抗がん剤治療を受けた日から2~3日は、調子が悪いことが多かったのですが、 最初の頃は、できるだけ、子どもたちの前では、横にならないようにしていました。
子どもたちが学校に行っている間に横になって、帰ってくる頃には起きているようにしました。
子どもたちが不安にならないように努力していました。
(でも、抗がん剤治療の当日は、やはりかなり調子が悪く、子どもたちが帰ってくる前に起きようと思っても起きられないときもありました。)
抗がん剤を受けに病院に行くときも、私が病院に行っている間に子どもたちが学校から帰ってくるので、行く前に、必ずおやつを用意してから、でかけていました。
最初の頃は、とにかく子どもに不安を感じさせないように、寂しい思いをさせないように努力していました。
抗がん剤治療で、具合が悪い時以外は、なるべく普通に生活するようにしていました。
抗がん剤治療を受けている最中も、私は髪が残ったので、自分の髪のまま何もせず、外に出られました。
何の躊躇もなく、買い物とか、郵便局とか普通に出かけていました。
近所の人にも、知人にも、私が抗がん剤治療中であることは、気づかれませんでした。
子どもたちと一緒にいる時間をなるべく作るようにしました。
子どもたちのことが「大事だよ。」 「大好きだよ。」 と、ことあるごとに、伝えるように心がけました。
もう、10歳と7歳でしたが、ぎゅっと抱きしめたりしていました。
10歳の子は嫌がっていましたが…
「お母さんは、具合悪い時があって、ごはんを作れないときや、,掃除や洗濯ができないときがあるから、そういう時は手伝ってね。」と話をして、少しずつ家事を覚えてもらおうと思いました。
でも、私の入院中、 不自由で、寂しい思いをしていた子どもたちは、私に甘えることに夢中で、言ってもなかなか真剣に手伝うということはしてくれませんでした。
すぐ飽きて、別のことを始めたりしてしまいました。
子どもたちにしてみれば、お母さんが帰って来たのだから、もう大丈夫だと思っていたのでしょう。
私は、自分が長生きできないと思っていたので、自分がいなくなった後、子どもたちが困らないように、
子どもたちの未来の服を、通販で買い始めました。
あの当時、上の子の洋服のサイズは140、下の子はサイズ120くらいだったと記憶していますが、それぞれその上のサイズの洋服を買い始めたのです。
中学生になれば、一人で好きな洋服を買うようになるだろうと考え、小学生の間の分だけ、通販で買い集めました。 まだ直接買いに行く元気はありませんでしたので、通販を使いました。
サイズごとに、衣装ケースに入れ、しまっておきました。
そのサイズに合うぐらい大きくなったら、衣装ケースから出して子どもたちに着せていました。
息子は、あまり着るものにうるさくなかったので、私が買ったものを素直に着ていました。
娘のほうも、小さい頃は私が買ったものを喜んで着ていましたが、小学生も高学年になると、好みがうるさくなり、 私が買い置きしていたものは、好みに合わず、気にいらなかったようで、決して着ようとしませんでした。
高学年になると、私と一緒に買いに行きました。
私が必死に買い集めた洋服は、娘に関しては2年分くらい無駄になりました。
女の子があんなに好みにうるさいとは、思いませんでした。
でも、娘の洋服を、一緒に買いに行けて幸せでした。
無駄になった洋服は、新品のまま寄付しました。