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がんと闘いながら子育てしている、お母さんたちへの応援ブログ

「残念ながら進行がんです」と宣告されてから、十数年。
その時、私は39歳、子どもたちは9歳と6歳でした。
これまでの日々をブログに・・・

ご無沙汰してしまいました。


前回ブログを書いてから、気づいたら4か月もたってしまっていました。

時がたつのって早いですね。



この4カ月、自分の体調が悪く、ブログを書くことができませんでした。

実は、久々に、再発? 新たなガン? という恐怖を味わいました。

血液検査(腫瘍マーカーを含む)、尿検査、 X線、内視鏡、エコー、患部に針を刺しての組織生検とか、いろいろ検査を受けました。 あやしいところは、一か所ではなく、複数か所ありました。 結果、どれも今のところがんではないけれど、経過を観察していきましょうとのことでした。

まあひとまず、ほっとしましたが、 今後どうなるかはわかりません。



複数か所怪しいところがあったので、検査に時間がかかりました。  

何回も病院に通い、検査を受けました。  結果を聞く時の緊張感、 昔を思い出しました。

39歳の頃の私もこんなだったなと改めて思いました。

最近、子どもも成人し、ほぼ一人だちしたし、いつの間にか普通の生活に慣れてしまっていました。 

でも、こういうことになると、 普通の生活が送れるっていうのは本当にありがたいことなんだなと改めて思います。



検査を受ける前や、検査結果を聞く前の憂鬱さ、怖さ、不安。 もし、再発転移や新たなガンだったら、また入院、手術、場合によっては抗がん剤を受けなければならないなあ、などと色々考えました。  ガンの闘病がどういうものか一度体験しているので、具体的に想像できて、より落ち込みました。 

またあれを繰り返すのか・・・嫌だなあと・・・。

結果、今回はどれも経過観察ということになりましたので、ガン闘病は今のところしなくて済みましたが、今後も大丈夫とは限らないのですから。





年齢的なものなのか、最近体に悪いところがたくさん見つかります。

39歳でガンになっただけで、十分アンラッキーだと思っていたのに、これからもガンを含め、血圧とか心臓の病気とか色々な病気に注意していかなければならないようです。  

物忘れも激しくなり、「私、もしかして認知症?」と思うことも・・・。

将来のことを考えると、本当に不安になります。






でも、でも、 暗いことばかり考えていてもしかたないので、 あとどれくらい人生が残されているかわかりませんが、楽しいこと、やりたいことをしていこうと今回改めて思いました。 

自分がいつ死ぬかなんて誰にもわからないんだから、できる時にできることを出来る範囲で楽しみたいと思います。

お金のかかることは無理かもしれないけれど、小さな幸せをたくさん見つけて生きていきたいと思います。



今回のできごとは、忘れていた気持ちを思い出させてくれました。  十数年前にがん闘病をしていたころは、いつも1日1日を大切にしようと思って生きていました。 でも、最近は、なんとなく生きている感じになっていました。 だらだらっと毎日が過ぎる、そんな感じでした。 それではもったいないなと改めて思いました。 




今、ガンと闘っているお母さんたちも、苦しい闘病の中でも、小さな幸せをたくさん見つけて生きていきましょう。 難しいかもしれないけれど、今生きていることに感謝し、たくさん笑って過ごしましょう。 笑うってとてもいいことみたいですよ。 ナチュラルキラー細胞がふえるとか・・・。  


当然笑えない日もあります。 それはがん闘病をしている人はみなそうです。 でも、がん闘病していない人にだって笑えない日はある。 無理をせず、泣きたい時は泣いていい、だけど、できるだけ笑って過ごしましょう。 そして、できる範囲で十分なので、一日一日を大切に生きましょう。

私もそうできるよう頑張っていきたいと思います。














前回に引き続き、 20代になった子どもたちに、小さい頃お母さんががんになってどう思ったかを改めて聞いてみました。 今回は、息子の答えから、お話しします。



息子は私ががんになったとき、9歳で、小学校4年生でした。



今回息子に話を聞いて、初めて知ったのですが、息子が私ががんかもしれないと知ったのは、私が入院する前だったそうです。


入院前、私が私の父や母、主人と話していたのを聞いていたそうです。 子どもの前で、話をしたつもりはなかったのですが、私も気が動転していたのでしょう。 息子がいるのに気付かず、話をしてしまっていたらしいのです。 息子はどこかで聞いていたのですね。 とてもショックだったそうです。

