやすいです。

体調が悪いなと思う時はすぐ病院に行くことができます。


仕事はたいへんですが、今は金銭的に頑張るしかありません。

でも、社会とのつながりがもてるという点では、有意義だと思っています。

何よりみんな大なり小なり、色々悩みを抱えながら、必死に生きているのだなということがわかります。

悩みがあるのは、私だけではないということがわかります。

生きるって、やっぱりたいへんだなってつくづく思います。









私の愛犬が9月に亡くなりました。



本当に寂しいです。

今でも、思い出すと涙が出ます。

後悔ばかりです。

もっといろいろしてあげられたのではないか、もっとこうすればよかったのではないかと考えると、

彼(私の犬はオスでした)に申し訳なくて涙が出てきます。

私ではなく、もっといい人に飼われていれば、もっと幸せだっただろうにと思うと、胸が苦しくなります。



彼の最期を見守りました。 私の目の前で息を引き取りました。

あっという間のできごとでした。

彼を飼い始めた時は、彼よりも私の方が先に逝くかもしれないと思っていました。

私が死んでしまっても、彼がいれば子どもたちの慰めになるだろうと思っていました。

でも、私が、彼を看取ることができました。

今でも、彼を飼い始めたころから、彼が死ぬときまでの色々な出来事が、次から次へと思いだされます。



私の体調が悪い時も、再発・転移の不安に襲われた時も、彼に癒されました。

彼の無償の愛は私の心を和ませました。

彼の可愛いしぐさを見ているだけで、笑顔になりました。




子供が大きくなり、手を離れた今は、子供よりも可愛い存在になっていました。

子供はもう私に寄りつかないけれど、彼は私を見ると、いつも嬉しそうにしっぽを振って寄ってきてくれました。

それなのに、それなのに、遂に別れの時がきてしまいました。

彼は天国に逝ってしまいました。



2か月がたち だいぶ落ち着いてきましたが、 彼がいなくなって本当に寂しいです。

彼は私にたくさんのことを教えてくれました。

生きているものは、必ず死ぬのですね。

でも、決して決して忘れることはないでしょう。




私はがんになってから、友達との付き合い方を考えました。

もともとあまり友達が多い方ではありませんでしたが、年に数回会ったり、電話やメールで連絡をとりあったり、年賀状のやり取りをする友達はいました。


がんになったあと、あまり友達に会う気力が持てませんでした。

誰にも会いたくありませんでした。

病みやつれた姿を見られたくなかったし、自分の病気のことを話すのも嫌でした。



私は、友達の中で、もし万が一私が死んだ時、私が死んだことを知らせてもいい人は誰かと考えました。

もう何年も会わず、年賀状のやり取りしかしていないような友達には、もし私が死んでも、そのことを伝えたくはないと思いました。

そういう人とは、(本当に失礼だし、本当に申し訳ないことだとは思いましたが、)まず年賀状のやり取りを辞めることにしました。

年賀状を出すのを一方的に辞めました。 友達からは例年通り年賀状をもらいましたが、あえて返事をだしませんでした。 それで、翌年からは年賀状をくれなくなった友達もいましたが、それでも翌年も年賀状をくれる友達もいました。 でも私は翌年も、その翌年も、年賀状をだしませんでした。



当然のことですが、だんだん年賀状が減ってきました。 

私が本当に失礼なことをしていたにもかかわらず、毎年年賀状をくれ続ける友達には、本当に申し訳なく思っています。 こんなに失礼なことをし始めて、10年以上たつのに、いまだに私を忘れずに年賀状を送ってくれる友達も何人かいます。 毎年、アー元気そうでよかったなと思いつつ、不義理を心の中で詫びています。

でも、あいかわらず年賀状の返事を出す気にはなれません。



メールも電話も自分からはしなくなりました。

メールがきても、返事はせず、 電話にもあまりでませんでした。

本当に失礼極まりない行為ですよね。

それは十分わかっていましたが、そうしました。



ママ友とは、子どもが学校を卒業したら、あまりつきあうこともなくなりました。

外で会えば、挨拶をするくらい・・・。

だから今付き合っているのは、親友一人だけです。

でも、ここ何年かパートをしているので、パート先に行けば色々な年代の人と話をする機会もありますし、

決して社会と切り離された生活をしているわけではありません。

家族もいますし、孤独を感じることもありません。

今はパート先での広く浅い付き合いが、心地よいといった感じです。

パート先での付き合いは、私がパートを辞めれば簡単に切れますから・・・今の私にはこれくらいの付き合い方が楽です。





私は、同情をされるのが何よりも嫌です。

私は若くしてがんになったけれど、決してかわいそうではないとずっと思っていましたし、今もそう思っています。

人から若くしてがんになったなんてかわいそうと思われるのが嫌で嫌でたまりません。

同情の目で見られるのが嫌でした。

だから、私の周りのほとんどの人に私のがんのことを言わず、友達とも距離を置きました。

私の現状を知らせたくありませんでした。 本当はがんで苦しんでいるのに、元気だよとうそをつくのも嫌でした。



がんになったのが、私ではなく他の人だったら、きっと私もその人のことをかわいそうと思うでしょうから、(がんになったら)かわいそうと思われることはしかたありません。

だから、かわいそうと思われたくなかったら、言わないしかないのです。




芸能人で、みんなに公表している人ってすごいと思います。

仕事上、黙っていることで、皆に迷惑をかけるからとか、急にテレビに出なくなったらいろいろ憶測をされるから、という理由で仕方なく発表している場合もあるでしょうけれど、どんな理由であれ、自分の病気、病状を公表することはとても勇気のいることだと私は思います。

最期までがん闘病を隠す芸能人もいますよね。 亡くなったあと、実はもう何年もがん闘病していたという事実がわかる・・・ということもありました。

私は明らかに、後者のタイプです。




でも、私も60歳近くなり、たとえ今私が死んでも、若くして亡くなってしまったとは言われなくなる年になってきました。 もう少ししたら、不義理をしているにもかかわらず、私を忘れずに毎年年賀状をくれている友達に、年賀状をだしてもいいのかもしれないと思うようになってきました。

もう少し年をとって、相手も私を許してくれるなら、また会える日もくるかもしれません。

その時は、「実は私がんだったんだよ」と言えるかもしれません・・・。