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がんと闘いながら子育てしている、お母さんたちへの応援ブログ

「残念ながら進行がんです」と宣告されてから、十数年。
その時、私は39歳、子どもたちは9歳と6歳でした。
これまでの日々をブログに・・・

私が、がん闘病中であるということを、あまり人に言いたくありませんでした。

同情されるのが嫌でした。

私はがんになったけれども、かわいそうではないと思っていました。




私が、がんであることを自分から言ったのは、親友1人と、子どもたちそれぞれの学校の担任の先生と、

近所の子どもの同級生のお母さん2人だけでした。



同級生のお母さんの1人は、私が抗がん剤の治療中の年にするはずだった小学校の集団登校の班の世話役を代わってもらうために、本当のことを言いました。 

登校班の世話役は、保護者が順番にやることになっていて、私の抗がん剤治療の年はちょうど私の番でした。



もう1人の同級生のお母さんは、娘の仲の良い友達のお母さんで、娘が私の入院中にその友達に「お母さんが入院している。」と言ったらしく、むこうから、「入院したって聞いたけれど、どうしたの?」と聞いてきました。 当時娘が一番仲良くしていた友達のお母さんだったので、今後も世話になるかもしれないと思い、本当のことを話しました。



家族、親戚以外で、私ががんであることを話したのは、この5人だけです。

これ以外の人には誰にも言いませんでした。

子どもにも口止めしました。



なんか、話すのが苦しいのです。

同情もされたくないし、話すと涙がでそうになる・・・。




それは、あれから十数年たった今も変わらず、誰にも話していません。 

最初の年に話した5人だけです。 ( 通院している病院のお医者さんには病歴をきかれるので、話しますが… )



がんであることを、隠さず皆さんに話す方もいらっしゃいますが、私にはできそうもありません。

オープンにするのは勇気がいることだと思います。

隠している方が、楽なこともあります。 

私の周りにも、オープンにしている方がいますが、まだ私にはできません。



こうやってブログで語ることはできますが、面と向かって知人に話すことにはまだ抵抗があります。

いまだに、苦しかった闘病生活、当時の気持ちを思い出すのがつらいのです。














入院中から、子どもたちに私ががんであることを伝えようとずっと思っていました。

子どもたちに、もしかしたら自分たちが大人になる前に、お母さんがいなくなるかもしれないという覚悟を

持ってもらう必要があると思いました。

でも、どのタイミングで話したらいいかずっと迷っていました。



家事を真剣に覚えてもらいたかったし、精神的にも強くなってほしかった。

まだ小さいのに、かわいそうだけれども、友達よりも 早くしっかりしなければならいんだと自覚してほしかったのです。


子どもたちが不安になってかわいそうだからと、お母さんはがんだということをずーっと黙ってて、

何も告げずに、家事をすべてやり、子どもの面倒をみていたら、私の子どもたちは何もできないまま、

育ってしまいます。

私がずっと元気なら、それはそれでいいのかもしれませんが、そうでない以上、それでは困ると思っていました。



そうは思いつつも、退院して、最初の頃は、なるべく子どもに不安を感じさせないように、子どもの前では、多少具合が悪くても横にならないようにしていました。

私の入院中、ずっと寂しい思いをしていた子どもたちに、これ以上、寂いしい思いや不安を与えたくありませんでした。




でも、だんだんそうすることに私が疲れてきました。
抗がん剤治療を続けて半分が過ぎたころ、精神的にも、肉体的にも疲れてきたのです。


抗がん剤治療を受け、だるい体で、夕飯を買って帰って来て、家に入ると、 

家の中は子どもたちが散らかして、ぐちゃぐちゃ・・・。

ランドセルは置きっぱなし・・・、洋服はぬぎっぱなし・・・ おやつは食べっぱなし… おもちゃはだしっぱなし・・・。



子どもたちは、全然やる気がなくて、満足に手伝ってくれない…。

家事も少しずつは教えていたけれども、遊び半分で、ちゃんと覚えてくれない・・・。

子どもたちは、なんでもお母さんがやるのが当たり前と思っていました。




それは、小さな子どもだからしかたないんですけれど、あの頃の私にはだんだんそれが許せなくなってきました。  (あの頃の私には、まったく心に余裕がありませんでした。 母として、人間ができていなかったのかもしれません。)


私のエゴだったかもしれませんが、やはり、子どもたちにきちんと話して、もっとしっかりしてもらって、出来ることは手伝ってもらいたいと思いました。


 

伝えることで、子どもたちがどこまで理解できるかわからなかったし、子どもたちにどういう影響が出るかわかりませんでした。 伝えることの不安が全くないわけではありませんでした。




