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がんと闘いながら子育てしている、お母さんたちへの応援ブログ

「残念ながら進行がんです」と宣告されてから、十数年。
その時、私は39歳、子どもたちは9歳と6歳でした。
これまでの日々をブログに・・・

もうすぐお正月ですね。

2015年ももうすぐ終わりです。

町中が、クリスマスからお正月を迎える準備に変わってきましたね。




がんになってから、私はお正月があまり好きではなくなりました。

がんになったばかりの頃は、お正月のたびに、来年のお正月は迎えられるだろうか・・・、とか、 来年のお正月にはもういないのではないか・・・などと考えてしまっていました。

新らしい年を無事に過ごせるだろうか考えると、怖くなりました。




がんになる前は、年末には大掃除をして、新たな気分で新年を迎えていました。

新しい年がいい年になることを願っていました。

お正月は特別な感じがしました。




でも、がんになってからは、お正月を祝う気があまりしなくなりました。

最近でも、大掃除はします。 お正月の準備も一応します。

だけど、気持ちは、12月31日の次の日というだけ・・・。 

つまり普通の日となんらかわらない、普通の一日と感じるようになりました。

今の私にとっては、お正月だからって、特別なことはない、単なる昨日の続きでしかありません。




でも、子どもたちには、お正月の迎え方、準備の仕方を教えなければなりませんよね。

大きくなってから子どもたちが恥をかかないようにしてあげなければなりません。

だから、お正月の準備はします。

ちゃんとお雑煮も作るし、おせちも用意します。

子どもたちの為に、きちんとします。

(たぶん私一人だったら、掃除くらいはするでしょうけれど、特別なことはしないでしょう・・・。)




今年はお正月の準備をしながら、去年の今頃は私の愛犬がいたのにな・・・などと思い、悲しくなっています。 なんとなく、お正月ってそういうことを感じさせますね。

誰かが(何かが)いないのが寂しくなります。




最近は、昔、一休さんがうたったという、「門松は(正月は)冥土の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし。」を思い出します。 昔、よく私の父が言っていました。

私が若い時は、お正月なのに、なんか不吉な歌だなと思っていましたが、今ではこの歌の意味、よくわかります。

お正月はめでたいけれども、一方で新しい年になるということは、みんな一つ年をとるわけだから、それだけ死が近くなるということ、だから、そういう意味ではめでたくないといった意味です。

昔から、お正月と死を結び付けて考える人がいたのですね。

本当に今の私には、お正月はめでたいようで、めでたくありません。





なんか、悲観的なことばかりを書いてしまいましたが・・・。

ここまで書いていたら、私にもお正月が楽しかった時があったなあと思い出しました。

子どもの時はお正月が楽しかった・・・。

夜遅くまで起きて、除夜の鐘を聞いて・・と、いつもと違う時間が流れ、なんかわくわくしたような記憶があります。

20代の頃も友達とお正月に出かけたりして、それなりに楽しかったことを思い出しました。

とても懐かしい思い出です。





今年もあと5日です。

新しい年ががんと闘っている皆さんにとっていい年になりますよう、願ってやみません。

新年も、今までと変わらず、一日一日を大事に生きましょう。

お正月は家族と一緒にいられる時間を大事にしてください。

来年もあせらず、あきらめず、自分のペースで生きていきましょう。

よいお年をお迎えください。
















私の母は、今老人ホームで生活しています。

半身不随で、認知症もあり、着替えも、お風呂も、トイレも一人ではできません。

右手は使えるので、なんとか、食べることはできますが、マヒのせいか嚥下もうまくできません。

認知症は、年々進み、ぼーっとしたり、混乱することが多くなってきました。



母に会いに老人ホームへ行くたびに、いろいろなお年寄りを目にします。

皆さん一人で生活をするのが難しい方ばかりです。

ボーっとしている人、ずっと叫んでいる人、他の人の部屋に勝手に入ってしまう人、何かが気に入らずずっと怒っている人、 人形を赤ちゃんだと思いこみずっとあやしている人など、今までに色々な人をみてきました。

家族が誰も面会に来ない人、脱走しようとする人、暴力をふるう人、寝たきりの人など本当に色々な人がいます。

認知が進み、若いころに戻ってしまう人、監禁されているから警察を呼んでほしいと叫ぶ人、こんなところにいたら殺されると騒ぐ人、昼夜が逆転する人、混乱した頭で混乱したことを話す人・・・数え上げたらきりがありません。



老人ホームは24時間看護師が常駐し、健康管理はしっかりなされていて、ちょっとでも具合が悪くなるとすぐ医者が呼ばれ、薬をだされます。 私たちよりも手厚い医療体制です。

これでは、国の医療費もかさむなと納得してしまいます。



母も老人ホームで暮らしている他の方々も、こんな老後は望んでいなかったでしょう。

私の母も、クモ膜下出血で倒れ、意識を取り戻し、半身が動かないということに気付いた時、何で命を助けたのかと、怒っていました。 母は「自分が倒れていたら、救急車を呼ばず、そのままほっておいてほしい、 自分のことが自分でできなくなって生きるのは嫌だから」とずっと言っていました。 

でも、家で倒れている母を父が見つけた時、一瞬父の頭にも、母が常日頃言っていた「救急車を呼ばないで」という言葉がよぎったそうですが、放っておくわけにもいかず、救急車を呼んだのだと後で言っていました。