情けないことに、私は息子から今回話を聞くまで、そのことに全く気付いていませんでした。




入院中も、お母さんが死んだらどうしようと本当に心配だったそうです。 もう、彼は、がんという病気のことも、死ぬとはどういうことかも、ある程度はわかっていたと言っていました。

入院中は、やはり寂しかったとも・・・。 でも、妹もいたので、あまり自分が寂しがることはできなかったと言っていました。 そこは、お兄ちゃんだったのでしょう。

彼はちょうど親離れをし始めていたころで、私と一緒に出歩くのを嫌がったり、私と話すのを面倒くさがり始めていた頃だったので、そんなに心配しないかなと思っていたのですが、違っていたのですね。 




私の入院中、何で自分のお母さんだけ、病気なのかなと思ったと言っていました。 友達のお母さんは元気なのに、何でかなと考えることもあったそうです。 そう考えると本当につらかったと言っていました。

でも、そんなこと考えても仕方がない、自分のお母さんだって頑張って病気と闘っているし、死んでしまうとは限らない。 友達のお母さんだって、外から見ていると元気そうに見えるだけで実は病気の場合もあるかもしれないし、今は友達のお母さんは元気でも、いつ自分のお母さんみたいに病気になるかわからない、だからくよくよ考えても仕方がないなど、色々考えたそうです。

 


小学校4年生にもなると、色々考えるのですね。 「お母さんの病気のこと、よくわからなかったー」という当時小学校1年生だった娘とは違います。 このころの3歳差は、大きいのだなあと改めて思います。




退院後、私から「お母さんはがん」で、「死んでしまうかもしれない」と聞いた時は、やっぱりそうかと思ったそうです。 だから話を聞いた時は、本当は知っていたので、そんなにショックは受けなかったと言っていました。 




退院したばかりの頃、子どもたちにこれ以上心配をかけてはいけないと、私の病状のことはあまり話さないようにしていました。 抗がん剤の治療に行くときも、私が病院から帰ってくる前に子どもたちが学校から帰ってくるので、おやつを用意してから病院に行きました。  抗がん剤治療の後、家に帰って夕飯を作る元気はなかったので、いつも病院の帰りには夕飯を買って帰りました。 子どもには心配をかけないように私なりに努力しました。




でも、退院後、彼は本当は心配していてくれていたのかもしれませんが、あまり私を手伝ってはくれませんでした。 私は、私がいなくなっても、子どもたちが困らないようにと、色々家事を教えようと思っていたのに、彼は私が言うことにはあまり興味を持たず、積極的に家事を覚えようということもありませんでした。 自分から、お母さんが大変だから手伝おうということもなく、言われればしかたなくやるという感じでした。 それは大人になった今でも変わりません・・・。 娘の方が言わなくても私を助けてくれています。 これは、男の子と女の子の差なのか、私の育て方が悪かったのか・・・わかりません。 



中学、高校になったころは、反抗期のせいか私と会話することはあまりなくなり、完全に自分の世界を持っていました。 息子が私に話しかけるのは、何かをお願いしたい時と、自分の具合が悪い時だけ・・・。

私ががんの定期検査に行くといっても、結果も聞かず、完全にスルー。 なんだかな~と思うことも多々ありました。




今回、息子に話を聞いたのですが、あまり当時の気持ちを話してはくれませんでした。

娘はけっこういろいろ話してくれたのですが、息子はめんどくさそうに、ポツッポツッと話すだけ・・・。

私と話すのは本当にめんどくさいようです。 



最後に小さい頃にお母さんががんと聞いてよかったかと聞いたら「よかったと思うよ。」とは言っていました。  「小さい頃いろいろ考えて覚悟もできたし、よかったんじゃない。」と・・・。 「何の覚悟?」と聞いたら、「親がいつまで生きているかわからないってことがわかったからね。 自分は子どものうちに母親が死ぬかもしれないという覚悟だよ。」と言っていました。