でも、何もできないまま、私が再入院したり、死んだりしたら、困るのは子どもたちです。

私がいなくなったら、寂しいのは仕方がありません。 

これはもう我慢してもらうしかありません。

だけど、私がいなくなっても、子どもたちが困ることはできるだけ少なくしたかった・・・。

自分たちで、家事ができれば、私がいなくても、お父さんが仕事から帰るのを待ちながら、

生活ができるだろうと思いました。

そうしたら、お父さんと子どもたち、3人で暮らしていけるだろうと思いました。





退院して3カ月をすぎた時に、私ががんであることを子どもたち2人に話しました。

2人は神妙な顔をして聞いていましたが、「お母さんが死ぬかも・・・」

と話したときには、とても不安そうな顔をしていました。


「もちろん、お母さんも一生懸命がんと闘うし、すぐには死なないから大丈夫」と言いました。

果たして、10歳と7歳の子にどこまで理解できたかわかりませんが、話したことで、私自身が、

具合が悪いときに休みやすくなりました。

「ごめん、お母さん具合が悪いから、ちょっと休むね」とか、「具合が悪いから手伝ってくれる?」とか言いやすくなりました。 子どもたちは、ちょっと不安そうでしたが…。



家事も今までに比べれば、積極的に手伝ってくれるようになりましたし、覚えようとしてくれました。

子どもたちも、がんばってくれるようになりました。



事実を言ったからといって、感じ方も子どもそれぞれだし、 年齢によって感じ方も違うだろうし、

どうするのが正解だったかはわかりません。

が、私は伝えてよかったと思っています。

ある程度大きい子には、きちんと話した方がいいのは・・・と私は思います。



(でも、私の子どもたちは知らないほうがよかったと思っていたかもしれません。 

そのほうが、ずっと甘えていられたわけですから・・・。 )




子どもに親ががんであるという事実を伝えるか、隠すかについては、いろいろご意見があると思います。 

私のように子どもに事実を伝えるのは、かわいそうだというご意見もあるでしょう。

でも、この問題に、正解はないと思います。 

自分で考えて、いいと思うようにするのが一番だと私は思います。





小さい時に、「お母さんががんである」という事実を聞いてどう思ったか、大人になった子どもたちと、面と向かって話したことはないのですが、いい機会ですので、今度聞いてみようと思います。

聞かなかった方がよかった・・・と思っているかもしれません。


子どもたちに本当のことを話すという私の決断が、子どもたちの人生に何らかの影響を与えたかも・・・と思うと、ちょっと聞くのが怖い気もしますが、 この機会に、是非2人に話を聞いてみたいと思います。 

その結果は、また今度・・・。










今から、十数年前、私は、担当医によく


「私は絶対に死ねないんです。 子どもたちを残しては死ねません。」


と言っていました。




私の心からの叫びでした。

抗がん剤の治療のため、病院に行くたびに、言っていたような気がします。


でも、先生は何も答えませんでした。

決して、「大丈夫だよ」とは、言ってくれませんでした。

そのたびに、「あ~私はどうなるのかわからないんだ・・・」と、思い知らされ、

いつの間にか言うのをやめました。





でも、最近、定期検査で、 (私は、今でもがん治療をした病院で、定期的にがんの検診を受けている)

病院に行くと、当時の担当医に、「○○さん(私のこと)、昔はよく、子どもたちが大人になるまでは絶対に死ねないって言ってたよな~! 子どもたち、もう大人になったんだろう? 本当によかったな~!」と

言われました。 そして、

[俺、当時そう言われて、困ったなーと思ってたんだよな。 でもうまくいってよかったよ。」と・・・。

えっ! そう言われて困った!? ということは、 長く生きられない可能性が高かったということ?

あー 私やっぱり結構深刻な状態だったんだなと、改めて思いました。

 



でも、先生、よく私が言ってたこと覚えていたんですね。

そう、あの当時の私は本当に必死でした・・・。

私がいなくなったら、誰が子どもたちの面倒をみてくれるんだろう・・・。

子どもたちは、どうなるんだろうと・・・。

私の母は、介護が必要で、 主人の母はもう亡くなっていました。

頼りにできる人は、誰もいませんでした。




私の心の叫びに、当時の先生は何も答えてくれませんでした。

「大丈夫だよ」とは決して言ってくれませんでした。

私の病状が、どうなるかわからなかったのでしょう。

嘘はつかないということをお願いしていたので、答えられなかったということなのだと思います。



思いがけず、先生に声をかけられ、改めて、当時の私を思い出しました。

子どもたちが、大人になった姿を見ることができました。

先生にも、感謝しています。