このブログのために、 20代になった子どもたちに、小さい頃お母さんががんになってどう思ったかを改めて聞いてみました。 今回は、娘の答えから、お話しします。
娘は私ががんになったとき、まだ6歳で、小学校1年生でした。
娘は、「実は、お母さんががんで入院した時はまだ小さくて、あまり状況がよくわかっていなかったんだよね。 だってまだ6歳だったんだよ。」と言っていました。
「おかあさんが入院していて寂しかったのは覚えているんだけれど、 叔父さん(夫の弟)がうちに泊まりに来てくれていたし、おじいちゃんも、おばあちゃんもいたし(私の家は2世帯住宅でした)、全部で6人で暮らしていたから、常に誰かが家にいたし・・・。 おかあさんが死んだらどうしようとかは考えていなかったよ。 そもそも人が死ぬってどういうことかよくわからなかったし、本当にあまりよく覚えていないんだよね。」と言っていました。
私はそれを聞いた時、驚きました。
余り覚えていない? よくわからない?
私は必死に病気と闘い、子どもたちの為にと毎日必死で生きていたのに、その程度にしか感じていなかったのか・・・と、なんか拍子抜けでした。 の半面、私の入院があまり大きな心の傷になっていなかったことに安どしました、
確かに私の入院中は大勢で暮らしていました。
私の母は、そのときすでに半身不随で、軽い認知症でしたが、それでも娘にとってはいないよりよかったのでしょう。 そんな私の母以外は男ばかりで、誰も満足に家事の出来る人のいない環境でしたが、それでも常に周りに誰かがいてくれたのが娘にとってはよかったのでしょう。
更に、娘は続けて、
「それに、入院する前もお母さん大丈夫って言ってたし、お母さんが入院している病院にお見舞いに行った時には、お母さん笑っていたし、お見舞いに行ったことはよく覚えているんだけど、とにかく、お母さんが笑っていたから大丈夫なんだなと思っていたよ。」と言っていました。
そうでした。 私の入院中、私が退院するメドがついたころ、一度だけ、主人が子どもを連れてお見舞いにきてくれました。 その時私は子どもに不安を与えないよう、ずっと「お母さんは大丈夫だよ。もうすぐ家に帰るからね」と笑っていました。 私の心の中は、自分はこれからどうなるんだろう。 この子たちを残して死んでしまうのだろうかと不安でいっぱいだったのですが・・・。
結果的には、それがよかったのですね。
「退院してからも、お母さん笑ってたし、泣いてなかったし、大丈夫なんだなって思ってた。」とも・・・。
退院後に私から、「お母さんはがんなんだよ」と聞いたときも、「お母さんは、死んでしまうかもしれない」と聞いた時も、がんという病気がよくわからなかったし、それまで娘の周りで死んだ人は誰もいなかったので、死というもの自体、あまりぴんとこなかったそうです。
ただ、おかあさんがいなくなったら、料理や掃除、洗濯を自分でしなければいけなくなるということは理解できていたのか、私から料理を一生懸命習ったのは覚えているようで、今でも、「小学校4年生ごろが、一番料理がうまかった」、と娘自身が言っています。
でもこれも、本当にお母さんが死んだら、困るから覚えたというよりは、手伝えばお母さんが喜ぶと思って一生懸命にやっていたようです。
「でも、だんだん大きくなってきて、がんという病気のこと、お母さんが死ぬかもしれないということの本当の意味がわかってきてからは、お母さんが検診のたびに、お母さんが死んだらどうしようって、本当に心配するようになったし、怖くなったよ。」とも言っていました。
そういえば、いつ頃からだったか、私が検診を受けに行った日とか、検診結果を聞きに行った日には、娘から「どうだった?」とか「大丈夫?」とかいうメールが携帯に届くようになっていました。
私のことを心配してくれていたのでしょう。
(残念ながら、最近はメールは届かなくなりましたが・・・。もう私がいなくなっても大丈夫(?)ということでしょうか・・・?)
でも、娘は中学、高校と、勉強や友達との付き合いに追われ、私の手伝いはあまりしてくれなくなっていきました。 私をいたわってくれることも少なくなっていきました。
反抗期もあったかもしれません。 ずいぶん口げんかもしました。
娘が私のことを気にしているのかなと感じられるのは、検査の時のメールだけになっていました。
現在は成人し、まだ大学に通っていますが、今は学業や友達との付き合いの合間に、私が忙しい時や、疲れている時など、(残念ながらいつもというわけではありませんが、)さりげなく手伝ってくれることもふえてきました。 それだけ娘も大人になったということなのでしょう。
改めて聞いた娘の答えは、正直驚くことも多かったです。 中でも一番驚いたのは、小さい娘に、お母さんはがんで死ぬかもしれないと伝えたのに、実は娘はその意味をよくわかっていなかったということでした。
娘がお気楽だったのかなんなのかわかりませんが、私は子どもに自分が『がんで死ぬかもしれない』と伝えるべきか、伝えないほうがいいのか悩みに悩んだ末に伝えたのに、よくわかっていなかったのかーと思いました。 伝えた後も、小さい子に、重たい事実を言ってしまったかな、かわいそうだったかなとずっと気にしていたのですが、意味がわかっていなかったとは・・・、 全然気にしていなかったとは驚きでした。
あと、子どもに笑顔をみせるというのは、私が思っていた以上に、大事なことなのだなと思いました。
小さい頃の娘が、私が大丈夫か大丈夫でないかを私の笑顔で判断していたとは思いませんでした。
笑っていたから、泣いていなかったから大丈夫と思っていたとは・・・小さい頃はみんなそうなのでしょうか?
最後に、「小さい頃お母さんががんと聞いてどうだった?聞かない方が良かった?」と聞いたら、「聞いてよかったと思うよ。」と言っていました。 「ずーっと隠されていて、大きくなって初めて聞くよりよかったと思う。」と娘は言っていました。 「たまたまお母さんは、今も無事生きているからいいけれども、もしお母さんが最悪の事態になって、その時に何も聞かされていなかったら、きっと恨んでいたと思うよ。 子どもにも病気のお母さんのために何かしてあげたいという思いがあると思うから、私は隠されているのはつらいと思う。 知っていたら、もっといろいろなことをしてあげられたのに、もっとお母さんと話したり、お母さんからいろいろ聞いたり、教えてもらったりしたかったのに、 『何で教えてくれなかったのか』と思うと思うよ。 もっとも初めて聞いた時は小さすぎて、よく理解できていなかった。 大きくなるにつれて、お母さんががんということの本当の意味がわかってくるんだけど・・・。 自分の中でだんだん理解ができてくるんだよね。だから、私は、小さかったけれど、聞いてよかったと思っている。」とも言っていました。
ただ、これは、あくまでも娘の意見に過ぎません。
こういうことは、子どもの年齢や、子どもの性格にもよるし、感じ方は子どもによって違うと思うので、何が正解かはわかりません。
親の病気を伝えた方がいいのか、伝えない方がいいのかは、子どもによって違うと思います。
親が伝えようと思えば伝えればいいし、伝えるのはやめようと思えばそれでいいと私は思います。
私は『自分ががんである』ということを、子どもに伝える道を選びましたが、 これが正解とは限りません。
正解はありません。 どちらにするかは、お母さんが良く考えて決めればいいのです。
次回は息子に話を聞いてみようと思います。