子どもによって、年齢によって、男女によって、性格によって、「親ががん」という事実の受け止め方はちがいますね。 私の子どもたちも、受け止め方が違います。




去年 「未成年の子どもがいる親、父親か母親のどちらかが、1年に約5万人も新たにがんになっている」とニュースでやっていました。 ということは、少なくとも、毎年5万人以上の子どもたちの親ががんになっているということですよね。 「自分の親ががん」という事実に向き合わなければならない子どもたちがたくさんいるということです。  毎年5万人ですから、単純に計算すれば、10年で50万人の子どもの親ががんということになりますよね。 大変な数字です。 がんは本当に身近な病気なのだなと改めて思います。



ニュースでは「親ががんになってしまった子どもに何らかのケアが必要だ。」とも言っていました。

がんになってしまった親は、出来る範囲で自分の子どもの心や体のケアはしますが、親がするケアには限界があります。 ケアが必要な子どもには、専門家も含めて、きちんとケアをしてあげてほしいと思います。








このブログのために、 20代になった子どもたちに、小さい頃お母さんががんになってどう思ったかを改めて聞いてみました。 今回は、娘の答えから、お話しします。




娘は私ががんになったとき、まだ6歳で、小学校1年生でした。


娘は、「実は、お母さんががんで入院した時はまだ小さくて、あまり状況がよくわかっていなかったんだよね。 だってまだ6歳だったんだよ。」と言っていました。 

「おかあさんが入院していて寂しかったのは覚えているんだけれど、 叔父さん(夫の弟)がうちに泊まりに来てくれていたし、おじいちゃんも、おばあちゃんもいたし(私の家は2世帯住宅でした)、全部で6人で暮らしていたから、常に誰かが家にいたし・・・。 おかあさんが死んだらどうしようとかは考えていなかったよ。 そもそも人が死ぬってどういうことかよくわからなかったし、本当にあまりよく覚えていないんだよね。」と言っていました。



私はそれを聞いた時、驚きました。

余り覚えていない? よくわからない? 

私は必死に病気と闘い、子どもたちの為にと毎日必死で生きていたのに、その程度にしか感じていなかったのか・・・と、なんか拍子抜けでした。 の半面、私の入院があまり大きな心の傷になっていなかったことに安どしました、



確かに私の入院中は大勢で暮らしていました。

私の母は、そのときすでに半身不随で、軽い認知症でしたが、それでも娘にとってはいないよりよかったのでしょう。 そんな私の母以外は男ばかりで、誰も満足に家事の出来る人のいない環境でしたが、それでも常に周りに誰かがいてくれたのが娘にとってはよかったのでしょう。




更に、娘は続けて、

「それに、入院する前もお母さん大丈夫って言ってたし、お母さんが入院している病院にお見舞いに行った時には、お母さん笑っていたし、お見舞いに行ったことはよく覚えているんだけど、とにかく、お母さんが笑っていたから大丈夫なんだなと思っていたよ。」と言っていました。



そうでした。 私の入院中、私が退院するメドがついたころ、一度だけ、主人が子どもを連れてお見舞いにきてくれました。 その時私は子どもに不安を与えないよう、ずっと「お母さんは大丈夫だよ。もうすぐ家に帰るからね」と笑っていました。 私の心の中は、自分はこれからどうなるんだろう。 この子たちを残して死んでしまうのだろうかと不安でいっぱいだったのですが・・・。

結果的には、それがよかったのですね。


「退院してからも、お母さん笑ってたし、泣いてなかったし、大丈夫なんだなって思ってた。」とも・・・。

退院後に私から、「お母さんはがんなんだよ」と聞いたときも、「お母さんは、死んでしまうかもしれない」と聞いた時も、がんという病気がよくわからなかったし、それまで娘の周りで死んだ人は誰もいなかったので、死というもの自体、あまりぴんとこなかったそうです。



ただ、おかあさんがいなくなったら、料理や掃除、洗濯を自分でしなければいけなくなるということは理解できていたのか、私から料理を一生懸命習ったのは覚えているようで、今でも、「小学校4年生ごろが、一番料理がうまかった」、と娘自身が言っています。

