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がんと闘いながら子育てしている、お母さんたちへの応援ブログ

「残念ながら進行がんです」と宣告されてから、十数年。
その時、私は39歳、子どもたちは9歳と6歳でした。
これまでの日々をブログに・・・

抗がん剤治療を受けた日から2~3日は、調子が悪いことが多かったのですが、 最初の頃は、できるだけ、子どもたちの前では、横にならないようにしていました。

子どもたちが学校に行っている間に横になって、帰ってくる頃には起きているようにしました。

子どもたちが不安にならないように努力していました。

(でも、抗がん剤治療の当日は、やはりかなり調子が悪く、子どもたちが帰ってくる前に起きようと思っても起きられないときもありました。)




抗がん剤を受けに病院に行くときも、私が病院に行っている間に子どもたちが学校から帰ってくるので、行く前に、必ずおやつを用意してから、でかけていました。

最初の頃は、とにかく子どもに不安を感じさせないように、寂しい思いをさせないように努力していました。



抗がん剤治療で、具合が悪い時以外は、なるべく普通に生活するようにしていました。

抗がん剤治療を受けている最中も、私は髪が残ったので、自分の髪のまま何もせず、外に出られました。

何の躊躇もなく、買い物とか、郵便局とか普通に出かけていました。 

近所の人にも、知人にも、私が抗がん剤治療中であることは、気づかれませんでした。



子どもたちと一緒にいる時間をなるべく作るようにしました。

子どもたちのことが「大事だよ。」 「大好きだよ。」 と、ことあるごとに、伝えるように心がけました。

もう、10歳と7歳でしたが、ぎゅっと抱きしめたりしていました。

10歳の子は嫌がっていましたが…



「お母さんは、具合悪い時があって、ごはんを作れないときや、,掃除や洗濯ができないときがあるから、そういう時は手伝ってね。」と話をして、少しずつ家事を覚えてもらおうと思いました。

でも、私の入院中、 不自由で、寂しい思いをしていた子どもたちは、私に甘えることに夢中で、言ってもなかなか真剣に手伝うということはしてくれませんでした。

すぐ飽きて、別のことを始めたりしてしまいました。

子どもたちにしてみれば、お母さんが帰って来たのだから、もう大丈夫だと思っていたのでしょう。






私は、自分が長生きできないと思っていたので、自分がいなくなった後、子どもたちが困らないように、

子どもたちの未来の服を、通販で買い始めました。

あの当時、上の子の洋服のサイズは140、下の子はサイズ120くらいだったと記憶していますが、それぞれその上のサイズの洋服を買い始めたのです。

中学生になれば、一人で好きな洋服を買うようになるだろうと考え、小学生の間の分だけ、通販で買い集めました。 まだ直接買いに行く元気はありませんでしたので、通販を使いました。

サイズごとに、衣装ケースに入れ、しまっておきました。


そのサイズに合うぐらい大きくなったら、衣装ケースから出して子どもたちに着せていました。



息子は、あまり着るものにうるさくなかったので、私が買ったものを素直に着ていました。


娘のほうも、小さい頃は私が買ったものを喜んで着ていましたが、小学生も高学年になると、好みがうるさくなり、 私が買い置きしていたものは、好みに合わず、気にいらなかったようで、決して着ようとしませんでした。

