「死」について考えた | がんと闘いながら子育てしている、お母さんたちへの応援ブログ

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「残念ながら進行がんです」と宣告されてから、十数年。
その時、私は39歳、子どもたちは9歳と6歳でした。
これまでの日々をブログに・・・

39歳でがんになって、今まではあまり考えもしなかった死が一気に身近になりました。

死ぬってどんな事なんだろう。

死んだらどうなるんだろう。

漠然とした恐怖が私を襲いました。



夜、布団に入ると、死について色々考えました。

死んだら無になるのか、死後の世界はあるのか。 生まれ変わりはあるのかなどと、答えの出ない問題について色々考えました。


でもいくら考えても、答えが出るはずなどなく、眠れない夜が続きました。

死の恐怖に飲み込まれました。

それが嫌で、睡眠導入剤を飲んで眠りました。





そんな中で、私がたどり着いた答えは、本当に死んで、戻ってきた人はいないのだから、(臨死体験をした人はいるようですが、それに関しては批判的な意見も色々あるので) 死んだらどうなるかは誰にもわからない・・・だったら、自分の都合のいいように考えようということでした。

つまり、自分が少しでも死が怖くなくなるように、考えようと思いました。


死について、自分が死んだら天国に行くと思った方が楽ならば、そう思えばいい、輪廻転生があって、きっと生まれ変わると思った方が楽ならば、そう思えばいい、死んだら無になって、何もなくなると思う事で自分が納得するならば、そう思えばいい・・・などと思うようになりました。

答えはないのですから、何と思おうと自由なはずですよね。

だったら、死の恐怖が少しでも少なくなるよう、気持ちが少しでも楽になるように考えてもいいと思うのです。



私は、以前は、死んだら生まれ変わって、来世はきっと今よりよくなると考えるようにしていました。

だから、死は次の人生への通過点だと考えるようにしていました。

そういう風に思うことで死の恐怖が少し和らぐような気がしていました。



でも、最近は、死んだら、ゆっくり休みたい、ゆっくり眠りたいと思うようになりました。

人生に疲れたということでしょうか?(笑)

やはり、年をとったということなのかもしれません。





私は、家族に見守られて、できるだけ苦しまずに死にたいと思います。

私が死んだことは、あまり人に伝えず、家族だけで、見送ってくれればいいと思っています。

死ぬべき時が来たら、この世から、ひっそりといなくなりたい・・・最近はこんな風に思います。




人は必ず死にます。 それは避けられません。

死ぬ時期は平等ではありませんが、死自体は、誰にでも、平等に訪れます。

100年後には今生きている人のほとんどが死んでいるのです。

いつか必ず自分の番がきます。

それは、今日生れた赤ちゃんだって同じです。




自分がどんな死を迎えるかは、誰にもわかりません。

でも、生きられる間は、精いっぱい生きようと思います。 

願わくば、色々病気をしても、平均寿命ぐらいまでは生きられて、最期まで自分のことは自分でできて、

平穏な死を迎えたいものです。

死ぬ時に、「苦しいことも多かったけれど、よくがんばった」と思えるよう、今後も生きていきたいと思います。