でもこれも、本当にお母さんが死んだら、困るから覚えたというよりは、手伝えばお母さんが喜ぶと思って一生懸命にやっていたようです。




「でも、だんだん大きくなってきて、がんという病気のこと、お母さんが死ぬかもしれないということの本当の意味がわかってきてからは、お母さんが検診のたびに、お母さんが死んだらどうしようって、本当に心配するようになったし、怖くなったよ。」とも言っていました。



そういえば、いつ頃からだったか、私が検診を受けに行った日とか、検診結果を聞きに行った日には、娘から「どうだった?」とか「大丈夫?」とかいうメールが携帯に届くようになっていました。

私のことを心配してくれていたのでしょう。

(残念ながら、最近はメールは届かなくなりましたが・・・。もう私がいなくなっても大丈夫(?)ということでしょうか・・・?)



でも、娘は中学、高校と、勉強や友達との付き合いに追われ、私の手伝いはあまりしてくれなくなっていきました。 私をいたわってくれることも少なくなっていきました。 

反抗期もあったかもしれません。 ずいぶん口げんかもしました。 

娘が私のことを気にしているのかなと感じられるのは、検査の時のメールだけになっていました。




現在は成人し、まだ大学に通っていますが、今は学業や友達との付き合いの合間に、私が忙しい時や、疲れている時など、(残念ながらいつもというわけではありませんが、)さりげなく手伝ってくれることもふえてきました。 それだけ娘も大人になったということなのでしょう。

 




改めて聞いた娘の答えは、正直驚くことも多かったです。 中でも一番驚いたのは、小さい娘に、お母さんはがんで死ぬかもしれないと伝えたのに、実は娘はその意味をよくわかっていなかったということでした。

娘がお気楽だったのかなんなのかわかりませんが、私は子どもに自分が『がんで死ぬかもしれない』と伝えるべきか、伝えないほうがいいのか悩みに悩んだ末に伝えたのに、よくわかっていなかったのかーと思いました。 伝えた後も、小さい子に、重たい事実を言ってしまったかな、かわいそうだったかなとずっと気にしていたのですが、意味がわかっていなかったとは・・・、 全然気にしていなかったとは驚きでした。



あと、子どもに笑顔をみせるというのは、私が思っていた以上に、大事なことなのだなと思いました。

小さい頃の娘が、私が大丈夫か大丈夫でないかを私の笑顔で判断していたとは思いませんでした。

笑っていたから、泣いていなかったから大丈夫と思っていたとは・・・小さい頃はみんなそうなのでしょうか?




最後に、「小さい頃お母さんががんと聞いてどうだった?聞かない方が良かった?」と聞いたら、「聞いてよかったと思うよ。」と言っていました。 「ずーっと隠されていて、大きくなって初めて聞くよりよかったと思う。」と娘は言っていました。 「たまたまお母さんは、今も無事生きているからいいけれども、もしお母さんが最悪の事態になって、その時に何も聞かされていなかったら、きっと恨んでいたと思うよ。 子どもにも病気のお母さんのために何かしてあげたいという思いがあると思うから、私は隠されているのはつらいと思う。 知っていたら、もっといろいろなことをしてあげられたのに、もっとお母さんと話したり、お母さんからいろいろ聞いたり、教えてもらったりしたかったのに、 『何で教えてくれなかったのか』と思うと思うよ。 もっとも初めて聞いた時は小さすぎて、よく理解できていなかった。 大きくなるにつれて、お母さんががんということの本当の意味がわかってくるんだけど・・・。 自分の中でだんだん理解ができてくるんだよね。だから、私は、小さかったけれど、聞いてよかったと思っている。」とも言っていました。



ただ、これは、あくまでも娘の意見に過ぎません。

こういうことは、子どもの年齢や、子どもの性格にもよるし、感じ方は子どもによって違うと思うので、何が正解かはわかりません。 

親の病気を伝えた方がいいのか、伝えない方がいいのかは、子どもによって違うと思います。

親が伝えようと思えば伝えればいいし、伝えるのはやめようと思えばそれでいいと私は思います。

私は『自分ががんである』ということを、子どもに伝える道を選びましたが、 これが正解とは限りません。

正解はありません。 どちらにするかは、お母さんが良く考えて決めればいいのです。




次回は息子に話を聞いてみようと思います。