高学年になると、私と一緒に買いに行きました。




私が必死に買い集めた洋服は、娘に関しては2年分くらい無駄になりました。 

女の子があんなに好みにうるさいとは、思いませんでした。

でも、娘の洋服を、一緒に買いに行けて幸せでした。 

無駄になった洋服は、新品のまま寄付しました。 
























抗がん剤治療を初めて、しばらくしたら、髪が抜け始めました。

髪は本当に抜けました。 

家の廊下をほうきで掃いてみると、ちりとりにいっぱいの髪が落ちていました。

それを見たとき、思わずぞっとしました。

歩きながらも、髪が抜けていたのでしょう。



シャンプーをしていると髪が抜けて、手にいっぱいついてきました。

ブラシで髪をとかすと、ブラシにいっぱい髪がつきました。

本当に恐ろしかった。 どこまで抜けるんだろうと思いました。





私は、昔から髪が多くて、かたくて、太くて、それがコンプレックスでした。

みんなから、本当に髪が多いよねとよく言われていました。

ポニーテールにするとまとめた髪の直径が5センチくらいはあるのではないかと思えるほど・・・。

とにかく多くて多くて、まとまらなくて、ボリュームがすごかった・・・。



でも、そのおかげで私は、抗がん剤の治療中、ウィッグも、帽子も、スカーフも必要ありませんでした。

抗がん剤治療の最後まで、私の髪は、残ったのです。

5分の1くらいの量になってしまいましたが、私は最後まで自分の髪の毛だけで過ごせました。

それは、私にとっては、思いがけず嬉しいことでした。

普通に、外を出歩いても、 私が抗がん剤の治療中であるとは、誰にも気づかれませんでした。

長い間のコンプレックスが私を助けてくれました。

人間、何が役に立つかわかりませんね。



ただ、髪は、たくさん抜けてしまったので、抗がん剤終了後、髪がはえ揃うまでの2年間くらいは

美容院には行けませんでした。 その間は自分で髪を切っていました。




抗がん剤の治療で、確かに髪は抜けますが、私のように、抗がん剤の治療の最後まで、髪が残る場合もあります。

副作用は、人によって違います。

不幸にして、これから、抗がん剤を受けなければならない、あるいは、現在抗がん剤治療中の皆さん、

副作用がどうでるかは、やってみなければ、わかりません。

案外私のように、髪がすべて抜けずに済むかもしれません。




先日美容院に行った時、そこの美容師さんから、「この間抗がん剤の治療中のお客様がいらして、カットして帰って行かれた。」と聞きました。  

髪が、まだらに抜けていて、かなり薄くなっていたそうですが、「気分転換になるから、美容院に来たの」

と言っていたそうです。 

私とは反対に、抗がん剤で髪が抜けても、美容院に行くという選択をする方もいらっしゃいます。




抗がん剤をやめると、本当に髪ははえてきます。  

抜けるのは一時的なものです。

はえそろうまでの時間は、個人によって違いますが、必ず、髪は元に戻ります。





あれから、十数年たった今でも、シャンプーをしている時、手に、抜けた髪がからんでいるのを見ると、

時々、ドキッとする時があります。

抗がん剤で髪が抜けた時のことが、突然フラッシュバックします。
















いよいよ通院しながらの抗がん剤の治療が始まりました。


私の抗がん剤のサイクルは、たしか、1回抗がん剤の点滴をしたら、1週間後にもう1回抗がん剤の点滴をして、その後は3週間あけるというものでした。 それを入院中に1クール、あとは通院しながら、5クール行いました。 1回の点滴に2~3時間かかりました。



抗がん剤の治療を受けに、毎月病院へ通うのが嫌で嫌でたまりませんでした。

毎回、行きたくない気持ちを、こらえながら通いました。

病院に行くために乗る電車を見るのも嫌でした。

どうしても行きたくないときは、いつもと違う経路で病院に行きました。 

遠回りでも違う路線の電車を使っていきました。 

そうすると、病院ではなく、違う所へ行くような気分になれました。

ささやかな、ささやかな抵抗でした。


いつも、あと何回、 あと何回と、受けなければならない抗がん剤治療の、残りの数を数えていました。




抗がん剤は正直つらいです。

抗がん剤の点滴をすると、だるくて、気持ち悪くなりました。

帰りの電車の中で、気持ち悪くなって困りました。

抗がん剤を受けた日は、家に帰った後も、気持ち悪くて何もやる気にならず、横になっていました。




でも、そんな状態でも、毎回、帰る途中に、お店に寄って、子どもたちの為に夕飯を買って帰りました。 帰ってから夕飯を作る元気はとてもありませんでした。



テレビドラマだと、よく抗がん剤を受けた人が、吐いたりしているシーンがありますが、

私は一度も吐いたことはありませんでした。

抗がん剤を受けた当日はかなりきつく、その後2日くらいは気持ちが悪かったりして調子が悪かったですが、4日目くらいからは普通に動けました。

(抗がん剤の副作用は、個人差があります。) 




そんな抗がん剤治療を、計12回受けました。

抗がん剤治療が終わった時は、本当に本当に嬉しかったです。

何とも言えない解放感がありました・・・。