治療すれば、治るかもという期待もあったとも言っていました。 

でも、結果は母が望んでいない、最悪の形になりました。

命は助かりましたが、半身不随と認知症が残りました。



介護は本当に大変で、最初は父が一人で面倒を見ていました。 よく頑張っていたと思います。

私も手伝えることは手伝っていました。

やがて、父の具合が悪くなり、娘の私もがんになり、母の面倒を家でみることがだんだん難しくなりました。 母には、老人ホームに入ってもらうしかなくなりました。

母が倒れてからもうすぐ20年、老人ホームに入ってからももうすぐ10年になります。

母の老後は、本当に苦しいものになりました。



私は、母のようには絶対なりたくありません。

老人ホームに入居されている方を見ると、幸せそうには思えません。

少なくとも私の母は「幸せではない」と母自身が自分で言っています。

本当は、母を家に引き取り、家族で面倒をみられれば、母ももうちょっと幸せになれるのかもしれませんが

いつまで続くかわからない母の介護を家でする勇気が私にはありません。

介護の辛さは、いつまで続くかわからないということだと思うのです。

いつまでと期間が決まっていたら、1年とか2年とか期間がきまっていたら、まだがんばれると思うのですが・・・。



 

一生懸命生きてきたお年寄りたちの最後がこれでは悲しい気がします。

老人ホームは、ほとんどの人が死ぬまで出ることができません。

老人ホームに行くと、いくら長生きしてもこれでは・・・といつも思ってしまいます。



私はがんで、若くして死ぬかもしれないとずっと思ってきました。

若くして死ぬのは本当につらいです。 誰も、絶対若くして死んでほしくはありません。



でも、老人ホームに入居している方々を見るたび、こんなことろで、長く生きるのもつらいなと思うのです。必要以上に長生きするのも、苦しく、つらいことです。

私の母は、62歳でクモ膜下出血で倒れました。 それからもう、20年も半身不随の生活です。 認知もあり混沌とした世界に生きています。 私はそれをそばでずっと見てきました。

母はがんではありませんが、 母の運命も過酷だなと思います。

自分のことが、自分で出来るうちに、認知症になる前に、老人ホームに入らないですむうちに、人生の幕引きができたらいいなと、母がクモ膜下出血で倒れた年齢に近くなってきた私は最近思うのです。











39歳でがんになって、今まではあまり考えもしなかった死が一気に身近になりました。

死ぬってどんな事なんだろう。

死んだらどうなるんだろう。

漠然とした恐怖が私を襲いました。



夜、布団に入ると、死について色々考えました。

死んだら無になるのか、死後の世界はあるのか。 生まれ変わりはあるのかなどと、答えの出ない問題について色々考えました。


でもいくら考えても、答えが出るはずなどなく、眠れない夜が続きました。

死の恐怖に飲み込まれました。

それが嫌で、睡眠導入剤を飲んで眠りました。





そんな中で、私がたどり着いた答えは、本当に死んで、戻ってきた人はいないのだから、(臨死体験をした人はいるようですが、それに関しては批判的な意見も色々あるので) 死んだらどうなるかは誰にもわからない・・・だったら、自分の都合のいいように考えようということでした。

つまり、自分が少しでも死が怖くなくなるように、考えようと思いました。


死について、自分が死んだら天国に行くと思った方が楽ならば、そう思えばいい、輪廻転生があって、きっと生まれ変わると思った方が楽ならば、そう思えばいい、死んだら無になって、何もなくなると思う事で自分が納得するならば、そう思えばいい・・・などと思うようになりました。

答えはないのですから、何と思おうと自由なはずですよね。

だったら、死の恐怖が少しでも少なくなるよう、気持ちが少しでも楽になるように考えてもいいと思うのです。



私は、以前は、死んだら生まれ変わって、来世はきっと今よりよくなると考えるようにしていました。

だから、死は次の人生への通過点だと考えるようにしていました。

そういう風に思うことで死の恐怖が少し和らぐような気がしていました。



でも、最近は、死んだら、ゆっくり休みたい、ゆっくり眠りたいと思うようになりました。

人生に疲れたということでしょうか?(笑)

やはり、年をとったということなのかもしれません。





私は、家族に見守られて、できるだけ苦しまずに死にたいと思います。

私が死んだことは、あまり人に伝えず、家族だけで、見送ってくれればいいと思っています。

死ぬべき時が来たら、この世から、ひっそりといなくなりたい・・・最近はこんな風に思います。




人は必ず死にます。 それは避けられません。

死ぬ時期は平等ではありませんが、死自体は、誰にでも、平等に訪れます。

100年後には今生きている人のほとんどが死んでいるのです。

いつか必ず自分の番がきます。

それは、今日生れた赤ちゃんだって同じです。




自分がどんな死を迎えるかは、誰にもわかりません。

でも、生きられる間は、精いっぱい生きようと思います。 

願わくば、色々病気をしても、平均寿命ぐらいまでは生きられて、最期まで自分のことは自分でできて、

平穏な死を迎えたいものです。

死ぬ時に、「苦しいことも多かったけれど、よくがんばった」と思えるよう、今後も生きていきたいと思います。